セカンドインパクト

 ヴィンセントは帰ってこない、が、その生存を報せる証拠が、俺たちの元には届くようになった。

 それはヴィンセント直筆の手紙で、凡そ三日に一度、ポストに入っている。切手もあて先もなく、ただ一枚の便箋。それは、ヴィンセントが魔界由来の何らかの力でもって直接ここに送り込んできているのだと解る。内容はといえば無愛想なもので、最初の手紙は、「心配をかけてすまない。しばらく一人になりたい。クラウドのことは頼んだ。」と、ただそれだけだったし、その次の手紙は「ちゃんとクラウドを学校に連れて行っているかどうかだけが心配だ。」、三通目は「私の中で整理をつけている。ただ、クラウドのことを憎んだりはしていない。」、そして今日来た四通目も、さほど変わり映えはなく、「まだしばらくは帰れないと思う。迷惑をかけるが、許してもらいたい。」だけ。でも、その手紙が俺に与えた力は絶大なるものだった。大いなる安堵に、俺はその手紙を胸に抱き締める。

 クラウドと二人きりの生活、ヴィンセントが来る以前とは違うけれど、形態的にはそれに戻って、俺は意外にも、弛緩することなくせっせと日々を送っている。このところ亡霊はめっきり姿を現さない、スカルミリョーネがときどきこっちに様子見に来てくれるのだけれど、「少なくとも、今はお二人のお力をお借りする状況ではないようです」と。まずまず平和な日々が続く。クラウドはもう、自分の何が悪かったのか、すっかり解った様で、ヴィンセントが帰ってきたらちゃんと謝るんだと言っていた。

 しかし、二人きりになると途端に、この家は広く感じられる。俺とヴィンセント、どっちかが常に、クラウドと共にいる。その理由は、クラウドの猫手ゆえに、クラウド一人では出来ないことが幾つもあって、そういう時にはどっちかがクラウドの手となって動かねばならないから。

 俺がクラウドと一緒にいて、ヴィンセントが例えば書斎にいたとしても、この家にはちゃんと「もう一人いる」っていうのが判っていた、何ともいえない安心感で、ヴィンセントのいる書斎までも含めて、この家はそんなに広くないってことが、安らかさを生んでいた。

 今、俺はクラウドと二人でお風呂、ヴィンセントがいないとなると、脱衣所から地下室、書斎に至るまで、何とも茫洋と感じられてしまう。二人ぼっちは、寂しいんだ。

 だから、ぴったりとお湯の中でクラウドを抱き締める。

「ヴィンセントがいないと、寂しい?」

 俺が寂しいから、クラウドに聞いた。

 クラウドはちょっと考えて、こくんと頷いた。

「会いたい」

 そう、呟いた。

「うん、そうだな。……俺も会いたいよ。あの人のこと、大好きだからね」

 そして、二人揃って、溜め息を吐いた。

 クラウドは俺の手に手を重ねて、

「ザックスは……、まだ名前が俺と同じだった頃に、ずっとヴィンと一緒に暮らしてたんだよね? 俺よりヴィンのこと知ってるんだよね?」

 不意に、そんなことを聞いてきた。そうだよと言うと、少し考えるように、足先を動かしてから、また訊ねてきた。

「……どんな風だったの? 昔のヴィンって……、どんな、感じだったの? 二人だけだった頃」

 そう訊ねられて、ああ、そう言えばあの頃のことを、ちゃんと話したことはまだなかったっけなと思い至る。おおまかなこと、それこそ、俺の名の由来である「ザックス=カーライル」と出会った頃から順を追って説明したことはあった、あの旅の事ももちろんしたし、ティファと結婚したこともあったっていう話もしたし。そして、お前とこうなる前は、ヴィンセントと二人きりで生きていたんだって言うことも。だけど、その頃の細かなことは、ほとんど話したことなかったっけ。

「……聞きたい?」

 こくりとクラウドは頷く。

「そうか……、そうだね、しておかないといけないよな……」

 幸い、お湯は温いから、ゆっくり話をしても当分上せることはあるまい。

「俺がティファと離婚したのが、二十四の時だった。で、ヴィンセントがどうしようもなかった俺を拾ってくれたんだ、旅の頃から、ずっと酷いことしてた俺のことをね。俺はヴィンセントの優しさが泣けるくらい嬉しくて嬉しくて、一生この人について行こうって本気で思ったよ。

