僕の流儀

 早いもので。

 実はクラウド、四月から四年生なのである。四年生と言うことはもう小学校生活はあと二年と半分を残すところとなったと言うことであり、ということは三年後には中学生になっているはずであり、その三年後には(中略)で就職なんてものを考えなければいけないということだ。

 いや、参ったな。うん、参った。言ったところで時間が止まるわけではないのだけど、参った。年月というのはそんなに早く経つものだったんだろうか? ちょっとありえないスピードじゃないか、こんな……。

 でも、参った参ったと言っている割に冷静な分析は出来ていて、何でこんなに早いかと言うと、俺たちが長生きで、長い人生からすると一日が一瞬であるからして。そしてもうひとつ捨て置けないのは、俺たちがとにかく幸福であると言うことだ。幸福な時間というのは意地悪なほどに短く感ぜられる。長く、そして幸せ。二つ条件が揃ったから今後俺たちの毎日は、それこそ加速度的に短くなっていくんではないだろうか。

 が、妙な話だが、その「短く感ぜられる」毎日は、しかし永遠に続くものだから、結局短いんだか早いんだかが釈然とし無くなる。回りが物凄いスピードで変化していくのを、ただただ呆然と見守るだけにならないよう、努力が必要だろう。

 時間が早いことによって生ずるであろう、例えばクラウドの将来に関わる問題すらも、こう言っては何だが俺たちはたぶん、「幸福」で乗り越えてしまえるような気がする。嵐が過ぎ去った後、俺たちが三人一緒だったなら、とりあえず幸せでなくなろうはずがないのだ。

 で、毎日は早い。ああそうだ昨日あれをやるのを忘れてしまった今日こそは忘れないようにしないとな、そう考えながら学校へ行って帰ってきて夕飯の支度をして野球を見て風呂に入ってクラウドをすっぽんぽんのまま布団に運んで楽しんで目を瞑る段になって「ああ!」って。

 毎日が風のようだ。 が。時間とは意地悪なものだ。もう言うまでもないことだが、退屈な時間ほど、何でか知らないがとんでもなく長くする。苦痛だ。

 俺にとって退屈な時間とは、言うまでもなくクラウドが学校に行っている間を指す。八時から、二時半、遅くなっても四時だから、無論、人間的理性において十分堪えうる程度のものであるのだが……、いや、厳密に言えば、もっと短い、一時半からのラスト一時間だ。朝、とりあえずクラウドを送り出してから

新聞を読みながらカフェオレを呑み、そのあと食器を洗い終え、洗濯掃除……で、まだ正午前、テレビを点けると三分クッキングがやっているので、今夜のオカズの参考にする。それから蕎麦か饂飩かラーメンか、さもなくば昨日の夕食の残りで昼ご飯を済ませる。昼ご飯を食べながらテレビを見る。みのさんだったりタモさんだったりする。片付けてから夕飯の買い物に行く、学校の前を通ると五時間めが始まっていて、四年生の教室の窓に目を凝らしてみるけれどクラウドの頭は見えない。帰ってきてお茶を入れて、座る、そこからだ。

 そこからが俺にとって、長い。

 改めて書いてみると恥ずかしいことだが、ちょうどクラウドが恋しくなる時間帯なのだ。やるべきことは一応全部終わって、はあやれやれあとは待つだけね、という状況が、俺にとって苦痛の始まりなのだ。そして、一度クラウドが恋しいと想ってしまうと、何か行動を起こそうとも思えなくなる。パソコンのスイッチを入れれば壁紙はクラウドの尻丸出し画像だし、動画だってクラウドばかりだ、ある時はクラウドの動画ファイルが重過ぎてパソコンが半壊したこともあった。本を読もうと腰を浮かべるが、億劫だし、本は俺とクラウドの寝室にまとめておいてある。仮に行ったとしても、ベッドの上に無造作に置かれた湿っぽい薄手の毛布に顔を埋めて深呼吸をしてしまうから読書にならない。小便一つ行くにしても、便器の前に立つに至ってクラウドにさせてることを想起してしまうから的が外れそうになるのを堪えるのに往生する。まったくもって、お話にならない。そうして、湯呑み茶碗片手にした俺は困惑する。

 暴れだしてしまった下半身を持て余す。

 それでも、水曜日のように、学校が早く終わる日はいい。現金なもので、クラウドを目の前にして、彼に「おかえり」を言ってやる、そして抱きしめて、ほっぺたにキスしてもらえれば、それで安心するのか、収まるのだ。だがその他の日はそういう訳にもいかない。六時間目まである木曜日すら、ともだちいっぱいクラウドは放課後もたっぷり遊んできたりするから、帰りは四時を過ぎる。そんなときに我慢出来るはずも無く。

 二時半くらいに、だいたい限界が来る。お茶を呑みおわり、いよいよやることをなくした俺は、風邪っぴきのようにうだうだとソファに横になったり、子供のように冷蔵庫を無意味に開け閉めしたり、とにかくいろいろして時間を稼ぐのだが、ハッキリ言って徒労だ。男性器というものは、一度勃起しはじめるとなかなかおさまらない不便なモノだ。しかも「おさまれおさまれ」と念じると、かえって勢いを増したりする。こういう時はよく言われるように、円周率を暗唱したり歌を歌ったり、新聞の政治経済面を読んだりすればいいのだが、それもある程度のレベルまでの話で、硬度60を超えてしまうともう駄目なのである、ポイントオブノーリターンなのである。阿呆なことを言っている間にも硬度は70を超え80を超え。ちなみに85を超えるとカウパー氏腺分泌液すなわち我慢汁がじわりじわりと下着を侵食しはじめる。これくらいになると俺はもう、「はあ、やれやれ」なんて溜め息交じりに漏らしつつ疲れたような顔をしてティッシュ箱を持って立ち上がり、どうせ誰も見ていないのにやや前かがみになって、「本当は俺はそんなことしたくないんだ、ただ、下半身は別人格だから」という顔をして、パソコンの前もしくはベッドへ向かうのである。そうして、それこそ獣のようで、書くのも憚られるのだが、一回抜く。場合によっては二回抜く。身体だけは若いもので、いざとなれば三回でも。ただ、一過性の欲求であるからして、大体の場合は一回で大丈夫なのだが。

