箱庭王国

 どんな特別さもどうせ手に入らないなら、そんなものは追わない。全ての恋人に同じモノしか用意されていないって言うなら、それにも従おう。皆が同じ錯覚に溺れて、興奮して、息を上げて濡らしたり射精したりするんなら、その枠の中でどれだけ楽しめるかだ。きっと俺たちは俺たちがカッコいいキレイ可愛い素敵美しいイトシイ大切抱キタイ入れたいサレタイ触れたい舐めたい食べたい飲みたいそういう風に思うそれは他の誰もが抱くこと。だけど、疼くくらい、呼吸よりも優先したくなる。俺の匂いに塗れた君を改めて綺麗と思う、きっと全ての男が思うこと。

 それがなんだか憎らしい。

「そんなこと無いんじゃない?」

 イスラは起き上がって言った。

「そうかな」

「うん。僕はそう思うけどな……、みんなそんな頭良くないでしょ」

 そう思うのはもちろん自己愛があるからで、俺たちのこの思いには世界を変えるだけの力があるなんて、変えるつもりもないのに信じているからだ。

「良くない?」

「そう、良くない。いや、……多分ね、錯覚はすると思うんだ、みんな。自分たちが特別だってさ。でも心配しなくても大丈夫。本当に特別なのは僕たちだけだから。君が『愛してる』を言うのは僕にだけだろ? 僕が『愛してる』を言うのも君だけだ。これだけで十分特別じゃないかな」

 そう言われてすんなりと納得する。

 この世で一番、俺たちが最高。賢い俺たちでそう信じていればいいのかもしれない。心配しなくても、結果的に一番の幸せを手にしている事は疑いようもない事実なのだ。

「そうか。……愛してるよ、イスラ」

「僕も……、愛してるよ、レックス」

 そして、にこりと微笑んで、「せんせい」と。

 

 

 

 

 扉は頻繁に開く。俺はスバルたちに相変わらず勉強を教えに行くし、学校が終わった後のイスラは子供たちと遊ぶ。けれど、二人でいるなら小さな家は遮断されて、一つの世界としての意義を持つ。危険度の高い考え方をすれば、ここは俺たちの領域であり、外からすれば異界であり、法も違う王国である。行き来繰り返し生活すれば、当然のように俺たちにはこの国に暮す優越ゆえに特権意識も芽生える。この島の人口が微々たる物でよかった。もしももっと大きな場所であったなら、この意識は何がしか暴力的な意味合いを持つようになったかもしれない。

「ただいま」

 帰ってきて、イスラは靴を脱ぐ、靴下を脱ぐ。手を洗ってうがいをして、それから机に向かう俺の後ろ頭にキスをして、覗き込む。

「スバル、また算数ダメだったの?」

「うーん……、ダメっていうか……」

「見せて? ……ダメ以外の言葉が見つからないんだけど」

「……うーん、でも、ほら、いいセンまで行ってる問題もあるよ」

「でも、ダメかダメじゃないかで言ったら『ダメ』じゃない?」

「うーん……」

 俺よりイスラのほうがよっぽど教師に向いている。俺はどうも甘くてダメだなあ……。家庭訪問の時にもミスミ様に「厳しく叱って貰って構わない」と言われているのに、なかなか。

「何なら、僕が個人的に教えてあげてもいいけど?」

「……頼めるかな。これだとちょっと」

「うん、じゃあ明日終わった後でも」

「ありがとう、申し訳ないね……、俺が至らなくて」

 イスラは俺の髪を撫でて、頬にキスをして、

「君の優しいところが好きだ」

 キスにはキスで答える。そう言ってくれるイスラのほうが優しいと、俺はそのまま立ち上がる、イスラを抱き締める。首にしっかり回った腕が、半端じゃない思いの濃度の証だ。当然の流れとしてイスラと舌を絡め、互いにその舌が紡ぐであろう言葉を飲み込み合う。換言すれば全部「愛してる」になる言葉を、ずっと、ずうっと、音の無い言葉で遣り取りしあう。

「先生、何して遊ぶ?」

 イスラは背伸びして、悪戯っぽく耳元に囁く。

「そうだな……、何して遊ぼうか。何したい?」

 俺もイスラの耳元に言葉を這わせる。首を竦めかけたイスラを、噛んで咎めて、やっと離れた。けど、手は互いに離さない。

「ね。何しようか」

 妖しく微笑むイスラに、心が浸って染まっている。何でもいいよと言いながら、俺の手はイスラをベッドに誘い、寝かせ、その身体を覆う。

「一番楽しいのがいい」

 イスラが言う。

「そうだね楽しいのが一番いい」

 覆った胸の中からくつくつと笑い声が聞こえる。今日も一日、気付けば夜になってた、それくらいの怠惰さでキスばっかりしているのが一番楽しい……一番、特別。

 恐らくは全ての恋人が想うことを俺がイスラが代弁する。没個性ならばせめて実体の伴う言葉として。感動的ですらあるだろ、きっと。

「気持ちいい?」

 そう言う顔が格好いいはずだと信じて疑わない俺とイスラと、また、足を大きく広げて受け入れる姿が綺麗であって欲しいと願うイスラと俺と。大体どんなセックスだって興味の無い第三者からしたら、さ。せめて俺たちを見るのが、俺たちを崇高なものとして捉えるセンスに満ち溢れたひとであればいい。な、イスラは綺麗だろ?

「先生だってカッコいいよ」

 だろ?

 俺の注ぎ込んだ精液は只の精液じゃなければ、イスラが溢れさす声も只の音じゃない。せめてそれくらい汲み取ってくれる人に見せたいし聞かせたい。判ってくれたなら、やっぱり招き入れてあげたい。


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