旅の終り頃からずっと、俺はね、……難しいんだけど、ちょっとおかしかった、今でもそうなることはときどきあるけど、病気みたいな感じでね、自分じゃ何も出来ない、いや、出来るんだけど……、なんて言えば良いかな、すごい性質の悪い性格になっちゃっててさ、その頃。例えば……そうだな、クラウド、阪神好きだよな。阪神負けたら悔しいよな、でも、悔しくても悔しくても、眠れるでしょう? やらなきゃいけないことあったら、出来るでしょう? 例えば俺はね、そういう悔しさを自分でどうにも出来なかった。不愉快なことがちょっとでもあったら、いらいらして、もう他のことは手につかなくなっちゃってた。どうしたらいいのか自分じゃ判らないような気になってね。

 そういう時に、俺は武者小路実篤っていう……、クラウド、ヴィンセントの書斎の本棚に並んでるだろ? やたら長い、偉そうな名前の小説家の。武者小路実篤の本を読むようになって。それはね、ヴィンセントに勧められたんだ、それで、ちょっと俺、救われた。で、ね、俺はもちろん武者小路実篤に会ったことは無いけど、ヴィンセントって、武者小路実篤っぽいっていうか、イメージが何となくだけど、重なるんだ。優しくて、穏やかで、ね、多少不器用で。少しずつ俺の病気は良くなって行った。勿論、実篤だけじゃない、ヴィンセントが側にいてくれて、俺を守ってくれて、幸せにしていてくれたからだろうと思う。

 うん、幸せだったよ、本当にすごい、幸せだったと思う。勿論、今も幸せだよ、お前と一緒にいられて。だけど、あの頃、俺は何かって言うとすぐイライラしていたけど、でも、すごく幸せだったって思う。海と山の間の、小さな、スーパーが二軒ある街で、行き付けの喫茶店があって。電車の駅が街の真ん中にあったんだけど、都心の方では快速とか急行とかだった電車が、俺たちの街に着く頃には全部『各駅停車』になっちゃってるような街。ヴィンセントはその頃、企業で働いてた。どういう仕事だったのか、俺には良く判らなかったし、今も良く判らないけど、係長代理かなんかやってたんだよ。ときどき忘れ物届けに会社まで行ったことあったなあ。

 あの頃のヴィンセントはね、……ヴィンセントってほら、いつも『私は……』って言うだろ? 俺たちが始めて出会った、あの旅の頃も『私は』、一緒に暮らし出したばかりのころもまだ『私は』だったんだけど、あの頃はずっともう『僕』だったんだよ、一人称が。言葉遣いも、すごい柔らかくてね、ちょっと想像付かないだろ、……ほら、あの猫のヴィンセントが『僕はなんとかだよ』っていう言葉遣いするだろ? あれをそのまんま、大人のヴィンセントがしているような感じかな。……理由は判らない、けど……、俺はね、あくまで俺は、だけど、あの『僕は』っていうヴィンセントが、本当のヴィンセントなんじゃないかな。一人称って普通は、『僕』か『俺』か『私』だろ? でも『私』ってどっちかって言うと、儀礼的な、ぴしっとしたイメージあるじゃない? 普段のときは大抵、『僕』か『俺』か。で、ヴィンセントも本来は『僕』か『俺』なんだろうって思うんだよ。でも、今、あるいは昔、『私』って言ってたのは、……何て言うか、責任だと思うんだ、俺たちの保護者であるという責任。俺もいい年して子供だし、お前なんて尚更そうだろ? だから、自分は大人じゃなくちゃいけないっていう気持ちが、彼の中にはあって、それが端的に『私』に顕れてるんじゃないかなって。だから猫になってるとき、ヴィンセントはすごく楽をしているはずだよ。

 で……ええと。そう、幸せだったよ、その頃。たいした贅沢なんてしてなかった、これは今もそうだね。俺は昼間ずっと、部屋の掃除をしたり、本を読んだり。夜は二人でずっと身体触りあってたかな。……うん、本当に、ものすごい勢いでセックスしてたな。今、クラウドは俺たちの回数、多いって思うだろ? それがさ、あの頃は、本当にのべつまくなしずーっとやってたんだよ。それで幸せだった。やればやるほど、幸せになって行った。

