ヒトハダならぬ半猫のハダは、ヒトハダと同じように柔らかな暖かさでもって、俺に幸せを伝染す。布団の中に漂う甘い香りが、ひょっとしたら俺にも伝染っているのかもと思えば、自然に微笑みが浮かんでくる。例え、一番素直な性的欲求が目を醒まさなくとも、最高の気分になれるのだから、何物にも代え難い宝物だと思う。寝惚けて擦り寄る圧力に、表面張力ギリギリで保っている喜びが溢れて、「くう」と訳の解からない殺した声を歯の隙間から漏らし、危うく目を潤ませてしまう。 大好きだよ、クラウド。 息だけで、そう言う。心は遮られることなく夢の中へも届くのか、クラウドはまた、布団の中の頭を、俺の心臓へ押し付けた。どうか神様、この高鳴る鼓動が彼の眠りを醒ましませんように。
俺の、俺だけの、きっとヴィンセントも知ることが出来ない、秘密の時間、宝物。
いつもはここで、欲求を抑え切れなくなって、寝る子を無理矢理揺り起こし、何だかんだと薄弱な理由を並べ立てて、そのパジャマの下の肌を味わうところだ。だけど、俺だってそんな毎夜のようにセックスしているわけではなくて、こんな風に、寝息だけの夜を過ごすことだって、あるんだ。クラウドは確かにかわいいよ、だけど、それが常に俺の下半身を刺激するわけじゃない。下半身じゃなくて、感動して泣きそうになるほどに胸に詰まったり、瞼の裏をクラウド色に染めたりも、する。薄っぺらじゃない感情だから、心から愛しいと言えるんだと思う。
また、喉の奥をころりころりと鳴らし、ううんと俺に摺り寄せる体。起きていれば、こんな風に下半身をぴったり重ね、甘えたりはしないだろうに。密かに笑んでは、そっと抱き寄せて、まだまだ夜は長い、この、舐めてる方が溶けそうな飴を、俺が幸せな夢を見るまで抱いていようと思った。布団の中の細い腰に回した手に、無意識の尻尾が触れてくる。足も俺の描いたカーブに寄り添い、両手は俺のパジャマの前をしっかり掴んで。これほどまでに強く欲されれば、誰しも幸せに無条件降服だ。
「ん、ん、……るにゃん」
耳をそっと、撫でてやると、気持ち良さそうに、鳴いた。
どんな夢を見てるんだろう。その夢に、俺もいられたらいいなと、贅沢にも思った。なあ、そうしたらお前もひょっとしたらもっと、幸せだろう?
「ん……、にぃ、ざ、ぅ」
胸に押し当てたまま篭った声で、俺を呼ぶ。
「……呼んだか?」
お前の兄以上に恋人でいられて、本当に嬉しいと感じるたくさんの瞬間に、百万遍感謝したって足りはしない。どうやら出来そうなのは、これからの一生、お前の笑顔を絶やさずにいることくらい。だけどその過程ですら、お前は俺を、何度だって嬉し泣きさせるんだろう? 透明過ぎる感情に、何だか、我慢出来なくなって、俺はそっと、…掛け値なしにそっと布団を剥がした。俺の中の俺が、キスしたくて、どうしようもなくなったのだ。そのかわり、絶対に音は立てない、唇が離れる瞬間すらも。 約束する、神に誓う、だから……、口も開けないキスをさせて。
「…………えっ」
だけど俺は、指でその前髪の分け目の位置を見つけただけで、あっさりその誓いを破ったのだった。クラウドの、つまり俺の髪の毛は向かって右で分かれる。そういう風に旋毛が出来ているのだ。だから、クラウドの額にキスをしようとすれば、左手でかきあげてやれば良いのだ。いくらベッドの中だからといっても、まだベッドに入ってから時間も経っていない、ましてや激しく動いたりもしていない。のに。
クラウドの髪の毛の分け目がない。いや、左手ですんなりあげられるような、予期していたのとは別の位置にあったのだ。
「……ん、ふぅん」
そして、ようやく気付いた。布団の中で篭っていると思い込んでいた声が、明らかに違っていたことに。
「くら……」
「んんぅ」
俺は手探りでサイドボードのランプを付けた。瞼をぎゅっと閉じて、そろそろと開ける。じわりと合った焦点は、鼈甲色の光に、綺麗な天使の輪を形作る漆黒の髪を、まず捉えた。
「クラウド。……」
クラウドが……。
変身しちゃっ……?
