THE CREVICE OF THE RAIN SOUND

 いまでこそ巳槌に円駆という二人の「少年」の姿をした神なる身との交合が日常化している久之であるが、彼がもともと同性愛に傾倒して居たという事実はまるでない。ただ彼は、自分が人に愛されるための素養を持ち合わせていないと信じ込んで居た。「少年」の身体をした巳槌に「愛している」と、久之が誰からも言われたことのないことを言われ、その言葉に基づく形の身体的接触を強いられたときには、罪深いような、畏れ多いような、そんな思いを抱いたばかりで、愛し合い方に殊更の抵抗を抱いたわけではなかった。自分のことを好きになってくれた、多分に稀有な存在がたまたま同じ性の特徴を揃えた身体をして居たというだけのことだ。

 ともあれ、依然未熟な神なる身或いは神になりつつある身の久之は、人間としてもまた未熟であり、言語を扱う能力は況や、その他諸々の人間性に於いても完成には程遠い。そのありようは彼が作る皿や壺などが元は柔らかい粘土の塊に過ぎないように、手の力によっていくらでも形を変えるものだ。

 久之は、自分が「少年」である巳槌を円駆を、その形を以って愛している訳ではないと思う気持ちがある。恐らくこのことはとうに二人には見抜かれているだろう。不器用な自分を愛してくれた二人の身体に沿い、相応しい形に心は育てられた。だからもちろん、同じ形をした違う命に惹かれることはない。

 つい先程のことだが、壺売りに下へ降りた際、田圃脇の用水路で近在の幼児が二人、揃ってズボンを足元までおろし、久之の親指ほどもない陰茎を突き出して放尿しているところに鉢合わせて、つい立ち止まって眺めてしまった。

 このとき久之の頭の中にあったのは、以前巳槌たちを連れて里に降りた際、彼らが丁度あの幼子二人のようにしていたなということ、やはりあれは現代に於いては無作法であるから、今後は小屋を出る前にさせてやらないと。しかし此方へ降りてからしたいと言い出したらどうしようか、あの二人はちゃんとした「便所」で用を足したことがないはずだ、それに円駆が外した褌は俺が締め直してやらないと、……などということ。ぼうっとそんなことを思って居たが、小屋に戻ってから改めて思い返すに、あのように小児の放尿を眺めて足を止めるのはとても良くないことであった。世情に疎い久之でも、年端もいかぬ子供を標的にした残酷な事件が人間の世界で起きていることは知っている、側に幼児たちの親が居たら、危うい事態になっていたであろうことは想像に難くなく、そうなれば小屋に二人の「少年」と同居しているという事態は誤解を助長するし、実際に久之が二人の「少年」としている行為はそういう類のものなのである。

 ただ、あの幼児の陰茎については何とも思わない、青い痣の尻に心を動かしたりはしない。久之はその点、真っ当な感覚を持つ人間である。

 しかるに小屋に戻って、珍しく午後に何処にも行かず寝転がっている二人の無防備な姿を見ては、心がざわつく。「雨が降るから」出掛けないと円駆は言っていた。久之が小屋を出て山路を単策軌道で降りるときには晴れ渡って居た空が、いまはかき曇っている。

「それほど時間は掛からないのだろう? なら、傘は要らないぞ」と巳槌が言ったとおり、幼児の立ち小便を眺めて居た他は無駄な時間を使わずに帰って来た久之は雨に濡れずに済んだ。

 布団も敷かずに、巳槌と円駆は寄り添い合って眠っている。巳槌は浴衣の裾が捲れ上がらせ、細く長く白い足を曲げて。一人で六尺を締められることが、彼にとっては円駆に対して得意になれて嬉しいらしい。しかし、結局は久之が締めてやった方が安定感があることは否めない。巳槌の六尺の前袋はやや緩んで居て、その陰嚢の端がわずかに覗いている。一方の円駆の六尺が昼に久之が出掛ける前に、締め直してやったままであるのとは対照的だ。その褌をこうして観察できるからには、円駆の浴衣も寝乱れて居て、無事なのは帯くらいという状況である。

 二人の寝姿をぼうっと眺めて居る間に久之の脳裡に浮かぶのは、いとおしいという端的な反応、続いて、二人の下半身の各所に素早く興味が巡ってしまった己を恥じる気持ちだ。よくないと思っても、久之は自らの身の快楽と密接な繋がりを持つその場所を観察してしまうことを止めるのに、力が要る。これでは俺はまるで、罪人そのものではないか。二人に誘われた訳でもないのに。

 どうかしている。起きて居るときには円駆に意地悪なことを言って怒らせる巳槌の寝顔は無垢な美しさを纏って居たし、彼の銀の髪に鼻を当てて眠る円駆は巳槌に怒鳴り返す姿など想像も付かない慈愛が満ちて居た。そんな二人の寝姿を見て、心をこういう形で掻き乱されるなど。

 足音を立てぬように小屋へ上がったのに、貧相な床はあっさりと軋む音を立てた。

「うぅん……」

 先に反応したのは円駆で、それに応じて巳槌も眉間にしわを寄せ、薄目を開く。それから二人は緩慢な所作でそれぞれに起き上がり、「帰ったのか」と巳槌が言う頃、円駆は大きなあくびをした。何とも返答出来ないで居た久之は、せめてこの胸の中で起きた風を二人に知られぬようにと、硬い表情のまま頷き、壺や皿が転じた米と本を仕舞う。二人のための酒瓶も買って来てある。

「お前は酒を呑まなくなったな」

 大事そうに自分の酒瓶にいつもの通り印を付ける円駆は言った。そうしないと巳槌が盗み飲むのである。「前は呑んでたのに」

「変身するのを恐れて居るのだろう」

 巳槌が久之に代わって答えた。巳槌の言う「変身」或いは「変心」を、まだ円駆は見たことがない、久之自身も覚えていない。ただ、酒が進むと妙に気が大きくなる自分がいるらしいと言うことは、巳槌から聴かされたことがある。何より記憶を失くしてしまうのが悪質だ。だから恐れて居るだけではなく、それ以上に恥じて居るのだ。

まだその姿は巳槌にしか見られていない。

「そこのけだものはどうか知らないが」

「誰がけだものだ!」

「そこのけだものと言ったら後にも先にもお前を置いて他に居るまいよ。毛むくじゃらで暑苦しい」

「てめぇなんか哺乳類ですらねぇじゃねえか!」

 怒鳴り喚く円駆の方の右耳を指で塞いで、「確かにはじめのときは怒ったかも知れないが、僕はお前がどんな風に振る舞おうとお前の中身を判り切って居る以上、お前を嫌いになったりすることはない。呑みたいときはお前にだって在るだろうから、そういうときは遠慮なく呑んで乱れるがいいよ」

 言葉の最後の方は、円駆の顔を掌で抑えさえしながら巳槌はそう言い切った。久之は巳槌も円駆も信頼して居るが、……何より一番信用に足らないのが自らの身心である。だからおいそれと酒瓶を干すわけには、やはり行かない。

「小便がしたくなったな」

 と、乱れて皺になった浴衣を脱ぎ捨てて巳槌は立ち上がる。「お前もしたいのだろう。だからそんなに苛々しているのだ」

「……てめぇが余計なことを言うからだ」

 だが円駆も尿意を催して居たのも事実らしい。巳槌以上にくしゃくしゃになった浴衣を彼も脱ぎ捨てる。そして巳槌より先に草履を足に引っ掛けて小屋から庭に降り、便所代わりの囲いに向かい掛ける。

「待て」

 巳槌が草履に裸足を載せたところで、円駆の背中に言葉を投げた。「其処でいい」

 巳槌が「其処」と指差したのは、夏の間トマトや茄子が実った庭の菜園である。

「春から夏の間たっぷり働いた畑に恵みを注いでやろう」

「恵みっつったってしょんべんじゃねーか。里のガキか」

「お前は知らないのか。僕らの呑んだ水は僕らの身体を経て僕らの欠片を含む。土にとっては滋養に満ちた恵みの水だ」

 水については巳槌が詳しい。土については円駆が詳しい。円駆はしばらく思案していたが、やがてそういうものかと納得したように畑の前で六尺を解いた巳槌の隣で同じように後ろに手を回して褌を外す。