 俺は今よりもうちょっと勤勉だったかなあ。精神的な浮沈は激しかったけど、本をたくさん読んでた。実篤だけじゃない、志賀直哉、芥川龍之介、三島由紀夫、谷崎潤一郎、名前くらいはお前も判るかな? だから、今よりもっと頭は良かったはずだ。まあ、たかが知れてるけど。それはほとんど、ヴィンセントの影響だったね。ヴィンセントが読書家で、……これは一緒に暮らすようになってから知ったんだけど……、寝室にでかい本棚が二つも並んで、それの上から下までぎっしり本で埋まって。よく本棚見ると人柄がわかるって言うだろ、ところがヴィンセントの場合、あらゆる傾向の本があるものだから、判らない、判ることって言ったら、『すっごい読書家』っていうだけでさ。俺はその中の、ほんの一握りのやつだけを読んでただけなんだけどさ。

 俺はその頃から、勿論、今だってヴィンセントのことは尊敬してる。神様みたいな人だと思ってる。心から愛している。愛しているというか、慕っている。あんな凄い人は他にいないと思っている。あの人とずっといっしょにいられるなんて、悪人である俺には過ぎた幸せだと思うけど、ヴィンセントと共に生きて、少しずつでもいいから自分を浄化していけたらと思うんだ。

 ……総じて言えば……、昔のヴィンセントは、でも、今と決して変わるわけじゃなかった。優しくて、頭が良くて、……お前の知っているヴィンセントのままだよ」

 こう言いながら、二人で暮らしていた頃の俺の幸福度がどんどん高まっていくのを感じていた。そして、寂しい気持ちと、側にヴィンセントがいる気持ちを俺は同時進行で味わっているのだった。

 実際のところ。ヴィンセントがいなかったら俺、どうなっていたのか。冷静に思い返してみると空恐ろしい。病的に迷惑の種を撒き散らす危険なたんぽぽ、誰かに付着して、彼ないしは彼女に、もれなく不快感を催させる。今もなお、面影を残すこの邪悪さが、それこそ歯止めも効かなくなっていたんではないか。誰からも見向きもされぬような寂しさと憎しみが募ったまま、一生永遠に暮らしていく羽目になっていたのかもしれない……、そんなのは、本当にぞっとしない。

「俺は、ヴィンセントに感謝してる。本当に本当に、感謝してる」

 いない人の代わりに、クラウドをぎゅっと抱き締めた。クラウドも、また手を俺の手に乗せた。

「ねえ……ザックス」

 きゅう、と肉球が俺の手首の上で押し潰れた。

「……ヴィン、帰ってきたら、三人で、しようね」

「……ん? ……うん」

「三人で、セックス、しようね」

「……うん……、それが一番、幸せだな」

 残念ながら、どういう状況下であっても、俺たちには性欲が存在する。これは消すことの出来ない業である、しかし、幸せすぎる業である。

 寂しさの、性欲へ転化する可能性も否定できない。ヴィンセントに会いたいよって思うのは、まず第一にその心を、そして、間違いなく存在する「第二」において、身体を求めているのだから。セックスしたいね、三人で。俺もヴィンセントに入れて欲しいし、ヴィンセントのものを舐めたいよ。クラウドもそう、全く同じ気持ち。だけど叶わぬ願い、を、俺たちは俺たちで消化する。

 縁に座った俺の足の間に顔つっこんで、生々しく舌をくれる。なあ、ごめんな。ヴィンセントのみたいに大きくないから舐めごたえがないだろ? でもきっとお前も、同じ事を思ってるんだよね。ヴィンみたく上手じゃなくて――

 寂しい俺たち、俺たちはとても寂しい。あんたがいないだけで、俺たちは本当にダメだね。

「……っん……」

 俺を精一杯の愛情で慈しんでくれたお口へと、感謝の意を篭めて俺はもろもろが混濁した液を流し込んだ、クラウドはちょっと噎せて、口からその液を少し零して、手に白いべたべたを付着させてしまったけれど、呼吸を整えて、飲み込んだ。

「……疲れてる……?」

 そして、そう言って見上げた。

「……ザックス、疲れてる?」

「どうして?」

 クラウドは少し、俺の、徐々に萎え行くものを見て、心配そうに顔を上げ、

「なんか……、そういう味がした」

「……ああ……、うん、疲れてなくはないだろうけど……、心配要らないよ」

 ヴィンセントがいない分、二人で分け合っていた仕事を一人で背負い込む訳で、多少の無理は仕方は無い。あまりスカルミリョーネに迷惑を掛けたくないし、ユフィたちに心配かけるわけにもいかない。もちろん、クラウドに変な遠慮を与えたくも無い。そういう思いで精液の味を変えられないかと思った。

