恋はめんどくさい!

一般家庭だと思う。男三人、妙な関係で暮していることを除けば。いや、それをどう除いて考えるべきかは置いといて、世間から見た暮らしぶりは、概ね。父と兄とが一日置きに学校に子供を連れていくのは、家庭事情からであり、それにとやかくいうような心の狭い人はいない。当たり前の家庭生活にややアブノーマルな要素を含めつつも、ボロを出さない程度にバランスをとることはそう難くないのだ。

で、フツウの家庭である我が家には、フツウの家電製品がある。

勿論冷蔵庫はあるし、しつこく頼んだら食器洗い機も買ってもらえた。ゆったりとしたソファに、木製の重厚なテーブルもある。テレビはかなり大型のものだし、タイガースの試合が見られるよう、ケーブルテレビも引いてある。

そして、パソコンもある。パソコンがあり、当然のようにネット環境が整っている。あまり活用する機会もないし、筆まめな方ではないので仲間たちとメールの遣り取りなんてこともしない。たまに本を漁るのが面倒な時に、百科事典代りに検索サイトに行くくらいだ。ただ俺よりもヴィンセントの方が使う回数はずっと多くて、音楽関係のサイトだとか、料理関係のサイトだとか、なかなか有意義に遣っているようだ。電話代節約のために常時接続にしてあるが、フル活用していると言える。履歴を見ると、それはそれは多種多様なコンテンツを除いているようだが、ごくたまにいわゆる「裏サイト」らしきURLが残っていたりするが、まあ彼らしいと言えば彼らしい。

我が家のパソコンのすごいところは、世界で唯一の猫の子対応機であるという事にある。

「にゃん」

クラウドが鳴くと、画面にはそのまま「にゃん」と打ち込まれる。スピーカー対応、なのである。マウスも特別製で、去年の秋にリーブが会社でクラウドのためだけに開発した物をプレゼントしてくれた、猫の手にフィットするタイプのもの。猫がマウスを握るわけだ。肉球でぷちぷちとダブルクリックなんぞをしている姿は微笑ましい。 そんな訳で、クラウドもまた我が家の常時接続の恩恵にあずかっているのである。もっぱら、タイガースの公式サイトを覗いたりしているようだ。さすがに掲示板で発言したりはしていないようだが、ある程度、ネットライフをエンジョイしているようだ。

「時間が止まっても、時代は流れる」

ヴィンセントは新聞を折り畳みながら、俺に言った。

「お前のような人間は、本物の堅物になってしまうぞ。気を付けることだな」

いちいち、そういうコトを言わなくたっていいじゃないか。俺だって色々考えてる。だから、パソコン雑誌を広げては見たけれど、専門用語が多すぎて解からない。「ISP」っていうのが「プロバイダ」のことだと気付くのに三十分かかった。頭がオヤジになってきているのだろうか。背中が少し冷たくなった。 いや、実際こんなこと知らなくても、インターネットを楽しむことは出来る。クラウドがいい例だ。俺が今マガジンラックに戻したパソコン雑誌はヴィンセントが毎月講読しているものだが、彼はこれを一体どのように活用して、世界のゲイサイトを見に行ったりしているのだろう。確認するまでもなくゲイサイトばっかり覗いてる訳ではないけれど、この間などクラウドに「ほらクラウド、見てみろ。お前はこういう筋骨隆々とした男は好みか?」と、未修正の画像を無理矢理見せて泣かせていた。まるでガキ大将だ。しかもその晩のベッドで「……あの写真のおじさんのあそこ……すっごいおっきかった……」とぽつりと言われ、俺も枕を濡らしかけた(「そ、それでも、俺はザックスのこと、好きだからねっ」と言われなかったら、間違いなく泣いていた)。

俺も、試しに……一度だけだが、そういう、過激なサイトを覗きに行ったことがある。ところが、何もしていないのにあれよあれよといううちにどんどんウインドウが開いて、収集がつかなくなって慌てて電源を切る、という笑えない羽目に陥ってしまった。ヴィンセントはどうしているのかと思ったら、次々と開くウインドウを片っ端から閉じて、好みのページを見つけると接続自体を切断するという力技で対処しているのだった。なるほどなと思ったが、俺はもうそういうページを見る気はなかった。 まあ、でも便利だよな、ネット。 でも、色々な問題点が潜伏している。俺が気になったのは、入口にある、「但し書き」の存在だ。

「この先は過激な性描写がありますので、十八歳未満の方はこちらへ(クリックすると検索サイトに飛ぶようになっている)」

と書かれていたって、十八歳未満だろうが何だろうが、「Enter」をクリックすればそのエロサイトに入れてしまうわけだ。こういうのって、どうしようもないんだろうか。十八歳以上だという証拠をさせるとか……。いや、でもネットは匿名性がそもそも先立つ物であるから、運転免許証なんて見せられやしないな。「ニブルヘイム在住のクラウド・ストライフ氏が何月何日に何処其処のゲイサイトに立ち寄り、閲覧に十分程時間を要していた」なんて情報が全世界に向けて発信されてしまう。それでなくとも、とりあえず立ち寄ったというだけである程度の情報は漏洩してしまうのだし。 十八歳以上しか持ち得ないような知識を要求するのはどうだろうか。微分積分の問題とか、原子記号を全部言わせるとか。……いや、駄目だ、元より俺が解からない。 兎に角、クラウドがネットを使ってて、そういうサイトに迷い込んでしまうのが、俺は心配なのだ。悪い知識がインプットされて、イケナイ方向に走られたら困る。今よりどう悪くなるのかと問われてもすぐには答えられないが、そういう心配をするのは、ごく真っ当なことじゃないかと思う。仮に、物凄く漠然としていても。 そんなわけで、心配をするわけだが……。

俺が本棚の整理をしている横で、クラウドはタイガースのページの選手名鑑で、「吉田剛」をダブルクリックして、じーっと見つめているばかりだ。

「カッコイイなぁ、タカシさん、試合出ないのかなぁ……」

「……俺とどっちがカッコイイ?」

「タカシさん」

まあ、まず心配は、無さそうだけど(この晩俺はまた枕を濡らしかけた。「ざ、ザックスの方が、好き、だから……」と言われなければマジで泣いてた)。

馬鹿な話しをさせてもらうと、俺はゲイ、のつもりだけど、必ずしも男にしか感じないというわけでもないし、また、男なら誰でもいいかと言ったら勿論ノーだ。毛深くて脂っこくて男臭いような奴はパスだ。そういうのが良いって言う奴もいるようだけど、俺はそんなのより、スラッとした、どっちかって言うと優男タイプの方が好みだ。感覚が女性的なのかもしれないけれど、抱くにしろ抱かれるにしろ、綺麗な相手のほうがいい。幸運なことに、俺の素肌に触れてきた男たちは一応、俺のストライクゾーンにすんなり収まっていた。ルーファウス然り、セフィロス然り、ヴィンセント然り。ザックスは、優男というよりは、ちゃんと「男」だったから、ストライクゾーンからは微妙に外れてたかも知れない。けれど、それでも彼を、今も、深く愛しているのは、他の誰よりも性格がよかったからだ。ザックスの場合は、まず心に惚れた、だから見た目なんて全然気にならなかったんだと思う。いや勿論、ザックスだってすごく、カッコ良かったけど。……少し話しがずれたけど、そんなストライクゾーン(要は結構狭いんだと思う)を持つ俺は、今まで、恋愛感情は男にしか抱いたことがない(ティファに対して抱いたのは、どんなに拡大解釈しても恋愛感情ではなかっただろうし)。始めて好きになった人間からしてもう男だったのだから、どうやら俺はそういうさだめの星の下に生まれているらしい。が、欲求の対象は必ずしも男ばかりという訳では、なかった。ヴィンセントと違って、女性に対しての欲求も、たまに芽を出す。誰も文句が言えないほどメチャメチャ可愛いクラウドと、あんまり認めたくないけどカッコ良くて妖しげな魅力のあるヴィンセント、二つのタイプの、しかもストライクゾーンにしっかり納まっている恋人が居るのにも関わらず、ひとの欲求と言うのは全くもって、厄介としか言いようがない。連休にユフィの風呂を覗いた時にはちょうど、その厄介な欲求が発動していたところだったのだ。下手をしたら、ユフィで抜いていたかも知れない自分がすごく嫌だ。まぁあの晩は、風呂場でクラウドと、したのだけど。 でも、俺のこの汚らしい欲求が実は何よりも自然なのだ……と思う。じゃあ俺はいわゆる「両刀」なのかと言われそうだが、いや、今ではそれも違う。ただ、微妙なバランスの上にいるということだけは事実だ。どうにも不真面目そうな印象だ、淫乱、やりたがり。そこへいくとヴィンセントは、もう女性に対しての興味を全く失っているようだから、羨ましくはないけれど、感心はする。ユフィの裸を見ても、ヴィンセントの下半身はノーリアクションだったし、スポーツ新聞の後ろの方にある男性向けのエロ記事にも何ら興味を示さない。俺が、特に用もなく、しかし二割五分程度の邪な思念を篭めつつそのページに目を通していると、「そんなモノよりも一面の福原忍の方が感じないか?」と言ってきた。

だから、俺は「それ」を見つけた時、ビックリしたのだ。確認のためにクリックして、二重にビックリした。で、ビックリしたのも束の間で、急スピードで増殖する画面を一個一個閉じるのに骨を折る羽目になった。そして、接続を切断したあとしばらく画面に見入って、やがて目眩を起こす羽目になった。抜けるとか抜けないとかそういう次元では無い。過激すぎて、逆に萎えるというか、実際かなりどぎつい画像群だった。

俺が見つけたもの、「それ」は、「履歴」の中に残されていた未成年入室禁止の、誰がどう見たって「裏サイト」だったのだ。しかも、女性の。

俺は数日前立ち寄ったサイトをもう一度見たくなって「履歴」を開いたのだが、偶然、「未成年の方はご遠慮ください」と但し書きを付けられた画像サイトを見つけてしまったのだ。モザイクすらかかっていない、目を背けたくなるような(しっかり見ちゃったけど)、セックスの画像が何枚も並んでいる。どうしてこういうものが出回っているんだろう、ネットの世界には。「履歴」を探ると、どうやらこの裏サイトへは、検索サイトを伝って来たらしいことが解った。検索サイトに行って「エロ」とでも入れれば、いくらでもこういう裏サイトにヒットする。存在自体は合って然るべき、しかし、現時点の状況はガードの甘さを指摘せざるを得ない。

「……エロサイト見に行くの止めろよ」

俺が言っても、ヴィンセントは聞く耳を持たなかった。

「目の保養になる」

何でそう、オヤジ臭い答えを言うんだろうか。確かにオヤジではあるけれど、見た目はまだまだ若い(二十七歳という年齢は、微妙に高いような気がする。大人っぽい顔付きだけど、二十四と言っても解からないはずだ)のだから、そのあたり少し自覚してもらいたい。

「……俺やクラウドじゃ目の保養にならないって言うのか」

「お前とクラウドを同列に並べるな、馬鹿が。クラウドの方があんな画像よりもずっといいに決まっている。しかし、クラウドはそう毎日、裸を見せてくれるわけではないからな……、お前に一人占めされるせいで。だから、可哀相な私はあの程度で我慢しているというだけだ」

「変な病気伝染されたら困るだろうが」

「その点については安心しろ、お前と居るだけで馬鹿が伝染るのに、これ以上どうおかしくなると言うのだ?」

余計な一言を言って、ヴィンセントは立ち上がることで話しを終えた。俺が言った「病気」とは勿論、ウィルスの事だ。彼もそれを解っててわざとああいうコトを言うのだ。本当にタチが悪い。

「クラウド、風呂に入るぞ!」

……何だかんだ言って、週に何日か裸は見ているじゃないか。それに、一週間に一度は必ず風呂場でするくせに。女性の裸を目薬代わりにするなんて、とんでもない不良老人だ。一度、病院に連れて行った方がいいかもしれない。「先生、この人、この年になってまだ性欲が衰えないんです」……。あんた熱があるよと、俺の方が病院に入れられてしまうことだろう。奴の見た目は何と言ってもまだ二十代半ばなのだ。 風呂場にクラウドのパンツとシャツを置きに行くと、くもりガラスの向こう側、クラウドの甘い泣き声が聞こえてきた。今日が「一週間に一度」の日だったようだ。

