逃走本能

 明くる朝早く宿を抜け出した俺たちは色とりどりのドラゴンで溢れる首都へと戻った。ただ往路と違って楽だったのは、背中に羽を生やしたヴィンセントにクラウドと俺は抱っこしてもらったからで、凡そ半分ほどの時間で道を辿ることが出来た。

 何と言われたって構わないが、ヴィンセントと俺の中で腹は決まっていた、即ち「逃げるのだ」。クラウドは何も言わなかった。浅い眠りから目を醒ましたクラウドは、俺たちが既に荷物を纏めているのを見て、ただ素直に自分も支度をするばかりだった。

 アンフェアなやり方かもしれない、それは判っているさ、大いに。

 だけど、昨夜ヴィンセントが語った事実は、クラウドという柔らかい心を護って生きていかなければいけない俺たちにとっては余りにも残酷すぎる。

 俺は、クラウドを甘やかした人が嘘をついていたということを「信じたくないから信じない」という態度を貫くことに決めた。もしもこの先もう二度と、あの柔らかな膚をした少年と会えないのかも知れなくとも、会えない限り彼はきっと今までとまるで変わらず、カオスの稚児として生きているのだと信じられるから、別に構わない。四天王の任を解かれ、懲罰を受け、ひょっとしたらその無限の生さえ奪われるのかもしれないという推測は可能でも、俺たちの眼の届かぬ場所での出来事ならば、それはきっと全て嘘。

 そういうことに、俺たちは決めた。

 俺たちが戻ってくる可能性を、カオスがどの程度想定していたかは俺たちには知りようも無いが、ドラゴンたちを二人で蹴散らし城の彼に会うことは容易だった。魔王は玉座と呼ぶには簡素な椅子に背中を丸めて座って、俺たちを少しだけ草臥れたような眼で見て、小さく微笑んだ。

「困るよ、駒は駒らしく、思ったとおりに動いてくれないと」

 ヴィンセントと同じ声の人は、主にヴィンセントに向かって言った。俺はクラウドに発言権を与えぬため、俺にだって喋れることなんてないんだと伝えるために一歩下がって黙っていた。

「私たちに何をさせる気で居た」

「戦争の手駒にする気で居た。そうだね、うん、飛車角とまでは言わないけれど、桂馬くらいの働きはしてくれるだろうと思ってね」

「人の子供に怪しげな力を与えたのもそのためだろうな。一々都合が良すぎた」

「そう、でもって、此処に最後の力が在る。場合によっては君たちの手でスカルミリョーネにおしおきをしてもらおうとも思っていたんだけど」

 カオスは足を組んで、ふ、と小さく微笑む。

「我が侭な子だよ、あの子も、君たちもねえ……」

 クラウドの猫手の爪が、俺の手の中で出たり入ったりしている。はっきりと今、クラウドはカオスを「敵」と認識しているに違いなかった。ただそれは、彼の中で明確な理論が構築された上のことではない。そうではなくて、もっと単純に、イライラしている、機嫌が悪い、だから何かにぶつけたい、格好の――しかし最悪の――標的が目の前に居る。

 暴風でくしゃくしゃの髪を直すように、撫でた。

「まあ、その必要も無くなったね。スカルミリョーネが何処に居るかはもう見当が付いてるし、もともと部外者の君たちを使って物を片付けようとした僕の考えが甘かったことも確かだ。……元の世界に帰るために此処に来たんでしょ?」

 カオスはよいしょ、と声を出して立ち上がって、空間に大きく円を描いた。其処にぽっかりと、丁度ガラス切りで切ったように穴が開いて、……見慣れた俺たちの、部屋が覗ける。ふわり、通過する空気に乗って嗅ぎ慣れた匂いが届いた。俺たちの、家だ。

