2b

 最近、無遠慮というか、何というか。
「やぁっ、やめてよっ」
 書斎でヴィンセントが側に居ても、平気でクラウドに悪戯をするようになってしまった。
 この間を含め、二回もしているところを見られたから、開き直れてしまったのだ。俺も、ヴィンセントがクラウドにしているところを見たりしたし。
 ……名実とともに、ザックス=カーライル? 悪いもんじゃない。
 机をはさんで斜向かいの椅子に座り、憮然と、そして敢えてこちらを見ないようにしながら、辞典を捲っているヴィンセントはかなり、不機嫌。
堪えきれなくなったのか、低い声で。
「……そういう事なら、あっちでやってくれないか」
 そしてコーヒーを一口。
「あんっ、やぁ……ヴィンが見てるっ、からぁ…」
 見られているから余計感じるのかもしれない、涙を浮かべて俺の膝の上から逃れようとするけれど、当然ながら不可能な事。
「別に、少し休むくらいいいだろう? 目が疲れたんだよ」
「だったらもう寝ろ」
「そういう訳にもいかない――それにクラウドの身体は、最高の目の保養になるからな」
 言いながら、首筋に軽く口付ける。
「……私にとっては目の毒だ」
「いつも覗いてるくせに……しょうがないな」
 俺が悪いのに偉そうな態度で、しかたなくクラウドを膝から降ろす。
 不完全燃焼な欲求を持て余して、暫く潤んだ瞳で椅子の横にへたり込んで、俺を見上げている。
 ――嫌なのかイイのか。
「ザックス、少し真面目になったらどうだ」
 深い深い溜め息を吐いて、瞼をぐっと押してマッサージしながら、ヴィンセントは言った。
「…?」
「折角、この間風呂に入れるようにしたのに、それ以降何の進歩も無い。というか、進歩させる心積もりがないだろう――これから永遠、お前はクラウドをずっとそのままにして生きていくつもりか?」
 ……まさか。もちろんそんなつもりはない。
 クラウドに、今のまま純粋で可愛くあってほしいとは願うけれど、本当に「このまま」でいられては。
 ……というか、クラウドを「そのままにしている」ことに、ヴィンセントは大いに荷担しているような気がするのだが。
「そろそろ、時期かも知れないな」
 ヴィンセントはそして、言った。
「クラウド、私たちは少し難しい話をしなければならない。お前は先に寝ておいで」
 うにゃ……、とクラウドはヴィンセントを恨めしげに見上げて鳴いた。おなかの中にうずうず溜まった欲望が、まだ消え去らない。ヴィンセントはじっとクラウドを見て、苦笑して立ち上がった。
「話の続きは後だ。……クラウド、私と一緒にベッドに行こう」
「ちょ……、おい!」
 まんまとクラウドを奪われて、彼は爽やかな顔で二十分後に戻ってきた。




 そう思ったのだ。
 だから、俺は思わず。
「冗談だろ?」
 ヴィンセントは即座に否定する。
「いつまでもこんな狭い所に居させる訳にもいくまい」
「それは解かってる。けれど…」
 不安、だ。 何故って聞かれても困る。けれど、不安としか言いようが無い。
ようやく風呂に入れるようになったばかりの子供、しかも普通の人間とは明らかに見た目異なる彼を、外に出す、なんて。
 ……不安だ。
「……でも、クラウドはまだ子供だ」
 子供なだけじゃない。子供のクセに淫乱で、けど異常なまでに純粋。生まれて2ヵ月、ずっと俺と、あとヴィンセントしか知らない彼に、外世界はどう考えても刺激が強すぎる。
 大体、生まれてから裸orパジャマの生活だし、食事も一人じゃ出来ない(まぁコレばかりはどんなに時間が経っても仕方ないが)――適応させるのはどう考えても早い。
 そんなクラウドはいつもの手術台で、俺の匂いがするから、頭まで毛布を被って寝ている。――甘えん坊。
「クラウドのことを考えるなら、だ」
 ヴィンセントはコーヒーを啜って、言う。それに首肯できない俺。不安で不安で仕方ない。
 ――そもそも、俺自身があの頃は酷く人見知りするタイプだったし、現実に友達なんて出来なかった。
 受動態で受動態で、周囲からの干渉を待ち望んで、でも駄目で、ニブルヘイムに居た頃にどんな陰口を叩かれていたんだろうと考えるといい気分はしない。都会に出て、初めてザックスに「拾って」貰えた。それまでの、後ろ向きな俺から、初めて少し解放された。あまりよろしくない記憶があるから、どうしても慎重にもなる。
 そんな「俺」のコピーなのだ、クラウドは。
「……別に、教育を受けさせることが目的ではない。ただ、これから何百年何千年と生きていくのであれば、他人とのコミュニケーションは絶対無駄にはならん。コミュニケーションは、人間を育てる一番大切な要素だからな」
「……けど」
「不安な気持ちも分かる。が、その不安がクラウドのことを考える故なら、外に連れ出すのも、同じ事。逆に、いつまでもこの狭い地下室に閉じ込めておくことが、あの子にとっていいことなのか? ――クラウドは間もなく疑問に思うだろうな、例えば、私が何処から来たか、お前がいつも買って来る食料は何処から来るのか……」
「…………けど」
 ふぅ、とヴィンセントは溜め息を吐き、止めの一言。
