雪が降るまえに

 雪が降るまえに。

「ふたつ」

「はい」

 この村から、俺は帰れるんだろうか?

「二十ギルに、なりますっ」

「はいよ」

「ありがとございますー」

 銀の器に入ったアイスクリームをぺろぺろしながら、二年連続で季節外れの熱を齎す太陽から逃げる。ブランクがこの村に来て、三ヶ月が経とうとしていた。風邪が流行っていた時期に来たハズ、たしかヴァカの風邪を治してやったはず、なんだが。

「なあ、あんた早く帰れよ」

「うん」

 ジタンがアイスクリームを受け取りながら、詰る。

「シナたち待ちくたびれてんぞ。どうせあんたいなきゃみんな、仕事ろくに出来やしないんだから」

「うん」

 言いたいことはいっぱいあるが、ブランクは小川を眺めながらアイスクリームを舐める。

「じゃあ、決まりな、明日帰れあんた、いや早い方がいいな、今日帰れ、な」

「……」

「邪魔なんだもん、あんたいると、落ち着いてビビと遊べないし」

「だろうな」

「そりゃあ、あいつは言わないけどさぁ、あいつだってあんた居たら苦労しなきゃイケナイわけだし」

「そうだよな」

「解ってんなら、だな」

「うん」

 けれど、ブランクは例えば、この道端から立ち上がることすら億劫だ。弟分たちが達者でやっているのかどうか、気にならない訳でもないのだが、無駄なことだが身体が二つあったらと、そんなことを考えてみたりもしてしまう。何よりこの場の居心地がとても良い。ちょっと暑いけれどいつでも食べられるアイスクリームがあるし涼やかな小川があるし、のどかだということは決して退屈であるということではないらしいと知ることも出来た。そして憎まれ口を叩くジタンと、いつも困ったように笑っているビビは、ブランクにとって身悶えするほど居心地がいいのだ。寝る時に膝の下に敷くと気持ち良い座布団のようだ。なくてもいいんだけど、あったほうが断然イイ。

 とはいえ、ここまで言われればさすがにブランクだって考えを改めなければならないのかもと思わないでもないでもない。雪が降るまえ、というのは、次に都で風邪が流行った時というのを指す。かように後ろでせっつかれながらもそんな外的要因がないでは動けないという状況は、あんまりにもあんまりだと、本人自覚はしているのだけど。

「ジタン」

 唇の端から白いトロトロを垂らしていることに気付かない奴の隣は面白いし。悪態をこれでもかと吐かれているわりに、ブランクはそのアイスを舌で舐めとる権限を得ているのである。ほのぼのとした黒魔道士たちの生活風景からするに、ずいぶんと浮いたものではあるのだが、そのままキスだってしちゃえる、そういう自分の立場と言うものを、ブランクは確立しつつあった。

 ビビのいないところでだけで。ちなみにあの少年はチョコボに乗っておつかいに行った、夕方までは帰ってこない。正々堂々と浮気をしている。否、浮気ではないこれは。ビビだってブランクのことが大好きだし、ブランクはビビのことだって大好きだ。禁を破った彼らの関係はあるべき形に発展して、しかし「お兄ちゃん……」「んー?」「ジタンには、ナイショ、……ね?」「うん」という口約束を交わし、しかしながらもジタンは早速全てを悟ったりなどしていたりする。 浮気も二つ重なってしまえばそれはそれで。三角関係が素直な形でなくなって、余計角張ったと思ってよくよく見直してみたら、しかし多角形は角が多くなるほど円に近づくものであるのだ。

 一番良いのは家族なのだ、なんてことを思ってみたり。ぶっちゃけ、ビビをかっさらってタンタラスの主要メンバーの一人にだな。

「いつまで……してんだよ」

「……いつまでも」

「馬鹿言ってんなよ」

「ふぎ……」

 片手で顔を捕まれて、危うくアイスクリームを落としかけた。

「あんたさあ、昨日ビビとしただろ」

「ご明察」

「匂い残んだよ。終わった後、ちゃんと風呂浴びさせてやれよな……。大体あいつさ、俺にバレないかって気が気じゃないんだから」

 自分のこの「立場」というものは、とても居心地の良いものであって、すぐ手の届く所にジタンがいてビビがいてアイスクリームがあって、とてもこの村はのどかで、幸せなのだ。 唯一、本業には、足をめいっぱい伸ばしても届かない。しまいに、攣ってしまうのだ。