「あぁん……やだ、やだ、おしり……」

「お尻がどうした? ……欲しいなら、欲しいとちゃんと言ってごらん」

「やだぁ……いじわるぅ……」

俺は、つくづくヴィンセントが解からない。多分、あと二百年くらいかかって、ようやく一割解るか解からないかくらいだろう。少なくとも今解っているのは、九割以上解らないということと、彼は真性のゲイでショタコンも入っているけど、同時に女性の裸にもいくらかの興味はあり、しかしそれによって勃起し射精するようなことはないらしい、ということだけだ。人に迷惑かからないなら、どうでもいい。ただ、今夜クラウドを抱けない俺の寂しさを、アイツはどうしてくれるんだろうか。

悔しいのでその晩は、土下座する勢いでクラウドにお願いして、抱かせてもらった。ヴィンセントの欲求が俺の欲求に繋がり、クラウドはいつもこういう目に。これがひとつの、幸せの形と言えなくもないけれど、やっぱり満場一致ではないんだろうなと思う。ストライクゾーンのど真ん中、ほぼ同じコースに二球。キャッチャーがそれを同時に捕球することは不可能。無理に捕らせようとして、クラウドを、腰痛に追い込むことは、フェアプレー精神に乗っ取って……いるわけがない。

「……んぅ……」

「……クラウド、大丈夫……か?」

「んっ、ん、平気……っ、あぁ、あっ」

立つことそれ自体が、結構辛そうに見える。可哀相だから、口でするのはやめて、もう早く終わらせる事を優先させた。お陰で、俺はあんまり満足出来なかったけれど。クラウドは疲れてて、しかもあんまり乗り気じゃないんだ、無理もなかった。ただ、最後は気を失ってしまって、そのせいで「愛してる」って言ってもらえなかったことは、どうしても納得いかなかった。

 

 

 

 

ヴィンセントのエロサイト閲覧は相変わらず続いているようだった。俺は、彼のいい部分だけを見習って、夕飯のレパートリーを増やすべく「家庭料理 レシピ」などと検索サイトに打ち込んで、めぼしいところに行って勉強する。全てはクラウドに美味しいご飯を食べさせるために!だ。どう足掻いてもヴィンセントの方が家事全般は得意だし、俺は昔から、料理だけは今ひとつの腕だったから、クラウドに「ザックスのごはん、美味しい」って言ってもらったことがない。いや、正確には、クラウドが一日交代でヴィンセントの飯を食べるようになってから、一度もない。ヴィンセントの料理が、何だかどれも一手間かかったもので、見た目も香りも美味しそうなものだというのは事実だが、俺のにだって、愛がいっぱいに篭っている。愛が篭り過ぎて、味付けや焼き具合も度が過ぎてしまうのが難点なのだ。今夜はそのあたりに注意して、覚え立てのウータイ風ハンバーグを作ることにした。

ハンバーグ自体は今までだって何度も作ってきたけれど「ウータイ風」となると始めてだ。タネは六対四のあい挽き肉にみじん切りのタマネギ、それにパン粉と牛乳とすりおろし人参と卵。ここまではいつもと一緒だ。これに、細かく切ったシイタケを入れて、綺麗に洗った手で混ぜる。いつも、途中で手が冷たくなってくるけれど、クラウドが満面の笑みで「おいしいっ」と言ってくれると思えば辛くない。いや、辛いけど、我慢出来る。

ウータイ風ハンバーグの「ウータイ風」たる所以は、上にかかるソースにある。いつも、中濃ソースとケチャップを一対一の割合で混ぜたものをかけていたけれど、今日かけるのはもっと手が込んでいる。醤油をベースに、片栗粉でとろみを付けた、甘辛いソース。慎重に味を見て、煮詰め過ぎないように注意を払って、火を止める。肉の方も、焦がさないよう気を配り、竹串を刺して、透明な肉汁が出てきたら、すぐに皿に盛った。

俺の苦心の成果は、食卓で報われた。クラウドは一口食べた瞬間、「美味しいっ、すっごい美味しいっ」と興奮気味で感想を述べてくれたから。

重ね重ねネットの話しになるが、こういう風に活用するのが正しいのだろう。エロサイトを閲覧して凄まじい画像を見るために次々と開いてしまうウインドウと格闘するなどナンセンスの極みだ。ましてや、ヴィンセントのように抜く気すらないのに性別不問で無修正サイトを覗く奴がいることを接続業者が知ったらカンカンに起こるだろう。まあ、いいお客さんという言い方も出来ようが。

「……こんなサイト……、よく見る気になるよなぁ……」

筋肉質な男性二人が絡み合っている。……って、俺も見てるから同類か。自分の恋人たちが美しすぎるから、妙な優越感が生まれる。画面の中の男二人を、ルーファウスとセフィロスにしてみたりする。うん、それはそれで、結構見られたものかもしれない。女性の裸を掲載するページに、アイドルの顔写真を利

用したエロ画像である「アイドルコラージュ(アイコラ、という略称までついている)」というのがあったが、男性バージョンでそういうのも作ったら、ひょっとしたらウケるかも。テレビに出てる二枚目の歌手やタレント同士を絡ませるのだ。っていうか、もう出回ってるのかな……、そういうの。いやむしろ、ゲイの人口自体がまだまだ少ないから、作っても大した見返りが望めないという理由で作らないのかも。

兎に角、M字型に足を広げた女性の写真を直視出来ない俺だった。モザイクがかかっているのを見て、安心して興奮することに、何となく矛盾を感じる。やっぱり、クラウドの方がいいや。この画像みたいに、「どう? のココ、見せてあげるんだから有り難く思いなさい」なんて態度で偉そうに見せられるよりも、「やだ、恥ずかしいよぉ、……見ちゃやだぁ」って感じのクラウドの方が余程そそる。しかもその裸は、俺だけの為に存在するのだ。興奮の度合いがまったく違う。

「……アホらしい」

もう次のページで最後にしよう。俺はヴィンセントが見たらしいエロサイトを「履歴」で一つ一つ辿って、アイツがどんな趣味をしているのか見てきたが、今更ながらに「悪趣味」ということを再確認したに過ぎなかった。……そうだよな、クラウドに女物の下着とスカート穿かせて、酒を注がせたりそのままセックスに流れたりする奴が、高尚な趣味などしているはずがない。

最後は一体どんなゲテモノサイトか。まさかスカトロなんかじゃないだろうな、俺はもう完全に諦めながら開いた。 そこは、写真では無く、イラスト中心の……、それでもやっぱり、女性の裸がわんさとある裏サイトだった。

結論、ヴィンセントは、ネットを半分以上無駄遣いしている。……常時接続を解除しようかと本気で考え始めた俺だった。

 

 

 

 

カメラにフィルムを入れっぱなしにして忘れてしまうというのは良く聞く話しだ。三十六枚撮りのフィルムの、三十二枚目くらいのところで忘れて、カメラをサイドボードの開きにしまってしまい、半年くらい忘れてしまったこともある。フィルムをカメラの中に長期間入れっぱなしにするのって、フィルムが悪くなるから気をつけた方がいいそうだ。 ところが、俺は「気をつける」のを怠って、また二週間ほどカメラをほったらかしにしてしまっていた。慌てて残った数枚でクラウドのポートレートを撮って、写真屋に持って行ったのが、実は五日前。今度は写真屋に取りに行くのを忘れていた。

「お前はやはり、何をやらせても下手なのだな。オートフォーカスなのにまともにピントが合っているのが殆ど無いじゃないか。……顔と頭だけで十分なのに、眼まで悪くなったか」

「だ、誰が顔と頭悪いんだよっ」

「……お前だ、お前。……耳も悪くなったか」

そういうあんたは性格と口が悪いくせに。ついでに言わせてもらうなら、あんなエロ画像見るのが「目の保養」だって言うなら、趣味も悪い。ただ、そう言うと「ならばお前がブサイクというのも納得の行く話しだろう」と返されてまたいやな思いをするだろうから言わなかった。我ながら賢明だと言える。

でも、ヴィンセントは大袈裟に言い過ぎだ。ピントは、ほんのちょっとずれてるだけ。ちょっと離れたところから見れば、普通にとっても可愛いクラウドが、ちょっとはにかんだような笑顔で映っている。猫手のピースサインが可愛い。

「……あ……」

三十八枚の写真の中に数枚、女性陣とツーショットもしくはスリーショットで写っている写真を見つけてしまい、また少し苦い想いが浮かぶ。

「……あんたが撮ったのか?」

どれも密着度高し。ラブラブカップルだ、これでは。やっぱり、いい気分はしないのだった。

「ああ。……頼まれたのだ。だからこれらは彼女たちに送らなければならないな。……全く、現像に出すのが遅くなってしまったからな、きっとユフィに文句を言われるぞ」

「……悪かったな」

「手紙、出すの?」

「ああ。……ザックス、ペンと便箋を持ってこい。クラウドも、何か書きたいことがあるだろう?」

こく、とクラウドは頷いた。……あるのか。

「ザックス、なにをぼんやりしているのだ、とっとと取りに行け」

クラウドを、ぎゅっと抱きしめるユフィ、二人とも笑顔で、カメラに向かってピースサイン。苦笑しながらヴィンセントがシャッターを切る様子が目に浮かぶ。仲睦まじい姉弟の姿。そこに俺の嫉妬フィルターが無ければ、いい写真と言えなくも無い。

便箋とペンを握って机に置き、ヴィンセントが「先日の写真を同封します」と無愛想な一行を記し、

「さて」

とクラウドを見る。

「……何と書く?」

「うーん……」

クラウドは暫し考えた後、ゆっくりと口述し始めた。

「……おねえちゃん、お元気ですか、俺は、元気です。……この間は、いっぱい遊んでくれて、どうもありがとうございました。とても楽しかったです。……えっと……」

クラウドは天井を見て、少し恥ずかしそうに付け加えた。

「……また、一緒にお風呂、入ってください」

俺が声を出す暇もなく、ヴィンセントはペンを走らせた。

「それで、全部か?」

「うん。全部。……変かな」

ヴィンセントは無表情で首を振った。

「変じゃない」

Cloud.V」と署名を入れる。

「……ザックス、お前は?何かユフィに伝えたいことは?」

「別に」

封筒に写真数枚と便箋を折って入れ、閉じる。宛先を書いて、そして出しに行くのはやっぱり俺の役目なのだった。

「……クラウド……、ユフィと一緒に、風呂入って楽しかったのか?」

クラウドは少し迷った後で、頷いた。顔が少し紅い。

「……楽しかった、よ? ……うん、楽しかった。だって、おねえちゃんはザックスみたいに、俺の嫌がることしないし、優しいから」

「……クラウド……」

俺は呻いた。

「……クラウド」

その晩クラウドが眠ったあと、俺は螺旋階段を上り、ヴィンセントの部屋へと向かった。彼はベッドに寝そべり、眼鏡をかけて目を閉じ、考え事の最中だった。俺がノックもせずに入ったので、不機嫌そうに目を開けた。

「……クラウドのことだけど」

「……聞くな。どうせ私に答えは用意出来ん」

ヴィンセントは眼鏡を外し、瞼を押さえた。

「参ったな」

俺は首を振った。クラウドの眠る部屋の方……足元を見つめる。どんな夢を見ているんだろう……。いつもならそんなことは無いけれど、今の彼にとってのいい夢は、俺にとっては嫌な夢であるようだ。

「ユフィに……」

俺は言葉を呑んだ。それだけでひとつの意味になっていた。 ヴィンセントはその質問には答えなかった。その代りに、独り言をポツリ。

「……あのアダルトサイトを覗いていたのはお前だと思っていたが……」

ヴィンセントは長い息を吐いた。

「俺は……、覗いたけど……何度か。でも……」

あれはあんたが覗いたんじゃなかったのか、俺が訊ねる前に、ヴィンセントが先に言った。

「私の予想は違っていたらしい。私は、ゲイのサイトしか訪れていない。……クラウドだったんだ」

頭痛。 風もないのに、俺が開けっ放しだった部屋の扉が「ぎぃ」と音を立てて、閉まった。

風は、ひょっとしたら吹いていたのかもしれない。

「クラウドは……、ユフィに恋をしている、現在進行形で。……本人に自覚症状があるかどうかは解らんが、今までまったく興味が無かったものを求めるようになっている。……しかも、あの手紙の内容……」

