長湯の後始末

 土ノ日家三男・新、十七歳、身長一七四糎、体重五八粁。容姿、立位姿勢に稍問題有り、髪も若葉色に染め上げる不良ながらも、端麗、頭脳、理系嫌いも明晰。

 重度のブラコン。

 と括られてもこの兄は全く動じるところなどないのである。「おお、俺はブラコンだよ、弟が可愛くて可愛くて仕方がない、それがどうかしたか?」と、「開き直る」という意識さえないままに胸を張り、一日の大半を末弟の光について考えることで費やすことに何ら疑問を抱かない。だって光は新にとって、その名の通りただひたすらに眩いばかりの輝きを放つ存在だからだ。

 その、土ノ日家四男・光、身長一三六糎、体重三五粁、双眸ぱっちり頬ふっくら、未だ幼い甘さの抜け切らぬ姿、声、行動。趣味は買い食いと近所の銭湯に行くこと、勉強は、八十点の答案を持って帰ると長兄の鞍馬が「今回はよく頑張ったな!」と臙脂色の煌めきを帯びる波毛を盛んに撫でてくれる程度。

 この土ノ日家の末弟は、ブリーフを愛用する。

 男ばかりの四兄弟で、長兄鞍馬はトランクス、次兄春陽がボクサーブリーフ、そして三兄新がトランクスと、それぞれに好きな下着を穿く中で、まだ歳幼い光が物心付いた頃より白いブリーフを穿くのは、当然のことながらこの家の父親代わり頼もしき大黒柱の鞍馬が買って来るからで、彼は二十一世紀の世に在っても「だって、子供はブリーフだろ」という旧弊な考えを金科玉条のごとく捨て去らないのである。

 新も中学校に上がるまでは、もういい加減周りもトランクス派が増えつつある中で白いブリーフの着用を強いられて辟易していたが、トランクスを愛用する今、弟のブリーフ姿を見て思うのは。

 ……兄貴もなかなか冴えている。

 ということである。弟を偏愛するブラコン、それはそのまま、彼がショタコンであることを意味する。そういう嗜好の新にとって、……そして同じく光を愛しく思う春陽にとっても、光が何の疑問もなくブリーフを着用しているばかりか、

「トランクスってさ、ちんちん落ち着かなくって何かやだ」

 と言っているという事実は、決して軽くない。

 ショタコン、……正太郎コンプレックス、少年愛。人の性のベクトルは「正常」とされる太い矢印が基本としてあるのはもちろんだが、多くの細い矢印もまた存在するもので、更にその矢印から、牛蒡の根のようにか細いものがちろちろと枝分かれする。

 この四兄弟の上三人はいずれも「ショタコンのブラコン」であるが、ふたつの矢印の条件を満たす対象は限定的だ。彼らにとってそのベクトルが向かうのはただ一人、末弟の光のみである。そして新と春陽の場合、その限定的な嗜好に基づき生じるフェティシズムとして、固有の物体「光のブリーフ」が成立する。

 ブリーフを穿く少年は希少になった。

 新は時に光と一緒に行く銭湯で、光と同世代の少年の下着を観察するが、就学児童の凡そ九割がブリーフを着用していない。光と同い歳と思われる程の子供になると、皆無と言っていい。新自身もそうであったように、ブリーフを好まない子供が増えている。

 かと言って、……珍しくブリーフを穿いた少年を見掛けたとして、新はそのとき、自らの中の統計調査表に数字を書き加えるのみで、不埒な考えは全く抱かない。彼が傾倒するのはあくまで自分の弟である光が穿くブリーフなのだ、其処には特別な価値があるのだ。

 土ノ日新、つまり学校の教室でツンと澄まして黙って座っている限りは、学年の女子生徒たちから篤い支持を集める男の頭の中は、例えばいま、面倒臭そうに板書をノートに書き写すために右手のシャープペンシルを一度くるりと回してから走らせるときにも、光のこと、若しくは光のブリーフのことで一杯なのだ。一昨日夜の愛し合いを回顧し、今夜はどんなことをしようかと思案しつつ、一応授業中であるから、身体に反応することは許さない。

 もっとも、神聖なる学び舎に在って考えることが、既に許されざる暴挙ではあるのだが、自主遅刻自主早退は日常茶飯事の新であるからつまらぬ授業に出席する以上は妄想を膨らませ今宵の睦時に向けてのテンションを上げていくに限る。

 新の箪笥の、柄物のトランクスが幅を利かせるとある段には、薄汚れたブリーフが入っている。言うまでもなく、末弟の光が穿いていたものである。その数、五枚。

 何処の世界に自分の弟の脱いだ下着を隠し持つ兄が居るかと問われるかも知れないが、新はもしそういう問いを投げ掛けられたら顔色一つ変えずにこう答える。「うちの世帯には二人居る」と。もう一人は、言うまでもなく次兄の春陽である。彼の引き出しにも、同じく五枚が仕舞われて居る。

 禁忌を犯し始めたのは二年ほど前のことだ。「俺は光が可愛くて可愛くて仕方ないらしいぞ」という意識を、特筆すべき罪悪感も抱かぬままに受け容れたこの少年ではあったが、他方、血は繋がらぬとは言え自分の家族を、しかも男兄弟を、そういう対象として扱うことに抵抗がなかったわけではない。よって二年に渡る葛藤の時間、……言うまでもなく、十代半ばという性欲が著しい発達を遂げる時期に、新は直接的な手段を講じるには至らなかった。

その間、持て余した彼の欲が向かった先というのが、他ならぬ光の脱いだブリーフだったのだ。

 光の裸は、見ようと思えば幾らだって観られるし、風呂で洗ってやるときなどは直接触れることだって許される。しかしそれだけでは物足りない、出来ればもっと弄り回して遊びたいと思ったし、能うことなら光で射精したい、……とりわけその未発達ゆえに愛らしい性器は新を刺激したものだ。

 光が一日中穿いていたブリーフは、少年の陰部とずっと接していたものである。

 二年前、風呂で光が脱いだブリーフを自分のタオルに包んで部屋に持ち帰ったときの、じくじくと内側から煮える音の立つような後ろめたさの伴う興奮は忘れられない。光が、大好きな光が、穿いていたブリーフなのだと思うだけで、新にはその変哲なく白い男児下着が魔法のスカーフのようにさえ思えた。ずっと観察していたから、光が穿いてブリーフの内側には大なり小なりの汚れが付着して居ることは知っている。どうもあの弟はトイレの後によく水気を切るということをしない、……これも新は日常の観察の賜物で知っている。だから、幼いフォルムの性器の、当然のように被った包皮の内側に残った尿がじわじわと布に染みて、そうした汚れを作ってしまうのである。

 要は、排泄物の残滓である。

 しかし其れに興奮を覚える自分を、新が疑問視する瞬間はいまに至るまでとうとう訪れることはなかった。何故って、其れを見た次の瞬間にはもう、身体はその危うい快楽に向けて動き出してしまっていたから。

 光がその歳の男子としては下着の汚れに無頓着で、しかも時折おねしょをすることさえあるような、自己管理能力の甘い子であったことを新はただ寿いでいたばかりだ。以降二年に渡り、新のコレクションは着々と増え、既に光と念願の愛し合いを果たし、その後光が汚れたブリーフを恥ずかしく思うという自我を身に付けるに至って、五枚目にて漸く打ち止めとなった次第である。くだんの汚れについても、光はこのところ可能な限り小さくするための努力をしている。それでも、自業自得としか思えない理由で失敗しては、盛大に汚してしまうのだけれど。

 光と初めて愛し合ってから、半年が経とうとしている。

 その間、新は思う存分に光の身体を味わってきた。兄が弟を可愛くて可愛くて仕方がないと思うように、弟も兄が好き過ぎるのだ。あの少年は、小さな身体にまだまるで未発達な心を備えているくせに、自分に向けられた愛情には同じほどの愛情を以って返さなければならないと思い決めているらしい。だから新の求めるままに、素晴らしい快楽を創り出す。やんちゃ坊主の乳臭さも抜け切らないながらも、精一杯「愛情」なんて感情を身に纏って新に抱かれる少年は、思うだけで、苦しいくらいに、いとおしい。

 しかし、新が光の唯一の存在で居られた時間はごく短かった。

新と同様の思いを抱いていた春陽もまた、光を抱いた。光が臆病で繊細で、それだけに優しい次兄の思いに応えたいと思ったからだ。

 そして、二人のように欲が先鋒に立つものではなかったにせよ、光を愛しく思う気持ちでは全く同じ堅物の長兄もまた、光をそういうやり方で愛さずにはいられなくなった。

更には、光は知り合ったばかりの二つ歳下の、同じくブリーフを好んで穿く、舎人という少年とも同じ行為をしている。正確に言えば、誰より一番早く光の身体の中に侵入したのは、この射精さえ覚束ないのではないかと思うほど幼い少年であった。

