思考停止

 頻繁に思考停止しながら共に在る、そんなやり方を誰も健全とは言わなくても、寧ろ自覚症状として不健全な俺たちは、まるで構わないと胸を張る。息一つするのだって当たり前じゃないと捉えられたなら、全てがプラスの意味を持つ。反転させることはなお可能だ。

 善悪の判断を停めて純粋感情の貴さのみを叫ぶのは、実弾を込めた拳銃を泣きながらぶっ放すようなもので、すごく危険なことと判ってはいるのだけれど、ダイレクトに言えばそれがすごく崇高に感じられるから、俺たちは選んでするのだ。

 二人だけの世界を創ることが出来たなら、それで十分だ。領域を広げなくともいい。この狭い部屋だけで十分だ。二人で窮屈なベッドなら、二人で寝よう、もっと狭くて苦しいくらいで丁度いいと考える二人のためのベッドなのだから。

 アズリアがギャレオを追って世界の外へ出て行ったことを、イスラも同じように歓迎する。二人きりで、何の遠慮もなく悦びに手を伸ばすことが許されたのだ。もっとも、アズリアがいたって結局は、同じような俺たちだろうけれど。物事をプラスに取るのがきっとすごく得意なのだ。生きていることだけでも、十分過ぎるくらい素敵。

 先にベッドに入っているイスラが首から上だけ出して俺をじいっと見ている。俺も入ろうと布団を捲って、イスラが裸であることに気付く。微笑んで、俺も全部脱いで、入った。布団の中は温かかった。確かに、服なんて余計なだけのもの。

「せんせい、くっついていい?」

「もちろん。寧ろくっついて欲しいな」

 意識の働く分だけイスラの体は小さく感じられる。俺の腹の上に乗せても苦しさはさほど感じない。漆黒の目が俺を見詰める、悪戯するようにキスをする。そして、赤い舌を出して、俺の頬を舐めた。

「幸せだよ」

 くすくすと笑って、俺の髪を撫ぜる。さあ、今はどっちだろうと、考える。そして、「どっち」とか考えることを放棄する。面倒臭いだけだ。

「……下も裸?」

「うん……、意味ないもん。……先生だって」

「ああ……、まあ、意味ないかなって思ったからね」

 イスラからキスをたくさんもらいながら、俺はキスをして舌を絡めている間が誕生で、この後互いの体を歩き合う間が生で、射精と共に訪れる死を考えた。当然、それは俺の放射する精液であって、イスラの精神的充足以外にはさほど意味を持たないものだ。物質としての意味があるならそれは、イスラの粘膜から多少なりともの栄養分として吸収されるというただその一点に尽きる。端的に言えば無意味な一生だ。そして、そんな瑣末なことでも、集中力を乱すから、イスラの背中に手を回した。イスラのことばかり考えていればそれでいいやと思うから。俺はイスラの肩に毛布をかけたまま起き上がり、ぎゅっと抱き締めた。優しい心の篭った体から貰う温度に、少なからず感動し、その感動の勢いのまま、耳を噛んだ。

 少しすくめられた細い肩も、一つ噛んで。本当に食べてしまいたいくらい美味しそうで、ただ食べたらもう会えなくなる。全部で思考を停めるだけの度胸が無いのが俺の実態だ。

 俺の寝ていた場所、まだ少し温かいだろうと、仰向けに寝かせて、俺は白い身体に自分の匂いを移していく。舌先から、指先から、俺の要素を塗して汚すのだ。

「ん……、あ……はぁ……」

 穏やかで艶のある間違いなく男、の声を、ギリギリのグラスから零れるように少しずつ溢れさせながら、俺に聴かせて、時折誘うように俺の指を求める。ずっとキスばかりしていたら、俺の右手を取って、下半身に引いた。

「何?」

「……なに、じゃないよ……」

「判らないよ?」

 イスラは悲しげな表情になる。しかし、すぐに微笑むと、手を伸ばし、俺の先を指で突いた。

「こんなになってる」

 嬉しそうに言う。

「僕より硬いじゃない……、こんなに感じてるの?」

 証拠を突きつけられると、俺も余裕はない。

「そうだよ。イスラにすごく感じてる」

 イスラは俺のものを撫ぜる。右手で、人差し指中指薬指小指、撫ぜ上げる、その指の一本一本が生々しく俺に判らせ、感じさせるのは、やっぱりどうしたって愛しく思う感情。

「ね……、僕のも、触って」

「うん……」

 キスをする、息を重ねあう、手のひらで愛撫しあう。身体の隅々にまで繋がった豆電球がひとつひとつ眩しい光を放つ。

「せんせぇ……」

 俺のこんな身体の一体どこに、自覚できるだけの量の優しさがあるのか。

 その在り処は判らないけれど、判らないなりに成功している。その背景には精巧なシステムが成り立っていて、そしてしばしば性交の場において現れる傾向があるらしいことは疑いない。だから俺たちは性欲に対しては無抵抗でいようと思っている。

 重なった身体でどこまでも突き壊せる自信が正直言えばすごくある。何も怖くないくらいの暴走意欲に駆られて、俺は、イスラの身体へ散らす。イスラ自身の精液と交じり合う、産声を聞いた気になる。

 身体を濡らしているのにイスラは嫌な顔一つしないで、またキス。舌と舌を、深く深く、絡め合う。喉から溢れる息まで飲み込み合えば、元は一つだったのかもしれないという錯覚にたどり着くには十分すぎる。

 身体を拭く時間に設けるクールダウンの間も、イスラは片手を俺の体のどこかしらに当てている。接続は途切れない。

「大丈夫?」

 漆黒の目は瞬間的な無表情の時間から目覚めて、うん、と微笑む。

「続きしようよ」

 そう言う唇がすごく、色っぽく見える。

 もう、俺はイスラの「何」が「どっち」か、そういうことも考えなくなった。多分、罪と定義されるであろう時間を経て、今イスラは裸で俺の前に横たわっている。純粋な欲求としてそれを欲しいと願うし、この国はそれを容認するだけの法整備が整っている。幸福、だ。

「続き?」

 イスラにもう嘘が無い。と言うより、最初からこの子は嘘なんてついたことはなかった。いつでも裸で俺の前に横たわっていた。俺に触れてと、言葉無く訴えていた。俺はそれに素直に応えるし、自分の責任で抱く。ちょっとばかり、呼吸を乱しつつも、安定感ある関係性を構築。

 甘える腕の力はまるで幼児のように弱いけれど、幼児は案外狡猾なものだ。

「だからさ……先生、……せんせぇ、ねぇ」

「判ったよ、判った。大好きだよ……」

 繋がろうか、ね。意識のレベルまで深く。


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