それでも、素直にはいそうですかと信じられるはずがなかった。勿論、信じたくないという要素も大きかっただろうが、やはり、生まれた時から同性にしか触れたことのないクラウドが異性に惹かれるとは、思えなかった。彼のストライクゾーンはとても狭くて、俺とヴィンセントしか入り込めないものだと思っていた。ましてや、そのゾーンが女性に対しても開かれているなんて、考えも付かなかった。 クラウドが俺よりもユフィを選ぶなんて、考えられなかった。

「嫌だ」

「ザックス」

「……クラウドがユフィの事が好きだ? ……笑わせんなよ。クラウドがだぞ? ……俺と同じ細胞で出来てて、俺と同じ性格の……DNAの鎖だってほとんど変わらない、クラウドが? ……馬鹿言うなよ……。……俺がこんなに愛しているのに、クラウドが、俺を捨てて、ユフィなんかを選ぶもんか」

「ザックス」

ヴィンセントの呼ぶ声に耳を傾けず部屋を飛び出すと、俺は半ば転がるように階段を駆け降りた。

 

 

 

 

「クラウド」

「ん……ん、……ざっくす……?」

「……クラウド……」

「ん……っ、やっ! やだっ、なに……いやっ、あ……っ」

「……あいしてる、クラウド、アイシテル」

「やだ、あっ、あんっ、……痛……っ、ザックス……痛いよ、あっ、やだあ……」

俺はお前の事を、誰よりもあいしているんだぞ、クラウド。

 

 

 

 

真っ暗だ。

「…………嫌いって言われたよ。まぁ、当然、だよな」

静かな視線の中に、確かな叱責の感情を篭めて、ヴィンセントは俺を見つめていた。

クラウドはひとりで部屋に寝ている。「側に寄ってほしくない」んだそうだ。無理も無い、慣らしもしないでイキナリ入れて、血が出てもやめなかった。クラウドは泣いていた。首を振って、泣きじゃくっていた。俺は、どうすることも出来なかった。自分がしている恐ろしいことを、世界ひとつ隔てた場所で、

客観していた。クラウドを押さえつけて、強姦している俺がいた。俺の顔は引き攣って、蒼ざめて、呼吸は異常なほどに粗く、視線はさ迷っていた。唇が震えて、五秒に一度は名を呼んだ。クラウドは、ちっとも感じていなかった。そのせいで一層焦り、俺はさらに酷く、クラウドを犯した。気を失ったクラウドの横たわるベッドが濡れていた、あまりの痛みに失禁したのだろう。俺は、涙さえ流れなかった。あいしてるんだ、俺は言った、アイシテル。 あいしてる、……クラウド、俺はお前をアイシテル。

そこには、愛なんて本当にあったんだろうか。

「馬鹿が」

「……解かってるよ」

「解かってなどいるものか。大馬鹿が。……お前は、どういう精神状態だったにしろ、クラウドを傷付けたのだ。……償え」

指先からボロボロになっていくような気がした。まだ焦っている。心臓が激しく跳ね回る。喉が苦しい。

「クラウドがいなきゃ、駄目なんだ……」

「知ったことか。それはお前のエゴだ。クラウドの気持ちをどうにかする権利など、お前は持っていない」

「嫌だ。……クラウドは、俺の、俺の大切な、宝物だ。ユフィなんかに、触わらせたりするもんか……クラウドは……おれの」

鼻水が鼻を塞いだ。唇を噛んでも、鳴咽が零れて来る。涙が一気に溢れ出すのが解かった。俺は泣いていた。身体の脇で両手を思いきり握り締めて、その拳を震わせて、流れた涙が頬と顎を伝って床に垂れ落ちた。しゃくり上げて、俺は拳で涙を拭った。しかし、何の意味もありはしなかった。

クラウドの事が好きなんだ。どこにも行って欲しくないんだ。俺だけ見てて欲しいんだ。

「いやだ……」

俺にだけ「愛している」って、言って欲しいんだ。嘔吐しそうな程、自己中心的な考えだと自覚していた。しかし、それはどんなに汚かろうと、俺の正直な気持ちだった。クラウドしか、いない。クラウドがいなかったら生きていけない。クラウドは、こんなに卑怯な俺だって、愛してくれるはずだった。どんなことをしても、許してくれるはずだった。

「くぁうど……、いなきゃ、やだ……ッ、おれは、……やだっ」

全身が熱い。しかし、凍り付いた。

 

 

 

 

それから二日間、俺はクラウドに近づけなかった。それだけのことをしてしまったんだ、当然だ、悔恨の念に打ちひしがれる俺の中にはしかし、俺はクラウドを愛しているというエゴがしつこく残っていた。クラウドは二日連続でヴィンセントと学校に行き、ヴィンセントと風呂に入り、ヴィンセントの飯を食べた。俺はクラウドの顔を見る事すら許されず、ずっとヴィンセントの部屋で過ごした。俺の代りに、ヴィンセントがクラウドを抱いて寝た。そうされることに身を切られるような哀しみを覚えた。思えば、ザックスやセフィロスは、いまの俺なんかよりももっと辛い思いをしていたんだ。俺には、耐えられない。

「泣いていたぞ」

クラウドを寝かしつけて、着替えを取りに上がってきたヴィンセントは、俺を見てもう怒りを隠そうとはしなかった。

「……クラウドが泣いていた。お前のことが嫌いだと、私にしがみ付いて、泣いていた」

涙が涸れてしまったせいで、俺は震えるばかりだった。 ヴィンセントは振り上げた拳を溜め息とともに下ろした。力無く椅子に腰を下ろし、俯いて、掠れた声で言う。

「……夕食の時クラウドに直接聴いたよ。ユフィに、……私や、かつてザックスに対して抱いていたような気持ちを持っているのか、とな」

続きを聞きたくなかった。俺は考えうる限りの全ての防御手段を取った。大きく息を吸い込んで、腹の底まで吐き出して、目をぎゅっと閉じ、開いた。ヴィンセントは、俺が防御態勢を整えるまでの一連の動作を待ってくれてから、続けた。

「ユフィの事が、好きなんだそうだ。……続けて、ユフィとセックスをしたいかと聴いたら」

俺は目を閉じた。

「……したい、と答えて、こう付け加えた」

でも、迷惑だよねそんなの……。だから、いいんだ、俺は、おねえちゃんのこと、想ってるだけでいい。おねえちゃんは、ザックスみたいに俺に酷いことしないから。 俺、おねえちゃんのこと、好きなんだ。

「それで」

「それで、じゃない。……私に頼んできた。ユフィに電話をかけさせてくれ、とな。今はかけるべきじゃない、時間も遅いから、そう言って説得させたが……、お前、ユフィに殺されるぞ」

「ああそう。いいよ、別に」

その方が楽かもしれない。きっと、今より全然痛くないだろうから。

「……ふたつにひとつだ」

ヴィンセントは喉に何かが絡まっているような声で言った。

「クラウドの幸せを優先するか、お前自身の幸せを優先するか」

クラウドの幸せが、俺の幸せ。

そんなの、タテマエだ。本当は、俺はそんな綺麗事を最後まで貫き通せるような人間じゃない。本当は、俺自身の幸せだけが欲しい。ユフィの事など諦めろ、お前が不幸になるだけだ、どうせアイツはお前のことなんて弟としか見ちゃいないよ、それにお前は尻の穴に俺のをぶち込まれてる方がお似合いだよ……。クラウドに土下座して謝って、何とか許してもらって、説得しよう。ねぇ、ほら、俺はこんなにお前のことをあいしているんだよ、だからお前も、俺と同じ気持ちを俺に抱かなきゃいけない。

「……今度の土曜……、シドは忙しいだろうから、カオスで」

「解かった」

ヴィンセントの絞り出すような声。 彼も、俺と同じ気持ちを少なからず抱いているらしいことに、俺は少し救われた気がした。

 

 

 

 

クラウドの隣に座るのが怖いと感じたのは始めてだった。

俺のことを完全に無視するクラウドは、シートベルトも俺には締めさせてくれなかった。ヴィンセントが溜め息交じりに締めて、シャツを助手席に置く。

「……ザックス、クラウドを頼むぞ」

「……俺は平気だよ。一人でも」

「……クラウド」

諭すようにヴィンセントは言ったが、クラウドは態度を硬化させたまま一向に崩す気配はない。諦めて、ヴィンセントはドアを閉じ、前回、エアリスの家に行った時と同じように、車を持ち上げる。前回は堂々とクラウドを心配するコトが出来たけど、今回は許されていない。クラウドは目を閉じていた。ベルトを掴んで、俺に助けなど死んでも求めないつもりだ。横顔が、怖かった。

「……クラウド」

猫耳には俺の言葉は届かなかった。 ヴィンセントが跳躍する。一度のジャンプでウータイまで飛ぶために、大きくはばたく。その揺れに、俺は酔った。

ユフィの家のポストには、ちょうど今日、写真の手紙が届いたそうだ。突然現われた俺たちにずいぶんと面食らっていたが、クラウドの顔を見るなり、すぐ笑顔になった。クラウドも、本気で嬉しそうで、俺は目を逸らした。

俺はヴィンセントに、車で待つように言われた。ユフィは首を傾げていたが、クラウドがその事に全くノーリアクションだったことで、半分は事情が飲み込めたようだ。車の中に引っ込んで、三人の背中が遠ざかっていくのを望む。特に真ん中の、尻尾のある後ろ姿を見つめる。ユフィに手を繋いでもらって、嬉しそうな後ろ姿に胃が捩れた。俺は慌てて車から降りて、叢に駆け込んだ。 口の回りを適当に拭って、俺は乗り込む気にもなれない車の横に腰を下ろした。タイヤに寄りかかり、膝に顔を埋める。目を閉じる。ヴィンセントとユフィとクラウド、今ごろどんな話しをしているんだろう。ヴィンセントは、どんな風にして切り出したんだろう。

「……実は、クラウドがお前のことを好きだと言っているのだ」

デリカシーがなさ過ぎる。いくらヴィンセントはデリカシーの欠如した人間だと言っても、真面目な場面でそれは避けることだろう。恐らく、「クラウドが、お前に伝えたいことがあるらしい」と、クラウドに譲り、彼が席を外す、それが一番有り得そうだった。 ユフィは、どんなリアクションをするだろう。俺はただ、祈ることしか出来ない。クラウドを傷付けず、同時に、出来れば俺のもとに返してくれる答えを、言ってくれることを。間違っても「弟としか見れない」なんて、言わないでくれ。クラウドが、あまりにも可哀相だから。

結局のところ、俺は何を求めているんだろう?

クラウドを傷付けたくないのと同じくらい、俺も傷付きたくない。クラウドだけじゃなくて、俺も幸せになりたいのだ。俺がもしも、エゴなんて持っていなければ、こんな風に俗な悩みを抱えなくてもいいのに。

「俺は遠く離れていても、クラウドのことを想っているよ」

それで良いのに。だけど、俺はまだ、どう足掻いても汚い人間だ、未熟だ、愚かだ。

「彼女が幸せなら私は構わない」……俺は、そんな風に想うことは、出来ない。

だがもし、俺が己の幸せを選んで、乱暴で卑怯な手段を取ってクラウドを抱くことで、俺はきっと、もう贖い切れないほどの罪を犯すことになる。それでも俺は、棺桶の中で一生を過ごすなんて嫌だ。クラウドに触れられないまま死んでいくなんて、嫌だ。

願いが一つ叶うのなら、クラウドにもう一度触れさせて欲しい。あの声で、愛していると言って欲しい。怯えたように蔑んだように俺を見る目にもう一度優しさを灯して欲しい。

全てはエゴ、分かりやすく言えば我侭。自分で壊したものをどうしようもないほどに、欲しがっている。だが、たとえ自分を優先させるにしても、俺は誰にあたればいい? あんな風に温泉を沸かして、クラウドを会わせるきっかけを作ってしまったユフィか? 飛空艇を迅速に手配して乗せて行ってくれたシドか? 「叱りに行ってきてやろう」なんて余計な提案をしたヴィンセントか?

