火のルビカンテ

 戦い終わって日が暮れて、美味しいご飯を食べたなら、お風呂に入って温かい身体のままお布団に入って、もちろんえっちをする訳だ。無事を祝って三人一緒に。極限を乗り越えてごくごく所帯じみた怠惰な悦びを分かち合う相手として、俺にとって、クラウド、ヴィンセント。俺が生きてて良かったと思う相手、俺の生きていることを良かったと思ってくれる相手、クラウド、ヴィンセント、共に在る喜び、俺の両隣にいてくれる。

 さて、俺たちは亡霊ヴィンセントを退け、事に成功した。スカルミリョーネの見解は以下の通り。

「亡霊体のヴィンセント様は、あちらにとっては……、こういう言い方をするのは非常に問題が伴うようにも思うのですが、言わば高等な雑兵という取り扱いでしょう。カオスほどの威力を持たなくとも、飛翔能力や攻撃力、俊敏性、総じた戦闘能力においては雑多な亡霊を大きく凌ぐわけです。またその肉体がヴィンセント様、即ち人間の姿をしているというのは好都合であるはずです、……つまりですね、人間に混じって問題なく生活できるレベルの姿であるということです。ヴィンセント様の姿をした亡霊体は、厳密に言えば亡霊ではなく……そうですね、粘土細工に雑多な霊、例えば獣や鳥類の魔獣の類の霊を憑依させて、一定の指揮命令に則した形で動かす為の……、機械的な兵士と言うことが出来るかもしれません。恐らく今後は、ああいった形で、……指揮する亡霊、そして、指揮される亡霊体という形で、我々を狙ってやってくるものと思われます。今後、……言い方は悪いですが『量産』されて、その数が増すことも想像できます。

 但し、実力に関しては昨日の戦いに於いて、大方の予測がついたと言えるでしょう。多少数が増えても、皆さんや、私を含めた四天王であれば十分に対応できる。……無論、厄介であることには変わりありませんが、必要以上の精神ストレスと捉える必要はないと思われます。

 それでも毎回亡霊の攻撃に対応するのは矢張り、皆さんの日々の負担以外のなにものでもありませんから、最優先課題としては、……今日のあの亡霊のように、戦略的に一つの責任を負って動いている者から、更に核に近い者を辿り、人間界に不当な不利益を被らせんとしている根源を叩くことではないでしょうか。前回はまんまと連中の罠にはまってしまいましたが……、今度こそは。四天王最後の一人が近々皆さんの前に参ると思います。……魔界四天王の威信を賭けて、必勝体制で望む所存であります」

 四天王最後の一人。カオスに仕える「地」のスカルミリョーネ、「水」のカイナッツォ、「風」のバルバリシア、あと一人、

「火のルビカンテが」

 覚えておきましょう、「火」のルビカンテ。

「既に、此方へ向かっております」

「強いの?」

 クラウドは多少きらきらした目で訊ねた。自分にある程度の力が備わったものだから、それ以上の力あるものに対して興味を抱くらしい。

「強い、ですね。……はい」

 スカルミリョーネは頷く。

「スカルミリョーネや……、バルバリシアよりも?」

「実力に関して言えば、魔界でも屈指のものと考えていただいて結構です。ただ……」

 スカルミリョーネはちょっと目を逸らした、そして、逸らしたまま言った。

「私は嫌いです」

 スカルミリョーネがこんな風に、マイナスの感情をはっきりと口にすることは今まで一度も無かったことだ。だから、俺とクラウドは顔を見合わせた。ヴィンセントはずっとお茶を啜る。カオス経由で知っていることなのだろうか。

「……ですから、……いえ、何でもございません。ただ、……事によってはカイナッツォ以上に、皆さんにご迷惑をおかけするかもしれません。……そういうことは、あってはならないのですが」

 スカルミリョーネ、今ひとつ歯切れ悪くそう言う。よく飲み込めないが、とりあえず今日の午後には最後の四天王がこっちへ来るらしい。学校終わって帰ってきて、スカルミリョーネは「一切お構いなく」とまた珍しく刺のある言葉を択んでいたが、まあ、そういうわけにもいかないので、軽く掃除をした。ヴィンセントは煙草を吸って怠けていたが、クラウドが手伝ってくれたから、まあ、順調に終わった。

 四時近かっただろうか、我が家の乱暴な音の呼び鈴が鳴った。音が「ガー」だから鈴というよりはブザーに近い。ヴィンセントは立ち上がらない。スカルミリョーネも。クラウドと俺は顔を見合わせて、仕方なく二人だけで玄関まで出て行く。

