百七十三センチ(公称)、そして現在俺の体重は八十キロ、鏡に映してまじまじ見つめてみると、やっぱりこう、いいな、男の身体だなって、思う。何げにちょっと重たくなっているのだけれど、これは別に「太った」んじゃない、筋肉が戻ったのだ。筋肉って言うのは重たいから、ついたらついた分だけ、体重が増える。ヴィンセントが俺の為にと買ってきてくれた、体脂肪率も計れる体重計によると、現在の体脂肪率は八パー。一応平均的な俺くらいの男の許容範囲が十六から二十ってことだから、十分、戦うものの身体だな、うん、えっへん、ふん。
特にこのしっかり息づく腹筋及び胸筋の感じがいい、上腕もがっしりした。うんうん、やっぱり男はこうでないとなあ。そう言えばついこの間まで俺の裸って、何かこうのっぺりした感じの自己主張のない白い感じで。
「……いつまで見てんの?」
クラウドがベッドの上で呆れた声を出す。
「なあ、カッコよくなっただろう」
「変な人みたいだからやめてよ。俺ナルシストなのやだよ」
先日、と言ってもずいぶん時間は経ってしまったが、ヴィンセントに「身体を絞れ」と言われたから、まあ、自分としてもちょっと緩んでたかなという反省もあったので、割とちょっと本気で、身体をいじめてみた。元々の身体が人間とは違うから、身体能力的にはかなりのものがあって然るべき、それが、ヴィンセントに言わせると「キレがない」という状況だったのだから、要するにそれは簡単なダイエットだった。トレーニングという行為は神羅時代にやっていたけれど、あの時のような機材は無いし、手近なところから始めた。初歩的だが、腹筋や腕立て伏せ、学校の校庭の端っこで懸垂。クラウドとサッカーをしたりするのも、そもそも運動不足だったらしい身体に心地良い汗を流させた。凡そ一年ぶりに俺は、身体のあちこちがギイギイ軋む、マゾヒステリックな喜びに触れた。……ボディビルダーって、ひょっとしたら結構Mなのかも。見られる悦びって、M的なものだよな。……しつれい、そうではなくて。で、俺の身体は見る見るうちに、主夫のそれから戦士のそれへ変貌を遂げた。先日、またヴィンセントと演習をしてみて、その成果ははっきりと判った。本当に自分で「キレ」が出ているのが判る。自分の身体が自分の思う以上の結果を出してくれることに、少しく興奮した。
「……お前が誉めてくれないから、せめて自分で誉めたっていいじゃないか」
そう言いながら、ベッドに入る。何だかクラウドがちょっと小さく感じられる。
クラウドを抱くときもさ。本当に可愛いな可愛いなって。別に身体のボリュームが変わったわけじゃない、変わったのはどちらかというと内側になるんだろうけど、優越感が出てしまう。来年の三月には村立中に上がる、だからやっぱりちょびっとずつでも大人になっていくクラウド、なのに、べたべた可愛がってしまう。
「にゃ、あ、にゃ、にゃみゃっ」
「な、……感じる? 俺の筋肉、どう……、かっこいいだろ」
「ううう……にゃあ!」
クラウドの身体、「パワー型」とスカルミリョーネが教えてくれた肉体に、クラウドも最近慣れて来てしまったみたいで、……こういうときに、
「……それ以上やったらちんちんひっかくよ」
「いや、あの、はい、えと、はい、すいません、はい」
いきなり変身したりする。俺よりもちょっと大きな身体で猫爪突きつけてそう言われるものだから、俺の物はいつも以上にしゅんとなる。
「……ずるいよクラウド」
「ふん。せっかく借りてるんだもの、せいぜい役に立てさせてもらうもん」
幼い口調そのままで二十代の身体なものだから、何と言うか大層アンバランスなのだ。
そんな感じで、最近は「毎日」というわけには行かない。クラウドが味を占めて、俺もなあなあで我慢して、「じゃあもう一週間に一度でいいよね」「月一でも平気だよね」「もうしなくても大丈夫だね」なんて言われたらどどどどうしよう。
まあ、頼み込めばさせてくれる、だから、そう絶望的にならなくてもいいのだけれど。
「……ねえ、ザックス」
大人の身体のままで、俺を呼ぶ。俺はちょっと不貞腐れて、寂しく布団に入ったところだった。
「何」
「……ザックスはさ、不安とかってないの?」
「不安?」