違う。違う違う、違う。

俺だ。クラウドとユフィが一緒に風呂に入ったことを許した俺だ。暴走してクラウドを犯した俺だ。悪いのは全て俺。

吐き気が収まらない。俺は……、焦っていた。

(クラウドのこと、おねえちゃんも好きだよ、愛してる。……クラウドの望む形にして構わないよ)

クラウドが、ユフィに触れる。突き動かされるように、ユフィを抱き締める。いびつに尖った妄想に、体中の神経を刺されたような気がした。 俺が育ててきたのに、守ってきたのに、愛してきたのに、どうしていなくなってしまうんだ? 俺はクラウドに、俺に教えられる限りの全てのことを教えてきた。セックスだって、一人じゃいけないから、俺が抜いてやったことから始まったんだ。それまでは滅多に食卓に並ばなかったかつおぶしを一週間に一度買いに行くのがとても楽しかった。ヴィンセントだって、俺がいなかったらクラウドと会うこともなかった。

クラウドは、俺がいたから、生まれてきたのに。俺がいるから、生きているのに。

俺たちは、同じ遺伝子の鎖を持っているから、ふたりでひとつなのに。 片方が欠けたら、同時にもう片方も、なくなってしまうのに。

「……ザックス」

顔を上げると、二つの影が俺の前に立っていた。ヴィンセントと、クラウドだった。クラウドは、相変わらず俺の方を見てはくれない。どこか違うところを見ている。 もうユフィに「告白」は済ませたのか? 言いかけて、答えを聞きたくないことに気付いたから、やめた。

「……何」

「ユフィが呼んでいる。話しをしたいそうだ」

俺は立ち上がり、尻に付いた砂を払い落とし、クラウドの方を見ずに歩き出した。

もう、いい。

俺は単純にクラウドを渡したくないようだった。

 

 

 

 

ユフィの視線は、怒ってもいなければ悲しんでもいなかった。ただ、俺にじっとあてたまま、彼女は平たい表情をしていた。俺はただ、彼女の膝から三十センチ手前の畳の縁を見ているほか出来なかった。

「……ザックス」

声は、静かだった。

「アンタ、クラウドの事泣かせたんだって?」

ありがたいことに、彼女の声はいまだ諦めてはいないようだった。

「……アタシが言うまでもなく、解かってると思うし……。いちお、アンタはアタシより年上だしね。……でも……、クラウド泣かせたら、いかんでしょ」

クラウドはどんな気持ちで、今うなだれる俺を見ているんだろう。いい気味だ、俺にあんなことすると、おねえちゃんが黙ってないんだぞ……。一縷の望みすら捨てた想像をするならば、そんなところだろう。

「クラウドの話しは、聴いてくれたのか?」

顔を上げて俺は聴いた。

「クラウドに、答えたのか?」

ユフィは黙っていた。しかし、戸惑ったり、面食らったりしていないことから、どうやら既に「告白」は済んだあとだったらしい。

「どうするつもりだ」

「アンタには関係無い。アタシとクラウドの問題だ」

「大いに関係ある」

「ない。……悪いけど、クラウドを泣かせたりするような奴にこの事に関る権利はないよ」

俺は二秒ほど言葉を止めた。口を閉じただけ、しかし、押し止めたのだ。三秒後に口を開いた時、俺は、唇に皮肉っぽい笑いを浮かべていた。自分の意識ではなく、恐らく俺の吐いた言葉のオプションとして、その笑みは必ず付いてくるように出来ていたのだろう。

焦りは嘘のように、消えていた。クラウドと自分を決定的に結び付ける場所は絶対に解けないという自信が、芽生えていた。恐らくは、焦燥や不安に対して、俺の心は飽和状態に陥ってしまったのだろう。もうどうでもいいや悲しみなんて。静かな声で、俺はこう言った。

「世界で誰よりもクラウドを愛している俺が、クラウドが誰に惚れたか、その問題に関れない理由がどこにある。俺は全てを捨ててクラウドを愛せる……世界でたった唯一の人間なんだ。憶えておくんだな」

「そんなの……エゴじゃない。アンタは、クラウドを泣かせるほど傷付けて、それなのに」

「俺は誰が何と言おうと、仮にお前がクラウドの気持ちに答えようと、クラウドの気持ちがお前にしか無くても、俺はクラウドを愛し続ける。それは俺に与えられた義務であり特権だ。お前がどんなにクラウドの事を愛したとしても、俺より愛することは出来ない。俺は、クラウドを、愛してる。クラウドが望む全てのことを、俺は認めよう。だけど、俺も人間だ。クラウドが好きで好きで仕方なくて、クラウドにも同じように、自己中心的だと解かっていながら、俺のことを好きでいて欲しいと願う。俺だけを見ていて欲しいと願う。離れていくのは、我慢出来ない。……悪いことをしたと、俺は反省している。クラウドを傷付けたコトは償える限り償おう。だが、そこにだって、俺のクラウドに対する愛情は不可欠だと思うけど」

「……ザックス」

「だから、ユフィ、……お前がクラウドを護れるなんて、間違っても思わないことだ。お前はクラウドの『おねえちゃん代り』にはなれるだろう。しかし、『おねえちゃん』にはなれない。クラウドの『恋人』にも、な。……クラウドを愛するには、お前は失うものが多すぎる。……そして、お前にはあまりにも時間がない」

ユフィは怯んだように顎を引いた。

俺は口元の笑みを浮かべたまま、最後に言った。

「これだけは、譲れない。お前が一瞬、『恋人代り』になるのは、俺は止めないよ。だけど、『恋人』になることを、俺は絶対に許さない。……全ての理由を超越して、俺はクラウドを愛しているから」

ユフィに対しての話しは、それで終わりだった。俺はユフィに答えを求めた。

「……アンタら親子にはホントに、デリカシーがないんだね」

「今に始まったことじゃない。諦めるんだな」

ヴィンセントが呟く。正確には、昔の方がもっとマシだった。

「クラウドには何て応えたんだ?」

ユフィは溜め息を吐いた。実際、俺もヴィンセントも、二人だけなら問題無いけれど、間に誰かが入ると俺たちの地であるデリカシーの無さを露呈して、迷惑をかけてしまう。

「おねえちゃんは、おねえちゃんだから、クラウドのことはこれからもずっと好きだよ、って、そう応えた」

後ろのクラウドはどんな表情だろう。俺は胸の奥に針をさされたようないたみを覚えた。傷付けていないように見えて、実は一番辛い応えを、クラウドは受け容れなければならなかったのだ。

俺はくるりと向きを変えて、クラウドの真っ正面を向いた。

クラウドを強姦してから、初めてのことだった。クラウドは、俺と目が合うと、嫌がって反らした。

構わなかった。いつかはきっと許してもらえる、そういう風に出来ている。

「お前のことを酷く傷付けてしまったことは、本当に悪かったと思ってる。気の済むまで俺のことを引っ掻いたり蹴っ飛ばしたりしても構わない、無視しても構わない。俺が悪かったんだ、お前がどっかに行っちゃうって事が、我慢出来なかった。いつもは、お前に対する行動全てに『愛してる』を篭めてるのに、俺はあの瞬間、その感情を忘れてしまっていた。自分可愛さだけを優先してた。被害者面して、全然悪いことしてないお前を傷付けた。今は、ものすごく反省してる。お前が目を合わせてくれないこと、声を聞かせてくれないこと、全てが苦しい。だけど、それも全部、俺に与えられてる罰だと、俺は思ってる。ただ……」

言葉を切った。クラウドは、俺の言葉の途中から目を閉じて、俺の言葉を聞かないようにしている。しかし、耳にはしっかりと言葉は、つまり想いは届いて、クラウドを確かに震わせる。

「お前を永遠に守り続けるのが俺の義務だ、責任だ。そして、お前を守るためには、嫌かもしれないけど、俺はお前の側にいなきゃいけない。お前が幸せになるように、道を作らなくちゃいけない。俺は、全てを捨てて、……そうしなければならない。……そのコトを忘れないでくれ。俺の、お前への愛情が、そうさせるんだ。それだけは、間違いの無い事実なんだ」

クラウドは、俺の言葉に疲れたような顔をした。どこか苛立ったような顔で、俺を見た。

いつからそんな、大人みたいな顔が出来るようになったんだろうな。きっと、ヴィンセントとケンカをしてる時の俺の顔から学んだんだろう。その顔だって、お前は俺がいなかったら出来ないんだぞ。

クラウドは、久しぶりに、俺を対象とした言葉を吐いた、即ち、

「卑怯者」

「解かってるよ」

「解かってるんなら、もっと悪いじゃないか。愛してなんかいないくせに、都合が悪くなると、言葉だけで済まそうとする。ひとのこと、あんなに、傷付けたのに、『愛してる』ってヒトコト言えばいいって思ってるんだ。……タテマエだけじゃないか。俺が誰のこと想ったって……勝手とか言いながら、結局、ザックスは自分勝手に俺のこと縛り付けてるんだ」

「そうだね」

俺は悪びれもせず言った。

「言い方を変えれば、そういうことになるかもしれない。俺はお前のことを愛してる、愛してるって言葉で、お前の自由を剥奪してる。だけどな、クラウド。よく考えて見てくれ、これは一方的な、強制的な束縛じゃないってことを。お前が存在している以上、俺はお前のことを愛さなくてはいけない。コレは、繰返しになるけど、『責任』であり『義務』なんだ。お前がこの世に存在する以上、避けることの出来ないこと、それで俺のことを、お前は意図せざる鎖で縛り付けているということを忘れるな。もっとも、俺は、マゾヒストだからかも知れないけど、そのことを少しも苦痛だとは感じてない、寧ろ、物凄く嬉しく思ってるよ」

「私はその考え方を肯定は出来ないが」

ずっと黙って俺の言葉を聞いていたヴィンセントが遮った。

「ザックス、お前にクラウドを縛り付ける権利はない。しかしクラウドにも、ザックスを蔑ろにする権利はないのだ。……クラウド、……ザックスは別に、己の幸せだけを選択している訳ではない。ザックスはザックスなりに、考えた結果なのだ。感情は理解出来ないかもしれないが、彼の理論は一応、形としては間違っていない。それを『卑怯』などと言ってはいけないよ。それに、彼はお前を傷付けたことを、……お前は知らないかもしれないが、心から反省している。もうこのあいだのように、お前を悲しませたりすることはない。もし、……万に一つそんなことがあったら、私は誰が何と言おうと、お前とザックスを切離す。だから、安心しなさい。……そして、……いつか、ザックスの想いに答えきれたら、お前は本当に、ユフィの恋人か、あるいは、お婿さんになればいいではないか。ユフィは……」

ちら、と彼女の方を伺う。いい加減なことを言ってもいいだろうか……、その了解を取っているように見えた。

「多分、お前のことを待ち続けているだろうから」

「…………」

アタシはずーっと独身なワケね、どうせこんな性格じゃお嫁にゃいけませんよーだ。そんな表情でヴィンセントを睨んでいた。

「……お前は、そしていつか必ず気付く。恋は、きっと……報われなくても、形を変えてお前を幸せにするということに」

ヴィンセントはそれとなく、クラウドにこの場は……つまり、永遠にユフィを諦める事を促した。全ての危険性を鑑みなくとも、クラウドを俺たちから離すことは出来ないという結論くらい、はじめから出ていたのだ。

クラウドは、俯いた。

きゅっと握りしめるのは、猫の手だった。本人がいつだったか言っていた。他のみんなと違う、ぶかっこうな手、ものも握れないし、誰かのことを傷付けてしまうこともある、と。これを見るたびに、俺はにんげんじゃないんだなぁって、思うんだ―― そんな自分が、人間を好きになる、人間に恋をする。予め諦めていないはずがなかった。しかし、それを決定的に認めてしまうのが、クラウドは堪らなく嫌なのだ。その気持ちは、俺にも痛いほどに分かった。

「……俺は、我侭だ」

「……誰もそんな風には想わないよ」

ユフィが暖かな声をかけた。しかし、クラウドは首を横に振った。

「俺は、ザックスが全部捨ててでも俺のこと愛せるみたいに、おねえちゃんのこと愛せない。俺は、全部捨てて、どんなに悲しくても、辛くても、おねえちゃんのことを愛したり出来ない。俺は、失うことが怖いから。そのくせ、いっちょまえに、恋したみたいになって……。……そういうのって、我侭だよね。解かってるんだ。だから、俺は言わないようにしようって思った。おねえちゃんとはじめて逢って、社会科見学のときに、握手した。あのときから、俺、おねえちゃんのこと、好きだった。でも、俺には言う資格ないって、思って、だから、我慢しようって、思ったんだ。俺が恋すると、それは我侭になっちゃうから」

