feb.

 春休みが待ち遠しいのはクラウドも俺たちも一緒。クラウドは一日中遊んでられるし、俺たちはクラウドを一日中弄っていられるし。三人でまた温泉でも行くのもいい。去年の野球で俺たちと長い間離れて生きる寂しさを経験して、クラウドは甘えん坊になったから、たくさん思い出を作ろう。百万年後も覚えていられるような素敵な記憶をたくさん創ろう。

 でも、今はまだ二月の終りなので、春休みまでは短く見積もっても一ヶ月ある。春休みだって、十日くらい。短すぎる。とはいえ、クラウドは大学生ではないので、休みが短いからといって文句は言えない。四月からは六年生だ。これから将来のこととか、ちょっとずつ考えていかなきゃいけない。もちろん、クラウドのやりたいことをやればいいと思う。俺とヴィンセントは出来る限りのサポートをする。クラウドが独り立ちしたいと……どうしても……うう、望んだなら、その時はまた考える。だけど、俺たちが家族なのは代わらないし、家族であり、親子兄弟であり、同時に三角形の夫婦関係であるから、離れて暮らすということはどうも考え難いのである。よって、これからも生活形態に、今との差異は生まれ難いと考えるのである!

 クラウドが生まれてもう四年目だから、当たり前のようになっている。平日の昼間。以前、オナニーしてることについて書いたけど、別に、まあ、しないで済む日もある、あるんだ一応。誰だ「へええ」って馬鹿にしたのは。失礼な。俺だって其処まで好色じゃない。いや、うん。その気になればクラウドだけじゃない、ヴィンセントだって、以前は女性相手にだって股間を硬化させていたような俺だけど、今はクラウドとヴィンセントだけ、それも時と場合を一応選んで。言い訳が苦しくなってきたので強制的にここらで打ち切るが。

 クラウドやヴィンセントのためになら美味しい食事を作る気になるのだが、自分のためだけの昼飯となると、どうしてもいい加減なものになる。それは俺、ヴィンセントと二人で暮らしてた頃から、いや、それこそ、ザックスと一緒にいた頃からずっと変わらない。俺の同居人というのは、母さんを筆頭に、なぜかみんな料理が上手い人。ザックスも、ティファも、ヴィンセントは言うまでも無い。クラウドにはそんなことは期待していないので良し。同居人が料理上手となれば、俺の料理が上手くならないことは一見不思議なようだが、基本的に怠惰な俺は「どうせ努力したって追いつけやしないんだ」と端から諦めてしまう悪癖がある。ヴィンセントと暮らしていたときばかりは、ヴィンセントに美味しいご飯を食べさせてあげたい一心と、あとは立場上、俺が専業主夫だったということから、俺も努力を重ねたけど、現在その努力が実を結んでいる気配は無い。たまに料理の本を読んで覚えるのだけど、十回に一回くらいしか、果々しい結果は得られない。それでも、まあ、三人分の食事は、頑張って作ってるよ、美味しいものができるように。だけど自分の分となると、話は別だ。

 今日の昼ご飯はおそば。我が家には通販で四半期に一度、地方から蕎麦が送られてくる。乾麺だったり、生麺だったりする。年末に届いたのは生麺だったので、年越しそばを美味しく頂いたが、いまユーティリティの食品庫に入っているのは乾麺だ。それを茹でて、かけそばにして食べようと思う。

 あまりにも少ない。質素な昼食。しかし一人のときはいつもこんなもんだ。飯を作るのがまず面倒臭く思える。ジャンクフードで済ませてしまいたい気持ちが頭を擡げてくる。不思議なもので、近所の小さなスーパーにひとっ走りカップめんを買いに行くのはさほど億劫ではないのだ。しかしカップめんの空容器をヴィンセントに見咎められるとブツブツ文句を言われるのでいつも諦めている。カップめん、とりわけ、味噌ラーメンに玉子を落として蓋をして三分待つ。そうすると、玉子の白身が麺に絡んで少し白く固まっていて、そのぷるぷるした触感というのが俺、とても好きなのだ。黄身はギリギリまで崩さないでおいて、最後に一口で食べてしまう、その征服している感じというのも俺、すごく好きなのだ、が。

