Re-july

 ヴィンセントも俺も、そろそろ蒸し暑く体臭の気になりだす六月末だというのに、積極的に風呂に入ったりシャワーを浴びたりしたくないのが本音の今日この頃。それでも一日一回は止むを得ず浴びるのだけれど、正直その度、少しく憂鬱な気分になることは避けられない。洗面所の鏡に映した自分の身体に、インクの固まり始めたボールペンで引いたような線がぱっと判るだけで五本。同様のラインは背中にも勿論引かれているし、下半身にも数本。言うまでも無く、クラウドに引っかかれた跡である。

 最近俺たちに傷の耐えない理由は、二つ。まず一つは、クラウド自身のミス(そしてヴィンセントと俺の準備不足)によって、数週間の別居を余儀なくされていた反動は凄いものがあった。「三人がいい、三人一緒がいい、いつでもどんなときでも」――去年の夏、七月から十月まで俺たちが野球をしに行ってから帰ってきたときの甘えっぷりも豪快だったけれど、このところのも中々の物がある。今こうして俺は、ひとりで洗面所で服を脱いで居るけれど、居間にいるヴィンセントの上には、ボルトで繋がれたようにクラウドが乗っかっていて、少しも動く気配は無い。三十分前からそうしていたけれど、多分俺がシャワーを浴びて出て行っても、体勢に変化は無かろう。ねじが回されて、もうちょっと深くがっちりとはまり込んでいるかもしれない。

 もちろん、嬉しいさ。クラウドに求められて嬉しくないはずは無いだろう? 素敵なことさ、最高に嬉しいことさ。

 しかし、クラウドが強く俺たちを求め、そしてそれに応じる際にも、クラウドの「欲しい。欲しい! 欲しい!!」という気持ちが具体的に言えばその爪に出るものだから、俺たちはかようにあちこちに爪の傷を創る羽目となる。名誉の勲章と言って言えないことはないが、どんなにカッコつけたってしみるものはしみる。

 亡霊の襲撃が一段落している。実際には今も相変わらずのペースで「エレベーター」が作動し、亡霊はこの地球に降り立っているのだろうが、四天王を始めとする魔界の戦士たちだけで、何とか片付けて廻っているのではないか。最近見直しつつあることは、魔界の、というか、カオスの、意外なほどに義理に堅く思いやりがあるという点だ。俺たちが気持ちよく手伝ってやれるような環境を、割りと必死に整えてくれる。無論、最後にはやっぱり、クラウドを含んだ俺たちが働かなければならないことを踏まえての、打算づくという面を否定しきることは出来ないが、悪い気分ではない。

 クラウドの授かったあの力に対しての俺たちの率直な感情は変わっていないし、それはクラウドにもはっきり伝えてある。スカルミリョーネは解っていたし、恐らくカオスももう判っているだろう。それでも、この幸せな日々の保証人である人の言い分も聞いてあげなきゃいけない。期間限定で、クラウドの戦列参加を、認めないわけでもない。

 蛇口を捻って、熱いお湯を頭から被る、途端に微細な幾千もの針が傷を刺す痛みに顔を顰めてしまう。

「にゃああ……、あっ、ンッ、んっ……! ふ、なぅ、あっ……あ! あ!」

 こういう声を上げているときの三秒に一回はあの鋭い爪がむにっと出てきて、俺にしがみ付いている背中に赤線を引いていくのだ。イキかけていても、その痛みにいちいち我に返ってしまうものだから、最近俺はあまり早漏ではない。クラウドを十分満足させることが出来ているはずと思う。

 石鹸がまた、しみる。

 でも、クラウドの愛、しみるものはしみる、でも愛、愛されている、けど痛いものは痛い、

「くうう」

 歯の隙間からそんな声を漏らしてしまいながら、それでもまたあのマキハラさんの「Turtle Walk」のテンポで、俺たちの生活が廻り始めたのを嬉しく思っている。

 いや……、今はまだ、ちょっとアップテンポ。

 ――後ろから君が見たときに 僕の背中だと解るように――

 後ろから君が見たときに、僕らの背中が、ゆったりとした幸せでありつづけるように。って、ムリだなあそれは、俺がいるんだ、転んだり擦りむいたり時には捻挫したり靭帯損傷したりしちゃうんだろうなあ。でも俺たちはいつでも三人並んでいるから傷を舐め合えるのだ。