「不安。……だからさ、……地獄のやつらが攻めてくるかも知れないっていう、……ザックスと、スカルミリョーネと俺と、三人で束になってかかってもまだ勝てないヴィンセントと同じ強さのが、攻めて来るっていうの、怖くないの?」
不安、そう言われて、……そりゃ、無いって言ったら嘘だ。けれど、俺は俺の抱き締めているこの幸福を離すつもりが無い。「離さない」って俺が決めたなら、それ以上誰が何をしてきたってどうにか出来る気でいる。それは確かに幸せな思い込みだろうけど、案外にも力を持つ。これまでそうやって上手くやってきたものだから、余計に自信を持っている。
「お前も強いし、俺も結構戻ってきたし、スカルミリョーネもいる」
俺より年上の俺の顔でしゅんと眉を八の字にしてるのは、俺より年上の俺の顔という前提がありながら、結局俺にはあまり作れない表情なハズで、可愛いと思える。
「何より、本番にはヴィンセントもこっち側だ。俺がお前を愛してるし、ヴィンセントを愛してるし、スカルミリョーネのことも大好きだ、俺たちは互いにそういう風に思いあってるわけで、それが強くないはずがないだろ? 大丈夫、心配要らないよ」
クラウドはじいっと俺を見詰めてる。起き上がって、よしよしと、普段よりずっと高い位置の頭を撫でる。まだちょっと不安げな顔をするので、しょうがないなと、頬っぺたに手を添えて、キスをした。
「そんな顔するなよ、俺はお前も頼りにしてるんだぞ」
クラウドはうなうと頼りない鳴き声を俺の声で一つ漏らしてから、俺を、ぎゅうと抱き締めた。本人は「抱きついた」つもりなのだろうが、俺にとっては抱き締められた感じ。ちょっと、苦笑したくなってしまうが、クラウドの腕が胸が、俺に居心地の悪いはずも無い。
「ザックス……」
耳元で、頼りない声がして、俺は背中に手を回す。ああ、大きな背中だなあ。クラウドが俺の背中にぴったり寄り添うとき、同じことを考えてくれたらいい。
「……どうしたらザックスみたく強くなれる?」
「俺だって強くはないよ」
寧ろ。……この日記をお読みの皆さんはもうご存知の通り、俺ぐらい脆い人間はいないだろう。
「強く見えるとしたら、それは、間違いなくお前やヴィンセントのおかげだよ。お前たちがいてくれるから、俺は強くなるんだ。俺が強く在る為に、お前たちが絶対必要なんだよ」
ヴィンセントを含めた俺たち、ひとり一人がそう在るままで強いわけじゃない。俺は何の為に生きているのか? それをしっかりと考えるから、生きていかなきゃいけないと思う、そう思うだけで、目がちゃんと前を向く、生きなきゃって思い、決める。決めたら、もう怖がっていられないだろ?
「にゃ……」
「だからお前も、ちょっと怖いなって思ったら俺たちのこと考えればいい。俺たちはいつもお前のこと考えてるんだ、だから強くなれるんだ」
クラウドは俺を抱き締めたまま、じっとしている。やっぱり可愛い……可愛い。姿が多少変わっても、俺のクラウドだよな……。
「ん!」
クラウドの、パジャマの上から、俺はそっと擦ってみた。俺のとまるで同じ俺のの輪郭が判る。
「してあげるよ」
「え……、い、い、いいよ……ザックス……」
「忘れられるだろ、気持ち良くなれば」
「……でもぉ……」
少し、笑った。顔を上げて、頬っぺたを撫でた。
「俺と同じ声でそんな可愛い言い方するなよ」
ズボンのゴムの中へ手を入れて、トランクスの上から触る。じわりと体温。トランクスの上からするする撫でて、勃起させて、もうしばらくこうしていようかと思ったけれど、カッコつけ抜きにすればすごくスムーズに、俺は最後の一枚をずるりと引っ張り下げて、クラウドのちんちんに顔を近づけた。
俺のと同じだよ? 自分の咥えるのかよ。
違う、違う違う、これはクラウドのだ。
「う……」
自分のなんて咥えたことも無い、届かないって、ヨガの達人じゃないんだから。でも、味がヴィンセントのとさほど変わらなくて――もちろん大きさは全然違うけれども――舌が少し安心する。そして、やっぱりこれは俺のじゃなくてクラウドのだと、思って、精一杯施して上げたい気になる。
早漏な俺以上に早漏なクラウド、だから、いつもは口にしてちょびっと本気で扱いてあげればすぐに「にゃんっ」ってなって、甘い苦い液をくれるけれど、さすがに俺と同等以上の体躯になればある程度の我慢強さが身に着いているのは当然のこと。