「何がどうなったかについては、追って遣いをやるから、どうぞ」

 執事めいた仕草で、カオスは手をひらり、「お帰り頂いて結構ですよ」。

 ヴィンセントはそれ以上何も言わなかった。

 後は、逃げればいいだけ。

 何も考えなくてもいい、何も、俺たちには関係のないことだからだ。そもそも真ッ当な人間として、平凡に生活している限りは、戦いの場に身を躍らせる必要など何処にも無い。ただ俺たちは俺たちとして俺たちのまま俺たちのために、俺たちのためだけに、誰かに迷惑をかけることなく、クラウドのことを護り、これからも誰からも魅力的でなくていい、ただ、自分たちの身の丈にあった生き方をしていればいい。

 斯く在ることに誰にも文句など言わせない。

 カオスが作り出した出口は、少し高かった。丁度、あれだ、朝顔形の小便器みたいなもんで、俺はクラウドを抱っこして、まず家へと入れる。それから、何も言わないままヴィンセントが潜り抜けた。

 俺はカオスを見る。

 そのときに多分、……一種のセンチメンタリズムも自覚した上で言う、俺は、カオスの隣に居るはずの、居るべきの、小さな「秘書」の姿を探してしまったのかもしれない。

「ザックス」

 ヴィンセントに呼ばれて、うん、と頷いた。

 呼吸の暇は与えなかった、思考の為に必要な刹那さえ。それは、誰のためでもない、他の誰でもない、ただ、俺の為に俺はそうしたのかもしれないのだ。しかし、答えは出ない、俺さえも判らないのだ、誰にもきっと、判らない。

 一歩後退った俺は、喉を割らして叫んでいた、「閉じろ!」。カオスが何の逡巡もなくそうするであろうことを、俺は知っていた。呆然と立ち尽くすのは、自分が今したことの理由を、まだ判らないから、そして後悔の、躊躇いの、この胸の中に渦巻くことに圧倒されたからだ。

「……カッコイイね、クラウド=ストライフ」

 カオスがポケットに手を突っ込んだまま、笑った、「惚れちゃいそうだよ」。

 クラウドとヴィンセントを俺たちの生きる家に置き去りにして、扉は閉じられた。其処は嘘のように、空間が在った。

「スカルミリョーネをどうするつもりだ!」

 知らず、俺は叫ぶ。膝は震えている、油断すれば泣きそうだ、手はやたらと汗っぽくて鬱陶しい、全てを打ち払う力はただこの声にしか篭められそうに無かった。

「どうする、……君はどうしたい?」

「……お前があの子に何か酷いことをしようって言うなら、俺は全力でそれを止める」

「んー? それは、どうして?」

「俺の大切な人にとっての、大切な存在だからだ」

「それだけ?」

「ああ、それだけだ。……文句あるか?」

「君の賢明でないことには、即ち愚かなことには、大いに文句を差し挟む余地があると僕は思うけど、そこらあたりはヴィンセントに散々つっつかれてるだろうから、まあいいや」

 ポケットから出した手で、カオスは自分の髪をばっさりとかきあげて、それからぼんやりと天井を見上げる。

「……人間ごときの力で何が出来るつもりだ? ヴィンセントも居ない、君より遥かに強いあの猫の子も居ない、その上丸腰の君は、僕にとっては陸に打ち上げられたおたまじゃくしみたいなものなのに」

 それでも俺は、カオスが俺を殺さないことを想像している。向こうの世界で多分パニックになっているクラウドとヴィンセントの元へ、やがては必ず戻るのだということは、俺が単純にそうしたいからと言うだけで、実現可能な未来であるように俺は錯覚できる。