 だから……。 希望も兼ねて、せめて、雪が降る前に、と思うのだが。

「すとっぷ、すと〜っぷっっ」

 急ブレーキをかけてチョコボを停まらせ、ほっと息を吐いてすとんと着地。はじめて会った時よりも少し背も伸び、十歳と言ってもそこそこに通じるような体型になったビビが、中途半端な空白……本来そこにあるべきものの為に開けられた空間すなわちジタンとブランクの間に、座った。

「ご苦労さん。早かったじゃん」

「うん、思ったより荷物軽かったから……。ご飯、僕作るよ」

「その方が有り難いや。そのおっさんの作るの、味が薄くてしょうがねえから」

「俺も文句垂れる奴に飯なんて作りたかないし」

 真ん中にいるビビはこれまたいい迷惑だが、頭上で大人のなりかけ二人はギャアギャア喚きながら、黒魔道士の村を俄かに活気付かせる。

 溜め息交じりにとびらの鍵を開けながら、ビビが言う。

「お風呂湧かすけど……」

 二匹は俄かに黙り込む。牽制しあう視線の後、ジタンが逸らした。

「俺、夕飯まで寝るわ」

 そう言って、ベッドルームの方へ行ってしまう。

「入ろうぜ」

 ブランクはジタンがベッドに横たわるのを見た後、ビビの帽子を外し、くるりとその髪を撫でた。

 つくづく、思う。この微妙な立場を最大限利用していて、それで結局誰も傷付かないというのは、奇跡に近い確率なんではないかと。

薄い胸板を滑らかに撫でれば明らかに他と違うのは一箇所、てのひらや指に、引っかかる。膝の中で、「ん」と鳴く。押し殺した声だ、しかし、それでも、「声、あんまり大きく、出すなよ」、実際はちょっとの声でもよく響く浴室で、自分もジタンとビビの声を聞きながら窓外の風景に黄昏たりなどしているわけだから。ジタンも恐らくは、遠い目をして、赤く彩られた村の景色でも見ていることだろう。とても洗われた気持ちで。

 ビビはもちろん、知られちゃいけないバレちゃいけないと、唇噛んだり口を抑えたり、けなげな努力。今更ながらに、ブランクは自分たちのやってることがかなり、この子にとって可哀相なんではないかと想ってみたりなど。

石鹸、ぬるぬる、よくやるよ……まったく。

今度は下半身に手を移す。そっと包んで、ぬるぬる。耐えられないといった様子で、ビビは首を振る。

「ぅ、ん……っ、っぅ……ん、ぅ、んん」

声が、次第に止まらなくなる。

「出そうなら、いいよ、出しても」

 そうして、少し手を、強めに動かす。

「い……っ」

「……お疲れ」

 耳を、噛む。石鹸の泡と精液とでぐちゅぐちゅと音を立てて聴かせて、はあ、とわざと耳に息を吐き掛けて。狭い浴室で、こういう風に暴れるのってあまり、よくはないよな、解ってはいるのだが。膝まで使った湯が、温く感じられる事を、ブランクは愉快にビビは呆然と、それぞれ意識の遠近で感じる。絡ませたままの右手は相変わらずぬるりと動かす。手の中で震える、性器の生ぬるさにその鼓動に輪郭に、いじきたないことも思ってしまう。 一人占めなんてさせて、たまるか……。

 それは無論、ジタンだって同じ。ビビには贅沢なもんだと、思う。実際、ビビはジタンの良さの、きっと半分もわかっちゃいないのだし。

 あいつはね……ビビ、お前は知らないんだろうけど、前より後ろの方がイイんだよ? こんど、舐めてやってごらん……。

「お尻入れたいな」

ジタンにするようにはしないというのが、ブランクの中にある唯一に近いルールだった。この謙虚さが、そのままジタンとこの子の、自分との関係の差なのだと思うのだ。彼が自分で勝手に思っているだけのことだが、それはなかなか的を得ている……と、信じている。

 ビビが、悩ましげに一つ息を吐いた後、こく、と肯く。これがジタンならば「言えよ、何が欲しいの? ええ? 何処に入れて欲しいんだっけ? 言わなきゃ入れてやらないぞ」となるのだが。

「じゃあ……手、壁に突いてさ……、そう」

 ビビはのぼせた尻を一度、優しく両手で撫でる。

「んんっ……」

「……可愛いよ、ビビ」

「……お、にい、ちゃぁ……」

 何故だか、その呼称は胸に響く。甘く疼く。

「何だい?」

「……おし……り……、……なめ……」

「うん、解ってるよ。ビビ、好きだもんな」

膝をつき顔を寄せ、開く。前は石鹸だらけだが、後ろはまだ濡れているだけだ。恐らくはジタン経由で……それもブランクがジタン自身の身体に教え込んだ故に、ビビへと連なった、このやり方。口でする、その独特の緊張感は、いつでも新鮮。指を押し入れれば、まるでそこには少しの余地も無いように見え、