顔を見ると、口を結んで、切なそうな目で俺を見てる。ああ、俺ってそういう顔してるのかなあ。でも、俺だいたいすぐ乱れちゃうからなあ、頭悪いし。きっとクラウドの方が男っぽくってカッコいいに違いない。
少しく欲情してしまう。俺ではない、たった一人のクラウドに。
「……愛してるよ……、クラウド」
屈みながら、片手で俺はトランクスを下ろす。
「……ザックス……」
「本当に愛してる。……な、だから、俺は、こういう風に出来る。お前を愛するなら少し痛くてもいいやって思う。もちろんその先に気持ちいいことがあるのを知ってても……、お前もそうだろ? そういう考えがあるのは知ってるだろ?」
俺が、受け入れようとしていることを感じて、クラウドは少し怯む。だけどこの身体なら、明らかにこの方がバランスがいいだろう。
「舐めて」
指を差し出す、ぺろぺろ舐める、仔猫に似ている。
大きな耳、ぴくんとさせて、俺が俺に指を挿入するのを見る。烈しく興奮してるのを示すように、は、は、と息が刻まれる。
「ザックス……」
「クラウド」
俺たちはこんなに似てる。どこが足りないか判る。
「ふにゃ……」
俺が跨いで、じっと見詰めると、真っ赤な顔して、でも、でも、でもっ、って顔をして。俺はキスをする。ゴメンね舐めたばっかりなのに、でも舌まで伸ばして、キスをする。クラウドが大きな猫手でぎゅと俺を抱き締める。俺は俺を俺の中へと導き、誰も味わうことの出来ない悦びに触れた気になる。
「き……っ」
「……ん……?」
「……っくすの……ナカっ……キツイよぅ」
「その分お前のが大きくなってるからだろ……」
ガバガバのつもりでもそういう風に言われると嬉しいくせに、謙遜してみせたり。クラウドは、大人の顔の形でも、こういうときには普段の仔猫とまるで同じ、猫的というか、何というか、……やっぱり「可愛い」っていう形容詞から無縁ではいられないんだなあ。
「……大きいな、クラウドのちんこ……、俺すごく気持ちいいよ」
俺の身体をしっかり支えて、寝かせる。俺がこんなことを言うから、ぴくんとして。クラウドが言ってくれて俺が幸せになる言葉をお返しにあげてるだけだよ。
「ザッ……クス……」
切なそうな顔で、俺をじっと見詰めて……、その目は、潤んでる。
「……いいよ、クラウド。動いて」
「なう……」
「お前の精液、……俺の中に、出してよ」
俺似、だから、何が気持ち良いか熟知している。拙い腰の動きに答え、俺はクラウドを追い求めた。猫手と人の手は上手に繋ぐことも出来ないけれど、俺たちは他のどんなカップルよりも、そしてどんな男女よりも、スムーズに此処で繋がり合うことが出来るんだと思う。間もなく俺の胎の中に放たれた熱が、俺にはっきりとそう教えた。
クラウドの不安は俺が飲み込む!
あらゆる悲しみがクラウドに触れられぬよう、俺が、守る。
それまで滞っていた時の長さからすると、事後的に見れば嘘のような唐突さで、しかしリアルに生きる俺たちにとっては「とうとう」というタイミングで、時は来た。
「エレベーターが作動しました」
スカルミリョーネが教えてくれた。二日前から、その兆候があり、カオスが察知したという。
「雑多な亡霊ではなく、……非常に強いエネルギーの波動を持っている、……ということは、つまり」
「偽ヴィンだ」
クラウドの言葉に、スカルミリョーネが緊張漲る顔で頷く。
「とうとう……、来る訳です、いよいよ、来る訳です」
ヴィンセントは、ソファに座ったまま動かない。自分と同じ姿をした敵がやってくる、それをぶちのめさなければならない。ヴィンセントは俺たちの中でやっぱり最強だから、先頭に立って戦わなければならない。
俺とクラウドは同じ体で愛し合える訳だ。自己愛とは違う……、俺はもう、クラウドを「クラウド=ストライフ」ではなくて、「ヴァレインタイン」で認識しているし、それ以上に俺自身が「ザックス」として愛されたい願望があるから。
然るに、ヴィンセントは自分と全く同じ姿をした「敵」と相対するわけだ。自分の振り下ろす一撃一撃で、自分の顔が肉が歪み醜く潰れていく様を見なければならない。愛する者を守る為に戦う、その為の、不当に高い対価。
