偶然の糸

「眠れ」

 ヴィンセントが俺の額に手を当てた。

「眠れなくとも、眠れ」

 どうしよう、涙が、止まらなくなってる。酷い顔になってる。やっぱり、やっぱり、どうしても、怖い。クラウドがこの世からいなくなってしまう、俺の世界から消えてしまう、どこに行っても会えなくなってしまう、怖い、怖い、怖い……。

 ヴィンセントはだけど、俺に言う。

「お前の元々そんなに美しくない顔、泣きはらした目、浮腫んだ顔で、クラウドを迎えるつもりか」

 何かを、押し込まれた、脳に。

「馬鹿が……」

 

 

 

 

 事実は当たり前のような顔をして俺の目の前に在る。全ては恐らく、偶然なのだ。ヴィンセントと、クラウドと、俺とを、繋ぐもの、或いは、セフィロスとザックスとルーファウス、ティファ、バレット、エアリス、と俺、俺と何かを、何らかの形で、何らかの関係性に成り立たせていた「何か」が何かと言えば、それはごく平凡な単語で言える。

 偶然。

 偶然、に、俺たちは、飾りたがりだから、いつだって大仰な言葉を使って言いたがる。いちいち、格好をつけたがる。それは恐らく俺も一緒。だけれど、一晩、クラウドを喪った気持ちで、でも今この時を迎えてみて、全てが空虚な偶然以外の何ものでもないのだと思い知る。

 腕の中の、俺の大好きな体温が、今もこうして体温と機能していて、俺にしっかりと抱擁し返す力を感じさす、それは全部、とてもアヤフヤなものに過ぎない。美化しようも無いような、平板な、偶然と言う事実だ。ぎゅっと握られた手の先の爪が俺の背中に刺さる痛みが、それを俺に理解させる。俺とクラウドがヴィンセントが、愛しい人が、俺とともにこうして今在ることは、とても都合のいい偶然に過ぎない。

 けれど、けれど、けれど。

 その偶然全てに感謝して、俺は泣く。クラウドの前で泣くのは嫌だと思っていた。それは、あのコルネオとの戦いのときに、すごく強く思った。俺の心が挫けたらその瞬間、クラウドの全てが凍り付いてしまうから。だけれど今は、そんなこともどうでもよくなるくらい、俺は泣いた。

「だいじょぶだよ、ザックス、ちゃんと、俺、いるよ、一緒に、側にいるよ」

 クラウドは、繰り返し、繰り返し、俺に言う。俺はもう、何もかもが怖くてたまらなくなっていた。世界の全てが、俺の宝物を、奪おうと思えば奪ってしまえるという事実に気付かされた。クラウドが俺の側にいるのは、愛情以外には、ただ偶然の要素だけであって、その偶然の関係性によって成り立つ事実を、俺は心の底から愛し切っている。その危うさを、感じないわけには行かない。

 ただただ愛しい、それだけじゃない。その愛しさをどう護っていくかなのだ。

「いい加減にしないか」

 ヴィンセントが俺の後ろ髪を引っ張った。

「あまりクラウドを困らせるんじゃない」

 そう言われて、俺はやっと、その腕を解き、洟を啜った。同じように、スカルミリョーネが泣いている。クラウドはもうとっくに泣き止んでいて、ヴィンセントは泣いていない。

「……無事に帰ってきたのだ。それ以上のことを望んではいなかったのだろう」

 俺はこくんと頷いた。

 クラウドが戻ってきた……、そうしたら、キスも出来る、セックスも出来る、何だって。……そういう考えの一つも浮かばないほど、無事な姿のクラウドが帰ってきたことだけが重要だった。

 ヴィンセントだって寂しかった、辛かった、怖かった、だけど、ヴィンセントはそれら全てを一旦押し止めて、その上でクラウドが帰ってきたという事実を受け止め、次の段階へ移行しようとしている。俺には絶対に真似できない回路だが、そうなる努力もしなければいけないのかもしれない。ヴィンセントは確かに大人だ。

