ライフブラッド

特別な事なんて何一つする予定はない。難しく考えれば考えるほど馬鹿らしくなる。事はそんな難解な事ではなくて、ごく普通、すごく普通の、昨日と同じ今日、と同じ明日。特別の連続とは言ってしまえば退屈な毎日のこと。幸せは一瞬一瞬。連続性に重要さを見出すか、それとも特別が「特別」たる事を正しいとするかは人それぞれ。俺たちはというと、「連続性」、つまり俺らにとっての「幸福」が不変不朽のものであることを「幸せ」と考えた。「今日」が変わる事を恐れ、明日も今日と同じなら素晴らしいと。それは臆病で、自堕落、しかし愛すべき者と愛すべき日々を守り続けようとする、正しい願いに裏打ちされた決意。

そしてそこには、それだけではなく「よりよく生きよう」という想いがある。変わらないものを変えないこと、しかし、変えれないものは変えていく。カッコ付けは二の次にとりあえず置いといて、「より上手く」ではなく「より良く」生きる、ということの大切さをまず大事にしていく。形はきっとその後から付いてくる。自分だけではなく、自分のすぐ側にいる人と、正しい形で寄り添いあえるようであれば、自分の形はきっと「ごく普通」で、突飛でクールでカッコよくも無い、だけど愛されるものなのだと理解できるように。脅えることなく当たり前の夢を見る。見る事を力にする。それは例えば自分のためだったり自分の環境のためだったり自分の傍らにいる魂のためだったり、何も変わらない明日のためだったり。それを実現するために力を使う。それは決して特別でもなく、背景になってしまうような生き方をする誰かの中にも生きる力なんだ。「よりよく」、「正しく」を諦めなければ、今日と変わらない平凡で幸福な明日は、ごく普通に明ける。そうすることを諦めてしまった時点で、終わりを告げる。

そうし続ける事の力を、無意識のうちに出すことはしかし、そう平凡な努力ではない。ただ、壊れてしまったからといって終わるのではなく、また「よりよく」「正しく」あろうと思う事が、幸福の再構築に繋がる。

特別な予定なんて何一つする予定は、今の所ない。月末の「普通の一日」として過ぎていく事だろう。せいぜい、ケーキが並ぶ、甘い、それだけ。そしてそれは無意識に過ぎていくからこそ、とてもとてもかけがえのない、幸福なものとしてあるのだ。その日を敢えてわざわざ、幸福だと感じなければいけないということは、その直前に悪い事が起こっていたと言う事で。俺たちの人間性は徐々に摩耗していく、それでもこないだのときの様な事を乗り越えているからやっぱり強くあり続けられるのだ。なら、その日が別に何でもない日と同じように過ぎると言う事は十分すぎるくらい幸せと言っていいんじゃないか? 喧嘩だってする、思い通りに行かない事は山ほど。こんな満たされているように見えて、それでもまだ俺は人間だから我が侭言う。これでも気は長い方だ、でも長いって事はイライラして抑えてるってことで、だから精神衛生上ちっともよくはない。イライラするのってつまんない、だからイライラしてもすぐ治るようにしよう。幸い俺にイライラを与えつつも、俺のまわりはそれをどっかにやってしまう幸せを齎すもので。「幸せ」といってもそれは結局のところ「平凡」「ゼロ」だけどイライラしてる時は「マイナス」で、幸せって言うのは相対的だから、「ゼロ」であっても、それは幸せ。 俺は、俺が生きる上で必要不可欠なものであり、「俺」を形成するには俺の周りの環境も必要不可欠。俺がこんなのんきなことを考えていられるのは俺の環境がそれを肯定するものだからであり、俺がとても幸福だからだ。

 普通の一日の幕は自分の手で下ろしたい。そうでないと、緞帳を操るハンドルがどこにあったか、わかんなくなりそうだから。ただ、責任をもってまた幕を開けるのも俺だ。俺がこの手で、俺の周りに朝を呼び、俺の胸の中にも光りを伝えるのだ。

「キス、クラウド……、キス」

肉球手が俺の鼻を押す。

「どうせそれだけじゃ」

「っていうか、終わったら嫌だろう?」

クラウドはしぶしぶながら手を退ける。クラウドは、例えばこういうの、冷静に考えてみる……嫌? 無理してない? 聞いた所でどうせ、「嫌じゃない」って、不貞腐れたように答えるであろう事は察しが付くから、想像するしかない。本当のところ、どうなんだろ、って。