黒い髪、耳も黒、顔も違う。クラウドよりも少し……ほんとに少しだけ、でも間違いなく大人びている。薄く開いた艶のある唇からは、クラウドの匂いの寝息をさせながら。
「……クラウド、クラウド?」
俺は、クラウドのほか誰とも考えられない猫の子の肩を揺すった。が、クラウド(仮)はイヤイヤをするように首を振り、俺の胸に再び顔を納めて、全身ぴったしとくっついた。
「まぶしぃの、やだぁ……」
寝惚けた時のこの、幼すぎる言葉づかいはやっぱり、クラウドのモノか。
でも、じゃあ、なんで、黒?
「ちょ、……おい、一回、起きて……なぁ」
「んん〜」
黒髪のクラウド……? は、しつこい俺の要求にようやく折れてくれた。胸から顔を起こし、眠そうな目を開いた。 その目を見た瞬間、俺はざっと、背中が凍り付くというよりは、熱くなった。いろんなものが走った。
「……ヴィンセント?」
俺の呆然とした面が写った瞳の色は、深紅だった。生まれつきで瞳の中のメラニン色素が足りないから、兎のようにダイレクトに覗ける血の瞳。本当に眠そうに、眉間に皺を寄せて俺を見る。
「……クラウド、クラウドじゃない……? ヴィンセント、なのか?」
俺はその時どんな答えを希望していたのか。例えばこの時、「クラウドだよ……ザックス、なにゆってんの……?」なんて言われたら、どんな気持ちになっていただろう。
「……ヴィンセント、だよ、ザックス……」
黒い猫耳がぴくんと動いて、そして彼は大きなあくびをした。
「……ちょっと、待ってくれよ。ヴィンセントって……、アイツはいま上で寝てるはず」
くるくると俺に鼻を摺り寄せながら、ヴィンセントと名乗ったクロネコ少年は「そうだよ」と答えた。
「あなたの知ってるヴィンセントは、上だよ。いま、クラウドと一緒に寝てる……。だけど、あなたが一人じゃ寂しいからって、僕があなたと一緒に、いるんだ」
目が少し覚めてきたのか、少年は徐々に明瞭な声になってきた。よく澄んだ、少年らしい声をしている。まだ変声期までには間があるのだろう。
ヴィンセント?
ヴィンセント……?
