相性問題

 スカルミリョーネはカオスに仕える魔界四天王の中で、「土」を担当している。それは彼が「死体」であることと関係が深い。多くの命は矢張り、土に還る。それは「土葬」という埋葬形態に限った問題ではなく、結果的にどうしても命は土で終わるのが自然だろうから。人間がどこかで死ぬ。その肉が腐り、一部は土に返り、一部は鳥や獣に貪られる。それら鳥獣もやがて死ぬ。死んで、微生物に分解されて、大地に腐る。土と同化する。魚達も同様だろう。食物連鎖は多くの場合「土」が終点となる。だからこそスカルミリョーネは「土」を担当している。もちろん、

「あの子の髪の色さあ、すごく土っぽいじゃない、あったかい茶色。だから土なの」

 その程度の理由だったかもしれない可能性は、否定しない。

 「死体」は、国によってまさにそうやって埋葬する方法があるとおり、火に弱い。特に、スカルミリョーネの本性、あの肉がからからに乾き骨の覗くゾンビ体であれば、火が回ればあっという間に焼けて骨ばかりになってしまうだろう。スカルミリョーネがルビカンテを嫌い、またカオスもルビカンテの方が強いと評するには、そういった理由があった。

「勝てるかなあ?」

 カオスは相対して睨み合う二人を見て、本当に気楽な声でそう言う。

 スカルミリョーネは直立不動。

 まず、ルビカンテが軽いステップから、一気にスカルミリョーネに飛び掛った。と、簡単に書いたけれども、半端じゃないスピード。ヴィンセントの蹴りよりも、明らかに速い。それを、スカルミリョーネが飛び退いて避ける、それを追って、ルビカンテが拳を突き出す、長い足で蹴り上げる。

 ただならぬ気配をさすがに感じたか、遠景の森から一斉に鳥が飛び立つ。

 その気配なら俺だって感じていて、とりあえずクラウド抱えて自分の家で結果を待っていたいくらいだけれど、居なければ成らない辛さったら。

「本気出せよ」

 クッとルビカンテ、笑う。まるで踊るように軽やかなステップ、時にスロー、時にクイック、変則的なモーション、から鋭く正拳。はっきり言って俺はその一撃に対応しきれるかどうか。とりあえず、当面は敵でなくって良かった。

 スカルミリョーネはと言うと、冷たい表情でその一つひとつをきっちり避ける、受け流す。

「それともアレか、死なねぇと本気は出ねぇか。あのグロい面久しぶりに拝みてぇ気もするなぁ」

 挑発するように笑いながら、一撃二撃、スカルミリョーネはまだ一度も反撃しない。見ていて、一方的に押されている。

 クラウドの尻尾が、少し膨らんでいる。

「あの子に任せたくない理由はいくつかあってさ」

 カオスが髪の毛を両手でかきあげて、それから首を振って風を散らす。そういう、あまり細かい形に拘らないあたりは、ヴィンセントと少し違う。同じ顔でも、最近ではちょっとずつの外見的差違も見出せるようになってきたのは、俺もカオスと知り合って一定の時を過ごした証だろうか。

「知っての通り、あの子は優しい、いい子だからねー。基本的に頭を使う仕事の方が向いてる。丈夫な身体をしてはいるけど、すごく、優しい、顔も可愛い。だったらね、無理に本分を曲げる必要は無いんじゃないかなって。これまでは君たち一家のサポート、君たちが、楽に生きられるためにスカルミリョーネを派遣していたわけだけどね、これからはそれだけじゃない、間違いなく『戦闘』だから。君らには危険な場所に行ってもらう訳で、必要なのは『秘書』じゃなくて『護衛』、優秀な戦士なんだ。地獄に精通していて、また魔界で僕の次に強いルビカンテのほうが、僕としても安心して任せられる」

 そんな風に言われると、クラウドを守らなければならない俺としては、少しだけ気持ちに問題が生じる。確かに俺は、俺たちは、スカルミリョーネが大好きだ。だけれど、スカルミリョーネとクラウドどっちが好きかと問われれば、それはやっぱり。損得の問題だけならば、ルビカンテのほうが、やはりいいのかもしれない、そう考える……。