 仕方がないので、今日も諦めてかけそばなのだ。

 でも、万能ねぎを見つけて、ほくそえむ。

 調理技術の名称には全く疎い。輪切りとみじん切りと千切りくらいしか知らない。かつらむきは出来ないので、皮剥き器を使ってしまう。だから、何切りというのかわからない。とにかく、その「何切り」かをして、万能ねぎを細かく輪っかに刻んだのをたくさん乗せてかけそばを食べるのは、好きだ。ただのかけそばが、俄然美味しくなるような気がする。かけそばの加薬のみならず、万能ねぎの刻んだのは大好きだ。納豆にもたくさん入れるし、ラーメンに入れてもいい、そのままはさすがに食べられないけども、名脇役としての地位をしっかり確立しているように思う。普通の長ねぎの薄切りよりも美味しいと俺は思う。とにかく洗って俎板に乗せて、ひたすら切る。ヴィンセントに使う予定があったのかもしれないけど、気にせず全部小さな輪切りにしてしまう。どんぶり一杯くらいの量にはなる。もちろん全部なんて使わない。お湯を沸かした鍋に乾麺を入れて茹で始める隣りで、つゆを作り、そこにレンゲで山盛り二杯、結構な量を入れる。

「まだーきーみのかみでーしゃーつでーゆれるたくさんのしろいはーねー」

 茹で時間は大体三分弱、少し固めが好きなのだ。歯ごたえのないのは嫌い。タイマーを押し忘れたときはこんな風にマキハラさんの歌の、三分くらいのを歌って代わりにする。

「いいっしょにかえろおーうーおーおーうー」

 でお湯を切って、麺をつゆに入れて、どんぶりに投入。かけそばねぎ入り、出来上がりだ。ともあれ、質素な昼ご飯、ましてやそばは腹持ちが悪い。どうせ日の傾くのを待たずにお腹が減ってしまうが、その頃にはクラウドとヴィンセントが帰ってくる。ホットケーキの粉があるから、おやつを作ろう。ホットケーキなんて、わざわざ作る手間を、しかし二人のためなら少しも惜しむつもりが無い。

 

 

 

 

 予定していた通りにホットケーキを焼いて、バターと蜂蜜をたっぷりかけてクラウドとヴィンセントと三人で食べた。こういう時間を過ごすための手間である訳で、その手間には価値があると考える。非合理ではあろう、例えば、ホットケーキだって買って来ればいい。しかし、その手間を惜しまぬことによってしか生まれない価値がここにある訳だ。俺たちはそれを知っている。自分以外の者の為のご飯が美味しくなるのも、当然といえば当然。

「さて」

 ヴィンセントはフライパンを洗いながら訊ねる。

「ご苦労だったなザックス。晩飯は私が作るから」

「ん? いいのか?」

「ああ。ホットケーキを作ってくれた礼にな」

 こういう、いいこともあったりする。

「そうか……、じゃあ、俺サンポでも行こうかな。クラウド一緒に行こうか」

「うーん、うん」

 積極的ではないが、ついて来てくれるのが嬉しい、ホットケーキの効果かも知れないと、勝手に思うことにする。思うことにしながら、判っているのは、どうであっても俺のことが好きという気持ちがクラウドの中にあるのだという、今更顧みることはクラウドに対して失礼ですらあるようなこと。

「……万能ネギ全部切ったのかお前は……」

呆然とどんぶりを手にして立ち尽くしているヴィンセントに行ってきますを言い残して、外に出る。といって、別にどこへ行こうという当てがあるわけではない。

「どこ行くの?」

 クラウドにそう聞かれても、答えようが無いから、

「どこでもいいよ」

 と、自分でも親切ではないと思う返事。

 どうせ狭い村だから、歩いてでも簡単に端から端まで行けてしまう。クラウドと並んで歩く、クラウドの学校の人が見当たらないときだけ、手を繋ぐ。甘えん坊でも、六年生前にもなるとさすがにおおっぴらに甘えることは避けたい気持ちのようだ。