 だけど、ヴィンセントもクラウドを抱き締めた。抱き締めて、その後ろ頭を撫ぜた。短い時間ではあったけれど。

 身を離し、ソファにクラウドを座らせて、訊いた。

「あの男に、何かされたか?」

 クラウドは、首を横に振った。

「なんにも。……なんにもっていうか……、うん、あの……されてない」

 クラウドは目線を一往復、天井と床と、彷徨わせて、歯切れ悪く言う。

「……本当に?」

 俺が訊ねると、頷く。だけど、やっぱり、唇が尖がってる。

「……本当に?」

「……うにゃ……」

 あっけなく牙城は崩れた。なんだか、すごくすごくすごく、……一日しか経っていないのだけど、本当にすごくすごく、クラウドの可愛い仕草を見て、それがとても久しぶりで新鮮で、俺の心が和む、弾む。

「……ごはん……、食べた」

「ごはん?」

「ごはん……、お昼に、カレーライス食べて……、おやつにかつおぶしもらって、晩ご飯、焼き肉食べた。で……さっき、朝ご飯にお寿司」

 朝からお寿司が贅沢とかどうとかいう問題ではなくて、だ。

 ヴィンセントが煙草に火をつける。

「人質にする待遇にしては、だな」

 スカルミリョーネが涙を拭く。

「その上、……大変目出度いことではありますが、クラウド様の身柄を本当に一日で此方へ返した。……どういうつもりで……」

 誘拐に脅迫、などという、卑怯で外道な真似をした。そう考えれば、クラウドに――確かにこの子が「食べたい」と言った――飯を食わせ、律儀に一晩で此方へ返したというのは、非常に奇妙で、不気味では在る。あいつは「地獄から出て行け」という交換条件を出した。本当にその条件があの段階で満たされることが重要だったのだろうか。

「ハッキリしたと言えば、ハッキリした」

 ヴィンセントが煙に言葉を混じらせた。

「あの男は、地獄と結託したのだな。……地獄と結託し、何かを企んでいる。その企みのためには、我々が地獄に入っては厄介なのだ。だからああいった形で交換条件を出し、クラウドを誘拐したのだ」

 確かにそれが一番、答えとしては納得が行く。だが……。

 「テメェにゃ見えねェよ」、ルビカンテは言った。「何が?」……、もちろん、それは秘されたまま。

「他には……、何もされなかったか?例えば……、襲われたりはしなかったか?」

 ヴィンセントの質問に、クラウドはぴたりと動きを止めた。

「……まさかあの男……!」

 スカルミリョーネが憤然と立ち上がる。

「ち、ちがうよ、ちがう、変なこと何もされてないよっ」

 クラウドが慌てて言う、ヴィンセントがクラウドの後ろ髪と肩、匂いを嗅ぐ、昨日と同じ服を着ている。

「……そのようだな。射精した気配は無い」

「うにゃっ」

「では、何をされた?言ってみろ」

「うー……、……あの、お風呂、入った」

 今度は俺が立ち上がった。

「お風呂!?お風呂!?お風呂だと!?」

「……落ち着け、大きな声を出すな馬鹿」

 諭されて座るが、心臓がばくばく言う。耳が赤くなっていると思う。クラウドが絡むと三畳一間よりなお狭いこの心、血圧も簡単に上がってしまう。

「変なこと何もされてないよ!……ただ、『風呂毎日入ってるのか』って訊かれて、俺がうんって言ったら、入れてくれた、お風呂……。ちゃんと髪も洗ってくれたよ、その……変なことは何にもされてない」

「……ほん、と、だな?」

「ホント、だよ」

「他には何も、されてないな?」

「……あとは……、あとは、何も、うん、されてないよ……。……その……、おしっこ、した。トイレ、連れてってもらった」

「……チクショウ……」

 非常に幼稚と重々理解、はしているけれど、ルビカンテを憎む理由が俺の中で一つ増えた。クラウドのパンツの中は聖域だ、あそこに触れていいのは俺とヴィンセントとスカルミリョーネとユフィだけ(それでも多いな)なのに。おしっこさせたことあるのはヴィンセントとスカルミリョーネと俺だけなのに。っていうか他人の目にだって触れさせたくは無いのに!