「ザックス、なのだろう。お前は」
「………うん」
 でもまだ正直迷っている。
「随分保守的になったものだ」
 護るべきものがあると人は弱くなる。



 俺と、ヴィンセントはいろんな意味で、クラウドと同じ匂いのする人間だ。
 ひとつ屋根の下で生まれたときから一緒に過ごしてる俺と、その俺の「友達」であるヴィンセントは、言わばクラウドにとっては家族のようなものなのだ。
 だから、どんな格好でどんなコトをしても、別に文句はない。
 が、今、目の前に座った人の良さそうな老人は、完全に純粋な外部からの人間――クラウドが目にする、初めての「マトモな」人間である。ゆえに。
 匂いが違う。
 老人は、メガネの奥の目を白黒させて、この部屋に入って俺と顔を合わせた時に帽子を取って「どうも」と言ったきり、言葉を喪ってしまった。
「はじめまして、ザックス=ヴァレンタインです。……こっちが弟の……クラウド、校長先生にご挨拶は?」
「こ、こにちは…」
「息子の、クラウド=ヴァレンタインです」
 生まれてはじめて、パジャマ以外の服(ヴィンセント「お父さん」が買ってきたのだ…) を着せられたクラウドは緊張気味にこくりと頭を下げた。背中の方からヴィンセントの声。……ああ、もしコイツと結婚すると、「クラウド=ヴァレンタイン」そういう名前になるのか。違和感がある、が、嬉しい響きではある。
 しかし、普通に考えて二十七歳の父親に十四歳の息子。いくらクラウドが十二歳くらいに見えるとしても、十五歳の時に子供を作るなんて、どういう父親かと思う。
「ええ……その」
 ようやく声を取り戻した校長は、見事なまでのロマンスグレーの後頭部に手を当て、もごもごと口篭もる。
 次の言葉がどんなものか、なかなか期待を寄せてしまうのは、性格が悪いだろうか。
「……お兄さんと、そっくりで、聡明そうなお子さまですな」
 後ろの方で、ヴィンセントが吹き出しそうなのを堪えている気配がする。
 俺も同様。っていうか、そっくりなのは当たり前だ。多分クラウドにジェノバが入ってなくて、もしそのまま成長していったなら、十八の時には区別がつかなくなるだろう。
 それにしても、彼の全身から醸し出されるぽやぽやで、のんびりした雰囲気のどこから「聡明」なんて言葉が浮かんで来るのだろう。そして……そうか、俺って聡明っぽいのか自分じゃ気付かないけど……、自分の中に妙な自信を植え付けた。
「……息子は、いろいろな事情がありまして」
 俺の反対側、クラウドの隣に座り、ヴィンセントは言う。
「ご覧の通り――普通の人間と、少し違うところがありまして。……これは、特別な病気によるものではなく――」
 さぁ、ヴィンセント、どういう風に言い訳するか。
「……死んだ私の妻の故郷では、特に珍しい事ではないのです」
 ……ってことは、俺とクラウドは別の母親から生まれたのか?こんなに似ているのに。
 っていうか、ヴィンセントがノンケだなんて知らなかったな。いや、冗談だが。
 ――あ、そうか…ルクレツィアさん……。
「……あまり細かい事に拘るようでは、教育者としては……、生徒ひとり一人の個性を認めてあげてこそ……」
 ヴィンセントはぼそぼそと言った。
「……え、ええ……まぁ……」
 可哀相に、校長はクラウドのその耳や尻尾に釘付けになってしまった。
 ……無理もないけれど。
 ヴィンセントが咳払いをすると、はっと我に帰り、校長は鞄から書類を取り出す。
「……息子さんの転入について、でしたな。クラウド君は……」
「……二年生です」
 俺が苦しい声で応えた。
 二年生イコール、八歳である。
 ……八歳の子供を――考えたくはないが――俺はショタコンか?
「は?」
 二年生、という言葉が、聞き間違えと思ったのか、校長は聞き返した。
「間違いなく、小学校二年生です」
 ヴィンセントがフォローする。
 ……恐らくの十四歳にしては幼すぎるけれど、八歳にしてはどう見ても。
 けれど破滅的に半ズボンが似合う。その手の趣味の奴には、堪らないはずだ。ちなみにこの「二年生」というのは、もちろんヴィンセントの発想だ。ヴィンセントが彼なりに、あらゆる角度からこの猫のコトを観察し、その純粋すぎる性格は、どう見積もっても小学校低学年が良いところだという結論が出たのだそうだ。
「……これも――私の妻の故郷では珍しくない事なのです」
 どこにあるんだ、あんたの故郷。
 ともあれ、難しい書類に目を通し、ヴィンセントがぱこぱことハンコを押していく間、未だどうしても不安が拭えない俺。神羅に対する不信感が残っていない訳でもないし、どこまで信頼できる教育者かどうか解らない。ひょっとしたら、化学部門の奴かも知れないじゃないか、だとしたら、こんな珍しい生き物、放っておくはずも無いし。
 はぁ、と不安一杯の溜め息を吐いた。
「……出来ました」
 声がして我に返る。
「……全ての場所にサインしました。……これで、クラウドは貴校のお世話になることが出来るということですね」
 にっこり笑って、ヴィンセントが言う。