六尺褌は二人の「少年」の尻によく似合うようだった。

 久之がはじめ巳槌に其れを当てがったのは、いかな誰も立ち入らぬ深山であろうと、裸でうろつくことの奇妙さが耐え難く思えたからだ。自分の着物に使うつもりだった記事を浴衣に替えるついでの仕事としては、さらしを切っただけの六尺を拵えるのはごく容易なことであった。今となっては二人の下半身を隠す衣類としては最も相応しい布であるように思う。巳槌も、彼よりほんの少しだけ逞しい身体付きの円駆も、尻は引き締まって小振りであり、其処に食い込む白い縦割は一種の美である。

 それでも、尻肉が露わになっていることには変わらないのだと、久之は二人が六尺を外し、それぞれ腕に巻き付けるのを眺めつつ思う。揃って畑に向けて放尿を始める後姿を見て胸に浮かぶのは、先程の下で幼子二人の尻を見たときとは全く異なる感慨である。

何を考えているのだ、と慌てて打ち消すが、目を逸らすには惜しいように感じられる。久之にとって、許された二人の「少年」の裸身が其処にあった。

「見ろ、畑も美味そうに呑んでいる」

「判るか、そんなん」

「お前は美味しそうには思わないのか?」

 巳槌が身体を少し、円駆に向ける。恐らく二つの放物線は交差する。

「……判るか、そんなん」

 円駆は同じ言葉を繰り返した。

 やがて、久之の耳にも届いていた水音は止む。巳槌は一人できちんと六尺を締め直し、円駆は其れが当然であると言うように小屋縁に座る久之の元へ、裸のままやってくる。久之は心の奥の箱へ感情をひた隠しにして円駆の六尺を締める。円駆は何も考えていないように、ぼんやりと寝癖のついた髪を手で梳かしているばかりだ。

「今日はもう出掛けないんだろう?」

 久之の座った小屋縁に並んで尻を落とした巳槌が問う。

「うん……、雨が……」

 降り始めた。これこそ恵みと呼ぶべき雫は天から舞い降り、見る見るうちに畑の土を濡らし始めている。円駆も小屋に上がった。

「この雨は、明日の昼までは止まない」

 巳槌は断定的に言った。「秋の雨だから、それほど強くは降らないだろう。けれど、この雨が上がったら冷え込みがきつくなる。冬を呼ぶ雨だ」

 小屋の屋根を叩くはずの雨粒だが、細かくしっとりと濡らして行くばかりで音は微かに響くだけだ。険しい冬の足音は、いつも密やかだ。そのくせやって来たからには大暴れをしてくれる。雨が吹き込まぬようにと戸を閉めると小屋の中は夜のように暗くなる。円駆が角灯を出し、火をつけた。

「……お前たちは……」

 二人とも、まだ浴衣を纏っていない。裸に六尺褌を身に着けただけである。久之は早くも肌寒さを覚えて居る。「寒く、ないのか」

「三人で布団に入るか。そしたら寒くない」

 これは円駆の言葉。

「そうだな、それも悪くない。小便もしたし、昼寝の続きするのも贅沢でいい」

 巳槌は無表情のままそう言い、隅に畳んだ布団を広げる。

浴衣は二人にとって普段着であると同時に外出着でもあり、且つ寝巻きでもある。元は裸で生きていた二人であるから、着物に頓着することはない。

 巳槌は布団の上に座る、円駆も座る。

「どうした? お前は来ないのか?」

 巳槌は其処で、微笑みを浮かべた。円駆は輩の表情の変化を察知して、不貞腐れたような顔になった。

「どう……、え?」

 困惑した久之に、巳槌は微笑みでのみ返答する。其れだって雄弁に過ぎるものだが、

「知ってんだよ。……知ってんだろ、お前が考えることなんて、俺たちには筒抜けだってことぐらい」

 円駆が解説を施した。「……別に、お前が悪いとか言ってんじゃない。こいつが」と朋輩を指差して、「さっきみたいに、わざわざお前の見えるとこでしょんべんするとか言い出さなきゃ、お前だって別に何ともなかっただろうさ……」

「僕のせいでいいよ」

 巳槌はくすくすと笑いながら円駆の言葉を受け取る。「僕の、或いは僕らの尻にお前が欲情することは、いつだって僕らの、或いは僕の望みだ」

 言葉の途中から巳槌は緩やかな力で円駆を布団に組み敷く。円駆は抗わなかった。無邪気な微笑みから顔を背けただけで、ただ稲妻色の隈取りのある目元が仄紅く染まって居るのは久之にも見て取れた。巳槌は呆然と座る久之にちらりと挑発するような目を向けてから、「お前の尻が可愛いから悪いんだ、久之はごく真ッ当な神経を持って居る」と語りかけ、円駆の額に唇を当てる。

「知るか……、そんなん……、俺じゃねえ」

「ほう、ならばお前は僕の尻が美味しそうに見えるのか」

 円駆が噤んだ唇に、言葉でなくてもいい、答えを寄越せと言うように、巳槌が舌を突っ込んだのだろう。円駆の引き締まった太腿に繊細な震えが走るのを、久之は確かに見た。二人の「少年」の足の間を縦に走る白布の着衣が、角灯の頼りない光の中で一際鮮やかに浮かび上がっている。

 久之の両眼を捉え、鎖に繋ぐ。「んンッ、ん! んッ!」円駆が足をばたつかせるたびに、其処は表情を変える。巳槌の両足もまた、息を呑むような緊張を、円駆の息を呑みながらにして孕んでいる。

「ぷはッ……、馬鹿野郎……、窒息さす気か!」

「だって、お前の口の中は甘くて美味いんだ」

「言い訳ならもっとましなこと言え!」

 言葉と唾液の応酬を、ただ眺めるばかり、未だ自分に与えられた立場と称号を乗りこなすのが下手な久之でも構わない「少年」が二人、布団の上で再び唇を重ね始めた。くすくす笑いを漏らしながら舌を伸ばして円駆の口中を擽る巳槌と、負けるまいと巳槌の舌を犯そうとする円駆と、共に少しずつ呼吸の数が増え、声が漏れ始める。太腿はたびたび緊張した、肉の強張りはほとんど剥き出しにされた臀部にまで駆け上る。

「褌を外して欲しいか」

 巳槌が円駆に問う。

「知るか! てめぇはどうなんだ」

「窮屈だ。けれど、どうせ外してもらうのならお前の手ではないほうがいい。どうせお前もそうなのだろう」

 巳槌が振り返る。「どうする?」と問う声ほど、余裕が在るとは思えない。「久之。お前はこのまま僕らが褌をべたべたに汚すのを物も言わずに放っておくのか?」

 据え膳食わぬは、という言葉ぐらい、当然知っている久之で在るが、彼の身を動かしたのはそういった男気ではない。巳槌がしているのは言うなれば脅迫である。然るに巳槌も、そしてきっと円駆も、そうでもしなければ動けない久之という男の事を解っている。

 根の張ったように重い尻を浮かせて、ぎしぎしと身体のあちこちを鳴らして、久之はようやく二人の重なる布団の端に膝を乗せた。

「……あの……」

 その口から零れる自分の声が余りにも情けないことは把握しているのだ。何より二人の口付け合う姿を見ただけで反応して居る身体で在ることも自覚している。其れでいて尚、積極的に事に及べないとしたら、其れはもう悪趣味と謗られても仕方のない話である。

「とっととこいつのを解いてやるがいいよ、どうせ内側がみっともなくぬるぬるになっているに違いないんだ」

円駆の上げかけた声は瞬間的に巳槌が呑み込む。唇を重ねたまま抱き起こせば、円駆は焦ったような目を久之に向けつつも、巳槌と繋いだ手を離してまで久之を止めようとはしない。