俺は顎を引いた。

クラウドは、俺たちが認識するずっとずっと前からユフィに恋心を抱いていたのだ。呑気なことに「まさか」で済まし続けていた俺たち。滑稽この上無い。意外と、俺はクラウドのことを知らなかったんだ。そのくせたった一晩別れるのがツライだのなんだのと。クラウドが胸の中に、ユフィに対しての想いを秘めていたという事実が、突出したものではないと知り、その健気さに微かな頭痛を覚えた。ひょっとしたら、社会科見学からこっちにクラウドが言った「あいしてる」「だいすき」は、ちっとも「愛してる」「大好き」じゃなかったのかも知れない。

もっとも、俺はそれに文句は言えない。ヴィンセントに対してだって、ちっとも拠り所のない「愛してる」「大好き」を言っているし、溯ればザックスにだって。

「俺は、何も捨てられない。何かを捨てて手に入れる幸せが怖い。……俺は、我侭だ。どっちかひとりだけなんて、やだ。……二人とも……、ヴィンセントも、俺は、大好きだから」

ごめんね、クラウドはぽつりと付け加えた。

「でも、おねえちゃんに、会わなきゃよかったなんて思わない。おねえちゃんに会えて、俺はこういう風に、想うことが出来て、よかったって、思ってるから」

ああ。

だれもお前に、そんな風に悩むことを求めていないのに。だから、俺が、そしてヴィンセントがいるのに。

ユフィには出来ない、俺たちにしか出来ない、そのことに気付くのがそんなに難しいことだろうか。

「クラウド」

ユフィは精一杯明るく微笑もうとした。ただ、いかにも苦しいのは容易く見て取れたし、それはクラウドにも伝わってしまったようだ。クラウドは俯いて、首を振った。

「……おねえちゃんは、クラウドのこと、いつでも大好きだからね。嘘なんか吐かないよ、アタシも、クラウドのこと愛してる。クラウドのこと、一番好きだよ」

言葉を並べれば並べるほど、クラウドの望みは霞んで消えてゆく。自分の存在の何たるかを知り、そこにおけるユフィという存在の大きさがあまりにも小さいという事実が、言葉を空虚なものにしてゆく。空間そのものが残酷に俺たちを傷付け始めた。もう何を言っても無駄だ。破れ被れな空気は、言葉ではどうしようも出来ない。

大好きだよ……。ユフィは力無く呟いた。

ドラマよりもずっと悲劇的だ。こちらの方が余程性質が悪い。生み出してしまったことの罪なのか、それとも想ったことが間違いだったのか、想われた方の過失か。……全てが絡み合った偶然の悲劇なのか。 そんな偶然を作り出した俺を、俺は心底哀れみ、そして嫌いになった。『こういうことはきっと今後も起こりうる、今まで起こらなかったのが不思議なくらいだ。でも勘違いしてはいけない、これは俺の責任じゃない、クラウドがたまたま、護られなければならない存在だったというだけ、俺が気にする必要はない』……うるせえよ。

俺は、さっきも言った通り、クラウドを守るのが自分の義務だと思ってる。だけど人間だから自分の幸せも優先したい時がある、とも言った。……俺の願いは、何よりもクラウドを幸せにすることなのに、こういう時は、どんな選択肢を選んでも、クラウドを傷付けてしまうのか。

 どうすればいい?

「……クラウド……。お前は、どうしたい? ……どうして欲しい?」

「……何も要らない」

「嘘付かなくていい。お前が悲しくて尻尾振ってる姿なんて、誰も見たくないからな。迷惑だろうけど、俺……たちは、お前がいつも幸せでいるために生きてるんだから」

クラウドは顔を上げて俺を睨んだ。鼻が紅かった。

「そんなのおかしいじゃんか。俺ばっかり……、俺ばっかり、イイ思いして。……俺が猫だから? 俺がザックスたちに護られなきゃ生きていけないから? そんなの……嫌だ」

立ち上がって、俺はクラウドのすぐ前に座った。あの時以来始めて、彼に触れた。彼はびくっと震えて身を引きかけたが、俺は気にしなかった。もう、俺は絶対あんなことはしないし、しない……出来ないという、保証もある。クラウドが逃げる理由はない。俺が触れてはいけないという理由も。

「みんな同じだ。護られてるのはお前だけじゃない。ヴィンセントやユフィや俺だって護られながら生きてる。同じように、他の誰かに願いを叶えてもらってる。……だから、我侭だろうが何だろうが、したいことを言ってごらん」

それを、俺は自分が傷付かない程度に、なるべく理想的な形で叶えてみせるから。 クラウドは、また俯いて、洟を啜った。俺は嫌がられないことを確認してから、抱き締めた。尻尾が、ぱたん、ぱたん、左右に揺れている。機嫌を損ねているのではない。単純に、カナシイのだ、心が辛いのだ。

「俺……っ、それでも、やっぱり……わがままでも」

「うん……」

「……やっぱり、おねえちゃんのことも、ザックスのことも、好きだよぅ……」

容認出来る範囲のワガママなら、誰も責めやしない。少なくとも俺は責めない、何故って、俺のことも好きだと言ってくれたから。

「……じゃあ……、クラウド、お前はユフィに何をして欲しい? ……ユフィの側にずっと居たいと思うなら、俺はお前と一緒に、……お前たちの邪魔はしないけど、ここに居るぞ」

クラウドはふるふると首を振った。

「……ワガママ通したくないっていうのが、俺のワガママだから」

「だったら、お前にワガママ通して欲しいっていうのが、俺の我侭だ。……何でもいい、ひとつでもいい、お前の願いを俺に叶えさせて」

クラウドはしばらく黙っていた。自分の想いを何ヶ月も秘めていられたクラウドだ、間違った忍耐強さは確実に身についている。そういうものは早く失ったほうがいい。かけていい迷惑と悪い迷惑がある、……今、クラウドが心の中で泣きそうなほどに求めているのは、間違いなくかけていい迷惑なのだ。

「……俺は、お前がどんな事言っても、お前のこと嫌いになったりしないよ」

俺は、クラウドのことが好きだから悲しむだけ。嫌いになんてなれない、弱さを持っている。

「……俺……」

クラウドは、俺の胸の中顔を上げて、ようやく口を開いた。頬が濡れている。俺は袖で軽く擦って拭いてやった。

「俺……っ、……おねえちゃんと……セックス、したい。……俺、おねえちゃんの弟でいい、でも……おねえちゃんに、抱かれたい」

俺は、苦笑いをした。

苦くても笑えた。これで何とかなる、俺はどうにもならないけど、何とかは、なる。 ユフィの溜め息は、全員分の痛みを形にしてくれた。

……いや。

俺は小さく首を振った。俺は別に何処も、痛い思いなんてしてないじゃないか。胃が捩れて、食道がその代りを為すくらい、苦しい微笑みの一つでも零してみたらどうだ? エゴイスト。いっそ死んじまえ。

 

 

 

 

「クラウドも、えっちなんだなぁ……。まぁ120%、アンタたち親子のせいだけどさ」

苦笑いのユフィに、反論出来ない。「えっち」だと言われてクラウドは俯いて赤くなる。でも今更照れるまでもないことだ。それに、そんなことより、あんな無茶な要求を出されてそれに簡単に……『護る』ことの一環とは言え、答えるユフィに、俺は大きな驚きを感じていた。

「……本当に、いいのか?」

「いいよ。……他の奴だったらヤだけどさ、クラウドだもん。クラウドがアタシのこと好きって言ってくれる、アタシとしたいって言ってくれる、それって、アタシからしたらすっごい光栄なことだから」

「……おねえちゃん……俺……」

「クラウドも、そんな顔しないの。おねえちゃん、嬉しいんだから。クラウドみたいな可愛い弟と、出来るんだから」

実は、ザックスたちが羨ましかったりして……、ユフィは自分で言って、ふふふと笑った。どうしてそんなに余裕があるのか教えて欲しかった。「傍観者」としての俺が、こんなにいっぱいいっぱいだというのに。

そもそも何で俺がここにいるのか。

(……嘘つきになりたいのか、お前は。……あれだけ偉そうに『クラウドを護る』と連発したのだから、責任を全うしろ。ユフィだって、その方が安心に決まっている。それにな、お前は、クラウドを護るのなら、同時にユフィも護ってやらなくてはならんのだぞ。クラウドがユフィの弟なら、お前はユフィの兄ということになるのだから)

ヴィンセントの奴が、そう言ったのだ。俺が反論しても、聞きいれやしなかった。

(……だ、だったら、あんたが行けばいいだろっ、あんたは俺たちの父親なんだから)

(父親が手を下すまでの無いことだからお前に行けと言っているんだ。ユフィだって、私が行くよりもお前が行った方が、安全性は高いと判断するに決まっている。とにかく、クラウドといっしょに行くんだ。いいな。後からユフィに「おなかの赤ん坊はクラウドの子だ」などと言われて責任が取れるのかお前は)

どうして俺の方が安全性高いんだろう。ユフィの奴も、事情を話すとすぐにOKしたし。

「……俺は、どうすればいいんだ?」

途方に暮れて、ユフィに訊ねた。ユフィは肩を竦めてみせるだけ。

「……アタシに聞かれても。クラウドだけじゃ出来ないこととかを、アンタがすればいいんじゃないの?クラウド、猫手なんだし?」

「……それって……」

「クラウドの手となり足となり、ってこと」

「手となり足となり」

絶対、ヴィンセントの方が安全だと思った。だってヴィンセントは、男相手にしか勃たないから。……俺なんて、そんなことしてるうちに意識が吹っ飛ぶ可能性無きにしあらず。

「……じゃ、はじめよっか?」

俺とクラウドは、それはそれは初々しく、こくんと頷いた。

いつも俺たちに抱かれている逆のバージョンでやればいい、頭では解かっているし、一度だけ俺のことを抱いた事があるから、感じも多少は掴んでいるんだろうが、やはり男と女の身体の造りは決定的に違う。クラウドは、傍目からも不安が先走っているのが見て取れた。

俺は、完全に硬直して、二人の様子を見ているしかない。……実際、俺だって何したらいいのか解からない。

「クラウド、浴衣脱いでくんなきゃ。おねえちゃんだけ脱ぐの?」

「……ご、ごめん、なさい……。……ザックス、解いて……」

セックスするのに、何で保護者が側にいなきゃいけないんだろう。俺は固まったままギギギと音がするくらいぎこちなく動いて、クラウドの浴衣を解いた。青のギンガムチェックのトランクス一枚だけを身に纏ったクラウドに、満足気に頷くと、ユフィはするりと帯を解き、浴衣を、何の躊躇いも無く解いた。無遠慮に当てられた俺の視線も気にせずに。全身が、燃え出しそうなほどに熱くなった。

「そんなに緊張しなくてもいいのに」

クラウドは真っ赤になって俯いてしまった。見た限りでは、まだクラウドの下半身は反応していない。それ以上に照れの感情の割合がずっと高いようだ。硬直している。もっとも、俺は下半身も嫌みなくらいに反応しているし、そこだけじゃなくて全身硬直しているけれど。まだクラウドの方がマシだ。 けれど、クラウドはユフィだけに感じればいいけど、俺はユフィと、クラウドにも感じなきゃいけない。「いけない」って訳じゃないんだけど、クラウドがトランクス一丁でいると、やっぱり感情は揺さぶられてしまう。その上、この後、女とするのだから。……鼻血が出そうだ。 二十九歳にもなって、十四歳の子供と同レベルとは……。

ユフィは茹で上がったトマトみたいなクラウドに、優しげな微笑みを浮かべて前髪を退かすと、唇を額に押し当てた。

「……おねえちゃん……」

「クラウド、大好きだよ」

「……俺も……、俺も、大好き」

熱に浮かされたように答えるクラウドに頷くと、ユフィは背中に手を回し、下着の留め金を外し、乳房を露にした。

俺は、その瞬間決定的に、ユフィが女性なのだという事実を、確認したような気がした。今までだって、いくらでも感じたことはあっただろうはずだが、……しかし、俺の中で何かが強烈に理解したのだ。恐らく、ユフィの胸に、そしてそこにクラウドを抱くという行動に、ユフィの中の「女性」、敢えて言うなら「母性」を感じ取らずにはいられなかった。

そうだ、二十四歳の、……ユフィは、女性なんだ。 クラウドを胸に抱いて、ユフィは金髪を優しく撫でた。クラウドはぼんやりと、されるままに任せている。

抱いていた頭を離すと、クラウドはぽかんとした表情でユフィを見上げた。

「……クラウド、手で触ってもいいよ」

「うん……」

「そのかわり、爪は立てないでね」

彼女は笑ってみせた。一瞬、俺の方を見たように思えた。 ユフィに導かれるまま、おずおずと手を伸ばし、クラウドは乳房に触れた。

「……やわらかい」

「でしょう。……でもねぇ、ダイエットするとまずここから痩せちゃうんだよね…………。……って、く、クラウド?」

俺はますます固まった。というか凍り付いた。 それは、言ってみれば本能?