 のみならず、碧という、同い年の少女とさえ、光は関係を持つに至って居る。最初に新が光と愛し合ってから、碧との関係が出来上がるまでの時間は、実に一ヶ月と少しに収まってしまう。当人としては、こんな風に無尽蔵に関係の網を拡げるつもりはなかったようだが、事実として光はもう、新だけのものではない。歳幼い光が「愛情」の伴う行為を彼なりに解釈した結果であり、その思考回路に手を入れたのは元はと言えば新であるから、新としては異議申し立てのしようがない。

 それでも、いいのだ。

 新は自分に言い聞かせる努力もなく、そう思う。

 可愛い可愛い光を、いまでも独り占めする時間が新にはある。だから、独占欲を露呈して嫉妬に狂い光に軽蔑されるよりは、寛大な兄のままで居て愛された方がいいと思うのだ。今日も帰ったら、光とたっぷり愛し合う予定である。この日々に、一体どんな文句があるというのか。この端整な顔の兄の頭の中はいまも光が満たしている。

「土ノ日。……土ノ日!」

 教師の声に我に返って、鷹揚に顔を上げれば、教卓の世界史教師は髭面を歪ませ、チョークで苛立たしげに黒板を叩いて居る。

「鉄血政策を」

 彼が問題を投げ付ける、そのフォームに入るかどうかの際に、「推進したプロイセンの宰相はビスマルク」と新は面倒臭そうに答える。ぐっ、と教師が言葉に詰まり、次の問いへ移らんやとした矢先に、「と、カトリック教会中央党との争いのことを、文化闘争と言う。なお、ビスマルクの外交政策の根底にある目的は、フランスの国際的な独立」

これがライトノベルなら、「やれやれ」の一言でも付け加えかねないほど冷めた表情で新は言い放った。次の矢をつがえる余裕さえなかった教師は髭面を真っ赤にして黙りこくる。これが土ノ日新である。ブラコンでショタコン、弟の尿染みの付着したブリーフに欲情する自分を是とする男である。

 

 

 光が学校から帰るのは、学友らと寄り道をしたとしても、遅くとも五時。新の帰宅も概ねそんな時間だから、四兄弟が暮らす家の近くで合流する偶然はそう少なくない。日中を観光人力車曳きとして、夜は自営の寿司屋の板前として忙しく働く鞍馬はこの時間は既に仕込みの真最中で開店準備に余念がないし、大学生の春陽が帰って来るのは早くても七時から八時である。よって、新が光を愛そうと思えば春陽が帰って来るまでの二時間になることが多い。そういう時間は一分でも長い方がいいに決まっている。だから、地下鉄の浅草駅を降り、仲見世からも程近い家に向かう途中でランドセルを背負った光を見付けたときには、自然と小走りになっていた新である。

足音を忍ばせて歩み寄り、

「よう」

「っひゃ!」

 その髪をくしゃりと撫ぜる。思わず頓狂な声を上げた光は、自分を驚かせたのが兄であると知ると、「なんだぁ、兄ちゃんかー」と唇を尖らせる。運動神経よく、生命の活力を漲らせて生きているわりに光は体が小さい。クラスでも、前から四番目だったはずだ。

「寒ィな」

「うん、すっげー寒い!」

 既に師走である。二人の口から漏れる息は白く盛大に吹き上がる。新は制服のブレザーにマフラーを巻いている、光は上こそセーターにジャンパーとしっかり傍観しているが、下は膝が隠れるかどうかというほどの丈しかないパンツで、細い脛の半ばまでを白いソックスで覆う以外は無防備な格好である。

 光は、学校のサッカー部に所属している。彼が穿いているのは、クラブ活動帰りの証拠である白いユニフォームだ。尻の部分に、スライディングの跡が白茶けて残っていた。

「こうゆう寒い日はさ、こたつで熱くて渋ーいお茶が美味しいよな」

などと、光は容姿に似合わずじじむさいことを言う。この辺り、生粋の江戸っ子である長兄の影響を色濃く受けているのである。

「腹は減ってんのか?」

 んー、と光は少し考える。「ちょっとだけど、でも、晩御飯まで我慢出来るよ。それに、さっき駄菓子屋さんでガム買って食べたし」

なるほど、言われてみればその白い息からは甘ったるい匂いがする。

「兄ちゃんは?」

「俺もさっきガム噛んだから、晩飯までは何も要らねー」

 鞍馬はいつも、学校から帰ってくる弟たちのために稲荷寿司を拵える。新にとってはもういい加減食傷気味のそれを、光はまだ変わらず美味しい美味しいと食べる。そんな光を見て、新が「お前のおいなりさんの方が美味しいよ」などと思うのは、それこそ食傷気味の思考である。

「帰ったら風呂沸かすか」

 光は「うん」と頷いて、新を見上げた。入浴、裸、そんなキーワードと、間もなく五時になるという時間的条件から、この愛されることを何よりもの悦びと理解する末弟は、新の考えていることを把握するようだ。

「で、でも、おれ走り回ったばっかだし、汚れてるから……」

 玄関の鍵を開ける新に、慌てたように光は声を上げたが、引き戸を開けた新は、

「そーだなー、……だからいいんじゃん」

 取り繕うということをしなくても、十分過ぎるくらい美しく整った笑顔で返す。

 実際、光の汗の臭いだって新は好きだ。

「でも……、汗臭いよ」

 そもそも「臭い」などと思ったことが一度もない。光はどんなときでも、何処を嗅いでも、いい匂いがする。そういう生き物なのだと新は定義している。

 未だ旧弊なバランス釜を備えた土ノ日家の浴槽は底冷えしていた。新はだらしなく緩めたブレザーのネクタイを外すよりも先に風呂の火を点け、湯を貯め始めた。だいたい、いい塩梅に満ちるまで、二十分。洗面所に戻れば、うがい手洗いを済ませた光が、少しはずかしそうに見上げている。

「すんの……?」

 遠慮がちに訊く、変声期までまだまだ間のありそうな声の底には、其れを求める気持ちを抑えられない自分の身体への戸惑いが覗ける。

「したくない?」

 新は屈んで光を見上げる。そういう高さに新の顔があるのは、どういうときか。……光は意識するに違いない。寒い戸外に居たせいだと言う割りには、まだすっかり紅い頬は雄弁だった。

「兄ちゃんが……、したい、なら……」

 光はジャンパーの裾を弄りながらもじもじと答えた。新は微笑んで、「じゃあ、しようぜ」

 手を伸ばし、柔らかな頬に触れる。ほんのりと温かいのが、愛情の温度だ。

「お風呂の、中ですんの?」

「まだ沸かねーから」磨りガラスの向こうからは、ごどどどと注がれる湯の音が響く。「此処で始めちゃおうぜ」

 光が戸惑う声を発するより先に、ウエストのガードの甘いハーフパンツを足元まで降ろす。

「ひゃ!」

 現れるのは今日一日、光の大事な場所を守ってきた白いブリーフである。よく頑張った、偉かったぞ、褒めてやろう、……と、新は「ただの布」に敬意を表し顔を寄せる。本当に、切ないほど胸を高鳴らせながら鼻を押し当てるのは、光の少年の証が収納された膨らみである。

幸せな匂いが鼻腔を満たす。

 薄っすらとした、グラウンドの土埃の匂い、少年自身の汗の匂い、おしっこの匂い……、其れらは統合すれば「不潔な臭い」であろうが、新にとってこれほど魅力的なものはない。麝香という、人の心を惑わす妙な匂いの香があるそうだが、新にとって光のブリーフはまさに其れだ。否、其れ以上である。今は光自身のものから生じると思われる匂いも、鼻に当たる膨らみの体温も含めて感じることが出来る。

「ちょっ、ちょっと、兄ちゃんっ……」

 光は当然、戸惑いを隠せない。自分の身体が汚れていると思うからして。

 新は顔を上げて、「超、いい匂いな、光のパンツ」と微笑む。

「意味わかんねー……、兄ちゃん変だよ、おれのパンツのにおい好きなんて……」

 困惑顔で言う光にとって「におい」は「臭い」ものなのかもしれない。けれど、この子が確かに生きて居るからこそ生まれる「匂い」はかけがえの無いものに決まっているではないか。