 パンツ一丁で出て行ったらやっぱりクラウドはヴィンセントの膝の上を占領して、彼が本を読むのを邪魔していた。今日は日中二十七度まで上がって、今だって気温はやや高いのに、クラウドだって暑いだろうに、……客観視したらそういう結果だけ、しかし、それが快い温度になる空間の構造。俺がそれを横目に通り過ぎて、冷蔵庫の中から麦茶のペットボトルを取り出し、グラスに注いでいる間に、薄ら汗をかいたクラウドがてこてこやってきて、今度は俺の腹に纏わり付く。もちろん、その頭を撫でてあげながら、

「クラウドもヴィンセントと一緒にお風呂シャワー浴びておいでよ」

「んん……」

 と、汗の引いていない俺の胸に額をくっつける。

 本当に好きでなかったらもちろん出来ない。

「俺も飲む」

 なんてこと言って、俺にグラスを傾けさせる。別に喉が渇いていたんじゃない、同じ物が飲みたいのだと、男のこだわりか。

 クラウドがこうまで甘えん坊であることの、もう一つの理由。クラウドが凡そ二年ぶりとなる発情期に突入しているのである。やっぱり猫であるからして、そういう季節が来てしまうのは避けがたい。しかし本当の猫ではないからして、前回は十一月の上旬に、凡そ、(たったの……)一週間。その間の性生活の爛れっぷりを我慢汁無しで語るのはやや難しい。

 その間のクラウドというのは、ちょっとしたきっかけで「欲しく」なってしまう、とんだエロネコになってしまう。これは俺たちにとって何ら苦しいことではない。確かに前回、はじめて事態に直面した際には焦りと不安の方が先に立ったけれど、今回は余裕がある。

「……んん……」

 きゅう、とくっついて、俺の汗ばんだ胃の上を舐め始める。ぺろぺろ、ぴちゃぴちゃ。そんなんより麦茶の方が美味しいよ?

 とにかく、ほんの些細なことがきっかけで、欲しくなっちゃうエロネコクラウド。

 ヴィンセントに視線をやると、……少しばかり疲れた顔をしている。どうも、俺がシャワーを浴びている間にも一回したようだ。

 列挙してしまえば、今朝は学校に行く前にベッドで一発。学校でしたくなってはさすがにほんの少し困るので、登校前にはヴィンセントが精力を吸収する(そのためクラウド発情期のヴィンセントはいつもどこが痛いここが痛いと文句をぶうぶう垂れる)ので、以後数時間は平和なとき。しかし、帰ってくるなりまた一発、夕食前に一発、そして、俺は不参加ながらさっき、夕食後に一発。そして今は午後九時、間もなく五発、六発と重ねる予定。ヴィンセントが抜いていなければ一日の射精回数は恐らく軽く二桁に乗るだろう。大台だ。しかし、それは幸せなことではない。最後の方は、いったところで精液は出ない。痛痒感が雑じった解放感を義務的に享受するしかないのだから。

 ほっぺたはだいたい常にピンク。

「……お布団に行こう」

 クラウドはそう誘う。

 きゅう、きゅう、きゅう、手の先、指の先、爪が、出たり入ったり。くるくるくるくる喉が鳴る。

 その求めに答えるためには、生身の俺だけではやや辛い。カオス入りのヴィンセントでもちょっと辛いのだ。だから、仕方なく強壮剤に頼ったり、或いは、擬似男根、ええ、要するにあの、うぃいんな玩具に頼ったりするのは仕方がない。俺だってまだ若い身体なのだし、やろうと思えば結構な回数をこなせるけれど、それでも一日に三回、せいぜい五回が限度だなって思う。今日は既に二度しているから、ここからは節約気味。クラウドの為の精液をケチらなければならないというのは、心苦しいけれど。

 ようやっと解放されたと、ヴィンセントは黙ったままバスルームへ。

 俺はクラウドを連れて、手術台ベッドへ。クラウドはしっかり手を繋いで、その中でもきゅうきゅうきゅう、爪を出し入れ。一応、切ってはいるのだけど。

 この時期のクラウドは、美味しい。もとい、いつも美味しい。上手い、うん、上手い、クラウド、こういう時期、いつもはちょっと拙いキスもフェラも、息を飲むような巧みさ。発情期で舌から何か出てるんじゃないだろうか、何かこう、催淫作用のある分泌液が。それをどうしても飲んでしまうから、クラウドの発情状態は続いてしまう、いや、つまらん想像だ。