 山麓のこの村、二月の末では吹き降ろす風がまだ冷たい。先週に降った雪が硬くなって日陰に残っている。まだ春は少し先だ。日も短いから、あまり悠長なサンポは出来ない。コートのポケットからキャスターマイルド、火をつけて、公園の灰皿の前に立つ。

「ベンチあるから座れば良いのに」

「尻冷たくなるからイヤだ」

 クラウドはコートの後を尻に敷いて、俺を風除けにして座る。体の芯のほうへ段々冷たさが侵入してくる。

 煙草を二本吸って、もうお終い。クラウドは二本目の途中から、やっぱり寒いと、俺の腰の後にぴったりと抱きついている。この寒さでは誰も遊ぶ子供はおらず、その素寒貧とした風景が余計に寒さを際立たせている。

「帰ろうよう……」

 猫の暑がるのは土用の三日だけだという。クラウドはそうでもない、夏場は普通に、かなり熱がりのほうだが、猫らしくかなり寒がりでもある。弱音を吐いた。とは言え、俺も結構寒くなってきている。煙草を灰皿に棄てて、手を引いて歩き出した。太陽はもう山の陰に隠れてしまって、東の空は魔性の紺色。せっかく散歩に出たのに、ものの三十分で帰ってきてしまった。しかし、俺の家族は嬉しい。

「もうすぐ風呂が沸く。入れ」

 クラウドと顔を見合わせる。お風呂大好き猫のクラウドと、俺の分の着替えとタオルを用意して、風呂の沸くのを寒々しい洗面所で待って、沸いたことを知らせる電子音が鳴るやいなや、二人であっという間に裸になって、お湯を浴びてろくに身体も洗わず浴槽に飛び込む。ちょっと熱いくらいが、丁度よく気持ち良い。

「ふにい……」

 幸せだと、そんな表情、そんな声で、表現する。俺も猫ならそうする。湯気がフワフワしている浴室、窓から外を見てみると、もう真っ暗だ、寒そうな風が電線を弾いて音を立てている。だけどこちらは電球の灯りが温かいし、クラウドの肌はつるつるすべすべだし、可愛いし、言うこと無い。

「晩ご飯何かなあ」

 ピンク色のほっぺたの仔猫は髪の毛を拭かれながらそう訊ねる。

「さあなあ」

 でも、期待するに越したことは無い。ヴィンセントは期待すればするほど美味しいご飯を作ってくれるから。

 ちなみに湯豆腐だった。冬の夜を温かく過ごすためには最高のメニューだと言えるだろう。

 当然のことだが、温かさを味わうなら冬、涼しさを味わうなら夏だ。人間って言うのは我儘なもの、わざわざ「今は無理」なものを望んでしまうものだ。うっすら額に汗までかきながら、やけどしそうになりながら、味わう豆腐の熱さ、ほんとに良い。良すぎて贅沢だ。

 食後はまったり過ごして。……そんでもってあとは、クラウドとぬくぬく、べたべた、ぬるぬる、すればいいんだ。こんなに幸せな日々。

 

 

 

 

 とまあ、俺はこういう日々を今まで過ごしているし、これからも永遠に過ごすつもりでいる。こういう怠惰なしかし幸福な日々を延々見せられる人の気持ちはいかがなものかと、俺は考えてみたけど判らない。俺は幸せすぎるし、恐らくヴィンセントもクラウドも同じ幸せを感じてくれているものと思う。一応この日記は公開を前提にして書いているのだが(そしてこの通り後悔しているのだが)楽しんでいただけているのかどうかに関しては不安が残る。時々は何かあって、それが日々のスパイスになって、日記に起伏を帯びさせる結果になるのが望ましいのだろうが、現状これだけ幸せな俺たちにとっては「起伏」といってもそれはマイナス方向への同様にしかならない。例えば昨年の七月から十月まで俺たちがしてた野球、あれは、まあ、見た人が楽しめるかどうかは別にしても間違いなく「起伏」ではあって、しかし俺たちからすればクラウドと数ヶ月の離別を強いられたという点では、不幸だった。出先で色いろな信頼で出来る人と出会えたのは、幸福だといえただろうけど。

 日記なんだから気にする必要は無いだろうとヴィンセントに言われたんだけど……、ちょっと気にしてみたりなんてしてみたり。

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