『俺』へ。

他の誰かの歯を上手に磨けるようになったって、きっと何の自慢にもなりはしない。けれど、一週間もすれば慣れたもので、虫歯にならない程度に綺麗にすることは、実はそんなに難しくないということが解った。

「はい、あーんして」

ぱかっと口を開けさせて、奥歯のスキ間をキレイに磨いていく。

厄介なのは少し尖った犬歯の周り。この辺を磨くたび、やっぱちょっと違うのかと思う。

歯並びは整ってる分、犬歯の尖り方が際立つ。八重歯みたいに飛び出してる訳でもないし。間違って舌でも噛んだら大変だろうな、と思う。一通り磨いたら、水を入れたコップを彼の口元に持っていき、濯がせ、泡と一緒に吐き出させる。

こういった行為も、カラダの一部の構造が違うってだけでヒトリじゃ出来ない。人間って実は、相当便利なカラダの造りをしているのだ。

「じゃあ、先に寝ててくれるか? 俺、まだ調べ物しなきゃいけないから」

そう言うと、聞き分けよくベッド代わりの手術台へと向かう。と、少し手前で振り返り、言う。

「……ザックスも、あとで一緒に寝よ」

 その声で、その名を呼ぶ。その名で呼ばれることに、いい加減慣れなきゃと思うけど。

痛いような笑みが浮かんできてしまうのは、仕方ないのかもしれない。寧ろ正常な証拠かも。

「解かってるよ、心配するな。……おやすみ、『クラウド』」

「……ん、おやすみ」

最初の夜に俺があげたお気に入りの毛布に包って、たちまちすやすやと寝息を立てはじめる。

……夜行性だと思ってたけど。

それでも、人間なわけだから、夜は眠くなるのかな……。あまりいろいろ考えると、難しい。人間とは何なのかとか考えそうになる。俺はコーヒーを一杯いれて、その摂理に背いて、読み切れない本で溢れる書棚との格闘を始める。

当初の目的とは、大分コトが違って来ていることを、まんざらでもないと思えるのが変だ。

三週間前、俺は、物凄く自己中心的な用事の為にこの穢れた地下室に足を運んだのだった。

十年前のセフィロスがそうであったように。俺も自分の正体が持つ今ひとつ釈然としない部分を解明するため、宝条の残したと思しきメモやら、大昔の学術書やら、更にはセフィロスが手にとって読んでいた辞典やらを総動員して、生まれてはじめて活字に埋もれる日々に明け暮れることにしたのだ。

俺の裡に棲んでいる細胞の魔物の正体――結局のところ、俺がセフィロスを求めていたのはナゼなのか……結局のところ、俺は誰なのか……。

未だ、心が壊れた時とさほど変わらない、不安定な精神基盤の上で傾きながら生きている。

事情はそう易しくはない。いつまた壊れてしまうか解らない。少なくとも、自分の中で「解らない」部分があるという事実が、堪らなく恐ろしい。

ある夜、ようやく、部屋の片隅にくしゃくしゃになって丸まっていた「ジェノバ」の文字を見つけ、読み進めていくうちに、絶望に打ちひしがれたのは、実はよかったのかもしれない。

危険なカタチであっても、納得したには違いない。

俺は死ねない。

まぁ、端的に言うならばそういうことだ。

やっぱり、と納得する部分もあったし。

俺は死ねない、死ねない。 そうか、死ねないのか、そう思うと、けれど怒りというか悲しみというか、俺のお得意、あんまり宜しくない感情の一部が発露して。

あんまり思い出したくないハナシだけど、朧げながら憶えてるから、振り返らざるをえないだろう。

想像通り、俺は少し壊れた。魔晄中毒関係無く、ちょっとキレた。正気に戻った後、後片付けにまる一日費やしたトコロをみると、「少し、ちょっと」なんて言ってられないほど暴れてたのかもしれない。