 だけど、また俺は思い出す。カイナッツォが来た時のこと。要するに、ルビカンテは地獄に精通しているかもしれないが、スカルミリョーネの方が圧倒的に俺たちに精通している。戦いをする上でモチベーションは重大な意味を持つ訳であって、スカルミリョーネが仮令頼りなかったりしても、彼にミスをさせないように余計頑張ってやらなくちゃという力が俺たちの中に生まれるであろう事は想像に難くない。

 とは言え、どこまでも俺たちが決められる問題でもない。固唾を飲んで、仮にスカルミリョーネがカオスの言うようにルビカンテより弱くて、負けるとしても、痛い思いはして欲しくない。そして、出来れば彼の悔しいと思う姿を俺は見たくない。それくらいのスタンスで黙って見ている。

「どうするよカオス、殺しちゃっても構わねぇの?」

 ルビカンテがケラケラ笑いながら問う。

「うん、構わないよ。その方がまだ勝負になるだろうからね」

 カオスが平然と応える。

「ころ、殺すって」

 クラウドが声を上擦らせる。ああ、クラウドの目を塞いでやらなきゃいけないか。

「了解、じゃあ死ね、チビ。死体も全部灰にゃしねぇから安心しな」

 ルビカンテ、二ィと唇を歪める、咄嗟に俺はクラウドの頭を後ろから抱いた。

「ぶにゃ!」

 クラウドが俺の腕の中でうめく、ルビカンテがテイクバックする、その瞬間。

 グンとスカルミリョーネが、その拳に突っ込むように踏み切る、冷たい表情のまま、小さな身体を屈め、ルビカンテの懐に飛び込む。死角に入り見えなくなったと思った瞬間、黒っぽい光が破裂する。

「ふ、ふにゃ、にゃっ」

 クラウドがずるりと俺の腕を下げる。

 スカルミリョーネ、死んでない。死なないで、ルビカンテの懐から、バックステップで退避するところだった。

「なるほどねえ」

 カオスはそんな言葉を漏らす。ルビカンテが腹部を抑え、顔を上げる。抑えたところから黒い煙が上がっている。

「テメェ……」

「確かにルビカンテ、油断したところがあったね。でもこれからだ。同じ手は食わないよ」

 ルビカンテの表情が変わる、笑顔が消える、目の色が赤に染まる。ヴィンセントの血の色よりも、鮮やかな炎の色だろうか。スカルミリョーネに、凄まじいスピードで襲い掛かる五匹の炎の竜を放つ。陽炎で視界を歪めながらここまでチリチリ熱くなるような危険な竜は、しかし、スカルミリョーネを餌と噛み付く寸前で食欲を満たせぬまま、消える。鋭い冷気の放射で、顎を刺し貫かれ、真っ二つに裂かれ、一匹ずつ昇天する、スカルミリョーネを覆う冷気は熱を食ってやがて渦となり刃となり、ルビカンテに殺到する。

「……腕を上げたんだね」

 カオスが目を細める。

「昔はあんなに上手に魔法使えなかったのに。僕の見ていない間に。……必死になってるんだね、ああいうのは僕、好きだな」

 本気になったルビカンテの動きは加速し激しさも増す。一撃でも食らったら、……俺だったら多分八割くらいは、死ぬか生きるか、という攻撃を繰り出す。スカルミリョーネの回避は、本当に紙一重、ひょっとしたら髪の先くらいは傷ついているんじゃないかと思うくらい、危ういものになっている。クラウドが俺の腕に爪を立てた。俺も緊張している。同じ姿をした魔王と人間だけは、表情をあまり変えない。

 俊敏な小さな身体を捕え切れなくて苛立ったか、ルビカンテが更に攻撃を過熱させる。赤かった炎はやがて白く眩しく、何十メートルも離れてる俺たちまで、サウナ風呂みたいな熱さを味わわせる。

 その熱が歪める世界の向こうで、それまでずっと避けつづけてきたスカルミリョーネが、とうとう、その攻撃を身に受ける。左腕に掠り、バランスを崩す、すぐさま体勢を立て直そうとしたところに、正面から激突する。その身体が容赦なく地面に叩きつけられ、弾む。