 オカズはちゃんと用意してある。先述の動画しかり、クラウドの下着しかり。妄想だけでも抜ける。耳を澄ませば、ほら、聞こえてくる、クラウドの、澄んだ、濡れた、鳴き声、美しい喉、しかし卑猥な単語を口走る。

 なんてことを考えているうちに、今日もまた俺の下半身は硬度90に達しつつあるようだ。中高生ならまだしも、三十路になってパンツの前を濡らすなんて。健全すぎて呆れてしまう。ちょっと覗いてみたら、やはり予想通り。夏場が近づいているから、少しむっとする匂い、やはり尿道口から溢れた液体がトランクスと糸を引いている。舌と舌が絡まったあとに残る淡い糸はあんなに艶めかしく絵になるのに、この情けなさは一体なんだ。まだ納豆とご飯の間の糸の方が見られたものじゃないかと思う。

 はぁっ、とあくまで「俺が悪いんじゃない、我が息子は別人格であって主人の統率など聞かないし大体十八歳と言えば反抗期真っ只中なのだぞ文句あるか」という態度を貫きつつ立ち上がる。男というものの現実は実際こんなものである。夢を壊すようで申し訳ないがヴィンセントだって十代の頃があったわけで、十代こと後半というのは単語で形容するなら「性欲」「体臭」「精液」と言い切ってしまって差し支えないはずだ、であるからして、今の俺のような状況に、彼もあったことは想像に難くない。そして俺はアンラッキーなことに一生十代後半であるからして。

 そんなわけで、今日も俺はズボンとトランクスはもちろん、シャツも脱いで、ベッドの上にあぐらをかいた。無論、傍らには男子の友である箱ティッシュが安置されている。なぜ全裸になる必要があるのかと言うと、これは恐らくカレーに醤油をかけたりソースをかけたりマヨネーズをかけたりするのと同じく人それぞれで、俺の場合は精液が服に飛び散るのがいやだから、自慰は脱いでやるのだ。着たままとなると、あらかじめ「どこに精液を出すか」を考えつつやらねばならないが、全裸であればラストの瞬間に意識が真っ白になっても服が汚れることはない。シーツやタオルケットに飛び散ったとしても、それらは最初から精液臭かったりするので無問題だ。身体に散ったら拭けばいい。もちろん、世の中には服を着たままティッシュに出したりするやつもいる。統計によるとオナニーするときの服装、というか、衣服の着脱は、「着たまま派」が59%、「全裸派」が30%、のこり1%は「しない派」である。ただ着たまま派の中には「俺はティッシュなんて使わない。トランクスの中にそのまま出す」という豪気な者がいたり、全裸とはいかぬまでも「下半身は全部裸になるな」という微妙なスタンスの者もおり、どれが例外、とは言い切れないのが実状のようだ。そもそも、男子における手淫は教育のなせるわざではなく、あくまで自発的性衝動であるから、そのスタイルは個々によって大きな差があると言っていいはずだ。それこそ俺はクラウドが生まれるまでは左手の指を二本、尻に入れて動かしたり、乳首を摘まんだりしていたのだし、ポージングだって必然的に変わってくる。俺はクラウドを載せて揺らすときと同じ体勢だから、あぐらという体勢が一番しやすいのだが、「僕は正座じゃないといけないの」という奴も、「俺は逆立ちじゃないと興奮し

ないのだ」という奴も、きっといるはずだ。無論、使用アイテムについても、俺のように右手だけ派、コンニャク派やカップラーメン派、大人の玩具派、ダッチワイフ派、カップ派イロイロだろうし、オカズだってAV、エロ本、妄想、多岐にわたろう。そして仮に「珍しい!」やり方の奴がいたとしてもそれは、決して笑うべきことではないのである。

 俺は、動画でも下着でもなく、クラウドの布団を選んだ。そして、ぺらぺらの毛布を首にかけ、クラウドがいつもつかむ端っこで鼻と口を覆った。

 我ながら、傍から見たらみっともない構図だとは思うが、オナニーにみっともあるなしは関係ない。射精に至るプロセスなんて、実は意味が無いのかもしれない。となると、セックスもオナニーも射精という結果を招くと言う点のみで言えば実質同じ事だ。そこに他者との関係性が生ずるか否かの問題になり、結果的にセックスの方が概ね、好まれるというだけのことだ。

 クラウドの、匂いがする。俺は胸いっぱいにその匂いを吸い込んだ。涎と汗の匂いがする。前夜の幸福が、頭の中にくっきりと浮かんできた。枕元のスタンドの飴色の光に甘い身体が浮かび上がる。除湿をかけて涼しいはずの部屋なのに、クラウドの身体は汗にまみれていて、既に一度放った精液といっしょに、せわしない心臓の上を垂れる。鼻に届くのはその汗の甘い匂いと精液の青草の匂い。

なかなか二度目の到達をさせてやらない俺に、クラウドは恨めしそうな目つきで、しかしふるえて、幾度も甘えるのだ。して、してよぉ、ざっくすぅ、ねぇ、いきたいの、俺、出したいよぉ。乳首をきゅっと抓る。圧力が俺の男根に伝わる。

 右手でそれを再現するのはなかなか難儀なことではあったが。薄暗い部屋の中、俺はクラウドの匂いに包まれて、クラウドを抱いていた。涎と、汗と、精液の匂い。そういえば……、この毛布はもう三週間以上洗っていない。ああ、だからか、毛布は、いい匂い。