「前に比べて薄くなったけどな」

 新の言葉に、むうと光は唇を尖らす。彼の指は膨らみに当てられて居た。光の幼く小さなシンボルを収める丸みは、外から見たところ白く洗いざらしのようだ。つい先日まで、この場所にはいつでも黄色い汚れが染みていて、それだけに匂いも強かったのだが。「俺としちゃーちょっとだけ残念だけどな。けど、もう恥ずかしいパンツじゃねーのはいいよな」

「……変だよ、あんな、おしっこ臭いの好きなんて」

 新は立ち上がり、光の染まった頬に唇を当てる。くすぐったがるようにぴくんと、その肩が震えた。当人はもっと男らしく在りたい、早く大人になりたいと願っているようだが、その身体そのものが、まず少年自身の夢を裏切る。輪郭からはみ出てしまいそうな無垢な欲が、新にはこの上なく愛らしいものとして映る。

 ウエストゴムに指を入れて、中を覗き込んだ。兄弟であるから、新がそうするとき、光はまるで嫌がらない。とは言え、

「何だ、縮こまってんじゃん。もともとちっこいのがもっとちっこくなってる」などとからかいの言葉を当てれば、さすがに嫌がって腰を引こうとするが。

「さ、寒いんだからしょうがねーだろっ」

「んー、まあなー。……外見はキレイだけど内側はやっぱちょっと黄色いな」

「だっ、だって……!」

「子供ちんこだもんな」

 くすくすと笑って、元の通りに収め直す。そのまま脱がされて愛撫されるものだと思っていたらしい光は、肩透かしを食らったように目を丸くする。「今日はさ、……もうちょっと、光の可愛いパンツ見しててよ」

「黄色い」ことを指摘した直後にそう言うことを言うのだから、光が変な顔をするのは当然と言えた。

「兄ちゃん、おれのパンツ持ってんじゃん……」

「それとこれとは別」

 言いながら、また光の膨らみに鼻を押し当てて嗅ぐ。この柔らかくて安定感のある布の中に収まっているのが、先程見たばかりの小さな陰茎であると思うと、また格別の趣がある。匂いもリアルさを帯び、微かに強まったかのように思われた。

「汚いの、好きなんて、兄ちゃん変態だ……」

 恥ずかしさを逸らすように、光はぶつぶつと文句を言うが、新の耳にはそよ風のように響く。

「変態だよ、だってお前のこと好きだもん。男はさ、好きな相手の前だといくらでも変態になるもんなんだ」

「だからって、そんなの……」

 まだ、抗いの言葉を発する余裕があるように振る舞う。しかし新の形のいい鼻は、布の向こうで光の鼓動が早まり始めたのを感じている。「……おしっことか、やっぱ汚いと思うし……、おもらししたりすんの、やだよ……」

 新のコレクションの最後の一枚は、それまで以上に、極端なほどに汚れている。新が光に頼んで、其れを穿いたまま放尿してもらったものである。よって、元は白かった布地の大半は黄色く汚れ、匂いも他のものとは比べ物にならないほど濃密だ。新は今でも、目の前で恥ずかしさを堪えながらブリーフの染みを広げて行く光の愛らしい姿をはっきりと思い出せた。

 自分のしていることの変態さ加減についてはもう十七歳なのだから解って居る。その一方で、自分の変態的な求めに応じてそんな姿を見せてくれる光の姿には、全てを正当化してしまうだけの力が秘められて居るように思う。

「まあ、当分はいいよ、有り難味薄れちゃうしな。……あーでも、もしいましたいんならしてもいいんだぜ?」

「だ、誰がしたいもんか! あんなの、恥ずかしいし汚いし、最悪だ!」

 光はそう言うが、新の把握して居る限り夏以降五度の失禁をして居るはずだ。しかもうち三度に関してはガールフレンドの碧の見て居る前で。そういうことのあった後には碧に世話を焼かせ、……多分、しちゃってるんだろうな、と新は想像する。嫉妬しないではないが、女子の前で格好良く在りたいと願う気持ちとは裏腹におもらしをしてしまうような光は、何とも愛らしい生き物だ。

「コリコリしてきたな」

 鼻先で光の性器は穿き心地のいいブリーフの前部をすっかり膨らませていた。平常時には滑らかな線で描かれるその場所、具体的に光の其処がどんな風に収納されて居るのかも判然としない状況で当然ながら、今はくっきりと上を向いた陰茎のフォルムが浮き上がって目立つ。もちろん、新だってトランクスの中でペニスを硬くしているが、我がことながらむさ苦しいばかりの其れに比べると、よりいやらしい状況のように見える。何せ、純真無垢な少年の象徴たる白いブリーフの中で、光は勃起しているのだから。

「だって、……だって、兄ちゃん、そんなふにふにすんだもんっ、男だからそうされりゃちんちん大きくなんの当たり前だろ!」

「うん」と新は頷く。「俺はお前が男の子で良かったーって毎日思いながら生きてるよ。お前は俺の知ってる中で、どんな女の子よりも男の子よりも可愛い」

 口説き文句としては低級に過ぎるが、こういう新の言葉に光が反応してくれることは確かだ。

「ちんこ出そうか。もう濡れちゃってんだろ」

 許可を待たずに、ブリーフの前窓から幼いながらも大人の反応を示す茎を取り出す。其処は真っ白だ。引き締まったように硬く、凛々しく立ち上がりながら、其れでも間近に新の視線を浴びて緊張を隠せないように震えている。光は恥ずかしがって手で隠そうとするが、新は其れを許さない。

 これだけ勃起しても包皮の先端は窄まり閉じている。新が摘んだ途端、光が覚悟を決めるように唇から息を吸い込んで、閉じた。もう何度もこういう時間を二人で繰り返してきたのに、相変わらず初めての時のように緊張するのだ。

 光の皮をそっと剥き下ろし、指を離す。案の定、光は尿道口に露を滲ませていた。ただ、未だ粘膜質の亀頭からは湿っぽい尿の匂いが漂い新の鼻腔を刺激する。

 同じ男の性器とは到底思えない。何度見ても見飽きることなく、ただこうして在るだけで新をただでは居られなくさせるもの。

「すげー美味そう」

 新の言葉に身を捩るが、そうすることで潮の匂いを新の鼻先に一層振り撒く結果に繋がることを、きっと光は意識して居ない。

「ふやっ……!」

 一口に、其れを収めた。途端、光の口からは普段は絶対に誰にも聴かさないぞと決めているはずで、その実女子にまで聴かれている類の甘酸っぱい声が溢れ出た。

 甘酸っぱいのは声ばかりでは無い。新の口の中に広がる、匂いと味の粒子。寿司職人の兄鞍馬がいつだったか「上等の塩ってのはなぁ、尖ってねぇんだ。透明で丸い塩の辛さの中に、甘みが見えるんだ」と言っていたことを新は思い出す。もっともこんなときにそんなことを思い出したなどと言えば、きっと鞍馬は怒るに決まっているが。

「に、ぃちゃっ、ンなっ、吸っちゃやぁ……っ」

 だって、吸えば湧き出してくる。針のようだった尿の匂いは徐々に薄まり、替わって円やかな腺液の粘り気が舌の上に満ちてくる。舌先を繊細な果皮に絡ませ、旨味潮の返礼に蜜より甘い愛撫を贈って間もなく、

「んっ、んぅっ……、んはぁあ……!」

 光は新の口に、また違った味を齎した。青草の香りと未熟な苦味の向こうに、薄い塩っぱさと、やはり何処か甘さを隠し持った幼い精液だ。新はゆっくりと光から口を外し、よく味わってから飲み下す。鼻から抜ける余韻に、心が震える。

「……すっげーな、光は」

 肩に掴まり、ぺたんと洗面所の床に尻を座り込んだ光は強い快感の波に溺れ、喘ぐような呼吸を繰り返している。新は何度も何度も臙脂の髪の中に指を潜らせて撫ぜながら、「どこもかしこもさ、こんなにいい匂い、こんなに美味しい、すげーよな……」感動した呟きをだだ漏らしにしていた。

 視線を緩めれば、ブリーフの窓から顔を出した幼茎はまだピクピクと震えている。勢いの収まる気配はない。間もなく性欲最盛期を迎えようとする新よりも、更に五つ若い少年はしかし、愛される悦びにはどこまでも貪欲である。

 俺も早く出しちまいたいな……、と新は考えはするけれど、自分の汚いものを光の可愛いお口に突っ込もうという気にはならない。光のものは汚れたままでも舌に甘いが、其れとこれとは別の話、そろそろ湯も溜まるし、頃合いだ。ここまではやや変態的な愛し方をしてしまったという気もするし、今度は、まるで本当の恋人同士みたいに浴室にて愛し合おう。