しかし開いてゆけば徐々に受け入れてくれる。

 何だ、ジタンと一緒じゃないか、なのに。

 立ち上がり手桶を取り、石鹸の泡を流す。ピンク色、殆ど赤に近い幼茎、それでも初めて見た時よりは大分成長してはいる……をしばらく眺めていて、それもまた、ジタンの形に近づいてきているのだと、知る。

「ふぅ……!」

 細っこい背中、腰を抱いて。ビビの心音は背中まで筒抜けだ。

「も、っとぅ……く、おくぅ。……して……」

「平気か……? 俺はこれで十分気持ち良いけど?」

「入れて……」

 ジタンのよりかは大きいし。

 なんて事をブランクは考える。ジタンのは、そう、あいつ……あいつの。可愛いんだよな。いっちょまえにムケてケも生えて偉そうにしてるけど。

 えばれるのはビビの前だけだろうに。

「……おにぃ、ちゃん……!」

「ビビ……?」

「おく……、おなか、ん、底……、んっ、い……いぃ……気持ち良いよぅ」

 こんな風にね、素直に求めてくれる姿を見てしまうと。

「動くよ……」

 誰かを、思い出してしまうんだよ……。

 お腹の底がイイと言う、もっと突いてと泣き強請る。重ねてしまうこと自体が、どうにも失礼であると、解ってはいるのだが。ブランクはジタンを抱きながらビビを抱き、ビビを抱きながらジタンを抱いている。いとおしい、二人とも弟のようなものだ。 帰りたくないよ、痛烈に思う。

「ビビ……一緒にいていい? 俺、お前たちとずっといっしょにいていい?」

 腰を揺する。

「にい、ちゃ……っ、、、いいよぅ、帰っちゃやだよぉ、ずっと……みんな、いっしょが……!」

 どうかしている。 出来るだけ早く理性を取り戻した方がいい。ブランクはやや激しく突き、それにより上がるビビの嬌声を副菜に出した。ビビがいつ出すか、そんなことは気にも留めない。

 ジタンなら……のタイミングを、知っていたからだ。 繋がりを解くとビビは、ずるずると湯船に崩れ落ちた。それを抱きかかえて、湿った頭を撫でれば猫のように、胸に甘える。

 ジタンも……。

 いや、もうやめよう。

「大好きだよ」

「……ふ……ぅ」

 答える余裕がない、ふりをしているのかもしれない。そう考えては少し胸が痛んだ。冷えた背中にお湯をかけてあげながら、兄のようにビビを優しく抱きしめる。

 雪が降るまえに。

 考えては胸が詰まる。帰んなきゃいけない理由を探さなくてはいけないような状況なのに、帰んなきゃいけない理由って、単に俺の我が侭だけだろうか?

 俺はジタンとビビが好き。

 ジタンもビビも、俺が好きなのに。

 ……どっちにしたってすげえ、不義理だと、ブランクは思った。思いつつ、ビビに、そっとキスをする。ビビはツギハギに指を這わせながら、恍惚とした表情で「お兄ちゃん」を見上げた。

 

 

 

 

 三人分の食事を作るのは大変だろうと何時だって思う。少なくとも俺がいなければそれは二人分で済むんだろうといつだって思う。

「今日も旨いなぁ……」

 ブランクがさりげなく呟けば、ビビは意識していないのだろうが、ふわりと口の端が微笑む。

 その笑顔を見るためになら…… 同じ事をジタンが想っていることを知っている。そしてジタンのそんな笑顔を見るためなら、と思う自分がここにいる。ビビもきっと、自分とジタンに、同じ気持ちを抱いているのだ。

