ダレンの腕が、エブラを抱きしめて、そのままベッドに崩れた。
少年の唇が重なる。
やっぱり、キスはするものなのかな……、エブラは可笑しく思った。したかったから、したのか。それとも、した方が良いと思ったからしたんだろうか。判然としない。いい。彼は考える。いい。してくれるのなら、昔のおれならばそれだけで天にも昇るほどの嬉しさを味わっていたはずだ。あの頃の初心な自分がいとおしい。この甘い唇を、甘いだけの物と思っていた頃に、戻る術はないのだろうか。
今を楽しむ余裕を求めんとして、ダレンの髪に指を泳がせる。綺麗な形の頭蓋に、少し伸びて、まるで自分のようにぼさぼさの髪は、時折エブラの指に噛み付いた。
「ん」
髪を撫でるその指に小さく喘いだのを聞いて、如何ともし難い感情が、今も巣食っていることに、想いが救われ、足もとを掬われ。唇を舐められた時に感じたのは、自分の耳の熱さと、ダレンは自分の思うような子供ではないのだという、事実。結局そうなんだよなおれは、ダレンより弱いもんだからこういう風になるのは自然というか必然というか。なのにどこかで、やっぱりダレンが可愛くて可愛くて、自分がどうこう出来るように錯覚している。
そんな勝手な期待でも、裏切らないようなダレンであって欲しいなどと、自己中心的に思う自分が間違いなくいるのだ。
「はあ……」
だが、キスだけで他愛もなく吐息を漏らしてしまうお互い。エブラの思いは報われる。二人とも第三者から見たなら、全く同じように可愛いのだ。
ダレンは湿り気を帯びたエブラの肌に頬を寄せて、青い乳首に指を這わせる。爬虫類のくせにちゃんとあるんだよおれも、ね、ほかのところもおまえと同じ、おれも一応、人間なんだよ、そんな話を冗談っぽくして、自分の怖さを隠していた頃には、こんな風に重なり合うことの来ることなど、考えたこともなかった。ただの友達から始まったものだから、余計に性質が悪いのだとエブラは思う。せめて異性として出会っていたなら、お互いをそういう風に見ることや、いまこんな風にすること、何の不都合もなかっただろう。まして、自分が恋悩むことに、問題が介在することもなかった。
いつまでうじうじ悩んだところで、結果が変わるわけではない。ただ、この現実だけを見据えようとエブラは目を閉じる。
「んっ……」
乳首に舌が跳ねた。
嫌じゃないの?
エブラが、そう思う。
ヘビの身体を覆う粘膜、きっと美味しいはずは無いと自分でも思う。何より、べたべたして、ねばねばして、冷たいのに。薄白く乾いた肌が羨ましい、まともな身体が。悪いような気持ちになるのだ、こんな身体をしていて、それなのにダレンに抱かれることが。ひいては、こんな身体をしていなくても、ダレンに抱かれることが。
おれの身体が濡れているから、ダレンの身体も濡れてしまう、べたべたになってしまう。誇り高きバンパイアなのに、おれみたいな成り損ないが身体を汚してしまうなんて。ねえ、何で? どうして、おれ?
どうしても、滑り落ちるようにこのネガティブ・シンキングに陥るエブラのことを知らずに、ダレンは鱗を撫でる。
微かにひりつくのは、その指が無意識のうちにエブラの鱗を剥落してしまうからだ。
「……お風呂入ったりするときにさ……」
エブラのズボンのボタンを外す手は、ぎこちない。興奮しながらも、勿論緊張もしているダレンの目は揺れて、場にそぐわない作り笑いなど浮かべて、友だちは言った。
「エブラの、ここ……、ぼく、見てた」
「……へえ」
エブラも、同じような作り笑いを浮かべる。
「見てたっていうか……、観察してた……。ごめんね、どんな風になってるのか、気になったから」
「いや……、いいんだよ、別に。珍しいだろう?」
「うん、……いや、ぼくと同じだよ」
まだ何か躊躇う素振りを見せた。そんなダレンが、可愛くて可愛くて仕方がない気持ちは、どこからともなく湧き出てくる。
エブラは苦笑して、自分で下ろした。
蛇男の性器は、輪郭だけは常人のものと変わらない。しかし、包皮は他の部分同様、薄緑色に光る細かな鱗を集めて、冷たく硬い印象を与える。捲れあがって覗く亀頭と、その根元、剥がれて下地が覗き、幾度となく摩擦を与えられたために脆弱な皮膚が人間並みに鍛えられた一部分が、彼の身体の中で唯一、人間の肌を晒し、本質の証明をしているかのようだ。
「何で上の方は鱗がついてないの?」
「剥がれちゃったんだよ、だんだん」
「どうして?」
「扱いてたから。擦れて剥がれて。だから、この先っぽだけはおまえと同じだよ」
ダレンは、あいまいに微笑んで、エブラの性器を見、エブラの顔を見た。
「ダレン?」
エブラが名を呼ぶと、戸惑うように一瞬表情を曇らせた。
「……触ってもいい?」
「もちろん」
本当は、こんな部分を誰かに触らせるのなんて、やはり抵抗がある。緊張もする。だからという訳でもないが、エブラは勃起してはいない。
ダレンの熱い指が、エブラの見た目よりは柔らかい性器を、そっと掴んだ。鱗と鱗が擦れて、割れるような音を微かに立てる。
ダレンの口が何となく開いている。エブラは、面白そうにその顔を見る。口の中が乾くのか、口の中で舌が時折動く。許可を差し上げたのに、掴んだ手はそのまま、ぎこちなく、エブラを動かすばかりで、エブラに快感を与えるまでには至っていない。
「……ダレン、なにしてるの」
「え……?」
「ダレンのしたいようにしてくれれば、それでいいんだよ」
自分の心はとっくの昔に裸になっているし、服を脱ぐのも先だったから、良し悪しは不明ながら、思い切りも良く晒すことが出来る。しかし、まだシャツを着たままのダレンは、まだ踏ん切りがつかないのだろうとエブラは推測する。
風邪を引いた夜に自分を抱こうとしたあの子とは別人のようだ。いや、あの時は、本当にヤケクソの勇気だったのだろうと優しく考える。だから、あのときに気を失った自分を、何て可哀想なことをしたんだと責める必要がある。
「うん……、でも、あの……」
困った顔で、また作り笑いを浮かべる。
「その……、ぼく、上手く出来るかどうかわかんないよ。自分でしたいって言っといてあれだけど、エブラに、その……、あのね、それこそ、痛い思いさせちゃったりしたら」
エブラは、彼が編み出した、ダレンを安心させる優しい微笑を浮かべた。
「大丈夫に決まってるだろ」
そして、自分の性器に手をかけたまま、赤い頬で止まる少年の、ぼさぼさの頭を撫でる。
「おれ、夢みたいだよ。ダレンがおれのこと気持ち良くしてくれるなんて」