 膝の震えは止まっていた。ただ、言葉も止まった。俺は黙ったままカオスを待っていた。

「……厄介だなあ、判ってんだね、僕が君を殺せないことを」

 いや、そうでもないです。もっと俺が頭が良かったら、きっと、もう、しょんべん漏らすくらい怖いんです。

 そうじゃなくて、俺は馬鹿だから。

 ただ「心」なる存在を信じ、それを護るだけの力が自分に在ると信じられるくらいには、馬鹿だから。

 そして、馬鹿でも善良なる人間には、絶望のときは訪れたって、必ず何か光があるはずと信じるから、……だから、それくらい馬鹿だから。

「クラウド、君は、甘いなあ」

 カオスはしゃがみこんで、上目遣いに俺を見る。

「それは、あれかな。自分が小さい頃からいろんな男に代わる代わる愛されて、辛いシチュエーションをいつも誰かに救われて生きてきたからこその甘さなのかなあ?」

 俺は何も言わない、何も言えない。だって、事実だ。

「……やだなあ、もう」

 カオスはぐったりと項垂れて、溜め息を床に垂れ流す。呆れきった顔で俺を見上げて、

「馬鹿なんだ、君は、殺す価値も無いくらい、そのための力を惜しみたくなるくらいの馬鹿なんだ。例えば蚊とか蝿だったなら、多少の負担を自分に強いても殺そうって思う、ゴキブリなんて、すっごい不快だからね。だけど君はウスバカ、……ウスバカゲロウよりも僕にとって何の得も無ければ損も無い存在なんだ。君が生きようが死のうが僕にとって何の影響も無いのに、わざわざ殺す気にだってなりゃしない」

 それがすごく失礼なものの言い方だということくらいは「馬鹿」であっても俺には判る。しかし「小学生」のクラウドにだって俺はきっと馬鹿だと思われているのであって、それは魔王のような存在から見たならば。

「僕疲れてるんだけど」

 カオスは立ち上がって、大きく一つ溜め息を吐いた。それから、椅子に座る、「そこの、カッコつけてる馬鹿な、ツンツンした金髪の人、何がしたくてこっちに残っちゃったわけ? 後悔してんなら今すぐ送り返してあげるけど?」。

「金髪で悪かったな、好きでこんな頭に生まれたんじゃない」

「じゃあその触覚みたいな頭髪全部インポテンツにしてあげようか。その一番目立つ角が目立たないようにしてあげようか」

「やめてくれ、俺の貴重なアイデンティティを」

 カオスが指を弾く、上手に乾いた音を立てる、頭髪に違和感を覚えて手を遣れば、

「うわあ! どれが角か判んない! 止めろ! すぐ戻せ!」

「角、あるじゃん、いくつか、たくさん」

「嫌だ! こんな中途半端な頭は嫌だ!」

 カオスが一言「うん、ダサいね、すっげーダサいね」、呟いて、また指を弾いた。

「寝癖からこの頭にするのにどれだけ手間が掛かってると思ってるんだ! ……っていうか、帰るべきなのかな」

「……なんじゃないの? 向うで二人が待ってんでしょ?」

「ああ、……だろうな。クラウドは泣いてるかもしれない」

「……君みたいな馬鹿の為に泣いたりする子がいるかなあ……」

 其処に関しては自信がある、大いに。

「……スカルミリョーネに一切の傷を負わせないで魔界と地獄の戦いを終わらす方法は無いのか?」

 カオスはもはや俺の方を見もしなくなった。ただ、眠そうな目でそっぽを向いて、考え事をしている。

 構わず、俺は言った。

「スカルミリョーネは、クラウドにとって、俺たち家族にとって大切な存在だ。もう失うわけには行かない存在だ」

 カオスはそっぽ向いたまま、言う。

「あの子が君たちの為に泣いたから? あの涙はどうせ嘘の塊だよ」

「嘘なら、嘘でいい。それが嘘か本当かは俺たちが決める。ヴィンセントが居なくなって、それから戻ってきたとき、あの子は俺たちの為に泣いてくれたんだ。あんたにとってアレが嘘の涙でも、あの瞬間の俺たちは全部本当だって信じられたし、今も俺は信じてる」

「あのねえ、……あのねえ!」

 苛立った声を上げてカオスは立ち上がった。大股で俺に向かって歩き、「あんまり騒ぐと僕だって不愉快だよ! 言ったよね? 不愉快な存在なら躊躇いなく殺すよ!」、ヴィンセントの出したことの無いような声を上げる。さすがに、圧倒されてぺたんと俺は尻餅を付く。カオスは目の前のクラウド=ストライフという存在が虫けらのようなものだったことを一瞬忘れていたことを恥じるように、舌を打って、「……ああもう……」、低く、呟く。

