ビリオンプレジャー

 暴走焦熱、そう簡単に納まるはずもなく、風呂から上がって、また抱き合った。何度繋がっても、離れた瞬間からもう、寂しいような気になって、すぐまた、欲しがった。結局区切りがついたのは日付が変わったあとで、「小学校六年生」には過分な夜更かしをさせてしまった。

 煙草を吸いながら、気づけば腰の回り、あそこの辺りも含めたいろいろなところ、変な痛み方をしている。俺が感じる痛みなどどうでもいい、クラウドがもっと痛がっているだろうと、容易に想像できたのだ。……かわいそうなことをした……。ヴィンセントはもう眠ってしまっただろうか、彼の不思議な力で癒して、そう思って見た、うつ伏せのクラウドのお尻から生える尻尾が揺れた。眠っているのか、いないのか。そう思って見ていたら、顔だけこっちに向けて、「にゃー」と鳴いた。落した灯りの中でクラウドの背中から腰、尻、足、両手両足の毛皮と尻尾、ぴんとした耳、全部が、とても美しく見えた。

 俺はすぐに煙草を消して、クラウドの隣りに座った。俺の膝に、尻尾が乗った。お尻、やっぱり痛いんだろうな。

 くるる、と喉が鳴る。尻尾と膝、小さな一つの接点がクラウドの中で大きな意味を持ったことが俺の中で大きな意味を持つ。胸が苦しい。本当に本当に俺と同じ命、血を分けた兄弟以上に濃い関係、「同じ」であることはこんなにもかけがえがない。

 仮令歴史が変わろうとも、仮令世界が否定しようとも、……仮令この家族以外の何も残らなくとも、俺は護りつづけなければならないし、それは「なければならない」なんて言い方をしなくても出来るほど容易なことだ。

「クラウド」

 元々は自分のものだったはずのその名を呼ぶとき、俺は自分の舌がとても嬉しがるのを感じる、ただぽつりと言うのではない、対象を側に置いて、その耳に向かって言う、のだ、ぴくと耳が動き、じっと、眠そうな、でも大きな目が、海面のように微かに揺らぎながら、俺を捉え、きらきら輝いている。そこに存在する塩分の価値が計り知れない、俺の作ったものでありながら、俺とことごとく違う、しかし何の悔しさも悲しさもなく、涙が浮かんでくる、愛しい、とらえどころもなくただ、耳に心地良い言葉でもまず何よりも、相手の耳を喜ばせたいと思う気持ちだけで言う愛しているの数は、やっぱりそのまま、俺たちの心を繋ぎ、愛情以外のどんな言葉でも説明できなくなる。

 ――俺はクラウドを護る――

 クラウドが猫耳だからではない、可愛い顔をしているからではない、俺のセックスの相手をしてくれるからでもない、それらの全てであり、しかしそれら全てを足しても満足できない、結び合う理屈抜きの感情に、俺が感じきっているからだ。だから、この世界を重苦しくアホ臭い病が支配しようとも、最後まで俺はクラウドの側で戦い続けると決めるのは、とてもとても容易なことだ。

 俺は俺のことを、頑張る。

 実際、クラウドに降りかかる火の粉を、どうにかするんだ。その「どうにかする」やり方を、俺はいま上手く言葉で表せない。けれど、護る、そう、まず第一に決めることだ。それはただ決めるだけじゃなくて、一生の誓いとして立てることだ。

 ある時期、曖昧な記憶を経て、しかし確かなヴィンセントからの愛情を受け、今はクラウドも一緒に俺ら一つの家族として幸せに存在している。振り返れば確かに俺の生き方、辿ってきた道は、多くの嘘と裏切りに胸の辺りまで浸かり紅く汚れるようなものだったかもしれない、そして今、一生懸命それを洗い流している最中かもしれない。だけどそういうやり方でしか手にすることが出来なかった過去の未来が今だ。俺は辛い気持ちで過ごした時期、ヴィンセントを欲していたのは確かだけど、当時生れることすら約束されていなかったクラウドを欲したことはもちろんなかった。しかし今、クラウドは俺の一番側で呼吸し、俺の在り方を認める。

 いまクラウドが俺の側に在るのは、俺の辿ってきた道が決して間違いではない、その証だ。

 もしも俺がどこかで違う道を選んでいたら、この子は生れてもいない。

 もちろん、それでも俺はどこかで、どういう形かで、器用に幸せを見つけただろう、ヴィンセントと二人きりでか、或いは、ヴィンセントではなく、クラウドでもなく、ティファやユフィや、他の誰かと、幸せに愛情に満ちた生活を送ることが出来ているのかもしれない。そういう俺は今の俺よりカッコよくて、誰からも愛される男なのかもしれない。

 でも、でも、でも、でもでも――

 俺はクラウドと共に在りたい。そういう俺の群像を全否定して、俺の汚れた過去ゆえに生まれ、今の心を浄化する猫耳少年と共に在りたい。俺にとって「いま」は一つしかない、そして、……俺は俺の選んできた道が汚れていようが荒れていようが、間違ってはいなかったのだと思うのだ。

「クラウド。愛してるよ、……ずっと一緒にいような」

 クラウド、「怖くなかった」と言っていた、ルビカンテは怖いことしなかったって。

 だけど、それでも。

 こく、と頷く、俺にぎゅっと抱きつく。

「ずっと、一緒……、ザックス」

 うん。

 俺は「ザックス」。クラウドの側にいるために生きている。俺の知ってる「ザックス」、苗字がカーライル、あの人はもう俺を置いて死んじゃった。だけど俺は、この「クラウド」の「ザックス」は死んだりしない、クラウドを一人にはしないぞ。