「す……っ……」

 ああ、駄目か。

 俺は再びクラウドの目を覆った。ルビカンテが小さなステップから、拳を、その背中へつき下ろす。真っ白く煌く炎の拳で、スカルミリョーネを貫くのだ。

 いよいよスカルミリョーネが変わる。

「……ガッ……!」

 しかし、空中でルビカンテの動きが止まる。ぴたり、と。その瞬間、その腕から炎が消える。

「……ン、だとぉ?」

 スカルミリョーネが、ゆっくりと、立ち上がる。……生きている。

 だが、その背中には、ゾンビの彼に生える、禍々しく湾曲した骨角が飛び出している。それが、襲い掛かるルビカンテを貫いたのだ。

 フッとその角が消える、どさりとルビカンテの身体が地面に崩れた。胸から夥しく出血している。カオスがパチンと指を弾く。その傷はあっという間に消えたが、ルビカンテは胸を抑えたまま、しばらく倒れたまま立ち上がれそうには見えない。

 スカルミリョーネは土に汚れたスーツをはたく。そして、ちらりとルビカンテを見下ろした後、カオスに向き直った。静かな表情、頬にかすり傷、唇を結んで、判断を仰ぐ為に何も言わない。

「……ルビカンテ、起き上がれる?」

 その問い掛けから、数秒置いて、ルビカンテが右手で身体を支え、よろめきながら、立ち上がる。荒い息を何度か吐いて、吐き切った、その瞬間に、「アア!」、悪鬼のような声を上げて、スカルミリョーネに渾身の蹴りを浴びせる。スカルミリョーネの身体が弾き飛ばされる。背中から地面に叩きつけられる。そこに今度は再び炎の竜を、ルビカンテが浴びせ掛ける。スカルミリョーネが瞬時に立ち上がって飛び退いたところ、もう一発、痛烈な蹴りがぶつかった。

「はい、オーケー、そこまでー」

 ぱんぱん、とカオスが二度手を叩く。

「大体判ったからもういいや、二人ともご苦労さま」

 スカルミリョーネが、やっとのことで立ち上がる。スーツはドロドロになっている、一部、破けたりなどしている。今の一瞬の攻防で、スカルミリョーネも同じように息が上がっている。

「ルビカンテ、とりあえず今日は帰っていいよ」

「……ああ?」

「うん。君のほうが強いのは判った。でも、とりあえず今日は帰っていい」

「カオス、テメェ……」

「まあ、ね。嫌かもしれないけど、さ。どっちにしろ、地獄とこっちを自由に行き来できるのは君だけだ、君にも協力してもらわないと駄目な話だからさ」

 苦笑いして、そう言い渡す。そして手のひらをルビカンテに向ける、ルビカンテの姿がふっと消えた、魔界に転送されたのかもしれない。

 スカルミリョーネは、はぁ、はぁ、息を吐きながら、頬を汗で濡らす。

「強くなったね、スカルミリョーネ。とりあえず、ルビカンテを苛つかせるくらいには強くなったんだね」

 一撃を受けた胸を抑えるスカルミリョーネを見ても、カオスはその傷を癒そうとはしなかった。少し、意外な気持ちになるのは当然だろう、カオスが「一番の稚児」と呼ぶスカルミリョーネなのに。

「君に地獄に行ってもらう。ヴィンセントたちの『護衛』としてね。……いい子である必要は全然ない、その代わり、ちゃんと働くようにね。君が役に立たないと判断したらすぐにルビカンテと交代させるから」

 なるほど、とも思う。今のスカルミリョーネはカオスにとって『稚児』ではないのか、と。だから、スカルミリョーネも無表情のまま、こくりと頷くだけだ。

「じゃあ、この件は君に任せる。頑張ってね」

 カオスはにっこり微笑む。そして、ふっと姿を消した。

 スカルミリョーネは糸が切れたように、その場に膝を突いて、崩れた。

「……スカルミリョーネ!」

 だっとクラウドが俺の腕からすり抜けて駆け寄った。肋骨のあたりを抑えて、脂汗をかいている。あれだけモロに食らったなら……。ヴィンセントが手のひらを翳す。同じ手のひらでも違う人の回復魔法で、スカルミリョーネは癒される。

 苦しげだった息が、リズムを取り戻した。

「……申し訳、ございません、ありがとう、ございます」

 こんなときにまで、謝罪の言葉が一番に出てくる。

「だいじょうぶ……?」

「はい……、ご心配なく。私は、もう、大丈夫です」

 立ち上がる。少しだけふらついたが、ちゃんと。ずっと張り詰めさせていた表情を、柔かく溶かして、クラウドを安心させるように微笑む。その表情は、十代の子供で、しかし、永い時を微妙な立場の魔族として生きたスカルミリョーネしか出せないものだったかもしれない。ただの微笑みではなくて、俺はどきどきする。