 こういう時の、善良な青年(御年六十六歳のおじいちゃんだが)を気取った態度、俺に接するときも、そういう風に優しいと有り難いんだけど。
 校長は、未だ半猫の存在に、夢を見てるのかもしれないが、はぁ、はい、と気の抜けた返事をして、書類を受け取る。
「……よろしく、お願いします」
「はぁ……お任せください」
 クラウドはきょとんとして、学校という単語の意味も飲み込めていない。
「友達百人、出来るといいな」
 チョコボ頭を撫でながらヴィンセントが言う。
「……?」
 意味が飲み込めないクラウドだ。





 校長が帰って、俺はがくんと脱力した。
 ソファに横になる。
「にゃ?」
 無遠慮に俺の上に乗っかってきて、クラウドが顔を覗き込んできた。
「どう説明しろと?」
 クラウドを抱き上げて、ヴィンセントに訊ねる。
「……そのままに言えばいいだろう。何も難しいことなどない。もう契約書にサインをした、後戻りは出来ん」
 はあ、と大きく息を吐いた。
「……まぁ、行ってみなければ解らないかなぁ……」
 でもこんなに可愛くて純粋で最高なクラウド。
 ……といっても「八歳」らしい。スレてなくて、純粋で。
 外の風は、きっと冷たい。
「自分を強く持てよ」
 それは寧ろ、自分に。最後の部分で俺を縛っているのは、ひょっとしたら四六時中クラウドの側にいたいという、意外な甘えかもしれない。
 眠れない夜を二つ数えて、新しい月を迎え。
 地下室の中にあるカレンダーを一枚捲り、大きく溜め息。…来てしまったらしい。
 ある意味、俺たちにとって、人間としてのクラウドにとっての、一番最初の日が。




 俺と並んで教室に入ってきたクラウドの姿に、ざわめきというかどよめきが起こった。俺はその後起こりうる全てのバッド・リアクションに備えて、心の鉄門扉に七重くらいの鍵をかけ、思わず目を閉じてしまった。小さな子供たちのざわざわどよどよの原因は、しっぽと耳と、その小学校二年生にしてはあまりにも長身な、どこから来たのか全く不明な転校生に他ならない。
 クラウドは俺のコピーなのだという意識が、俺を凍り付かせる。
 どこかに、変に曲ったカタチの病気を持った、俺のコピー。
 ヴィンセントが、教室を見回して、小さく咳払い。
 ごく普通のおばさんな担任に、視線を送る。
 が、そのおばさん先生もクラウドの尻尾に目が釘付けになっている。
 クラウドはクラウドで、一度に大人数の人間を目の前に、完全に魂が抜けている。
 部屋の天井でぶつかって、何とか魂の尻尾はつかんでいるが、いつ緊張で倒れてしまうか解らない。要は俺、今物凄くピンチなのだ。
 無慈悲な神様は俺にとことん試練を与えてくれるらしく、俺は前世で殺人鬼か強姦魔だったか、とにかく嫌われているようだ。あるいはホモなのがいけないのか。考えてみると、クラウドを抱くことがすでに相当な罰当たりのような気もするが。
「……先生」
 ヴィンセントが低く呟く。ようやくおばさん先生は気を取り戻した。
「は、はい、みなさん、静かに〜」
 いつの時代も、先生のアクションパターンは乏しい。
 女性の教員が教室を静かにさせるときは、大抵、手をパンパンと叩きながら、以上のような科白。
 特におばさんはこのパターンにピッタリはまることが多い。もっとも、この学校の教員たちはみんな元々は神羅の人間で、プロの教職員ではないのだから、さらにパターンは乏しいことだろう。しかも、それでいて静かにならないケースが圧倒的に多い。
 ……いや、そんなことはどうでもいい、集中力も途切れがちだが、クラウドだ、今は。
「今日はみなさんに新しいお友達を紹介します」
 黒板に、クラウドの名前を書いていく。
 ……スペルが違う、Croudじゃない…Cloudなのに。
「クラウド=ヴァレンタイン君です。彼は、お母さんの生まれ故郷の関係で、耳と尻尾と手が猫です」
 ……もっとマシな言い方は無いのか。ヴィンセントを見ると、苦笑している。自分の余りにも場当たり的な嘘に。
「それじゃあ、クラウド君、自己紹介してくれるかな?」
 魂どころか空気とか身体の要素とか全てを、エクトプラズムの如く空中に放射しているクラウドの背中を、俺は見えないようにつんとつついた。
「……クラウド、自己紹介……」
 昨夜の夜、必死で練習させたそれ。練習をしているクラウドも、教えている俺も、一体何をやっているのだか解からなかった。唯一その意義を知っていたのは、原稿(と言ってもそんな大層なものではない)を書いたヴィンセントだけだった。
 前日の涙ぐましい努力と、記憶により「学校」というイメージに黒いものしか描けない俺の心中。天秤にかけたら不思議に釣り合って、空から星が落ちて来ることも無く、今日がやってきてしまったのである。
 魂を全て取り戻して、クラウドはパチパチと瞬きをして、俺の顔を見上げる。
 不安でいっぱいの眼、でも多分俺も似たような顔だろう。
 勇気づけるように、頷いた。
「……大きな声で、元気よく、な?」
 俺は言った。
 クラウドはごくっと唾を飲み込み、それから……すうっと息を吸い込んで!