このクロネコ少年がもしも本当に、ヴィンセントだとしたら。そう考えてみると、赤い瞳だけではない、賢そうなな目元も、まだ短い黒髪も、確かにどこか、彼を思わせた。少年時代の彼はこんなに可愛らしかったのだ、と、こんな状況で無ければくすりと笑って
いたところだ。
「……事情、飲み込めない?」
「……飲み込める訳ないだろう、何で……」
「簡単だよ。ヴィンセントが……オリジナルのヴィンセントが、偶然開けた戸棚の中から、宝条の作ったサンプルが落ちた。その中に、クラウドを作ったのと同じ、猫と人とを繋げる条件が揃っていたんだ。……だから」
少年は、にっこり笑った。
「よろしく、……ザックス」
そして、俺の頬にくちづけた。
「何でか解からない。だけど、僕は生まれた瞬間から、ヴィンセントとクラウドと、そしてあなたのことが、好きで好きで堪らないんだ。もう、ふたりとは、愛し合ったんだよ?」
硬直している俺に、少年は笑った。
「そして、……僕は、ザックス、あなたのことが、好き」
「……!?」
ヴィンセント――ということにしておこう今のところは――が猫手で、俺の頬に触れた。柔らかな感触はクラウドと同じでもどこか違う。魔力の篭ったような赤い透明な瞳に見つめられるうちに、俺は強い煙草を吸ったみたいに、寝ながらにして立ち眩んだ。
「な……何、した、今……」
「……何も。……ただ、僕の思ってることを、素直に伝えたかっただけ……」
全身が苛立ち始めた。もどかしい、そんな感情が走り始めた。
「……ね。……僕のことを、愛してください、ザックス」
少年は――パジャマまでクラウドとお揃いだ!――ぺたんと、クラウドのように起きて座ると、首をほんの少しだけ、傾げて見せた。クラウドはこんな仕種あんまり見せない、もっと自然に、壷に入る。だけどこの子のには何処か、「欲求」を感じた。
ヴィンセントらしい、そう感じた。アイツが持ってて、いつもクラウドを虜にする、あのカオスの力が、この子にも備わっているようだ。妙なところが似てやがる、ろくなことがないあの男には、そんな事を考えられる余裕が、俺に生まれていた。つまり、既に俺はこの子の術中に嵌っていたのだ。
「……何が望みなんだ」
「抱かれることが」
「なんで」
「だから。あなたのことが好きだから」
クラウドは、こんなこと言わない、よっぽどおかしくならないと。素直に、真っ直ぐに、そんな事を言ってくれるという事実が、仮に演技だとしても、俺は嬉しく感じた。そう感じるよう、この子に思考回路を弄られてしまったに違いなかった。
「……抱いてください、ザックス、……愛してる」
歌うように、「ヴィンセント」は言った。
クラウドと、オリジナルのヴィンセントがどういう理由でこの子を抱いたのかは、想像するしかない。ヴィンセントは大半趣味かも知れないが、クラウドは恐らく、自分と同じ境遇で、さらに自分を気持ちよくしてくれるこの少年に、心も身体も奪われてしまったのだろう。だとしたら、俺は別にこの子に、どんな理由であれ欲情したって、怒られはしない気がした。 俺の目にかかったフィルターは、この子を、クラウドと同等の美少年に映し出していた。いや、実際に美少年であることには違いないが、クラウドと比べれば、どんな子だって劣ると思っていた俺だったから。ましてや、抱こうとするなんて。 パジャマの中は、クラウドよりも更に白い、雪色の肌。そして舐めれば、バニラの甘み。単色の肌に、彩り良い乳首は俺に指が触れると、すぐにぷくりと甘そうに熟する。口にすると、ヴィンセントは仰け反っていやらしい声を上げた。
「気持ち良いのか?」
「ん、ん……、っ、気持ち、いい……、あん!」
……複雑な気分だ。アイツの子供時代を抱くなんて。
「は……あぁ、ん! ……っ、もっと、もっと、して、あ、あ……」
少年はパジャマの前に小さなテントを立てて、腰を落ち着きなく揺らす。だがクラウドと違って「早くいかせて」と言わないあたり、敏感だけどやっぱりヴィンセントだなと思う。この少年の手にかかって、クラウドは一体何回到達したんだろうか。
「んん……はぁ、……ん、ん、ざ、くす……、ざっくすぅ」