「だ、だって!出来ないもんっ、おしっこ、俺一人じゃトイレいけないしズボン下ろせないしっ……、ザックスは俺にもらせって言うの?」

「そういうわけじゃない、けど……、けど……」

 おもらしクラウドも可愛い。いや、それは今はいい。

「……しょうが、ないだろ……、俺だって……」

 クラウドが俯く。そうだ、そうだ、この子は被害者で、この子は……何も悪くないし、今さっき、側にいてくれるだけで幸せと思ったことを、どうして俺はこんな簡単に忘れてしまえるのか。

「ごめん。ごめんな」

 すんなり許してくれたけれど、俺の一番気をつけなければならないところだと思った。

「……他に何か……、奴の意図を話したりは、しなかったですか」

 スカルミリョーネは深刻な顔で問うた。

「……俺も、訊いたよ。『なんでこんなことすんのさ』って。俺も……あのひとが、ルビカンテが、カオスの言うこときかないで、地獄と一緒になったらどうなるかって……。でも、何も言わなかった」

 ルビカンテは、「今に判るよ。けど判んねェ方が余ッ程幸せだろうけどな」、クラウドにそう言った。

「……他には、何も言わなかった」

 スカルミリョーネは眉間に指を当てた。ルビカンテに一体どんな意図があってああいうことをしているのか?俺も、ヴィンセントも、まったく判らない。

 と、クラウドが顔を上げた。

「そうだ……、俺、掴まってたところに、ルビカンテ以外にもう一人いたんだ」

「ルゲイエ……、ひょっとしてその男は、ルゲイエという名前ではなかったでしょうか」

 クラウドは首を傾げた。

「顔は……、姿も、声も見えなかった。ただ、違う部屋にいるみたいで、時々ルビカンテがその部屋に首突っ込んで、何か喋ってた。喋り方とか、別に普通だったよ。だから、そのルゲイエって人なのかどうかは判んない」

「そう……、ですか」

「ルゲイエって?」

「……ルビカンテ直属の部下です。私における、スカルナントのような」

 スカルナント、何度か会ったことのある、SP風の四人の大男たちだ。

「四天王にはそれぞれ、直属の戦士たちがいるのです。バルバリシアにはメーガス三姉妹、カイナッツォには蜥蜴男のベイガンが、……そしてルビカンテには、狡賢いルゲイエが」

「ずるがしこい……」

「油断のならない男です。戦闘能力では劣りますが、奸智に長けた科学者です。……ルビカンテ一人で複雑なことを創めるとも思えません……、裏にルゲイエがいるとなれば」

 スカルミリョーネが考えに沈む。俺たちは黙りこくるしかない。

「……今日はもういい」

 ヴィンセントは、ちょっと姿勢を崩して言った。

「クラウドが帰ってきたことが重要だ」

 それには俺も、大いに同意したい。スカルミリョーネは顔を上げて、ちょっと微笑んだ、それは俺たちのことをとてもよく理解した、優しい優しい微笑だった。

 もちろん、スカルミリョーネに参加してもらったって全然構わない、そう思ってはいたけれど、スカルミリョーネは立ち上がって、ぺこりと頭を下げた。

「では、本日はこれにて失礼致します。また明日参りますので」

 そんな気を遣ってくれなくてもいいよ、そう思ったけれど、その気遣いもまた嬉しいので、無碍にしないようにと思う。三人で玄関先まで送り、キスをして別れた。

 一家族一揃い。

 扉をぱたんと閉めて、やっぱり俺はクラウドを抱き上げて、キスをした。扉が閉まった瞬間にそうされること、判っていたんだろう、クラウドは尻尾を膨らませたり暴れたりしなかった。俺のキスを素直に受け止め、舌も拒まなかった。

「よかった」

 溜め息のように俺から零れた。

「お前が無事に帰ってきてくれて、本当によかった」

 こく、とクラウドは頷いた。床に下ろしても、俺の服にきゅっと爪を立てた。

「……ザックス」

 そして俺を見上げて、

「お風呂、入ろ?ヴィンもいっしょに、三人でお風呂入ろ」

 もちろん、心から喜んで、俺は頷いた。うん、そうだね、お風呂に入ろう、何よりもまず、三人一緒にお風呂に入ろう。

 

 

 

 