「クラウド・ヴァレンタインですっ、よろしくお願いしますっ」
 原稿の最初と最後の一文だけ。残りは忘れたらしくそれ以降言葉は続かなかった。
 しかし、ガラスにヒビが入るんじゃないかと言うような甲高い一声で、で教室は静かになった。





 これはあくまで俺のケースで、他の誰かに対しても普遍的に言えることかどうかは解らないが、俺は最初で失敗すると取り戻せなかった。そのせいで14の年まで友達なんて居なかったし、作ろうとする努力も、幼稚な諦めから怠っていた。あらゆる意味で、今目の前にいたら殴り付けて眼を覚まさせてやりたいような子供だった。常に疲労感というか倦怠感というか、暗い雰囲気を纏って、その癖目つきばかり鋭くて、嫌な子供。
 が、クラウドは最初で、大きな成功を収めた。それゆえ、取り戻す苦労も、何かを無理に作り出そうとする努力も必要なかった。
「なぁなぁ、触わっていい?」
 クラウドは俺のコピーだ。けれど、それは性質上、コピーというより類似品に過ぎないのかもしれない。
 クラウドは、クラウド=ヴァレンタインだから、クラウド=ストライフとは違う。何よりもいい意味で。
 ヴィンセントが微笑んで、休み時間、早速クラウドの回りに群がる子供たちを眺めている。
「……子供というのは」
 わいわいがやがや、群れの中に一際目立つ金髪が、照れくさそうに耳を触わらせる様子は、見ているだけで何か笑みを催さずにはいられない。ヴィンセントは物凄く低い生徒用の椅子に背中を丸めて座りながら、その様子を観察している。
「他のどんな生き物よりも順応力が高い。子供たちの前では、獣も、虫も…、植物や、あるいは人形、石、無生物まで述語を持って、『友達』になるのだ。クラウドはそもそも、人間なのだから、同世代の子供たちに馴染めないはずが無い」
 だがそのヴィンセントの言葉はあくまで「正常」の見地からのもの。俺が不安で不安で堪らなかったのは、「異常」だったからだ。
が、今問題になっているのは――改めて思う――クラウド=ヴァレンタインなのだ。俺の過去なんてどうでも いい、そんなしがらみは無かったことだ。今は、クラウドに、どうやら友達がたくさん出来そうだということを喜ぶべきなのだろう。
「それに、見て見ろ。不思議と子供たちはクラウドの尻尾には手を出さないぞ」
 確かに。ヴィンセントに「悪趣味だからやめろ」といくら言っても「アクセサリだ」と押し切られたリボン(ちなみに後髪とリボンとお揃いなのだ)の付いた尻尾は、子供たちの関心の対象からは外れているようだ。
「まぁ、猫の尻尾を触わったらどうなるかくらい、解かっているのだろうな。実際、こんなところでリミットブレイクされたら困るが」
 ぞっとする。
「案ずるより産むが易しだ」
 確かに。
 真新しいTシャツ、尻尾穴を開けた半ズボン、よく似合っている。……似合ってしまうのが哀しい、十二とか十三とか十四とか、それくらいの俺モドキ。
 暫くして、子供たちはクラウドに学校案内をすることに決めたらしい。笑いあいながら、クラウドの手を引っ張って廊下に出て行く。クラウドは小柄とは言え、それでも百三十と少しの身長ははあるので二年生の子供たちと比較すると不釣り合いで、何だか新任教師を取り合いしている様子にも見える。俺の胸の中から離れてみると、案外立派で、それは少しショックとともに、奇妙な錯覚に陥る。
「……どっちが行く?」
 ヴィンセントが俺を見上げて聞く。
「……俺が行くよ。あんたはここに」
 とりあえず上手くいきそうではあるが、一応目を離すわけにはいかないのである。





「そっくりだねぇ」
 元気のいい女の子たちに、一応「弟」という事になっているクラウドと並ばせられ、まじまじと見比べられる。
 クラウドは苦笑して俺を見上げる。
 その仕種は、やっぱり一歩離れて見ているからか、あるいは比較対象が小学二年生だからか、いつもより少し大人びて…少なくとも、十三歳くらいには見える。
「兄弟だからね」
 俺は背中にしっとり汗をかきながら誤魔化す。
 子供の質問は時にこちらをパニックに陥れるような場合もあるから、緊張するのだ。
「ねぇ、なんでお兄ちゃんにはクラウドみたいにおっきい耳じゃないの?」
 ……ほら来た。
 仕方なく、用意していたあまりに馬鹿馬鹿しい言い訳をする羽目に。
 子供に嘘をつくのは嫌だ。
 しかもその、ヴィンセントが用意した言い訳は余りにもあんまりなので、答えるのに気が進まない。
 しかし。
「……その……この耳は、隔世遺伝の賜らしいんだ」
「カクセイイデンって何?」
「……」
 ……俺が知りたい。
「……ええと」
「これこれ、余りお兄さんを困らせたらいけないよ」
 穏やかでのんびりで何処かズレた声がした、校長だ。
 微笑んで俺にウインクなんぞをしてみせる。…似合わない
「君たち、そろそろ三時間目の授業が始まるから、教室に戻りなさい」
 子供たちは一斉に、そして素直に「は〜い」と返事をし、さっきと同じようにクラウドの手を引っ張って教室に戻って行く。
「どうも、すいません」
 俺は一応、礼を言う。
「私としても興味はあるのですが…まぁ、複雑な事情があるのでしょうな」
 その通り、複雑すぎる事情が。というより、事情の名を借りた偶然が。もう一度会釈して去ろうとした俺を、校長が引き止めた。
「……お父様のご要望で、倉庫の中から一番高い机と椅子を用意しておきました。多少ガタが来ているかも知れませんが、当分の間はそれで御辛抱頂けると有り難いです」
 俺は「何で?」と思いつつも、一応はありがとうございます、と俺はもう一度頭を下げて、子供たちの後姿を眺めながら教室に戻った。