「最後まで、みなさまの心が乱れることなく、お守りすることをお約束いたします」

 「約束」という言葉を、スカルミリョーネは使った。けれどそれは、誓約にも近い響きがあった。

 

 

 

 

 クラウドはスカルミリョーネと一緒にお風呂に入っている。俺とヴィンセント、すなわち、むさくるしくは無いがあまり色気のないような気がする、いや、ヴィンセントは十分すぎるほどに美しいが、ソファにふんぞり返って夕刊を読んだりして以下略。

「強かったな、スカルミリョーネは」

 皿を洗い終えて、俺もソファに座ってヴィンセントに言った。ヴィンセントはお行儀の悪い足を下ろす。ルビカンテに文句を言えるほど、プライベートな時間のこの人が立派な態度というわけでもないことは、大体みんな知ってのとおりだろうと思う。

「……強い、のかな。相手がルビカンテだったからではないか?」

 ヴィンセントはそう言いながら、俺が、俺のために入れたお茶を勝手に飲んだ。こういう事をするのだ。

「というと?」

 一々腹を立てているのは時間と紙の無駄だ。

「……ルビカンテには油断があった。スカルミリョーネを、悪く言えばなめていた。だから反撃を食らう。逆上したところで、最後まで冷静に受身をキープし続けたスカルミリョーネが返した、……それだけの話だろうと思う」

 そう言えば、と思う。ヴィンセントはスカルミリョーネとルビカンテの戦っている間、ずっと黙って、その戦い振りを、ごく客観的に見ていたっけ。

「実力はルビカンテのほうが上だろうな」

 ヴィンセントはそう言って、夕刊を畳む。

「でも、俺も……クラウドも、それにあんただって、ルビカンテと一緒に仕事したいとは思わないだろ、スムーズに行くとは思えない。カイナッツォの時みたいになる可能性だって」

 畳んだ夕刊を、テーブルに置いて、ヴィンセントは少し考える。

「……成長の無い私たちではないだろう」

 それはまあ確かにそうだ。

「でも、やっぱりクラウドの気持ちを一番、大事に考えてやりたいよ俺は。クラウドがスカルミリョーネと一緒に戦いたい、ルビカンテと一緒は嫌って言うなら、それは」

「別にそれを否定するつもりもないが」

「何だよ。何か納得いかないのか?」

 ヴィンセントは少し黙る。俺のお茶を二口飲む。半分しか残っていない。

「……恐らく、カオスはぎりぎりになってルビカンテからスカルミリョーネに代えたのだろうと思う」

「代えた?」

「私たちの護衛役を。地獄へ随伴し、私たちを護る役目を。ルビカンテには確かな実力があり、地獄とこちらを単独で行き来出来る。そして、スカルミリョーネはカオスの寵愛する稚児だ、……四天王である以前にな。……更にこれは重要だと思うのだが、スカルミリョーネは単独で地獄に行くことは出来ない。それゆえ、地獄の奥へ私たちを転送する為には、必然的にルビカンテの力を借りることとなる。即ち、四天王の二人が同時に魔界を空けることとなる。今日までで大体四天王全員の実力が判った訳だが、恐らく一番の強者がルビカンテで、二番目がスカルミリョーネだろう。……カイナッツォとバルバリシアは、それに次ぐといったところか。二人だけが欠けるとは言え、魔界の守りが手薄になることは避けられまい」

 ヴィンセントは結局、俺の湯飲みを見事に空にしてくれた。

「短期間とは言え防御の甘くなるリスクを犯しながらも、カオスがスカルミリョーネを私たちの護衛とした。あの戦いの最中までは、きっとどう転んでもカオスはルビカンテ一人を護衛にするつもりだったのではないか。だが、心が変わった。……どういう理由かは知らない。クラウドがあのようにスカルミリョーネに肩入れしているのを見たからか、或いは他の何かかは判らんが、リスク以上のリターンを考えた結果に、反射的に出した結論だったんじゃないか」