 生まれたばかりの頃からクラウドは、この毛布が大好きだった。今も昔も、角の、布が折り返しになっているところに鼻を摺り寄せるのが好きらしい。いい匂いがするんだと言う。赤ん坊みたいだと思いながら、お前の匂いならきっといい匂いなんだろう、俺はそう想っていた。そして事実、俺はこの匂いに堪らないキモチになる。考えてみたら、クラウドにとっては一番最初の「私物」とも言える訳だ。それこそ、最初の晩、おねしょをしたときから彼は「コイツ」と一緒だったわけで、俺たちの一番始めの一歩もコイツは見ていたのだ。

 いい匂い。

 左手で毛布を口と鼻に押し当てたまま、俺は自分を握った。人差し指の第二関節のあたりに、例の透明な液体が移った。そのまま扱くと、小さくクチュクチュと音がする。クラウドのお尻の中で擦れる音だ。そしてクラウドの、「ザックス……ッ、ザックス、出るよぅ、いってよぅ」という声が、響いている。元

々硬度90だった俺の男根は、既に硬度95を通り越し、97、98と秒読みを始めていた。そして。 硬度99。 俺の脳裏には間違いなく、昨夜のクラウドの声で、「いくぅ、いくぅ、出ちゃぅ、っ、んっ、あ、ああ! ああ!!」 と。同時に、俺も激しく身を震わせて、射精した。

 シーツに、腹に、毛布に、飛び散ったような気がするが、ひとまず無視。俺はクラウドを抱いている錯覚を覚えながら、そのまま茫然自失となって、仰向けに倒れた。息が上がっている。

 眼は開いているんだが、開いていないような気もする。そこにいたはずのクラウドの姿が、徐々に薄れていくような気持ちになる。自慰行為で唯一辛いのはこの瞬間だ。理性が戻ってくると同時に、自分の孤独を痛いほどに感じなければならないこと。セックスであれば、上がった呼吸が戻っても、すぐそばに大好きな人がいて、キスをしたり抱きしめあったりアソコを拭いてあげたり調子に乗ってもう一回やってしまったりするのだが、一人ではあまりにも虚しい。心に風が吹くようだ。毛布をもう一度顔に圧し付けて、嗅いだ。ああ、クラウド。

 早く帰ってきておくれ。 俺はやれやれと起き上がり、胸から腹にかけてつぅっと垂れるのを吹くために、身体の左やや後方に安置されたままの箱ティッシュに手を伸ばした。一枚ではなかなか拭ききれないから、二三枚は同時にとってしまうのがコツだ。

 後処理にはティッシュ、それもやはり形態は「箱ティッシュ」という形が好ましいと俺は思う。ポケットティッシュでは片手では取れないのだ。オナニーをした直後というのは往々にして利き腕が濡れていることが多い。だから、両手を使うポケットティッシュよりも片手でひょいと取れる箱ティッシュの方がいい。その際、「ティッシュカバー」なんてものは付いていない方がいい。愛らしい柄を目の当たりにして、海溝に沈む程の罪悪感を味わうはめになるからだ。なお余談だが、ロールペーパーつまり便所の巻き紙は極力遠慮したい。トイレの中でオナニーをする場合は仕方ないが、あれは水に溶けるため、濡れた先っぽを拭いた際に、一番敏感なところに紙の滓がペタァッと嫌な具合に張り付いてしまう事があるのだ。そうなると、ちょっと痛い思いをしてでも擦って取るか、あるいは水で洗うかしかない。気付かないまま眠って、翌朝トイレに行ってみたら自分のチンチンの先っぽに紙の滓がついていた、というのはかなり情けない情景である。

だが、ロールペーパーにもイイトコロがあって、証拠の隠滅が可能なのだ。ティッシュペーパーは水に溶けないからごみ箱に捨てるほかない。ところがそのゴミを、家族例えば母親が「明日は集収日だから」と言って集めに来た際、中からごっそり丸めたティッシュが異臭とともに出てきたら……なかなかにぞっとしないだろう? ロールペーパーなら何度オナニーをしたって、トイレに流してしまえばバレないという利点がある。 などなどと考えながら、俺はティッシュを取り、毛にしつこく絡み付く精液を拭く。

「ッ……痛」

 ちょっと強く拭き過ぎて、陰毛が数本抜けた。抜けた一本を、ちょっと見てみる。一応、頭髪と同じような色の陰毛は、縮れている。脇毛にしても尻毛にしてもそうなのだが、何で髪の毛はまっすぐなのに、体毛は縮れるのか? 個人的には陰毛など、ストレートの方が有難いのだが。縮れて一本一本が好き勝手し放題だと、時折皮に引っかかって、驚異的なダメージを宿主に与えることがあるのだ。直毛であればサイドから垂らして、うまいこといくような気がするのだが、そういう融通は利かないらしい。

 俺はそれから、腹やら胸やらに飛び散って、早くも垂れはじめたのを拭く。我ながら一杯出たな、と思う。昨日だって一応、二回はやったのだ。それなのに、これ。思わず、俺は自分の袋の中にちゃんと、ふたつ入っているかどうか確認する。なかったらどうしよう……なんてことを思いながら。

 と。

 しげしげと、自分の下半身に興味を注いでいた俺の耳に、かちゃん、という、ノブの回る音が、届いた。俺は、反射的に顔を上げた。

「……」

「……にゃ……」

呆気に取られて俺が顔を上げるとランドセルを背負った小学四年生と、Yシャツにチノパン姿の二十七歳無職男性が立っていた。かたやは呆然と俺の下半身を見つめ、こなたは遠い眼をして、俺の顔を見ていた。