「そうか……」
「にゃ?」
「……いや、何でもない、黒板見てろ」
 何が悲しくて小学二年生たちと肩を並べて、掛け算の授業を受けなければならないのか。哀しいことに、偶に……、本当に、十問に一問くらいの割合で、暗算に手間取ってしまうような問いもある。
 ……これでもソルジャーの筆記試験は受かった俺なのに。
 そう、鉛筆を持てないクラウドの手、ノートは俺が取らないといけない。
「はい、それじゃあ、教科書四十一ページの問い二、みんなで解いてみましょう」
 教卓でおばさん先生――タカハシ先生というのだそうだ――が言う。
「…十四かける十二は?」
 ノートに計算式を横に、そしてあわせて筆算も書いて、クラウドに計算させる。
「……二かける四の八……で……」
 クラウドの言葉を追って、筆算に数字を記して行く。
「二十八で……十四で、ゼロがついて……百六十八?」
「……OK、じゃあ次の問題……二十三かける十一は?」
「二十三の…二十三に、ゼロついて……足して、んー……」
「二百三十たす二十三は?」
「……二百五十三?」
「よし」
 DNAが憶えているはずだから、その気になれば分数も少数も正負の数も解けるのだろうが、それでも不慣れな算数の問題に一つ一つ取組んで行く。
「……進んでますか?」
 タカハシ先生がノートを覗き込む。
「クラウド君は、算数得意なのかな?」
「んー……解かんない。はじめてやるから」
「へ?」
 場にそぐわない言葉を一瞬吐いた、慌てて、訂正する。
「……いや、……二桁の掛け算は、だよな?」
 何かいちいち危なっかしい。
 ……にしても相手が大人だと、比較対象の問題、途端に子供に見えてしまう。可愛らしい、俺のクラウド。ちなみに、あの「お父さん」は弁当を取りに一旦家に戻っている。
 「給食のおばさん」なんてものはこの村にはいないらしい。
 化学部門の人間、あるいはその周囲のスタッフで、「ある程度の年齢」で「料理が上手い女性」はいなかったのだろう。理系で白衣が似合う女性はいくらでも居るのだろうが。
「……靴下は、履いていないんですね」
 ふと、タカハシ先生が見つける。
「……もともと履いているようなものですから」
 俺は苦笑して応えた。
「その…夏場に毛が抜けたりとかするんですか?」
 興味津々目が爛々。
「……ええ、……まあ」
 と言っても、まだ生まれてから季節は夏しか通り過ぎていない。
「せんせぇ、答えまだ?」
 前の方から女の子の声がした。尚も質問を連発しそうな勢いだった先生はハッと我に帰り、俺に微笑み会釈すると、黒板へ向かった。
 まだ、信用するには至らない。
 神羅の組織自体は、ルーファウスが行方不明になり、ミッドガルにメテオが命中(したようなものだ…あれでは)したので、上層部、管理職の人間はほぼバラバラになってしまったが、それでも連続して魔晄を吸い上げ続けている魔晄炉の供給量を調節し、無に帰す努力をし続けるという神羅に与えられた命題を果たすため、リーブが技術者達を集め、再建しつつあるという情報を以前、ティファに聴いた。忙しくて、連絡してもあの関西弁が聞けないのよと零していた。
 とりあえず「後片付け」にあたっている神羅カンパニーの中で、治安維持部門は独立して、いわゆる「警察」としての役割をしっかりと発揮し、兵器開発部門は切り捨てられ、宇宙への目はここから山を一つ越えたところの村でシドを責任者としたプロジェクトチームが、今も光らせている。
 唯一、宝条という狂いながらも有能と言えなくも無いトップを喪った科学部門だけが、
 宙ぶらりんのままで、切り捨てられもせず「旧神羅カンパニー」として存在している。ニブルヘイムに未だ科学者たち、そして「元」神羅のスタッフ達が住民に成りすまし生活しているのもそのためだ。
 先述の通り、リーブには連絡が取れないし、それを処理するにしても、彼にとってはそんなことよりもっと重要な仕事が山とあるだろうから申し訳ない。ただ、どこからどこまで信用するかだ……、漠然と答え合わせをしながら俺は思う。
 回りにいる子供たち、穿った見方をすれば全て、宝条の手下の子供……。いや、悪いのは宝条一人だけ、スタッフ全員が悪いわけでは無い……。
 ……ところで、満点だ。
「えらい?」
 大きな瞳で見つめて来る。
 キスしたくなって、俺は困った。





「体育の授業…?」
「ええ、火曜日の四時間目は。…クラウド君、ひょっとして体操着は…」
「…すいません、用意してないんです」
 ……あるいはヴィンセントは聴いていたのかもしれないが、俺は初耳だ。電話をして持ってきてもらおうか。しかし、今頃既に、弁当を持って家を出たばかりだろうし……。
「ご安心ください、イザというときの為に予備の体操服がありますから。……穴を開けても構いませんよ」
 何の意味か分からなかったが、クラウドにズボンを穿かせてようやく尻尾のことだと気付いた。
「ジャミル、ハサミ持ってない?」
 既に名前を覚えた友達がいるということに、そしてその友達から気さくにハサミを借りられるということにオドロキを憶える。まあ実際、しつこいようだがDNAが記憶している会話の方法であり、空白だがそれでも十年以上の経験はその身にしみついているわけだから。
 ハサミを受け取って、ズボンの尻の上のあたりに丸い穴を開ける。そこに尻尾を通して、体操服クラウドの出来上がりだ。
 また泣けて来るくらいよく似合っているのだ、短パンが。
 短パンの似合うこの少年を抱く行為って、何だろう。一言で言うと「犯罪」?
