ショッキングと言ってもいい事件があった。ティファは、普段着に着替えても不安げで、本当ならば二次会も三次会もして、懐かしい面々からの祝福を思う存分受けるところだったが、夫としては妻の青白い血色を元に戻すのが義務であるから、全てキャンセルして、二人きりになった。
紅茶を入れて、隣りに座った。
「どうして……?」
白い拳が膝の上震えている。指輪の嵌め心地も確かめていないに違いない。それは少し寂しかった。
「……どうして、ユフィとヴィンセントが……」
俺は首を振った。
「判らない」
「何年も……会っていなかったのに、連絡、取ろうと思っても取れなくって、……でも……」
急に現れて、凶行をはたらこうとしたのは、間違いなく、俺の、ティファの、仲間だったはずの二人だ。三人で最後に会ったのは、いつだった? そう思い返して、そうだ、あの旅の終わりから会っていないのだと気付く。
ティファが何か恨まれるようなことをした? そんなことは、一切無い。ただ、ティファが連絡を取ろうとしても、二人とも音信不通でかなわなかった。だから、今日の式にも呼びようがなかったのだ。それを、ティファはひどく残念がっていた。
「……そんな心配するな」
いまだ、黒い銃口も銀の刃も鮮明に残る。ヴィンセントの、ユフィの、顔、目。
「わたし、二人に、何か」
「何もしてないよ。……少なくとも俺の知る限り、ティファはあの二人に、何も悪いことはしていない」
「じゃあどうして」
「それは判らない。……判らないけど」
俺は自分の手のひらをティファに見せた。左手だった。薬指にはもちろん、リングが嵌っている。俺とティファの交わした約束が、今から数時間前に、こういう形になり、手の中でいつも呼吸している。
「俺は、ティファの旦那さんだ。奥さんのことを護るのは当たり前のこと、……もちろん、身体だけじゃない、心も護る」
ティファの膝の上、俺より小さな手、握った。
「安心しろよ。あいつらにティファを傷つけさせはしないし、あいつらのことも傷つけたりはしない。また、きっと、元の通り仲間に戻れる。……何も心配しなくていい」
俺は、俺の言葉が、ティファに確かな安心感を与えるのを想像した。そしてティファは、俺の顔を見上げ、俺の腕に従って、俺に体重を委ねた。
「新婚初日なんだ、もっと笑って欲しいな」
そういうイベントがあったから、今朝からキスばかりしていて、キスひとつひとつが、深めていくものを知っている。心を少し緩めて、まだ日は沈んでいないけれど、自発的に身体、少し、涼しい思いをさせて、夜を意識する。
俺だって、心拍数の上がるような思いをした。
ただ、そんな俺を和ます、惑わす、別のことを考えさす。
キスをした。何度も、何度も、何度も。キスの一つひとつが、俺たちの心を満たしていく。不安や困惑が、少しずつ薄まり、互いへの愛情が換わりに占めていく。髪を撫ぜる、しっかりした力で抱き締め合う頃には、俺はキス一つ一つの間、微笑んでいた。彼女の耳を撫ぜたとき、ピアスと指輪が一つ硬い音を立てて、俺はこの女と結婚したのだと、強く強く、感じる。
ティファが可愛かった。長い長いキスをしたら、指に甘く爪を立てた。些細なことが、いとおしかった。
「好きだよ、ティファ」
耳にその言葉を差し込んだ。一つ身を強張らせて、頷いた。ただ答えただけではないのだと、俺には判った。
「俺の……、奥さん」
抱き上げた。優しい輪郭の、優しい軽さ。女性しか持ち得ないそれらの要素を、俺は大切に思った。柔らかな肌は傷つけようと思えばいくらだって。それを大事にすることに、まず、意味があるのだ。
ベッドに下ろし、執着するようにキスをする。気付けば、舌を絡ませあっている。紅茶の香りの中に、瑞々しい唾液の存在を選び取って、俺は心を躍らせる。
彼女のシャツを、そっと捲り上げた。細い腰から昇っていくと、俺の指はまもなく突き当たる。それに沿って、背中へ回り、指先で留め金を外す。それに気付いても、ティファは非難するようなことはない。また、キスをし、舌を絡めた。指を、柔らかな乳房に這わせながら、舌を逃がし、唇の横に、頬に、こめかみに、まだ、キスをする。
「クラウド……」
「嫌?」