「光、立てるか? 風呂入ろうぜ」

 我に帰った光は二度瞬きをして、「ん」と頷いた。もう役目を終えたブリーフを脱ぎ、まだジャンパーも脱がぬ重装備のままだった上も全て脱ぎ捨てたなら、この少年が着膨れていたことがよく判る。

 光は底冷えのする洗面所であっても、しっとりと汗をかいていた。

 背中を向けてタオルを支度する。タオルがしまってある引き出しは、上から兄弟の順、つまり光は最下段である。光は背中を丸め、「よい、しょっと……」たたまれたタオルを引っ張り出す。

 身体に比例して小さく、けれど丸く、もちろん少年らしく引き締まった臀部は、丁度新には向けて突き出されるような格好になる。

可愛い。

「っひゃン!」

 本当は熱を帯びた陰茎をすぐにでも突き立ててしまいたい。その衝動を堪え、掌で一撫ぜしただけ。けれど光はそんな高い声を上げて飛び上がった。

「いい尻だよなー」

「うう……、兄ちゃんのチカン!」

 そんな可愛い尻してんのが悪いやと嘯きながら、ひょいと抱き上げる。腕っ節の強い鞍馬ほどの安定感はないかもしれないが、新だってこの弟をこうして抱き上げることぐらいは出来る。尻を触られて恨みがましいような表情を浮かべる頬に愛を込めた唇を当て、少年が纏った汗の匂いを味わってから浴室の床に敷いたすのこの上に下ろす。光の陰茎は一応、一つの段落を付けたように収まり、足の間でふるんと揺れた。

「したら、かけるぞ。目ぇつぶっとけ」

「んー」

 頭のてっぺんから、桶に汲んだ湯をかける。光は少し熱めの湯が好きだ。

「くぁあ……!」

 なんて声を上げつつも、大いに気持ち良さそうである。何においても渋好みな光なのだ。

 土ノ日家は、長兄の鞍馬がそういう風呂の浴び方をするから、いつもまず頭から湯を被り、頭を洗う。シャンプーの泡を流してから、身体を洗う。そういう入浴作法が出来上がっている。

去年の今頃は、光にも徐々に大人の自覚が芽生え始めたのか、まだ陰毛の一本も生え始めていないのに「一人で入る」と言って、鞍馬と、春陽・新に二種類の寂しさを味わわせていたが、こういう関係が出来上がってからはもうすっかり昔のように一緒に入浴する習慣が戻っていた。

 光の髪を身体を、一番多く洗うのは新である。邪な気持ちもないではないが、「ほらちんこの皮剥け」「んー」なんて会話のときには、勃起もひとまず収まっている。無論、次の手の算段を整えていつつも。冷えて強張った身体を無理に拓こうとしたなら、括約筋への負担は増すのみだ。新は男根のそう大きい男ではなかったが、かと言って光の中に無遠慮に突入すればたちまち敏感な場所を傷付けてしまうことになる。

 だからまず、ゆったり湯に浸かって、それからすればいいさ。勃起が収まったので、いまはそんな風に悠然とものを考えることが出来た。

 丁寧に洗ってやった光を先に湯の中へ浸からせて一番風呂の権利を献上し、自分の身体は遠慮なくゴシゴシと洗う。昔は鞍馬と一緒に風呂に入った。鞍馬の手で背中を、洗われると言うより「磨かれる」ときにはずいぶん痛がったものだが、いまでは多分、平気だろう。なお、春陽は肌が敏感だからそういう洗われ方はされなかったようだし、光は鞍馬の側から優しい洗い方を選ぶようだ。

 身体中に纏った泡を流して浴槽の縁を跨ごうとすれば、光は立ち上がって兄の収まる場所を作る。そうして、ちょっと躊躇ってから、「あのさ、兄ちゃん、えっと」と座って見上げる兄にもじもじと言葉を選ぶ。

「しょんべんなら、中でしちゃえよ」

「んなっ、の! なに言ってんだよ!」

 倫理という言葉が新の中にもしあったなら。……そもそもこんな関係が成り立つはずがない。

「いいじゃん、光のダシの効いた風呂に浸かればあったまるし疲れも取れるぜ?」

 もちろん、絶対に其れを強いるつもりはない。あくまで、ちょっとした意地悪を言って光の反応を楽しみたいだけのことだ。光には新が自分に本当に湯の中で放尿しろと言っているように聴こえるのかも知れないが。

「でも、出なくてもいいだろ。男は便利な身体してんだからさ、……出来んだろ? こっから、あそこ狙ってさ」

 新が指差すのは排水口だ。さほど距離も無い。光はまだ躊躇ったが、結局少年は尿意の前では無力である。ばつの悪そうな顔で突き出した陰茎を摘み、孔に向かって放水を始めた。新は浴槽の縁に肘を委ね、視線とさほども変わらぬ高さから細い管を通して光が発する放物線を眺め愉しむことにする。手をかざしたりしたら怒るんだろうなーなどと、馬鹿なことを考えをぐっと抑えながら。

 虹の勢いがやがて弱まり、光は柔らかく陰茎の先を指で弾ませて残り汁を切る。……そう、それだけでずいぶん違うんだよな。以前光の脱いだブリーフがことごとく黄色く汚れていたのは、そんな些細な習慣の欠如のせいだ。

「……兄ちゃん、おれのちんちん見過ぎだ」

 隠れるように湯の中へ身を沈めた光はそう非難する。

 新はへらへら笑って「いいじゃん、だって光のしか見ねーし」と嘯く。

「おれの、しか?」

「おー。だってさ、ちんこは男なら誰でも付いてるもんだ、銭湯行きゃ幾らだって見られる。けどさ、俺が見て楽しいのはお前のちんこだけ、世界でたった一本だけ。それをさ、こうやって、二人っきりで風呂入ってるときにじーっと見てたって、別に誰にも迷惑かかんねーべさ」

 他ならぬ光の迷惑になるのだが、光は「そうかも、しんねーけど……」と、丸め込まれるために膝を抱えてしまう。

 していることはずいぶん大人びてきたとは言え、まだまだ光は子供だと指摘せざるを得ない。其れも、今日日の子供としては極めて純真無垢である。それゆえに可愛い、愛らしい、愛さなくてはならない。そういう思いが沸きあがってくるに連れて、新は間近に光の放尿を観察しているうちに勃起した自分の男根にこれ以上の我慢をさせることは出来ないように思えた、だって可哀相だ、他ならぬこの俺が。

「光、さっきのお返ししてくれるか?」

 浴槽の縁に腰掛けて、血を集めて苦しいほどに勃ち上がった性器を見せびらかす。「うわ」と短く声を漏らした光は目を丸くして、「な、何で? いつから? さっきまで普通だったじゃん……」戸惑った声で言いつつも、兄の性器がそういう形状に変じていることを咎める素振りは見せない。

「光のおしっこするとこ見たら、そりゃーちんこも勃ちますよ。いい匂いさしてたしな」

「……またそうゆう訳判んねーこと言う……」

 新が光の小さく未発達な包茎をまじまじと観察することを楽しみとするように、弟も兄の、自分とはまるで違うフォルムの男性器を間近に見るのは嫌いではない。「触って」と新が言うまでもなく、自分に与えられた役割をきちんと理解し、新の足の間に足を揃えて座る。天衝く勢いで反り返った性器を見詰めるその顔、開いたままの口から「……やっぱ、すげー……」と呟きが漏れた。

「すげー?」

「ん……、でかくて、形、おれのと全然違うし、毛も生えてるし」

 髪も眉も若葉色の新ではあるが、陰毛は当然ながら黒である。光はいまだ下腹部に一本たりとも生えて来ない毛の中を、羨むように指で潜る。それから浮き出た血管を観察しようと思ったのか指を添えて顔を寄せる。指先が裏筋に至ったところで、光の指先で新が叩くように弾いた。

「お」

 光はその反応と、まだ余裕の在るように見える兄の顔とを見比べて、それからにぃと微笑む。

「にーちゃん、えっちだなー」

 と甘ったるく、優しいくせに、意地悪をしようと努めるような、見下ろす新の胸を容易にぎゅっと締め付ける顔である。

「おれにちんちん触られて、こんなかたくなってんだもんなー」

 新は悪びれもせずに「そりゃー」と笑う。「何度だって言うさ、俺はお前のことが大好きで大好きで仕方がない。お前だって大好きな『みんな』にちんこ弄られたら硬くなっちまうんだろ?」