 俺は何だか居たたまれなくなって深い溜め息を吐いた。相変わらず「かわいい」と認めることと、「それは自分なのだ」と逃れられないことが俺を縛り付けてる。けれど、後ろの穴の奥の奥まで突っ込んでしまったのだ、ゴマカシは、きかない。
「じゃあ、行っておいで」
 クラウドの頭をポンポンと撫でて、子供たちと一緒に駆け出すクラウドの背中を見送り、その後をまた追いかける。今朝ほど、張り詰めてはいない緊張感とともに。
 ヴィンセント早く弁当持ってこないかななどと、違うことを考える余裕もある。
「子供のボール遊び、か」
 俺たちの頃もそう言えばあれだった。
 必ず顔面にぶつかる子が出て大泣き、それをみんなで慰める、という……、ドッヂボール。
 校庭の片隅で座ってみていると、完全に自分は蚊帳の外で、要するにあの頃もこんなだったという情けない感傷に浸ってしまう。今はもちろん出来ることがあの頃出来なかった理由はどこにあるんだろう、「入れて」って言えなかった。
 もうすぐ三十路の今思ってるのと同じ事をあの頃も思っていたんだ、「子供の遊び」。
 子供っぽいのはどっちか。
 だけど不思議なことだ、そんな俺でも今はそれを「感傷」として受け止められて、しかもどういう訳か「幸せ」なのだ。八歳の子供たちに混じってボールを追いかけるクラウドを見ていると。
 ところで俺は「体育の授業」ということもあって、クラウドの身体能力に興味を抱いていた。今までずっと狭い地下室の中に閉じ込めて、運動といえばボール遊びと、あと、セックスくらい(……運動?)
 もともと少食だから太ったりなんてことは有り得ないけれど、ハッキリ言って、運動が得意そうな雰囲気は皆無だ。足も遅そうだし、というか、足大きいし――猫だから。だが、意外と言ったらクラウドに失礼かもしれないが、クラウドは、少なくとも動ける。ボールを投げるのはドが付くほどに下手だが、ボールを避けるのは上手だ。八歳の子供以上に小回りが利く、ボディバランスも良い、何度、ボールが当たる絶体絶命のピンチを凌いだか解らない。相手チームの子供たちは他の子供に比べて大きな「的」であるクラウドを狙うのだが、クラウドは背中を狙われても足元を狙われても、驚異的な瞬発力とバネで尽くそれを遣り過ごす。猫の身体能力、素晴らしい。鈍い鈍いと思ってたのに。
 相手に当てて人数を減らすのには全く貢献していなかったが、クラウドのチームは最後まで元外野を中に入れることもなく、快勝した。……心の中で思わず快哉を上げてしまう自分が、ちょっと恥ずかしい。
「上手いじゃないか」
 俺はクラウドの後髪を結ぶリボンを直しながら、何だか偉そうに言ってしまう自分さえ少し可愛く思える。クラウドは照れくさそうに笑った。
「……学校は楽しいか?」
 懸案は簡単に晴れた。本当に「案ずるより産むが易し」。
 ヴィンセントはそのへんのことを、ちゃんと解かっていたのだ。
 クラウドは頷く。
「あしたもある?」
「ああ、あるよ」
 明日は水曜日、明後日もある。
 けれど週末はない。きっと土日は少し寂しそうなんだろう。それはちょっと、俺も寂しい。
「……よし、じゃあ、尻尾の方も。緩んでるな」
「いっぱい、走ったから?」
「だろうな。元々結び目が緩かったのかも知れない」
大切なリボンじゃないのか?ヴィンセントの奴。
「ちょっとキツメに結んどいた方が心配要らないよな」
「うん」
 ……そして、きゅっと。
 ガクンとクラウドの膝が崩れる。
 ……間違いに気付いたのは、その直後だった…。





 腹痛でも頭痛でも何でもない。
 けれど仮病を使わなければどうにもならない。
「はぁ…わかりました、ゆっくり休んでいてください」
 タカハシ先生に慌てて断りを入れた理由は、動転してたから「腰痛」。もっとも、恐らく行為後はそういう状況になるだろうから、当たらずとも遠からずといったところか。
「だ……いじょうぶか? クラウド……」
 校庭の片隅に転がって、微かに震え俺を見上げる目は潤みきっている。
「……ひ、ひどいよぅ……」
 ゆっくりと、その脱力した身体を起こして抱き上げる。短パンはもうテントな状況。
 ひょっとして、今日最大のピンチ到来?
