「っ、あっ、やぁ、っ」
ぴちゃ、と湿っぽい音を立てて、その力を奪おうと試みる。暴れる身体を、俺も結構力を入れて抑えないと、その爪で引っ掛かれて出血は免れない。こちらも相当無防備な格好をしているわけで、露になった下の方なんて引っ掛かれた日には、もう死を覚悟するしかない。
命懸けだ。
「……暴れるなよ……」
宥めるように、耳元で囁く。けれど、その大きく愛らしい目からぼろぼろと涙を零しながら、クラウドは必死に俺の腕の中から逃げだそうとする。変な話だが、その涙が俺の嗜虐性……ではないのだろうが、イイところを少しくすぐるのだ。
「あぅ、っ、っ、や、だ、よッ」
救いを求めて手が泳ぐ。俺は片手でクラウドの細い両手を傷つけない程度に拘束した。
「我慢しろ……すぐ、終わるから」
「やだあっっ」
クラウドが最後の抵抗、互いの汗ですべりのよくなった体から、這い出した。
……が、その這い出した先が、彼にとっては不運だった。
「ひぎゃあああああああああ」
悲痛な叫びを上げて、浴槽の中に溺れる。慌てて差し伸べた俺の手に爪を立てた。見事に赤い引っ掻き傷が出来て、鮮血が流れ出す。
「……だから暴れるなって……」
クラウドはびしょ濡れの身体で俺にしがみ付き、コドモみたいにぴーぴー泣いている。
今更ながらだが、何だかとっても可哀相になってきた。
……けど、今がチャンスだ。今を逃したら、多分……。
俺は手桶に湯を入れて、一気に彼の頭のてっぺんから、大きな耳に水が入らないように注意しながら、ひっくり返した。
「ぎひいいいいいいいいい」
「つぁっ」
しがみ付いていた背中にも、また新しく、そして深い傷跡が。
思わず俺も声を上げてしまった。だが、ここまで来たらこちらも引き下がれない。
俺は風呂の床にクラウドを組み敷くと、罪滅ぼしに一つキスをして、シャンプーで一気にがしゅがしゅと髪を洗いはじめた。その間もクラウドはぎゃーぎゃー悲鳴を上げ続ける。
エコーがきいて、とにかくうるさい。
狭いニブルヘイム、聞きつけて誰がやって来るか解らない。それをキスで何とか抑えようとすると、今度は唇を噛まれる。野性の本能を剥き出しにして、とにかく、この窮地を脱するためには手段を選ばない。
顔から腕から何から、全身キズだらけになって戦闘を終えた俺は、その治療をすべく、久々に使う回復マテリアを探していた。部屋の隅、クラウドはいじけて壁に向かってしゃがみ込んでいる。
「……ザックスのばか」
ぶちぶちと呟く。
……この辺も、猫と人間の差なのかもしれない。
爪の跡を治したら、俺はドライヤーと大き目のバスタオルを持って、いじけてるクラウドのアタマを乾かしに行く。
俺がドライヤーのスイッチを入れると、そのブワーという音に驚いて、クラウドは即座に逃げの体勢を取る。尻尾がぶあああっと膨らむ。
「大丈夫だよ、怖くないから。いつまでも濡れたままだと風邪ひくぞ」
暴れる身体を抱きかかえて、ごしごし擦りながらドライヤーで髪を乾かしていく。
……そんな大したことない音だと思うけど……そうか、猫は耳がいいから……。その音に怯え、目をぎゅっと瞑って、ぶるぶる震えながら俺にしがみ付くのを見てると、それ以上ドライヤーをかけ続けられるはずもなく。仕方なくスイッチを切って、バスタオルで乾かすコトにする。
まだ震えてる体を片手で抱いてやりながら。彼にとって、初体験のお風呂。 最悪のモノだったことであろう。
鈴を首に付けてやると、しゅんとなって、ぽつり呟く。
「……ザックスは俺のこと嫌いなんだ。嫌いだから、俺の嫌がることするんだ……」