……クラウドは、淡い色をしたユフィの乳首に吸い付いた。ユフィは怯んで一瞬抗ったが、すぐにクラウドを受け止めた。クラウドが、本能的にそうしたのか、それとも前戯としてそうしたのかは、本人に聞いてみなければ解らない。だが、俺もひょっとしたら、クラウドと同じ立場だったら、同じ事をしていたかもしれない。それが相応しいようにも思える。

「……ん……っ、……」

ユフィは、クラウドの唇と舌に、敏感に感じ始めた。吸われていない方の胸の飾りも勃たせて、快感を訴える。熔けてしまうような吐息が、あの、ユフィの唇から漏れる。

「クラウド……、……あ……あっ」

口を放して、クラウドは不安げに訊ねた。

「……俺……変なこと、してない、よね……? ……前に、ザックスにした時と、同じこと……してるだけだから……その……、俺、それしか、知らないから……」

焦るクラウドの頬を撫でて、微笑むユフィを、俺は欲求と、そして何かまた別のものを感じながら眺めていた。 なんで、そこまで、できるんだ?

彼女は、「クラウドは弟だから」……こう答えるだろうか。 そうだとしても、それは嘘だ。ユフィは、クラウドのことを、弟だなんて思っていない。彼女は心からクラウドのことを愛してる。愛してるから、クラウドの求めた通りのことが出来るのだ。

「……ふふ……クラウドのここ、もう、すっごい元気になってるよ? ……ちょっと濡れてるし」

蜜を滲ませてトランクスを持ち上げる存在を指摘されて、クラウドは反射的に前を抑えた。しかしユフィはやんわりとクラウドの猫手を退かすと、邪魔なトランクスを下ろす。外気に晒されて、ピンク色に染まったクラウドは、ユフィの手のひらに包まれて、一層勢いづく。

「温泉で見た時は、こんなんじゃなかったのにね」

「……だ、だってぇ……、……おねえちゃんの……胸とか…………見たら……」

「感じちゃった?」

「……ん。……あっ、ああ、や、動かしたら、出ちゃうよぉ……」

「出していいよ。……クラウド、内緒だけどね、おねえちゃんも」

ユフィは一言、クラウドの耳元で呟いた。クラウドが一瞬驚いたような表情を見せると、にっこりと笑い、クラウドの足の間に顔を埋めて、その性器を咥え込んだ。

「……あん、あ、あぁ……んっ……いっ、……いく、……いくぅ……」

身体が電流が走ったように震え、嬌声と共に、クラウドはユフィの口の中に放った。ユフィは、すぐには口を離さず、クラウドの、最後の一滴まで飲み込む。唇の回りを妖しくペロリと舐めた。俺は、……何だかもう、ここにいたくない。生き地獄だ。クラウドの可愛い鳴き声を聞かされ(しかもここからは尻尾をぴくつかせる尻を見せられ)、一応もう、美人と呼んで構わないであろうユフィの裸体を見せられ、爆発寸前なのに俺はどうすることも出来ず、ただ見ているだけ。 ヴィンセントだったら、ある意味前向きに「これはクラウドを強姦してしまった私の罪」なんていう風に考えるのかもしれないけど、俺にはそんな事は出来ない。硬くなり過ぎて痛いくらいだ。

「いっぱい出たね。……どう? 気持ち良かった?」

布団の上にくったりと横たわったクラウドは、いまの快感の余韻を楽しむように、上がってしまった甘い呼吸で、目を伏せている。やがて、恥ずかしそうに顔を手で覆い、泣き声を上げた。

「……おれ……っ、なんか、自分、やだ……、すごい、恥ずかしい……」

「何で? ……アタシがよかったから、いってくれたんでしょ? ……嬉しいよ?」

「やぁあんっ」

ユフィは、全身が危険なほどに敏感になってしまっているクラウドの乳首の先にくちづけた。

「さっきのお返し! クラウドもここ、感じるんだね。……女の子みたい」

「やだ、ぁっ、やぁん、……いっ、んんっ」

「こっちのほうもまた元気になってきたし。……あのバカ親子、ホントにクラウドのこと、めっちゃえっちな子にしちゃったんだねぇ……。……ザックス」

不意に名を呼ばれ、俺は飛び上がった。

「はい」

「……そこの……上から三番目の引き出しにゴム入ってるから、取って」

「……ゴム……って」

しどろもどろに、クラウドの裸とユフィの裸を思わず順に眺めて、一層硬くなりながら俺は訊ねた。

「アンタねぇ……」

「待て。……ユフィ、落ち着いて考えろ。……クラウドは、もう一回いってるんだし……、それ以上する必要は」

はぁッ、と大きく溜め息を吐き、ユフィは苛立ちを含んだ声で言った。

「クラウドは、『セックスしたい』って言ったんだよ? ……口だけじゃ、セックスって……そりゃ言えるかもしれないけど、あんまり一般的じゃないんじゃない?」

「……わかったよ」

俺は相変わらずぎこちなく立ち上がり、引き出しからコンドームを取り出し、ユフィの側に放った。近付くのは、危険すぎる。ユフィは小袋を開けて、中から薄いゴム膜を取り出す。

「クラウド、正面向いて座って。つけてあげるから」

クラウドはのろのろと起き上がり、ユフィの前にぽてんと座った。立ち上がった部分をじーっと見られるのが恥ずかしくて、隠そうとするけれど、「それじゃ出来ないよー」とユフィに苦笑いされて、渋々手を退かす。

「……ん……んっ」

張り詰めた部分にゴムを被せられて、クラウドは何とも居心地悪そうに見える。 ユフィは、最後の一枚を脱ぎ去った。

「……アタシもザックスとかヴィンセントのビョーキ、伝染っちゃったのかなぁ……。なんか、クラウドみたいな男の子が、可愛くて仕方ないや」

「え……え、あの、……おれ……」

クラウドはユフィの顔と裸体を交互に見て、言葉を繋げない状況に陥っている。間違いなく、ユフィの裸体に性的欲求が募っているらしい。

「我慢出来ないでしょ?」

「え……? で、でも……」

「……自分でやりたいって言ったんだよ?……フツー、女の子にここまで言わせないよ」

「ご、ごめんなさい」

クラウドはぺこりと謝ってから、真っ直ぐユフィを見て、言った。

「……しても、……いい、ですか?」

ユフィは頷いた。

「……ザック、ス?」

俺のことが気になったのだろうか、クラウドが振り向いた。傷付いたような表情をしている。……どうしたんだ? そう、肩を竦めて聞こうとした、下半身が酷いくらいに反応しているのを、何とか誤魔化して。

でも、声が出なかった。

あれ? 何だこれ。

「ッ……」

俺は泣いていた。気付かないうちに、涙が零れていた。不意の目眩に襲われたときのように、前触れは全くなく。

自分でも、俺は驚いていた。何で泣いてるんだろう、泣く理由なんて……、確かにあるけど、泣くほどのことじゃないじゃないか。クラウドが幸せになる為に俺は全てを捨てるんだ。クラウドとユフィとセックスすれば、とりあえず、願いをひとつは叶えられる。俺は、クラウドの幸せを護るため、クラウドのナイトになるんだ。 クラウドに感じて、ユフィにも感じて、その二人の性交を見守ることに邪な悦びと苦しいほどの痛みを感じる自分の弱さが惨めに思えたからか。俺の両目からは、ボロボロと涙が落ちる。

「……ザックス……」

「大丈夫だよ、俺は……。……ゴメン、ちょっと、席外す」

俺は袖で無理矢理に目を擦り、立ち上がった。まだ悲しい反応をする自分の体がとてつもなく汚らしい。

「……ユフィ、クラウドのこと、とりあえず頼んだ」

部屋を出て、蹲った俺の前には何時の間にかヴィンセントが居た。

「ご苦労」

「とんでもない」

ヴィンセントは、傷付けられた息子のように俺を扱った。抱きしめて、髪を撫でた。そして、俺の汚らしい部分の欲求に気付くと、俺のズボンのベルトを外して、傷付けられた恋人にするように、優しく俺を口に含んだ。

「……お前はクラウドを傷付けた。さっきよりも余程酷いやりかたで。私は、どうしてもそれを許せなかった。卑怯なやり方だと自覚しているが、それでもお前に償わせたかった」

ヴィンセントは平坦な声で言った。俺は頷いた。

「クラウドたちの元へ、戻れ」

俺は少し痛い瞼を押さえて立ち上がった。ヴィンセントに背中を押された。

 

 

 

 

可哀相だと想うことはクラウドに対して失礼だろうか。

俺が部屋に戻った時、ユフィを「抱く」という形で抱かれて本懐を遂げたクラウドは、しばらくユフィの身体にしがみ付いたまま、動かなかった。呼吸が収まっても、離れられない。その切ない気持ちはよく分かった。ゴムを外されて、最後にもう一度、「大好きだよ」と言われ、キスをされて、クラウドは頷いた。解かってるよと言うように、ユフィの髪を優しく、肉球手で撫でた。ユフィはクラウドを、突き動かされるように抱きしめて、一言。

「……ごめんね」

願いは全て叶った。クラウドは、望んだとおり不幸になった。

「俺は、いいの。思った通りにしたから。……おねえちゃんのこと、大好きで、大好きで仕方なくって、どうしようもなくなっちゃってた。だから、おねえちゃんの身体に触れて、気持ち良かったよ。……すごく、嬉しかった」

クラウドの悲しい響きの言葉に、俺の汚らしい欲求は打ち壊された。 結局、何のケリも付けられなかった。ただ「姉と弟」といういい加減な関係も清算出来ず、かといって恋心を諦めることも出来ず。どっちつかずの、切ない関係を、これからもどうすることも出来ないまま、クラウドとユフィは抱えていかなければならないのだ。ユフィは、……こういう言い方はいけないのかもしれないが、二十四歳、自分の考えを抑制することも出来るだろう。しかし、まだ生まれてから一年も経っておらず、また、俺たちに護られてきたがゆえに、傷付くことなど殆ど無かったクラウドは、まともに、ダメージを食らってしまった。

「……本当に、ありがとう」

ユフィは、もっと謝ることばを並べようとしたようだが、クラウドにそう言われて、唇を閉じた。その代り、クラウドに対する想いを振り払って見れば可愛らしいと評することに幾ばくの問題も生じない笑顔で、こう言った。

「クラウド、すっごい気持ち良かったよ」

照れくさそうに笑って、クラウドは応えた。

「……おねえちゃん、早くゆかた着て。どこ見たらいいのか、わかんなくなっちゃうよ」

護りきれなかったことに、俺はハッキリと後悔を感じた。

部屋に戻ると、ヴィンセントは居なかった。恐らくは、クラウドを慰めるには自分よりも俺の方が相応しいと判断したのだろう。だが、賢明なるヴィンセントにしては珍しく、判断を誤った。俺にだって、いい言葉は思い付かない。

ずっと黙って、窓際の椅子に座っていたクラウドは、不意に口を開いた。

「……ザックス」

俯いていた顔を上げてクラウドを見た。向こうを向いているから、どんな表情をしているのか全く読めないが、少なくとも泣いてはいないようだった。

「……俺のこと、無理矢理したこと、反省した?」

「もちろん。……もう二度としない。したら、俺の喉に爪を立てて殺してくれても構わない」

「そう……。……ゴメン、俺、解ってたんだ。ザックスが、えっちしたいってだけで、あんな酷いことするわけないって……。変な言い方だけど、俺に、ザックスのこと許させて。……俺、ザックスいないとやっぱり駄目。怒ってた時は、ザックスのこと、本当に嫌いで、もうザックスなんて要らないって、思ったんだけど。……でも駄目、俺、ザックスいないと、駄目なんだ」