「やめようか」

そう言えば、クラウドは戸惑ったような表情を浮かべる、が、すぐに、肯く。嫌なのか……。そういう意思表示をされると……。

「したい」

「……」

「構わないだろう?」

「……どうでもいいよ」

どうでもいい、か。俺次第ってことなのか。

「お前が決めてくれよ。俺だけが幸せになりたいからするつもりじゃないんだ」

クラウドはむっとした表情になる。

「ザックスがしたいからしてるんじゃないか、いっつも……」

「お前の事を愛してるから……」

「そうじゃないよ。俺の事を愛してるってことを、ザックスが伝えたいから、するんだろ?」

「うん、そういう言い方も、出来るな。お前は俺に愛されることに関して、どう思う?」

「……どう、思うって」

クラウドは言葉に詰まる。

「それは……」

「うん?」

「……やじゃ、ないよ……、でも、それ理由になんでもしてほしくはない」

「なるほど」

俺はクラウドの唇にキスをした。

「俺が幸せになる理由、原因を教えてやろうか」

「にゃ……」

「お前だ。お前がいれば俺は幸せ。ただ、それプラスお前の笑顔とかお前の身体とかお前の幸せとかな。俺の幸せを鏡に映したらお前の幸せになるような。そんなの理想だな」

自分で、単純な形、を尊重したいと思うのだ。あまりぐちぐちした、複雑怪奇なのは多分、解りきれないと思うから。身体という物体がそもそも複雑怪奇な造形物なのだから、心は出来れば、球体のように、やさしくわかりやすい形が、いい。

しかし完璧な球体であってはならない。掌に治まりやすいサイズの、適度な歪みを持ち、かつ、何かによっかかって立てる形。

「にゃあ!」

「にゃあじゃない。何だよ、大きな声出して」

「だって……いきなりすんだもんっ」

「いきなり? 段取りはちゃんと取ったつもりだったんだけど、まだ早かったか?」

「にゃあ!」

「だから、叫ぶなよ、夜なんだから」

柔らかい、柔らかい、でもだんだん、硬くなる。態度は反比例、軟化してゆく。

「にゃ、あ、あ、あ」

「んー?」

「にゃあん……、んー、にゃ……」

「よしよし……、いい子いい子」

「みぁう……」

お前の声が俺の声を連れてくる。俺が「声を出す」ことによって「生きている」ってことを、確認する。お前が俺に爪を立てるその痛みで、俺は「痛い」という事に気づき、ちゃんと「生きてる」ってことを。 そこから血が滲んだなら、俺にはちゃんと、紅い血が流れていると言う事。

「ザックス」

お前が生きているという事が、俺の生を証明する。

お前が名を呼んでくれるから、俺はただの人間ではなく「ザックス」であると確信する。ちょっとした偶然に生まれてきたお前が俺をひとつ、ふたつ、みっつ、次々と幸せにしてゆく。いくつもいくつも「過去」を重ねていく事によってしか出来ない「いま」で、お前が俺を幸せにしている。そして「いま」が「過去」に、それもただの「過去」じゃなく、平凡で幸せな「過去」にしていく。お前は、とても、上手に。重ねた唇は柔らかい。そのまま唇だけじゃなくて、顎にも喉にも鎖骨にも胸にも、キスをしていく。俺を、不器用にとても上手に、抱く。

くっつきあう。 俺にくっついてクラウドが喉を鳴らすという事実に俺は生きている。 誰もが一度しか生きられない。「前回は」「次こそは」なんてことはない。俺はもう二度とクラウドには会えない。しかも悲しいことに、人は生きてく上で常に人生の「初心者」だからしばしば道に迷う。しかし迷う事がまず、正解なんだとクラウドやヴィンセントや俺の周りにいる人たちは示す。うろうろしながら、ね、見つけていくんだということを。俺たちの人生が普通の人よりちょっと長いってことは、他の人より少し「慣れ」る可能性があるって事で、だからその分、いっぱい苦しまなきゃいけない。勉強をしなければいけない。ぶっちゃけ、人に聞かれて解んないって答えられないようなもので。 でも、偉そうにいろいろ考えてるけど。

「ザックス、ザックス……ッ、ザックスッ!!」

「……まだ、大丈夫? 大丈夫……、大丈夫だな? ん……いい子……、もう一回」

「にゃあ!」

俺だって、本当にまだ、青いんよ。青臭いんよ。だから、だからこそね、勉強してかないかんの。幸福に生きるとはどういう事か? つまりそれは、「よりよく生きる」ってこと。どん臭いのは解ってるよ、不器用なのも解ってるよ、それはそれで変えちゃあかんの。変わってこうなんてしちゃいけないんよ。そのままでどう、良くなるかなんよ。それを幸福だと思う事からはじまんの。と、思うんだけど……とりあえず、今はね。

よりよく……正しく、そして明るくなくてもいいけど、どっかの方向へ向かう元気を捨てないで、夢を見て、当たり前に、誰かを幸せにしながら、普通に生きる事。

お前が教えてくれる毎日に明日も俺がいるために、俺の血は流れる。俺の血は、お前のと同じ濃さで、同じ味がする。


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