「え……?」
「ああ。言ってなかったっけ? 言ったと思ったけどな、確か」
落ち着いている。
心は、いつもの遅いリズムを決して崩さない。それは、ダレンの告白が先にあったからだろう。現金なものだ。あれほど臆病に隠していた気持ちも、ふとしたキッカケで零すことに躊躇いがなくなるのだから。
エブラは、ダレンの髪をくしゃくしゃにして、言った。
「オナニーしてるときになに考えてるかって、いつかダレンに聞かれたこと、あったよな」
「……うん」
「あのとき答えたのは大嘘。ごめんね。ほんとうはおれ、ダレンのこと考えて一人でしてた。悪いな、申し訳ないなって思いながら」
ダレンは、かーっと顔を赤らめた。そうして、俯いて、俯いたところにはエブラの性器が目の前にあって、また違うところに反らした。
「そ、……そ、そんなの」
「うん。ごめんね……、でも、おれもダレンのこと好きだったから。おれもだから、ダレンとこういうこと出来たらって、思ってた。叶ってよかったと思ってる」
半分以上はホントだが、間違いなくウソも含有した言葉は、その苦味ばかりが口に残る。
こんな形で抱き合うことは、決して望んではいなかったのだ。
だが、してくれるというんだったらしてもらった方が、得だ。
エブラは決して、愛情を損得でどうしようというものではなかったが。
「だから……、ダレン、おれの……、おまえの思ったやり方で、さ」
少なくとも、こう言うのが、いまは一番いいのだ。根底にどんな気持ちが流れていようが関係なく、ダレンがその言葉で安心するのであれば、それが一番大切なこと。自分が守りたいのは自分ではなく、ダレンの気持ちなのだ。
「エブラ……、お風呂入った?」
「綺麗に洗った」
「そう……」
ダレンは一つ、こっくりと頷いた。そうして、その指に緊張が走り、それはエブラにまで伝わった。
顔を近づけて、舌を出す。
エブラは、予想をしていながら、一瞬怯んだ。
どこで知ったんだこんなの。本で読んだのかな。それとも、遅くにテレビを見たりした? 悪い子だな。本当に、いけない子だ。慌てながらも、まだ苦笑を浮かべる余裕があるのだ。
ダレンに舐められて、それまで静かだった蛇の性器は、ようやく鎌首を上げ始めた。ダレンの舌は、こわごわで、どきどきで、決して上手な物ではないだろうという想像は容易だ。少なくとも、エブラが経験したもう一人の舌に初めてされたときには、年齢が今よりもずっと幼かったせいもあろうが、泣き出すほどに感じていたが、ダレンの舌には先述の余裕がある。勃起しても、まだ呼吸を乱すには至らない。
しかし、ダレンの気持ちが舌から唾液を、粘膜を、透過して自分の芯に届くように感じられもする。それが、エブラに不意の震えをさせるのだ。
やがて、慣れが勢いを生んだか、ダレンは口を開いて、エブラの性器を咥え込んだ。
「うわ……」
「……、エブラ?」
「ん……、なんでもない」
濡流鯉とその口に包まれた刹那。そんな声が漏れた。
「してくれるんだろ?」
「……うん」
もう一度、剥き出しの先を、ダレンの口腔が包み込んだ。
したことはおろか、されたこともないだろうに、しかしどこで知識を蓄えたのだか、本格的に始められた口淫はそれまでのものとは違い、エブラが思っていたものよりもずっと気持ち良かった。だからこそ、あのような声も出てしまったので。
口の中で、ねっとりと舌が動き、頭の動きに引きずられるように絡みつく。エブラの濡れた肌に、溢れた唾液も流れ、水分に混じっていく。それはエブラの成分の一部となる。
うるさそうな前髪を、手で上げてやる。
ダレンの額には、うっすら汗が浮かんでいて、その目の下は赤い。眉間に皺を寄せて少し苦しげに鼻で息をして、時折頬を窄ませて自分の性器を吸っているダレンの姿。口から抜いたと思ったら、手を添えて、鱗の部分から赤い舌で舐め上げる。魅惑的なこの眺め。どれほど夢見たことだろう。そうおれは、この光景をいつだってオカズにしてきたんだ。
理性を吸い出される。
いい、いまが気持ち良いならそれでいい。痛い思いも経験済みだから、しなくても良い割り切りも出来る。自分のしたいことだけをしようと考えたならば、これで終わりにしてしまえばそれでいいのかもしれないが、しかしエブラは決してそうしない。いや、自分がしたいことをしようとすればこそ、この後を含めて、今を幸せと言うのだ。
エブラはダレンを愛している。ダレンの願いを叶えることまで入れて、エブラの幸福になるのだ。
エブラがそう考えるのは、或いは思考回路が既に感情でショートしていることの証明になるかもしれない。しかし、第三者がそう考えても、エブラ自身は構わないのだ。ダレンが幸せなだけでいいのに、そのうえ自分も気持ち良い思いをさせてもらえるのだ。彼にしてみれば、これほど嬉しいことはない。
「ダレン」
「……ん」
「……、口から、出して」
「え?」
口から抜いたダレンの、唇とペニスを結んでいた朧げな粘液の糸が、吸い込まれるようにダレンの唇で息絶えた。
「どうして?」
今の今までしていた行為と、それをしていた人間とのバランスの悪さが、その科白、声音、言い方に集約されていて、エブラは胸が疼いて涙が溢れそうになった。泣いている場合でもないので、咳払いを一つして呼吸を落ち着ける。
「出そうだから」
「そうなの。……そんなの」
ダレンは、再び口の中にエブラを収めた。
「だ、駄目だよ……」
言っても、ダレンは聞く耳を持たずに、継続する。エブラは腰から力が抜けた。今まで以上の快感が波打って襲ってくる。ダレンの左手は淫嚢を弄び、時折股下の方まで指を這わせる。
「駄目……、だってば……」
情けない泣き声を上げて、駄目駄目と言っていても、出るものは出してしまう。ダレンの口の中へ。
ダレンはぴくりと顔を震わせて、それからふうふうと鼻で息をして、尿道から溢れ出した粘っこい精液に吸い付いた。エブラは思わずタオルケットを握り締めて、声を殺した。
エブラにとっては、申し訳ない気持ちは無論あれど、好都合なことだったかもしれない。ダレンがそうしたいと願った通りにしたのだから。
それでも、鱗が熱くなる。
「……ダレン」
精液を嚥下する音を聞いて、エブラは泣きそうな顔になる。ダレンは一つ息を吐いて、
「最後までぼくの口で気持ちよくなってて欲しかったから」
と言った。
それは、いつかダレンに口でしてもらう時が来たら……、そんな妄想の中のダレンが言った科白を、なぞるようなもので、エブラはうっと胸が詰まった。