 一瞬判断が遅れたが、俺はすぐに、毛布で自分の前を隠した。クラウドが慌てて向こうを向いた。

 ヴィンセントは、髪を掻き揚げて、首を振った。

「……は、は、早いな、なんで、こんな……」

 激しく動揺しながら言った。

「何やってんだよぅっ」

 向こうむきのクラウドが肩をいからせて、怒鳴った。

「いや、その……」

「なんで、っ、そのっ、なんだ、そっ、そんなっ、出してっ、ももも、毛布っ」

 クラウドも動転しているのか言葉が上手く出てこない。

 セックス毎日して、風呂にもいっしょに入って。だけど……うん、違うんだ。俺はわかる。十五年前、訓練が終わって帰った部屋で、ザックスが洗濯篭に入れておいたはずの俺のトランクスを嗅ぎながら自慰していたのを見て、俺は反射的に後ろ回し蹴りを食らわせていた。オナニーを見る、あるいは見られる、

というのはそういう意味を持つのである。

「そのっ、っ、ティッシュっ、じゃなくてっ、違うっ、ちん、いや、そうでなくて、そのっ、なんだよっ」

 クラウドはもう、自分で何言ってんだか解ってないに違いない。

「いや……なんだ、その、あの、……つまり」

 俺も自分で何言ってんだか解ってない。 ヴィンセントは遠くを見るような目で俺を見て、「馬鹿だな」 とヒトコト。言い方が「バカだなあお前は」というような救いを含んだものではなく、非情な、突き放す言い方の、「馬鹿だな」だったので、俺は心に深いダメージを喫した。

「あぅ、にゃっ、うにゅっ、にゃんっ、ふーっ」

「……とりあえず、片付けろ」

「う……ん……」

 ヴィンセントは冷たい目で俺を見つつ、クラウドの頭を撫でる。クラウドの尻尾は毛羽立ち、攻撃的に揺れている。俺はせかせかとティッシュで下半身を拭き、慌ててトランクスを穿いた。二秒後に、前後逆であることに気付いたが、もうとにかく気が急いていて、そんなことはどうでもよかった。

「クラウド……」

「にゃあぅ!!」

 振り返り、キッとばかりに睨む。

「その……ごめん、今日、……あれ? 早かったんだね」

 俺はトンチンカンなことを口走り、妙な作り笑いを浮かべていた。半パニック状態のクラウドに変わって、ヴィンセントが答える。

「臨時の職員会議があったんだ。……それにしても……何をやっていたんだお前は」

 彼はクラウドの頭を宥めるように撫でる。

「その……、いや、何だその……」

「中学生ではあるまいし。なぜそう軽率なのだお前は。いや……軽率以前に、どうしてそう、性欲旺盛なのだ? 昨日だってやったんだろう?」

「そうなんだけど……いや……、その……」

 オナニーの後処理現場を目撃され、精液臭いベッドの上で前後逆のトランクスを穿き、呆然と自分の身の上を話す俺の姿より情けないものがあったら、どうか聞かせて欲しいものだ。

「……馬鹿だな」

 ヴィンセントはあからさまな溜め息を一つ。

「……クラウド、とりあえず、落ち着け。まあ……上でアイスティーでも飲もう、な?」

 ヴィンセントはクラウドを促して、部屋から出ていった。クラウドはずっと怖い顔で俺を睨んでいたが、ぷいっと向こうを向くや、走っていなくなってしまった。

 ……俺って。

りあえず俺はまず、トランクスを脱いで前後を直した。その際目にした俺の性器は、可哀相なくらい縮こまっていた。

 

 

 

 

 クラウドは檸檬の薄切りを浮かべたアイスティーに憮然と口を付けていた。ただ、ストローでちゅうちゅう吸いながら憮然とした表情を浮かべているのは、どこか滑稽に思える、が、そんなことを指摘してこれ以上彼の機嫌を損ねるのはどう考えても得策ではない。ヴィンセントはグラスを軽く揺らし、氷の音を立てる、汗をかいたグラスを冷ややかな目で見つめる。俺は悄然と、自分の席についた。ヴィンセントはグラスを置き、クラウドはノーリアクションだ。クラウドって、いつもそうだ、怒ると無視、それって、される方は一番、辛いんだ、救いが無さ過ぎて。

俺は、俺の分のアイスティーが無いことに、予想はしていたが、さらに肩を落とす。が、立ち上がって作りに行く気力は最早無い。

「……その」

俯いて言う。

「ごめん。……ごめんな、その、悪気があってしたわけじゃ無いんだ」

「当たり前だ」

ヴィンセントが冷徹に言い放った。俺はますます萎縮する。

いや、俺はあやまりながらも、少し割り切れなさを感じてもいるのだ。なんで俺がこんな怒られたり嫌われたりしなきゃいけないんだ? 自慰行為に耽るのは俺の勝手であり、権利を行使したに過ぎない、ハズ。しかも俺はくつろいで一発抜いた直後に闖入されるという、言ってみれば安寧を乱されたという事も出来

る、ハズ。……が、そうか、クラウドも心の安寧を乱されたという点で怒っているのか。それに……、お気に入りの毛布をオカズにしたりしたら……確かに、悪いことをした、かも。

「……で」

 ちゅぽん、と口からストローを離し、怖い声でクラウドが言った。

「あんたは何を悪いと思ってるんだ?」

……「あんた」だって。

 俺は泣きそうになったのを堪えて、俯いたまま、クラウドに向き直った。

「……クラウドの、毛布を使って、その、あんな事をして、ごめんって、思ってる」

「知ってるだろ? 俺の、大切な毛布、お気に入りの。せっかくいい匂いだったのに……」

 言いながら、怒りがまた込み上げて来たらしい。俺はただ小さくなることしか出来ない。

「すぐに、洗うよ。……悪かったって……。お前いないと、俺、駄目なんだよ昼間、一人でいるとさ、寂しくて恋しくてさ」

「嘘つけ、一緒にいるときだってそうじゃないか。性欲の塊なんだよあんたは」

 辛辣な言葉が続く。 俺は口を開いて、止めた。『それだけお前のことが好きだからさ』なんて、今言ったって白々しいだけの本音だ。

「……ごめんなさい」

「いっつもそうだよな。そうゆうことばっか考えてさ、俺のことだってどうせそういう目でしか……」

「クラウド、落ち着け、そのくらいにしておけ」

 発言内容が過激になりつつあるクラウドを、ヴィンセントが制した。クラウドはまだ何か言い足りなさそうだったが、はぁっと溜め息を吐いて、またちゅうぅとアイスティーを吸いはじめた。