「男はみんなそうだって、兄ちゃんが教えてくれたんじゃん。……でも新兄ちゃんが一番変態だよ、おれのおしっこするとこなんか見て、こんなになってんだもん」

 其れは、春陽だって同じだよ。

 言わずに、甘んじて事実だけを受け止める。「可愛かったからな」

「変なの」

 唇を尖らせて言いつつも、光にとって目の前の現象が嬉しくないはずがないということを、新は確信している。この、愛されることに敏感な少年は――愛されたからには同じ分だけ愛し返さなければと信じている少年は――自分の姿が仮令どんなものであったとしても、好きな相手に反応して貰えるのなら嬉しいと考える節が在る。

 だから、光が茎の裏側につうと舌を這わせることは、それだけ俺が

 

 光を喜ばせたという、何よりもの証拠になる……、新はそう考えて、しみじみと幸せを感じる。

 決して俺だけの物ではない。けれど、この弟がこうして俺の生きる日々に居てくれることは、それだけでこんなにも素敵なことだ、こんなにも、幸せなことだ、と。

「……にーちゃん、きもちぃ?」

 手を竿に当て、舌先を裏筋に当てながら光は訊く。新は湿った光の髪を撫ぜることで返答に変えた。光はまた震える兄の性器の先端に、嬉しそうにキスをする。そして尿道口を、舌先でちろりと舐める。「ん……」其処が潮の味を齎すことで、光は兄が自分の愛撫で快感を募らせていることを知り、同じように悦ぶ。

「ほんとは、いけないんだぞ? こんな風にさ、おれみてーな、男の子に、ちんちんこんな風に、触らしたり、舐めさせたり……」

「しゃぶらせたり、ちっちゃくて可愛いお尻の穴にぶちこんだり?」

「……ん。でも、にーちゃんだから、へーき。にーちゃんたちだけ、おれにこうゆうことして、いいんだ」

 少し前から、光が唇から漏らす湿っぽく熱い息が新の砲身を這っている。光がもう勃起しているであろうことは想像が付いている。湯の中で足の指を光の足の間に入れ、親指でくいと押してやると、「んう……」光が腰をもどかしげに揺らした。

「もう……、いまはおれがにーちゃんのする番だから……」

 快楽に耐性のない光はそれでも健気な意地を張り、新の性器をぱくんと咥え込んだ。その口には、新の物であっても大き過ぎるように思われる。それでも、歯を立てることはない。上手に舌を使った、丁寧なほどこしである。新がまた光の熱に指を当て、今度は擽るように撫ぜてやれば、

「ん、んっ……」

 声を性器に篭もらせる。兄の性器を口で愛撫するということは、この少年の快感と直接的に繋がるのかもしれなかった。……どっちの「番」もねーじゃん、これじゃあ。けれど湯の中で射精させるわけにはいかない、其れぐらいの常識は新にだってある。だから足の指を下げ、湯の中でぷわぷわと漂う袋を弄るだけにしてやる。それ以上のことをしようという余裕も、新にはない。光の懸命のフェラチオは、……裏筋を舐め、頬を窄めて音を立てて吸い、苦しさを堪えつつ頭を動かし、時折兄の顔を、見上げる、ちゃんと気持ちよくなってくれているか、幸せになってくれているか……、愛が溢れていて、実際に受けている快感以上に、急スピードで幸福が満ちていくことを新に意識させずには居られない。その上、柔らかな口の中で新が性器を震わせるたび、返礼のようにもっともっと一生懸命にしなければと思い込んでいるらしいのだから。

「いくよ。……飲めなくてもいいけど、お湯ン中に零すのはナシな」

 光が見上げる。「ん」と喉の奥で答えた。新はその無邪気な視線に屈する形で括約筋の引き金を絞り、少年の喉へと射精した。

「んぅ……ん、んっ……」

 弾む肉塊と迸る精液に、一瞬だが光の眉間に浅い皺が寄った。けれど鼻で呼吸しながら、極めて慎重な動きで舌を引き、手で根元を抑えながらゆっくりと顔を引く、……唇で最後まで亀頭を包み、吸い上げながら、離す。いまの今まで最愛の弟の口の中に在った性器は、こんなにも穢れた印象だったのだということを、改めて新は知らされた。

「ん」

 こく、と小さな音を立てて光が精液を飲み下す音がした。

「……何か、いっつものより重たい」

 そんな感想を漏らす。

「重たい?」

「んー、なんか、量多かったし、味も濃かった。あ、まだちょっと出て来てる」

 光がもう一口、先端に当てて吸い上げて飲み込む。湯の中に零されるような心配など初めからする必要はなかったようだ。

「なんつーか……、美味そうに飲んじゃうよな、お前は」

 もちろん、其れは嬉しいのである。光の髪をくしゅくしゅ撫ぜれば、光も同じように嬉しいのだろう。少し得意げに微笑んで、

「兄ちゃんが飲むみたいに、おれだって飲めるもん。それにおれ、兄ちゃんの好きだし」

 同じことを、春陽にも鞍馬にも言っているはずだし、舎人にはもっと違う言い回しを使うのだろう、そして碧には、そもそも言う必要もない。とは言え光の尻が水に浮くほど軽いのではない、嘘つきなのでもない。自分の周囲の人間を愛で満たすこの少年は常に、心の底からの気持ちを口にするばかりなのだ。

「んーったくもーお前はなー……」

 ダラダラと蜂蜜が口元から零れそうになる。切なくって切なくって仕方がない、永遠に俺の元には戻らない恋人よ、だけど、永遠に放れることのない兄弟という絆よ。

「にゃ!」

 抱き寄せて、髪へ肩へ耳へ無差別のキス、そして、抱き締めたまま尻に手を回す。よく運動する光の身体は端々まで細く引き締まっている、のは事実であるはずだが、それでも尻は、けしからぬことに触ればぷにぷにしている、ぷにっぷにしている。光がまだ幼い身体で在ることの証左であり、其処へ突き入る罪深さを意識させもする。けれど新の肉の熱は一層昂ぶる。

「や……っ、にーちゃっ、ンなっ、お尻ぐにぐにすんなよぉっ」

「だってさー……」

 話を遡ることになるが、新は光のブリーフ姿を愛しく思う変態である。ただ先程は重点的に前ばかり弄って愉しんでしまったが、よくよく考えれば、ブリーフを身に着けた光のリア・ビューも好きな新である。必要十分量の布地でぴったりと覆われ、滑らかな輪郭の尻肉。割れ目を覗くことはもちろん叶わないが、淡く浮かぶ陰影はもっちりとした臀部の肉感は味わうことが出来る、……その際、標高の低い双子の小山の間、なだらかに描かれる稜線も中々に趣深いものがある。そして何かの拍子に幽邃な谷に布地が食い込んだりした際には、隠すつもりで穿いている布地が却って其処にある恥ずかしい谷間の存在を知らしめる結果となり、当人の意識が行き届いていなかったりするのもまたいとをかし、新は斯様に、ブリーフの後部にも傾けるだけの薀蓄を有する。いや、当人はまだまだ「ウエストゴム」だとか「内側の名前書きこむタグ」とか「縫い目」「窓」などなど幾らだって語ることが出来る。ええ変態ですよそれがどうした、だって光のブリーフだもん可愛くねーはずがねーだろ、開き直って胸を張る。

 ともあれ、いまは裸の尻を、新は存分に揉みしだいて遊ぶ。女の胸は触ったこともなければ直に目にしたこともない、童貞の新であるが、光のお尻があれば要らねーやそんなもん。自分はゲイでもショタコンでもない、……いや、結果的にゲイで一時的にショタコンかも知れないけれど、一生続けて変えないつもりの気持ちは真っ直ぐに、ただ、光へと向かうのだ。

「う、や、あう、やだって、ばっ……」

 その場所は、光の奥底、少年自身最強の快感を齎す場所と至近距離にある。故に、最近の光はこうして揉んでやるだけで、泣き出しそうな反応を示すようになった。耳を唇で挟み軟骨を舐め、

「どうする?」

 訊く声、自分の耳で聴き、……ひでーな、もっといい声出せねーもんかな、ちょっと、辛い。「兄ちゃんがお尻開いてやるまで我慢できる?」

 答えはない。もう答えるだけの余裕がないということらしい。

「じゃあ、いっちゃう?」

 こく、と泣きそうな顔で頷く光は、何だかおしっこ漏れそうなときみたいで、本当に可愛いなあ、……新としても熱が収まる暇など、こうしている限りはないのだ。

「したら……、光が自分でちんこ弄るとこ見してもらおうかな。この後一緒にいくんだしさ、一回ずつ、お互いの口で気持ちよくなったわけだろ? 光は男の子なんだから、それぐらい出来るよな?」