「そりゃあ、僕だってね……、『嘘』を嘘のまんまキープできたらどんなにいいかって思うよ。優しい嘘なら居心地はいいしね、スカルミリョーネが嘘つきだろうがなんだろうが僕にとって気持ちいい存在だったことは事実だ、君も男なら判るだろう」

 何を言って居るのかという意味には、俺も直ぐに辿り着く、だから、素直にこっくりと頷くばかりだ。

「生まれてこの方ねえ……、もちろん君なんかが想像も付かないような長い時間を生きてきたわけだよ僕は。……あんなにいい子は居ないよ、君にとってヴィンセントや子猫ちゃんがそうであるようにね、僕にとってあの子は、そういう存在なんだ。そりゃあ僕だって、いつかは裏切られるって判ってたよ。判ってて、でも、手放したくなかった」

 「あの子」、とカオスは言った。玉座に座って足を組んで、組みなおして、肘を突いて。

 カオスが俺を対等に取り扱っているような気がした。浅はかな俺の錯覚ではないだろう、「……そういうもんだろうな」と俺は言う。

「あの子からも聞いただろうし、僕が言った事があったかなかったか思い出せないけど、……あの子は元々地獄の住人だ。だから僕やこの世界について屈託した感情を持っていたって何の不思議も無い。徐々に地獄との対立関係が明確になっていけば、益々あの子としては複雑だろうさ。だからあの子は嘘をつくようになった。上辺では僕にとってこの上なく従順な振りをして、甘い言葉だって吐いた。だけど、内心ではいつか裏切ることを、もうずっと前から決めていたんだ」

 恐らく、カオスの想像することは哀しいくらいに正しい。スカルミリョーネの一連の行動がそれを裏付けている。そんな危険な存在を、「稚児」として傍に置き、縛り付けるために「四天王」という立場を与えたのだということは想像に難くない。ただ、それは一界の長の在り様としてあまりに不適なものであったことは言うまでもないだろう。また、カオスほどの者が其れを理解していないはずもない。

 ただ、俺もそうしてしまうかもしれないので、そこについて俺は何も言えない。

「……あんただって、スカルミリョーネを失うのは嫌なんだろう」

 代わりに、

「スカルミリョーネは……、強いけど、でも、あんたよりは弱いだろ。っていうか、あんたより強い存在なんてどの世界にだって居やしない。どうせ負け戦だってことはあの子にだって判ってる。なのに、じゃあ、何で『其れ』をするのかって言ったら、あの子がそうしない訳にはいかないだけの理由を帯びてるってことだ。つまり、自分が本来地獄の側に在るべきだってことは判ってる、だけどあんたが好きだから傍に居る、でも、良心の呵責はある、そうなったら、事を起こさないわけには行かないだろうし、……そういうことを考えるあの子に甘いこと言ってたぶらかした存在があったとしても不思議はない」

 俺はでたらめを言った、口から出任せに、べらべら喋った。もっと絶望的な、修復不可能な亀裂であると考えたほうが合点がいくとしても、今、俺はそうは思いたくないので。

 カオスは愚か者の俺の言うことなど先刻承知というように、ふー、と溜め息を吐いて、

「……自分の考えの、歯が溶けるくらい甘いことは判って言ってるんだろうね?」

 と言った。

 ヴィンセントと同じ顔をした人は、醸す空気こそヴィンセントとは全く違うけれど、やはり俺にちくちく言うのは同じ。

「ただ、君がその甘い考えに縋りつくことでどうにか此れまで生きてきたってことを僕は知っているよ。……ああそうだ、今言うべきことじゃないけど、メテオのときはご苦労さん。君らが居なくてもどうにかなっただろうけど、『ご苦労さん』とは言っておくよ。あの大匙の砂糖を入れたミルクティみたいな、でもってそれをテーブルの上にほっておいて冷ましちゃったみたいな、それでもきっと人間である君らにはそれなりに苦労が在ったんだろうから、一応言っておく。ただね、現実はあんなに甘くない、君はそして、自分が強い人間じゃないということが判るくらいには愚かではないんだね」