 六尺褌を作るのは容易いことだ。久之はもう何枚も、二人のために其れを作ってきた。

 だからと言って、無尽蔵に作り続けるのがいいことであるとも思わない。久之と二人の神なる身の過ごす時間は無限に在るが、物資はどんなに掻き集めたとしても有限なものでしかないのだ。

 そう思うから、……其れこそが、久之が円駆の六尺の結び目に指を入れる「理由」だ。ついさっき自分でしっかりと結わえてやったところは、片手で引っ張るだけであっさりと緩み、外れる。確認するまでも無く突っ張っていたはずの前袋が撓んだ。円駆の身体を巳槌が再び横たえたとき、焔色の髪をした「少年」は生まれたままの姿に転じていた。確かめようと思ったわけではないが、目に入ってくる布地の内側には巳槌の言った通り粘っこい液体による染みが生じている。

「久之」

 巳槌が円駆に身を重ねたまま尻を揺らす。其れ以上は言わなくても判るのだが、言うまでは動けない久之を巳槌はやはりよく知っているから、言葉を惜しむと言うことはしない。

「僕のも外せよ。きっと同じくらいに汚しているから」

 どうして巳槌は煽るのだろうかと、何だかそのことに対して憤慨してもいいような気に久之はなる。そんな風に誘われればただでは居られなくなってしまう、そんな自分は恥ずかしい。

 同時に久之が考えるのは巳槌と円駆のことだ。いま巳槌の身体の下で、欲情を隠すことさえ出来ない円駆が、そして自ら其れを晒そうとする巳槌が、何の羞恥心もなくそう在るわけではないと言うこと。

「その、……もし、……俺が……」

 巳槌の尻から目を反らして、久之は相も変わらず不器用な言葉遣い、たどたどしく、彼なりに最善と思われる語を選んで紡ぐ。神なる身と共に在り其の身そのものも神に近付きながらも尚この悪癖が治らないのだとすれば、もう果てしない時間をこの自分で過ごしていくしかないようだ。

 常に、二人が共に在るのだとしたら、「お前たちの、……裸を、見て、……その、そういう、こういう、気持ちになるとき、もっと、平気で居られるようになったら」変えて行けるところは変えて行かなければなるまい、どんなことであれ――飯炊きを、洗濯を、掃除を、壷焼きを、小屋に在る日常に転がるあらゆることを――上達して行かなければなるまい、そうそう上手く行かなくっても、まずそう努めることが久之にとって、二人に捧げることが出来る愛情だった。

「お前たちに、……そんなに、気を、遣わせて、……たり、しない、で、済むように、なるから、……頑張る、から」

 巳槌も円駆も久之の心の中にある気持ちは、その唇から齎されるたどたどしい言葉よりもずっと円滑に把握しているはずだ。

 そう判っていても久之は痞えつかえの言葉を使うし、巳槌も円駆も待っているのだ。久之の言葉が今後どれほどの上達を見ることになるかは神なる身の二人にも判りはしないが、「僕らはお前が何を言おうとしているかぐらい言われなくても判っているから言わなくてもいい」などとは絶対言わない。時に思いを追い越して顕れることさえある言葉、久之が自らの呼吸を用い、声帯を震わせて発するかけがえのない音。其れは或いは神なる身の二人が発する言葉よりも正直で無垢な魂の鳴動する音。

 実際問題、久之の声は久之が思っているよりも巳槌と円駆に好かれているので。

「頑張らなくてもいいんだが」

 巳槌は円駆の胸の辺りに頭頂を当てて「ぐう」という声を朋輩に上げさせながら、股下から久之を覗き込む。いつも銀髪に隠されている額を晒して彼が、すらすらと言う。「いずれにしても僕らはお前が好きだから、どんな形であれお前に愛されることが嬉しいし、この形ばかりがお前の愛情を確かめる術だとも思わない。同じ時間を過ごすだけで愉しいのだから。其れに対する僕らからの返礼が」此処で彼が顔を上げて、改めて肩越しに振り返ってから言葉を繋げたのは、さすがに相棒を気の毒に思ったからだろう。

「お前をこうして誘う、お前からあらゆる類の喜びを受け取るのと同じ以上にお前に返してやらないわけには行かないだろう、神なる身の名折れもいいところだ」

 げほ、と円駆が噎せて、「とっとと外せよ」と怒ったように言い放つ。「何で俺だけ裸なんだ、こいつのも外して、お前も裸になれ」

「ついこの間まで裸で平気だったのではないか」

「お前だってそうだろうが。……糞が。人間と深く交わりすぎた」

「その『人間』がもう此方側に居てくれるのだから文句を言うな」

 巳槌の六尺にも指を掛けた。既に股下には一定の余裕が出来ている。こんな締め方では足を大きく広げるだけで角度によっては中身が見えてしまう。にも関わらず偉そうに言う巳槌も、やはり元が人間ではない。滑らかに解けた白布を、一先ず円駆の其れと同じように畳もうとしたところで、ぴた、と動きを止めた。

「どうした?」

 と巳槌が訊くのは、神なる身の二人にしても意図なく人間の心を読み解くことは出来ないからで、反射的に久之の胸の泉にぽくりと沸いたものが何であったかを瞬時に把握することは出来ない。

 久之は一度、二度、言葉を飲み込んで、其れから出来る限り落ち着いた声で、「その、……した、後は、……その、もうちょっと、……ちゃんと、振らないと……、あの……、巳槌」とたどたどしく言う。

「……程度の問題だろう、そんなの。日によって、時によって違うはずだ」

 笑みを消して、巳槌が言う。

「……それは、……うん」

「僕よりもこいつの方が汚いことだってあるだろ」

 其処に至って円駆も二人が何を言っているのかを理解する。「んなんっ、お前の方がいっつも臭いぞ!」

「毛ほどの差もあるまいよ。もっとも、お前のちんちんには毛の一本も生えていないが」

「お互い様だ!」

 構造上の問題であるから久之も強く責める気もないが、もう少し気を遣えば其れで済む話でもある。久之は複雑な気持ちになりつつも、「……いい、よ。汚れが、酷くなったらまた、作るから」と恐らく最も妥当と思われることを言った。

「……僕もこいつも、皮を被っている。お前みたいにいつでも乾いた状態にしておくのは難しい」

「……ん、判ってる……」

 巳槌は少し興が削がれたように円駆の身体から下りて布団の上に足を崩して座る。円駆もやっと重たいのが無くなったと言うように、溜め息を吐いて起き上がった。二人して、足の間には巳槌の言った通り「毛の一本も生えていない」し「皮を被っている」陰茎に上を向かせている。どっちが大きいという話を二人でよくしている。巳槌は「毛ほどの差もあるまい」と言うものの、恐らくは巳槌自身も円駆の方が「毛」よりも差を付けて大きいことは判っているはずだ。同性の性器であり、ましてや「少年」の性器であると思っても、どうしてか興味を惹かれて仕方が無い。もう見慣れてしまってもいい頃合なのに、淫らさの象徴のようにさえ久之には思える。果たして目の前に裸の女体が降って湧くようなことが起きたとして、久之は大急ぎで服を着せて退出を願うに決まっていた。日常に根差して存在する裸には思いが通いが通う分だけ重く、こういう時間もまた久之の日常には組み込まれているのだった。

「どっちが臭いか比べて確かめてみるか?」

 巳槌が自嘲するように笑って言う、「まあ、いまに限れば僕の方が臭いのだろうけど」

「悪趣味過ぎんだろ!」

「……いい、そんなこと、しなくても……」

 久之は溜め息を吐く。その臭いだってちっとも「臭い」とは思えないような自分であることを認めてしまうほかない、とまで思ったところで、あ、と久之は自分の中に小さな事実を認める。此れは一つの成長ではなかろうか。「少年」である二人に欲情するような自分をまず認めてしまうということ。