ダレンと一緒にいて、何度も何度も浮かべていたせいで、ちっともぎこちなくなくなった微笑を顔にへばりつけて、
「ありがとうよ」
髪を撫でた。
安らぎの時の終わり。ここからは、ただ、痛み。しかし、痛みと共に愛情を手にするのだから、救いはまだある。
だいたい、痛みにはもう慣れているのだ。初めて出会った頃から、ダレンがくれたたくさんの悦びに、痛みが混じらないはずがなかった。いったい何度胃を胸を痛くした事か、この上に多少の苦痛を耐えられないはずがない。
人を好きになるというのは、痛みを伴うことなのだ、きっと。
「ダレン」
「エブラ」
互いが互いの名を同時に呼び合った。一瞬躊躇って、口を閉じたダレンを見てからエブラは言った。
「服、脱ぎなよ。裸になりなよ」
「うん」
「で。ダレンは何?」
「いや……、ぼくも、服脱いでもいいか聞こうと思った」
恥ずかしげな表情をどんなに見ても、ダレンの中に邪気はない。エブラを苦しめるような「ひどいこと」をしている影はない。エブラのしようとしていたことも、同じようにダレンを苦しめる結果となるもの、しかし、自分はこんな笑顔では出来ないとエブラは思った。その思いもまた、苦く痛い。
それでも、自分がダレンに恋をし、またダレンが自分を欲していることを、間違いだとは決して思わないのは、そういう構造の心を持っているからでもあるし、そもそもそれを間違いと定義付けた瞬間、全ての恋人が報われなくなると考えるからだ。「恋」の字が下心であるという文句は今更ひくまでもないが、どうしたって一方通行で自己中心的なものになりがちなその思いを、誰もが抱く権利があり、そして往々にして上手く行く場合がある以上、誰も二人の気持ちを否定は出来ない。
ただまあ、ダレンがおれに恋をしてる? 下心だけかもしれないけれど。
そんな呟きのような気持ちも、エブラの中には確かに在って。そんなはずはない信じるんだダレンの純粋な気持ちを。泣き喚く気持ちも、また在って。
服を脱いだ想い人の裸は、いつも共に在るからか、初めて一緒に入浴したときと、殆ど変化がないように見える。細かな変化に気付けないほど近くにいることを、変化に気付ける細やかさを持っているという事よりも、喜ばしく思う。
「なに。ダレン、勃起してたの?」
「言うなよ、そんなこと」
きっと睨んだ目元は紅。ごめんよと笑って謝る。
「あんまり見るなよ」
「見ないよ。別に、珍しいものじゃなし」
言って、ダレンは気にしたように俯いた。
「ごめんよ。いつも、エブラには一緒にしてもらってたからな……」
「うん。おれとしてはダレンの可愛いところ見られるから、幸せな時間だったけどね」
同時にまた、痛い時間だったけどね。
「……そんな風に思ってたのか」
「駄目だった? だっておれは」
ごくり、と唾を飲んで。
やっぱり見てしまう。
「おまえのことが好きだから」
ダレンは、額をエブラの薄い胸板に押し当てて、くっ、と喉から妙な音を立てた。顔を上げたときにはにっこり笑っていて、その神経が今ひとつわからないエブラだった。
「……ダレン、やりかた、解かる?」
「やりかた?」
「うん。……その、セックスのやりかただよ。ダレン、知ってるの?」
ダレンは二秒ほど考えて、首を振った。恐らく、対異性の仕方から推して「こんなもんだろう」というのは解かっているのだと、エブラは思った。だけど、そこから先の事に関しては、未経験のことだから、まだ解からないのだろう、と。
「……エブラは、知ってるの?」
「ん?」
エブラは苦笑いして、ダレンの額にかかった髪を、そっとかきあげる。
「知ってるよ。この日のために勉強してたんだ」
これくらいの嘘の、許されないはずはないと思った。
素直に話したら、迷惑を被る人もいるのだし。
「……教えてやろっか」
「……うん」
「言っとくけど……、女の子とするのと違うんだよ、おまえが想像してるよりも、ちょっとずっと、グロテスクって言うか。汚いのは事実だし……」
「……」
「……平気?」
「……」
「怖いなら、やめておこうか?」
「……」
「……ダレン?」
「……へっ、平気だよっ」
見る見るうちに浮かんだ緊張の色が、やっぱりどう転んでも、可愛すぎた。ごめんと思いながらくすっと笑い、額に口付ける。
ああ、自然な動きでこれが出来るんだな。
いいことじゃないか。やっぱりこれは、仮に傷みを孕んでいたとしても、幸せと呼ぶべきものなのだ。
「男相手だと、女の子相手と違って、入れる場所が無いから、代わりの場所でしなきゃならない。例えばそれは、さっきダレンがしてくれたみたいに、口、あるいは一人でする代わりに相手のを手でしたりね。でも、やっぱり繋がりたいだろ? そういう時は、しょうがないから、お尻。尻の穴、使うんだ」
予想はしていたのか、ダレンは頷いただけだった。ただ、明らかな緊張の色を顔に浮かべて。
「……綺麗じゃないよ、ダレン、うん、男同士のセックスは、綺麗なもんじゃない。……ううん、男女間のであっても、綺麗なようなもんじゃないんだよ。セックスが綺麗だなんていうのは、ただの幻想だ」
「うん……」
「でも、おれ思うに、グロテスクでも、きっと気持ちいいんだ。気持ちよさがあるからグロテスクでも我慢できるんだし、生々しいんだと思う、人間のすることなんだと思うよ」
「……うん」
「で、……どうするかい、ダレン。……してみる?」
怯んだ素振りだけは見せまいという、ダレンの内心を透かして見るようだ。決然として頷いた、その勢いが良すぎた。
「そう」
エブラは、溜め息と共に微笑んだ。
「うん、そうか。よし」
準備はしてあるのだ。そんなグロテスクな自分が滑稽だ。ダレンに嫌な思いはさせたくない、どうせ汚くっても最低限で止めておきたい。
そうすれば或いは、ダレンはまた、「したい」と言うかもしれない。自分の存在を必要としてくれるかもしれない。
……痛みのない幸せってこの世にはあるのかな……。
「じゃあ……、ダレン、あのさ、おれの鞄、とってくれる?」
「鞄?」
立ち上がって取ってきた皮の鞄を、エブラは起き上がって受け取る。中に入った財布の中から、
「ダレン、これ、なんだか解かる?」
「……?」
「ほんとに見たことないの?」
「……うん」
取り出した包みを渡しても、ダレンはきょとんとしたままだ。
「これ、コンドーム」
「……コンドーム」