 光は唇を尖らせて、また、こくんと頷く。それからやっと口を開いたかと思えば、「……にーちゃんと、キスしたい」と言う。新は手を伸ばしてタオルを掴み取り、光の口を拭う。本当は濯がせたいが、まあ、それは贅沢と言うものだ。新がタオルを掛け直すや、光はすぐさま唇を重ねてきた。右手はもちろん、少年の砲身に宛がわれ、既に動き始めている。

 何と貪欲な舌の動きか。

 攻めるのではなく、受け容れる新の口の中へ突っ込まれた光の舌は、新の返答を求めるようにそう長くもない舌を必死に新へと絡み付けてくる。濡れた光の指の中でくちゅくちゅと立つ手淫の音と、深く攻撃的なキスの音とが交じり合う。

 新はもちろん、光が自身の陰茎の先を新の熱に擦り付けていることに気付いている。少年は兄の身体を使ってオナニーをしているのだ。

 エロいなー……。

 胸がきゅんとなる、そういう言語表現を、正しく自分の身体で新は味わう。青春の味がすると言えば大袈裟か。しかし、大袈裟でも言い切った者勝ちの気がする。

 受け容れてばかりではつまらない。だから舌を返す。光の背中に手を回し、右手で亀頭を光の粘膜に当てれば、ぬるりと其処は滑り、生甘い鼻声を光が漏らす。もう射精までそう猶予もないだろう。

「光」

 自分の、と言うよりは弟の息継ぎのために、新は口を外した。途端、鼻から抜かしていた悦声を光は唇から奏で始める。

「に、ぃ、ちゃっ……」

 視線を下ろせば、大きさも形もまるで違う熱根が擦れ合う場所からも、僅かに音が鳴っていることに新は気付くことが出来る、……其れも大いに魅力的で、且つ卑猥だ。けれど光の溢れさせる声には叶わない。

 この期に及んで余談が許されるなら。光と新、そして鞍馬、春陽、更には舎人や碧に至る、「彼ら」の声は、言うなれば魔力を秘めている。無論、平時の声は他の誰とも変わらぬものであるが、一度意識を力の発動に傾けんとしたなら、彼らの声は人心を揺らがせるだけの威力を発揮するような代物である。

 その声を、「ソウルフルヴォイス」と彼らは呼んでいる。なぜ彼らがそのような力を持つのか、同様の者がどれ程居るのかは、やがて白日の下に明らかとなろう。

 閑話休題、……新はつくづく、光はひょっとしてこうやって喘ぐとき、無意識のうちに其の力の蛇口を捻ってしまっているんじゃなかろうかという気がするのだ。そうでなければこれほど人の心を揺さぶることもないだろう。

「光、すげーエロいことしてんなー……、お前のちっこいのと俺のでけーのと」と言いつつ、光以外の男の前では自慢になるほど大きくもないという自覚がこの男にはある。「キスしてんの、マジで、すっげーエロい」

「んぅ、ンっ、ら、ってっ、えっちなのっ……きもちぃ、っ、からっ……、にーちゃんっ、一緒、してる、みたいなのっ……、嬉しいからっ……」

 そんな風に言って貰えんなら、……嬉しいねえ。

「もぉ、っ、もっ、出っ、る……っ」

 光の性茎の内側で刻まれた鼓動はそのまま新の性器にまで響いた。元気の良い精液は新の下腹部へと散らばる、もちろん、性器そのものにも。口の中に出されたものがこれより更に濃かったとすれば、光、ひょっとして溜まってたんじゃねーのか。そんなことを思わせるような、ゼラチン質の濃い精液である。

「あーあ」

 くすくすと意地悪な笑いを意識的に浮かべて、新は射精した光の陰茎の先端に指を当てる。「俺のちんこ、光の精液でべっとべとにされちゃった。何か光に犯されたみてーだなー」

 光の頬は、当然、紅い。身体に性器を受け容れるのみならず、女子の身体の中に這入ることすらある小さな陰茎がまだ経験したことがないのは、男の身体の中に這入ること。……年下の舎人に対してだって、光は「だって、舎人は身体ちっちゃいし、お尻ん中に這入ったりしたらおれのちっこいちんちんでも痛がりそうだから……」という理由で、受け容れる側に回る。けれど新がほんの少し未来を思い描くとき、非現実的な想像と前置きしながらも、……いつか光が男に挿れたいって思うようなときが来たら、その相手は俺でなくちゃならない……、と考えている。もっとも、光が其れを望むかどうかは未知数ではあるが。

「どうする?」

「え……?」

「早くどうにかしないと流れて風呂の中に光の精液零れちゃうよなー? きれーにお掃除してくんないと困るよなー?」

 新の言葉の意味するところに、光は気付く。

「や、やだよ、そんなのっ……、洗えばいいじゃんか!」

「知ってると思うけど、精液ってさ、洗おうとすると結構厄介なもんだぜ? しつっこくってなー」

「で、でもっ」

「それにさ、光の精子が風呂のお湯の中に入っちゃう、で、……碧が来たとき、一緒にお風呂でラヴラヴすることもあんだろ? やるときはゴム着けてするんだけどさ、お湯ン中で泳いでる精子が碧ちゃんのアソコに行っちゃったらどうする?」

 どうもしねーよな、別に。

 けれど単純な光は青褪めて、立ち上がった新の性器に慌てて顔を近付ける。

「……ほん、とに、舐めなきゃダメ?」

「ダメ。男の子なんだからな、自分で出したもんは自分で片付けられなきゃダメ」

 立ち上がり、無茶苦茶を言って困らせて、けれど光が素直に其れに従ってくれるところまで、新は見抜いている。

 光はセロリを食べられない、ブロッコリーも嫌い、「好き嫌いはしちゃあいかんぞ」と鞍馬はうるさく言うが、あんなもん、食べられるほうがどうかしていると新は思う。光は目の前に在るのがそういう類の物であるような顔をしている。大好きな兄のペニスに絡んでいるだけに一層性質が悪く思えるのだろう。

 それでも男の子だから、成すべきことはきちんと成す。

「うえー……」

 悲しそうに眉間に皺を寄せる。「ほら、こっちも」と指差した先のものを舌で掬い取る。掬い取ったものは、飲み込まざるを得ない。新の腹に散ったものも含めて全て舐め取った少年は、

「麦茶のみたい……」

 れーと舌を出して喘ぐ。

 よく出来ました、ご褒美をあげましょう、キス。

「……んーなまずいもんじゃねーだろ、お前から出たんだしさ」

「だからやなの!」

「人間はな、無意識のうちに自分の体から出たもんを口に入れてんだぞ」

 また縁に腰を下ろして、抱き寄せて、新は教える。「唾液にしたってそうだし、汗だってしょっちゅう口に入んだろ。そんなんいちいち嫌がる方がおかしいじゃん」

「でもー……、ちんちんから出たもんじゃん……」

「同じだよ、どっから出たって、もともとお前の身体の中に在ったもんなんだから」

 などと言うくせに、さっき光とキスする前に口を拭かせた新ではあるのだが、光が其の点を指摘することはない。

「光の口ン中は美味しいなー」

 しつっこくキスを繰り返しているうちに、二度の射精を終えた光の性器はまた勃起している。はたして、力の緩んだ瞬間なんてあったのだろうか。ずっと火に掛けっ放しのヤカンのようなもので、射精して飛び出した熱い精液を見て、慌ててちょっと火の勢いを緩めただけ。けれど、ぐらぐらと底から、まだ煮え立つ音がする。皮を捲れば、尿道口に浮かんでいるのは、余韻の蜜ではなくて、また腺液だ。

「さっきの、すっげーエロかったな、光」

 額をこつんとぶつけて、間近な視線は逃げ道を失くす。「あんな風にさ、俺の、雄ッぽいちんこと、お前のピンク色のと、くっつけ合ってんの、エロかったよなー?」

「……し、しらねー、そんなの……」

「嘘つけ。兄ちゃんのちんこの熱いの感じながら射精したくって仕方なかったんだよなー?」

 光が「違うもん」と言うより先に、「俺も」と新は囁いて、光の足の間に指を這わせる。「お前の熱いの感じながら射精してーしさ、お前に俺のが、もっともっと熱くなってんの感じさせながら射精させてーし……」

 判ンだろ? 言葉を切って、待つ。

 光の身体の中には、その無尽蔵とさえ思える甘さを生み出し続ける器官が在って、其れが備わっているのはどうやら、新が指先を当てる小さな肛門の奥だ。見えないし、触れることも出来ないけれど、きっとギターの弦みたいな形をしたものが在るのだ、だから新の指が、男根が、其処に這い入るたび、光はえも言われぬ音色を奏でる……。