「とは言え、馬鹿だな、お前は」

「解ってる。反省している」

「と言っても、お前の身体では性欲の抑制一つ満足に出来まい。十代後半の身体が厄介なものであるということくらい、私も知っている」

 しょうがないんだよ。

やりたいから、やる。それしかない。やりたくならなければいいんだろうけど、そんなのは無理だ。ありえない。

 こればっかりは男にしか解らないだろうな……。 恋しいという、愛しいという、気持ちはほぼ否応無く性欲に直結してしまう。想いが濃ければ濃いほど精液も濃くなる。これは本当に、どうしようもないことなのだ。殊、俺のこの十八歳の身体にとっては。避けられるならば避けたいと思う事もあるけれど。

「……クラウド、お前の怒る気持ちも分かる、が、私はザックスの愚かな行いの理由も分かるのだ。そのあたりで許してやれ。ザックスにはそれ相応の償いをさせるから」

 ただ、俺は神妙な顔つきでクラウドに頭を下げる。

「ごめんなさい」

「…………」

 胃の痛くなるような沈黙。

 やがて、クラウドが椅子を引いて立ち上がった。

「……『つぐない』って?」

 ヴィンセントがほっと息を吐く。俺も、身体から力が抜けた。おずおずと顔を上げると、クラウドはどこか攻撃的なものを拭くんだ笑みを浮かべて、ヴィンセントの答えを待っている。俺も、もう許してもらえるなら少しくらいの苦痛ならいいやと、どうせ十分苦痛を味わってるんだしと、答えを待った。

「……ここでは何だ。上の私の部屋へ行こう」

 その時点で「つぐない」とやらの内容が、要するに「おしおき」で、それもかなり性的なものであろうことは容易に察しが付いた。

 肛門の痛い思いは出来るなら避けたいけれど。多分、今日は運が悪い日なんだ。

 クラウドが優しく微笑んでくれるために、俺は自分の体を激しく呪い、そして覚悟を決めた。気が済むまで……。そこには俺の尊厳よりも、クラウドの満足の方が優先される。って、考えてみたら、普段と差はない。いつだってクラウド優先なんだから、どうせいつだって、多少の恥辱に堪えつつ俺は生きている

んだ。

 

 

 

 

 ヴィンセントのベッドの上は、ヴィンセントの匂いがする。クラウドと俺が寝るベッドはクラウドの匂いがする。いずれにせよ、俺にとっては好ましい匂いだ。ヴィンセントの、ちょっと煙っぽいような匂い、同時にスッと薄荷のような。彼だってクラウドを週に何度かは抱いているはずなのに、そういう匂いを感じさせない布団だ。勿体無いような気もする。俺は掛け布団の上に座らされ、メイドのごとき従順さで、命じられるがままに服を脱いだ。

 今更全裸など恥ずかしくも無い。

「……それで?」

 クラウドは偉そうに、上手く出来もしない腕組みなんかしながら俺を見つめる。……俺の裸なんて、見なれてるだろうにな……。

「俺は、どうすればいいんだ?」

 ヴィンセントは俺の質問に答えず、カーテンを閉めながら言う。

「さっき気付いたんだが、お前は独りでするとき、裸になるのだな」

 変化球が来たので、身構えた。

「……そうだけど」

「なるほど」

 ヴィンセントはベッドの縁に腰をかける。クラウドをひざの上に乗せ、俺に背を向ける格好だ。

「私は……、もう自慰なんて大分やっていないがな、上は脱がなかったな。下をひざのあたりまで下ろして、それでやっていた。……何だか懐かしい気もするな」

 ひざの上で、クラウドは俺へのあてつけのごとくヴィンセントに甘える。耳を撫でられて喉を鳴らす。

「見せろ」

 ヴィンセントは猫耳にキスしながら、掠れた声で俺に命じた。

「して見せろ。それがお仕置きだ」

 予想、していなかった訳ではなかったけれど。

 俺は唇を噛んだ。

「……そうしたら……、クラウド、許してくれるんだな?」

「さあね。……俺が満足したら許してあげるよ」

 クラウドはヴィンセントの肩越しに、相変わらず尊大な態度で言い放った。

 ヴィンセントが言う『罪と罰』、『償い』とは、まったく意味の異なるもの。だから『おしおき』な訳だ。はあ、と息を吐き、俺は目を閉じた。

 心臓が鳴っている。

「そして私から一つ提案があるのだが」

 ひざの上からクラウドを降ろしてヴィンセントは立ち上がる。俺はさらにいやな予感を覚えながら、ヴィンセントがクロゼットの扉を開くのを目で追っていた。

「クラウドの気分を害したお前に罰を与える権利は、私にもあるように思う」

 クロゼットに並ぶ中から、一着、ヴィンセントは俺に投げて寄越した。

「これは……」

「着ろ。着て、しろ」

「っ、……いやだッ」

 紺色。紺色に、白だ。……メイド服。

 俺たちが今でもたまに使う、クラウド用のメイド服。それとそっくりな、しかし俺サイズのメイド服だ。

 ……一体何処で、何の為にこんなものを!

