ニャアと鳴くジャガー

 クラウドが発情期になる、それは確かに大変な負担増ではあるのだけれど、三人家族のチームワークそして根底に愛さえあれば乗り切れる、現に今年も乗り切った。「愛さえあれば」何でも出来ると信じる俺たちはアマちゃんだろうか、いいのだ、甘くとも、それで乗り切れる現実があるならば、俺たちはそれを信じたいと思うし、実際、信じているのだ。

 さて、クラウドの肉体に備わった変身能力についてである。

「にゃあ!」

 と一声、上げると、その身体はパアッと光を放って、一気に三つは年をとり、凛々しき猫戦士。しかし、それが本当に「猫」であるのかどうかは、誰にも判らない。というか、そもそもクラウドが「猫」なのかどうかという点に関しては、証明する物がないので、あやふやだ。確かにマタタビで淫乱になるし、鳴き声は「にゃあ」だ、耳も尻尾も猫的ではあるけれど、それだけで猫だと言うのはいささか早計に過ぎよう。きっと猫家ならマタタビには惑うのだろうし、昔の名古屋の人だって「おみゃあ」と言うし、耳や尻尾は別の動物だって似たようなのが生えている。それらを全部切り捨てて、「いいの、クラウドは猫なの、猫なら可愛いの」と決め付けていままでやってきた訳だけども。

 変身したクラウドの姿をまじまじ見てみると、やはり、どうも疑う余地はあるようにも思うのだ。

 クラウドはいわゆる「茶虎」の柄である。足の裏など一部を除いては、黄色と茶色の縞模様であって、判りやすい猫模様をしていると言える。そして、手には肉球と爪。普段のクラウドの爪は、白濁色をしていて、あまり伸びすぎると剥がれてしまうから、頃合いを見計らっていつも俺が切っている。のだが。

 クラウドの泡を流して、上から下まで見詰めて。

「……変身、して、クラウド」

「ふ? ……にゃあ!」

 やっぱり、違う。

 改めて、「変身後」クラウドの爪は黒くつやつや光っていて、長さもぐんと伸びて。亡霊の群れをこの爪で「にゃああ!」と一撃必殺。猫の爪は黒くない、黒い爪は、何かこう、肉食動物のそれだ。

「……うーん」

 まじまじ、色いろなところを観察すると、普段との差異はいくらでも見受けられる。毛並みも、普段のつやつやさわさわのものと違う、もうちょっと強い毛になっていて、ざっくりした感じ。目も、普段の猫らしいひとみと違って、もうちょっと、鋭い光を帯びている。更に、ちんちんには毛が生えている。仮性だけど、剥ける。

 声変わり後の声で、クラウドは怪訝そうに鳴く、

「にゃあ?」

「いいよ、戻って」

「にゃ……」

 しゅん、と元のクラウドに戻った。別に、どっちの方がいいとは思わないけれど、クラウドはやっぱりちんちんつるつるの方が似合ってるなあ、と、きっと昔のみんなが思っていたであろうことを思った。いや、そんな話ではなくて。

「……クラウドって、猫じゃないのかな」

 風呂を出た後、新聞を読んでいるヴィンセントに訊ねた。ヴィンセントは俺の顔を見、クラウドの顔を見、

「……何?」

「いや、判らないからさ。俺、誰かにクラウドは猫だって聞いたわけじゃないから」

 ヴィンセントは俺の言葉を測りかねたように、じいと見詰める。あまり見るなよ。照れるじゃないか美人さん。

「……ああ」

 しばらくして、ヴィンセントは納得したように頷いた。

「猫ではないだろう、クラウドは。よく見ろ。見詰めろ。……このような猫がいるか」

 ヴィンセントはクラウドを膝の上に乗せて、生乾きの髪を手でといた。今度は俺が、少し時間を要して、「ああ」と。

「……そりゃ、二足歩行の猫はいないけどもさ。そうではなくてさ、クラウドの、人間の持っていない部分、耳とか、手とか、尻尾とか。そういうのは猫なのかなって話だよ。変身した時はさ、ちょっとずつ雰囲気が変わるだろ? あのへんが、何だろうかなって」