判っているのに、わざと聞いた。ティファは一瞬間を置いて、首を振った。
優しく横たえて、シャツを捲り上げた。シャツとブラジャーによって、少しひしゃげた胸の先、綺麗で生っぽい、他の肌とは確かに違う色をした乳首に唇をつけた。
「……ん……っ」
眉間に一つ、皺が寄る。
腰が一つ、揺らめいた。
俺の舌先で、乳首が硬くなった。微かな甘い声が湿る過程で、俺は改めて、これは途方も無い喜びなのだと認識する。こんな幸せはそうは無いんだぞ、と、自分にはっきり、自覚させる。
俺はティファを裸にした。最後の一枚に、少し固執されたけれど、キス一つが、ちょうど一枚分だった。
引き下ろし、キスを続けながら、そっと、そこに触れる。ティファは驚いたように身体を震わせたが、すぐに俺の首に手を回した。俺の指先は、すぐに滑らかに彼女を這う舌となる。
今この身から溢れる愛情、ゼロから生まれるものではない。少しずつの時を経た、だからこそ、自然体。多分最初の頃は違った。俺はもっと幼い気持ちしか抱いてなかったろう、……ほんの少し前の気もする、しかし、ずっと昔の気もする。フラッシュバック、性欲に駆られる自分が、愛情に基づいて動く自分に重なり、烈しい興奮が襲い来る。
その身体の各所にある、俺にない要素は、全て俺を楽しませた。女性の身体の仕組み、もちろん知らなかった訳じゃない。だけれど、手に入れて初めて知ることのほうがやはり多かったのは確かだ。ただの「女性」ではない、他でもないティファの柔かく優しいその身体が、俺の心を擽ったのだ。滑らかに形を変える、球体を思わす胸は、俺の手のひらから零れ落ちる。比較のしようはあまりなかったが、とびきりだと、確信を持つ。それを独り占めしてしまうことに、罪悪感すら抱いた。ティファが俺の腹部に、悪戯っぽくキスをした、その時に、ふと俺の性器を撫ぜて弾むのだ。
この心ここに在り、我妻を思う。繰り返す「愛してる」の言葉と共に。
白いはずの太股はかすかに上気し、淡い緊張を孕んだ。
「クラウド」
俺は千切った袋の破片を見せる。
「ティファは……、どう思う?」
「どうって……」
俺は首を屈ませて、頬をひんやりと冷たい乳房に当てた。「俺は……、もう少し独り占めにしていたい。ティファの身体の隅々まで誰にも触らせたくない。例えば此処を、俺の赤ん坊にだって、君にどんなに似てる子だったとしても、吸わせたくはない」、口を付けた舌の先、甘い気がした。
「……でも、そのうち、俺たちが今の幸せに満足しきれなくなるくらい貪欲になったら、そのときには、やっぱり欲しくなる」
ティファの両手が俺の髪に触れた。満たされた気になれば、もう気兼ねはしない。俺の与えるべきは子の種ではなくて、それを放射する際に引き起こされる痙攣のいくつかだ。俺が感じるべきは膜の圧力ではなく彼女の襞の一つひとつ及び彼女自身が引き起こすかすかな収縮だ。
息を止めながら、繋がり合う。初々しさがまだ漂う。たった一人の恋人、今は妻と、こうして結びつくことを、いっぱいに感じ合えば、幸せはもっと膨らんでゆく。
もう、誰かを傷つけることなど出来ないだろうな、俺は思う。俺の力はただ、この人を守るためだけに。
下腹部をぴったり、彼女の肌と重ね合わせる。しばらく抱き締めあって、体温を呼吸を心拍の一つひとつを拾い集めて、もう一度、俺は彼女を作り出す。抱き締め合った中心で息衝く俺と彼女の、愚かしくもリアルな望み合いが、淫らさに呪縛のように縛られて、絡まっていた。恍惚の表情の隙間に、隠しようもない彼女の情熱を、熱そのままの色として俺は見る。それは興味であったり、疑念であったりしたろう。男の身体に蹂躙されることへの、未だ彼女には大きすぎる自体への、必死の対応かも知れない。だが、それも短い時を経れば、薄い皮を剥くように、更に瑞々しく滴り落ちる果汁となって現れる。その時に、出来る限り彼女を幸せにするのが、ティファの夫としての、俺の役目だ。
この幸せは永遠に続く。それを、俺はこの身で妻に教えてゆく。幸福だった。この世界のたった一人と、紆余曲折はあったろう、悲しませもしただろう、だがこの先は、この時からは、永遠に、「愛してる」、この掠れた声で上がった息で、それでも言ったことを、嘘にしないために。