「ありがとう、優しいな……。……おいで」

「……ん」

 抱き上げる、身体は、四十キロ。俺にとって守るべき命は、地球の重さ、そして、地球は四十キロなんだ。俺の体重が、今大体七十四キロ、ヴィンセントの双肩には、百十五キロほどの重さがかかっている、地球が丸ごと二つ、そこに乗っている。それで彼はバランスを取り、俺たちを守り幸せにもし、自分もどうにか幸せになろうとしているのだ。

 俺の今支えるこの地球が風邪を引かぬようによく拭いてから、抱いたまま、裸のまま、俺はまだ濡れたまま、どうせ二人しかいないのだからと、居間で続きをする。ヴィンセントがいたら、うるさく注意してくれるはず。ひょっとしたら、ひょっこり出てくるかもしれない。

「み……う、や! あん」

 ヴィンセントほどではないテクニックで、しかし、ヴィンセントのことを愛しく思い、リスペクトし、同時にこの寂しさから解放されるためにも、無心に俺はクラウドの身体を歩いた。薄い赤に染まった乳首をしつこいほどに舐めて、薄い胸板を撫ぜながら脇腹がぴくぴくするのを間近で見つつおへそを舐めて、もちろん、太股も。

「は、……んっ、はぁ! あ、ん……、んん」

 クラウドの身体に散らばるのは、俺だけの跡、俺だけの証。ヴィンセントがいたなら、その桜の花弁のような上手な跡に、嫉妬して、一層盛ることも出来たのに。

「ザックス……っ」

 ぎゅうううっ、肉球手が強く握られる。

「おしり……っ、おしり……」

「お尻?」

「おしり、……入れてえ」

 ヴィンセントが、悩みを抱え込んでまで愛そうと決めたのだ。

 俺だって、勿論。

「……ふ、や、あ、あっ、にゃ……、う、ひゅっ」

 お尻を突き出して、ひくひくさせながら、俺がちょっと舐めるのをやめればまた強請るように揺すってみせる。微妙に経験豊かな俺の想像しうる限り、最もイヤらしいと思われるポーズをいとも簡単に取って、躍って見せてくれる。

「やぁ、あん、もお、駄目、……ちんこほしいよぅ」

 俺の指、ぎゅぎゅって締めながら、そんないけないことを口走る。

 ああ、俺は天地がひっくり返してもこの子を守るよ。……格好良くないかもしれないけれど、男だ、こういう瞬間にこういうことを心に決める生き物だ。

 与えられた使命を俺は、最後まで果たしきってみせる。ヴィンセントが帰ってきてくれるまで、俺はクラウドをこの身に代えても守るよ。

 なあ? ちょっと、変だよなあ。せっかく可愛い子とセックスしてるんだ、もっと卑猥なことばっかりしてればいいのに、俺、根が真面目なのか暗いのか、俺の身体はただ愛でいっぱい。

「み、ぁ」

「……どう? 入ったよ」

「ん、ゆ、ゃ、あ、ん」

 ふっ、ふっ、ふっ、ふう、クラウドは壊れそうな呼吸を何とか落ち着けて、でもぎゅうって俺をして、また息は乱れる。

「うん?」

 きゅう、きゅう、……どうしてそんな、俺の良いようにしてくれるのお前は。

「ぃい……」

「ん?」

「……いぃ、すっごい、いいよお」

「詳しく教えて?」

「お尻、……一番おくっ……、そこっ」

「ここ?」

「んぐ……っ」

 先っぽに当たるお腹の底、クラウドが染みてくる。

「俺のちんちん、美味しいの?」

「んん……、おいしい……ざっくすのちんちんおいしいよ……」

「おつゆ欲しい?」

「ほしい……」

「もっと、言って。クラウド、もっといいこと言って、俺に聞かして」

「……う、にゃ、……う」

「可愛いこと、言ってよ……、愛してる、ほんとに」

「……、ザ、っク、す、の、……ちんちんがぁ、ぎゅうって」

「ぎゅう?」

「ん、ん、おれの……お尻の、ね、中……、ぎゅうってなるよ、……気持ちぃ」

「嬉しいよ……、俺もちんちんの中、熱くて、クラウド感じてる。お前のお尻の中が、俺一番好きだ。……本当だよ? 過去に俺、……本物のザックス、セフィロス、ティファ……は女の人だけど、あと……えっと、ユフィと、それからヴィンセント、猫のヴィンセント、スカルミリョーネ。これだけ経験してきたで、やっぱりお前のお知りが一番キモチイイ、キツくって、狭くって、でも優しくって……」