「着ろ。お前に選択の余地はないのだ。クラウドに嫌われたいなら勝手だが。……クラウド、お前も見たいだろう? ザックスのメイド姿を」

「見たい」

「……どうする?」

 背中を汗が伝う。 ヴィンセントはクックッと笑って、

「そうだ、クラウドは知らなかったな。……この男には女装趣味があるんだ。私も現場を直接見たわけではないがな、あのコルネオの元に潜入する際、この男は自ら率先して女装に臨んだのだそうだ」

 クラウドの顔に「げ」って色が走る。ヴィンセントはサディスティックに、

「自分では『あれは作戦上仕方が無かった』だの『エアリスに無理矢理やらされたんだ』だのと言っているがな。真意はどうだか……。私は案外嬉々としてやったのではないかと踏んでいるんだが」

 さすがに二人で暮らしていた頃の話はしなかったものの……。そんなこと、言わなくたっていいじゃないか!

「……違う、あれは……」

「そんな事はどうでもいい」

 自ら切り出した話のくせに、ヴィンセントは俺の言葉を封じた。

「とっとと着ろ。……っと、忘れるところだった。下着はこれだ」

 何処で手に入れたのか、ヴィンセントはきちんと畳んだ女性物の下着を俺に放った。ふわり、ふわりと俺の目の前に落ちたそれは、以前クラウドに穿かせたものより、もっとずっとエロティックだ。

「準備が出来たら呼べ。せめてもの情けだ、部屋の外で待っていてやる。言っておくが、窓から逃げようなどとつまらぬ考えはよすんだな」

 ヴィンセントは俺の着ていた衣服を全て奪った。 俺はそのSの権化とも言うべき背中を呆然と見守った後、情けない想いで下着……女性用のだから、ショーツと言うんだったか……を摘み上げて見た。

 俺のこれですら、入るかどうか。

 以前、以前といっても大昔だが、ルーファウスが「ウェイトレス変身セット一式」を用意したことがあった。その時の下着は確か、フォルム的にはブリーフとさほど変わらないものだったように記憶している。色は黄色だったかピンクだったか……、機能本意で、健全な代物だった。

 が、ヴィンセントが用意したこれは、まず色が赤。

 そして、なんというか……下着と言うよりは、紐、パンツと言うよりはふんどしというか。布と呼べるのは二等辺三角形の前布だけで、あとは紐。赤布黒紐、何というか……

物凄い淫乱っぽい。それに「布」こと前宛ての部分も、レース。手を入れて見ると、肌色がうっすら透ける。そもそもいくら俺のが小さいからといって、この狭い布で覆いきることが出来るかまず解らない。その上、スケスケ。全体、こんなモノ誰が好んで穿くというのか。

「どうしよう……」

 途方に暮れてしまう。 いくら厚顔無恥の俺でも、さすがに人前でオナニーをするのは恥ずかしい。恥ずかしいというか、絶対ゴメン被る。況や、女装&スケスケエロ下着着用おいてをや。

 だけど。 ……クラウド、怒ってたよな。

 じわじわと、俺の肌に汗が浮かんでくる。

 俺にとって、クラウドに怒られるということは、目の前から明日が消えてなくなるのと同義だ。仮にクラウドにとって俺が大切でなくても、俺にとってあの子は、世界でたった一人しかいない、かえがきかない、唯一の存在なのだ。

 俺はまた、唇を噛んだ。

 

 

 

 

「……ふん、やはりな、似合うと思っていたのだ。お前は足の毛も薄いし色的に目立たない、元々それほど太っている訳ではないし、腰も細い方だからな。惜しむらくは猫耳がないことだが、まあそれは我慢するとしよう」

 ヴィンセントはベッドの上の俺を見て、感想を述べた。クラウドは俺の間抜けな姿を見て、なんとも形容しがたい笑みを浮かべている。にやにや、というよりは、にまにま、だけどそんな可愛いものでは決してない。

「下もちゃんと穿いたのだろうな」

「……ああ」

 観念していた。スカートを捲って、見せてやった。余計なものを無理矢理詰め込んで窮屈な風情の赤い下着に、ヴィンセントは満足そうに肯き、クラウドは、あろうことか一つ唾を飲み込んだ。

「では、してみろ」

「……下着は脱いでいいんだな?」

「いや。穿いたままだ。……出来るだろう?」

「……ああ」

 クラウドが、ヴィンセントが、俺を見ている。

 無理にでも感じなきゃ。無様な決意が、俺を動かす。悲しい決意だ。もう、仕方が無い、クラウドが好いてくれるというなら俺はどんな事だって。スカートの裾から、右手を入れた。柔らかい陰部を、布の上から撫でる。下腹部に上向きで張り付いているものの、裏側、上下に指先で、なぞる。

 目を閉じる。……クラウドの、徐々に子供じみてゆく視線が、痛いのだ

「ザックス……」

 少年の声は欲望に掠れている。

「気持ち良い?」

 俺は肯く。クラウドすらも持ち合わせている嗜虐心が、満足するならそれでいい。それはみっともなくたっていい。俺が君を抱くときにいつも覚えている満足感に他ならないから。その気持ち良さを俺を知っている。だからみっともなくたっていい。俺もどんどん、みっともなくなっていく。足が緩み、手のスピードが徐々に加速してゆく。きっと赤いレースの向こう、俺がかたくなに立ち上がっているのがよく見えるだろう。封じ込むような布が苦しい。

「ザックス……、どうしたい?」

 クラウドがベッドの上に乗り、俺の顔を覗き込む。

「……解らない」

「解らない? もっと、気持ち良くなりたいとか、そういうの、ない?」

「……」

 言葉の使い方、目線、俺に似てるんだろうなと思う。

「もっと……、ああ、気持ち良くなりたい」

 クラウドは陰険な感じに少し微笑むと、

「いいよ、パンツ脱いでも」

 と言った。クラウドの要求に従うことを、ヴィンセントは止めなかった。

 脱ぐか脱がざるかそれが問題だ、いや、この恥ずかしいパンツを穿いたままというのはかなりしんどいのだが、脱いでもうビンビンなアレを晒すというのもかなり、切ない話で。

 でも今日は俺は「メイド」だから「ご主人様」の命令には逆らえない。

 腰のところで結んでいる紐を解いた。たちまち腫れ上がった性器があらわになる。クラウドは手を伸ばしてそれに触れた。それから何か少し考えているようだったが、

「いいよ……、続き、見せてよ」

 と命じた。

 全くもう。エロガキめ。そっくりだ。

 チクショウ、……でも好きだ、可愛い、お前に嫌われたくなんかない。

「お前は……?」 

 いいのか? 気持ち良くなりたくない?