 新聞を読むことを諦めて、ヴィンセントはクラウドを後ろから抱いた。その尻尾が、腰に廻った。いいなあって思う。

「たいした問題じゃない」

 ヴィンセントは言って、そのままクラウドを抱き上げた。

「クラウドはクラウドさ。猫だろうが虎だろうがジャガーだろうが私には関係ない。……今夜は私の番だったな? おやすみザックス」

 そして、あっさりと居なくなる。

 クラウドはクラウドだ。そんな正論、うん、こんな正論、まあ、そうだ、今更何を確かめようとしたのか。

 でも、クラウドはネコだし、猫ならいいよなって思う。いや、何がいいってさ、別に何がいいっていうことでもないのだけど。

 クラウドの持つ十代前半の肉体、その瑞々しさも「にゃあ」という声によく似合う。

 まあ、俺が俺でクラウドは子猫なのって思ってるのなら、それでいいや。

 クラウドをヴィンセントに取られてしまったので、その日は大人しく寝た。

 

 

 

 

 虎でも良いよな、って夜の野球中継でそんなことも思った。我らが逆転のタイガース。今日もエースが初回に1点を献上したけれど、四回に同点ホームラン、ジェット風船のぴゅーと舞った七回には勝ち越しホームラン、八回には打者一巡の猛攻で7点。胸のすくような快勝で対巨人三タテ。ヒーローインタビューを聞いている後姿の喜びが滲み出ている様を見ていると、猫より虎の方がクラウドも嬉しかったんじゃないのかななんて思う。

 考察。例えば虎でもいい。但し――これは貧困なるボキャブラリーと先入観によるものだが――虎だと、やっぱり鳴き声は「がおー」になるんじゃないかなと思われる。闘志滾らせ進めクラウド、レッツゴークラウド。ただ、セックスするとき、なんかの拍子でザックリいかれる可能性がある、それは恐ろしい。

 意表をついて兎というのはどうだろう。うさ耳。まん丸のウサギ尻尾。あ、可愛いかも。だけど、横にだらんと垂れてる耳というのは、あまりみっともいいものではないかもしれないな。

 犬。犬は嫌いじゃない。ただ……ナナキにはちょっと申し訳ないのだけど、犬はちょっと、ちょっぴり、匂いがね。俺はあの旅で何度かナナキを風呂に入れてやったことがあったけれど、洗う前のナナキはもう、ちょっと、大変申し訳ございませんが、ええ、何とも申しようがありません。嬉しいときにぱたぱた降られる尻尾は可愛いのだけど、えっちの時にばたばたばたばたばたされてたら、ちょっと邪魔ッけかもしれないよな。でも、

「うにゃ、あ、っ、やだ、やだよぅ」

「嘘つき。……しっぽぱたぱたしてるよ?」

 みたいなことは出来るかなあ。あと、もっとたくさん舐めてもらえるかもしれない。

 でもやっぱり猫が良いかなあ。今日は一緒に寝ることが出来る。ヴィンセントが風呂に入れてきて、ちょっと顔がぽうっと赤い。事前準備を兼ねてヒト抜きしてきたのだろう。バスタオルを肩からかけているだけで、何も身につけてはいない。

「歯は磨いたのか?」

「ああ、磨いた。後は好きにするが良いさ」

 と、トランクス一枚のヴィンセントは階段を上がって行った。

「にゃー……」

「お風呂、気持ちよかった?」

「……ん、にゃ……」

 どっちの意味でかな? あえて訊ねはしなかったけど。今夜も猫耳が可愛い、猫の声が可愛い、湿った尻尾も。クラウドが猫であることの掛け替えのなさを俺なりに楽しむために、尻尾にゴム被せてお尻に入れたりしてみようかなあ、なんて。ぽーっとしたまま立っている。うっすら汗をかいている。可愛い、美味しそう、やばいもう立っている俺。早いところ下に行こう、と、裸の猫耳少年をひょいと抱き上げた、ところに。