「にゃ、あ、……あ、……お、れも、おれも、ザックスのちんちん、好きだよぉ、きもちい、ザックスのちんちん、だいすき……」

 端から見てて馬鹿にされればされるほど俺たちの幸せは度合いを増すって事。どうだどうだどうだ、ざまあ見ろって言ってやりたい。例えば繋がっているところを見せてやりたい、クラウドのお尻の肉が熱そうに赤く染まって、そこから、まるで生えているみたいに俺の赤黒い淫根。繋がっているところ、俺の視点から見ているこの麗しい景色を、俺の愛さぬ全ての生き物に見せてやりたく思う。こんな純粋な性欲。純粋さほど貴いものは無い。俺たちの抱く性欲は愛のままに生まれ、俺はクラウドを、クラウドは俺を、満たし、着実に愛を育む。

 見ろ、こんなに綺麗な俺たちを。

「嬉しいよ、クラウド。俺のみたいな、こんなしょぼいので喜んでくれるなんて、幸せだよ」

「ザックスの、しょぼくなんか、ないもん」

「……そう言ってくれるのはお前だけだ」

「ほ、ほんとだもん……、ほんとに……」

「うん、……信じてるよ……、だって、お前がこんなに硬い」

 寂しさに見向きもせず、ただ、ただ、俺たちは今お互いだけを見て。これは偉大なテキオウキセイ。

「あ……! あっ」

「ゴメン、クラウド、もう俺我慢出来ないよ……キモチい……」

 今は忘れていよう。忘れられるだけの力がある、掛け替えの無い行為、クラウドと俺でするセックス。

 

 

 

 

 甘く湿っぽいセックスをして一夜明けて、一緒に起きるのがちょっぴり辛い金曜日の朝。それでも責任を、俺は果たす。ヴィンセントがいるときよりもずっと勤勉に朝ご飯の支度をして、クラウドを学校に連れて行く。一時間目は体育だから少し早めに行って、着替えて朝の会をしなければいけない。

 着替えさせている最中、一足先に体操着に着替え終えたジャミル少年が俺を見上げた。

「なー、兄ちゃん。クラウドのパパって、どうしたのさ」

 そう聞かれては、

「うん、……ちょっとね、親戚の家に行ってるんだ。遠い親戚の家に。ちょっと不幸があってね」

 言い方を変えて、この村の人々にはそう誤魔化し続けている。正直、罪悪感の無いわけではなかったが、そう言うほかは無い。

 このところずっと俺が、出かけたり風邪をひいたりしてた間はスカルミリョーネが、ヴィンセントの分までクラウドを学校に連れて行っている。スカルミリョーネは「いとこのお兄ちゃん」ということになっていて、何が一番辛いって、スカルミリョーネが立場上クラウドにタメ口を聞かなければいけないこと。

 みなさまのためですから、と彼は涙目で笑っていた。胃を悪くしなければいいが。

 俺たちがちゃんと生活するために一体幾つの嘘が必要なのだろう。

 閻魔大王の駄目ッぷりを知ってしまっても、俺はやっぱり嘘をついたら地獄で閻魔に舌を抜かれるという言い伝えを信じているから、罪悪感の伴うことをいかんともしがたい。しかし生活を守護するための方便として必要な嘘も許されないのだろうか? そんなはずは。しかし、俺は苦しまざるをえない。

「ふうん」

 そう、納得してくれたジャミルに心の中で何べんも謝った。

 周りが、ヴィンセントが長期間姿を見せないことに、何らかの不信感を抱き始めているのは事実っぽい。今年も担任、都合五年間クラウドの担任をしてくれたタカハシ先生にも、ロマンスグレイの校長にも、八百屋さんにも魚屋さんにも肉屋さんにも「お父さんはいかがなされた」と聞かれ、同じ答えを繰り返す。