 浴室の鏡に映った自分の顔がふと目に入る。

 俺、案外悪い顔はしていない、そう気付く。

 判んない、見る人が見たら、やっぱり俺は自信持てるような顔はしてなくて、どっちかといったら、性格の悪さがそのまま目や口許に現れているように見えるのかもしれない。実際、心は狭い、すっきりしたところはどこもない、嫌な人間で、それはどうしたって顔に顕れてしまうものだろう。デリケートな話題で、言葉を慎重に選ばなければならないけれど、……敢えて言えば……、ヴィンセントは多分誰の目にも美しく映る、格好良く映る。それは単に、ヴィンセントが美しい心の持ち主だからだ。と言って、たまたまヴィンセントは二重瞼にすらりと通った鼻、パーツひとつひとつが整っているけれど、それは結果に過ぎなくて、……これはもう、すごく言葉にしにくいことだけれど、例えばマキハラさん俺大好きだ、周りは何かもう、格好良くない顔の代表格みたいに言うのだけれど、俺は彼が格好いい男に映る、逮捕された後から急にそう映る。俺みたいな頭の良くない奴が一元的に彼の歌を聴いて思うだけのことだけど、これだけの詩を書いて生きてる人が悪い人間のはずがないと信じられて、それによって、彼の顔が俺には美しく見えるわけだ。……もう、言えば言うほど誤解を生みそうだからこれ以上言わないけれど。

 で、だ。

 鏡に映った俺の顔は、悪くない。俺は今、クラウドと繋がってる、クラウドを膝の上に乗せている。クラウドの後ろ頭、解けた髪の揺れる隣りに、俺の顔がある。自分でも意外なほど、凛々しい顔になっている。要するに、クラウドを愛するとき、俺は心底からクラウドを愛しきっているわけで、純粋になっているのだ、それが目や頬に現れるのだ。

 こういう俺を見て、クラウドが「ザックスかっこわるくないよ」と言ってくれるのだとしたら、納得が行く。俺のことを少女漫画のヒーローみたいに見てくれてるんだろう。実際の俺は左の頬っぺたにニキビがまた一つ出来ていたり、ヘソの下に微妙な毛が生えていたり、ちんちんだっていい加減廃れていたり、すね毛だって結構生えていたりしても、俺のことを格好良いと、進んで幻想に浸ってくれるんだろう。

 それが悪いこととは思わない。とりあえず、クラウドとヴィンセントなら許そう、歓迎しよう。

 俺はクラウドの顔に目を戻した。とても、とても、とても、可愛い、とても、綺麗だ、とても、愛しい。だけどきっと、普通の子供の顔だ、そもそも俺の子供時代の顔だから、そんないいもんでもないかもしれない。だけど、俺は、ヴィンセントは、好きだ、可愛いと思う。

「ざっく……ス……、ザックス……っ」

 きゅう、と爪が肩に刺さる。構わなかった。くれるものは痛みでも欲しい。

「動かすよ」

 こくん、頷いて、爪を抜き、腕でぎゅっと掴まる。俺はクラウドの太股を支えて、揺すった。クラウドと俺の、繋がった場所が、卑猥な音を立てる。俺が今挿しているのはクラウドの肛門であって、有体に言ってしまえば排泄物の出てくる場所だ。科学や数字で分析すれば非常にスムーズではない。だけれど、ね。

 そうじゃないことを誰もが知っている、知っていることを俺も知っていて、言いたいのさ。誰もが通り一遍の格好良いもの美しいものに酔いたくって、だけどそれ以上のことを本当は知っているのなら。

 俺のちんちんを受け容れるのに最高の場所がここだ。

「にゃ、っ、んん!あぅ、……んにゃっ、あっ」

 俺が一番感じるのがここだ。

 クラウドのお尻の中。……本当に……、一番……、一番、最高、だ。

 無論……入れられるのはヴィンセント、お尻の穴が一番欲しがるもの。

「クラウド、クラウド、大好きだよ、どこにも行くな、俺を置いていくな」

「ンっ……、いか、ないっ、いっしょ……っ」

 最上級。ラブ、ラバー、ラビエスト。世界はここだけでいい、そう、ただでさえ狭い心が接点を中心とした一メートルくらいになってしまう瞬間があって、意外とそれはかけがえなかったりするのだ。