……イイ年なんだから、いい加減にしないと。泣きながら、少しそんなコトを思った。

 で、その翌日の事だった。何が起こったのかは、未だに解らない。ただ、宝条があまり整理整頓の得意な方じゃないということは大体解かっていた。

多分、悪い偶然が重なったのだろう。

……あんまり難しいことは、よく解らないけれど、必要なものが運悪く揃ってしまったのだと思うしかない。

即ち―― 俺の細胞と、ヴィンセントの改造に使った魔獣の細胞、そして……ジェノバ細胞。まぁ、あと他にもいろいろ、都合のいい薬だのなんだのが、一緒くたになって……俺が暴れまわった時に、混ざってしまったのだろう。

本に埋もれてずくまる小さなカラダを見つけた時、俺が考えたことは、ひとつだけ。

宝条の、バカ。

 

 

 

 

時計が二時を廻ったころ、そろそろ寝ようと手術台に登る。毛布に包って静かな寝息を立てていた彼が、ううんと唸った。顔を上げると、首に付いた鈴がちりんとなった。俺がこの間、食料の買い出しに表に出た時、ついでに買ってきたものだ。
「……ざ、くす?」

「……起こしちゃったか? ゴメンな」

ぐりぐりと目を擦って、俺の顔を確認すると、喉を鳴らして擦り寄って来る。そもそも、この行為を「カワイイ」と感じちゃったことが大きな間違いだと、あの時に気付くべきだった。

「……へいき……も、寝るの?」

「ああ。改めて、おやすみ……クラウド」

その魂に名づけられた名前を発する時に、胸が少し捩れる理由、永遠に見つからなければいいのに。

狂ってる。

よく解ってる。解ってるから……。

「……」

『クラウド』は甘えるようにくっついて、何か恥ずかしそうに言い吃る。

「……どうした? ……怖い夢でも見たのか?」

子供扱いして、からかうように言うと、むっとした顔になる。推定年齢……いや、推定じゃない。

俺の記憶の中で――後ろで結んだ髪、どうしてもひ弱そうな体格、少し舌足らずで掠れた声――この身体は……、十三歳、くらい。

俺の記憶と、いくつかの偶然と、宝条の悪趣味が産み出した、俺の身体。

「ちがうよ……。……その……」

「うん?」

何を言いたいのか解らない俺に業を煮やしたか、クラウドは俺の膝の上に乗っかると、向かい合せに座って、下半身を俺の腹に押し当てて来る。邪魔そうに硬くなったそれに、俺はようやく理解した。

「……そ……か。昨日おとといって、してなかったんだっけ」

こくん、恥ずかしそうに頷いた。俺はクラウドの頬を舐めるとその半獣の耳をそっと撫でた。クラウドは、ぴくんと身じろぎをした。……クラウドの身体で、“クラウド”ではなく、俺でもなく、偶然と宝条の悪趣味によって産み出された酷くいい加減な部分、それが、耳と、肘から先と膝から下、そして、尻尾。

ヴィンセントの変身も、ゴツイ獣になったり、羽根の生えた悪魔になったり、いろいろなヴァージョンがあるが、恐らく――いや、絶対、間違いなく、これは失敗作ヴァージョンだったのだろう。

……それぞれ、『獣』を表わす身体の部位。連想するのは、どうしても猫。

でも、オリジナルと、感覚は殆ど一緒らしい。

ただひとつ、プラスアルファで尻尾を触られるとどうしようもなくなってしまうらしいトコロを除けば。

だけど、この身体はやっぱりオリジナルに等しいもので。ハッキリ言って、自分のしてることが物凄く変態で狂気じみていることは物凄く理解している。

それが、この小さな猫を慰める行為であり、偶然にしろ産み出してしまったことに対する償いであると考えることが出来てもだ。……なんて。

言い訳出来ないほど、この十三の俺をカワイイと思う。愛しく思う。

「……変態だな……全く……」

ぼそりとヒトリ呟く。しかし、変態だろうが何だろうが、下では自分を悦ばせているうちに、悦び始めた部分がある。俺はクラウドの右手の手のひらの、カワイイ肉球をぺろりと舐めた。