ああ、こういうトコロは俺にもあったかもな。基本的にひねくれたガキだったから……。
まだ少し湿っぽい髪をくしゃくしゃ撫でて、俺はあやすように抱き上げた。
「馬鹿。嫌いな訳ないだろう? ……好きだよ、クラウド。好きだから、お前にはキレイでいて欲しい。だから……出来れば、お風呂は我慢してくれないか? ……いつも、サラサラのお前に触ってたいから」
半分以上、いや、八割以上本気。
「ほんと……?」
俺の腕の中、横抱きにされる格好で、クラウドは不安そうに俺を見上げた。
「本当だ。……嘘なんかついてない。お前の事、大好きだ」
髪の毛のかかった前髪をあげて、額に口付ける。
クラウドはちょっとびっくりしたように目をきゅっと瞑って、そろそろと開けた。
「さ、服着ないと、風邪ひくぞ」
「ん……。ザックス、ごめんね」
「構わないよ、別に。……やっぱり、ちょっと辛いものがあったよな、お風呂は」
苦笑いして、クラウドを下ろすと、彼は俺の頬の爪痕に滲む血を、謝るように舐めてきた。
正直、ちょっとしみた。
「……クラウド……?」
クラウドは俺の頬、腕、そして背中と、自分で付けた傷跡を舐めて癒していく。
……当然のことながら、マテリア使って治した方が早いのだが。
「……ありがとう、もう、大丈夫だ。すぐ良くなる」
そんな訳で、なんだか痛いのがニブル山の向こうに飛んでいったような気がした。
サラサラになったクラウドの手の毛皮は、本当に最高の肌触りだ。毛柄はただのトラ猫だけど、この心地よさは間違いなく血統書付きで。
本当は、猫毛の部分は専用のシャンプーとかで洗ってやった方がいいのかもしれないけど、ヒト用の石鹸で十分だ。鼻をくすぐる毛皮といい匂い。
髪の毛も、肌も、俺と同じ匂いがしてる。
「ん……くしゅぐたい……」
俺がしつこくパジャマ姿のクラウドの身体を嗅ぎまわってると、身じろぎして少し逃げようとする。俺はさっきみたいに乱暴にじゃなく、そっと包み込んで、ぴかぴかになったその髪に顔を埋めた。
しっとり濡れて、でもサラサラ。シャンプーがいいとか言うよりも、クラウドの髪がキレイだから。
“クラウド”の髪が。
そう、可愛くても……しつこいけど、やっぱ十三歳の時の、「俺」なんだよ、な。
俺は紐でクラウドの髪を緩めに束ねた。頭の後ろ、尻尾が生えたみたいで、客観視してみるとカワイイ。
「クラウド、こっち向きに座ってみて」
そう促して、膝の上相対する形で座らせる。室内の薄暗い光でも映える金髪、大きな青い瞳、白く澄んだ肌。キレイだと思うけど、そう思うことはとんでもなくナルシスで。
けれど、よく見ると、俺じゃないいくつかの部分。例えば、金髪の中から顔を出す大きな耳、瞳の中の吸い込まれそうな瞳孔、肌を追った先にある猫の手。
「……恥ずかしいよ、ジロジロ見ないでよ」
少し頬を赤らめて、言う。
そう、こういうトコロもオリジナルとの相違点の一つ。こんなにか弱くなかった。もちろん、身体は弱かったし、力も無かったけど、こんな風じゃなかった。もっと、男っぽく振る舞おうとしてた。
だとしたら、偶然に生まれてきた俺は、あくまで限りなく俺に近いけれど、俺のコピーではないのかも知れない。
じゃあ。
俺のこの気持ちも、実は即否定して棄てられるほど、簡単で複雑で軽いものではないのかも知れない。
「……今日も、これから調べもの?」
何の抵抗もなくキスして膝から下ろすと、
クラウドはちょっと不貞腐れたように上目使いで言った。 俺は首を振った。
「いや」
立ち上がり、言う。
「歯磨いたら、俺も寝る。……お前と一緒にな」