夏休み日記帳

 夏休みに入っている、俺たちは相変わらずウータイに居たりする。もちろん、ずうっといるわけではない、終業式前に、一旦ニブルヘイムに戻って、ちゃんと通信簿をもらってから、また来ている。意味するところは一つ、要するに、亡霊の、完成してしまった『塔』破壊が、一向に進捗していないのである。

 まあ、毎日温泉に入れるのは楽しいことではあるが。

 ここへ来て、凡そ二十日。その間、三度、亡霊の襲撃があったが、三度ともスカルミリョーネとバルバリシアの、四天王兄妹の活躍で危なげなく退けている。さすが兄妹というべきか、息の合い方が半端じゃない、俺とヴィンセントのコンビネーションなんて、足元に及ばないんじゃないかという程の。まるで一人の両手のように、二人が変幻自在な舞いを見せるので、俺たちはただただ見惚れてしまうばかり。

「どうも……」

 女性陣が風呂から上がったのを見計らってからでないと、スカルミリョーネは風呂に入れない。仕方ないので、俺はクラウドを連れて、一緒に入ってあげる。白い身体を、ぬるぬる洗ったりなどして、それなりに穏和なバスタイム、ラグタイム。

「……非常に知能の高い者の存在があるようですね。……雑多な亡霊の寄せ集めがするような、場当たり的な対応ではありません。寧ろ、こちらが攻め込んでくるのを、待っているかのような。それを誘う為に、小規模な襲撃を繰り返しているような……」

 亡霊のリーダー格っていうと、まずコルネオを思い浮かべてしまうわけだ。それを口に出すとスカルミリョーネは難しい顔で、

「例えば、そういった存在です。亡霊を、財力などで掌握し、手足として使う。コルネオの場合は、皆さんへの怨恨からラプスとヴァラージを使役し、襲撃をしたわけですが……。どうも、今回、一連の亡霊どもの襲撃、エレベーターの稼動、……相当に知識の発達した、且つ、亡霊群を使役出来るだけの力を持った者の存在があるようで……」

 だんだん、だんだん、事態が面倒な方向になっていきそうな匂いがするんだよな。

 俺が大変怠惰な人間で、常に人類の平和と幸福な未来を祈りながら、祈るだけで出来れば何もしたくないっていう人間であるって言うことを、周りの連中は忘れているんじゃないのか。そう、この温泉だよ、この温泉、ああ、青空が綺麗だなあ、雲がぽっかり浮かんでいて。山から駆け下りてくる風に鼻の頭の汗を乾かしながらさ、そういう、そういうのが、俺の一番好きなものなんだけれど。ね、腕の中にはクラウドがいて、手の届くところにスカルミリョーネがいて、もちろん裸で。白く濁ったお湯だから、大事なところは見えないけれど、見たいと思えば部屋行って、浴衣脱がせてベッドイン。そういうのが、俺の、世界で一番好きなものなんだけどなあ。

「とりわけ、あの塔を」

 少し熱くなったのか、スカルミリョーネは肩を出す、華奢な鎖骨に噛み付きたい。

「警戒視すべきとは、思います。……あの中に居るのは、タダの亡霊ではないと思います。亡霊たちを指揮する存在があるはずなのです。……恐らくは、……地獄で構築されているはずの、ある程度の規模の、指揮形態の末端に位置する者が」

 どうでもいい……、という訳ではないのだが。

 俺がそいつらと「戦ってやる!」と思うとしたら、それは相変わらず、この地球の為などという殊勝な動機では全く無く、もっとエゴイスティックな「うざったい」だろうと思うのだ。しかし、重ねて言う、何度でも言うが、そのエゴも、地球を救うみんなを救う、魔族のお手伝いをする、そういうベクトルと方向が一緒ならば、問題にはなるまいと思うのだ。

 だから水面下、俺はスカルミリョーネの手を引っ張って、

「え?」

「にゃ!」

 クラウドのちんちんに触らした。

「ち、ちがっ、私はっ、私は何もっ」

「ふにゃっ、うっ、にゃ!」

 ……人間としては、あまり優秀なものとは見られない自覚が、俺にはあるけれど。

その半面、愛情だけに生きる価値を、本当に見てもらえたなら、俺は相当にいい存在だと思うのだ。誰か俺を再評価してくれないものかなあ。

 

 

 

 

 クラウドが鼻血ブーになるわけで、スカルミリョーネの妹であるバルバリシアの身体は、なんていうかもう、すごい。ティファの胸を知っている訳だから、ヴィンセントもユフィもクラウドも俺も、そんじょそこらの胸には驚かないぞという気で居たけれど、いやはや、やっぱり魔界ってすごい場所だなあって思ったわけだ。