 ブランクは、自分のことを二人が決して疎ましく思っていないことを、知っている。

 しかし同時に拭い去れない不安がある、ここにいることで迷惑をかけて。

 いつか大好きな二人に嫌われてしまうのではないか、と。

 女々しい、どこまでも女々しい、そう思う。思っても、そう思う事を止められないのだ。

「……美味しい、ほんとに。料理上手だなあ、ビビは」

 更に褒め立てて、撫でてやる。隠し切れない嬉しさに、ビビは恥ずかしそうに、笑う。

 その笑顔に、ブランクの胸は絞り上げられるような痛みを覚える。

 やっぱり大好きなんだ、そんなことを再確認する。俺はビビのことが大好きなのだと。

「ビビが俺のお嫁さんだったらどんなに幸せだろうな」

 などと口にして、ジタンが黙ったままスープを啜るのを、ビビの微笑みに影が差したのを、見て絶望的な気分になる。

「おかわり」

 ジタンがボウルを差し出す。ビビはすばやく立ち上がって台所へ消える。ジタンはビビの背中をじっと見つめていて、ブランクはジタンのその眼差しを見つめている。

 夏が来てしまった。

 丁度カレンダーを捲ったその日からセミが鳴き出すのは現金なものだ。十月になった途端、止むんだろう。ブランクはそう想ってカレンダーを見やる、十月、もう秋だ。秋の次は冬だ。

 本当に雪が降るまえに……。

 ジタンも最早、言わなくなった。 諦めてくれたのか、諦められてしまったのか。ブランクは鬱になる瞬間がある。だがどこかで、すがり付くような想いで、ジタンが漏らす吐息と重なる「好きだよ」を蘇らせる。そうしてまた少し、傲慢な時を長く伸ばそうと決める。自己嫌悪は自分の中で消去して、……そう

して、二人の安眠を妨害する。一方では、早死にしたって、地獄に落ちたって、お前たちといっしょに少しでもいられるんならいいやと思う、だが一方では、この想いを突き通す為になんでそんな犠牲を払わなきゃいけないのと思う。

 一番最初にジタンのことを好きになったのは俺なのに。

 一番最初にビビのことを好きになったのは俺なのに。

 気が付いたら、ひとりぼっちだった、二人の幸せを指咥えて見てるしかない、よかったね、俺はお前たちの幸せなのがいちばん幸せだから。

 奇麗事を言おうとする唇をかみ締める。何でこんな悲しい思いに堪えなくっちゃいけない?

 そう、そうやって自分の心を撫でて可愛がる。結局のところ俺は自分が一番大切なんだと、単純明快な結論に辿り着いて嫌になる。しかし、どこかで、心のどこかで、まだ、女々しい、悲しい、情けない自分は、「それでも」、幸せになる権利があるような気がしてならないのだ。敵わないなんて嘘だと熱く言いたい自分がいるのだ。だって、あんまりにも、救いが無い。こんなに側にいるのに、大好きだって行ってもらえるのに、のに。

 その眼はブランクを見ていない。

 それでも礼儀は弁えているつもりだ。

 二人が、二人だけという意味で、眠るときには近寄らない。意識的にその機会を二人に与えてもいる、夕飯後、何時間も散歩に出かけたりしてみるのもその一つで。

 この狭い村の中を二時間も三時間もぶらつくのは苦痛に他ならない。親しくなった魔道士たちと談笑しても、まだ一時間しか経っていなかったりする。そうして暇になれば頭には二人のことしか浮かばなくなるのだ。 夜風は涼しい。鈴虫の声がさらに涼を呼んだ。

 ひととおり、村を回り終えると、ブランクはいつも村のはずれの墓地に足を運んだ。『288号』という、かつての彼らのリーダー格がそこに眠っている、288号はジタンとビビがずっと愛し合ってゆけるように、その命を燃やし続けた、二人や、他の黒魔道士たちからそう聞いて、感謝するとともに、複雑な気分

だった。あんたもかよ、ブランクは思ったものだ。

 あんたも、なのかよ。

 まず、自分がそうだった。そしてジタンとビビの話から統合すれば、あの銀長髪の男すらも、そうだったのだという。そしてここにも。ついでに言うならばガーネットも。

 二人の幸せだけを願って身を引いたひとたち。いや、俺は……。

「違う……」

 腰掛けて、俯いて、強い溜め息を吐いた。

 違う、俺は違う、俺は違う。俺が願っているのは、俺自身がどう幸せになるかだ……。俺は、幸せになりたい。ジタンとビビに愛されたい。俺の気持ちの半分だけでもいいから俺に向いて欲しい。俺をおいていかないで欲しい。

でも……でもッ、俺は!! 俺は、二人に幸せになって欲しい。ジタンに、ビビに、大好きな二人が、最高に幸せであって欲しい。

 そこまで禁欲的になれたらどんなに楽だろうなあ。

「お散歩ですか?」

 顔を上げると、一人の黒魔道士が首を傾げてブランクを見ていた。黒魔道士が共通して持っている精悍な顔つきを、柔らかく縁取る銀の髪、賢そうな銀の眼が淡く光っている。だがその仕種や、唇から発される言葉は、やはり共通して子供じみていて、そのギャップは愛らしくもある。