「クラウド」

さっき、クラウドの声が震えていなかったことに、俺は密かな安堵を覚えた。しかし、少しずつ揺れ始めたクラウドの声音に、俺は胸が締め付けられる思いをした。

「……もう、何か、……恥ずかしいんだけど、ザックスが居てくれなきゃ、俺、おかしくなっちゃうかも……」

「……俺は今ここにいる。……お前を護るためにいるんだ。お前をこれ以上不幸にしないために」

俺は立ち上がって、クラウドの隣まで行って、後ろから抱き締めた。ぴく、ぴく、と身体が小刻みに震える。

「……なんで、こんなに、かなしいんだろう。おれの願いは、全部、叶ったはずなのに。ザックスと、おねえちゃんに、いやな思いさせて……」

「クラウド」

「……ザックス、辛かったんだよね。……お、れのこと、好きでいてくれてること……知ってたのに、我慢出来なくて、おねえちゃんの事、好きだっていうの……」

俺は息を大きく吸い込んで、吐いた。

「泣くんじゃない」

クラウドの涙を押し出さないために、俺はクラウドを放した。振り返ったクラウドの、への字に歪んだ唇がぴくぴくしていた。

「お前の分の涙はもう俺が流したんだから、それ以上泣くんじゃない。……俺たちは、いや、俺は、今回ばっかりは、自分勝手に行動し過ぎた。勿論、誰もそれを責めやしない。……ただ、今回で最後にしよう、こういうことは。お前が想ったこと……誰かを好きになったとか、苦しい想いをしてるとか、そういうことは、これからは出来るだけ……俺じゃなくても、ヴィンセントでもいい、真っ先に相談するようにしよ

う。……俺も、お前のことを傷付けそうな時は、なるべく先に、言うから。一人で抱え込むと、それは爆弾になる。だけど、みんなで、ひとつひとつ導火線を切ってけば、恐くない……」

「……ザック……」

「俺は、ユフィの様子を見て来る。……本当に、……」

想いを重ねるようにクラウドの額にキスをして、俺はくるりと背を向けた。

「ごめんなさい」

俺は絞り出して、部屋を出た。襖の外にいたヴィンセントに、

「クラウド頼んだ」

 

 

 

 

「浴衣くらい着ろよ。……クラウドに言われただろう」

「……うるさい」

赤い目を擦って、ユフィは言った。

「風邪でも何でもひけばいいんだ、アタシなんか」

俺は自暴自棄な言葉から目を逸らした。みんながみんな、自分の頭を蹴っ飛ばしてやりたい気分でいたから、その言葉は半ば痛快ですらあったけれど。

「お前は悪くないよ、悪いのは俺だ」

ユフィはフンと笑った。

「そう言うのは簡単だよ。アンタはアンタで自己完結出来るからね。でも周りの人間は――少なくともアタシは、アンタのせいじゃなくて自分のせいだって思ってる。そういうもんなんだよ」

「……悪かった」

俺は、ユフィの脱ぎ捨てたままの浴衣を、肩にかけてやった。それから、三メートルほど離れ、そっぽを向いて座った。

「クラウド、泣いてなかった?」

俺は頷いた。

「そう……。よかった、って言っちゃイケないのかもしれないけど。……アタシ、すっごいヤな奴。クラウドのこと、好きなのはどうしたって『弟として』の感情なのに、クラウドに期待持たせるようなコト言ったり、したり……」

ユフィはふーっと溜め息を吐いた。

「嘘吐きまくっちゃった。舌が何枚あっても足りないよ」

「そんな迷信を信じてるのか?」

「迷信じゃない。閻魔様っていうのは、ホントにいるんだよ。アタシたちの罪を、いつも見ている。地獄の底でアタシたちを裁くためにね。そう思ってれば、嘘もつけない、悪いことも出来ない」

「クラウドにそんな話しをしないでくれよ。夜眠れなくなるだろうから」

「アタシのせいにしないでよ。アンタが寝かせないんだろ?」

「まぁ、ああ、そうかもな」

しばらくは、それも出来ないだろう。目の前にある裸が、クラウドに寄り添っているように見えて。

「……アタシ……、ホントにクラウドに悪いことしちゃった」

「もう言うな」

俺は首を振った。だがユフィは止めなかった。

「クラウドは代りだったんだ。アンタがクラウドの、一時的にしろ代りだったのと同じように。クラウドは、代替品だった。クラウドが欲しかったんじゃない、アタシはクラウドに姉としての愛情しかあげられない。それを知りながら、クラウドに抱いてもらえば、ひょっとしたら、願いが叶うかもって、そういう錯覚をしてた」

それ以上は言うな、俺は振り返って言った。ユフィは俯いたまま首を振った。

「クラウドが、クラウドじゃなくなっちゃったから」

「ユフィ」

「好きだった。ずっと黙ってたけどね。アンタがゲイだってこと知ってたし、あの後ティファと結婚しちゃったから。……我慢してたんだ。だけど、他の男なんて目に入らなくなるくらい、病気みたいに、好きだった。ティファとヴィンセントのコト、悔しくってすごい嫌いになるくらいにさ」

俺が答えを探しているとユフィはクスリと笑った。

「めっちゃ困ってる」

「別に」

「そんな、真剣に考えること無いのに。アタシもアンタたちと一緒、好きな人が困ってるの見たくない。アタシは、アンタが、クラウドやヴィンセントと仲良くやっててくれるのを見てるほうが幸せなんだから。何だかんだ言って、いい人だねぇ……。冷めてるように見えて隠してるそういうトコも、大好きだよ、クラウド」

「…………」

俺は、曇りの無い笑顔に捉えられて、喉の奥が痛くなった。唾を飲み込んで、瞬きをして、深呼吸をして、平常心を取り戻す。

「俺、さ」

「なぁに」

「……解かんないけど、お前のことカワイイと、思う。アイツも、ヴィンセントも、俺からしたらものすごく可愛いけど、……お前も、カワイイと思う。何か、ごめん、……上手く纏まらない」

ユフィは構わないよと笑った。

「……そう言ってもらえるだけで嬉しいから」

「……そんな風に言うな。俺だってお前のことは、……すごくいい友達だって、思ってる。俺の知ってる中で……生きてる中で、お前が一番の友達だって思ってる。クラウドのこと面倒見てくれるし、お前と一緒に居るクラウドは悔しいけど幸せそうだった。お前のこと気にしながらクラウドに色んなコトする時の胃の痛みだって、俺たちには結構、欠かせなかったりするんだ。……そういう気持ちを愛情って言っても、構わないだろう? それに」

言葉は並べれば並べるほど空しさを増していく。

「それに?」

「俺は、お前の裸見て、感じた。すごい、綺麗だったよ」

ぽかんと呆気に取られていたが、やがてユフィはクックックッと笑い始めた。押し殺していたが、やがて転がる程に笑いを爆発させた。

俺は、真っ赤になるしかない。言うんじゃなかったと後悔半分、元気なユフィを見て安堵も半分。

「……あー……可笑しい! ……クラウドじゃないみたい!!」

「悪かったな」

「あ、怒った? っくくく、何言い出すかと思ったら……、も、もう駄目……笑い死ぬ……」

はぁはぁと何とか息を収めるが、憮然とした俺の顔を見てまた吹き出す。およそ三分間、笑いの発作に翻弄され続けて、ようやく正常の状態に戻った頃、俺はもう切ない気持ちも何も、無かった。

「じゃあさ、……ひょっとして、今も硬くなってたり、してるわけ?」

「……お前、何でそういう事聞くんだ?」

「いいじゃん、何か、……もう隠すこと何もないじゃない! 互いの内側の汚い部分曝け出したんだから」

「な……っ、馬鹿ッ、よせ、来るなっ、寄るなっ、乗るな馬鹿ッ」

恥も外聞も無い……、あったけど、もう捨ててしまったのだろう。恋をするにはそんなの邪魔なだけ、照れて隠していては、欲しいものも隠されてしまう。自分をかなぐり捨てて露出狂なくらいに見せてやる、それが恋をする時のルール。これまで、俺のことを好きになってくれた奴にはそうされてきたし、好きになった奴にはそうしてきた。だから今回も例外じゃないらしい。 俺は、ユフィに圧し掛かられた。思いきり顔と顔を付き合わされて、唇にキスをされる。鳥肌か、それとも別のものか、全身がぞわっとした。引き攣った顔を「かわいい」と言われて逃げかけた所に、ズボンのベルトをしっかりと掴まれる。なまじ相手が女だから、無理矢理引き剥がす訳にもいかず、襲われたからといって悲鳴を上げて助けを求める訳にもいかない。求めたところで、楽しそうにヴィンセントが見物に来るだろうし、そろそろ落ち着いているであろうクラウドを叩き起こすような真似はしたくない。けれどこの状況、俺に耐えろと言うのは拷問以外の何者でもなくて。

「予想通り」

どうして他人のズボンをこんな簡単に脱がせるコトが出来るんだ? トランクスの上から張り詰めた箇所を指摘し上目遣いでニヤリと笑う。好きだという気持ちが叶わないことを了解済みだからユフィはもう自棄糞だ。俺も、どうせ一回きりのことだから楽しめばいいのだけど、やっぱりそれはしかねる。

「……ねこクラウドのよりは、おっきいけど」

「それ以上、……言うな」

「気にしてるの?」

「馬鹿なこと、っん……」

「……うわ、マジかわい……。こりゃーティファもたまんなかっただろーねえ」

俺の神経をズタズタにして楽しむあたりコイツも何だかヴィンセントに似てる。泣きたい気持ちを抑え込んで何とかこの最高に不幸な状況から脱しようともがくけれど太股のところで止められたジーンズが足枷の代りになって俺の反抗を妨げている。ユフィは露にした俺の下半身に顔を近づけて、口に含んだ。一瞬身を捩った俺の悲しい抵抗に、ユフィは気付きはしたが勿論完全無視。

「……は……っ」

なかなか浴衣を着なかった(着ても胸元から完全に覗けた)せいで十分に立ち上がっていた俺のを、ユフィはかなり邪な動機で口に含んだ。口の中で舌を動かして、俺の好きなところを知っているかのように攻めて来る。俺は別に篤行の士である訳じゃない、ユフィの気持ちは、気持ち良すぎる程よく解る、だからその気持ちに出来る限り答えないつもりがないわけじゃない。 だけど、……俺がどういう人間か、ちょっと一緒に居れば分かるはずだ、俺は……ゲイなんだ、これでも一応! クラウドと、ヴィンセントという恋人もいるし、今ではもう、基本的には男にしか立たない。 そりゃ、お前だってすごくカワイイよ、裸見て、勃つくらいに。だけど。

「……あぁ、あ……んっ、は……っ」

勘弁してくれ。こういう事に、どうしても強くなれない自分が悲しい。情けない声が唇から漏れる。……相手は女だぞ!? ユフィは震える俺を口から抜いて、オゾマシイほど可愛らしい笑みで、首を傾げて訊いてみせた。

「……いかせて欲しい?」

「嫌だ……、離せ。……もう、するな」

「……んー? ……こんなにしてて、平気なの?」

指で強く弾く。俺が泣き声を上げるのを、面白そうに見ている。

「……ねこクラウドと同じカラダしてて、我慢強いはずないもんねぇ……。……ホント、色っぽい声出しちゃってさ。……しかも、アタシまだゼンゼンしてないのに。小さいだけじゃなくて……早い」

「……ッ」

やめてくれ……。 ヴィンセントとのセックスだって、俺のマゾな部分を、羞恥心を、煽って俺を刺激するという点では似ている。けれど、……ここまで屈辱的じゃない。相手が女、だからだ。しかも、叶わない恋だと思って優しさの欠片も無い行為に出られるぶん、性質が悪い。 ユフィは俺の砲身をきつく握ると、悪戯半分といった感じで上下に動かした。先から雫を垂らすほどに燃え滾っていた俺のものはその乱暴な愛撫に耐え切れず、俺は喉を仰け反らせ、自分でも嫌になるほど高い悲鳴をあげて、あえなくその手のひらで射精した。痙攣する俺を面白そうに見て、ユフィは俺の唇に、何の衒いもなく唇を押し付けてきた。俺が力の入らない腕で退かそうとすると、さっと顔を離し、俺の胸に埋めて来る。

「……お、お前なぁッ」

「怒らないでよ。ちゃんといかせてあげたでしょ?それにねぇ、アタシがずーっと裸でいるのに、何のリアクションも起こさないなんて失礼すぎるよ。そのへん、やっぱしアンタはレディの心ってのを解ってないんだよね」