 あんまりみんなに心配かけてるなよ、何してるんだ、ヴィンセント。

 ヴィンセントからの手紙は相変わらず、二三日に一通のペースで届くのだが、彼がどこにいるのか、その消息は掴めないままだ。ただ、薄ぼんやりと、何だか危険なことをしているのではないかという気がする。これは彼と現時点で一番長くいる俺だけが感じる不安に過ぎぬ、確たる形を持たぬものではあるが、

「お前たちの体調の無事を祈る。迷惑をかけてすまないが、私も生きているので心配はしないで欲しい」

 これが一番最近の手紙、昨日、届いたものだ。

 生きているので、って。言葉の選び方としては、あまりうまいものではない。何か、危険に身を晒しているのではないかという予想は容易に立つではないか。

 その日、五時間の授業を受けて家に帰ると、玄関前でスカルミリョーネが、浮かぬ顔で佇んでいた。

「お帰りなさいませ」

 ぺこり、と頭を下げ、

「カオスからの連絡を持って参りました」

「……カオスから?」

 あ、きっとロクなモンじゃない、と反射的に思った。

「とりあえず入ろう。クラウドにうがいと手洗いさせなきゃ」

 三人で居間のソファに座って、スカルミリョーネをクラウドと俺で挿む。居心地悪そうに、しかしその素振りは出さぬようにしつつ、スカルミリョーネは懐から便箋を取り出す。丸っこい、少女的な、カオスの筆致。

「お久しぶり&ご苦労様です、ヴィンセントがどっか行っちゃったみたいね、でも一応生きてるし、怪我とか病気とかはしてないんで安心しといてくださいな。何かあったら一番に僕がわかるからね。

 あと、カイナッツォが迷惑かけたみたいですいません。あの子は悪い子じゃないです。ほんとです。ちょびっと不器用なだけで。恨まないでやっといてください。近々スカルミリョーネの義理の妹のバルバリシアを君らの手伝いに向かわせようと思ってます、彼女可愛いので惚れないように。スカルミリョーネが泣いちゃうぞ。

 で、今夜午後十時頃にまた亡霊が下りてきますんで、よろしく。場所はウータイです。戦い終わったら温泉でも入ってはいかがでしょう。ああ、温泉、僕も行きたいなあ!

 ではでは。あなたの隣りの大魔王 カオス」

 なんと言うかいろいろ言いたいことだらけの手紙だが、とりあえず、意図は理解した。

「……ええと、あのう」

 スカルミリョーネは左右を挿まれて、眉を八の字。

「……ご……ご協力願えますでしょうか」

「ふにゃううううう」

 クラウドにそういう声で鳴かれるほど、気の重いことは無い。

 ……俺はスカルミリョーネの後から回した手で、あんまいじめるなよと後頭を撫でて、

「……仕方ないだろ」

 と言う他無かった。

 カオスの手紙から読み取れる事……おぼろげにだが、俺たちの看過せざる点が一つ。カオスは、ヴィンセントが何処にいるかを知っているのだ。カオスとヴィンセントは二つの身体に宿った相互乗り入れする二つの魂、片方に何かがあればもう片方はそれを察知するし、カオスの側からならヴィンセントの身体に自由にアクセス出来る。逆に、ヴィンセントの側からは、カオスがシャットダウンしてしまえば接続は途絶えるという、圧倒的にカオス有利な構造になっているのだ。そこんとこ、やっぱりベースが普通の人間か、大魔王であるかの差であろう。この構造からわかるとおり、カオスはヴィンセントが何処にいるかを知っている、知っていて、俺たちには告げていない。

 ここには単純明快な脅迫がある。脅迫という言い方が乱暴なら、交換条件の提示と言ってもすっきりするか。

 僕はヴィンセントの居場所を知っている、教えて欲しいなら言うことを聞くんだね。

「はあ、あーあ」

 俺は立ち上がった。

「クラウド、おやつ食べたら、仕度しよう。……お前だけ残していくわけにもいかない……、けど、判ってるな? 調子に乗るなよ、次は無いからな」

「……ん」

 スカルミリョーネは、心底救われたという表情で、息を一つ吐いた。

 おやつは、ポテトチップスと麦茶。我が家の冷蔵庫には年がら年中、麦茶が冷やされている。

「なあ、クラウド。俺と約束してくれないか?」

「やくそく?」

 スカルミリョーネもいっしょにおやつだ。家族ではない第四の男がいる前で話すようなことではなかろうけれど、スカルミリョーネはもう、ある意味家族と言ってもいい。俺は、俺がお尻の中に入れたり、俺のお尻に入ってもらったりした相手は基本的に家族だと思うようにしてるから。