 その推論には、なんだか納得が行く。明らかにカオスはルビカンテに有利だと判断したがゆえに、スカルミリョーネにチャンスを与えている。あれは言わば出来レースだった。ところが、幾つかの理由――クラウドが、俺が、スカルミリョーネを信頼しきっていること、スカルミリョーネが意外なほどの強さを見せたこと――によって、そのレースは波乱を含んだ。

 そして、カオスは土壇場で結論を変えた……。

「あ、あのう……」

 見ると、細い腰にタオルを巻いただけの、スカルミリョーネが真っ赤な顔でのぼせたクラウドに肩を貸して、困惑している。

「……なに?」

「く、クラウド様が、のぼせて、しまって……」

「ふにー」

「ふにー、て。……何やってたんだ」

「いえあの、クラウド様が、えっとそのあのですねつまり」

「……」

 スカルミリョーネの首、肩、……かなり新しい、赤く吸われた痕跡。

 「俺のコピーだから」、という言い方をしてやるのが一番彼にとってはいい逃げ道なのだが、非常に気が多い。もちろん、クラウドがスカルミリョーネのこと大好き、というのは前々から知っていたし、実際、四人で何度かセックスしたこともある。

 だから、まあ、一緒に二人でお風呂に入る、という時点で、何となくちょっと問題はある俺、というか、クラウドとスカルミリョーネ、なのだが。

 多分俺がスカルミリョーネと二人で入っても、そういうことをしてしまうだろうなあ。ヴィンセントだってそうだろう。

 だけれど、

「……ほう、なるほど、お前はクラウドにそういうことをしたのか」

「え、あの、えっ、いや、あのっ」

「……悪い子だな。人の家の浴室で猥褻行為を行なった上にクラウドをそんなに上せさせるとは」

「え、え、え……」

 ヴィンセントが立ち上がる、俺も立ち上がる。ヴィンセントが、一番上のボタンを外す。

「お仕置きが必要だな、スカルミリョーネ」

 きっと俺たちは、すごくすごく真面目に日々を生きているんだ。大真面目な俺はとりあえず、クラウドに口移しで水を飲ませる。「にゃー」、目が空ろ。とりあえずタオルで氷枕を包んで、ソファに寝かせる。

「っ、あっ……、ヴィンセントさま……」

 腰に引っかかったタオル、外さないで、ヴィンセントは「悪い子」の小さな耳を舐める。濡れた土色の髪がつやつや光って、五パーセントくらい可愛さがアップしていることは否めない。耳を舐めて、そのまま首へ降りて、肩を優しく噛んで。タオルの下、何がどうなっているのかはよく判る。

 ちょっと虐められるくらいが丁度いい、悪い子だ。

「大丈夫か? クラウド」

 目の焦点が、やっと合うようになった。ぼへーとした顔で、こくん。

「お前も悪い子だな。スカルミリョーネにえっちなことしようって誘ったんだろ」

「う、みゃう」

「誤魔化すな。まったく……節操がないっていうか何ていうか」

 それは、寧ろ絶対に俺たちだが。

 タオルを外す。ちっこいの。恐るべき破壊力を秘めているとは到底思えぬ……、破壊対象は俺やヴィンセントの理性だけだが。

「あ……! ヴィンセントさま……っ」

 そしてスカルミリョーネの声も。極まって、震える。ちらと見る、まだそこに触られてもいないのに、立ったままいってしまったみたい。うん……、まあ、今更のことではあるけど、クラウドがスカルミリョーネに感じるのは判る、あの子、可愛いもん。

 でもって、俺もスカルミリョーネをヴィンセントに独り占めされるのは、クラウドというものがありながら、ちょっと、悔しい気もする。いい、その分クラウドいじるから。

「あっ、や、ヤダよっ……」

 もう既に一回した後なのか、それともこれからしようというところだったのか、そこを見ても判別しがたい。ただ、ぷにっとしてて、何かもう、指で摘んでしまう。……うん、ぷにっていうか、ふにっていうか、……柔かいんだよ。いや、もう、硬くなりはじめてはいるけれど。

「ちょっと触っただけでこんなになるんだもんな」

 まあ、うん……、いいながら、少しばかりズボンの窮屈さを感じている俺だが。

「にゃあ……」

 ピンク色の肉球、と、おそろい色の耳の内側が、少し色を濃くしたら、それは大いに興奮している証拠だ。潤んだ大きな目に、違う要素に赤い頬。繋がっていなくてもその場所がムズムズしてヒクヒクして……判る。