鼻にかかった声で、俺の名を呼ぶ。嬉しさがクラウドと同等。驚異的な罪悪感と戦いながらのこの行為に一体どんな意味があるのか? しかしこの子に吸われて、理性はもう無い。
「お尻、してください……、お願い、ぼくの、お尻弄って」
「淫乱な子なんだな」
「……だって、……ざっくすのこと、すきだから」
耳の奥のこのざわざわした感じ、やっぱり尋常じゃない。 俺は衝き動かされて、四つん這いにしたヴィンセントのズボンをずり下ろし、小さく締まった尻を割り開いた。クラウドと同じで、まだ無垢。少年の尻だから、余計な物なんて何もない。愛らしくヒクヒクと蕾を浅く深く閉じるところを、俺はもう無意識的に舐めていた。もうヴィンセントもクラウドも入れた後だから、そんなに慣らす必要もないだろう。入口を濡らしたら、ぐっと人差し指の第一関節まで押し入れた。ヴィンセントは小さく悲鳴を上げたが、ゆっくり指を回しながら歩を進めると、やはり徐々に入口が甘くなってくる。唾液を流し込んでたっぷり濡らし、中指を加えた二本で、直腸を何度も往復してみる。溢れてくる液体に常軌を逸した音が鳴り、はじめのうちは耐えてされるがままだったが、やがてそれにも慣れてきたか、猫手で前に突き出した自分の男根を擦り、終いには俺が手を止めても、自分で腰を前後動させるまでになった。ヴィンセントでも、そうか、こんな風に乱れられる時代があったんだな、そんな風に考えて、ますます複雑な気分に。
くるりと体勢を変えさせて、仰向けにして足を開いてやる。中心部では、まだ子供属性の男根が反り返って震えている。尻の中に咥え込まれた指を、俺が抜こうとしても逆らうようにしつこく締め付ける、淫乱さが、俺をくすぐった。
「……『ヴィンセント』なのに、小さいな、ここは」
勃起したところで、クラウドと大差のない真性の淫茎を摘まんで少しずらして、生なましく敏感そうなピンク色の果肉にしゃぶり付く。そこすらも惑いの蜜の味がして、正直、ちょっと毒されて止まらない予感が。だけど、美味しいものは食べてしまいたい、どうせクラウドもオリジナルヴィンセントも、同じような気分で、この子に抱かれ、抱いたに違いない。
「ふぅ、ん、んっ、はあぁ、あ! ……あっ」
危険な舌触りを存分に味わっていた俺の口の中に、鼓動と共に粘り気のあるミルクが射出された。
ぐったりしてる身体を再び四つん這いにして、口の中から身体の中へ、ミルクを移した。力の入らない蕾から、そのままとろりと溢れ出てきてしまう。せっかく容れたのに。勿体無いから、俺を入口に押し当てて、塞いだ。
「……なあ、お前は本当に俺の事を、愛してるのか? 生まれたときからなんて、そんな都合の良い」
「……ほんと…だよ。こんな、恥ずかしいカッコしても、平気なくらい、すき、です。だから、ねぇ、おねがい、……ザックスのおっきなので、僕のお尻ぐちゃぐちゃにしてください……」
耳の奥から全身が、勃起した。いけないいけない……。 ヴィンセントは自分で手を後ろに回し、尻の肉を拡げて見せた。かなり良さそうな内部が、俺を誘っている。
「……解かった。入れてあげるよ」
と言いつつ俺の方が寧ろ、早く入れさせてと懇願している。透明な涙を流すほどに。
「あっ、あぁん……にゃあ……あ、っ、おっきぃ……ザッ、く……の」
「……感じるか?」
たっぷり中に押し込んで、後ろから身体に手を回し、黒い毛に覆われた耳に聞く。がくがくと頷いて、言葉より素直な圧迫が返事をした。
「お尻のなか……、ザックスで、いっぱいだよぉ……、ザックスが入ってるの……、熱いぃ」
そしてどこと無く歪んだ鳴き声、しかし純粋に俺を「すきだ」と言ってくれた声、だから、俺は単純な嬉しさに酔っ払った。
「……ヴィンッ、出る、……出す」
「出して、お尻出してぇ」
言葉をもらって、押し出されるように、俺はヴィンセントの中に堕精を叩き付けた。衝撃に背中を反らして、唾液に濡れた唇からか細い悲鳴を上げる、その姿にも、俺は欲情する。いきながらにして、同時に。操られているかのように。
「……ごめん、……俺だけ先に」