「……うん」

「夜は涼しいですね」

 ブランクよりも背の高い彼は、にっこりと笑うと、隣に腰を降ろした。ふわりとバニラの香りがして来た。ブランクははじめて彼が、アイスクリーム屋の黒魔道士であったことに気付いた。

「僕、さっき、しこみが終わったんです、あしたの分の」

「そう……」

「あしたも、暑くなりそうだから。いっぱい作ったんだ」

 黒魔道士は、ブランクが聞いているのかいないのかを、全く気にしていないようにその銀眼をまっすぐ前に向けて、嬉しそうに話した。

「あしたもふたりが、お店に来てくれるといいな、買っていってくれたらいいな、って思って」

 彼は続ける。

「僕の、短い時間の中で少しでも、ふたりを幸せに出来たらいいなって思ったから」

 ブランクは彼の横顔を見た。彼は笑顔で、

「僕、もうすぐなんだ、きっと、そろそろかなって、思うんだ、だから、ちょっとでも」

 言葉を繋ぐ。

「ふたりに幸せになってもらいたいなって、思うんです。いつか、アイスクリーム食べたときに、ふたりが僕のことを思い出してくれますように、って」

 ブランクはその横顔の、穏やかな笑顔に、見入っていた。

 黒魔道士は何でもないように立ち上がると、「お邪魔しました」とぺこり頭を下げる。

 それから自分の家へ消えていった。

「冗談じゃねえ……」

 ブランクは首を振り、溜め息を吐いて、顔を覆った。

「聖人君主かよ、ありえねえよ、そんなん……」

 俺はつまり……、ものすごい、醜い……自己中? でも、だって。

 俺だって、好きなんだよ……。

 

 

 

 

 午後三時に照り付ける太陽は本格的に夏のものである。梅雨は知らないうちに明けてしまった、というより、今年は梅雨らしいシトシト雨の日が少なく、半面台風が通り過ぎたりで、六月も六月らしくなかった、そのせいで、梅雨が梅雨とは感じられないうちに、夏が来てしまった感がある。ブランクとしては、日めくりカレンダーのペースの速さにちょっと焦りを感じてしまうほどだ。

しかし、黒魔道士の村は盆地ながらも、それなりに森の風が吹き抜けるため、空間がひずむような暑さではない。寧ろ清廉な小川の上を通り過ぎる風は、家々の窓にやわらかな涼風を吹き入れる。毎年この時期はうだってばかりいるジタンは、要するに一般よりも暑がりなのだ。ビビは半袖半ズボンという軽快な装い、ブランクはいつもの通りの半裸で、脳味噌まで茹だった結果素っ裸で机の上に寝そべるという奇行に走るジタンを、呆れた目で見ているのだった。傍らにはたっぷりと汗を掻いた紅茶が二つ並んでおり、琥珀色の液体が冷冽に揺らめいている。はなれたところには一つ、既に空になって久しいグラスが、そこにわずかばかり、解けた氷による水分をたたえているばかりだ。

 ジタンはアイスクリームを買いに行く余裕すらない。

 頬に髪の毛を貼り付けたまま、ジタンは起き上がった。ソファに座り、涼風に身を、思うようになでさせていた二人を見て、

「行水する」

 髪の毛を掻き揚げて言った。

「いちいち報告すんな。してろよ」

「……せえな」

 暑さのせいで不機嫌なジタンは不条理な舌打ちをして、机から降りた。食卓の上にはジタンの形に汗が染みついている。食欲をそそる匂いではあっても、不衛生なのは間違いなかった。ブランクは(もうどこに何があるか把握しているので)布巾を濡らして固く絞り、人型を拭き取った。

「ビビ、来いよ」

 全裸のまま、ジタンが尻尾で幼い恋人を招く。

「やだよ」

「やだじゃねえ。来い。お前だって暑いだろー、服着てたら。脱いじゃえ」

「みっ」

「おお、汗臭い」

「きゅ」

 抱えあげられてシャワールームへと連れてゆかれるビビに苦笑して手を振る。戸棚から煙草を取り出しすばやく火を付け、そとに向かって煙を吐き出す。

(ばしゃ〜んっ、どうだビビ、キモチイイだろ〜)

(やだやだやだやだっ、冷たいっ)