 もう、つんと上を向く。扱いてあげてもいいし、しゃぶってあげてもいい、どんな風にだって可愛がってあげてしまえる。けれどあえて、一歩引いて。スカルミリョーネの声がしなくなったなと思ったら、なるほどそういう事情でか、だったら、俺だって。

 仰向けのクラウドの顔の前に、突きつけた。

「……ほら」

「ふ……、う……」

「クラウド」

 クラウドは困ったような顔をしつつもやるべきことはちゃんと判ってる。うん、こういうところは悪い子というよりは良い子だ。ソファから床に下りて、湿っぽい毛皮の手でちゃんと持って、裏側から、ぺろり。

上手さで言えばスカルミリョーネだろう、とちらり見る。ヴィンセントにはまだ余裕がある。でっかいし、長持ちするし、そういうヴィンセントをクラウドに咥えさせるのはちょっと。だから、スカルミリョーネに担当してもらった方がいい。それにあの子だって、カオスと同じものを咥えたいと思うはずだ。

 大体いっつも、スタートするまでは嫌がるクラウド、けれど始まれば俺も戸惑うくらい熱くてキレイなところをたくさん見せてくれる。上から、少し顎引いて見る景色が本当に好きな俺だ。もう、くどくど言わないけど、嬉しくて幸せで気持ちいい。見られてること意識して恥ずかしがるクラウドの表情なんかもすごくいいね。……結局語ってしまう。

「……どうした? もうお終いか?」

 ヴィンセントがスカルミリョーネに言う、スカルミリョーネは、……ちょっと離れたココから見てももう、すごく胸の疼くような切ない顔で、

「もう……、我慢、無理です……、ヴィンセントさま……」

 震えた声で。クラウドも、そう言いたいのを我慢して、俺のを咥えている。欲しそうな目をして。

「別にお前に我慢をしろとは言っていないが」

「そんな……、……だって……」

「何を我慢していると言うのだ?」

 本領発揮だ。クラウドは、ヴィンセントのそういう物言いにまた疼くのか、左手をきゅっと握って、自分のその場所に当てた。

「……言ってみろ、スカルミリョーネ。別に私はお前に我慢を強いてなどいないつもりだがな」

 王様のサディズム、女王様のサディズム、そして、美少年稚児のマゾヒズム、何だって出来るよな、ヴィンセントは……。一体どれが本当のヴィンセントなのか、十年付き合っても実はまだ判らない。一人称「僕」でニコニコしてるのが本当のような気もするし、ああやって楽しげに虐めている姿も、物凄くリアルだし。

「お尻……を……」

 クラウドにしてもらっているのにも関わらず、スカルミリョーネの方も気になる。一番愛しいクラウドなのに、なんて贅沢な態度なのかと思う。

「……お尻、を、弄って、……ほしい、です」

「別に弄るななどとは一言も言っていないだろう。弄りたければ弄るがいい」

「そんな……」

 スカルミリョーネが可愛くて、ヴィンセントが色っぽくて、クラウドも俺も感じきってしまう。

 ヴィンセントがちらりと俺に目線を送る。

 俺はクラウドの頭を撫でて、ありがとう、と。

「俺たちも見たいな。な、クラウド?」

 クラウドは目元を赤らめる。頷かないし、恐らくはスカルミリョーネと同じことを考えているって判るけれど。

「見せてよ、スカルミリョーネ」

 代表意見として俺は言った。

「……ザックスさま……」

 良心らしき部分がちくちくするけれども、これもまたスカルミリョーネのためになる。俺たちはカオスほど上手にお前を虐めてあげられないかもしれないけど。

 スカルミリョーネは魅入られたように自分からタオルを外した。クラウドのといい勝負な幼い茎がきつそうな色。

「ひぃ……ん……っ」

 身体を支える広げた膝、の中央に右手の人差し指、をそっと差し入れて隠された穴、へ畏れながら入り込む瞬間、に電撃として広がる快感。……を見ながら今にもいきそうなクラウド、割と普通なヴィンセント、二人の中間地点に立っている俺だ。三人の馬鹿が今、ここに立つ、というか、ここで勃つ。

