手で耳を、ぱたと押さえて、また離して、押さえて、離してを繰り返す。首を傾げて、今度は、頬を押さえて、離して。納得が行かないといった風に、今度は自分の髪の毛をぽむぽむと押さえたり。
「……何してるんだ?」
「うにゃ? ……別に」
「痒いのか? 風呂入るか?」
「違う……、いいの、なんでもないから」
そう言う割に、クラウドはまた、耳やら髪やらをもそもそと弄って、腕組みなんかして悩んでいる。何か、俺には言えない深刻な悩みでも抱えてるんだろうか。だが思い当たるフシは、無かった。昼の弁当もちゃんと全部残さず食べてたし、昼休みは同級生のジャミルとかアルベルトとかと一緒に楽しく遊んでいる様子を、俺はきっちり教室の窓から見ている。
尻尾に付いたリボンがふわふわ揺れるのが可愛いなぁ、と思ったりもした、関係無いか。とにかく、今日も元気なクラウドは特にトラブルも無く、通学路の途中から俺と手を繋いで帰ってきたのだった。
ところが……、おやつを食べて暫くすると、さっきの状況、いろんなトコロを自分の肉球手でふにふに弄っているのだ。
弄ると言っても別に、下半身とか乳首とかそういう感じるところをゴソゴソしてる訳じゃなくて、……何か、どうでもいいようなところ、なんて言ったら悪いけど、ほっぺたとかおでことかばっかり触わっては、首を傾げてる。
「どうしたんだよ、さっきから」
ソファで隣に腰掛けて、顔を覗き込む。じー、と見詰めていたら、その手で、ふにっと額を押された。
「何も感じない?」
「は?」
「……感じないなら、いいんだ。うん」
また腕を組んで、うーん、と唸る。
肉球で押さえられた額が結構気持ち良かった。俺は自分の手で押さえて見る、猫の肉球っていいなぁ、適度な冷たさと柔らかさが、何とも幸せ。何年か前に、猫の手ばっかり映した写真集が出てて、「なんであんな本が売れてるんだろ」って首を傾げてたけど、今なら気持ちが分かる。……そうそう、この幸せな感触が、いいんだよ、猫は。
まぁそんなことはいいや、それよりも、クラウドが何に悩んでいるのかが気になる。
毎度のことながら俺の大切なクラウドの悩みを無くすのが俺の仕事、のような気がするので、クラウドを抱き上げて膝の上に乗せた。
「なぁ、どうした? ……悩みがあるなら、兄ちゃんに言ってごらん」
何となくこの「兄ちゃん」って呼び名、俺にはちっとも似合ってないと自覚するけれど、嬉しいんだな、なんか。
一人っ子で、回りの子供たちの兄弟、こと弟がいる奴が、「お兄ちゃんの言うこと聞け」みたいに言うのって、一段だけだけど大人っぽく見えて、少し羨ましかった記憶がある。実は俺にも、昔弟がいたときがあったりしてさ。まあいいや。
今は誰に見られて誇らしいとか思う以前に、守るべきものとしての弟の、ガーディアンとして存在出来ることが、二重に嬉しい。クラウドは少し悩んでいたけど、やがて、おずおずと伸ばした両手で俺の頬を
包んで、真っ直ぐに俺を見つめて言った。
「あのさぁ……、お兄ちゃん、これ、感じる?」
俺が「お兄ちゃんに」って言ったからクラウドも「お兄ちゃん」って呼んでくれた。……胸がキュンとしたよ、悪いけど。
そして両手で俺の頬に触れて、ちょっと上目遣いで聞いてきたものだから、俺は、マンガだったらハート型の心臓を銃で撃ち抜かれたような感じで、ドキッとした。
「感じる、って? ……そりゃお前の可愛い手でこんなことされたら、やっぱ嬉しいけど」
俺はクラウドの左手を取って、人差し指にあたる肉球に小さくキスをした。
「そ、そうじゃなくて、その、俺、自分でね」
自分の頬っぺたを押さえてみせた。……かわい(以下略)
「こうやっても、何も感じないんだ。髪の毛とか、耳とか、触っても。なのに、お兄ちゃんとか、お父さんとかに触られると……、なんか、変になっちゃうんだ」
俺が「兄ちゃん」だから、ヴィンセントは「お父さん」な訳だ。
ところがヴィンセント自身は「お父さん」って呼び名よりも、「パパ」って呼んでもらいたかったらしい。パパって柄かよと思う。
そのくせ、俺が冗談で「パパ」って呼ぶと、「吐き気がする、次に呼んだら殴る」と言われた(本当に次に呼んだ時殴りやがった)。