仰向けに寝かせて露になったその白い肌。ザックスが見ていたものと、多分一緒で。人間ほど不用心でない猫とか犬が腹を出すのは、心を許している証だということは知っている。

信用……当たり前か、自分なんだから。

「……んっ」

そのピンク色の乳首の先を舌先で転がす。ズボンの中で大きくなったそれの下で無意識の収縮を繰り返すそこを舐める。割り開いて、中に舌を差し込む。焦らすようにキスをして溢れ出す蜜を味わって咥え込む。……全て、俺がされて一番よかった事。 一連の愛撫を施される度、全身にぞくぞくと快感が走るのだろう。

……幸せになれるのだろう。

……だが、もしそうであっても、やってることは自分のを咥えてる訳だから……。

……いや、厳密にいうと自分のじゃない。けど……。

「……ふにぃ……ああ……」

時々、猫の部分が声に出て来る所が面白い。いや、本当は面白いなどと思ってはイケナイのだろうが、俺もそうとうキているから、逆にそんな情緒が生まれて来る。口の中のものは、一段と大きくなっていて。

「ぁ、ゃああっ」

止めのつもりで、先の一番敏感なところを舐めてやったら、びく、びく、と痙攣して、少し溜まっていた精液が俺の口の中に解き放たれた。

オリジナルヴァージョンな『クラウド』――いや、つまり俺は、これくらいの時期は毎日のようにザックスにされていた訳だから、毎日じゃないというのは、少し可哀相な気もする。

仮にも、俺はコイツにとっては『ザックス』なんだから。

……けど、ザックスは年中いつでも出来るような欲求の持ち主だったけど、俺はヤル気にならないとどうしようもない。今だって、クラウドがして欲しいっていうから、する気になったんだし。

――なんて、馬鹿な言い訳。

実際、初めてこの猫を抱いた時もそうだった。一週間前、彼が夢精した翌日の夜のこと。

猫族特有の鋭い爪のある彼の手では、自分のものを握ったり扱いたりすることには不向きで。……だから、歯磨きも俺がしてやらなきゃイケナイのだ。うつ伏せになったクラウドの身体。快感の余韻、尻尾とかが、時折不意にぴくっと小さく震える。

「……クラウド……、いい?」

指先で俺の唾液に濡れたクラウドの秘穴の周りをなぞりながら、訊ねる。

それが気持ちイイから、ふるふると震えながら首を振る。

「……でも、俺も、いきたい……クラウドで……」

その言葉が物凄く滑稽だ。自分でいきたいなんて、どうかしている。こういう行為は、きっとセックスなんて呼ばない。自慰と少しも変わらない。

「やぁ……っ、まだ、だめぇ……ッ」

だけど、俺が指を少し侵入させると無意識に腰を高く上げて、尻尾をぴくぴくさせて。それでも受け入れていく。

「はっ、あぅ、い」

声が泳ぐ。本人の意識外で漏れる淫猥な声。ザックスに言わせると「カワイイ声」。拒むように、――けれど誘い込むように、俺の後ろが、ザックスの指に堪らなく感じていたように、奥へ奥へ、一番感じるところへと。

「……ここだろ?」

そこに辿り着いて指先を動かすと、身を起こすために支えていた彼の前足がガクンと力を喪った。

くちゅっと濡れた音を立てて、入口がひくひく動いた。その音は、敏感な耳にも届いていることだろう。俺は調子に乗って、クラウドの尻尾を撫でたり、軽く握ったりして、彼の口から止めど無く溢れるやらしい声を悦しむ。……マイクで聴いた自分の声が、普段耳で聞いてる声と全然違うように、その声はまったく別人のもののようで。

「い、あああ、んッあ」

震えるたびに、尻尾と、結んだ後ろ髪が揺れる。俺は指を抜いてクラウドを抱き起こすと、俺のを取り出して、入れるよう促す。

「……や、だ……痛い、から……」

「……大丈夫だよ、平気。ゆっくりすれば、な?」

誤魔化すようなキスをして、俺のが入口に触れる。クラウドの蕾が、俺の先が触れただけで戦慄いて、俺のをくすぐってきた。

ゆっくりと俺の膝の上に腰を落としていくクラウドの姿を見ていると、自分がかつてしていたことの恥ずかしさみたいなものがこみ上げて来る。けれど、結局それはザックスに与えた愛のカタチだと理解すれば、今俺がしてることも或る程度は正当化できそうな気もした。