出来れば、替わりに俺たちが叩ければ。しかし、俺たちだって、辛いものはある。相手がヴィンセントと同じ姿をしている、その相手が、俺に牙を剥く。あってはならないシチュエーション、在ってしまうこれから。ヴィンセントの次に俺たちが苦しんでもいいだろう。スカルミリョーネだって、自分が心から敬愛する主君と同じ姿をする「敵」、……。判っていた。けれど、あんまり考えたくなくて考えないようにしていた悩みが今現実感を伴ってぺらりと浮かび上がり、俺たちの気持ちを暗くする。
「考えても仕方あるまい……、来る者は来るのだ、拒みたくとも拒めぬままに。判りきっていたことだ」
冷たい目をして、立ち上がる、インスタントのコーヒーを淹れに行く。
少し、いらいらしているみたいだ。珍しい、けれど、無理も無い、彼も、人間だ。そのまま台所で換気扇を回して煙草を吸い始めた。
スカルミリョーネは、膝に手を置いて、沈鬱な表情をしている。世界で、宇宙で、次元で、一番愛しい人と同じ姿をした敵って……、嫌だよ、いやだよね。クラウドも、同じような表情、うう、と一声呟く。
クラウドよりも、スカルミリョーネよりも、ひょっとしたらヴィンセント自身よりも、「ヴィンセント」を愛している俺は、どうか。
ちょっとばかりの怒りを感じている。……誤解を招こうともそうだ。
ヴィンセントが愛しい、俺の愛しいヴィンセント、……とは、違う、まがいもののヴィンセント、というのが許しがたい。俺は縦令ヴィンセントと一分も差のない偽ヴィンセントが、本物の振りをしたってコンマゼロ一秒で見分けることが出来るつもりだ、そして、俺の愛しいヴィンセントを汚した罪でその瞬間ザックリやってやれる自身がある。以上、自己中な理由においての怒り。他方、もちろん存在するのはヴィンセント自身、そしてクラウド、スカルミリョーネを悩ませた事への怒り。
そういう相手には憎悪でもって戦った方がいいように思う。というかこれまで、先日のような演習を除けば、憎しみを持たないで剣を握ったことはほとんど無い。憎しみは間違いなく力になる。倫理的道徳的にどうという問題ではなくて、憎しみに駆られてでも、結果が愛ならいいと思っているのだ。クラウドを、スカルミリョーネを、ヴィンセントを、俺たちの幸せを、守る為の憎しみなら、いっそかけがえのないものと思うのだ。手段としての憎しみ、目的としての愛。反吐を吐かれるかもしれないが、それで三十年以上生きてしまったら、それも一つの真理ではあるのだ。
三人束にかかっても叶わなかったヴィンセント、でも、四人なら。それに、俺自身の身体能力は全盛に戻っているわけだし、クラウドだってあの身体に慣れつつある。あとは、相手が「ヴィンセント」だと思わなければ、負ける相手ではないだろうと思っている。
決戦を前にしてまだまだ愛を語れる俺は平気だろう。
青い闇に、インク染みのような点が一つ、垂れて、それが輪郭に変わっていく。俺たちのよく見知った輪郭だ、……一つではない、もう一つ、しかし、それは、先の一つに比べれば、ずいぶんと小さい。
真っ黒な、真っ黒な、タールのようなドロドロしてぬらぬら光る、泥が、人の形になっていく。
「……私達が来ることはご存知だったようですねえ」
黒の中に、赤く口が浮かび上がっているように見える。声も形も、先日ヴィンセントから「カオスの血」を奪っていったあの亡霊の男だった。
そして、その隣りに立つのは、ヴィンセント……の姿をした、亡霊。顔も、目も、……服も、ヴィンセントのもの、今日着ている服と同じ、百八十四センチ。
「そういうことだ」
ヴィンセントが低い声で返答する。同じように赤い目をした偽者は、真っ直ぐにヴィンセントを見詰めている。その表情は静かで、間違いなくヴィンセントのコピーだった。しかし、瓜二つのその、許されざる生き物に、俺は少しも心を動かされない。クラウドとスカルミリョーネは、……そして、恐らくヴィンセントも、心を揺さぶられているようだが。
「では、話は早い」
赤い口の三日月が開く。
「魔界の戦士であるあなたがたは我らの最大の障害」
「……貴様らの好きにはさせない。この星の平和を乱されてなるものか」
スカルミリョーネが真っ直ぐに亡霊見据えて言う、ヴィンセント、つまり、カオスとも同じ姿をした「それ」は見ないようにしている。