対クラウドに対してだと、あの子が俺をベースにしていながらに俺以上の早漏であることを考慮に入れて、先に行くと非常に恥ずかしいのだけど、この子はクラウドほど早くもないようだから、純粋なる謝罪だ。自分のプライドも傷付かない。オリジナルヴィンセントだったらどんな風に笑われるか。 ヴィンセントは、ふるっと首を振った。
「いい、もっと、ね、もっと出して……。僕のこと、抱っこして、いっぱい、一緒に気持ちよくなろう、ね?」
俺はヴィンセントから自分を抜いた。細く整った肢体を仰向けに寝かせ、身体の中で混ざり合い、蓋が外れたせいで溢れてきたふたりの液体に白く彩られたつぼみに、再び盛り始めた俺を押し入れる。ぐちゅりと汚い音を立てて俺をしっかり受け容れたことを確認して、背中に手を回し、抱き上げる。膝の上に小さな尻が乗る。つながっていなければ、単純に愛し合うだけのふたりに見えるようなこの体勢は、そもそもクラウドの方が好んでいる。お互いの顔を見ているほうが安心するからだろう。
最も、オリジナルヴィンセントにされるときには一番いやな体勢なんだけど。
俺の歪んだ表情を、嬉々として指摘してくるから。
「……痛くないか?」
重力に圧し掛かられる分、男根の先が奥に突き刺さる。ヴィンセントは頷くと、俺にキスを求めてきた。答えて、口を開いて何度も何度も舌を絡めあい、息継ぎに放した余白に彼は言った。
「……ヴィンって、呼んでくれたね」
「ん?」
「僕は、ヴィンセントだから」
「…………?」
釈然としない俺の顔を無視して、ヴィンセントは聴いてきた。
「クラウド、僕のこと、好き?」
「……好き、だよ。解からないけど、今は、そういう気持ちだ」
「……有り難う。嬉しいよ、今だけでも。僕はクラウドのこと、いつもいつも、大好きだけどね」
「…………?」
ヴィンセントは、はぁ、と甘く息を吐くと、俺の首に鼻を摺り寄せて、ねだった。
「ねえ、もう、僕、何もしないでも出ちゃいそう……。がんばって、がまんするから、クラウド、一緒にいこ……?」
胸がキュンとなる――この馬鹿げた表現を、俺は何度も感じてきた。
胸の奥が染みて、鼻までこみ上げてきて、一瞬で目が潤み、油断すると泣きそうになる。何とかいつも堪えているけれど、仮に流したとしても、格好悪くなんかない涙なんだろう。
「うん……、そうだな、一緒に、な。無理矢理にでも、一緒に。……好きだよ、ヴィンセント」
言葉の終わる前から前後に揺すり始めていた尻を両手で抱いて、良くなる手伝いを。きっと、俺がまた良くなる頃には、触らないでもいってしまうだろう。後ろからの刺激だけによる射精も、この子ならもう可能だろう。入れられただけで、蜜を懇々と湧出させ、茎まで濡らしているような子だし、そもそもヴィンセントのコピーだ、大方の開発は済んでいるに違いなかった。 尻を上下に揺する。
生じる音に顔を赤らめるよりも悦びの声を上げても、嫌悪感を憶えない。そういう方法もあるということだ。考えてみればオリジナルのヴィンセントと猫クラウドは全然、共通点を探すのがむずかしいほどに似ていないのに、ほとんど同じような想いを抱ける理由は、そこにあるのかも。共通点は一つだけでよかった、俺が君たちを愛しているというそれだけで。
充分。
「ひ、ひんっ、っ、んぃいっ、もぉ、っ、ん、あぁ。出……っ」
最後は、舌先をくちゅくちゅと絡め合わせながら一緒にいった。柔らかな尻尾が俺の左手の指を擽る。朦朧となったヴィンセントから俺を抜くと、とぷんと精が細い流れで溢れてきた。俺はそれを拭いもせず、俺の身体の上に被さったヴィンセントを、抱き締めた。
「お前も、俺の家族だよ」
無意識的に唇が発音した。
「大切にするよ。一緒に暮そう……な」
「……クラウド」
ヴィンセントが、俺の頬にくちづけた。
「……大好きだよ、クラウド」
可愛らしい声に俺は、そのまま眠りに落ちた。
「おおばか」
爽やかなはずの朝。寝坊した俺を叩き起こすなり、「大馬鹿」は無いんじゃないか。
「ザックスのヘン○イのキ○ガイのヤリ○ンの浮気者っ」
泣きそうな目でそれだけ(言えば十分だ)言って、クラウドはどたどたと上の部屋へと駆け上り、閉じ篭ってしまった。
「……おい」
呆然と突き出した俺の手が、むなしい。
……浮気者って……、アイツだってヴィンセント抱いたんだからウワキモノじゃないのか?