 幸せだなあ、だけど俺にこれ以上の幸せはないのだ。

 ブランクは小川の淵に添って植えられた名を知らぬくたびれ草を見つめる。吐き出した煙は、風に乗って室内に戻ってきた。

 自分が感じている、ジタンとビビにまつわる幸せは全て、「最高の幸せ」ではないのだなと、そう言えば最初から気付いていて然るべき事実だった。ジタンはビビが好き、ビビもジタンが好き、ここに一つの幸せの公式が成り立っている。そこに自分がしゃしゃり出て、幸せになりたいと願ったとき、ジタンがビビを好きでありながら同じほどの想いをブランクに対して注げるかと言えば。況やビビをおいてをや。自分がジタンとビビを、同時に、これほどまでに愛しい愛しいああもう尻に入れたって痛くないぞと想っていても、同様のキモチ同程度のキモチを抱いていてくれるかと言えば、それはまったく次元の違う問題で。熱くなった指先、煙草を捨ててくる。二人に委ねてしまった、ジタン、ビビ、ふたりのブランクの想いびとは、彼の手のひらのなかから消えた。元々は、確かにジタンなど、ブランクのものだったのだ。人目を忍んでとは言え、友達という建前があっても、好きなときにキスが出来た、愛してると言えばうるさいと言って貰えた、誰より濃厚なセックスをしたという自信がある、ジタンの身体が成長してゆくのを一番そばで見たという誇りがある。ビビに対しても、その心を一番最初に染めたという自覚がある、その裸を最初に見たという自負がある。しかし、ブランクは手放してしまった。それは誰の所為でもない、僅かなタイミングの差に過ぎない。そして、これは往々にして起りうることなのだ。偶然のなせる技なのだ。運

命なんかじゃない、そんな偉そうなもんじゃない、たまたま、だ。

 だからこそ、なあ。自分はあっさり身を引くべきなんだろう。ジタン、ビビ、幸せにね。俺帰るわ、そんな風ににっこりわらって、彼らが好きな俺で居続ければいい。これ以上、彼らの幸せを食らって生きていくことがどうして、彼らの幸せを呼び込もう。

 俺は、好きなの。

 お前たちは好きでなくていい、から。ぶっちゃけ、そういうこった。

 震えながらビビがブランクに飛びついてきた。

「ひどいんだよっ、ジタンッ、水っ、あたまからっ」

「ビビ、お前なあ、駄目だぞ十代のはじめからそんなひ弱なんじゃ。俺がそれくらいの年の頃にはなあ、乾布摩擦を毎日してだな、肌を鍛えていたもんだぞ。なあブランク?」

「覚えてねえ」

 手で、濡れた銀髪を拭ってあげる。

「冷えてるな。ビビ、服着ないと風邪ひく」

 ビビは肯く。しかし、ブランクの身体にへばりついて、離れない。

「お兄ちゃんあったかいね。ここにいたから」

「何だよ、せっかく涼しくなったのにまた。暖まってどうすんだよ」

 ブランクはビビの髪で肌が濡れるのを、かえって嬉しく思う。置き去りにされた自分だからこそ感じられる幸福なのだと、噛み締める。しかし、この幸せは一番にはなりえない。

 だけど、自分の腕は、ビビの裸の身体を、優しく抱きしめる。唇には意図していない優しい微笑みが浮かぶ。

「あたたかい?」

 肩を手のひらでつつまれ、熱を取り戻しつつ、ビビは細い腕を「兄」の首に回す。

「あったかい」

 ジタンが同様の幸せを得ることは、ない。ビビも。唯一、自分だけが、このポジション。だけど。

 ああ、何でだろ。

 嬉しいと、思えない、のは。

 しかし、幸せとは何なのだと、問われればジタンとビビにまつわらない幸せが自らの回りに、一体どれほどあるだろうと悩んでしまう。仮に将来、幸せが自分に訪れるとしても、それはどうしても、ジタンとビビが一緒にいなければいけないような気がする。だが、何度も繰り返すが、それは、ジタンもビビもブランクを一番として見ることはないから、ブランクの望む一番の幸せにはなりえない。となると、消去法、自分には「二番目の幸福」しか残されていないということには、ならないか。ブランクは、確かにまだ若い。三人の中ではいちばんの大人だけれど、まだ人生の半分も生きていない。今後、いくらだって幸せのポイントが切り替わることは考えられる。しかし、いま、この瞬間、これだけ大好きだと思う気持ちが、いくらか経ったところで失われたり、会ったこともない他の誰かに変わったりしてしまうとは、どうしても思えないし、思いたくない。