「っていうか、当たり前だろ、俺だって自分の髪の毛とか頬っぺたとか触ったって、何も感じないぜ? ……クラウドは俺に髪の毛触られると、感じるわけだ」
「……うん。自分で触っても、全然何も無いのに………あっ」
俺はクラウドの、頭の上の方の、俺たちのアイデンティティとも言える、言うことを聞かない妙な癖毛を軽く摘まんで、指先でサラサラと擦り合わせる。
「俺からしたら、クラウドが自分で何処触っても感じるようじゃ、困るんだけどな」
「……?」
「俺がお前を抱く楽しみが無くなる」
引っ掛かれる前に手を押さえた。
「って言うか実際、そう言うもんだよ。お前の手にも、俺の手にも、同じような魔法がかかってるんだから」
クラウドはきょとんと俺を見た。
「まほう? ……マテリア使って出す、あの、魔法?」
「ああ……、まぁ、マテリアは要らない、もっとお手軽だけど、間違いなく魔法だな」
俺は細い手首を押さえていた手を離し、両の手のひらでクラウドの頬を、ちょうどさっき彼が俺の頬にしたように、包み込んだ。
クラウドは俺の手が触れた瞬間、少し――本当に、気付けないくらい少しだけど――身をピクリと震わせた。見詰め合って、クラウドは言葉を無くした。
魔法の篭った手のひらで包まれると、こんな風になってしまうわけだ。
「……解かった? 俺の手は、お前を動けなくしちゃうくらい強い魔法がかかってるんだよ」
少なくとも永遠に解けない魔法だ。俺だって、そりゃ感じやすいけど、自分の肌を自分で触れるよりももっと感じることが出来るのは、例えばヴィンセントに触れられたり、クラウドと抱き合って擦れたりする時。その時はもうどうしようもないほどになってしまう。それは二人の指なり肌なりに、俺を壊れさせる、魔法と呼んでも構わないくらいの力が篭っているからだ。
今、クラウドを捉えて離さないのがその、魔法の力、なのだ。
「だから、お前が自分で色んなトコロ触っても感じないけど、俺が触るとおかしくなっちゃうんだよ。お前を操る魔法のせいで、な」
クラウドの頬から手を離す。
ちなみに、ぽうっと紅くなった頬だって魔法が篭ってる。……かわ(中略)、そう思うだけで俺はクラウドに、何も出来なくなってしまうのだから、えっちな事以外は。
「……不思議だろ」
「うん」
「……気になるよなぁ、ほら、見ろよ、ただの手だぜ? 普通で、別に何の特徴も無い俺の手、なのに、な」
「……うん」
「……もっと試してみたい?」
「え?」
「気になるんだろ?」
クラウドの顔が「…しまった」って感じになる。
「なぁ。こういうのは見てるだけじゃわからない。実際、体感してみないとな」
せっかく、カッコ良いかどうかは解かんないけど、それなりにイイ話が出来そうだったんだけどな。
俺は自分の我慢弱さを少し、ほんの少し、小指の先よりももっと少しだけ悔やみつつ、クラウドを抱き締めた。
「な? …ただ抱き締められてるだけなのに、すごく感じるだろう。……社会科見学の時に、コルネオに触られても感じてなかったお前なのにな」
クラウドは俺にシャツごし、背中を軽く撫でられただけでひくりと震える。俺の手は魔法が篭ってる上にレーダー機能付きで、クラウドの性感帯が何処にあるか、それを探らせたら天下一品だ。
実際、俺が触れれば簡単に陥落するクラウドではあるけれど、それでもイイトコロのポイントみたいなのは確かに存在して、そこをちょっと弄ってやると、呆気ないほど簡単に、そう、言うなれば「夜モード」のクラウドになってしまうのだ。シャツの裾から忍ばせた手で、背骨に沿ってつっと指を滑らせる。
「ぁあっ、ん、やだ、やっ、くすぐったい……」
「って言うわりには笑ってないじゃないか」
半ズボンの尻に手を入れて、中でひんやりした尻を撫でる。
まだ触れてもいない場所が戦慄くのが微かに解かる。……ちなみに、クラウドが学校に行くとき穿く「半ズボン」は別に俺の趣味じゃない。ヴィンセントが「こっちの方が可愛いから」という理由で、俺の反対意見を押し切って穿かせるのだ。五分丈でも長いジーンズでも良いじゃないかと思うけど、ヴィンセントがやたら熱心に勧めるものだから、結局半ズボンという事に落ち着いたわけだ。