「なかなかあの子も言うようになったな」
苦笑いして、ふと気付いた。俺の上に乗っているはずの存在が、ない。
「……ヴィン、セント?」
くしゃくしゃになったシーツ、零れてこびり付いて固まった精液のあと、シビれた感じの下半身を見ても、俺はゆうべのまま。もう、あの子は起きてしまったらしい。ひょっとしたら、クラウドに「どろぼうねこー」なんて言われてるかもしれない。
……やれやれ。 俺はのそのそ起きだして、とりあえずトランクスとシャツだけ身に付けて、二階に向かった。俺と同じく、今起きたところらしいオリジナルヴィンセントが眠そうな顔をして部屋から出てきた。こいつがクラウドより後に起きるなんて珍しい事だ。
「……なあ、あの子、見なかったか?」
「……あのこ?」
「……ヴィンセント。ネコミミの付いた……」
ヴィンセントは、ああ、と疲れた声だ。
「部屋の中にいる」
「からっぽじゃないか」
「ついさっきまでは部屋の中にいた」
「いや、だから、今どこにいるか聴いているんだよ。知らないのか?」
「今……」
ヴィンセントはだるそうに笑うと、俺に口付けて、壁伝いに食堂に歩いていった。
「……変な奴」
俺はヴィンセントをほっといて、ヴィンセントを探すことにした。もう一回地下室を見た、トイレも覗いた、まさかと思って勝手口と玄関を見たけど、両方とも鍵はかかったままだ。クラウドに聴く勇気は最早なかった、ヴィンセントに聴いても的を得ない。
「……どうなってるんだ、いったい」
夢でも見たのか?
いやいや、まさか。あんなに気持ち良かった、間違いなく二度いった、なのに夢精してもいない、痕跡はあったし、クラウドもヴィンセントも、あの子を知っている。
じゃあ、なんでいない?
「……ヴィンセント、クラウド、何か知ってるだろう。あの子をどこに隠した」
いい加減、怒りを感じて俺は朝食を食っているふたりの前に立った。
「……ふんだ」
クラウドはそっぽを向いてしまう。
「…………」
ヴィンセントは黙々とトーストを口に運ぶ。
「……クラウド、何で俺に秘密にするんだ? ……お前、俺がそこのそいつを抱いたって、文句ないだろう? 同じ家族なんだ、それはあの子だって同じ…………、って、なるほど」
次男が生まれると長男が嫉妬して機嫌を損ねる、という、アレか。
俺は思わず笑った。
「安心しろよクラウド。俺は変わらず、お前のことを愛してるから」
クラウドはかっと目を見開き、食べっぱなしのトーストを放って、どたどたと食卓から姿を消してしまった。
「……どうしたっていうんだ、一体全体。……なあ、ヴィンセント、聴いてるのか」
「……聴いているよ」
ヴィンセントは、よく見ると少し笑っていた。俺がクラウドに嫌われるのが、嬉しいらしい。
「……あんた、何か知ってるだろう。あの子は、猫のヴィンセントは言ってた、あんたが試験管壊して、俺がクラウド作ったのと同じようにあの子を作ってしまった、ってな。あの子、どうしたんだよ、何でいないんだよ」
ヴィンセントは俯いたまま、黙って微笑んでいるだけだ。俺が焦れて、「おい」と大きな声を出しても、しばらくは動かなかった。
「…………夢でも見たのだろう」
「誤魔化すな。夢なら、何で俺がクラウドにあんなこと言われなきゃいけないんだ」
絶対何か知っているヴィンセントは、コーヒーをひとくち呑んで、俺に椅子に座るよう指をさした。俺が素直に腰掛けてやると、今度は立ち上がって、何を思ったか、俺の膝の上に乗っかってきた。唖然としている俺に、キスをする。