 ともあれ、その舌に舐られ、俺だって発情。うう、ちんちんが痛い……。

 キスの終りに、クラウドの目尻から綺麗過ぎる涙がぽろり零れる。それを舐めてあげれば、もう、それだけでぎゅうううう。

「おしりいれて」

「……もう?」

「うん、欲しい……、入れて」

 キス一つでこれだもの。

「……上手に舐められたらね」

 止むを得ず、まだ半勃ち状態のモノを、トランクスから引きずり出すしかない……。

「ん……。上手に出来たら、お尻にくれる?」

「……ああ、しょうがないだろ」

「……ごめんね。ありがと……」

 石鹸でよく洗いましたから綺麗ですよ、な其処をぱくん。いつでも気持ちよくしてくれるのが、今日はタイミングを間違えればそのまま顔射もしくは口内射精。俺のペニスはいま珍しく、俺の愛を捧げる為ではなくクラウドに純粋な喜びを与える為に存在しているのだった。

 ちゅぷ、ちゅぷ、ちゅぷ、いつもより高速で前後するその頭に、器用な舌に、そして卑猥な景色に、俺は呆気なく苦しむ。「もう?」なんて言われるんじゃないか、そんな思いも去来したが。

「ストップ」

 俺はクラウドの口から自身を抜いた。ぬるっ、名残惜しげに舌が伸ばされた。

「ありがとう。……お尻、見せてごらん」

「ん、……ん、すぐ、入れて」

「すぐ入れてあげたいけど、慣らさないとな」

「んんん、もう、慣れてるもん、ヴィンにさっきしてもらった……」

「けど、お前が思ってるほどユルユルじゃないよ。ほら、見せて」

 そう言えば、普段は恥ずかしがる格好も、すんなり出来てしまう、足開いて、お尻高く上げて。恥ずかしがるどころか寧ろ見てと。

「にゃあ……」

 確かに、いつもよりはすんなり飲み込まれていく。しかし、やはりクラウドらしく、頑固な括約筋はぎうぎう締め付けて、俺に嬉しさを与えるのだ。

 あまり拡張に時間をかけては、それだけでクラウドはいってしまうから、緩やかに、しかし、素早く大胆に押し広げて。

 薄っすらと桃色に染まった、クラウドの肌は、免疫の無い少年の世界を完全反転させうる魅力。俺だって、今日二回いってて、また痛烈なライナーが下半身直撃のショック、キーンてなる。

「入れるよ」

 手短に言うのはエマージェンシーな証拠。

「はぅ!」

 両手の爪はぎゅっとシーツに皺を寄せた、確かに聞こえた「ぷつり」って音、穴も開けた。もう、穴だらけだこのシーツ。精液臭いし、明日にでも洗わないと。

 クラウドの中は熱くって、ぬるぬるで。強い力で締めてくるけれど何とも言えない滑らかさ。まさに俺の形に歪んだ中が、リアルにコピーを求めてる。奥まで衝き込んで腰骨が臀部をなぞり、腹で腰を胸で背を顎で肩を感じ、挿まれた尻尾にクラウドが涙声を上げて射精する。炎は止まないで、寧ろ俺が引いて衝いたらそこに新たなガソリン。

「あ……は、ぁ……!」

 クラウドは声を震わせる。

 ――出来ればこのターンで満足してくれよ――

 そんなことも考えつつ、俺はずずずと引いて、ぐんと衝く。時間をかけてゆっくり引いて、一気に突撃する、多少は長持ちするはずだ。

「ザックス……、ザックス、もっと、もっともっと」

 お尻を振って、いやらしいことを平気で言う、「もっとザックスのちんちんで突いてぇ」、うわあ、ダメだよそんなこと言ったら! 我慢してるんだぞこれでも一応。

腰を留めて。

「普段は言えないそんないやらしいことも言えちゃうんだ……?」

 どうしようか考える時間を稼ぐ為に、下卑た質問を投げつけた。

 一旦抜いて、バーチャルペニスに頼ろうか、それとも自力で頑張るか。クラウド、一度いってまだ止まる気配が無い。気絶するまでやりかねない勢いがある。

 ……俺は思案の末、自分を抜いた。クラウドが泣き声を上げた。

「やだやだ、やだよぉ、ぬいちゃやだぁ、ちんちんずっと入れててよぉ」

「ダメだよ……。だって、クラウド自分が気持ちよくなることばっかり考えて、俺のこと全然ないがしろなんだもの。そんな寂しいことする子にはニセモノで十分だ」

 と、俺はそこにニセモノを差し込んだ。俺のよりも立派で、黒光りつやつや、憎たらしい。けれど、ぐりぐり動いたりすることは、俺には出来ないし、チクショウ憎たらしい、羨ましい。