 クラウドのお尻、ぎゅうううう、思いっきり俺を締め付ける。ああ、クラウドいっちゃうんだ、それが判る、だから俺ももう耐えない。

「いくよ」

 教えてあげると、もう声も無く、俺の、まだ一応六つに割れてる腹筋、クラウドの薄い胸板とピンクの乳首に、精液が散った。その美しさを見て、……「っは……ぁっ」クラウドのいやらしい声を聞いて、俺も中に吐き出す。何度も、何度も、俺は弾んだ、腰に止まらず、胸や喉のあたりまで痺れるような、到達。

「判る……、クラウド……俺、出て、るの、判る?」

 こく、こく、クラウドが頷く、そして、びりびりと尻尾に電流が走る。

 繋がったまま、……少しもセックスという行為に飽きないで、まだ、愛してる、息を互いに這わせ合う。

「愛してる」

 俺たちなりにしか、定義できないその言葉で、確かなものを確かめ合い、存在するものの輪郭を認識する。互いの身体が側にあり、心が通い合っている時点で、愛という感情がいかに朧げであるか判らなくとも、信じて語るのだ。

 接続を解く、クラウドのお尻から、俺の出した精液が零れた。ちょっと寂しげな顔になる。

「……あんたは」

 浴槽の中にはヴィンセントがいる、ひろびろ、寛いで座っている。

「私はもう満足した」

「……つっても、入れてない」

 余裕の微笑みで、

「お前の方が辛い思いをしたのだから。私は何よりお前たちが愛し合って幸せでいることが重要だから」

 そう言う。俺は涙ぐみたいような気持ちになった。

 偶然を確かなものにするのは、その時点ではなくて、未来だ。つまり運命ではなくて、努力だ。もっと泥臭くてしんどいものだ。クラウドとヴィンセントと俺、が三人一緒に暮すこの日々、が成り立つのは「運命」よりも「偶然」であって、その「偶然」を確かなものにしていくのは、一重に俺らの努力にかかっているといっても過言ではない、そしてそれはこれまでもある程度成功してきたといって良い、俺たちの日々を、生きていることを活かすと書いて「生活」そう呼べるようになっているのだから。第三者が恣意的に定める「運命」などというきな臭いものよりずっと幸福だ。

 お互い、性欲納まって、ただ、優しいキスを、ちゅ、ちゅ、何度も交わした。

「……な、クラウド」

 後ろから抱く、鏡に映る、俺たちの顔は、同じように綺麗だ。

「んー?」

 ちょっと肩が、ひんやり。そろそろまた浸かろう。

「おしっこしたくならない?」

「は?」

「……おしっこ……、その、したくなんない?」

 鏡越しの顔がきょとん。それから、ちょっと呆れた顔になる。

「……、見たい、の?」

 頷いた。

こういうとき俺はとても素直だなって思う。クラウドの前で嘘をついたりはしない。俺はどれだけお前が好きか、お前が好きなことによってどれだけの欲望を抱くか、伝える。そして醜い部分まで晒してなお、クラウドは俺を「愛してる」と言ってくれるから、それほど信じられることもないだろう。右斜め後ろ、浴槽に浸るヴィンセントが笑った気配がした。

「ルビカンテに見せたから?」

 俺はちょっと苦笑いして、うん。

「でも、そればっかりじゃない。お前の可愛いところは全部見たいよ」

 クラウドはさほど長く渋ることはしなかった。立ち上がって、排水口に向かって、……照準は俺が合わせる。

「う……」

「ん?」

「……なんか、改めて……見られると、ちょっと恥ずかしい」

 それはもう、そうだろうけれど。

 すっかり大人しい其処が、本来するべき仕事をする。そうして俺はようやっと、少し安心した。

ヴィンセントが立ち上がる、冷えてしまった体を抱き上げて、一緒にお風呂に入った。例えば一昨日も一緒にお風呂に入った、でも、とても久しぶりの気がした。新鮮さは、俺の人生、これからも、一生クラウドを護る為に生きてかなきゃと思わせるには十分すぎた。


back