「……僕を探してるの? ……ザックス」
「な……」
「気付くのがちょっと、遅かったね。猫耳のヴィンセントなんて、ほんとはいやしないんだ。……私だよ、あれは。私が変身して、クラウドとすり変わったんだ。結局最後まで気付かなかったな。……でも、僕は楽しかった。あんな風に、あなたに愛してると無条件で言われたのは久しぶりだったからね」
声と、表情とを、こまめに切り替えながら、ヴィンセントは俺が凍り付く表情を、眺めていた。
「悪いが、情事の現場はビデオに撮らせてもらった、浮気の証拠として、既にクラウドにも見せてやったよ。勿論、子猫が私だという事実は伏せてあるがな。……でも、あなたは仮に、僕が『ヴィンセント』でなくっても、僕のことを抱いていたかもしれないけど……、私にとっては、幸せな夜更けとお前に少しの罰を手に入れられれば、どうでも良いことだ」
「こ、の、野郎」
俺がうめくと、ヴィンセントはすんなりと謝った。
「済まなかった。あの子があそこまで悲しむとは……予想していたが予測はしていなかった。気付いているかも知れないが、昨日の晩はお前にカオスの魔法をかけた。私の色仕掛けに落ちるようにな。お前は悪くない。クラウドには私から言っておこう、ザックスは私に気付く瞬間まで、お前のことで頭が一杯だったのだとな」
「……そ、そんなの」
「……僕には、あなたの気持ちがわかる。あなたが小さな頭が壊れないように抱きしめて、そっと撫でたり、優しい声で囁いたりする相手はもう、世界中に一人しかいないものね」
俺の怒りが、俺は全然望んでないのに萎えてしまう。ヴィンセントは、大人のヴィンセントの声で、言った。
「悪かった」
それだけでヴィンセントは何も言わなくなった。
「理由は何だ」
「誕生日くらい、愛する者に愛されたいと望んではいけないか?」
「だけど……、昨日は誕生日前日じゃないか、あんたの日は今日であって」
「……憶えていたのか? 今日だということを」
「当たり前だよ」
ヴィンセントは、笑った。それに……、俺は付け加える。
「今晩はあんたにクラウドを渡すことくらい、最初から考えてたさ。ディナーは俺が作るつもりだったし、風呂だってクラウドと一緒に入ってもらおうと……」
日めくりカレンダーを放りっぱなしになっている。いつもなら、クラウドが「えい」と剥がすのだが、今日は放ったまま。上でむくれていることだろう。
「……家族の誕生日、忘れるわけないだろ」
ふっと笑って、ヴィンセントは俺の頭を抱いた。
「ありがとう。愛しているよ、だが別に、クラウドを私に寄越してくれなくてもいいのだぞ? 私が欲していたのはあの子じゃない」
ヴィンセントは両手で俺の頬を包み込むと、危険なほどの微熱を孕み、低く重い声で告げるような視線で俺を数秒、見詰めた。
「ヴィ……」
俺はその瞳に、その数秒が数十秒に、やがて永遠にも引き伸ばされるような錯覚を見た。
「……愛している。……『クラウド』お前を、愛しているよ」
子供のような、遠慮がちに重ねるキスが、開きかけた唇に訪れた。
「……言わなくても、いいよ。僕は、あなたを、愛してる、僕が、ね?」
ヴィンセントは子供の声で笑った。気持ち、膝の上の重みが軽くなったような気がする。
俺は三度瞬きをした。頭が晴れた。ヴィンセントの視線は既に別の方向を向いていたのだ。