 そして俺は今、自分の名前を今迄で一番誇らしく感じた。何となく与え、受け取った名前だったけれど、俺は自分が一番最初に愛した、そして多分今も愛している男に、少しずつ自分が同化しようとしていることを意識した。もちろん、同化など出来る筈も無い、俺とザックスでは格が違う。だけれど、本当に愛しい相手が出来て、その相手を自分の力で護るその過程で、相手が自分に護る力を与えてくれると気付いた時点で、もう、俺は大人かもしれない。

 こういう在り方、俺は誰かに許しを請うことはしない。俺が俺のまま、ありのまま、在り続けることによって生れた命が、俺に「間違ってない」と言う。誰かには無価値な天秤を心に掲げて、限りない生の限りに生きていくのだ。

 

 

 

 

 張り詰めつつも、安らかな気持ちで迎えた翌日の午後に俺らの家の扉をノックしたのは、スカルミリョーネではなかった。

「……うにゃ」

 クラウドはその男の顔を見た途端、そんな声を上げる。もう書くのはこれで最後にしようと思うが、クラウドの猫声、「う」が混じると不機嫌のサインであって、それは明らかに表情にも声色にも顕れる。つまり客人に対しては随分な態度の悪さであるわけだが、言えるなら俺も最上級を使って、「うにゃううう」。ヴィンセントは彼が来ることを判っていたのか、これといったリアクションはしなかった。

 一頻り、気まずい空気を味わってから、彼は二ィと笑って言った。

「随分な歓待振りじゃな」

 坊主頭、逆光で光のリングが見えるよ。

「何しに来た……カイナッツォ」

 水の四天王。先日、ヴィンセントとクラウドが生れて初めての大喧嘩をした。大喧嘩と言うとヴィンセントも悪いみたいで、確かに第三者にはあれはクラウドが悪いように見えるはずだからそぐわないのだけれど、しかしあれはヴィンセント自身が過失を認めたから、両成敗、両方悪かった。但し、その原因を作ったのは誰かと言えば、この男だ。側にいたのがスカルミリョーネだったならば、あんなことにはならなかっただろうという、……まあ、幻想に近い思い込みが俺たちには在った。

 その男がまたこうして目の前に現れたのだ。背中の後ろに、スカルミリョーネはいない。その代わりそこに立っているのは、……ええと、また判らない服装だ、ただ、ヘアスタイルは判るぞ、髷を結っている、ぎゅっとひっつめた額は見事に二つの孤を描いており、腰には剣……じゃなくって、刀を挟んでいて、要するに、お侍さん。

「こやつは儂の部下のベイガンじゃ」

 俯き加減だった侍は顔を上げた、その眼を見て、俺は思わずどきりとした、その侍の瞳は、まるで猫のそれのように、縦に割れていて、白目の割合が人間ではない。クラウドも明るいところでは瞳孔が猫のように細まるけれどそれは所謂青い「黒目」の中での現象であって、全体が収縮するものではない。

「俺のこの眼がそんなに珍しいか」

 不遜な口の聞き方だ。低く重厚な声。

「いや……」

「蛇男じゃからのう、その眼が細くなるのは、必然というものよ」

 カイナッツォは凄味のあるベイガンにそう言って、そのような無愛想な顔をするなと方に手を置いた。二人とも長身で、なかなか威圧感がある。

「……どういう用件だ」

「ふむ。お主らに見せたいものがあってな。カオスが呼んでおるのじゃ」

「カオス、が……?」

 クラウドが訊く。

「……どこに?」

 カイナッツォは二秒、黙って、焦らしてから、

「我らが故郷、魔界じゃ。我らはお主らを魔界へ導くために参った」

 思わず、と言った形で言葉と態度が零れた。

「また勝手なこと言いやがる」

 クラウドの前なのに、汚い言葉が出てしまった。ヴィンセントは咎めなかったけど、自分で自分を責めた。だけど、勝手だと思ったのだ、しょうがないだろ。ルビカンテがああいう形で俺らに迷惑をかけた、それなのに、俺らへの謝罪はスカルミリョーネからあっただけ。もちろんスカルミリョーネの謝罪が無力と言うつもりはないけれど、けれど、だ。

 ちゃんとした謝罪の言葉も無く、また俺らに働け? 冗談じゃないよ。

 そういう俺の気持ちが伝わったか、カイナッツォは微笑んで、

「カオスからお主らに、詫びの言葉と品物と、それから見せたいものがあるそうじゃ」

 だったらそっちが来るのが筋というものだ。

 そう言いかけたところに、

「カオスは今、魔界を離れられんのじゃ、……無論、奴も十分、罪の意識を感じておる。同じ四天王のしたこと、儂とて、それは同じ」

 カイナッツォは沈痛な面持ちに代わって、

「申し訳ないと思っておる」

 言った。

 なんだか気勢が削がれて、心の拳は自分の腹の底を叩いた、こいつらだって仕事なのに、当たるようなことを言って、と。

「……じゃからのう、我らと共に魔界に来てはくれぬか」

 俺とクラウドは顔を見合わせてから、ヴィンセントを見た。ヴィンセントは溜め息を吐いて、

「行かないわけにもいかないだろう……。支度をしろ」

 そう命じた。

 


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