 そして、他の同じ類の裸には何とも思わないということ。

 くすぐったくなるような単語が久之の中に浮かんでしまった。其れは此れまで彼が一度だって意識したことのない、その朴訥とした風体には不似合いで、不器用者には最も縁遠いとさえ思っていたもの。「好き」とか「愛している」とか、巳槌が何の衒いも躊躇いも無く口にしてしまえる言葉が、どうして俺の口からは中々出てこないのだろう? 其れは単にこの舌が拙いからか、不器用だからか。

 そんなことをぐるぐると――下手の考え休むに似たりという言葉を知って居ながら――頭の中で掻き混ぜていた久之に、

「僕やこいつのに比べて、お前のはさぞかしさらりと乾いて清潔なのだろうな」

 ぐいと身を乗り出して巳槌が訊いた。「お前のはもしゃもしゃの毛が生えていて、僕らよりもずっと大きい、そればかりか皮が剥けている。そういう形なら汚れることもそうないのだろう」

 久之の着物の帯に掛ける指先には迷いというものがない。二人の「少年」の六尺よりもずっと容易に其れは解ける。露わになるのは六尺ではなく、変哲の無い男物の下着である。もう長いこと買い換えていないから、ウエストゴムの部分などずいぶん草臥れている。

「うわ……」

 声を上げたのは円駆で、字面にすればそんな文字にしかならないが、非難するような響きでは決してなかった。巳槌がくすりと笑って円駆を振り返り、「ほら見ろ、お前の尻とかちんちんとか見て、久之が盛っているぞ」とからかうように言う。円駆はこういうとき、巳槌に比べてずっと奥床しい。荒っぽい言葉で怒鳴り散らす猛々しさは影を潜め、代わりにこういった方面への知識情報に疎く、千年という時間と矛盾した幼さが相貌を満たす。

 二人の「少年」の視線に、まだ慣れない。いずれは慣れるときが来るとして、少なくとも其れは三日後や一週間後ではないだろう。だとすれば一年後でもないかもしれないし、十年、百年、経っても相変わらず久之はたどたどしく頬を染めるのかもしれない。

「お前も来い」

 巳槌が命じられたような言葉を吐けば反射的に抗うことしかしない円駆も、このときばかりは従順に巳槌の横で布団に手を付く。巳槌だって眼元を薄ら紅く染めては居るが、其れにどれ程の含羞が在るのか久之には判らない。焦らすように久之の下着の緩んだゴムを引ッ張り、呼吸三つほど待ってからじりじりと指を掛けて下ろしていく。

 みっともない。少なくとも持ち主にはそうとしか思えない。愛しい相手であるとはいえやはり「少年」の裸を前にこういう形になってしまう己の慾の外見は余りにも無様で醜い、切り落としてしまった方が良いとさえ思えるのに、「どうした? 触ってもいいんだぞ?」と巳槌が我が物のように円駆に囁く。「それとも、……まさかとは思うが、此れだけ繰り返してもまだ緊張などしている訳ではあるまいな?」

 陰茎の大きさについては、判らない。

 どちらがより素直かということについても、久之には判然としなかった。円駆は打てば響くように「だ、誰がッ」と怒る。巳槌の掌の上でころころと上手に転がるのは、その悉く反抗的な態度の裏に在るのが極端なくらいに素直な心根であることの証明であろう。曖昧に濁すということが未だ出来ない。其れは恐らく此れまでの彼の長い人生にそんな細工の必要となる機会がなかったからだろう。

「俺は、てめぇほど淫らじゃねえ、けどな、……こんなのが怖いだと? 馬鹿にしやがって……」

「指が震えているぞ」

「うるせえ! うるせえうるせえうるせえッ」

 ぐい、と痛いほど力を篭めて円駆が久之を握った。反応した久之の肉の脈動に緩みかけた自らの指を知ったするように、ぐいぐい、ぐいぐい、上下に動かす。「どうだ! 俺だってこんぐらい出来んだ!」

「そんなに乱暴にするんじゃない。愛するように撫ぜると書いて『愛撫』と読むんだ。そんなことも判らないからお前はけだものだと言うんだ」

「うぶ」

 退け、とよりによってその頬を押して退かせた巳槌が、久之を見上げた。円駆はころんと布団の上に背中から転がる。「可哀相に。あんな乱暴な奴のやり方では心地良くなりようがないよな。僕が愛してあげる」

「円駆……」

 円駆は鼻を押さえて涙ぐみ、特大の癇癪球を破裂させんとしたところ、「何を泣いている。僕がやり方を教えてやろうと言っているのだから、大人しく見ているがいいよ」巳槌の言葉にぐっと言葉を飲み込む。不遜な巳槌の態度は気に食わないに決まっているが、それでも唇と尖らせたまま、元の通り朋輩の隣に収まる。

 巳槌からの、掌と指だけの愛撫を享けて――本当に其れだけかと問いたくなるくらい、充足の伴う快感である――も、久之は二人の「少年」の関係が心配で仕方が無い。こんな風にいつもいつも喧嘩ばかり。原因は主に巳槌の口の悪さに在るが、一方で円駆の気の短さにも在る。これからずっと三人で生きて行くのに、一体どれ程神経をすり減らしていくことになるのだろう?

 などという考えは、久之が巳槌と円駆の愛し合う姿をきちんと見たことがまだほとんどないからだ。先程の場面にしたって、巳槌が円駆を襲ったのは久之を誘うためであったからして。

「お前に舐めさせてやろう」

 くいと久之の鎌首を円駆の方へ傾けて、「僕だってすぐに舐めたいと思っている。けれど、お前はこうやって僕が言ってやらないと出来ないだろう」巳槌はいかに其れが寛大な申し出であるか、恩着せがましく言う。

「お、俺は……ッ、……どうせてめぇの方が上手いんだろ、……久之だって、お前にやられた方がいいに決まってら」

「そうだろうか、と当の本人に訊くのは残酷だからやめてやる、出てくる答えはお前も判りきっている通りだからな。けれど僕の身体を見ていれば判る通り、実際のところ巧拙はあまり関係ない。気持ちだけが在れば十分に心地良くなれるものだ」

 巳槌は久之の性器から手を離して、するりと稲妻色の隈取を撫ぜる。「下手な口がちっとも良くなかったら、僕がお前に精液を呑ませることなどありはしないだろうが」

 素直な麒麟は撫でられたところを一層鮮やかに色付かせて納得する。巳槌は円駆のために久之の正面を譲り、「問題は自信なのかもしれない」と独り言のように呟く。

「あ?」

 久之の肉茎に再び指を当てかけて、円駆がじっと久之を見上げる巳槌に訊き返す。久之は滑稽なほど心臓を鳴らして、二人の「少年」を見下ろす。神なる身。「つまり、僕だって自信がない。お前と同じに」波を抱いた銀髪に、無表情であればぞっとするほど冷たい双眸。一度微笑みを浮かべれば、危うい予感を纏いつつも、甘く人懐っこい。心蕩かすような。「本当に僕の身体は、久之に相応しいものなのだろうか。本当に久之を僕は幸せにしてやれるのだろうか。そういうことを常々考える。もちろん結論など出ないし、結局のところそうすること以外やり方を知らないから、そうするほかない。ただ、僕ばかり幸せになっても意味が無いから、考えるということだけはして行きたいと思っている」

 僅かな沈黙ののち、ふん、と円駆は鼻を鳴らして久之の先端を口に含んだ。神なる身。真紅より尚熱く罪深い身に贖いを強いるような強い髪に一房の雷を隠し、猫科のいきものを思わせる鋭い眼も刃のような光を帯びて。思えば円駆は巳槌以上に笑わない。笑いたがらない。