 扉を開ける。

 浅黒い肌、赤茶色の長髪は粗くワックスか何かで流してある、やたら高い身長、がっしりした体、今二月、なのに、派手なTシャツ一枚に少し廃れたチノパン、……口に煙草、片手に湯気の立っていない缶コーヒー。腕に、じゃらじゃらアクセサリー、

「よう、お前が『人間の戦士』サマだな」

 俺は棒立ちになった。

「……にゃあ」

「おー、お前さんが、アレかぁ、ネコミミだな?萌えるなぁ。まあ、宜しく頼むわ……俺、ルビカンテ」

 ぽかぁんとしている俺たちを横目に、「ルビカンテ」と名乗ったそいつは、つかつかと俺たちの家に入っていく。きょろきょろとあっちこっち見回しながら、づかづか、歩みを進めて。ばたんと後ろの扉が閉まってから、ようやく俺とクラウドは自我を取り戻す。

「……いま、なあ、あいつ、煙草吸いながら入って行った?」

「……にゃう……」

「……っ、こらお前!待て!我が家は歩行中禁煙だ!」

 慌てて、やつの入って行った居間に入ると、スカルミリョーネが物凄い形相でルビカンテと相対している。わなわなと、身体の脇に握られた右の拳を震わせて。

「き、き、……き、きき、貴様は……ッ、貴様という奴はッ」

 裏返りそうな声で言う。

「我らが主カオスと同じ魂を持つヴィンセント様の御前で咥え煙草でふんぞり返って事もあろうに第一声が『おう』とは何だ『おう』とはまず煙草を消し然る後土下座をしろ今すぐに謝罪しろこの無礼者が!!」

「……スカルミリョーネってキレるとああなるんだね」

「……うん」

「……うるせーなーあ、おめえはよぉ……、俺が堅っ苦しいの大嫌いなの、知ってんでしょ?そんなスーツとか着ちゃって何考えてんだかねえ。……まあいいやチビの言うことは無視。おっさん、ホンッとにカオスそっくりなんだなあ。並ばれたら俺でも判んないッポイわ。……すげえなあ、ホントにいるんだなあ」

「ッ……て、ッ、天誅を加えてくれるッ貴様そこになおれ!!」

 まあ、落ち着けと、ヴィンセントがスカルミリョーネの肩に手を置いて、座らせる。然る後に、ヴィンセントくるりとルビカンテに背を向けて。

「……うわ」

 クラウドは、ヴィンセントとルビカンテが一つの点で交わったところで初めて声をあげた。俺も、やっと認識することが出来たくらい。……いつだったか、ウータイの温泉旅館でラプスを殺したときに見せた、あの超高速の足技……、後ろ回し蹴り。

 それはもう長い足、靴の先、ルビカンテの咥える煙草を通り過ぎる。煙草がぴんと弾かれる、それが寸分違わず、灰皿に落ちた。

「……カオスに聞いてはいたが」

 ヴィンセントは腰を下ろし、眉間を指で抑えた。

「予想以上に無礼な男らしいな」

「……申し訳ございません……」

「お前が謝ることはない。……まあいい、今ので勘弁してやる、とりあえず座れ」

 ルビカンテは、にィと笑い、白い歯を見せる。そして、ぐびと缶コーヒーを飲み干して、どすんと座った。あまり新しくないソファがギィと軋んだ。

「……で?」

 ヴィンセントはじろ、とルビカンテを見る。

「で?って?」

 どう見てもただの遊び人風のルビカンテははぐらかすように首を傾げた。ヴィンセントにいきなりアレだけの仕打ちをされていて、まだ飄々としているのは、「あれくらい怖くも何とも無い」という考えがあるからか、余程自分の実力に自信があるからか。

「不本意ながら」

 スカルミリョーネは、斜め前に座ったルビカンテの顔を見ない。

「不本意ながら、今回貴様をこちらへ呼んだ理由は、既にカオスから伝達済みであろう」

「あー何か言ってたっけ。でも俺そん時メールしてたから覚えてねえ」

 ガタンッ、とまたスカルミリョーネが立ち上がる。ヴィンセントが手を引いて座らせる。

「……確か、俺の力が必要だとか言ってたような気ィするなあ?」

 ひとつ、スカルミリョーネを不必要に怒らせてから、惚けたようにルビカンテは言う。視線を天井に向けて、

「チビも坊主も巨乳ちゃんも出来ねぇっつぅんだから、俺がしなきゃならねぇらしいなあ。まあ、カオスの頼みだから無碍に断るわけにも行かんし、だから来てやったわけだけれども」