「名前くらいは聞いたことあるでしょう? 敏感なところをお尻の穴の中に入れるわけだから、バイキンとかさ、病気とか、ならないようにつけるんだ。元々は避妊、避妊って……わかる? 女の人とするときに、赤ちゃんできないように付けるんだけど、男同士のときはね、性病予防のためにするのが普通なんだ」
「ふーん……。で……、ぼくはどうしたらいいの?」
「どうしたらいいと思う?」
「……わからない」
「ぜんぜん?」
「……ごめん」
「おまえ、おれのこと抱きたいって言ったよな? そのわりに知識少なすぎだよ。もっとちゃんと調べておいてよ」
「……」
「まあ、いいけどさ。しょうがないけどさ」
ふー、とエブラは息を吐いて、戸惑うようなダレンを見た。裸で、時間経過によってペニスは柔らかくくたりと寝ている。まだまだ子供なのだ。ゴムが緩かったりして。可能性としてはありそうで、エブラはなんだかちょっと、可笑しく思えた。
あるまじき余裕がある。やはり心は、幸せにしてもらえるのを喜んでいるのだ。
「分かるだろうけど、お尻の穴って、すっごいキツイんだ。そこに、入ったり出たりするわけだから、最初に入れる前に、支度しておかないと、相当しんどいんだ。だから、よく濡らして、指入れて、緩めておくんだ」
「……指、入れるの?」
「入れて広げておかないと痛いもの」
「……そうなんだ。……エブラ詳しいね」
「ああ、まあね。……で、どうするダレン、自分で広げてみる? それとも、おれが広げようか?」
ダレンは、少し顔を赤らめて、迷った。エブラは、どうせだったらこうなったら、ダレンの指でしてもらった方がいいと、もうどうとでもなれ、ダレンの硬い爪で直腸引き裂かれてショック死するのも本望だ、恋人の手にかかって死ぬのだからと、ヤケクソの明るい微笑みを顔に張りつけて、待った。
しばらく悩んで。
ようやくダレンは答えた。
「……ぼく、するよ」
エブラは、よしよしと頭を撫でて頷いた。
「うん、そうか。じゃあ……、変な話だけど、頑張れよ」
「……うん、その、頑張るよ……」
顔が赤い。
エブラは、はーっ、長く苦しい溜め息を吐いて、目を閉じた。
あとは、もう、全てダレンの優しさに願いを篭めるのみ。どうすることも出来ない、歯車が回りだした。
痛かろうが苦しかろうが辛かろうが悲しかろうが泣こうが喚こうが血が出ようが、後はもう、おれのどうにか出来るものではない。
好きになったのは、多分、最初におれだったんだ。おれは好きになってダレンと恋人になりたいと思って、それはこうして叶った。それ以上のことをコントロールしようだなんてそんなおこがましいこと、考えられるはずも無いだろう?
だから、ダレンの思うとおりに、おれはしてもらって、構わない。
目を閉じる、額に脂汗が浮かんできた。
ダレンが指を舐める、ぴたぴたいう音が、聞こえてきた。
力を抜いて、覚悟を決めて。
息を止めた。
「んっ……」
エブラは、目を開けた。
「……ダレン……、ダレン!? おまえ、なに、してるの!?」
「え……?」
「な、ちょ……、おい、痛いだろ、ダレン、よしなよ!」
「だ、……だって……っ、ん、っ……たぁ……」
「なんで、どうして、ねえ、ダレンってば、ねえ、なんでだよお」
恐慌状態で飛び起きて、ダレンを止めようとする。
ダレンは、両膝で立って、少し背中を屈めて、左の人差し指を、自分の股の下に差し入れて、苦しげに顔を歪めていた。
「と、とりあえず、抜きなよ、ダレンっ、ストップ!」
「え……? んっ、い!」
そっと、そっと、ダレンの手に手を添えて、指を抜いて、何処からか伝播する痛みに顔をゆがめて、エブラはダレンの肩を抱いて、
「どうして?」
「え……?」
「どうして、ダレン、そんなことするの? 痛いだろう、そんな……、どうして……」
ダレンは、何を言われているのか全く分かっていないというような表情で、エブラを見る。
エブラも、ダレンが何を考えているのか、今までで一番分からなくって、ただ途方にくれた泣きそうな表情で。
ダレンは、ぎこちなく、笑った。
「……だって、……エブラ、お尻に入れられたら、痛いだろ?」
「何……?」
「ぼくの身体なら、丈夫だから。多少痛くってもがまん出来るもの。エブラ、泣き虫だし、普通の人間だから、痛いのは辛いだろ?」
「何、言ってるの?」
「だから、ぼくが入れるんじゃなくて、ぼくに、入れてもらったほうが、ずっといいと思ったから」
ダレンの目にじっと見詰められて、ふっと気が遠くなるような錯覚。
それから、息を一つ飲み込んで、
「……だっておまえ、おれのこと、抱きたいって言ったじゃないか」
「だから、抱いたじゃないか」
「はあ?」
「さっき、抱きしめただろ?」
「は……、って、だ、ダレン、おまえ、何、なに言ってる」
「……嫌なの?」
「え?」
「……エブラは、ぼくとするの、嫌なのか?」
エブラは、今度こそ、本当に貧血の症状を自覚した。
「そっ、そうじゃなくて」
声が裏返った。
ダレンのペニスはもう勃起していない。エブラも、困惑に萎んでしまった。エブラは泣きそうな顔、痛い思いを回避したはずの方が痛そうだ。エブラがどうしてそんな表情になってしまったのか、ダレンは訳が判らないから、かえって心配になってしまう。ダレンとしては言葉の通り、同じ痛い思いをするなら、自分より弱くて泣き虫で、だけど大好きなエブラにさせるよりは、自分がしたほうが良いという判断をしたから。「抱く」「抱かれる」が、いわゆるハグの意味しか持たないと思っているほどの、少年なのだ。
「……いいよ、ダレン、ごめんよ、痛いだろ」
しかし、痛いようなことを、自分は以前は積極的にしようとしていたのだな。エブラはぶち当たる。コーマックの言っていたことを反芻して、回りまわった痛い思いをする。
ここに至って、大好きなダレンの痛がる顔を見るよりは、自分がそうなったほうがよほど楽だと言う事に気づいた。
「……でも……」
「ダレン、な、やるなら、おれに入れたほうがいいよ。きっとそのほうがうまくいくよ。おれ、……、おれ、したことあるから。それに、おれのよりダレンののほうが小さいだろ? 小さい方が、入れるとき楽だから」
「……したことあるの?」
ダレンが目を丸くする。エブラは明らかに顔を引きつらせた。
「いや……」
「目を見て言ってよ」
「……」
「あるんだ?」
「……うん」
エブラは、俯いた。
「エブラ、嘘つくとすぐ目、きょろきょろさせるからわかるよ。……誰と?」
「……それは……、言えないよ、ごめん。もうずいぶん前の話だよ」
「……そう、なんだ」
