002

 俺が「そういう場所」を選んだことに、ティファは何も言わないけれど、確かに意識はしているはずだ。ただ、ティファは頷いただけで、何かを堪えるような顔を浮かべていた。残された幾つかの記号、そのうち一つを、俺は一番器用なやり方で拾い上げ、こういう場面のアクセサリーとして使ったつもりだけど、それでもまだ不十分だったかもしれない。ただ、何らかの形でと俺は思っていて、それ以外思いつかなかったから。

 そういう場所を選ばなくても良かった、だけど、俺はそういう場所を選んだ。場所は、オリジナルじゃない。だけどティファがああいう表情を浮かべた以上、そこには類似性が見出され、俺たちの物語に確かな意味を持つ。

「よろしくお願いします」

 丁寧にお辞儀をして挨拶すると、白髭の神父は微笑んで頷く。

 窓外は相変わらず雨模様だったが、それでもいいと思った。次第に集まる客たちの服装を見て、そう思う。裾のはねを気にする人、肩をハンカチで拭う人、髪型がしっくりこない人。俺は自分の花嫁を思った。一点の曇りもない理想的な花嫁の姿をしている。悪天の中、きらきら輝いて見える。そしてタキシードに身を包んだ俺も多分、同じように見えるはずだ。この世界で一番麗しい、花婿と花嫁が俺たちだ。

 切り取られた瞬間―焚かれたフラッシュ、誰かの回すヴィデオ―を見れば、俺たちが世界で一番幸せな、そう、此処らが多分、俺と彼女の最高到達点。真っ赤な目をしたバレットに手を引かれた、花嫁が一歩ずつ、俺に近付く。

 やがてかすかな花の香を届かせるほど隣りに立ち止まり、俺を見る。

「大丈夫だよ」

 俺は囁いた。

「緊張しないでいい……、リラックスして」

 まだ指輪も交換していないのに、小さなキスを額にした。

 祈りの言葉、祝いの言葉、神に捧げる、俺たちに降る。長い言葉を聞いている最中、俺はふと、ステンドグラスに目をやる。

 エアリス。

 そう、声に出さず呟く。

 ここは「そういう」場所だった。

「では」

 神父が言葉を切る。慈愛に満ちた目で、俺を、花嫁を、見た。俺は指輪を手に取る、ティファが指輪を手に取る。

 互いの左手の薬指に、それはぴったりと嵌る。ティファの、傷のある、しかし、俺と比べてやはり華奢な薬指へと。

 かすかに瞳を潤ませて、ティファは俺を見た。

「これから、俺たちは、ずっと一緒だ」

 手を伸ばして、その頬に触れた。

「俺はずっと、君の側にいる。だから、俺の側にいてくれ」

 静かに唇を重ねたのが先か。

それとも、破壊音を聞いたのが先か。

 ティファがびくりと身を硬くする。俺が身を翻し、彼女の身体を攫った、まさにそこに、一発の銃弾が光の破片と共に降ってきた、ガラスの雨から身を呈して妻を護る、ああ、これが夫としての最初の仕事か。ガラスの雨と共に、黒い影が舞い降り、俺と一瞬交錯する、黒い影に、俺が繰り出した蹴りは当たらなかった。空気が絡む音と共に、赤い布の切れ端が一枚、舞った、だん、鈍く大きな音が響き渡り、開いた扉から、疾風のように飛び込んできた影が、ぎらりと銀色の刀身を光らす小刀を抜き放つ、俺が抱き上げ、飛び退いた、丁度そこを、適確に狙い、空を切った、呆気に取られた妻が、参列した者たちが、二つの影を凝視する。

「ヴィンセント……ユフィ……!」

 震えた声でティファが言う、ユフィが邪悪に唇を歪めて笑う。止んだガラスの雨、足音一つに破片を砕く音を混ぜる、ヴィンセントが、手にした銃口を、ティファに向けた。ユフィの小刀の切っ先も、ティファに向けられている。

「どういうつもりだ」

 闖入者二人は答えず、ヴィンセントは人差し指を冷たい引き金にかけ、ユフィは野の獣のように隙を狙う。

「どういうことをしているか、判っているのか」

 ティファを下ろし、背に庇う。

「……何故こんなことをする……、答えろ!」

 ユフィの、どこか愉快さすら含んだ薄笑い。対照的に、ヴィンセントはモノクロームの表情。ちらりと俺の目を見たが、すぐに俺の向こう、ティファへとその視線は向けられる。

 客席の誰も動けない。

「どけよ、クラウド」

 ユフィが言った。

「邪魔するなよ」

 客たちが、どよめく。ただ、シドも、バレットも、レッドも、二人が銃口と刃を向ける状況で、身動きが取れない。

「お前たちは、俺の……仲間じゃなかったのか」

 ヴィンセントは答えない。ユフィも答えない。ただそれが、確かな表現となっていた。

「……ならば、遠慮はしない。俺の妻には指一本触れさせない」

 ウェディングドレス、動きづらいよな。それが大体想像出来る。ティファだって腕は立つ、だけれど、今は。ヴィンセントの腕に狙いを定めて、鋭く足を振り上げた。当てる気は無い、威嚇だ。ヴィンセントが飛び退く、俺の隙を狙いティファに刃を浴びせんと跳躍したユフィを、迎え撃つ格好で足を出す。その腕に靴の底がヒットし、金属音を立てて小刀が転がる、ヴィンセントが再び銃口を構え、ティファに狙いを定める。ユフィが腕を抑え、膝をついた。その腕が切れ、血が滲む。

「退くぞ」

 不意にヴィンセントはそう言い、ユフィの身体を抱え、飛び上がる、俺と一気に距離を作ると、その背に禍々しく黒い翼を生じさせ、ぽっかりと開き、雨を漏らすステンドグラスから、逃げた。

 ヴィンセントが割ったステンドグラス、ユフィが開け放った扉、風が抜けた。声も無く俺を見上げるティファを立ち上がらせて、乱れた白いドレスの裾も気にしないで、吹き込む雨から逃れ、口をぽかんと開けた神父の前に立った。

「指一本、触れさせない」

 恐らくは、誇りに満ちた声だ。

 強張った表情を溶かすために、改めて頬に触れた。

「今……、重要なのは」

 かすかに、風が舞い、彼女の頬に雨粒が当たった。それを指で拭った。

「誰かの憎しみよりも、俺たちの愛情」

 黒い髪は、少し濡れることで光を吸い込む。

「大丈夫……、心配しないで。ティファは俺が壊れないように側にいてくれた……、今度は俺が、護るから」

 とりあえず、格好を付けなければ、誰も、何も、言えないと思った。

「愛してる」

 彼女の不安を吸い取るようなキスを、俺はした。


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