「ざ、く、すっ」
 掠れた声で名を呼ぶ。相当切羽詰まっている証拠だ。……けれど……こんなところで……。
 最初に頭に浮かんだのは保健室のベッド、けれどほぼ間違いなく養護の先生が要るだろう、多分おばさんが。
 トイレでやるという手もあったが、あまり頂けない、クラウドも嫌がるだろうし。
 定番は体育倉庫だが、あんな埃っぽいところはキツイし、出てきたときチョークの粉だらけになっていそうだ。
 となると……。
 最後に俺の目に留まったのは、体育館だった。
「……クラウド……走るぞ」
 俺はクラウドを肩に担ぐと、タカハシ先生以下生徒たちの視線がこちらを向いていない隙に、大急ぎで体育館の方へ駆け出した。体育館裏が人目につきにくいコトを確認し、とりあえずクラウドを下ろす。
「一人で立てるか?」
「ん……っ」
 けれど背中を壁につけて、震える膝を必死に抑えている。
「ごめんな……本当に」
 油断していた。クラウドの心の心配ばっかりして、普段なら絶対忘れるハズの無いその性質のコトを忘れていたのだ。元はと言えば尻尾にリボンなんかをつけたヴィンセントが悪いのだが、今更言い出しても遅いことだ。とりあえず、今は火を消すことだけを考えなくては。
 俺はクラウドのシャツを捲り上げて、尖った胸の先をきつく吸い上げた。
「ああぁ……」
 途端、俺の頭にしがみ付いて来る、首筋に爪を立てて、何とか倒れないように。痛いけど、とりあえず後でのケアルで何とかしよう。
「ザックス……、そ、んなところ……いぃ、から……っ、こっち」
 色づいた頬が、今度は変に大人っぽく、しかしその声言葉は小学二年生でもどうかと思えるほど甘く舌足らずで。加えて、……そう言えばここ数夜、不安と緊張でセックスする余裕もなかったから、クラウド自体が俺の官能に障る。
 この、体操服の子供を犯しているというとんでもない背徳感、体育館裏というシチュエーション、屋外でという切迫感。
「ごめんな、本当に」
 先端部分のトランクス、先走りが染み込んでいる。
 俺は苦笑してそれを下ろすと、膝立ちでクラウドのに手を添えて、クラウドがしている真似、一度口付けて、それから咥える。かなり熱い。
「んっ、ふああぁ……あぁ」
「いいか?」
「いい……あぁ……っ、いいっ」
 声が上擦る。その声が、俺の身体を火照らせる、じぃんと痺れたように切なくなって、状況も状態も環境も何もかも、クラウドの次になってしまう。
「いっ、ぁあ」
 下手をすると普段は二日に一発以上のペースでしている俺たち、というか、クラウド。放たれた数日分の無意識の鬱積は多く、濃く、何となく久々な匂い。
「はぁ……っ、ん……んっ」
 俺はクラウドから溢れる蜜を少しも残らず絞り舐め尽くし、飲み下した唇を浅い呼吸を繰り返す唇に重ねる。自分の味がする俺の舌に一瞬抵抗したが、少しだけ汗ばんでいる額を手のひらで拭ってやったら彼の方からも応じるように俺に舌を絡めてきた。
「……よかった?」
「……んん」
「そうか……」
 俺の首に手を廻して、緩やかな温もりと快感を今しばらく楽しんでいる。こういう行為は大人。
 さて。
「にゃっ」
 萎えきったところをイキナリ弄られて、思わず猫の声。
「……お前のが濃いってことは、俺のもすごい濃いってことだからな」
 苦笑して言って、俺はズボンのベルトを外しトランクスごと下ろすと、屹立した俺のをクラウドのに押し付ける。
「……熱くなってるの、解るだろ?」
「も、っ、もう、いいよっ、戻らなきゃ」
「……クラウド、嘘付いたら駄目だろ?」
「ぁあっ」
 俺の指が、クラウドの股の下を通り抜けて蕾へ到達。軽く触れただけでぎゅっと窄まる。
 俺は思わず笑って、指を舐めてゆっくりと押し入れた。
 これはあくまで俺の予想だが、俺とのキスの間に既に、こんな風にひくひく動いていたに違いない。一発くらいで満足するようなタマじゃないのは、俺といっしょ。
「ああぁあ」
 ピンチを楽しめるかどうかが、一流の戦士かそうでないかを分ける。楽しめているけれど、俺は多分二流なんだろうな。だって、こんなに我慢出来ない。
「クラウド、壁に手ぇついて、こっちにお尻、向けて」
 嫌がってたくせに。言われたとおり、壁を支えに立って俺に尻を向ける。
 感じている時の証拠、尻尾が小刻みに震えている。俺はもう一度指を入れて、奥を突いたり往復させたり折り曲げたりしてクラウドを慣らしてゆく。その間も、下半身に届く愛らしい声が堪らない。
「っ、こんな、とこで、っ、やだよぉっ」
「俺だって出来るなら家に帰ってやりたいよ」
 でもしょうがない俺は根性無しなんだから。
「あぁん」
 走り出した性欲のまま押し入れると、膝から崩れそうになった。その体をしっかり抱えて、ちゃんと立たせる。
 ……が、根性無し同志、どっちも膝に力が入らない。
「クラっ、ウド、ちゃんと、してよ」
「やぁあっ、むりっ、……っああぁ」
 下手したら転んでしまう。でも、とにかくクラウドの中でいきたいし。
 と。
「………………」
 時間が止まったのは次の瞬間。
 子供……ジャミルといったか、クラウドにハサミを貸してくれたあの男の子が、都合悪く体育館裏に飛んできたボールを追いかけてきたらしい…が俺たちを呆然と見つめている。
 その穢れない視線に見つめられて、俺たちは凍り付いた。
「……ふにゃっ」
 クラウドが間抜けな声を上げたのをキッカケに時間が動き出す。
 ジャミル少年の口がぱかっと開いた、次の瞬間の絶叫を覚悟した、またその次の瞬間。
 ジャミル少年は貧血を起こした子供のように、ゆっくり後ろに崩れた。
 余りのショックに気を失ったのかと思いきや。
「……時と場所を考えろ」