 そして久之だって笑わない。平時には三人揃ってほとんど無表情のまま、傍からは険悪に過ごしているようにさえ見えるのかも知れない。

 円駆の舌は言葉を紡ぐときの久之の其れよりはずっと上手に張り詰めた肉の薄皮をか細い弦を辿る。

「久之」

 巳槌が見上げて、「ぼうっとしてないで、髪を撫ぜるくらいしてやれ。そうされると嬉しいものだぞ」言うがままに、掌を載せた。円駆は却って迷惑そうに顔を顰めたが、口は外さない。そんなことされなくたっていいと言うように、舌の動きは一層器用なものになった。

「可愛いだろう、円駆は」

 巳槌は微笑んで言う。久之に答えろと、言外に配した感情に気付かぬ訳には行かない。

 ただ、こっくりと頷く。円駆はそんなもの見ないぞと言い張るように、目をぎゅっと閉じている。

「お前のために、こいつはこんなに一生懸命になっている。いつもそうだ。僕のためにも同じように一心不乱にしゃぶりつくんだ」

 掌を当てた円駆の頭がじんわり熱くなったように思えた。

「はじめは、こんなこと知ろうともしなかったのに、いまでは虜だ。僕の、そしてお前の、若しくは快楽の、或いは、僕らが三人で居るということへの」

「うるせえなてめぇは!」

 とうとう口を外して、唾を飛ばして円駆は間近の巳槌に怒鳴った。迷惑そうに「そんなでかい声を出さなくても聴こえる」咎めて、「一層美味しそうになったな」と、円駆の唾液に塗れて紅く光る久之の性器に顔を寄せて、れ、と舌先を根元から先端へと一度伝わせた。

「……ほら、こんなに美味しい」

 見上げた顔に浮かぶのは、している行為とは裏腹なほど、無邪気で優しい微笑だ。

 行為を邪と定義付けることの方が間違っているのかもしれないとさえ、久之には思われる。実際巳槌は純粋な優しさを根拠にこうしているに違いないのだから。

「一緒にしよう。久之のことを気持ちよくするんだ、僕と、お前、二人で。……出来るだろう? お前と僕の、半分ずつの自信をくっつけ合えば、一人前しかない愛情だって何倍にも膨れ上がるに決まっている」

 ほら、と巳槌は顔を傾けて久之の茎の左側に唇を当てる。

 心を読めない久之にも、円駆の躊躇いは手に取るように判った。

 けれど振り払うように、久之の右半分へ濡れた唇を当てる。すぐに再び舌が覗いた。傘の裏、陰嚢、乱雑な言葉遣いからは想像も付かないような丁寧さ、そして、巳槌が言うとおり、一生懸命に。

 巳槌がちらりと横目に久之を見上げる。

 久之の両手は、そのときそれぞれの髪の上に在った。

 その「少年」の身体年齢よりも更に幼く思える微笑を浮かべて、巳槌は亀頭へと昇り、円駆の頬に触れた。円駆が薄く目を開け、巳槌の舌が待つ場所に辿り着く。二つの舌は腫れた果皮の破れたところから湧き出る汁を分け合うように、亀裂で時折重なる。巳槌の掌は円駆の耳を経て後頭部へと至る。

 久之は己の快感など平気で後回しに出来る。寧ろ、二人の舌が絡み合う音こそが優先すべきこと、言うなれば、幸せの音色だ。

 円駆の髪を巳槌が手で梳く。勇ましい眉の間に皺が寄っている。唇から零れる甘酸っぱいような声こそが、きっと円駆が生まれ持ってきたものだと久之には判る。久之が抱いたときにも同じ声を漏らすなら、やはり円駆が巳槌を愛していることは――本人がどれほどむきになって否定しようとも――事実だろう。

 二人の舌から伝った唾液が、生温かく久之を濡らした。

 巳槌が再び円駆を導く。「待たせて、ごめんな」と、まだ口付けの余韻が残るような声を巳槌が発した。

「二人で、気持ちよくしてやるから……、な? 円駆」

 円駆はただ、こく、と頷いただけだ。

 二人が嬉しいことは、久之にも嬉しい。二人が嬉しいだけでもいい。しかし、それでは二人が嬉しくない。幸福らしきものは常に困惑を誘い、その実「らしきもの」どころか確実に其れは幸福なのだ。

 巳槌と円駆は指を絡めて久之の茎を優しく握り、其処を動かしながら三度亀頭への愛撫を再開する。同じ事を二人が考えているに違いないと、ようやく心底から久之は信じた。そして、あまり待たせてはいけないということを同時に理解したし、そのために努力する必要もないことを認識する。二人の「少年」の口元から立つ水音は、久之の思考をまるごと押し流す力を持っていた。

「……わぷ……」

「っん……!」

 二つの舌が揃って亀頭に在るときに、久之の欲、というよりは思い、というよりは、いっそのこと美化して愛情は噴き出した。それぞれ頬に浴びた二人は、のたうつ久之の肉塊から手を離さない。巳槌が円駆の頬を舐めたのを切欠に、円駆が巳槌を舐め返し、同じ味であることを確かめ合うようにまた、唇を重ねて、……深く深く、舌を絡め合う、同じようで違う、朋輩の唾液と混ざった思い人の精液を分け合う、同じ味になるまで、そうやって。

 長い口付けのあとで、巳槌が円駆の耳に何事か囁いた。「……ンなん……」と言い掛けた円駆の唇を塞いで、にっこりと向けた微笑を見たなら円駆に継げるものは何もない。ただ呆然と、二人の神なる身、愛しき「少年」たちの愛情表現を眺めていた久之を、円駆は顔を向けて、視線を反らす。まだその頬は少しべたついているように見える。

「……気持ち、よかったかよ」

 其の様が可憐であるとは、思わないようにする。「うん」とだけ、久之は答える。

「僕らは、お前が大好きだからな」

 巳槌は相も変わらず微笑を絶やさずに言う。「お前が気持ちよくなれるのは、本当に嬉しい。お前もそうだろう」

「……るせえ」

「素直に言え。言えばもっといいことが在る。もっとも、いいことなんて無くても言うべきだ」

「……るせぇな、てめぇは」

「そうか、僕に聴かれるのは恥ずかしいか。なら久之にだけ聴かせてやるがいいよ」

 とん、と背中を軽く押されただけなのに、円駆の身体は久之に乗った。発熱している。抱き留めるというよりは、ただ圧し掛かられただけではあったけれど、背中に手を回してやるべきだという判断は間違っていなかった。

 久之の間近に在る円駆の顔は純情を隠しきれない。「好きだよ……、俺だって……、お前のこと、大好きだよ……」逃げるように久之の耳に駆け込んだ言葉は、心臓まで直截届いて、久之の腕により強い力を篭めさせた。

「ん……、俺も、大好き、だよ……? お前のこと、その……、どうしたらいいか、わかんなくなる、くらい、好きだよ」

「僕は?」

 いつの間にか久之の横たわる顔の傍に顔を寄せて、巳槌は問う。

 久之は真っ赤になって、「……好き、だよ、巳槌」と答える。

 久之がされて一番困る問いを、二人が飲み込む気配はほとんど無かった。在ったのかもしれないが、少なくともどれ程敏感に在ろうとしても、久之が感じ取れないほどの些細なもの。その証拠に巳槌は、

「お前のことも大好きだよ」

 円駆の耳元で囁いて、ついでに耳朶を唇で啄ばみ、久之の腕の中にある身体を震わせた。「お前は?」

 ぎ、と円駆の奥歯が何かを噛み潰すように軋む。それから「……好きだよ」と、細かな雨音にも負けそうな音量で声を絞り出す。勝ち負けではないはずなのに、負けたように悔しそうな表情は久之にもよく見えた。

「僕らは、幸せな神だ」

 そんな巳槌の総括に、同意するのは畏れ多い。巳槌の言うとおりであることを祈る。円駆が恥ずかしそうに久之の身体から降りると、代わって巳槌が其処に収まった。「大好きだぞ、久之、だーい好きだ」