「ジャスト百だって」

 ユフィが聞いて来たのだそうで。俺とクラウドは思わず声を揃えて、

「ひゃく……」

 と間抜けな声を上げた。

「ティファが……九十だからねえ、あれよりもプラス十センチってコト」

「……プラス十」

 なんと言うか、……天文学的、眩暈を起こしそうなバストであるということは、間違いのない事で、俺はクラウドの鼻血を笑ってはいけなかったなと思う。無理もない。

「でもさ、胸もあんましでっかいと、肩凝るし、ジャマになるし、まあ……いいけどさ」

 ユフィはそう歯切れ悪く言って、そっぽを向いた。彼女の胸は、……抱いた、いや、抱かせて頂いた、いや、抱かされた、もう、何でもいいけど、俺が言うのもとんでもないことだが、決して、大きなものではない。ユフィ自身、それは良く判っている。ただ、共にその胸に顔を埋めたことの在るクラウドと俺が声を揃えて言えるのは、

「形が良ければそれでいいじゃない」

 ということである。ユフィはちょっと引きつった笑いを浮かべて、「ありがとさん」と。お前の浴衣はそりゃあ、似合っていると俺は思うよ。

 実際、バルバリシアの体は、この、夏場すら平和なはずの温泉街にちょっとした旋風を巻き起こしている。湯治場であるからして、いるのはじいさんばあさんばっかりだからそう問題にもならないだろうと思われるだろうが、否、そうではないのである。来たときには仲良しこよしの老夫婦が、帰る時には何かぎこちなくなっている姿を、俺は何度か見た。

「皆さんお揃いでございますわね」

 当の本人が、ヴィンセントとお兄さんを連れて入ってきた。ああ、でかいな。やっぱり目が行く。浴衣の胸元、危険度が高くて、クラウドは慌てて目を反らす、そんなクラウドを見て、バルバリシアはくすりと笑う。

 同じ浴衣でも、明らかに夏祭りの少年という風情のスカルミリョーネが、ぺたんと畳に座る。

「では、これからあの『塔』を攻めるに当たっての作戦会議を行ないましょう。……亡霊どもが、我々の攻めてくるのを誘っている、それは既に判っていることです」

 どこから持ってきたのか、ワープロ打ちの書類を、俺たちに一部ずつ配る。遊び心の一切もない明朝体の細かな文字が散らばっている。一つだけ、ルビ付きのがあって、それはクラウドのだと判る。わざわざ一部、改めて用意してくれたのだと、この子の優しさに今更ながら、嬉しくなる。

「……ですが、このままの膠着状態をこれ以上続けることは得策ではありません。一つには、ヴィンセント様、ザックス様、クラウド様を余り長いことここへ縛り付けておくわけには行きませんので。……遅くとも、九月一日には絶対にニブルヘイムに戻っていただかないと」

 ガッコの予定を気にしながら戦う救世主たちなので。なんだか、しまらないなあ。

 ちなみに、こっちに宿題を全部持ってきたクラウドは、八月八日には全部終わらせている。例年よりも一週間ほど遅いのは、こっちに、お姉ちゃんや温泉を始めとする、誘惑物が多いからである。バルバリシアも、それに含まれよう。

「二つ目には、……これは、まだ事実として起きていることではないのですが、この塔を作っている連中以外にも、エレベーターは稼動して、各地で悪さをする可能性が少なからずあります。人間最強の戦士である皆さんがひとかたまりになって、縛り付けられていては、対応できない危険があります。ですから、もう睨み合いではなくて、実際に行動を起こすべきなのではないかと、そう考えたわけなのであります。

 書類の二枚目をご覧下さい」

 と、浴衣姿で会議をしているみたいだ。

 二枚目には、作戦の要旨が書かれている。所々、太字を使いながら。

「当初は、皆さんに亡霊どもを誘い出して頂いて、我々が叩くという形を考えていたのですが、現状、相手が妙に狡猾である可能性が否定できない以上、皆さんを危険に晒すわけには参りません。

まず……。私が地震を起こし、塔に衝撃を与えます。恐らく、塔の内部に多少の混乱が生じるものと思われます。この地震が元になって、亡霊が外へ出てくる可能性が考えられます。その場合は、私を含めた全員で、その亡霊を掃討して数を減らし、しかるのち、内部に直接突入し、亡霊を指揮している者を拘束します。仮に地震にも動揺が見られなかった場合は、バルバリシアの竜巻で塔の外壁を崩し、ヴィンセント様に空から攻めていただき、私の地震の追加攻撃とで、塔ごと破壊してしまうのが良いかと思います。

 では、首尾よく内部に入れたとして、その後の作戦が、お手元の書類の『2−2』に当たるわけですが、私は外に残ります。皆さんにはバルバリシアと、内部で攻撃して頂いて、亡霊を指揮する者を何とかして拘束していただきたいのです。内部構造は……下の表が模式図です。亡霊の作る塔というのは、基本的にどれも同様の構造をしていることが、ここ百年の調査で明らかになっています。即ち、四階層の構造をしており、四階部分がそのまま『エレベーター』の出入口と直結しています。ですから、恐らく指揮者は三階に居て、亡霊を統率しているものと考えられます」

