「……クラウドのいいところ?」
ベッドの中、こくん、と頷く。
今日もいつものように抱いて、散々鳴かせて。「いやだ」と言っている言葉、ちゃんと俺の耳には届いている。でも、その鳴き声が俺を勢いづかせること、多分気付いていないんだろう。お前が嫌がって、真っ赤になって涙浮かべてる顔。そんな顔見せられたら、悪いけどもうどうしようもない。
俺は笑って、その簡単な問いに、質問で返す。
「じゃあお前は、俺の何処が好きなんだ?どんな所をいいと思う?」
そう言うと、困ったような顔で、少し考える。
お前はやがて、俺の胸に額を押し当てて。
「……いっつも一緒にいて、俺の出来ないことを何でもしてくれるところ」
そう答えた。
なるほど、確かに。生きることを可能にしているのは、間違いなく俺だ。
だけど。
「その答えだと、ヴィンセントも俺と同じだってことになるな」
俺がわざと、少し寂しそうに言うと、慌てて言葉を捜す。捜すけれど、出てくるはずもない。お前の中で、もちろん俺の方が上だっていうことは解かってるけれど、いざ差別化しようとすると、上手い言葉はあるはずもない。
お前のヴィンセントに対する気持ちは、恋人というよりは寧ろ父親に対してのそれに近いものなんだろう。
いや、実際のところ父親とか、あるいは建前上だけじゃなくて、「兄」という存在になるべきだったのは俺だったのだけど。
「う…………ヴィンも、好きだよ……でも……」
でも、ザックスの方がもっと好き、そう言ったら、なんだかヴィンが可哀相。
あんまり困らせてしまうのも可哀相なので、俺は笑って少し強く抱き締める。
「……俺、何もしてない。ザックスは俺にごはん食べさせてくれたり、トイレ行かせてくれたり、勉強手伝ってくれたり、いろいろしてくれるのに、俺は何もしてないよ? なのに、ザックスはなんで俺と一緒にいてくれるの?」
布団を捲くって、俺の上に乗っかる。
不安げな瞳で俺を見るな。お前の弱いことは知っているけど、それをあんまりたくさん見せられると、俺もどうにかなりそうだから。
「じゃあさ、クラウド。俺たちが普段何気なく使ってる『愛してる』って言葉の意味、どういう事か解かるか? ……それが分かれば、俺がお前の側にずっといる理由、お前から絶対離れられない理由が分かると思うよ」
愛、という言葉。辞書を調べれば、慈しむ心だとか、大切に思う心だとか、そう書いてあるだろう。きっとその、載っている意味全てが正解。
だけど、俺たちはそんな意味をいちいち気にしながらその言葉を発している訳じゃない。
お前の顔を見ていると、それが一番相応しい言葉のような気がするという、それだけ。それが理由だ。
「……好き、なこと……」
「うん、そうだな、それも正しい」
多少下劣な考え方だけど、間違いなく、俺はお前の裸だって愛しいと思う。というか、お前を形成する全ての要素、細胞一つ一つに至るまでお前を愛してると言って間違い無い。
そして、お前を愛してると、俺はいつも、どうなってしまうか自分でも想像つかないくらい、可笑しいくらい、に。
「お前のいいところ、か」
身体から降ろして布団を被り、もっとくっついてと言うとぎゅっと俺の体に密着する。
元々同じ細胞で出来ている体、DNAが互いを欲している。遺伝子は螺旋の、鎖の形をしているんだそうだ。俺たちはその鎖のように約束されていたハズが、二十八年間出会えなかった。連結することを憶えたら、もう互いに離れられないそういう運命。
約束を交わしたらもう俺たちは俺たち無しじゃ生きられない。
「……クラウド、お前は俺といて、幸せか? ……俺と、いつも一緒にいて。物を食べて、風呂に入って、学校に行って、勉強をして、テレビを見て、セックスをして、寝て、起きて。……お前は、今幸せか?」
「そんな……当たり前のこと、聞くなよ。……俺は幸せだよ、ザックスといて。生まれて来てよかったって思う。……そりゃ、えっちするとき、ちょっと嫌だったりするけど、だけど……」
そう言ってくれると、俺もお前を(偶然でも必然でも)生み出してよかったと思う。
「じゃあ、何でお前は幸せなんだ?」
また、うー、と悩み始める。
余計な事に頭を使わせるのはもったいないので、答えをあげる。
「……俺といるからだろ?」
「…………うん」
簡単なことだ。
「愛してる、っていうのは、お前といられて良かったってことだ。言わないで二人で『いるだけ』だと、時々不安になるから、たまに言って安心するんだ」
お前の要素全てを愛してる、といつも考えてる。
例えば、今触れ合ったままで穏やかな温もりをくれるその肌も。
考えているだけじゃ、お前に伝わってるかどうか解からない。
本当の気持ちかどうかも解からない。
そういう、解からないことだらけの微妙でいて強力な気持ちを自分で確認するために、「愛してる」という言葉を言う。そして、「愛してる」という言葉を言う自分に安心して、そういう自分の気持ちを好きになる。それが、その意味なんじゃないかと、最近やっと少しだけど理解出来るようになってきた。
「で、お前のいいところ、か」
「うん」
簡単なこと。
「愛してる」の延長線上にあることだ。
「愛してる」ってことは、俺を、幸せにすること。
お前を幸せにすること。
両立することによって、俺たちがもっと幸せになれるということ。
「お前は誰よりも上手に、俺を笑わせるじゃないか」
嘲笑とか、爆笑とか、そういうカナシイ物じゃなくて。泣きそうになるんだけど幸せな微笑み。お前は誰よりも簡単に俺を幸せにする。俺も、お前のことを、壊れそうで、たまに泣きたくなるくらいに幸せにしてやれたらいいといつも思ってる。
それはもう、責任とかそんなしみったれたものじゃなくて、ただ俺の胸の奥が、叫び声をあげてるのを聴いてると、そうせずにはいられなくなってしまうから。お前が俺のことを幸せにしてくれている、計り知れない感謝の気持ちと、溢れて零れてあまりきれいな形はしてないかもしれないけど無償の愛で。
「だから、俺はお前の側にいる。だから、俺たちは意味が解んなくても『愛してる』って言っていいんだと思う」
おやすみ、と言うと、抱き付いた俺の腕にキスをしてくる。
「……おやすみ」
例えばそのお前の声だって、俺を生かせる理由になってるんだ。