「……うん、……ありがとう」

「何処に有難がる必要が在るのか判らないな。お前がお前のまま居るだけで僕らはこんなに嬉しくって仕方が無い。だから誇りを持ってそのままあるがまま居るがいいよ。もちろん円駆、お前もだ。せいぜい精一杯僕に悪態を吐き散らせ。そんなお前が僕も久之も可愛くって仕方が無い」

 鼻を、額を、久之の頬に擦りつけて、くすくすと笑う。「どうしよう、雨は明日の昼まで降り続ける、今夜は風呂に入るのが難しいかもしれない。其処まで判っているのに僕らは、互いの身体をもっと汚そうとしている、……そうすることに、ほとんど躊躇いも覚えない」

「僕、『ら』? ……なんでお前が俺の」

 円駆に向けて、「そうだろう」と巳槌は言葉を放る。「お前の気持ちはすっかり筒抜けだぞ、きっと久之だって同じだ」

 足の間に起き上がり、銀色の髪を掻き上げる巳槌を眺めながら、久之はこの「少年」の髪の自由に踊る様がまず淫らだということを再認識する。

 初めて其の姿で現れたとき久之は何と思ったか。

 夏であったから、膚は香ばしく焼けていた。裸で在るということがまず奇妙であった、純氷の如く透き通って美しい相貌も異常に思えた。だがまず目を引いたのは、雪色の髪ではなかったか。生まれつきであろうが、緩く波打つ髪が艶かしかった。もちろん久之が最初からこの「少年」に惹かれた訳ではないが、濡れたように眩くすら在る「少年」の髪に、まず視線は縛られた。

 余り伸びすぎて、鬱陶しいと言うときは久之が挟みを挿れる。この神なる身の、応龍の、「少年」に髪型の拘りが在るのかどうか知らないが、久之はいつも初めて在ったときより短くは切らないことに決めていた。「お前は僕にこういう髪型で居て欲しいか」と問われても上手く答えられなかった。ただ、巳槌という「少年」の、応龍の、神なる身の在り様にはこの上なく似合っているように思われる。まず間違いなく、円駆も同じように考えていると思っていい。

 酔いを醒ますように頭を振り、髪を額に頬に降らせ、挑むような鋭い笑みを久之に向けて、「拭けば大丈夫だと思うよ」と彼は言う。「お前は拭いてくれるだろう? 僕の身体も、円駆の身体も。多少は匂いが残って気になるかもしれないが、眠った後も繋がっている夢を見られるかもしれないな。そうだろう」と円駆を振り返る。

「……話が変わってきてるじゃねぇか」

 円駆が顔を顰める、恐らくは、無理に。「久之を片付けるためじゃねえのかよ」

「まだちっとも片付いていないよ。そうだよな?」

 巳槌は自分の陰茎を摘んで、粗熱を未だ逃しきれない久之自身へと当てる。「久之も、僕も」腰を前後に揺らして擦りつける、動きを円駆へ焼き付ける。「お前も」

 円駆の足の間で其れがまだ全く収まっていないことは、久之にも判った。指で撫ぜる巳槌の髪の向こう、円駆が誇りと欲望とを天秤に掛ける顔は、いかにも円駆らしい。戦慄かせた唇を無意識のうちに開け閉てしながら選択線上でふらついている。

「円駆が自分で片付けると言うのなら、僕は久之を独り占めしてしまおう」

 久之の頬に口付けた巳槌は、聴こえよがしに言う。ぴく、と久之は無意識に髪を撫ぜる指を強張らせてしまった。久之の首筋から肩へ舌の這った跡を残し、心臓の上を吸って跡を付けて、山での生活に引き締まった腹筋を通過し、再び十分過ぎるくらいに強張った場所にしゃぶり付いた。深々、喉の奥に届いている。ゆっくりと、たっぷりの唾液を纏わせてから顔を上げて、

「たくさん濡らして、僕をあげる。一つになろうな、久之。僕でいっぱい気持ち良くなるがいいよ。僕は牡だから胎に子を宿すことは出来ないが、暫しの間お前の魂をこの身体に留め置くことぐらいは出来る」

 久之にしゃぶり付いたまま、巳槌は揺ら揺らと尻を動かして円駆を誘う。円駆の眼には其処の中央部で窄まる場所が詳らかに見えているはずで、自分の役割というものを彼が意識しないわけには行かないのだった。「……糞が」という悪辣な声は、久之の耳にも微かに届いた。けれど遅れて久之が聴き取るのは、「んん」という巳槌の甘ったるい声と、円駆の舌がその場所を辿るひたひたという音。

 尋常な状況ではないことは百も承知だ。相手は人ならざる身、つまり神なる身、その上で、男の、少年の、身体をした命。どうかしていると言えば其れで片付くような状況である。

 しかし、愛しい命。

 愛し過ぎる命。

「だーい好き」と巳槌に言われて、蚊の鳴くような声で円駆に言われて、どうしようもなく心は蕩け、嬉しいという気持ちだけが世界に満ちているように思える。この二人の神なる身、というか、命に、どうしてこうまで幸福を与えられる? 人間の生きる時間を遥かに越えるほど長い神々の下らぬ争いに、正しく人間である久之が終止線を引いたこととは無関係でなくとも、いまや巳槌も円駆も、「だって僕は/俺は、久之のことが好きなのだ」と言って片付けるに決まっている。原因や理屈や物語が在ったことまでは否定しない。けれど、肝心なのはいまとこれからだと。

「久之」

 円駆が顔を上げる。気の強い少年の顔で居て、幾百年の苦悩を知り、同時に、穏やかな優しささえも孕んでいる。「……出来たぞ。やれ」

「……何が、出来た?」

 円駆に尻を開かせた巳槌が顔を上げて、久之の勃起した男根に唇を細かく当てて、「何を準備整えた気になって、言っているんだお前は」と訊く。

「ああ? 何がって、そんなん……」

「お前の準備が、まだ、出来てないだろう……。僕は優しいからな、お前は久之に開いてもらうがいいよ」

「ああ?」

 円駆の上げた声を無視して、巳槌は手を畳に付いて身を起こし、久之の心臓に唇を当てる。「僕はいい子だろう? 久之」

「あ……、うん……」

「そしてお前もいい子だし、円駆もいい子で可愛い子だ。お前が指で開いてやるのに何の不足もないよな?」

 ……ん、と久之はこっくり頷く。円駆は虚を突かれたような顔になって、それから慌てたように「ちょ、っと、待てっ、俺は、俺はそんなつもりでっ……」

「嘘をつけ」

 呆気なく、巳槌に足首を掴まれる。「ほら久之、ぼうっとしてるんじゃない、さっさとこいつの尻を開いてやるがいいよ」

 腰を抱えられて円駆は動きを止める。同時に巳槌が陰茎を手の中に収めたことは久之にも判った。

「見えるか? 久之。円駆の可愛い尻の穴」

 円駆は畳に額を押し付けて、食い縛った歯の間から呻き声を漏らしている。誇りは同じように高いはずだが、其れを高く売ろうとする円駆とただ同然で配り歩くような巳槌とではやはり傷の付き方が違うのだろう。其れは推測に過ぎないが、久之が確かに言えることは、巳槌の言ったことが正しいという、ただそれだけ。巳槌に比べて引き締まった尻の中央にある其れは、巳槌同様に可愛い場所なのだった。そんな場所を可愛いと思ってしまう自分を否定したくなったけれど、寧ろ今は肯定しなければいけない時間だ。

 巳槌に重ねて促されるまで、久之は待たなかった。

「ひ」

 掌をそっと冷たい尻に当て、顔を近付ける。円駆の匂いがする。本能的にその匂いを感じ取ることが出来るようになった。巳槌と円駆は久之のそういう考えを悟り、巳槌は小さく笑うし、円駆は上げかけた声をまた歯を食い縛りなおして堪えた。

 当てた舌先が感じ取るのは僅かな汗の味ばかり。

「よく濡らしてやるがいいよ。僕の中だけじゃなくて、此処にもお前は入るんだからな。お前のちんちんは僕らみたいに手頃な大きさはしていない。大人の身体の形をしているからな、ちょっとびっくりするぐらい大きい。もっとも、だからこそ気持ちいいのだ、僕にしても、こいつにしても。……そうだな?」