顔を上げたヘビの顔を、ダレンはじっと見つめて、それから意を決したように、一つのキスを挟んで。
「じゃあ、やっぱりぼく、する。エブラ、ぼくに入れていいよ」
「え」
「痛かった。エブラはもっと痛かったんだろうと思う。だけど、ぼくも同じ思いする。ね、一緒の痛みをぼくも知りたい。駄目?」
エブラは、がくんがくんと頷いた。
「だめだめ、駄目だよ、痛いよ、血が出るかもしれないし、あとでお腹痛くなったらどうするの。そんなのはおれが我慢すればいいことなんだから、な、ダレン、やめようよ」
その言い方が必死だから、ダレンは少し悲しげに笑った。
「……エブラ、したくないの?」
目線が右往左往した。
「ぼくは、どっちでもいいんだよ。エブラがしたいって言ってくれるなら、ぼくは多少痛くってもがまんできる。逆に、無理にエブラにさせようとは全然思ってない。ただ……、ぼくはやっぱり、エブラとこういうこと、できるならしたいって思うし、……」
それに、と息を繋ぐ。
「……ぼくがエブラのこと抱き上げるより、エブラがぼくのこと抱き上げるほうがどっちかって言うと、自然な構図じゃない? ……その、ぼく、思うんだけど、基本的にさ、まあ、例外もあるんだろうけど、やっぱり女の人の方が小さいじゃない?」
「……」
エブラが脅えたような顔をするのを見て、無理にでも抱きしめて、ダレンは言った。
「……エブラが、ぼくのに入れるほうが、普通なんじゃないかな」
「ふ、ふつう、って」
喘ぐようにエブラは言った。
「……エブラはぼくとするのイヤ?」
エブラは首を振った。
しかし、どんなことであれ、ダレンの苦しまない方法を常に模索して生きてきたエブラにとっては、ダレンの痛む術など採りたくはない。
ダレンが自分に入れてくれれば、ダレンは気持ちよくなってくれるし、自分も多少痛いけれど、きっと幸せは手に入る。
「……エブラ。ぼくは、エブラのこと好き。好きだから、おまえと痛みを分け合いたいんだ。……ぼくたち、友だちだろ、恋人だろ。だったら、当たり前のことだろ、な? ……次回からは、どっちでもいいよ。おまえが入れるのがイヤなら、それでもいい。だけど、今回は、ぼくに、エブラの知ってる痛みを教えて欲しい。そうすればもっとおまえのこと、ぼくは、わかれるから。ひとつでも」
ダレンが真剣な目で、エブラを見据えて言う。
あの頃の自分に、こんな日の来ることを教えてやりたい。
そして、同時に、今このときまで知ることがなくて良かったと思う。
エブラは、両手で顔を覆った。
「……エブラ?」
「……うん」
悦びと痛み。温度差が激しすぎて、発作的に涙が生まれてしまった。エブラは唇を噛んで嗚咽を堪える。が、それも一番そばにいて心臓の音を聞くダレンには隠せない。幼い自分の浅薄さをいやというほど思い知り、優しすぎるダレンのことを好きになった自分の正しさを自覚した。恋しい気持ちが、愛しい気持ちに変わって、ああ、本当に、「大好きだ」その言葉の意味をエブラは生まれて初めて知った。
目を瞬かせて、涙を散らして、エブラは顔を上げた。
「大好きだ」
ダレンが頷く。頷いて、粘り気を帯びたその胸に、自ら身を投げ出す。目を閉じて、安らかに。このまま死ぬのも怖くない、無防備な裸の心で身体で。
二人で生きていること、在ることが、間違いではないから。
「ぼくも大好きだ」
「いっしょにいよう」
「うん。いっしょ」
喉に刺さる切ない刺、全て嚥下して、エブラはダレンを抱きしめる。ずっとおれはおまえのことを守っていくよ。ぼくはそんなに弱くないよ? でもおれが守っていく。おれは死ぬまでおまえを守っていく。……うん。だから、どちらかが遠くに行くことがあっても、離れ離れになることがあっても、忘れないでおれは、おまえのことをいつでも忘れずに考えているから。うん。おれは今はもうなにもいらない、おまえ以外いらない、おまえ以外、入らないよ、おまえでいっぱいだよ。
「大好きだ」
「大好きだ」
ダレンの手のひらが、エブラを包み込む。
エブラの手のひらが、ダレンを包み込む。
無意識のうちに唇を重ねあいながら、出し合った舌には、言葉にはならない甘さが溢れる。
「んん……」
眉間に皺を寄せて、ダレンがエブラの背中に少し爪を立てた。エブラは一心不乱にキスをして、ダレンを扱いた。エブラを握りこむダレンの手は、徐々におざなりになり、やがてその手も、エブラに縋りつくために使う。よく見知ったはずのダレンの性器は、エブラの手の中で、触ったことも見たこともないような、でもやはり、触り慣れ見慣れたもののようにも感じられる。上唇を、鼻息が擽り、そこに可愛らしい声が混じるようになってくると、ダレンの性器を撫でるエブラの指は、自分のものではない湿り気を感じ取り始める。
「……ダレン……、どうする? ……出したい?」
「……うん」
エブラは一度、キスをする。おれ、キス大好きだな、ダレンとするキス、大好きだな。離した唇が寂しがるから、もう一度、少し深くキスをして、それから陶然とした恋人の表情をどきどきしながら見て、顔を下げていく。淡い色の乳首を、舌先で捏ねて、それに幼い艶声を上げたのを聞いて、何だか安心する。自分の手に負えるような気になるのだ。
それから、露で濡れたピンクの亀頭を、ダレンがしたように冷静にはなれないまま、舐めた。
「ん!」
「い、痛い?」
「んん……、平気、……気持ち、いい」
「……そ、そう……」
性質上、エブラも陰毛は生えてこない点は同じ。ダレンの毛も生え揃うには途方もない年数がかかるだろうから。しかし、肌色の包皮が下り切らないで、傷つきやすそうに控えめに露出する亀頭は、まるで自分と違う色。勃起しているのに柔らかそうで、湿り気を帯びているのは先走りの蜜によってのみではない。痛烈なほどの感情がエブラを襲う。それは、自分よりも弱いと確信したダレンを、決して傷つけたくないという。
「続き」
震える声を叱咤して、エブラは聞いた。
「続き、しても、いいかい?」
頷いたダレンに、安心させたくて固い微笑を送った。
そして、自分の指ほどの小さなペニスを、口でそっと包み込んだ。
コーマックが言っていたことを、何となく思い出して嫌な気分になる、「おまえは舌が長いから」、ああ、ただ一つのとりえかも知れない。そしてエブラは、ダレンと初めて会った頃のことを思い出した。鱗の肌を、毛の生えない肌を、そして、この長い舌を、からかいながらも、ちっとも気持ち悪くなんかなさそうに見ていた、あの目を。