「あー……、……何となく寂しい気もするな、あの子いや、あんたなんだけど……。すごく良い夢をみたような、悪夢だったような」
俺が呟くと、ヴィンセントは膝から降り、手を広げ目を伏せ、うっすら唇を開いた。と、気付けば俺の目の前には、邪まなほどの魅力を小さな身体に凝縮した、黒い猫耳の生えた少年が立っていた。朝の光の元で、緑がかって見えるその毛皮は、実は長毛種のものらしい。尻尾が太く見えるし、両腕を覆う毛皮には飾り毛が付いている。
「お前が望めば、またその悪夢を見せてやろう」
いったい、どんなケースで望むのかは解からないけれど。
「その悪夢の中で、操られるようにお前は私に愛の言葉を囁く。そして私は至福に包まれる。最愛の者のこころを、この手にする瞬間、訪れるのは言い得ぬエクスタシー。……この姿であれば、お前は何度だって愛してると言ってくれるだろうからな」
「……べつに、……俺は、そんな」
「じゃあ、なに、僕がおっきいヴィンセントでも、すき?」
「………………ああ。好きだよ、悪かったな、大好きだよ!」
自棄糞気味に俺が言うと、にっこりと笑って、猫ヴィンは俺の膝によじ登り、短くキス。
「でも、変な気分しない? ……小さくても、僕はひとりしかいない。あなたの知っているヴィンセントなんだ。これだって、ヴィンセントの心が、十四歳の子供を演じているんだよ?」
「演じる? 馬鹿言え。昨日あれだけ俺を求めて乱れてた姿が、演技だったとでも?」
いくら、性的に強くたって、それは純粋にセックスだけだったら。
愛という要素が、俺たちを弱くする。ヴィンセントの演技力も、追いつかなかった。
「……そう、思い出した。昨日さいごのほう、俺のこと、『クラウド』って、呼んでたものな」
「……? ……そうだっけ?」
俺は、どうしたのか解からないけれど、この子のことを完全に、ヴィンセントの心がどうとか演技がどうとか関係無しに、抱きたいと思える術を身につけたらしい。
いや……、違う。
身につけたんじゃない、もとから、あったんだ。ヴィンセントを愛してるという、嘘じゃない想いが。どこからどう見たって、この子は俺の知っているヴィンセントとは違う、黒くて大きな耳が付いているし、ふさふさの尻尾も、毛足の長い手と足。顔だって、俺はヴィンセントの子供時代なんて写真も見たことないから、初対面だ。 だけど、俺の胸の奥はこれを、いつも偉そうで、だけど実際物知りで強くて、見た目も世界一格好良いヴィンセント・ヴァレンタインだと認識している。姿は違っても、ほかの誰でもないと。
「……悪夢を、見せてくれ、ヴィンセント」
「……後悔しても知らんぞ」
油断したか、子供の声で、大人の言葉を発してしまった。ヴィンセントは子供らしいテレ笑いをすると、俺にもう一度、キス。
と。
「……………ざっくすの………どばかああああああああああっっっ」
いつの間にやら、食堂の扉のところに立っていたクラウドが、泣きながら再び階段を上っていった。
「……悪夢だよ、『ザックス』?」
ヴィンセントは、純粋過ぎる邪悪な微笑みで、言った。
「後悔した」
仕方無しに黒猫の手を引っ張って、俺はぬいぐるみを抱きしめてわんわん泣いているであろうトラ猫に、事情の説明をしに行くのだった。そして、そうだな、せっかくだから、猫二匹に人間一人で、また小さな成長を祝いあおうか。
ゲスな思い付き。だけどそんな俺は何だかんだ言って、誰かの誕生日を何らかの形で祝える幸せを知っているのだ。