 んー、と背伸びをして、溜め息を吐きながら、

「地獄ツアーへ三名様ご招待ぃ、ってね」

 人差し指を立てる、……その指の先に火の球が生ずる。それを、ルビカンテは灰皿の上に載せた。

 灰皿の上で浮遊する拳大の火の玉は、ひとまわり、ふたまわりと成長する。不思議と、熱さは感じない。だから、火事の心配はしなかった。

「この宇宙の、そんでもって宇宙の外の、『火』は全部俺のもんだ。例えばよぉ、この家でガスコンロ使うだろ?それでメシ炊くだろ?そんときの火も、俺のもんなんだ。もちろん、焚き火も、このライターの火も、火葬場で死体焼く火も、全部な。……なぁ、ネコミミちゃんよ、火って綺麗だろぉ」

 ルビカンテは言いながら、火の玉の中に手を入れた。クラウドが息を飲む。

「あったけぇしな、火は……、火は、光を生む。……心が落ち着くんだよなあ。……俺のいた地獄も、火ばっかりのところだったぜ」

 ぴたり、と俺は、クラウドは、ルビカンテに目を向けて停まった。

「……そうです、この男は」

 スカルミリョーネは苦々しく言った。

「元々、地獄にいた者なのです。あまりに粗暴で、カオスに迷惑ばかりをかけるので……、ながきに渡って地獄に送還されていました。ですから、……魔族でありながら、地獄と非常に精通している、そう言った点で希少な存在なのです」

「おいおい、他所よそしぃ言い方すんじゃねぇか……、テメェだってそうだろ?ええ?」

 スカルミリョーネは汚されたような顔をした。

「……そうなの?」

 スカルミリョーネは、少しく顔を赤らめた。そして、やがて頷いた。

「……地獄にいた頃の記憶は、一切ありません。私の始まりは、バルバリシアと暮らしていたあの家で……、それ以前の記憶は、まるで無いのです。ですが」

 スカルミリョーネは俯く。

「このチビはさぁ、カオスが拾ってきたんだよ。地獄と魔界の境目でな、もう死んでるところを、カオスが拾って食おうと思ったら、死んでるはずなのに起き上がった、そんでもって、カオスが慌てて生き返らしたら、普通に魔族として生きられるし、殺したら殺したで、フツーに動くし。だから面白ぇってんで、四天王の候補としてバルバリシアと一緒に住ませたんだよ。まあ、純性の魔族とは元が違ぇ、亡霊と魔族のハーフ&ハーフってとこだよ。なぁチビすけ」

「……」

 スカルミリョーネは俯いて黙っている。ケラケラ笑いながら話すルビカンテの気が知れなくて、俺はスカルミリョーネの方も、ルビカンテの方も、見られなくなった。

 確かに、スカルミリョーネの本性は、どう贔屓目に見ても、やっぱり「死体」だ。光の無い巨大な魔獣の骸に、意志だけが宿ってずるずると動く、あれはどういう風に言っても「いきもの」ではない。しかし、そこに宿る意志がどういうものかを、俺たちはよく知っていた。だから、

「……脱線しないで欲しいな」

 ヴィンセントは静かに言った、それが、代弁していた。スカルミリョーネを改めてみる、俯いて、膝の上に置いた手を握っている。

「地獄は火の多い場所らしいな。そこに存在する火も、お前と繋がっている。それゆえ、お前の能力を借りて此方の火と地獄の火を空間的隔たりを無くして接続させれば、此方から地獄へ直接行くことができる……。カオスはそう言っていた」

「そー。そのとーり。だから、あんたらを俺は、いつでも地獄に連れて行ってやれるわけよ。まあ、地獄つっても広いからな、イキナリ親玉のトコ言って暴れてもらう訳にゃいかねえけど」

「……『親玉』の見当というのは?ついているのか?」

「うや、ついてないよ。でもザコがどういう風に動いてるかで、地獄ン中のどこに親玉がいるかぁ判んだろ。後は探しゃいいんだよ。たいした苦労じゃねぇ。まあ、俺はあんたら連れてったら帰るからノー苦労だし」

 基本的に魔界に住む魔族というのは、人間と同じだと思っていた。それは、俺に一番近しい魔族というのがスカルミリョーネという、人間よりも人間らしい、そして俺たちの心に優しい子だったから。けれど、カイナッツォやルビカンテを見ていると、やはりそうではないのかもしれないなと思い始める。カオスの恐ろしいくらい打算的なところはその一端。やっぱりこう、何とも人間とは違う感情を一部分持ち合わせているようで、ルビカンテの言葉を聞きながら多少の脅威を感じざるをえなかった。

「ま、とりあえずそう言うことさ。地獄行くならいつでも行けるよってこと。……んじゃあ俺ホテル帰るわ。この村ホテル一件しかねぇのな。ホテルっつうか民宿っつぅか。んじゃあ、用事あったら呼んでな」

 勝手に喋って勝手に立ち上がって、ルビカンテは家を出て行った。俺とクラウドは半ば呆然と、その姿を見送った。


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