「ヴィ……!?」
「弁当だ」
 羽根付き、半分カオス。またシャツを一枚無駄にしてくれた。
「この子は暫く目覚めん、今見た光景は記憶から欠落しているはずだ。私は保健室にこの子を預けて来る」
 無表情にそれだけ言い終えると、弁当箱を俺の足元に置いて、思い出したように鞄の中に入っていた紅い――彼のあのマントを取り出し、広げた。
「立ったままでは辛いだろう。この上でやれ」
 そう言い残すと、ジャミル少年を負ぶっていなくなった。ヴィンセントがショタコン及び犯罪者でなければ、何の悪戯もせず保健室につれて行くのだろう。
「……クラウド、……しっかりしろ」
 繋がったまま呆然となっているクラウドの頬をぴしゃぴしゃと叩き、魂を呼び戻す。
「う、にゃ……」
「いいから。続き、やろう」
 ……これだけの出来事があったのにも関わらず、互いの股間のものは一向に収まる気配が無い。苦笑せざるをえない。
「……ヴィンのにおい……」
 シーツは紅マント。救世主なんだか悪魔なんだか解らないが、とりあえずヴィンセントの温もりを感じながら俺たちは時間たっぷり、終鈴がなるまでゆっくりと愛し合った。





「疲れた」
「ふにぃ……」
 九月になったばかりの今日はまだ、いわゆる「短縮時間割」なのだそうで、学校は四時間プラス弁当でおしまいとなる。クラウドと俺と、そしてヴィンセントは、方向が一緒の子供たち数人と喋りながら学校の門から数百メートル歩いていたのだが、その子たちと別れた途端、クラウドと俺は情けない声を上げた。
「……ご苦労」
 そう言うヴィンセントも、実はかなり疲れていたのかもしれない。学校へ行かせようと言い出したのは彼だったし、何かあったら…―実は繊細な彼だから、いろいろと心配していたのかもしれない、言いだしっぺが心配してたら、周りが余計心配になる、だから、堂々としていたのかもしれない。弁当忘れだとか、体育忘れだとか、そういうのも、そこまで神経が回らなかったからだろう。
「楽しかったか?」
「ふにゃあ……」
 欠伸混じり、多分肯定。
「大体の感じはつかめただろう?元神羅化学部門のスタッフといっても、もう研究意欲云々よりも自分たちの生活を営むために住民、あるいは教師のフリをしている方が楽だと思うようになったように思える」
「……」
「完全に油断するわけには、まだ行かないが」
「うにゃぁあん」
 大欠伸、目がとろんとしているのは別に感じているからではなく、純粋に眠いからだ。……仕方がないな。
「クラウド、ほら」
「にゃん……にゃ、にゃ?」
「いいから、ほら、乗れよ」
「にゃ……」
 くるくると喉を鳴らしながら俺の背中に負ぶさる。
 すぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。
「……お前は、どうだった?」
 ふと、屋敷の門が見えて来る頃ヴィンセントが俺に訊ねた。
「うん?」
「今日、半日で学んだことが意外とたくさんあったのではないか? この子について」
「……ああ」
 ヴィンセントはすうすうと夢心地のクラウドの髪を優しく撫でた。
「不思議だ」
「……だろうな」
「コイツは、俺たちと一緒で死ねない。ずっと年をとりつづけて百年経っても千年経っても、この身体のままだ」
「……そうだな」
「それでも、コイツの心は、例え成長しても、ずっとこのまま、なんだろうな」
「だろうな」
 要するに、こういうことだ。
 小学校二年生、純粋な年齢。クラウドの精神は、今そのレヴェルに値している。
 普通の人間なら、三年、四年、年を重ねて行くごとに、心は穢れて行く。穢れたくないと思っていても、見たくないものをいっぱい見て、それと同時に心も老けて皺だらけになって行くから、段々、汚くなって行く。
 けれどクラウドの心は年を取らない、永遠に純粋なまま。
 そりゃ、もちろんそのうち、ビックリするほど大人びた事を言うようになるだろう。けれど、根底にある、澄んだ心は永遠に今のまま、透明で。
「……で、結論は?」
 門扉、そろそろ綺麗に直した方が良いかもしれない。ぎぎぎぃとヴィンセントが押し開ける。
 クラウドが目を覚まさないかどうか、少し心配に。
「……解かってるんだろ?」
 ヴィンセントに言った。
「あんたは、それが目的だったんだ」
 食えない奴、だけど、最高。
「今日は、俺たちのための日でもあった、ってことだろ?」
 ヴィンセントに家の扉を開けてもらいながら訊ねた。
「俺の、あんたの、可愛い誰よりも愛すべきクラウドのことをずっと、ずっとずっと、守って行くための下準備、大切なクラウドを汚さないように。……クラウドにとって、そして、それと同時に――ある種それ以上、俺たちにとっての入学式だったんだろ?」
 ヴィンセントは小さく微笑む。そして。
「覚悟は出来ているな?」
 俺を見下ろすように、彼は言った。
「何千年何万年、星が寿命を迎えるまで、クラウドとお前と、そして私は、永遠に離れられなくなった。入学式というより、神に誓う結婚式だな」
 よくもまぁ、そんなクサイ事を。
 俺が手術台にクラウドを寝かせて、んんん、と大きく伸びをした。
「墓場まで一緒か、なかなか美味しいセッティングをしたな」
「最初からカンオケの中にいる私に言わせれば、それもナンセンスな事」
 幸せそうに眠るクラウドの顔を二人で見下ろす。
「……お兄さん」
「……やめろよ、その呼び名。子供たちだけで十分だ」
 むくれて、一つ考えた。
「……お父さん?」
「どう考えても似合わないな」


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