「……兄ちゃん、おれン中、入る、の?」

 知ってるくせに、判ってるくせに。想像するのだろう、繋がってどうなるのか。

 そして答えはいつだって想像以上だ。

「いーじゃん、一緒に気持ちよくなれんだ、幸せだろ?」

「セックス」らしいセックスをしたとき、前に触れられることさえないまま射精してしまうことさえある光だ。言うなれば「ところてん」ということになるその現象を、初めて腰の上で見せてくれたときの感動は忘れられない。悲鳴のような声を上げて滑らかな喉を反らしたかと思ったら、上を向いた幼茎の先端からびゅくん、と低く射ち上がったのを皮切りに、とろとろとだらしなく精液を漏らしたのだ。光は自分の身に何が起きたのかを把握するのにずいぶん時間が掛かったし、新は新で、自分を置いて先に達してしまった弟を責める気も起こらず口を開けて眺めていた。あれ、見られるかな、今日は、見られるなら見たいな、と思う。

「……ここ、……で、すんの……?」

「うん。ゴムもローションもちゃんと在るし」光との入浴で性欲を催すのは新ばかりではないらしい。だから洗面台の上の棚にはゴムとローションがきちんと入っている。新と春陽は同じサイズのもので問題ないが、鞍馬に関してはエキストラ・ラージサイズのものが。

「だってさ、身体温まって、光の穴、ちょっとは緩んで俺のちんこも這入りやすくなってんじゃねーの?」

 くん、と押せば、敏感に背中を反らす弟を傷つけないために、日々爪の手入れは欠かさない。「新くんって爪きれーい」と学校で女子に囲まれたときには、「うるせーな」とぶっきらぼうに言い切っただけだ。

「なー……、光の此処さ、うんこ出てくる場所って感じじゃねーよな、こんなとこもぷにっぷにしてんだもんなー……」

「ん、なっ、いじるなよぉ……」

 きうんと括約筋が指を噛む力は控え目だ。本気になればこの何倍もの力で以って、挿入した新の陰茎を引き絞る。「待ってろよ」と浴槽の縁を跨いで出て、棚からローションとコンドームのセットを取り出す。どちらも、前回使ったときより減っているのは、春陽に使われたからだ。けれどいよいよ光と繋がろうというこの期に及んで恨み言を口にはするまい。

 勃起した陰茎を隠しもせずにいそいそとローションを手に取る新は何処からどう見たって変態であろう。繰り返し、何度だって繰り返して、彼が言いたいのは、……兄弟よりも深い思いが俺と光の間にはあるんだってこと。そりゃー確かに、どうかしてんだろうよ、ちっこい弟にちんこ挿れたいなんてさ。だけど俺は其れで生じるかも知れんあらゆる問題を、責任を、この身に引ッ被るつもりでいる、それだけの覚悟が在る。

 言うまでもなくその類の思いは、春陽も、鞍馬も持っている。

 すのこの上の腰掛に座って、膝の上に光を招く。足を広げて兄の太腿に太腿を乗せた弟は、後部から差し入れられた指に、きゅっと細い腕を兄の首に巻きつける。

「ふぁ……ン……」

「んー上手、良い具合になってるな、光ン中、あったけーや」

 昔はもっとキツかった、指一本入れただけで泣かせてしまったこともある。これは光の身体が劇的に成長したわけでも、括約筋が緩んだわけでもなく、光が上手な力の抜き方を、新たちのために覚えてくれたからに相違ない。

「に、ぃちゃ、ぁ……、ッんっ……」

 当初の予定の通り、光は新の指先で艶やかに濡れた声を漏らす。清楚であり、絢爛豪華である。つるりとした膚を流れる雫は天井の白熱球でまるで黄玉のように煌いた。光そのものが宝石のように思える瞬間がこうして在って、……だって当然だ、宝物だ、俺の。

 指を二本に増やし、三本に増やしても、光は幾つかのキスを強請るだけで痛みを訴えることはない。光の胎内は温かく湿り気を帯び、新の指先に絡みつくような肉圧を与えた。

「だいじょぶ?」

 こく、と光が頷く。指を外してゴムを装着すれば、光は自ら新の性器を指で支え、自分の身体へと導く、腰を沈めていく。

「……んん……っ、にーちゃん、の……、すっげ、熱いの……」

 吸い込まれるような錯覚を新は覚える。小さな身体をした光はすっかりと新を心ごと飲み込み、身体の中に同化させてしまう。

 恐らくは、其の熱以上に過激な感情までも一緒くたにして。

 だからだろうか、光が心身に贈られる愛情をそのまま返してくれようとするのは。受け取った熱量の大きさを精確に計り取り、同じものを同じ分だけ返そうとするのは。未発達な身体に、感情の精緻な重量計を備えているのかもしれない。

「ん……、なんか、にーちゃん、ちんちん、いっつもより、おっきい……?」

 全て収めてしまってから、改めてぎゅうと抱き着いて光が訊く。

「そりゃー……、今日はフルコースだもん」

 熱い熱い頬に唇を当て、ぽろりと零れた涙さえ甘いことに驚きながら新は答える。ふるこーす? 訊いた光に解説する。「だってさ、パンツの匂いは一杯嗅がしてもらったし、美味しいちんこもしゃぶったし、咥えてもらった。でもってお前のしょんべんするとこもすげー近いとこで見たし、自分の精液舐めるとこも見してもらった。でもって、数え切れねーぐらいキスした」

 指折り数えていったら両手両足じゃ足りなくなりそうだ。「時間たっぷり使ってさ、お前とこんな風に愛し合ってんだ。興奮しねーはずがねーべさ」

 一体自分の何処に、兄たちを、舎人を、碧を、惹き付ける要素があるのか……、光はまだ判らない。判らないからこそ、内面から輝く。世の中を探せばそう時間を要することなく光より可愛い顔をした男の子は見付かるのかもしれない、けれど新が光を選ぶのは、見た目以上の価値が備わっていることを熟知しているからだ。

 まあ、こんな風に俺と繋がってくれる相手なんて光以外には要らないんだけど。

「……よく、わかんねーけど……」

 光の唇が、兄の耳元でくすぐったそうに笑う。「にーちゃんが、うれしいなら、それでいいや……」

 嬉しいさ、嬉しい、嬉しいに決まってんだろ。

 新は、人間の生きて行く上で最も大切な感覚とは「嬉しい」なのだろうと決め付ける。今日一日で俺はいったいどれだけの量、「嬉しい」と思ったことだろう? 昼間つまんねー授業を受けて妄想しているときだって、其れが妄想に留まらず、こうして実現可能な未来だったと知っていた。俺の帰る家には光が居て、抱き締めあえる。「嬉しいな」と思うから、俺は生きるのだ……。

 ブリーフの染みや身体を洗う前の肌の匂いも、いつまで経っても初々しいキスも、一生懸命なフェラチオも、俺の指で唇で舌で震えて善がる声も何もかも全部が、……嬉しい。

 全ての恋人たちがそうであるように新は思うのだ。

「しっかり、つかまってろよ?」

 光が頷き、腕に力を篭める。身体の中で繋がる新の怒張も同じように抱き締められていた。

 光の尻を両手で支え、揺さぶる。

 女の胎内がどうかという想像をしたことぐらい、新にはあった。けれどずいぶん昔のことだ、……もう忘れてしまった、ずっと光が好きだった、こうすることを求めていた。

 誰かが言ったことが在る、誰が言ったんだったか、……少し思い出すのに時間が掛かったが、新にとって仕事上のパートナーとでも呼ぶべき王子――これは苗字である――が言ったのだ、「女性の、その、あそこ、の、中よりも、男の方が気持ち良いんだって聴いたことが在るよ」新より少し年上だがとてもじゃないけどセックスなんてしたことねーんだろうなーと思うような王子が頬を染めながら教えてくれたところに拠れば、男の穴の方が、下部にしっかりモノが詰まってる分だけ気持ちがいいんだって。

 比べる必要もねーや。

「すっげー、……すっげー、光が、超気持ちィ」

 新の砲身を身体全体で受け止める光の孔炉は、男の子らしい筋肉の力で以って繊細かつ力強いビートを刻み付ける。絡むようであり、まるで微細な凹凸が全て光の意志に基づいて蠢いているかのようでもある。

 自分の右手よりも気持ち良いことは疑う余地がなかった。そういうものがこの世に存在していて、其れが世界で一番愛しい、自分の弟であるという事実は、何度確認したってし足りない。とは言え、忘れられるようなことでも、断じてない。

「に、っちゃッ、いっ、ン、もぉっ、もぉいくッ、せーしっでっ、せーし出るっ、出るっ……!」

 甘美なる蜜と散らして光がしがみ付く、其れを能う限り男らしく優しく格好付けて抱き締めてやったつもり、……だけどどうだろう、射精の瞬間に気が抜けないなんてことがあるかな……?