そう、この舌は、こんな風にも使えるよ。時々、難しい言葉を喋るときに絡まっちゃいそうにもなるけれど、おまえをこんな風に気持ちよくしてあげられる、こんなときに。
「……エブ、ラ……」
ぎゅっと髪を鷲づかみにする手の力が、エブラの中になおいっそうの愛しさを生み出す。舌に感じるダレンのペニスの、かすかな塩気粘り気、そういったものをひとつひとつ感じたいのに、感覚が遠ざかってしまう。耳に届くダレンの声と、髪をくしゃくしゃにするその指のせいで。
でも、いいさ。
口の中で、ダレンの鼓動が響いている。自分の舌を心底誇りに思うのだ。
「出、る……っ、出るっ」
解放を迎えたダレンが、ひとつ、ふたつと、自慰の時以上に過敏に震えて、エブラは口の中に広がった青臭い味に、耳が熱くなった。
「あっ、んん!」
巻きつけていた舌をずるりと引きこんで、精液を全て拭い取ってから、口を外した。ダレンがしたように、口の中に出されたものは全て、飲み込んだ。
射精の後は、いつもダレン、呆然。ただ今日は、エブラの顔を涙目でじっと見つめて、手を広げた。エブラはうんと頷いて、抱きしめた。寂しいと言っていた、射精した後、一人みたいで。
大丈夫だよ。今日はおれがいる。今日からはちゃんとおれがいるからさ。
「……さあ、……どうしようか、ダレン……」
「え……?」
「一度、出しただろ? そしたら……、もう、ダレン、満足じゃないの? それとも、……まだ、する?」
「……」
「おれは、どっちでもいいけど」
ダレンはしっかり抱きついた腕を緩めて、エブラを見上げた。
「エブラ、まだ、出してないだろ」
「さっきおまえの口で。今のでおあいこだ」
「じゃあ、おれの中に出してよ」
「……ダレン」
「繋がりたい。ぼく、おまえとつながりたいよ。言っただろ、おまえの痛みを、知りたいんだよ」
ダレンは強情にそう言い張る。エブラは、確かにダレンの舌触りで勃起してはいたが、そこに至ると、一つ心が尻込みしてしまう。
どちらかといえばマゾヒストのエブラは、恋人の痛がる顔で感じたりはしないのだ。
「……気持ちよくは、なれないかもしれないぜ、ダレン」
「それでもいい」
ダレンは即答するが、エブラは頭を少し掻く。
「おれは、おまえに痛い思いだけさせるのはちょっとイヤだな。……おれは、お尻でも感じられる。でもおまえは初めてだから、気持ちよくなれるかどうかはわかんない。痛いだけで終わっちゃう可能性だって十分にある。おまえが泣くところなんておれ、見たくない」
ダレンは、じっとエブラの細い目を、睨むようにして見つめる。
「いいんだ、ぼくは、ぼくの一番側にいるおまえのことを、ひとつでもふたつでも知りたい。少しでもおまえと同じがいいんだ」
大好きな人の求めるものは、エブラには絶対だったから、それは痛みでも同様だろうか。ダレンの望みを叶えられるだけ全て叶える、ダレンのことは絶対に傷つけない。この二つの命題が、相反するときが来てしまうとは正直、予想すらしていないことだったから、エブラは逡巡した。
どうしよう。
「……それに、エブラが気持ちよくなれて、ぼくが気持ちよくなれないなんてこと、ないだろ。おまえよりは痛みに強いし、泣き虫でもないぞ」
ダレンは身を乗り出して、エブラの唇にキス、をしようとして、頬へと反れた。
考えてみれば、どちらを選ぶかは、エブラが自分の欲求に従うか否か、単純にそれだけのことにかかっているのだということに思い至った。だとすれば、ここは我慢するのが正解なのではないか。しかし、したがっているダレンに「駄目」を通して、あとあと嫌われたりするのは辛すぎる。
「じゃ……、じゃあ……」
ダレンの肩を抱いて、エブラは言った。
「……慣らさなきゃ、いけないから。な、おれ……、してあげるよ」
これは自分の欲求に従ったわけではないと、心の表面取り繕って、しかし内面では、汝、手淫するものよ、自分を嘲る誰かの声。
「自分で出来るよ」
「いや、……俺のほうが、勝手分かってるし、その……、何て言えばいいかな、うん、あの、ダレンのこと、気持ち良くしてあげられると、思うから。……駄目かい?」
ダレンはまたじっとエブラの顔を見ていたが、納得したらしく、
「じゃあ、どういう風にしてればいいの? どういう格好が楽なの?」
と聞いてきた。
「え、ええと、……そうだね、じゃあ、手、床について、猫みたいな感じ。……お尻、おれの方に向けて」
「……エブラにお尻、向けるの?」
「いや、恥ずかしかったらいいよ」
「……いや、エブラがイヤじゃないなら、いいけど」
イヤなはずがない。
殊勝な心が泣いている。
前にぶら下がる性器は、風呂場で部屋で川べりで、何度となく見ては目に焼き付けた。だから、平常時から勃起時まで、その形状をかなり克明に描き出すことが可能だ。しかし、後ろは普段は見えないから、どうなっているのか、きっと可愛い蕾に違いないと、勝手な想像を働かせるに止まっていたのだ。だから、……見たい、見てみたい、強い欲求が、少年の中には存在していて、だからこのときに至って、エブラの性器は急激に血流を集め、固く立ち上がり始めていた。
「……こうでいいの?」
言われたままに四つん這い、そして、尻を此方へ向けたダレンのポーズに、エブラは間違いなく男根を奮わせた。
「う、うん……、そうしたら……、ええと、あのね。慣らすから、ちょっと、変な感じするかもしれないけど……我慢してね」
「うん……」
頼りなげに返事をしたダレンに、多少の不安はやっぱり付きまとう。大丈夫かな大丈夫かな……、思いながら、舌を、近づけた。
「っ……!」
長い舌先が深く切れ込む谷間に忍び込むと さすがにダレンは、背中を秘紅痢と震わせたが、エブラはその反応の、思いの他の「落ち着き」に、行為を中断することはなかった。後が初めてで、されてこのように「性感」に至るのは、あまり無いことだからだ。例えばエブラは、舐められたら「気持ち悪いくすぐったいやめてよ!」と叫んだし、指一本だけで「裂けちゃうよ苦しいよお腹変だよ」と泣いた。やはり自分よりだいぶ丈夫なのかなこの子、強いんだな。
自慢では無いが、少なくとも他の人よりも優れた要素もあるはずの長い舌を、尻の穴にねじ込む。両指で左右に引き広げ、舌先を尖らせて、まだ誰も入ったことの無い出口の入口を。
自分がダレンの最初の男になるのだ。
そして、「する」のは自分も、ダレンが初めて。
こんなに愛し合える人と、お互い、一番最初に抱き合えるのは、素敵だと思わない?