「お前みたいなハシタナイ奴にレディの心なんてあるのかよ」

「お……、そういう事言うわけ? ……噛み付いてもいいんだよ?」

そう言って、ユフィは俺の濡れた下半身を再び握り込む。

「ひ……」

「……ねぇ、ザックス、元クラウド」

勝者の圧倒的な余裕を含んだ笑みで俺を見下ろし……見下して、ユフィは言った。

「……アタシのこと、抱いてみない?」

「はぁ!?」

「……好きだから」

妙にしおらしく、ユフィは俺の身体にぴったりと抱き付いた。俺の、ちょうど腹の当りに、柔らかな乳房が当たっている。俺はまた、全身に鳥肌が立つのを感じていた。ゾクゾク、ゾクゾク……。

「……アタシ、クラウドのこと、好き。……どうせ願いが叶わないなら、抱いて欲しい。ずーっとアンタのこと見てた、クラウドつれてくるときの、無性に腹の立つ幸せそうな笑顔、ずっとね。おねがい、一度だけでいい、もう何も要らないから、アタシのこと抱いて?」

挑発に乗ったら俺の負けだ、思う壺だ。諦念というものは何よりも強い。叶わないという諦念が、彼女の欲求に火を点けている。俺の悲しみにも、同様に。

「……ユフィ……」

「……一生に一回、一瞬だけでも、好きな人に抱かれたいって思っちゃいけない?」

俺は胸の奥をギュッと締められたような感じを覚えた。

「……ユフィ、いいか? ……俺は、ゲイなんだ。ヴィンセントと、ねこクラウド、それに、ザックス、セフィロス、ルーファウス、それに」

「ティファが抜けてんじゃん」

「そ、それは……」

「恋人ふたりを裏切ることになる? ……ならないよ。だって、アンタがアタシを抱くんじゃなくて、アタシがアンタを襲うだけだから」

ユフィはニヤリと笑って、本人の意思に関わらず再び立ち上がった砲身にコンドームを被せた。全身鎖で拘束されたような錯覚を覚えた。

「アンタは、何もしなくてもいいからさ」

俺の身体の上に上って、見下ろす。とてつもなく強い相手に思える。何をやっても敵わないように思える。俺の知ってる限り、ユフィは、手におえない部分は確かにあったけれど、こんな強い人間じゃなかったと思う。全裸(局部だって見ようと思えば見える。見るのが怖いから見ないだけ)、何一つ恐れるもののない身体、そして裸の心、叶わぬ恋へのとてつもないほどの衝動が、彼女を強くしている。 俺は彼女の与えるものを甘んじて受けなければいけない……。

「ん……ッ……、クラウド……」

彼女と俺とが完全に繋がった。男に与えられるのとは違う快感が俺をさらに辛くさせた。そして、ユフィはもっと辛いのだ。強くなればなるほどに、切ない思いに苛まれることになる。こう思うのは絶対間違っているという前提をもとにして俺は思う。 可哀相な、ユフィ……可哀相なユフィ。 俺のことを好きになったために、一生に一度の恋に涙を流さなければいけない。その涙は、明日のある涙じゃない。この性質の悪い一瞬の連続のために、幾多もの嘘をつくことを余儀なくされたユフィ、可哀相な……。

「あ、あっ……んっ、……あぁ……」

唇から溢れる、涙混じりの声。そんな思いをすることを、解かっていないわけではなかったろうに、どうして恋心なんてものを抱かなければいけなかったの?

「ユフィ……」

「っん! ん……、クラウ……、……え?」

 俺の腕は、ユフィを抱きしめて、ベッドに寝かせた。

「そのままで、そのまましてて。……俺が」

 

 

 

 

クラウドは俺が部屋に戻った時、ヴィンセントに抱かれて眠っていた。窓から差し込む西日を背中で受けているヴィンセントは、俺を細い瞳で見た。俺は起こさないようにそっと、しかし三人分の愛をぎゅうぎゅうに詰めたキスをした。

「……お人好しだなお前は。そのうち腰を悪くするぞ」

「セックスしたくらいじゃ……」

「女相手の性交は、着実に寿命を縮める」

経験者はかく語りき。って、俺も一応経験者だが、そんな気もする。

「……クラウド、泣かなかったか?」

「ああ。私に抱き付いて目を閉じて、そのまま眠ってしまった。ここのところ眠りも浅かったからな、可哀相に」

金糸を優しく撫でる指は、形式上を超えて父親のものだった。慈愛に満ちた、悲しげな表情に俺は胸がいっぱいになった。クラウドが夢の中で、少しでも幸せでいてくれることを心から祈っている瞳をしていた。

「ユフィは……どうだった?」

「落ち着いたような感じではあったよ。……まだ、無理はしてるけど」

「……ご苦労だったな。この一件でクラウド以上に辛い思いをするのは彼女に他ならない。だが。お前も、辛かっただろう。……ユフィがクラウドではなくお前に恋心を抱いていたことを、私もうすうす感じてはいたのだが」

俺は首を振った。

「別に」

「……嘘をつかなくともいい。クラウドの恋心とユフィの恋心と、そして自分の恋心の三つに挟まれて平気なはずがない」

いつもの千倍優しいヴィンセントが少し気持ち悪くもあったけど、その言葉は単純に有り難かった。が、正直なところ今の俺は辛さを感じていなかった。

「やっぱり、俺よりもクラウドとユフィの方が余程辛かったと思うよ。多少疲れても、俺は好きな人がすこしでも幸せになれる手伝いをするのが好きみたいだ。……それに何だかんだあったけど俺はクラウドと仲直り出来たし、これから生きてく、しっかりした理由みたいなものも出来た。……ユフィとは、彼女が俺のこと好きでいてくれたってことがすごく、嬉しかったし、なんか……成り行き上で、セックスも、したし……。妹が出来た。プラマイで言ったら、明らかにプラスなんだ。一人幸せになってしまったから……、余計に二人を、みんなを、幸せにしてやらないと」

ヴィンセントは苦笑した。

「まるで昔の私を見ているようだ」

「ならいいじゃないか。……多少は綺麗に見えるもんだろう?」

「……そうかもな」

胸の奥に抱えたままの針がちくりと胸の奥を刺したのを感じた。

「……ん……」

ヴィンセントの腕の中で、俺たちの天使が目を覚ました。

「……んにゃぁあ……んん」

猫手で擦る目は、少し赤く見えた。

「……おはよう」

クラウドは「にゃ」と応えた。……一割くらい、また無視されるかもと不安があった俺はほっと息を吐いた。

「……おでこにキスしてもいい?」

「うん。いいよ」

前髪を避けて、唇を当てた。クラウドも俺の頬っぺたにお返しをしてきた。と。

コンコンと襖を叩く音がした。

「いい?」

少し開いて、ユフィが覗き込んだ。ヴィンセントは一瞬考えたようだったが、すぐに了解した。

「……おはよ、クラウド」

「……おねえちゃん。……おはよう」

クラウドは眠そうな笑顔をして、ユフィに撫でられる。優しい感触に、うっとりと目を閉じる。俺たちだって、なかなかクラウドにそんな表情をさせることは出来ないというのに。

「……いま、なんじ?」

全員が即座に時計を見た。

「五時……」ユフィがまず言い、「五時二十一分だ」先回りしてヴィンセントが言った。

俺が部屋の壁にかかった時計を見つけた時には、クラウドはもう「ありがとう」と言ったあとだった。

「……三人とも、今夜は泊まっていけば?」

俺とヴィンセントは勿論顔を見合わせたが、俺たちの真ん中に居たクラウドは声を上げた。

「いいの!?」

「クラウドなら、いつでも歓迎だよ」

「しかし……宿の予約などしていないし、第一着替えも……」

「それくらい我慢我慢。……クラウドにはおねえちゃんの服貸してあげようか」

「ユフィ」

快感の果ての頭痛を感じた。夕陽が眩しすぎる。

「決まりだね。……じゃあさ、クラウド、今夜もおねえちゃんといっしょにお風呂入る?」

俺の頭痛の原因は、結局のところいつだって、この可愛くて仕方が無いねこの子なんだろうことは再確認不要な事実。

「うん! 入りたい!」

クラウドは、犬なら尻尾をパタパタ振って歓喜の情を表わすところを、尻尾をピタリとさせて表わす。嬉しそうな笑顔に、ユフィは満足げ、ヴィンセントは遠い目。俺は、何ともいえない切なさを感じたけど、どうしてか、頬の筋肉が上がりそうになってしまう。 すべての悲劇はこの、クラウドの笑顔に収斂する。いい、これで報われることもあるから。

「……でも……、ザックスたちも一緒じゃ、だめ?」

「クラウド?」

俺は思わず名を呼んでしまった。「本気か?」という意味で。ユフィはそして、「もちろん」と頷いた。

「だって、ねえ? ……アタシたち、家族じゃない。お父さんとお兄ちゃんとお姉ちゃんとクラウド、一緒に入っちゃいけない理由なんて、ないもんね」

「その年になって父親と一緒に入るなど……。それに、娘の裸に興味など」

「今更何言ってるのさ。……んじゃ、夕ご飯の前に入っちゃおうか。水平線にね、夕日が沈むところ、すっごい綺麗なんだよ……」

 

 

 

 

背中をユフィに流してもらっているクラウドを眺めながら父と兄は肩まで湯に浸かっている。

どちらが長く入っていられるか……。勝った方は今夜一晩、クラウドを好きに出来るのだ。

「……フッ……、そろそろ出たらどうだ? もう顔は真っ赤だぞ」

「あんたこそ、汗ダラダラじゃないか。……あんたみたいな年寄りなんかに負けるもんか」

お互いプライドにかけて絶対負けられない。特に、俺は。ここ数日、クラウドを抱いていないんだ。確かにユフィで射精はした。だけど、本当の意味で満たされているとはとても言いがたい。さっきまで「ユフィの裸が側により添って」だのと殊勝な事を思っていた俺はもういない。クラウドが邪魔だと思うはずだ、そんな感情。

「……ヴィンセント」

「……何だ。降参か?」

「違う。……俺たち、幸せだなって、言おうとしたんだよ」

ヴィンセントはフンと鼻で笑った。

「なにを解かりきったことを」

「聞けよ。……俺たちは、恋をして辛い思いをする」

「それがどうかしたか。今幸せならばいいではないか」

「うん、そうだ。俺たちは、とても幸せだ。何でって、今俺たちは恋をする必要なく一緒に居られる、……恋はもう卒業して、もう一段上のトコロにいるからな」

ヴィンセントはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

「クラウドが来る者を拒まぬ性格であることは、不幸なようだが幸いでもあるのだな。私も、ユフィも、クラウドの恋人だ。素晴らしいことに。……たまには……一ヶ月に一度くらいはお前も良い事を言うのだな」

「だろう? ……恋って、やってる最中はすごい、めんどくさいからな」

いい加減頭がクラクラしてきた。俺はもう諦めてよろよろと温泉のフチまで。

「私の勝ちだな」

俺の肩が出たのを見て、ヴィンセントも立ち上がったようだ。もう、しょうがない。今夜のところはあんたに譲ろう。……根本的なところでやっぱりクラウドが一番好きなのは、多分俺だろうから、心配するだけ損だ。

「クラウドー、今夜もアタシと寝るかい?」

「え、いいの!? 俺、おねえちゃんと一緒に寝たい!」

ざばん、ヴィンセントが湯の中に崩れる、盛大な水音がした。俺も、膝の力が抜けた。

当分は俺たち、このめんどくさい恋というものと付き合っていく羽目になるのだろうか。恋から次のステップに移行出来たハズだったのに……。

いや……。

「……負けんぞ……、私は、負けない」

額と頬にべったりと張り付いた黒髪を手で後ろに流し、ヴィンセントは暗い炎の篭った声で言った。

「俺だって。……絶対クラウドを、俺でいっぱいにして見せる」

……しょうがないか。

しょうがない。面倒くさくても、俺たちはクラウドに、やっぱりまだ恋をしている。

「ほらほら、クラウド、ちょうど今、一番綺麗……」

「……まぶし……」

ユフィの指差した先、クラウドが猫手で庇を作って見る視線の先を俺も振り返る。ちょうど西の海に、熔けていくように橙色の夕陽が沈むところだった。

これから、一体どうなる事か。俺にはとりあえず、解からない。ひょっとしたら、あの眩しそうな笑顔を浮かべてる濡れた猫は、ご存知なのかもしれないが。

とりあえずこの先のことは、お側に付いて拝見させて頂こうか。

 そして俺は、クラウドの為に死ぬ覚悟を決めた。今度クラウドに哀しい涙を流させた日には、その時こそ俺は、死ぬ。

 何のために生きているって、俺には一つしかないから。

 

 

 

 


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