「うるへぇ……!」

 くぐもった声が届く。あまり意地悪をするのは可哀相だよ、そういう気持ちにはなるのだが、いまは意地悪も必要な時間だと巳槌の笑顔が言っている。

「んぅ……」

 ぴく、ぴく、震える内腿を慰める方法はないのだ。自分はまだ第三者と位置づけている、強気で乱暴で意地っ張りでいつつも謙虚で優しい少年のために久之が出来ることと言えば、一旦何処までも彼の誇りを傷つけ、同時に甘ったるい蜜の中に浸し、裸になってもいまだ一人では脱ぎ捨てられない衣を一枚残らず剥ぎ取ってやることばかり。

 その点を理解して、自分で脱ぐ術を持っているという点では、巳槌は「いい子」と言えるかも知れない。とはいえ其れは、巳槌が水を司り、円駆が土と焔を司るように、持って生まれたものである。どちらをも判る久之が手を貸して済む話なのだ。

「綺麗な爪だな」

 巳槌が久之の指を見て褒める。「絵も壷もまるで上手じゃないが、僕らを幸せにすることばかりは他のどんな人間の手よりも上手に出来る」

 それならば、それだけ上手であればいい。「そのままで居るがいいよ。そのままのお前が、僕も円駆も困ってしまうぐらいに大好きなのだから」

 指を、挿れる。「んぎゅ……っ」と円駆が声を漏らす。慰めるように巳槌の指が円駆の腰を撫ぜ、斜め下方を向いて震えていると思われる場所を摘んで動かす。「いい加減慣れろよ」とは円駆が久之に向けて放る言葉だが、同じ言葉を巳槌が言うのではないかと久之は気が気ではなかった。だが「慣れ」ている巳槌はそういう子供っぽい真似をいまばかりはしなくて、代わりに「気持ちいいだろう。羨ましいぞ、久之にこんな風に、優しく解して貰っているのだからな」と円駆に囁きかけ、くすぐったがらせている。

「慣れ」という点では、さすがに少しずつでも備わって来ているだろうか、久之は思う。

 円駆の身体の反応を上手く嗅ぎ分けられるようになってきたし、痛みを与えず緩め解す方法というものも、もちろん独学というか実地経験に基づいて、どの程度信頼に足るか不明であるなりに、肉の反応の一つひとつに耳を傾ける能力が研ぎ澄まされてきた。円駆は恥ずかしさを堪えているだけのように見える一方で、少しずつ、貪欲にその場所を蠢かせ、ある場所を久之の指が通れば求めるようにきつく噛み付くようになってきた。

 無論、久之が慣れるように円駆もまた、慣れるのだ。

「見ろ久之、円駆が可愛いぞ」

「……見えない」

 だって久之は円駆の尻を弄って居るのだ。巳槌は横たわり、朋輩の頬を撫ぜて微笑んでいる。

 円駆は、

「るせぇっ……、るせぇっ、黙れ、馬鹿、腹下して漆に被れて火傷して泣き喚け!」

 必死に言葉を紡いだ結果何やら恐ろしいことを口走ることになっているが、涙声である、震えて、揺れて、高い声である。巳槌の言う通りであろう。「慣れ」という点で考えたなら、やはり円駆はまだまだだ。巳槌のように久之を誘い、この遊びを心底から楽しめるようになるためには当分時間がかかるか、或いは、ずっとならないかもしれない。

 久之にとってはどちらでも構わないことだ。

 巳槌も可愛いし、円駆も可愛い。二人の神なる身が少年の体躯を持って生きているからでは、決してない。二人の身に宿る知識や感情、そもそもの在り方、振る舞い、……が、可愛いのである。それもまた、この先ずっと変わらないことである。

「……もう、大丈夫、だと思う、よ」

 久之は顔を上げて言った。円駆が指を噛む力は程よく緩み、流し込んだ唾液によって滑りの良くなった胎内はじんわりと熱い。指を滑らせるように動かす度、円駆が鉄壁の努力を用いて堪えようとしても鼻に抜けるような声が漏れる。円駆の性茎が反り返って震えていることを触って確かめる必要はないだろう。

「ならば、挿れてやるがいいよ」

 巳槌は当然のことのように言う。お前が、……お前を、……俺が? そんな風に少し戸惑った久之に、

「お前が解したんだから、お前が挿れるのが当然だろう」

「そう……、なのか。……でも」

「いいから、早く挿れてやれ。いつまでも僕の友達の尻の穴を開けっ放しにしておくんじゃない。腹を下すぞ」

 全身に弱い火が回っているような状況だから、火の獣とて円駆は久之と巳槌の遣り取りを畳に手を付き尻を高く上げたままで身動きを取れない。勝手なこと抜かしやがってんじゃねえぐらいのことは普段ならば言うはずだ、そして自らの身に久之の熱を享ける好機を一旦は逃すはずだ、ならばお前は指か自分のちんちんでも咥えて見ているがいいよ、僕が久之を独り占めする……、巳槌の口から発される言葉さえも久之は想像できるのだった。

 だから、全ては幸福の歯車が噛み合って周る。

 久之はどちらだって構わないし、どちらだって同じくらい問題だとしか思っていない。ただ二人を愛しく思う気持ちがある以上、既に射精を遂げた身体であろうと、こうするのが――二人の望む以上――自分の価値であり、成すべきことであると信じて成すばかり。円駆の小さな尻に手を当て、掴んだ滾る男根を「円駆、……挿れる。……嫌、じゃない……?」押し当てて尚、気弱な声で訊く。但しそういう精神上の未解決問題については、二人がきっと優しく飲み込んでくれると信じて。

「ん、くぅ……ン、ん……んん……!」

 普段暴言を吐く者と同じ声とは思えないほど、細く濡れそぼった声を小刻みに漏らしながら自分を受け入れる円駆が愛しい。すぐ隣に横たわり、「気持ち良いか? もっと久之に聴かせてやるが良いよ。お前の声はすごく可愛いんだぞ円駆、僕ももっと聴きたい」自分の陰茎を弄りながら語りかける巳槌と同じくらいに愛しい。

「ちゃんと奥まで入ったか?」

 巳槌の問いに、久之は頷いて答える。「そうか」と納得するや、彼はぐいと円駆の肩の下に腕を入れ、持ち上げる。「んなっ……」驚いた円駆に構わず仰向けの身体をずらして円駆の下に潜り込む。

「お前は隠そうとするからな、濡れた声も泣き顔も。久之に見せるのが恥ずかしいなら、代わりに僕が見てやろう。有難く思うが良いよ」

 小さな口付けの音が円駆の抗いを飲み込んだ。巳槌の手がくい、くい、誘う。久之は其れに応じて腰を動かせばいい。

「あ……!」

 円駆が気付いて、声を上げた。その顔を見られなかったことを、久之はほんの少し、残念に思う。

「ほら……、入ってきた入ってきた、お前のちんちん、僕の身体の中に……」

 声を震わせ、それでも心底から嬉しそうに巳槌は言う。久之の熱を受け入れるだけで溢れそうな円駆の欲求が、行き場を失うように戦慄くのは久之にも巳槌にも判った。久之が後ろから支える円駆の身体に、巳槌が大事そうに腕を回す。

「気持ちいい……」

 うっとりと、巳槌が言葉を溢れさせる。

「僕は、幸せだよ、久之、円駆。大好きな、だーい好きなお前たちとこんな風に一緒に居る、こんな風に、身体が三つも、一つに重なって、愛し合う、……こんな幸せなことは他にない……、ん」

 二人に挟まれた円駆の身体が雷に打たれたように痙攣する。「あ……あ……」と久之を噛み締めるように巳槌の中で達した円駆の紅い髪を久之は大事に撫ぜたし、巳槌は抱き締める腕に力を篭める。