「んん! っ……んっ」
出口を突き舐める舌を、ダレンは必死に飲み込もうとする。もちろん、何が這いまわっているのかは承知している。汚いよ、当然、そうは思う。しかし、自分の汚いところを、構わず舐めて、ダレンが痛くないように工夫をしてくれるエブラを、ダレンは神々しくすら思った。
舌が離れた。舌を伝って蕾の周囲を、唾液が夥しく濡らし、流れて陰嚢まで伝う。かすかに緩んだところへ、舌なめずりをしながらエブラは、鱗の指を差し入れようとして、はたと止まった。
「……あ、そうか……」
「エブラ……? 何……?」
「いや……、いま気付いたんだけど、ダレン、おれ……、考えてみたらダレンのこと慣らしてあげられないよ。やっぱりダレンがおれのことを抱いたほうがいいんだよ」
「……何? なに言ってるのさ……」
「いや、だって……ほら、おれの指は……」
振り返ったダレンに、人差し指を見せてやる。
「鱗だらけ。ダレンの指みたいに、綺麗なつるつるじゃないよ。がさがさしてる。ダレンの中で鱗が剥がれたり、鱗のさかいめで中を切ったりしたら、……それこそダレン、おまえ、大変なことになる」
「……」
エブラは、なんともいえない微笑を浮かべた。
ダレンは、不貞腐れたようにあちらを向くと、股の下から手を伸ばして、
「え、ちょ……」
「いい。……自分でやるから」
さっきのように、自分の肛門に、指を、挿入した。
「ダレンっ」
「いいんだ、おれは、エブラに、抱かれたいから」
乱暴すぎる、エブラが痛くなるくらいの指の使い方で、ダレンは後孔を弄った。
「ダレン……っ、痛いだろ、なあ、よしなよ……」
しかしそう言いながらも、悲しいかなエブラは、ダレンが自分のためにしてくれていると思えばこそ、激しく興奮もする。
ダレンは、エブラの声が聞こえていないふりで、
「……まだ? ……もっと慣らすの?」
と聞く。
エブラは眉を八の字にして、
「いや……、もう、もう十分だよ……、ダレン」
「じゃあ……、もう、入れて」
「ダレン、ほんとうに……」
「入れて」
エブラは、こっくりと頷いた。
「……無理は、しないで」
「分かってる」
ダレンはちっとも怖くなさそうに、そう言い切る。そして、その表情にはどんなに痛くっても「痛い」なんて言わないという、妙な決意が漲っていた。エブラは、途方にくれて、憂鬱な気持ちで萎えそうなペニスに、小袋から取り出したゴムを被せた。どこかのとある人とするときは、受身だったから、自分で装着するのは初めてのこと、しかし、事前にその「とある人」に、正しい着け方も、教わっている。ダレンを傷つけることなど、どうかないように。
「……じゃあ……、わかった。もう。……入れるよ、仰向けになって」
もう、何も考えなくてもいいのかもしれない。自分はただ、気持ちよくなることだけ考えていれば。それがダレンの幸せに繋がるのだと、信じることが出来れば。しかし、そんなこと、どうしたって自分に出来るはずが無い。
ダレンが、それを願っていたとしても。それでも自分は、ダレンに痛みなど味あわせたくない。
「……入れる、よ?」
「うん」
ゴムの薄い膜など、あるかないかのあやふやなもの。押し当てたところに、ダレンの熱がつぶさに感じられて、エブラは息を呑んだ。小さな少年尻の中に、曲がりなりにも「大人」の風貌をした自分の物が挿入されていく、この光景に、倒錯と眩暈を覚える。
「ん! うっ……っ」
ダレンが、声を殺す。
エブラはそれに、我に返り、腰を引きかける、が、ダレンの鋭い声に、止める。
「やめるなよ」
ダレンは、はっ、はっ、と溺れそうな息を繋ぎながら、エブラに怒った。
「やめるなよ。もう、平気だって言ってるだろ、ぼくは、平気なんだから、エブラ、入れてよ」
「ダレン……」
「ぼくは、エブラと一つになりたい。エブラが欲しいんだ」
エブラは、再び気が遠くなった。
腰を、奥まで押し入れる、途中から、亀頭の先で直腸を押し上げる感触、それが、快感、ダレンはしきりに肛門の中を狭くしては、エブラの意識を吹き飛ばそうとする。これは、ダレンがおれに、ぐちゃぐちゃにされたがってるから、こういう動きをするんだと、自分勝手で危険な妄想に縋りつきそうになる。それを何とか押し殺し、ゆっくり、ゆっくり、エブラは、ありえないほどのろのろと、腰を往復させた。
これがセックスなのかと問われれば、エブラとしては正直、自信が無い。ただ頭にあるのは、ダレンを傷つけませんように。ただ、慈しむ心ばかり。
「エブラ……」
「え……?」
ぐらつく心に、何とか愛という柱で理性をくくりつけながら、エブラはダレンの言葉も、崩れそうに鳴りながら聞いた。
「なに……?」
「もっと、動いてよ」
亀頭に、何度目だろう、針で刺されるような痛みを感じるのは。
「もっと、動いてよ、エブラ。気持ちよく、ないだろそんな、ゆっくりじゃ。ぼく……、一人でするとき、もっと早くするもの」
ダレンは、そして、無理に笑った。
「ダレン」
「エブラ。ぼくは、エブラが……っ、ん! エブラ、がくれるんなら、何でも、欲しい」
痛みでも。
ダレンが、シーツを握り締めていた手を離して、エブラの首に。
辛うじて、
「ダレン」
バランスをとっていた積み木の搭が、
「ダレン……!」
崩れた、
「エブラ……っ、……エブラ、ぁっ」
