トーキング アバウト ミー

 本名……、クラウド=ストライフ。年齢、ええと、三十二歳。

 血液型は分裂症の証AB型で、趣味は……なんだろう、喫煙は趣味じゃないよな、読書……うん、読書、いや待て、「趣味読書」というのは要するに「無趣味」ということらしい。これではつまらない人間みたいだ。……となると、何だろう……、クラウドいじりは趣味だが書いたら引っかかれそうだから……。最近は料理を上手くなろうと頑張っているが、はたして「頑張ること」は趣味といえるのだろうか? 考えてみると俺には趣味というものが無かったようだ。結局「読書」だな……。

 特技、特技……、特技……? 野球? 「何を偉そうに」と笑われそうだから駄目だな。クラウドを怒らせる事にかけては俺、右に出るものはいないはずなんだけどな。「剣術」というとカッコいいが、俺は神羅時代、実は剣についてはほとんど学んでいない。一般兵に支給されたのは銃だったわけで、実は剣はザックス=カーライルから譲り受けた……いや、わかんないぞ、あれは「盗んだ」とも言えるかも。でもザックスは「いつかお前にくれてやるよ」と言ってたから、やっぱり貰ったんだ。ええと何だっけ、そうだ、剣術。正式のものは全く知らない。「型」とか判らない。ただ適当に、振って、刃があたると敵が傷つくという知識だけで俺はいろんな剣を振ってた。だから「剣術」は書けない。そもそも、暴力的な人間とは思われたくない。となると……、ひょっとして俺には特技なんて無いのか?

 長所。

 短所。

 いや、流しちゃいけないよな。ちゃんと書かなきゃ。

 長所……、忍耐強い、んではないかなと自分では思ったり思ってなかったり。いや、以前も書いたけど、好きな人になら何されても俺は、腹は立つけど我慢は出来る。でも腹が立つ時点で我慢強くは無いのかな。あるいは「行動力がある」なんてのはどうだろう。「責任感が強い」なんていうのもどうだろう。「リーダーの資質がある」というのもどうだろう。っていうか、全て書いて改めて見て「どうだろう」と思うだけのことだ。空欄。

 短所。これは多い。まず、頭が悪い、それから心が狭い、ことクラウドに関わることだと俺の心は三畳一間よりなお狭い。怠惰であり責任感はなく、精神的にバランスが悪いためリーダーには向いていない。理論的に物事を考えるのが苦手だ。将来というものに明確なプランも無い。向上心も無い、まるでない、だって現状に満足している。倫理観は、あったらいいなと思っている。足も短い。襟足も短い。

 家族構成は言うまでもなく、父が一人弟が一人。

「……ヒドイ人間がいたものだな」

 自分で履歴書をまじまじ見つめて、嘆息した。更に言えば、写真写りが悪い。

 ザックス=ヴァレンタイン、すなわちクラウド=ストライフ、すなわち俺というのは、こういう人間であるらしい。到底、こんなんでは誰かに愛されるとも思えないのだが、奇跡のようにこれまでの人生、「愛」には事欠かなく生きてきており、その事には非常に非常に非常に感謝しており、何度ありがとうと言っても足りない。

 母さんに始まり、ザックス=カーライル、セフィロス、ルーファウス神羅、ティファ=ロックハート、ヴィンセント=ヴァレンタイン、そしてクラウド=ヴァレンタイン。母さん、ザックス、セフィロスに関しては、もういない。しかも、三人とも間接的に俺によって死んだのだ。ルーファウスは行方不明だ。生きていることを信じている。ティファはもちろん生きていて、今はバレットと一緒に住んでいるが、俺は彼女のことをどん底に突き落とすようなことをしている。ヴィンセントに対しても同様。殺し合うほど憎しみあった過去があると言っても多分信じてもらえまい。無傷でいるのはクラウドだけだが、クラウドに関しても日々たくさんの迷惑をおっかぶせている。

 ……もし俺がヴィンセントだったら、この半量の罪でも棺桶に眠るだろう。

「ヒドイ人間がいたものだ」

 と改めて思う。

 それでいてこれほどまでに俺が平気に生きていられるのはまさに悪魔の偶然である。しかし、その偶然についてここには記さない。このことは――言い逃れをさせてもらうならば……ヴィンセントが言ったことだが――「やったのは俺じゃない、俺が悪いんじゃない」。

「君には幸せになる権利があるよ」

 ヴィンセントは俺を撫でて昔そう言った。俺はその言葉にどれだけ救われたか知らない。ここに至るまでのプロセスはいつか書かなくてはいけない。書ける範囲で書くことが、俺の義務ではあると思う。