 ピンポン、でも、ちりりりりん、でもない、我が家の粗暴なインターフォンの音が響いた、即ち、「がああああああ」、……旧態依然の音で。(一部分を除いて)弛緩していたクラウドも俺も冗談でなく飛び上がる、クラウドの爪がぷつり、ああ、猫でよかったなあ。

 クラウドの裸なら誰にでも誇れるが、クラウドが恥ずかしがる。一年位前までは「立ってなければ恥ずかしくないもん」とか思っていたらしいが、最近はそうではない。周りを観察していると、やっぱりみんな恥ずかしがっている。大人になりつつあるのだなあと思う。但し、俺やヴィンセントや、異性でもユフィお姉ちゃんなら見せても平気なのは変わらないらしい。

 客人とあっては仕方ないので、俺はクラウドを下ろし、腰にタオルを巻かせて、台所で待たせる。

「夜分に申し訳ございません」

 ドアの向こうから慇懃な口調、スコープを覗かなくとも、誰か判る。ホントに申し訳ないぞ、これからクラウドと甘く熱い時間を過ごすつもりだったのにお前は、そう思ったけれど、もちろんスカルミリョーネ自身の意思でこっちに来ているわけではないし、言えば泣いてしまうだろうから、飲み込んでドアを開けた。

 申し訳なさそうな顔のスカルミリョーネが立っている、しかし、一人ではない。小柄なスカルミリョーネよりも背の高い、足のすらっと長い、……ウエストくびれてて、うわあ、胸がでかい。

「……ザックス様?」

「は。……あ、ああ、どうしたんだ」

 スカルミリョーネに言われて我に帰る。

 その、後ろに居たのは、我が家には似つかわしくない、金髪の女であった。赤味がかった色の瞳をしていて、赤い口紅、相当な美人と言ってよい。目線は、ほぼ俺と同じ高さにあった。

「……ザックスー、だれー? ……うにゃ!?」

 台所からのこのこ出てきたクラウドが、その女性を見て、ぴゃっと隠れた。金髪の女性は、嫣然と微笑んで、それから俺に頭を下げた。

「お初にお目にかかりますわ、ザックス様。わたくしは魔界四天王が一人、風のバルバリシア。……いつも兄がお世話になっております」

「は、はい、これは、どうもご丁寧に」

 ギクシャクとお辞儀をしてしまう、腰が低くなり、その女性よりも背が小さくなってしまう。って。

「……妹さん?」

 スカルミリョーネが頷く。

「はい、……今度の作戦にはアリシアの……いえ、バルバリシアの力が必要となりますので……、ザックス様……、いかがされました?」

「い、いや……」

 童顔も童顔、真面目なはずのスーツ姿が却って滑稽なスカルミリョーネ。彼に同じく四天王を勤める妹がいるというのは知っていた、知っていたけど、俺はさ、全然違うの想像してたわけだよ、もっとこう、大人しいカンジの、ちっちゃくって、お兄ちゃんに良く似たさ……。

 まさかこんな、……ひゃあ。後で「魔族の非戦闘時の姿は生きた長さに比例しないものなのです」とスカルミリョーネに教えてもらっても、まだ納得できない。スカルミリョーネなんて、ちんちんに毛ぇ生えてないんだぜ!? つるつるな上に、皮だって向けてないのに、その妹がなんでティファみたいな胸して俺と同じくらい背ぇでかいんだよ……

 折角クラウドとセックスできるのだと、うきうきだったのが、混乱しつつ、とりあえず俺はリチャード=スカルミリョーネとアリシア=バルバリシアの姉弟もとい、兄妹を、今のソファに通した。ヴィンセントが気配で全て理解して降りてくる。俺は泣く泣くクラウドを下に連れて行き、服を着せよう、と思って、クラウドの裸をまじまじ見て、やっぱりなんだか、堪えきれなくって泣きそうになって。

「うにゃう……」

 ごめんね、そう謝って、一度だけ。

 くらうどん。クラウドがもしもうどんだったら。クラウドがもしもご飯の上に乗っかってたら。十二分後、俺たちはやっとソファに座った。クラウドは、やや赤い顔で。

 スカルミリョーネと、バルバリシアと相対す。


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