「に、やあ、……っ」

彼自身の自重で深く差し込まれた俺のが、彼の奥、……即ち、俺にとっても一番いい所に到達した。

「痛い?」

「っ……あん……ッぅ」

返事になっていない。けれど、何回かしてきたうちに、少しは後ろへの挿入も慣れたのかもしれない。何も言う前に、クラウドは快感を欲しがって、自分から腰を揺らしはじめた。ちりちりと、鈴がカワイらしい音を立てる。さっきまで入れられるのを拒んでいたのは、態度だけだ。

自分のことだからよく解る。

その証拠に、前はさっきの残りと溢れた蜜とでまた濡れはじめている。俺の首にしがみ付いたクラウドの爪が少し俺の背中を引っ掻いた。

「クラウド、爪しまっとけよ、痛いから」

「っ、ふ、ああッ」

本人の努力で何とかしまえるものらしい。肉球で必死にしがみ付く。ふわふわの腕の毛とぷにぷにの肉球の感触が気持ちいい。

――まぁ、そんな訳で。さっきは色々と真面目なコトを考えてはいたけど。俺のもクラウドに差し込む前から、隠しようないくらいに溢れていた訳で。

……歪んだ欲求、けれど、火が付いたら、真面目なハナシなんか通用しない。

――俺は俺の胎内に俺のモノを入れているんだぞ――

かえって気持ちいい。あったかい。

「っゃああ、ん、っひぅ、っく」

自分の声であることを知っていても。 締め付けるそれが自分の身体だと解かっていても。

「……俺、……もう、いきそう……。……いってもいい?」

聞くまでもなく、クラウドのそれはちょっと扱いたらすぐいきそうなのは解る。 限界を感じて、軽く彼のを握り、動かす。

「い、っいいあ、〜っッ」

クラウドは思いっきり中を狭くして、いった。その締め付けが終わった頃、俺も中に吐き出す。

「あ、っんんっ」

俺の精液の熱さがまた彼のイイところを突いたのか、いき終わったあとなのに、彼はまたカワイらしい鳴き声を上げてくったりと力を無くした。

 

 

 

 

……また、やってしまった。

火が付くと止められないくせに、一旦醒めるとあとは後悔ばかり。一発抜いてやって、それで終わらせればいいものを……。

なんだか、ザックスのことを馬鹿には出来ない気がする。

まぁ、今は俺がザックスだから、これでいいのかもしれないが。

そもそも、何で俺が『ザックス』か。

自分でそう名乗るのが、スゴイことだと思う。

ただ、十三歳から十六歳までの間、俺――オリジナルのクラウド=ストライフにとって一番かけがえの無い存在は、どう考えても『ザックス』、ついで『セフィロス』だった訳で。

だけど、だからって簡単にその名を名乗っていいのかどうか、未だ躊躇を感じている。俺のが抜かれると、そのまま全身に快感を身に残したままクラウドは眠ってしまった。

その身体に飛び散った白濁を綺麗に拭ったあと、風邪をひかないようにパジャマをまた着させて行く。

何だか、さっきとはまた全然違った意味で可愛くて、思わずいろんな所にキスをした。

……弟が出来たような物かもしれない、なんて考えてみる。けど、フツー弟は犯さないよな。

「ん……」

寝息の合間、俺とクラウドの同じ匂いがする毛布に頬擦りをした。自分に出来ることを、しなきゃいけないことを、理解していないわけではないけれど。

俺は何だかまた冴えて来た頭で、活字に埋もれることにした。

「……おやすみ、クラウド」

ハヴ・ア・グッドドリーム。

 偶然に埋もれ、偶然に……偶然でも、生まれてきてしまった、俺よ。


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