 ともあれ、自分の履歴書をこうして作り、考えてみると、自分というのはどうってことない人間なんだなあということに気付けるはずだ。俺は是非、これをみんなしてみることを勧めたい。謙虚になれること請け合いである。

「……ヒドイ人間がいたものだな」

 俺と同じことを、覗き込んだヴィンセントは冷ややかな表情で言った。

「我ながらそう思うな。……ほんとに、これはヒドイ」

「全くもって、何の誇張もせずに事実のみが書き記されているにも関わらず、冗談のような酷さだな」

「……自分がどんなに駄目か判ったような気がする……」

「そうだな。では別れるか。クラウドは私が引き取ろう」

 ヴィンセントは冗談だと笑って、俺の首根っこを掴んで俺に声をあげさせてそれを楽しんで――実際、そんなのが楽しいのはこの世界探したってヴィンセントだけだ――微笑み含んだ声で言葉を継ぎ足した。

「欠点だらけ問題だらけのお前を野放図に出来るほど神経の太い人間ではないのでな。余程の無神経ならばそれも出来るだろうが、生憎お前を愛する者はみな共通して優しい人間なのだ。肝に銘じておくがいい。そして感謝するがいい」

「感謝はしてるよ。一瞬たりとも忘れたことは無いさ」

「ならばいいのだが。まあ……、実際誰にも迷惑をかけないで生きていくなどというのは無理なのだし、自然な形であるとはいえるな。お前のようにあっちこっちへ迷惑をばら撒きながら生きていくのが人間本来の形なのかも知れぬ。それが良いか悪いかは置いておいても」

 ヴィンセントは自分の部屋へ行った。入れ替わりでクラウドが入ってきて、覗き込んだ。

「……ひどい」

 本気で深刻にそう言うものだから、俺もちょっと傷つく。ほかならぬクラウド、俺と同一人物に言われるのだから痛みは倍増するわけだ。

「まあ、いいけどね別に。だいたい……わかってたことだし」

 そんなひどいことを言って、クラウドは履歴書から顔を背ける。それからじいっと俺の顔を見て、履歴書の写真を見て、

「いつ撮ったのこの写真」

「こないだ、買い物行ったついでにスピード写真で」

「……そう。……前日夜更かしかなんかしたんだっけ?」

「お前といっつも夜更かししてるじゃないか」

「……そうじゃなくって。目の下青っぽいし、なんだかまぶた腫れぼったいし、目つき悪いし、……すごい悪い人みたいだね」

「……うん」

 でもそれは「ザックスはかっこいいんだ!」ってクラウドが言ってくれてる裏返しだと思うことにする。

「……クラウド、ひどくても俺のこと好き?」

「……」

 尻尾が少し揺れる。

 しかし、今日は珍しく、

「好きだよ」

 とすぐに言ってくれた。あんまりヒドイ俺に同情してくれたのかもしれない。

「そうか。ありがとうな。俺も大好きだよ」

 俺が頭をなでてやると、ちょっとは嬉しいのか、ぐるりと喉を鳴らして、それからそんな自分に気がついて、一人ソファに座ってしまった。

 ……まあ、こうして改めて、自分という人間の酷さを俺は今日知ったわけだ。

 ちょっと、思いついたんだよな。自分って人間がどういう人間だったのかを、知りたくなったわけだ。履歴書を書く、というアイディアは、さほど的外れでもなかろう。とりあえずリアルに自分がわかる。正直に書けば。

 俺の人間性の可笑しさは俺の日記の端々に現れているだろう。一番酷かったのはやっぱり「恋はめんどくさい!」だろうな。ユフィに対して、昼間電話がかかってきて十分くらいクラウドの話を幸せな気持ちでしたのだけど、今こうして元気に話せる自分の図太さは、やはり人間性の可笑しさにあるんだろうと思う。可笑しさと書いたが、笑えるのは第三者であって、当事者たちには深刻なだけのことだ。

 俺の人間性の問題を、しかしみんなで抱えて何とかカバーされているから、俺はまだちゃんと生きているんだろう。いや、ちゃんとかどうかは疑問だ、生きているんだろう。

 俺という男は罪に塗れ、しかし罰は何故だか周囲の人間が庇い受ける。その繰り返し。

「ねえ、クラウド」

 俺は振り返って、ソファの後頭に声をかけた。

「……俺って、スゴイ幸せなんだ。幸せになっちゃいけない人間が、一番幸せなんだ。すごいいけないことだよね」

「……にゃあ」

 判ったのか判らないのか、こちらからは判らないような顔と声でクラウドは言った。

「俺はひどいよね。だけどこうしてクラウドのことが好き、ヴィンセントのことが好き、その気持ちが叶ってる。プラスマイナスで言ったら明らかにプラスに囲まれて生きている。こんなのって、いいのかな、俺、みんなに申し訳ない気持ちになってきた。お前にも。クラウドな、ホントにありがとうな」