「ほっ……ほっほっ」
亡霊が笑う。しゃがれていて、軋むような不愉快な響きだった。
「我ら亡霊も、元々はこの星のいきもの。命の有る無しただそれだけの差でこの広々とした大地を追われ窮屈な地獄へ押し込まれたその不当さを嘆く権利くらいあるでしょうに……」
くつくつ笑いながら、亡霊は続ける。
「貴様らが地獄に落ちたのはこの生の星にて罪を犯したからに他ならない。罪人を他界へ遣るわけにはいかない……、貴様が何故地獄に在るか、その理由は貴様自身が知っているはずだろう」
スカルミリョーネはなお真っ直ぐに言い放つ。亡霊は……真っ黒に口が覗けるだけだから、表情はほとんど読み取れないが、……気のせいだろうか、三日月の唇のまま、不快そうな影を差したように俺には見えた。
「死にさえしなければ誰もあのようなところには行かなくて済む訳ですよ……、そこの者たちのようにね、この星で罪を犯しても死を逃れるがゆえにのうのうと生きながらえている、そこの者たちのように」
亡霊の口が、ふっと消えたように見えた。
その代わり、ほとんどのっぺりとした泥のようだったその身体から、腕らしき器官が、一、二、三、……六本、にょろにょろと生え出る、その全てに、赤黒い針が握られている。
「この方たちは、違う」
スカルミリョーネが、掌に魔法の光を発生させる。クラウドが一声鳴いて、「パワー型」になる、ヴィンセントが翼を広げる、俺も、剣を握った。
「何が違うのです。その者たちも死ねば我らの一部になる。……我らの憎しみはその者たちの存在で説明できる……、集約するのです、その者たちに。我らがこの世にいることが許されないのに、何故その者たちは許されるのです?」
「長く生きることは幸せなことではないよ」
俺が言うべきことではないと判りながら、俺は言ってしまっていた。少し、唇をゆがめるようにして、……最近あまり、こういう表情は浮かべていなかった気がする。クラウドたちと一緒にいる悦びのほうが余ッ程強い気がして、俺は、もう嘆いたりしないから。
「スカルミリョーネ。亡霊はずっと亡霊のままなのか? 確か、違うと思ったけどな」
こくり、スカルミリョーネは頷いた。俺にはよく判らないメカニズムの話であることを前提に、だけど聞いたことをそのまま、書く。
「……死したものは皆分け隔てなく、ライフストリームの流れに入ります。……この星の中にあり、そして、何処とも繋がっている流れの中、即ち、天界や地獄と繋がる流れの中です。亡霊たちも地獄にいながら、その流れの中に漂っています。そして時が満ちたら、……つまり、贖罪の時が終わったなら、再び生を持つことを許される……」
「その時がどれほど長いかご存知ですか」
気持ちの悪い風貌というのをそのまんま「気持ちの悪い風貌」と書いてはいけないかもしれないけれど、実際黒い塊が手をにょろにょろさせているのは気持ちが悪い以外の何者でもない。
「永遠に近い時を幽閉されて……、唯一の幸はこの星に生きるものの苦しみ。同胞を作ること」
亡霊たちがこの星へ降り立って悪さをするようになったのは、『次元エレベーター』とやらが発明されてしまったからと聞いた。つまり、それ以前は亡霊がこっちへ来るというシーンはなかったということ。つまり、幸せというのは相対的なものだということ。幸せが手に入ると、新しい幸せが欲しくなる。俺だっていま、クラウドとヴィンセントと、大好きな恋人二人と暮らしていながら、もっと良くなりたいと思うことが在るのだ。クラウドがセックスさせてくれないと言えば、すごく凹むのだ。
「貴様らを指揮しているのは誰だ」
スカルミリョーネの言葉に、亡霊は答えなかった。自分には答える義務などないと言うように、六本の針を、スカルミリョーネに向けた。ずっと黙って立っていた偽ヴィンセントが、初めて口を開いた。……微かに冷たいような微笑を浮かべている。その冷たさが温かいことを、俺たちは知っていた。
「……教える必要は無い」
同じ声だ……。
その事に、クラウドとスカルミリョーネがショックを受けたのは間違いないだろう。
「なぜなら、お前たちは、これから地獄へ行くからだ……、その目で直に見るがいい」
偽ヴィンセントの背中にも、羽が生えた、ふわり……、浮かび上がる。