ばらばら……、がらがら、がらがら。
エブラは断片的なことのみを自覚していた。自分の下半身に壊れそうなほどの快感、それは、断片的でありながら、ひとつひとつを解析すればひどく詳細で、腰を引くときの擦れる感じから、押し入れたときの先に当たる何かの感触までも。そうして、目に入る景色は背景などどうでもよくて、ただダレンが、泣いている、頬を濡らしている。声も、かすかに覚えていて、辛そうな声で、辛くなんかないと言おうとしていることだけが。シーツが黒くすら見える。
ダレンに叩き込む心で、エブラは一杯になった。
ダレンは、
「ぼろ雑巾みたい」
自分で言って、力なく笑った。エブラは、いつもよりも青い顔で、ダレンを抱きしめた。抱きしめた腕は、優しい力のみが篭って、居心地のいい胸の中を作り出している。ダレンは、冷たい胸板に頬を寄せて、それからふと思いついたかのように、青い乳首を舐めた。
「い!」
「……同じだ、ぼくと。ぼくもおっぱいされると気持ち良い」
「……〜っ」
エブラは言葉にならない言葉を全部奥歯で噛んで、ぐりぐりとダレンの頭を撫でた。
結局、エブラは自分が危惧するよりも危険な存在にはなれないのだ。腰をおかしくしたのは、激しく(というのはエブラの自覚のみで)抱かれたダレンよりも、激しく(というよりは不器用に)抱いたエブラのほう。
確かに痛みはあったけれど、
「でも、許容範囲だよあれくらい。……それに」
ダレンはエブラの乳首を指で弄りながら、
「気持ち良いとは、思ったしね」
平気な顔で言う。
シーツはぐしゃぐしゃになった、ダレンの頭も。それを評しての、ぼろ雑巾。ダレンの身体は無事だ。エブラは、ダレンを壊すことなんて、最初からできようハズも無かった。そんな力もなかった。だから、エブラに気にしないでと、ダレンは何度も言って、今に至る。キスをして、キスをして、頭を撫でて、またも泣きそうになったエブラを、ダレンは何とか宥めて。
「なあ……、やっぱ、次からはおれの中に入れなよ……、その方がいいって」
「……うーん……、考えておくよ」
「考えなくてもいいよー……」
「だって。入れるほうの気持ちよさは、大体想像つくもの。一人でするときにさ、おちんちんをぎゅーって強く握ったような感じなんじゃないの? 入れられる方が、ずっと気持ちよかったよ? 次の時はエブラに入れてあげてもいいけど、その次はまた、ぼくに入れてくれる? 約束してくれるんなら、入れてもいいよ?」
ダレンは屈託無く笑う。
エブラは、眉間に皺を寄せて、俯いた。
「……おれは……、おれはほんとは」
「ん?」
「おれは……、ダレンにずっと入れてたかったんだ、入れてたいんだ。だけど、痛いし……」
「だから、痛くないし。それに、エブラが入れたいって思ってるんならぼく、仮に痛かったとしても全然へいきだよ」
「ああ、だから。ダレンは絶対そう言うから。だからおれ、言わないように、黙ってたんだ。ほんとは、入れられるの怖くて、だから、ダレンがおれのこと好きって言って、抱きたいって、言ったとき、好きっていうのは、すっごく、すっごく、嬉しかったけど、でも、怖かったんだ、だけど、でも、おれ、おまえがしたいっていうなら、どんな」
堰を切ったようにまくし立てるエブラをしばらくぼうっと見上げていたが、ダレンは思いついたように、エブラの乳首を、軽く噛んで見た。
「にゃあ!」
「にゃあって……」
「な、なにするんだよう」
「んー……?」
ダレンは秘密めいた微笑を浮かべて、噛んだところを慰めるように可愛がった。軽く歯を立てただけのつもりだったが……。
同じくらいの痛みでも、自分のほうがそれに強いのかもしれないと、ダレンは思い至った。自分は入れられても、正直、そこまで激しい痛みは覚えなかった。一方で、エブラは生身の人間だから。
だったら、自分のほうがやっぱり向いているに違いない。
おれたちは、その形が自然なんだと、きっとそうなんだと、ダレンは自分の中のルールブックの始めのほうの頁に、書き込んだ。
「……ぼくのほうが強いから、ぼくに入れさせてあげる。エブラ、泣き虫だからな。おまえの泣き顔なんて、ぼくは見たくないからさ」
そう言って、しなだれかかった。まだ涙目のエブラの乳首に、もう一度、優しく柔らかく、キスをして。
「……ダレン」
「ほんとに。約束。ぼくはおまえを泣かせたくないから」
「……うん」
嘘みたい。本当に?
「そうだよ……、忘れてた、訳じゃないけど。ぼく、約束したよね。いつでも、エブラの側にいる、エブラを守る、……エブラが泣かなくってもいいようにって」
「……」
神が降り立ったかのような、美しく、優しく、そしてカッコいい、その表情にエブラは見蕩れた。
「……だから、エブラ、ぼくの側にいろよ」
きゅっ、と優しい力をこめて抱き締められて、エブラはあっけなく、その胸に落ちた。
傍目には変わらない、友だち同士の毎日、しかし二人の中には顔を見合わせるたびに初々しい恋人の喜びがこみ上げる。幸せを感じながらであれば、一緒に暮らす日々の、ただ何となく過ぎる時間さえも嬉しい。
「羨ましいこった」
コーマックは笑ってエブラに言う。エブラはうん、と頷いて、微笑んだ。その目線はコーラの缶を抱えてこちらへ走ってくるダレンだけを見ている。