 クラウドは一瞬言葉に詰まった。怯んだように俺を見た。そのリアクションに、ヴィンセントが小さく笑みを漏らす。

「……俺は……」

 いいよ、と唇が動く前に、

「俺ばかり気持ち良くていいのか?」

 と。

「……い……別に」

「俺はお前の奴隷だ、好きにしていいんだ」 

 何言ってんだかな。勇気づけて、この子にまつわる苦労あれやこれやに自分から手を伸ばしてる。俺の、やり方かこれも。どれも、恥ずかしいことも、進んでしよう。

「……広げて」 

 ご主人様は、恥ずかしそうに、そう言った、うつむいて。

「お尻の穴、広げて。俺、入る」

「そう……、解った」

 スカートが邪魔だ。でも、お望みとあらば、だ。 

 指を、舐めて濡らすという行為自体が、既に、結構恥ずかしい。まあ、そういうのも含めて見たいんだろうな。 膨らんだズボン、可愛らしい。でも、こういうのが良いっていうのは、結構おっさん臭いんだぞクラウド、お前、俺のこと変態呼ばわりするくせに。

「……」 

 ヴィンセントならいつも、ゆっくり、しかも上手に、俺を拓いていく。人差し指と、中指で、広げ、そこに舌を入れて、かたくなな氷を、溶かすように、優しく。自分の指じゃ、そうは出来ない、恥ずかしさもあるし、でも、ほら、そうやって生唾飲み込んでさ。……やっぱりおっさん臭いよ、クラウド……。

 そう思えば、少しは気も紛れる。人差し指の脇から、中指をそっと押し入れていく。キツイ。それに、唾しか付けてないから、あまり滑らかでもない。痛い。まあ……、いいや。それでも、なんとか、気持ち良い。

「ザックス、どう? 気持ち良い?」

「……ああ」

「いま思ったんだけど」

「何だ」

「ザックス、独りでするときはお尻弄らないんだね。俺、わかんないけどさ、一人じゃ出来ないから。お尻弄ってザックス、ほら、そんなだからさ、弄ってなかったの、ちょっと不思議でさ」

「……」 

いや……。好奇心旺盛なのは、子供である証拠かも、知れないな。

「……いいよ」 

 もういいや。

「おいで」

「準備できたの?」

 猫のように、前について、クラウドに尻を向ける。

「俺、時々思うんだ」

 クラウドは微笑みを上手に包み込んで大人っぽく言ってるつもり、でも、たくらみ通りにはいってない。

「俺の兄ちゃんってこういう人なんだなあって……。エッチでさ、変態でさ」

 変態の頭文字が「H」だから「エッチ」なんだということを、この子は知らないのだ。

「でも。俺は明らかに、間違いなく、絶対に、あんたの弟だ、それでいいんだ……って」

 そうまで言って頂けると、有難いね。思ったよ、……俺のDNAは、こういうのなのだ、と。

「あ、ぅぅ……」

 クラウドのが、入ってくる、細っこいくせにこういう時はすごく大きく感じられる。

 ……ちなみに今の「あ、ぅぅ……にゃっ」は、俺の声じゃないぞ。

「みゃぅん……」

 腰、奥まで、入って動かなくなる。俺が暗喩で使う、「入れただけでいきそう」な状態を、体で味わっている。本当に、もう敏感すぎて、……可愛い。そういう可愛さを見せてくれた上で、またなおかつ俺を許してくれるというのだから、大サービス。

「……クラウド、……動けよ」

 いや、俺だってそんな余裕がある訳じゃない、ヴィンセントの舐めるような視線に体の表面が焼かれるように熱いし、クラウドの小型「言うこと聞かん」銃だって俺に相当の気持ち良さをくれる。さっきまでのオナニーで、もともと十分興奮もしていたし。それはもちろん、固いよ、先も濡れてるよ、いきたいよ、だけど……さ。

「ひみゅ……」

「……俺のことを、怒ってるんだろ? 苛めていいよ、好きにしていいよ」

 クラウドはぷるぷるしながら目に涙を浮かべてる。あーあ、もう……、まったく。可愛いな。立場をわきまえなさい。

「動きたいだろ? 我慢しなくていいんだ、俺のこと苛めたいんだろ?」

「……ちが……ぁうぅ」

「違うのか?」

「……っ」 

 俺の腰を、抱いて震える、仔猫は首を振る。

「まあいい……、好きにして」

 クラウドから目線を切る。クラウドはまだ少し戸惑ってるみたいだったけど、すぐに、ちりん、鈴を一つ鳴らして、

「あ、ああ、あ……」

 稚拙な腰の動き。見たいなって思ったけど、我慢。

「……! っ……」

 何気にこの、セックスの時に腰を振る仕種って、カッコ悪いんだよな。すごく動物的、原始的。決してスマートじゃないと思う。

 だけど愛を、いや快感を、どっちも、を、追い求めるならそんなの気にしてられないか。

「ん、っ、んっ、ぁう、にゃ……んっ……っ」

 それなりに、痛い、やっぱり。ぐん、と腹の底、突き上げられるような感じは、誰にされても同じ。クラウドは泣くような息を激しく吐きながら、ぶるりと震えた。

「満足したのか?」

 ヴィンセントが聞く。クラウドの声はしない、たぶん、肯いたんだと思う。腰が引かれ、中から白濁が漏れ出した。

「あ、に、ぅ……」

 クラウドが俺の隣、ぽてんと転がる。風呂上がりみたいなほっぺた、唇の端は涎で濡れている。俺の目を、見ているんだか見ていないんだかわかんない微妙な目。あんまり、っていうかほとんど、入れたことないんだしな、この子は。Tシャツが汗で肌に張り付いて、乳首が立っているのも見える。やっぱり、そっちの方もして欲しいのかな。本業はそっちだものな……。