「堪え性のないやつ。でも、……嬉しいぞ。僕の、胎の中に、お前のを流し込んでくれた、お前が久之と僕とで幸せになった証拠だ」

 腕を解き、身体をずらして巳槌は円駆の下から抜け出す。久之も、そうっと円駆を解放した。円駆の、久之と繋がっていた場所は、ぱっくりと力なく開いたまま、まだ濡れていた。肘を折り尻を高く上げたままの体勢で円駆はひくひくと震え、声もない。

 その背中に、巳槌が覆い被さって、「いい匂いだ。愛されることを知ったお前の匂い、……久之だけに独り占めさせるのは寂しいから、僕もいっぱい嗅いでやる」首筋を舌で辿る。「うあ……」とまだ火の消えない身体にぶるぶると震えが走った。そのまま巳槌は開かれたままの円駆の扉に自らの細茎を当てる。ほとんど何の抵抗もなく、円駆は飲み込んでしまうようだ。

「あ……はぁあっ……!」

 円駆が喉を反らす、紅い髪が、乱れる。朋輩の身体の奥に達した巳槌はしばらく言葉を発さず、静かに円駆を後ろから抱き締めていたが、やがて久之を振り返る。左手で自分の双臀を割り開いて、円駆の放ったものがゆっくりと漏れ出す場所を見せびらかして、言葉を用いずに久之を誘う。

「は……ぁン……、ひさ、ゆき……!」

 先程まで身に捉えていた円駆のものよりは、ずっと圧迫感が在るはずだ。しかし巳槌の唇から漏れ出す声にはただ喜悦の響きばかりが在った。巳槌の右手は射精間もない円駆の陰茎を掴んでいる気配がある。ぐちゅぐちゅと粘液に塗れた場所から音が立つ。久之が腰を振れば、似た音が泡を伴って巳槌の引き締まった尻から発した。

「ッンっ、んぅ、ん……! う、あぁあっ……、はっ……あっ」

 巳槌はもう、意地悪を言う余裕もない。普段は二人を支配する少年も、二人掛かりでこうして取り掛かればすっかりしおらしくなるらしい。同じ種類の声は円駆の唇からもだらしなく溢れ続けている。

 二人とも、可愛い。

 どうしようもなく、愛しい。

 どうしたらいい? 「どうしようもなく」と判っているのに、それでも久之は考えることをやめられない。

 この、無尽蔵に幸せを授けてくれる生き物、……どうしたらいい?

 いつか二人が教えてくれたように、自分がもし、二人と同じ神なる身になりつつあるのだとすれば、答えは一つしかない。

 同じく、二人に幸せを齎す生き物になるだけのことだ。

 この山に無数在り、陽の光という恵みを根拠に酸素というまた別の恵みを分配する木々のように。

 其処まで結論が至れば、腰を振るだけの生き物であってもいい。円駆の吐き出したもので満ちた巳槌の狭い肛道に擦りつけながら、巳槌が同じように円駆と繋がり快楽を得るための手助けを、久之は夢中でした。巳槌の右手は盛んに動き、円駆を再び頂へと導いていく。

「ッん、く、ひさゆ、きっ、もぉっ……、もぉっ!」

 巳槌が甲高い声を好きに撒き散らす。其れさえも、幸せの音色である。苦しいぐらいに強い圧迫に、久之も息を止め、巳槌へ鼓動を重ね合わせた。

 把握する術は無いけれど、円駆も同じ音を刻んだのだろうと思う。

 物も言わず、久之は二人を丸ごと抱き締めていた。

 いつも二人が張り合う身長の僅かな差は、久之には大した問題には思えなかった。仮令二人が神なる身として強い存在であっても、こうやって慈しみ抱き締めることがこれから先もずっと自然な、小さく痩せた身体だった。同じくらいに温かくて、同じくらいに愛らしい身体だった。

「……お」

 巳槌が、ぴくんと震える。異変は、その胸に腕を回している久之にも気付けた。恐らくまだ巳槌の手の中に在る円駆の陰茎の下の畳に、じわじわと水溜りが広がって行くのを感じた。円駆は屈辱に耐えられないように、身を硬くして、口を噤んでいる。

 巳槌は、大いに嬉しそうだ。

「しょうのないやつだな、そんなに気持ちよかったのか。全く締りのない。そのうち尻の穴も緩んでしまったらどうする、久之はまだしも僕を満足出来なくしたら承知しないぞ、おもらし円駆」

 酷い言葉をこれだけぽんぽんと投げ付けられるのも、ある種の才能だろうか。円駆が以前教えてくれたことに拠れば、「あいつは口が悪いから、他の連中には快く思わないやつも居る」ということで、その割には恐らく生涯通じて一番その悪口を顔面に食らって来た円駆はそういう巳槌を決して憎んではいない様子である。

 とはいえ、可哀相は可哀相だ。

「あんまり、そういうこと、言っちゃ、駄目だよ」

「わう」

 巳槌の腰を抱いて、ぐいと引く。真っ赤になって、悔し涙を堪えて振り向いた円駆に、繋がった腿に乗せた巳槌の裸身を見せる。久之には伺えないが、巳槌が珍しく虚を突かれたような顔をしていることは想像出来た。そういう巳槌の表情は円駆にとってもきっと、美味なるものとして映るだろう。

 円駆が水溜りに背を向け、久之に拘束された巳槌の胸に顔を寄せる。

 長く交わった神同士は心の読み合いが出来ないと言っていた。ひょっとして、やがて二人は俺の心を読めなくなる日が来るのだろうか。久之はそんなことを考えたが、現状、それでも巳槌には久之と円駆の考えていることを察することが出来たのだろう。「や、やだっ、やめろ、こら……っ、久之っ、円駆!」

 狼狽する巳槌も、また珍しいものであり、そして普段と少しも変わらず愛らしいものなのだった。円駆はニヤリと口元に鋭い笑みを浮かべ、淡い鴇色をした巳槌の胸飾りに唇を乗せ、思い切り吸い上げる。

「ひぁ!」

 其の場所は、普段あれ程強気でわがままを押し通す巳槌の唯一と言ってもいい弱点である。未だ快感に炙られているような状態で、其処に強い刺激を与えられればどうなるかを、彼自身も判っているに違いなかった。

「あ、やっ、やあっ、いやぁあっ」

 勃ち上がったままの性器から勢い良く噴き出した飛沫を見て、円駆が口を外す。巳槌も可哀相だと思うが、これは自業自得であると久之は結論付ける。しかし何も二人して畳を濡らしてくれなくたっていいだろうに。

「ざまあみろ。お前だって漏らしてんじゃねえか……、おもらし巳槌」

 円駆は溜飲の下がったような顔で言う。巳槌はだらんと両手両足を弛緩させ、不安定な軌道の放物線をしばらくそのまま描き続けていた。

「しかも、お前の方が量が多いな。さっきしょんべんしたばっかなのにな。締りが悪いんじゃないのか」

 久之は放尿を終えた巳槌の身体を綺麗な畳の上に降ろし、雑巾を持って来て大きな水溜りを拭う。それから畳を剥がし、静かな雨の降り続ける縁側に放り出した。乾いてどうなるかは、神さえも知らない。

 部屋を振り返れば、巳槌と円駆がお互いの頬を引っ張り合っている。せっかく愛らしい相貌を、そんな風に傷付け合うのはあまりに不条理に思える。慌てて駆け寄って二人を引き剥がしたら、「お前が悪いのだぞ、お前があんな風にしなければ、僕はおしっこ漏らしたりしなかった」巳槌に怒られ、「てめえが俺のをいつまでも弄くってるからじゃねえか」と円駆の怒鳴り声に圧される。困ったことだ。雨はまだ、当分止まない。風呂を沸かすにも飯を炊くにもまだ早すぎる。

 三人の時間は巳槌の腹の虫がおさまるまで続くのだろうという久之の推測は的中する。

 とはいえ、其れは永遠に続いたっていいような時間である。

 


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