 幸せになりたい……幸せになりたくない。

「お兄ちゃん、煙草……吸った?」

「うん……。臭い?」

「んー……。僕、この匂い、好きだよ」

 ジタンにはしないようなキスを、ブランクにはする。ジタンからは貰えない穏やかな幸福をくれる人、「兄」として、慕うブランクにしか見せない部分を覗かせる。ビビの自覚のなかには、もちろん、ジタンが誰よりも愛しい大切だ、当然のごとくその気持ちがある。しかし同時に、「お兄ちゃん」に対しての甘い感情も抱いているのだ。それは、恋愛感情ではなく、家族に対して抱く、純粋で安定感溢れる愛情。自分が言ってしまうのもなんだけど……馬鹿なジタン、僕の大好きな、ジタン……にはない、確たる存在感が、ブランクにはあるのだ。初めて会ったときには解毒薬を、よく思い出せないけど飲ませてくれた、そ

のときの優しさは胸に甘い。例えばいまと同じ事をジタンにしたなら、馬鹿なジタンはすぐに僕がすっぽんぽんなのをいいことに、その、む、なんだ、いろいろ、してくるんだろう……いや、それも僕のことを好きでいてくれるしょうこなのかもだけど、とにかく、落ち着けない。お兄ちゃんは、優しく僕の髪

の毛を撫でてくれて、あたたかい。

 裏に、ブランクも同様、あるいはそれ以上の欲求を秘めていたとしても、それを見られないから、ビビはブランクに対して、「兄」としての愛情を感じていた。

 かつて、288号に対して抱いていたのと、ちょうど同じ形の想いだ。

「ビビ、そろそろ服着ようぜ。風邪ひいちまうし、後ろのヴァカが狙ってるし」

「……ん。お兄ちゃん、ついてきて。ひとりになるとジタン、いじめるから」

「いじめてねえ」

「ああ、わかった。一緒に行こうな」

 蚊帳の外の存在のジタンがむくれる。敢えて見ないでも、決して奴が自分を嫌いにならないと、解っている。そしてそれがちょっとした満足を生んでしまうあたり、自分は駄目だなと思うのである。

 ジタンも、同様だった。ブランクは頼りになる、ジタンが強い男だと思える貴重な存在、唯一と言ってもいい。それは、「唯一」自分を抱くことを許しているからという理由もある、どこか自分よりも大人っぽく、見えるような気が、する。かなわないなと、諦めてしまう。

 ブランクが、まさかビビを略奪するとは想っていない。ブランクはそんなことはしない。その信頼の生まれる場所は、長年の経験に他ならない。ブランクは、ジタンを、裏切らない、ジタンが悲しむことはたぶんしない。その信頼は揺らがない。ブランクがビビを抱いても、ビビの本心がというよりは、ブランク自身が決して本気にはなるまいと、信じているのだ。

「あんまり甘やかすなよ」

 ビビにTシャツを着せるブランクの耳に届いた。

 無理だって。

「涼しくなったから、昼寝、するか」

 ビビが肯く。ブランクは、ビビがまったく無警戒なのがまたちょっと痛く感じられる。抱き上げてそのまま、ベッドに寝そべる。身体の上にのせたまま、目を閉じる。ビビがイタズラっぽく、乳首にキスをしてくる。

 せめて雪が降るまでは、このバランスに俺のいることを、許してもらえますように。

 

 

 

 

 変わったのは季節だけじゃ、ない。

 ジタンはビビを抱きしめブランクはそんな二人をまとめて抱きしめブランクの二人の下敷きになった左腕がビリビリに痺れて声にならない声を上げながら覚める朝がずっとずっとずっと続いているそれはもう際限無く春を越え夏を越え秋をもいつしか超えてそれが三人にとっての「生活」になっていたのだ。

 体温掛けることの三ということで布団の中は特にビビは、暑いくらいに温かい。ましてや、毎夜繰り返す行為があって、それは熱を増幅させるもので、芯が冷めることはいつまで待っても無い。もちろん、その暑苦しさに幸せを見出せなかったら、さすがのビビでも「やーだよっ」と逃げ出してしまうだろうが、少年が自ら求める夜の回数も決して少なくないのだから、問題は解決しない。

 「ビビを抱く」以上に禁忌だったはずの「3P」。今は当たり前に。

 なあ、だって、楽だもんこの方が。ブランクもジタンも顔を見合わせて邪悪な微笑みを交わす。心に留めておくことがなくなったからか、ビビはより、悦んだ声をあげるようにもなった。

「……さみー」

 ジタンのかさかさに乾いた声が部屋に響いた。彼の肩だけ、布団の端から露出している。少し咳をしながら布団を引っ張って、肩に巻き込む。 ブランクが首筋を抜ける風に目を開けた。