「愛してンぜ、……光、俺の……、光」

 何よりまあ、其れを言えた、頬に頬に口付けをして、心底からの愛を篭めて、其れだけは言うことが出来た。言葉の意味さえ本当に出来るなら、声が掠れていたって、震えていたって、実際のところは大して格好よくなんてなかったりしたって、そう大きな問題にはならない。

「ん……」

 酔っ払ったみたいな目で、光が頷いて、微笑む。「おれも……、にーちゃんのこと、大好き、……愛してる」

 そうやって、こうやって、証明される一往復の愛情の存在があれば、光が自分だけのものになる日がもう永遠に戻ってこなくても、新は平気で居られるように思うのだ。

 この兄は愛しい光がそう呼ぶように「兄」であるから――きっと一人の「人間」である以前にそうであるから――行為後の弟をいたわることを欠かさない。性の熱が一段落して冷たくなった肩のためには抱き締めて浴槽の中にたっぷり時間を掛けて浸かり、もちろんのぼせさせる前に湯から上がり、髪をきっちりとタオルで拭ってやるし、新しいブリーフを穿かせる、汚れたほうは、これだけやった後でも何の未練も感じぬわけではないが、ぐっと堪えて洗濯籠に入れる。

「ちゃんと靴下履けよー」

 上下の下着だけ身に着けて、裸足で出て行こうとする弟の背中に咎める。「人間の身体ってのはな、足元から冷えてっちまうもんなんだからなー」

「えー、でも今はぽかぽかしてるよ」

「無意識のうちに冷えてっちゃうんだ、だから厄介なんだよ。お前がおねしょしちゃうのも、身体の冷えと関係してるかも知れないぞ」

 言ってやると、光は慌てて靴下を穿いた。そろそろ回数が減ってきているとは言え、今でも油断すればしてしまう訳で、朝の洗面所で恥ずかしそうに、傷付いた顔で、ブリーフを揉み洗いしているところに遭遇することはまだ珍しくはない。

「じゃー……、これからは、お風呂上がったらちゃんと靴下履く……」

「おー、そうしろ。風邪もひかなくなるぞ」

 そんな光も可愛いに決まっているのだけれど、さすがに膚を重ねるような関係のガールフレンドが居るリア充少年でありながらおねしょ癖が治らないというのもいかがなものか。だから、そろそろこの兄としても真剣に向き合い、対応していくことを求められているように思っている。

 白く清潔なブリーフを穿き、靴下もきちんと履いて防寒対策をした光が、情けなさそうに溜め息を吐く。「なんでおねしょしちゃうのかなー……」

「あんまくよくよ悩むようなことじゃねーよ。俺だってしてたんだし、春陽だってきっとしてた」

 血は繋がっていないけれど、まあ、そういう家系なのだと思っておけば宜しい。

「兄ちゃんも?」

「おー、お前が覚えてねーだけでな。俺のちんこだってさ、昔はお前のみてーにちっこくて可愛かったんだ。今は毛ぇ生えて皮も剥けて、大人のになっちまったけどさ」

 だから、そんな深刻に心配せんでも、いまに治るさ、大丈夫。ドライヤーを掛けてふんわりした髪を撫ぜて励ます。とりあえず寝る前にはきちんとトイレ行こうな。何なら俺が連れて行ってやってもいいのだけど、……十中八九それだけじゃ終わらなくなる可能性がある。

 台所の電子レンジの、LEDの時計は七時を回っていた。短パンにシャツ、それからセーターを着た光と一緒にテレビの前で座って、キスをしていたら玄関の引き戸が開く音がした。

「春兄ちゃん帰って来た!」

 ぴょこんと光が立ち上がり、玄関へ駆けていく、新にとって甘美な時間はこれでお終い。これだけ濃厚な時間を過ごしていつつも、やっぱり寂しいし、悔しいものだ。とは言えそろそろ腹も減ってきたし、頃合であると言えばそうなるのだが。

「おかえりー」

「ただいま。……ちょっと待ってね、うがいも手洗いもまだしてない」

 十五秒前まで新とキスしていた少年は、春陽にキスを強請ったに違いない。はー、と苦くもない溜め息を吐き出して立ち上がり、台所で兄が昼の間に仕込んでおいた味噌汁の鍋に火を付ける。

 春陽のうがいの音がいくつか続いて終わった。そして数秒の間を置いて、……新は唇を尖らせながら味噌汁をお玉でかき回す。

「光、お風呂入ったの?」

「うん、さっき新兄ちゃんと一緒に入った」

 さっきまでは「兄ちゃん」だったけど、いまは「新兄ちゃん」に格下げだ。芯まで温まったはずの身体に隙間風が吹き込んだような気持ちになる。「味噌汁火ィ点いてるから、見とけよ」と洗面所に顔を向けもせず新は言い放ち、ポケットに手を突っ込んで階段を上がり、六畳の自室に閉じ篭もった。机と、雑誌や漫画の詰まった本棚、そしてベッド、いかにも男子高校生の部屋らしく、整頓の行き届かない部屋である。

 自分の兄と、自分の弟である。別に他人じゃない、だったらいいじゃねえかと思って片付けるには、やっぱり寂しい、とは言えこの感情は勝手なものだ。十七歳にもなれば其れを自力で片付けるノウハウぐらいきちんと備えている。

 愛するほどに寂しくなるのは摂理である。人の心はモノを片付けるように容易には行かない。要はこの、まだ大人になりきれない男は現在進行形で恋をしているというだけのことだ。一つ屋根の下に思い人が居てくれるだけで十分幸せだと思えばいい。ベッドに引っ繰り返って携帯電話を弄り気分転換を図ろうとはするのだが、スマートフォンの壁紙がそもそも光の笑顔の写真である。そしてアルバムを開けば光ばかりが入っている。新の心同様、其処には光が詰まって居るのだった。

 とは言え、春陽や鞍馬に嫉妬したり、舎人や碧をライバル視したりはしない。光に不満を抱くこともない。恐らく人の生きる時間で幸せな部分なんてほんの一握りしかなくって、俺の場合其れは光とああして風呂に入ってエロいことをする、そういう予定で埋まっているのだ。

 不満なんて、在るはずがない。

 新は三度目の溜め息で立ち上がり、引き出しから宝物の破片を取り出す。……言うまでもなく、愛しい光の汚した下着で在る。ベッドにごろんと横になって、広げる。別に失敗したときのものでもない、それなのに、表面の中央部分に染みが滲んでいる。引っ繰り返せば、もう、はっきりと汚れていると言ってしまっていい。

 観察しているうちにほんの少し、心が和むように思えた。

「ったく……」

 その口元に、苦笑が浮かぶ。「ちんこだらしねーんだからな、光は……」

「蛇口」の管理がしっかり出来ていない光だから、ブリーフの中への侵蝕を誰に対しても許してしまう。せめてその相手が、鞍馬だったり春陽だったり、一応は信頼してやらないわけには行かない自分の兄達であるということだけが救いだ。

 下着から手を離す、顔に柔らかく、匂いの薄まった布が静かに載った。

 恋人が幸せであればいいと其ればかり願っているけれど、同時に幸せにしてもらいたいと願うことは間違っているだろうか。……そうは思わない。光以外の誰かが良いと願ったことは一度だってない。きっと俺はまだ、光の幸せを願いきれて居ないだけ。自分のことを真ん中に置いてしまっているだけ。世界の中心に居るのは光なのだ。俺は俺の生きる世界をそういう風に定義したんだから、……それでいい。

 くしゃみが出そうになって、慌ててブリーフを外す。光の下着五枚を仕舞う引き出しはいずれも時々風を通しているし、下着も日干ししている、だから衛生面はそう問題ないはずなのだが、急に鼻がむずむずし始めた。何だ、アレルギーか。車に跳ねられて十メートルほど飛ばされても「危ねえじゃねえか!」と怒鳴り返して平気で歩いていく鞍馬ほどではないが、春陽に比べれば遥かに身体は丈夫な新である。ちーんと鼻をかむと、階下から「新にーちゃーん、ごはーん!」と光が呼んでいる。

 首を捻りながら「おー」と、やや濁った声で答える。新は裸足にスリッパを引っ掛けて、階段を降りていく。

 


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