「……つまり、三階まで行けばいいってこと?」

「左様でございます。三階にいるはずの……、恐らく、元々は人間だったはずの亡霊を、捕獲していただいて、出て来て頂ければ。後は、私とバルバリシアで、塔を徹底的に破壊いたしますので」

「敵の数は? どれくらいなの?」

「それは……判りません、申し訳ありません。ですが、恐らく、過去三回の小規模な襲撃、あれが我々を誘う以上の意味を持たなかったと仮定すれば、あれの数十倍の数が中に潜んでいると見て間違いないでしょう。あの襲撃してきた連中は、言わば捨て駒ということですから」

 俺たちが、というか、兄妹が戦って屠った亡霊たちは、三回の襲撃で、あわせて五十から六十と言ったところだろう。スカルミリョーネとバルバリシアがとても強いから、少しも問題は無かったけれど、その数十倍、つまり千に達する数が相手というのは、気持ちが悪い。コルネオ率いるラプスの大群との戦いも、そう言えばこのウータイだったよな。

「ですが、もちろん、塔の内部に同時に千もの亡霊どもが居るわけではございません。つまり、仮に『千』としますが、その千、あるいは千以上、という数字は、可能数でありまして。エレベーターが塔の最上階にある以上、それこそ千を超える数の亡霊を召喚することは出来ますが、それは延べ数という話でございまして、皆様が実際に目にされるのは、言っても五百から七百といった程度ではないでしょうか。

 なお亡霊どもの種族は、先日の襲撃でご覧頂いた通り、この辺りに生息する魔物たち、及び、三年前に皆さんが戦って倒したラプスがほとんどではないかと思われます。時折、剣や銃を持った人間らしい姿の亡霊も見られましたが、大多数は異形の魔物、と考えていただいて差し支えないかと。

 突入の決行は、今日の夕方を予定しています。夜が更けるに連れて、亡霊の力は増しますが、我々魔族の力も、夜の方が強まります。と言って、あまりあちらが強力な刻に戦うのは、相手の数が多い以上得策とは言えません。ですから、夕刻、もしくは夜明けに戦うのが良いと判断いたしました。

 以上です。何か質問はございますでしょうか」

 誰も挙手するものは居なかった。クラウドもいっちょまえに、戦士の横顔、といって、今はまだ子供のそれ。でも、青い目は、ぎっと光っている。

 俺たちは、五時になって、「夕焼け小焼け」が鳴ったら街の入口で集合、と確認して、解散した。

「マテリアは?」

 俺とクラウドとヴィンセント、三人で、ユフィの家へ行く。猫屋敷の天井裏には、ユフィが溜め込んだ希少価値の高いマテリアがたくさんしまわれているのだ。俺たちも、必要最低限なものは持っているけれど、あの旅で入手したのは、ほとんどユフィにやってしまった、コレクション的には、ユフィのほうがずっと揃っている。

 だから、ヴィンセントは魔族と人間のハーフ、クラウドは猫と人間のハーフ、俺はジェノバ入り、そう考えていって、最強の、純粋な人間というと、今はユフィになるのかもしれない。

「どれでも。好きなものを」

 ユフィが葛篭を開けた。中からマテリアがゴロゴロ。ヴィンセントが少し考えて、クラウドの烈火の腕輪、俺の天雷の腕輪、そして、彼の極光の腕輪に、それぞれ、マテリアを填め込んでいく。俺の天雷の腕輪には、「回復」「治療」「フルケア」「シールド」……、俺は後方支援か。剣を忘れてしまったので、さっき買った村雨にも、「バリア」とか「マジカル」とか。

 一方、クラウドには「アルテマ」「封印」「隕石」……、英雄志向の少年の喜びそうな、派手なマテリアが中心。クラウドは自分の腕輪に嵌った緑色の宝珠を、目をキラキラさせて見詰めている。

 しかし、後で俺は言われる。

「お前はとにかく、いいか、心して聞け……、いいか」

「はい」

「クラウドから絶対に目を離すな。絶対にだ。命に代えてでもクラウドを守れ」

「はい」

「お前は、極端な話それ以外しなくていい。剣を振る必要は無い、とにかく気力の続く限りクラウドにシールドを張って回復しつづけろ。判ったな」

「あい」

 と、まあ、どうせクラウド、はしゃぎたい年頃。しかし、ヴィンセントも俺も、気が気じゃないわけで。クラウドも、もちろんああいうことを経験したから、もう馬鹿な真似はするまいと思う、が、それでも、俺たちが絶対に守るのだという構図は、決して変えてはいけないのだ。

 だから、マテリアなんか頼らないでも、俺はクラウドを庇いつづける。

 夕焼け小焼けの響く五時ジャスト、迎えるのを前にして、俺はクラウドをむぎゅうって抱いて、ちゅってキスをした。


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