「うん。あのな、お前の変身能力。俺もヴィンセントも、極力お前には変身して欲しくないって言うの、判るよな。本当は今日だってお前連れて行きたくないし、これからずっと、お前には戦いの場にいて欲しくないんだ。お前がどんなに強くなっても、俺たちはお前のことを心配しつづけなきゃなんないし、それはお前が嫌がったからってどうしようもないんだ。覚えてるだろ? コルネオのとき。あの時俺は死ぬかと思った。お前の体が少しでも傷ついたらどうしよう、いや、それ以前に、お前が怖い思いをしてる、ただそれだけで、俺は死ぬかと思った。だから、ほんとは金輪際お前を、危険な目に遭わせたくないんだ。けど今回は……、今回ばっかりは、しょうがない」

 クラウドは、黙って俺の顔をじっと見ている。その唇に、ポテトチップスの青海苔がついている。俺は指でそれを拭った。こんな幼い、まだ生まれて五年も経たないような、可愛い可愛い俺のクラウド。強くなくてもいい、戦えなくとも……。

「お前が戦うこと、今回は仕方ない。でも、俺と約束してくれよ。……俺たちはお前の人生を決めることは出来ない、けれど、まだ、誰がどう考えたって幼いお前のことを保護する責任があるから、さ。今回のことが上手いこと終わったら、もう戦いなんかしないで、みんな……それこそ、俺たちのことを傷つけようとする奴らとも仲良く出来るような生き方を探すってことを」

 クラウドは、頷いた。

 争いの無い世の中なんて無理だって、最初から諦めている奴にはその夢を叶えることなんて絶対に無理さ。少なくとも俺たちは、甘くとも理想主義で行こう。永遠に生きなきゃいけない俺たちがもし人間に絶望してしまったら、それこそ悲劇しか残らないだろ?

 

 

 

 

「トラブルメイカー」

 俺たちを見て開口一番ユフィは言った。

「失礼なことを言うな」

「アタシにしてみりゃそうだよ。アンタはいっつも、何らかの問題を抱えてここへやってくる。……んまあ、湯治場ってのは、そういう悩みを治すための場所でもあるんだけどさあ、それにしたって」

「……おねえちゃん、俺たち来たら迷惑?」

「まっさかあ。クラウド来るのは大歓迎だよ? ただ、出来れば心の底から笑ってるクラウドに会いたいかなあって。……まあいいや、その亡霊とかが来るまで、まだしばらく時間あるんでしょ?」

 と、ユフィはスカルミリョーネに視線を送る。スカルミリョーネはかちこちに直立して、

「ははははい、そ、そうでございますっ」

 とぎこちなく返事をする。

「そっか、じゃあクラウド、おねえちゃんと一緒に温泉入ろ」

 時間は確かにまだ八時、飛空挺の中できっちりご飯を食べたから、お風呂にも入りたいものだ。だが、ユフィが入るとなれば、俺もスカルミリョーネも入れないではないか。憮然としていると、

「宿の空いてる部屋使っていいよ、アンタたちは特別だからね」

 とユフィが言った。俺は溜め息を吐いて、寂しい気持ちでスカルミリョーネの手を引っ張った。がしゃんがしゃんがしゃんとロボットの歩行音を立てながらスカルミリョーネは俺に引っ張られるままついてきた。

「……く、く、くらうど差間は」

「……は?」

「クラウド様は、大丈夫なのですか、じょじょ、女性と、二人で、柔、乳、入浴するなんて」

 スカルミリョーネの顔は真っ赤だ。

 俺は机の上の灰皿を引き寄せて、火をつける。どうも、ユフィのことを考えると本数が増えるような気がする。

「……まあ、あの子も一応、ユフィのことは好きだから、イヤとは言わないんだろうなあ」

「ザックス様は平気なのですか、そんな……二人きりで」

「……そう言われると不安にもなるけど……、まあ、……うーん、その、以前さ、一回、クラウドが本格的にユフィのこと好きになっちゃって、大騒ぎになったことがあってさ、俺なんかもクラウドに絶交させられかけたりして。で、……結局一度はクラウドとユフィ、セックスしてるからな、俺も居合わせて……俺もユフィとセックスしたけどさ」