 って。

「な! ……何……ッ」

 温い。と思ったら、ちょっと、すごいことに。

 腹の底から溢れた、クラウドの精液。さすがに少し恥ずかしいから早く拭いて欲しかったのに、そこにあてがわれたのはティッシュぺーパーではなくて、ヴィンセントの、舌、唇。

 ちょっと、なあ、……。すごいことに……。

「ヴィン……ッ……」

 クラウドのあれ分広げられた内部を舌が漁る、唇を圧し付けて吸い上げられる。音が、やだ。

「汚い、だろ、……ヴィンセント!」

 実際、言って聞くような奴じゃない。

 しっかりと腰を掴まれているから逃げられない。しかもクラウドに入れてもらってはいたけど、まだ出してない。

「……大人しくしろ、天罰だ」

「あ、悪魔のくせに……」

「うるさい」

 やっと、中を吸い出す口が離れたと思ったら、すぐ第二波。仰向けにされ、ヴィンセントが冷たい色の目線で俺を見下ろす。口元に妖艶な微笑みを浮かべて、ちょっと俺の頬を撫でたと思ったら、そのまま侵入してくる。

「……!」

 クラウド分しか広くなってない内部を、物凄い力で拓かれてゆく。息が止る。同時に、狂おしいほどヴィンセントを、俺の身体が吸い込む、飲み込む。耳朶を、産毛を、微かに揺らす程のヴォリュームで、

「気持ち良い?」

 あああ、ずるい、そんな、俺にだけの声を出して。

「……っ」

 俺の濡れたものに手をかける、ゆっくり、撫でる、手のひらで包み込むように。

「すごいな……、クラウド、こんな格好で。だけどお前にはどんな格好でも似合うから」

 ヴィンセントの背中に羽根はない、のに、何でこんなに感じてしまうんだろう?

「ヴィンセント、動け……よ」

 優しく笑う、熱いアツイあつい中にはいってるもの、摩擦熱でさらに熱く、苦しいくらいに、熱く、愛しく、何かいろいろ、どうでもよくなってく、俺が着てる服とかとってる体勢とかとなりで俺を潤んだ目で見つめる猫とか、いまは。

 順番を付けるのは良い事とは言えないだろうけど、入れられるとしたら、やっぱりクラウドよりヴィンセントの方が気持ち良い。でも、それはさ、いまだからとかそういうことじゃなくって。

 幸せだな俺って。罰も幸せ。

 彼が激しく打ち振るう、腰、揺すられながら俺は、この節操ないやりかたはあんまり理解されないかもしれなくても、十分。

「愛しているよ、クラウド……」

 愛されているから、このやり方でたぶんOK。

 

 

 

 

「十代の頃……、私はもう少し節度があったと記憶しているんだがな」

 メイド服姿のままの俺にコーヒーをサービスさせながら、ヴィンセントは呟く。

「確かに今以上の性欲を抱えながら生きていたとは思うが……。まあ、生まれつきという部分もあるだろうが」

「俺が生まれつきの変態みたいに言わないでくれ」

「嘘ではないだろう」

 まあ、確かにな。

 クラウドの視線が痛い。ちくちくする。クラウドのやつ、俺のメイド服姿が地味に気に入ってしまったらしい。ちょっとうっとりしたような目で見てる。……そんないいもんじゃないだろうに。

「お前は、幸せじゃないのか?」

 ヴィンセントはコーヒーにポーションミルク入れながら、聞いて来た。

「満足してないのか? していないから自分で慰めなければならないようになってしまってるわけではないのか?」

「満足してるよ。そうじゃなくてさ、幸せだからしたくなるのと違うかな。俺たちは掛け値なしに幸せで、でも、だから、ひとよりきっと贅沢なんだ。幸せって、なればなるほどもっとほしくなるだろう? 失うのが怖くなるぶん、もっともっと、ってなる感じ。……いや、別に幸せだからオナニーするとかいうんじゃなくて。そうだな……逆にこういうことも出来るよ、いまこういうふうに、三人でいるのがすごい、俺にとっては幸せなんだよ。それが、あんたたちが学校行って帰ってくるまでは、ひとりぼっちで寂しい、不幸だ。だから幸せが欲しい」

 ミルクコーヒーを飲んで、彼はひとつ肯いた。

「解らないでもないが」

 ヴィンセントが「おいで」と手招きした。クラウドに対してじゃない、俺に対してだ。解放されたその、ひざの上を指差している。俺はそこに乗っかった。

クラウドが見ているから、ちょっとやりづらい。

「我慢を、強いるのではなく……お前に、してもらいたいな、自主的に。私たちがお前には、いる。絶対にいる。お前の前からは絶対にいなくならない。だから、そんな焦らないでほしい。待っていれば必ず私たちは帰ってくるのだから。……それに、お前がクラウドだけで欲情するというのは少し、悔しいしな。私の帰りも、待っていて欲しいのだ」

 そう言ってヴィンセントは俺の頬に手をかけて、キスをするのだ、優しい甘い、やわらかなキスを。

「どうしても我慢できないときにだけ、自分に頼ればいい。それ以外のときには常に、私たちが側にいるのだから」

 性欲処理の方法は十人十色、右手だったり左手だったり服を着たり脱いだり。その必要性がない奴がいたとしても、まあ、いいのかもしれない。

「それでもちょっと無理はするんだろうけど」

 創り出して行ければいい日々のリズム、仮にちょっと下劣なことを中心に回っていたとしても、人間ならばそれにしあわせを見出すことに少しも躊躇はない。

 少しも、躊躇は無いのだ。


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