……まぁ、確かに似合うといえば似合うんだけど……俺はショタコンじゃないからな。
とにかく、まぁいいや。もうクラウドはどうしようもない。
停められるほどの理性はとっくに手放しているから、俺がソファに寝かせてももう抗う気配はない。窮屈そうな半ズボンを、尻尾を抜いて脱がせて、あとは。
魔法の力、だから、効能はひとつじゃなくて、使い手の意図と対象の状況によって、色々と違ってくる。
今は、クラウドを安心させる穏やかな波動を発動中。同時に俺の背中に回されたクラウドの肉球からは、俺をだらしなくさせる魔法が断続的に。
「こういう風にしてる時もさ、解かるだろ? 俺が手放したら、クラウドは淋しいだろ。それは俺の手から、触ってる間中、ずっと『あいしてるあいしてる』って魔法が出てるからなんだぞ」
まだ快感の尻尾を身体の中に残したまま、うっとりした感じのクラウドはこくんと頷いた。……俺の手のひらなんかよりもよっぽど強いでやんの、クラウド「そのもの」の方が。
殺傷能力さえ秘めていそうで、現に俺の胸はキュンとなってるし。
「……何をやっていたのだお前たちは」
夕飯の材料をたくさん容れたエコバッグを右肩に提げたヴィンセントが帰ってきた。
「何って……、見りゃ解かるだろ、食休み」
「……クラウドは食べ物か。…とりあえずズボンを穿かせてやれ」
クラウドを一旦ソファに下ろし、パンツとズボンを重ねて穿かせてやる。……半ズボンの中身は、トランクスじゃなかったりするのだ。
……最初の頃は買ってなかったから常にトランクスだったんだけど、トランクスだとはみ出るのだ、ズボンの裾から。
それに、座った時に、角度的に中身が見えてしまう、そんな訳で、ヴィンセントがブリーフを買ってきたわけだが……。どうかと思うけどな、俺は。俺の意見も汲まれて、一応トランクスもあるけれど。
誤解の無いように繰返し言う。俺はクラウドのことは大好きだけど、ショタコンじゃないよ。
「……別にセックスをするなとは言わないがな。まだ太陽が高いところにあるうちは控えたらどうだ?『寝る』のは夜だけでいいだろうが」
前回朝っぱらからやり捲くってたお父様の科白だとは思えない。
「だって……今日はクラウドが誘ったみたいなもんだ、別に俺が無理矢理押し倒したとか、そういう乱暴なことはしてないぞ」
俺が、クラウドの疑問と俺の答えを言うと、激しく呆れて、大きく溜め息を吐いた。
「……よくもまぁ、そんなことを理由にセックスしようなどと思い付くものだな。……そんな魔法があるワケ無いだろう」
「あんたそう言うけどな、あんただって、クラウドの両手で頬っぺた包まれて見つめられたら、俺と同じ状態になるに決まってる。……あんただって俺とおんなじような経験あるはずだろ」
ヴィンセントは首を振った。
「生憎、私はお前たちほど子供ではないのでな」
子供じゃないというより、年寄りなんだろうが。
「そこまで我慢出来なくなるような状態には、ならない。修行が足りてないんだよ、お前たちは」
フッと笑って、セーターとシャツを脱ぐ。
「……何始めるんだよ」
俺がぶすっと言うと、ヴィンセントは目を閉じ、小さく息を吸い、……羽根だけカオスになった。
……罰じゃなかったのかそれって……そんな風にお気軽に使っていいものなのか。
羽根を大きく広げて、ヴィンセントはクラウドの頬に手をかけた。
「……アイシテイル」
唇を一瞬だけ重ねた。 一撃必殺、復活しかけていたクラウドは超弩級の魔法で、真っ赤になる。見る見るうちに目が潤み、本当に触れただけだったのに、唇からは甘い吐息が漏れ出す。
「ヴィン……」
濡れた瞳でヴィンセントを見上げて、乞う。
ヴィンセントは小さく笑うと、クラウドを抱き上げて俺を見て言った。
「私は唇だけでクラウドをいかせられるような気が、しないでもない」
実際出来るだろうよあんたなら。
「……ん、はぁ…」
片手で乳首を弄られてクラウドは切なそうに眉を寄せて……、俺としたばっかりだというのに、俺の時より感じている。