 あっ、と言う間も無く、スカルミリョーネは鼻から出血した。

「……だいじょぶか?」

「も、申し訳ございません……」

「いや、いいけどさ……。ほんとに苦手なんだなしかし……」

 冷たい水を注いで来てやって、しかし、俺ってほんとに爛れているなあ、とも思った。

 浴衣姿の湯治客とすれ違って、ふと、……クラウドとユフィはほんとに大丈夫だよな? と気になった。一度セックスをしたのだ、二度目が無いとも。いや、あるはずないのだ、ない、ない、と言い切ってしまって構わない、……うう。

「……スカルミリョーネ、どうだ、止まりそうか」

「ふぁ、はい」

「風呂入りに行くぞ」

「は……、ひぇえ!」

「ほら、逆らうなよ、大人しく付いて来い!」

「ひいいい」

 

 

 

 

 スカルミリョーネはだらしない。ぼろぼろ泣くのを無理矢理に風呂に連れて行って、壁向こうからユフィの声が聞こえてきただけで二度目の墳血で沈没。白いお湯が血の海になるところで、結局抱き上げて脱衣室の扇風機の前で横にしてやった。

「ひー」

 浴槽に浸かっていた時間なんてほとんどなかったのに、ゆでだこみたいなスカルミリョーネ。

「……ほんとに女、ダメなんだな」

 鼻に詰め物、額に冷やしタオル、腰をバスタオルで覆って、ぼへーと天井を見ている。これだけの美少年――「美少年」というムズムズするような三文字もこの子には見事に合致する――なのだから、女性、特にお姉さんたちには相当モテそうで、それなのにこの体たらくと言うのは可哀想と言うか何と言うか。もっとも、スカルミリョーネはカオスの稚児で、恋人で、彼らは文句なく愛し合っている、スカルミリョーネに女性へ向かう性欲など必要ないのである。まあ、ちょっと可哀想な事をしてしまったかな、とも思う。

 クラウドの奴、「クラウドの奴」なんて言ってしまうが、女風呂でユフィおねえちゃんと一緒に着替えているので、俺はスカルミリョーネにつきっきりでいられる。ユフィおねえちゃんは今二十七歳、いよいよ女性美の磨きがかかって来る時期、おっぱいだって成長して、綺麗な形に大きくなった、肌も毎日温泉に浸かっているからつやつやだ、適度な運動も欠かさない、何と言うか……、気風の良い、ちょいと小粋な江戸系姐さんである。俺はスカルミリョーネにかかりきりだったから、ちょっと離れた女性側の更衣室、妙なことになっていなければいいが――まあ、ユフィも大人だからもう馬鹿な真似はするまいが、クラウドのちんちんが反応しはしまいか心配だ。

 かく言う俺も、スカルミリョーネを連れてどたどた入ってきたわけだけど、全裸のユフィおねえちゃんを目の当たりにしたら、鼻血くらい噴くかもしれない、反応してしまうかもしれない。まあ、あんまりあいつを褒める必要も無いだろうから、この辺でやめておく。あの小娘はいつの間にやら、女っぷりの良いひとになったということは、注記しておくべきだろう。

「立てるか?」

「ふあ、はい」

 スカルミリョーネはふらふらと立ち上がり、額に乗っていたタオルを眼に当てた。

「はー……」

「その……、すまなかったな」

「いえ……、私こそ、申し訳ございません。もう少しでも免疫があればよかったのでしょうが……」

 これが、正常なるゲイの示す反応かもしれないが。

 新しいワイシャツを着て、ちゃんとネクタイを締めれば、スキだらけの秘書姿。はー、と溜め息を吐いて、

「……ご迷惑をおかけしました。参りましょう、間もなく七時半……亡霊がやってくるはずです」

「うん、……スカルミリョーネ」

「は、……あ」

 何だかさ、いじめがいがあるものだから、いじめてしまう……、もちろん、愛情ゆえに。でも、やっぱりいけないと思うから、こうして、ごめんね、頬っぺたに、キス、そこから、ほんの少し赤くなる。

 信じてもらうために信じなきゃ、ね。


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