 何故今それを言わなければならないのか凡人の俺には理解できないから、黙って聞いている。あの旅の、呆れるくらいの無計画性、そして結果論的な成功に関しては、ヴィンセントやユフィやティファだって諒解している。バレットやナナキも多分。ただ―説明するのが厄介なので今はしないが―俺はちっとも覚えていないので、当にその結果論的な部分、俺は一応迷惑を掛けずに働いていましたという事実だけで十分だ。

「あんな風に物事全てが都合よく行けば良いよね、もし現実がそうだったら本当に、幸せだよね。だけど、甘いもんじゃない。痛くて苦しくって、やたらと皮肉めいている、幸せの収支だって合わないことの方がずっと多い」

 カオスはちら、と俺に視線を向けた。この人とヴィンセントと、同じ顔をしては居るけれど唯一違うのがその目かもしれないということ、俺は初めて気付いた。ヴィンセントよりもカオスの方が、目付きが悪い、……瞳が少し小さいと言えば良いのか。大まかな印象として、ヴィンセントの方が優しい顔付きで、カオスはもう少し意地が悪そうに見える。

 ただ意地悪な男が一番良い顔をするときが、きっとスカルミリョーネを辱めているときなのだ。

「僕は其れを、少なくとも君たちよりは理解している」

「ああ、そうだろうさ、俺は頭悪いよ、確かに。認めるよ。頭の形だって悪いよ」

「そうだね」

「だけど……、だけどな。俺は、……あんたがあの子のこと好きだって気持ちを知ってる以上、仮令其れがどんなに甘い考えだって判ってても、押し通したい。カレーに砂糖一袋丸ごと入れてチョコレートだって言い張るくらいのことは、したっていいと思ってる。俺は多分、……此れまでそうやって生きてきたし、これからもそうやって生きていくつもりなんだ。百年先も、二百年先も、ずっとずっと、ずっとな」

 腹に、鉄の底を作る。

 目の前に居るのは「魔王」だ。

 それでも、いま、ここで屈したら俺は後悔する。クラウドの、ヴィンセントの、大切な人、嘘でも「あなたが好きです」と言うだけの負担を払ったスカルミリョーネに対しての、俺が出せる力はきっと、この脆弱な人間の体にだってあるはずなのだ。

 そしてその力を何より大切と信じる以上は、相手が魔王であっても屈するわけにはいかない。

 カオスは黙っていた、俺も、黙っている。

 紅い、眼が、じいっと俺を見詰める。もう、怖くは無かった、いや嘘だ、「怖くない」って思い込もうとしているだけのこと、本当はやっぱり、すごくすごく怖い。

 カオスの唇が、緩く開かれた。

「……じゃあ、君がスカルミリョーネの処へ行きなよ」

「へ?」

「あの子の居場所は判ってるからさ、其処まで言うなら、僕の願いを叶えてよ。あの子を五体満足無事な身体で僕の元へと返して。そしたら僕があの子の身体バラバラにするくらいのおしおきをしてあげる。……大丈夫だよ、君も知っての通りあの子は何度殺したって元通りになる身体を持ってるんだから」

 にこ、とカオスは笑う。

「君の覚悟は判った、そして君が僕を愛してくれているらしいことも判ったからね。僕は僕のことを好きな子は、分け隔て無く愛してあげることにしてるんだ、魔族でなくてもね、亡霊でも、もちろん人間であってもね」

 え、ちょ、まっ、「待って。え? なあ、あの」。

「行ってらっしゃい」

 カオスがひらひらと掌を振る。背後に生じた闇の扉に、俺は尻からすぽんと吸い込まれていた。


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