「ふにゃ、あっ、あんっ、あんっ」

「ほら見ろ、俺のじゃなくても感じてるじゃないか。お前みたいな子にはこの玩具でいいんだ」

 というか、きっと俺に容れられるより気持ち良いはずだ。奥まで入れたり、少し引いたり、不規則に動かしてみたりしているうちに、呆気なくクラウドは二度目の射精、トータル六発目。

「……ふ、にゃ……、ふ、ぇ、……っく、んっ、っ……ひっく、……っ、ふえ」

 ちょっと虐め過ぎてしまったかな。

 俺自身がまだいっていないで、興奮状態を持続させているものだから、手加減が出来なかった。

「一人だけ気持ち良くなろうなんて寂しいこと考えたらダメだよ」

 いくら発情期であっても。それはいくらなんでも、悲しすぎる。一緒にいる意味を、考えて。決してお前をいかせるために一緒にいるんじゃない。もちろん、俺たちが気持ち良くなるためでもない。一緒に幸せになるためにだ。一緒に生きていくために一緒に生きているのだ。

 と、興奮気味のピンクな頭で考えるわけだ。

「……ん、ごめ、なさい……っ」

 ひくひくとすすり泣くのを、慰めて、こっち向かせて、キスをする。

「大好きだからな」

 確認。

「お前のことこんなに大好きだ……。ひとりでいっちゃうなんて寂しすぎるだろ……」

 と、俺のを触らせる。

 こくん、とクラウドは頷いて、もう一回、

「ごめんなさい」

「わかってくれればいいよ。……おいで。最後は一緒にいこう」

 招いて、いつものポーズ。クラウドは俺に支えられながら、お尻の穴にもう一度俺を飲ませた。

「……オモチャとどっちがいい?」

「ザックスの方がいい……」

 即答だ。さすがに顔が綻ぶ。

「……どういったところが? 大きさはオモチャの方がよっぽど上だろ」

「んん、でも、ザックスの、あったかいもん……、あんな、つめたいカタマリじゃない、俺のことしてくれる、あったかいちんちん、おれざっくすのちんちん好きだもん、ざっくす好きでいてくれんのわかるから」

「好き?」

「ん、ざっくすのちんちん、すき」

「俺もクラウドのお尻の穴好きだよ」

「……ん」

 ちりちり、背中が焦げたように痛い。

「……動かすよ」

「ん、……あっ、ア……っ、んっ、はあ! あっ、んっ、にゃあ……にゃあ!」

 ぎこちなさはティッシュに包んで捨てた。もう今は少しも不純なものは含まれないで、交わりあう。寂しさの代償でも、謝罪のためでもない、「本当に君のことが好き」という気持ちで、抱き合う回数は多いほどいい。

「っ、ちゃうよお、……いっちゃうぅ!」

 可愛い声。愛しい声。爪が引き裂く、この背中を引き裂く、ああ、もっと傷つけたっていい、痛くたっていい、殺されたって。愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる俺の頭はそれで一杯、真っ白さ。

 いつもより長時間かけたから、俺の精液の勢いは半端じゃなかったろう、実際に記憶を失った瞬間を自覚していた。そして、クラウドも気を失ってしまった。

 意識の無いクラウドと、ずうっとずうっと何度も何度もキスをして、それからようやく横たえ、自分を抜いた。赤く、ちょっと痛そうなお尻から、とぷんと零れる。その様に、下衆な性欲がちょっとまた、刺激されてしまった俺は、どうせならクラウドと一緒にすればよかったやっぱり玩具なんて出すもんじゃない、そう思いながら、ごめんねと一つだけ謝って、裸のクラウドでオナニーをした。

 懲りもせず苦しい射精と共に、俺はクラウドの名を呼んで、見下ろした身体が優しい夢を見ていることを祈りながら、その身体に散らしてしまった精液に罪悪感。

 ただ、いつもの日々はクラウドと俺とヴィンセントと、一緒に横たわっている、クラウドごと俺は、それを抱き締めて頬擦りをしたのだ。


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