「……っは……! んっ」

「スカルミリョーネ。指入ってる所、俺たちにちゃんと見せてくれよ」

「え……?」

「そのままじゃ見えない」

「……そうだな、たまには良いことも言うものだ」

 たまには、ね。

 スカルミリョーネは従順に猫のポーズ。お尻をこっちに向ける、ああ、うん、ちゃんと入ってる……よく見える。真ん中で、中指の第二関節まで。

「……動かして見せて」

 ゆっくり、ゆっくり、指が往復をはじめる。

 それを見るクラウドの目、どこも弄られてないのに、やらしく揺れてる。もう、じゃあ、うん、しょうがないか、な。

 クラウドの後ろから手を回して、小さなところ、肩にキスしながら、手の中へ、収める。

「ふや!?」

「したいの我慢してるんだろ? クラウド……、いいよ、しても。スカルミリョーネのお尻にかけてあげよう、お前のえっちなおつゆ」

「あふ、あう、ダメ、っ、ザックス、ダメだったら……っ」

「何がダメなの? こんなに腫らして。痛そうなくらい。我慢は身体に良くないってクラウドだって知ってることだろ?」

 俺はもうちょっと我慢しろよ、だ。

「んんっ、んんんぁ、あぅ、あんっ、やっ……やぁ、ダメぇ……もぉ、ヤダ、出ちゃうっ」

「ひゃう!」

 銃口、我ながら上手に向けたなあ。スカルミリョーネのお尻で、クラウドの精液が瑞々しい音を立てて跳ねた。そしていいタイミング、クラウドのそれが最後の理由になったようで、お尻を弄るスピードの増していたスカルミリョーネもいった。

「あ……あ……」

 指を抜いて、そのまま床に転がり、小刻みに震えてる。クラウドは俺の腕に身体の全責任を委ね、ぐったり、ほっぺたに愛らしく涙が転がった。俺も、そしてさすがのヴィンセントも、そういう様を見ていて、ブレーキが利かなくなる。というか、ここまでよく我慢したよ俺たち。な。

「スカルミリョーネ、ご苦労さま」

 屈んで、頭を撫でてあげると、肘を突いて起き上がろうとする。リンゴ色のほっぺた、何かもう色だけ理由にキスしてもいい感じ。

「ありがとうな。俺のために広くして、入りやすくしてくれたんだよな」

「ふ……ふえ?」

 抱き起こす、そして、まん丸な目、覗き込んで、ほっぺたを舐めた。ちょっと塩辛い。

「クラウド、大丈夫か?」

「にゃう……」

「寂しかったろう、一人では……、安心しろ、今温かくしてやるからな」

「う、う、う、うにゃ!?」

 やっぱり、繋がらなきゃ。お互いの一番生々しい部分を誇らしげに見せ合わなくっちゃ、意味がないよ。オナニーとセックスの根本的な違いはそこだよね。改めて、こう、判りきってることを、もうなんか無駄なくらい時間を使って「いいやこれは無駄なんかじゃない! かけがえのない崇高な行為だ!」胸張って、し合うんだ、それがすごくいいんだ。

 ね?

「スカルミリョーネ。今日は偉かったね」

 カオスの代わりに俺が誉める。そんでもって、スカルミリョーネの代わりのヴィンセントの代わりの俺が、入れる。

「ひゃあぁ……!」

「んー……、やっぱりまだちょっと、キツイかな……」

 尻のクリームを掬い取って舐めた。それは馴染んだ味がする。そしてやがてスカルミリョーネのも、喉が悦ぶ味となる。

 いつの間にか、こうして四人でいるのが当たり前のようになっている。クラウドとヴィンセントとスカルミリョーネと俺、部屋とワイシャツと私、定着するのは俺の歓迎する幸せな日々。

「あんっ……あっ……あ!」

 俺たちの社会、俺たちの世界、悲しみは似合わない、出来ればいつも笑っていられるように、そのための手段としての、一つにセックス、絡む重要な要素としての愛。裸ぶつけ合う。

「どう、スカルミリョーネ。気持ちいい?」

 俺と繋がった、小さなお尻、細い腰、くびれ、決して戦いに剥いていなさそうな身体、ちょっとだけ長い土色の髪。俺たちを護ると誓ってくれた生き死にとは無縁の命。悪い言い方をしてしまえば、性的存在。