仮にそれが魔法であるにしろ無いにしろ、ヴィンセントの方がやっぱりそういう事にかけては上手ということなんだろうか。
「ザックス、夕食の支度は頼んだぞ」
そう言って、ヴィンセントは自分の部屋へとクラウドを抱いて、ひとこと、ついでのように言い残す。
「お前も、アイシテイルぞ、ザックス」
キン、と目が光ったような気がした。
何とも言えないほど不愉快な、しかし俺の心臓を片手で簡単に抉り上げて、そして砕け散った破片に優しくキスをされたような気持ちになる微笑みで、俺に言った。
……紅く煌く目が色っぽさを通り越してちょっと怖い。
ただ、俺は立ち上がれなかった、ヴィンセントの存在の方がよっぽど、魔性を秘めていると言うか、魔法だらけのような気がした。
当たり前か、実際今の彼はアクマなんだから。敗者はなんとか立ち上がり、とぼとぼと台所へと向かうしかなかった。
熱くなってる下半身を抱えたまま。
「カオスになるのは反則だと思う」
尻が痛いらしいクラウドに飯をよそってやりながら、俺はぶつり。
「俺たちはカオスにはなれないんだぞ。そんな、サタンインパクト並みの魔法使われたら、一撃でヤられるに決まってるだろ」
ヴィンセントはフンと馬鹿にしたように俺を見た。
「カオスのせいにするな。私はただ、正直に、純粋にお前たちを愛していると言っただけではないか。お前たちが勝手に感てくれただけでな。別にカオスになったからといって変化する部分などない」
嘘付け。あんな、指をひらりと動かしただけで大地震起こして、アクマの顔を地面に浮かばせる事が出来るような悪魔の王様なら、俺たちを魅了する魔法なんて朝飯前なのだ。
「実際、私に宿ったカオスの力で出来ることなど限られている。……そうだな、地震と竜巻と雷と渦潮と……、それくらいだな。別に起こしたからと言って誰が得するという力はないのだ」
……天変地異じゃないか、全部。そんなもの起こされたら困るけど、
ところがさっきまで俺の下半身は天変地異状態だったわけで(右手で治したけど)
「そう、イイものでもないぞ、カオスなんて」
「当たり前だ。誰もイイ物だなんて言ってないだろ」
「お前の口調に、私を羨むような響きがあったからな。『もし俺の中にカオスが居たら、その力でクラウドのことを、おかしくなるくらいイかせてやるのに』大方そんなヘンタイ染みたことを考えていたのだろう」
「そ、そんな事あるか! それはあんたの欲求だろう! 俺はあんたみたいなヘンタイじゃないし、自分に巣食う悪魔を都合よく使えるようになれるほど、変人みたいなポジティブシンキングは出来ない」
苦笑して、ヴィンセントは肩を竦めた。
「私はクラウドを抱けるのなら変態だろうが何だろうが構わないがな」
開き直った。……まぁ、俺もそうだけど。
「欲しけりゃやるぞ、こんな力。寧ろお前の方が必要なのではないか? ……ひょっとしたら早漏が治るかも知れん」
およそ食事時に相応しくない話題、両手で箸を持って待ってるクラウドのために、椅子に座って、いただきます。
ヴィンセントがクラウドの口に、一口、ご飯を入れてやる。
「私は嬉しいけどな」
焼き魚の骨を上手にはずして、クラウドに食べさせながら、視線をこちらに向けることもせず、ヴィンセントは言った。
「何が」
「決まっているだろう。カオスが巣食っているおかげで、お前たちが私の虜になってくれていることがさ。もっとも、カオスの力無くとも、私はお前たちを縛り付けられる自信はあるが……」
うん、多分俺は、カオス無しでもヴィンセントに簡単に落とされる自信はある。
もちろんそんなことは言わないけど。
「罰だというのを忘れてしまいそうだな、全く」
苦笑して箸を置き、レンゲに持ちかえる。味噌汁を、それですくって吹いて冷まして、クラウドの唇に。
「……アイシテイル」
ぽつ、と言われて、俺は不本意にも動きを止めてしまった。
……隠しても仕方が無い、白状しよう。
胸がひとつ高鳴った。
「ちなみに今はカオスじゃないからな」
ニヤリと笑って、ヴィンセントは言った。
「解かってるよ、うるさい」
憮然として答え、俺は飯をかき込んだ。