 言いながら俺は泣きそうな気持ちになって立ち上がって、部屋を出た。いけないな。こういう風に考え込んですぐ「キー」なるの俺の悪い癖だってわかってるのに、家の裏側で煙草に火をつけて身体の震えるのを止められない。

 例えばユフィ。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいユフィ、お前を不幸にした。

 ザックス、セフィロス、母さん、あなたたちを殺したのは俺だ。

 ヴィンセント、ティファ、ヒドイ目にあわせてごめんなさい。

 同じだけの不幸に俺はなって然るべきなのに、俺の味わう不幸は彼ら彼女らが替わりに引き受けている。何で、俺はこんな幸せなんだろう?

 ヴィンセントが二階の窓から顔を出して俺を見下ろした。

「……つまらんことは考えないことだな」

「つまらなくなんかない」

「つまらんさ。少なくともこんな時間に外に出て考えるようなことではない。考えて自責の念に駆られたいのならば家の中でするのだな。風邪をひいてこれ以上迷惑をかけたくないのなら」

 実際お前はどうしようも出来ないのだからと、ヴィンセントは部屋で煙草を吸うことを許し、言った。

 俺はヴィンセントの隣りで煙草を続けざまに吸って無理矢理に心を寝かせて喋った。

「でもさ、ユフィだって、あるいは、メルだって。……なんだか、俺だけ幸せなんだよ」

「幸せならばいいではないか。何の文句もあるまい」

 ヴィンセントは付き合うように煙草を吸って、

「だが私は、実際お前はちっとも幸せではないと思うぞ。……不幸になったり死んだりした人間のことを振り返ってウジウジしている人間はどう見ても幸せそうには見えん。罪に対する第一の罰は自責の念にあると私は自分の経験上、思っている。それ以上の罰が付加される罪というのは、法に触れること、犯罪に他ならない。お前は一応、これまでのところ犯罪行為はせずにきているのだから、心配することは無い。お前はその自責の念だけで十分浄化されている。時折今のように思い出して、脅えたり悔やんだり嘆いたりすればそれでいい。忘れないで抱えていくことだ。それがお前の償いになるのだ。

 罪は消えぬ。しかし、罰は消えるものだ。懲役だろうが禁固だろうが罰金だろうが、或いは死刑や無期懲役であっても、必ず罰には終りがある。無期懲役や死刑でも、死が終りになる。我々は死なぬし、お前の犯した罪が無期懲役の罰を受けるものではないと思っている。罪を犯したことを忘れず、今は罰の時期と受け止めるがいい。そして、解放されるまで耐えるのだな。

 大丈夫さ。私もクラウドも、駄目なお前であっても愛しているから」

 優しく強く、同じく罪人であるヴィンセントに俺は寄りかかった。両目からぽろぽろ、涙とうろこが落ちるような気分だった。そして、心臓が震え、俺はやっぱり自分の酷さを目の当たりにする。ごめんなさいみんな。俺は幸せです。

 こう思うことが、まず贖罪の第一歩。

「お前の幸せを望んだものが、お前の幸せと引き換えに不幸になるのならば、それは望むところではないか……、私はお前が幸せになるためならこの身朽ち果てても、何ら痛痒を感じないだろう。ザックスやセフィロスや、お前の母親は死んでも、お前が幸せならば、十分だと思っているはずさ。恐らくは天国からお前を見下ろし、お前の愚かさを心配し嘆き、しかし笑っているだろうさ」

 そう信じることは甘えといえる。

 しかしそれにすがり付いても構わないような魅惑的なもの。

 その夜は中々寝付けない予感があった。クラウドを挟んで反対側に横たわるヴィンセントが、いつまでも目を閉じられない俺の額に手を置いて、吸い取ってくれたから、落ちるように眠った。

 夢の中で俺はヴィンセントに抱かれていた。すごい人だと泣きながら感謝している俺がいた。俺の罪まで飲み込んで、自分の罪には今なお苦しめられるときがありながら、守って……。

 俺は幸せだ。幸せすぎるほど幸せだ。それがまた、罪深きこと。

 


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