「っち、ぃぃ、ですっ、……っは! あっ、ひゃう……んんんっ、あっ」

 俺は自分がかなり偏った価値観を持っていることを否定しない。ただ、俺が「可愛い」と思うのと同様に多くの人がスカルミリョーネを「可愛い」と思うに違いないと、思うのである。そこに在るのは渾身から純粋に向かう愛情でなかったとしても、強く貴い思いで身体を委ねる姿は、すごく健気で、いじらしく、やっぱり「可愛い」と言ってしまうのが一番相応しいように思うのだ。

「カオスのも、いいかも知れないけどさ、……俺のだって、それなりには気持ち良いだろ?」

 スカルミリョーネはカオスのアレ(ヴィンセント以上のポテンシャルを当然秘めているわけだ)で酷く突かれるのが好き、そして、快感が度を超して失禁することもしばしばだとか。俺じゃそこまではあげられないな。っていうかクラウドが俺で気持ちよくておもらしするなんてことも今までに一度もないし……。

「あっ、……あ! あ、あっ……」

 でも、失禁はしなかったけど、失神はしてくれた。これは、悦ぶべきか。

 

 

 

 

 さて。

 さて、じゃない。多少俺たちの身体には前夜溜め込んだ乳酸が残っている。ふくらはぎがダルい。正直、あまり戦いの場に身を踊らすのに適した状態ではないと言えるだろう。しかし、

「時間が経てば経つほど、此方に対応する手立てを整備するでしょう」

 と、前夜一番散々な目に遭ったはずながらぴんぴんしているスカルミリョーネが言う通り、知能に長けた存在を擁するアチラを相手にする訳だから、そこは慎重かつ大胆というのが求められる部分もあろうと考える。

「もちろん、何も今日決着をつけなくとも良いのです。ただ、地獄というのはみなさまからすれば、異様と言ってしまって構わない世界です。あちらで戦いをスムーズに進めていくために、みなさまにまず、慣れていただくところから」

「そうそう、いきなりグロ見てショックで倒れられたらたまんねーもんなあ」

 失礼な言葉遣いを叩くルビカンテを、スカルミリョーネが睨む。地獄との連絡船役と言っていいだろう、スカルミリョーネに「敗れ」たルビカンテは、護衛ではない。

 だから、スカルミリョーネは昨日に比べて少しは余裕がある。身体の脇の拳をぎゅうと握り締めただけだ。

「足手まといになりなさんなよ」

 軽く笑いながらルビカンテは言う。スカルミリョーネは静かな口調で、

「ご安心を。みなさまを責任持ってお守りいたします」

 そう、真面目に言った。

 のに、ルビカンテはまた笑った。

「テメェじゃ無理だろうよ」

 さすがに、これにはそれまで我慢していたスカルミリョーネも、鋭く反応した。その強い視線を嘲笑うかのように受け入れて、ルビカンテは続けた。

「誰よりカオスが信用してねェんだよ、テメェの強さなんてもんよぉ。ちょっと当たったからって粋がってんじゃねぇよ、チビすけが」

 そして、呆気なくスカルミリョーネの頭に手を置く、反射的にそれを払おうとしたスカルミリョーネの腕を掴んで、片手だけで地面に転がした。

「生憎俺もカオスの護衛なんてぇのは退屈でな。巨乳と坊主と、あとは俺の部下どもに当たらせりゃ足りる話さ。だから俺もついて行く。久しぶりに地獄の亡者の面を拝みてぇしな」

「か……勝手なことを言うな! 貴様」

 起き上がったスカルミリョーネが言う、ルビカンテはそれに被せた。

「勝手も何も。お前の大好きなカオスの命令だよ」

「な」

「文句があるならカオスに言いな。要するにな、あいつは昨日の勝負、テメェが勝ったなんて認めてねぇんだよ。いいところ引き分けだ。……何ならココでヤッてやってもいいんだけどな、面倒だから勘弁しといてやるよ」

 俺は、魔族二人の睨み合いを前にただ複雑な感情に駆られていた。それは恐らくクラウドとヴィンセントも同じだろう。ルビカンテのことは当分好きになれないだろうけれど、という前置きの上で、しかし仕方のない形ではあるかもしれないと。

 ヴィンセントがそっぽを向いて溜め息を吐く。ある意味では、彼の予感が当たったとも言えるのだ。的中が、どんな結論に繋がるかは判らない。少なくとも今の時点では。

 ただ確かなのは、俺たちも成長するということ。つまらないミスで互いの心を傷つけたりはしないということは、約束できる。


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