「……んだよ……ぜえなあ……」

 なんだよ、うぜえなあ、そうもごもごと呟きながら、顎までかかっていた布団がいつのまにかなくなっていることに気付く。んん、と唸り声をあげながら、布団を引っ張って、身を縮めて首にかけた。

「……っ、もう……だぁ」

 翻訳不能の言葉を呟きながら、ジタンが目を覚ました。今度は白い太股が見事に露出している。ブランクに吸われた跡やビビに噛まれた歯形が付いていて、白いに妙な模様がついてしまっているが、締まった美しい太股に、隙間風を感じたのだ。両足で布団を挿んで、力任せに引っ張り寄せた。

「寒ッ」

 全身から布団を奪われたブランクが飛び起きた。

「おいコラそこのガキお前何してんだオタンコナス」

 目が覚めた直後のくせに回転数の高い舌でジタンを罵った。ジタンは頭から布団を被り、ビビを胸に抱いて聞こえない振りだ。ブランクはすぐに次の攻撃だ。布団を思いっきり引っ張って、ジタンから剥がし取る。身体に布団を巻き付けていたジタンはごろりと転がってベッドから落ちた。

「テメェ何しやがるチンカス野郎」

「黙れオラ布団とっとと寄越せこの仮性」

「一遍死ぬかこのウンコ」

「殺れるもんなら殺ってみやがれこのボケ」

 まさに罵詈雑言の嵐で、だけどこんなものは日常茶飯事で、最近はもちろんビビも止めには入らない。というより、いま、ようやくこっちの世界に意識を持ってきた。布団の中でううんと声がして、もぞもぞ動いて、邪魔そうに布団を退ける。

「……んん……、どうしたの?」

「おお、聞いてくれよビビ、今このアホがな俺が寝てるのにな布団取っちゃったんだぜ俺風邪ひくとこだったんだぜ」

「フザケんなテメエが先に人の布団の面積奪い取ったんだろうがビビ聞いてくれよ悪いのはこのツギハギ野郎なんだぜ」

「……朝から何でそんな元気なの……?」

 うううと目を擦るビビは、血圧が低い。

 二人にとっての王様であり神様でもあるビビが、ひとつ欠伸をして、両手をぱたんと広げた。

「仲良しがいいよぉ……、ね、仲良くしよう」

 可愛いビビに、ちょっと首を傾げてそんな事を言われてしまえばやはり何というかこう刺々しい気持ちなんて何で抱いていたのかわけ分かんなくなってしまう二人で。

 二人して、誘われるようにその細い腕に縋り付く。よしよし、ビビは満足そうに微笑んで二人の頭を撫でた。

「……ビビに免じて許してやる」

 同じ科白を、二人が同時に吐いたのを聞いて、ビビは幸せな朝を迎える。

 が、微笑みかけたのも束の間、両方の乳首を全く同じにぺろりと舐められて猫のような声を上げてしまう。

「なにぃ……?」

「んー……、いや、何」

ジタンが笑う、むきだしの太股をいたずらに触わりながら。

「せっかく朝なんだしさ……」

 ブランクも笑う、腰に語り掛けるようなキスを降らせながら。

「やーあ、何で、そんな、朝から、元気なのぉ? ばかぁ」

 二人のてのひら唇指先吐息言葉にイチイチひくひくと反応してしまいながら、ビビは早くも頬を赤らめて詰る。けれど、先程の馬鹿二人の応酬にくらぶべくもなく、迫力不足、寧ろ誘われているような錯覚を馬鹿二人に与えるのが関の山。

 二つの手が両側から、立ち上がってしまった白い性器を包み込む。

「ビビだって、なあ?」

「元気じゃん……。やっぱ男の子の朝はこうでなくちゃ……」

 片方の手が袋を弄り、もう片方が茎を撫でる。ビビにはもちろん、どちらの手がブランクでジタンなのかという判断はつかない。それどころか、無意識に腰を揺らして、また指摘されて赤くなる。

「気持ちいいんだ?」

「そりゃそうだろー、こんな美青年二人にされてんだから」

「俺も美青年?」

「一応な」

「嬉しいね」

 そんでもってこの子は絶世の美少年……。口の中でもぐもぐ呟きながら、甘い唾液をその唇に。ところがその唇の方が甘いのだ。

 雪の精のような肌の色だと、ブランクは思う。無論、頬は赤く染まっているし、寝不足で瞼もちょっとはれぼったい。それでもだ。それでも、この子は冬がよく似合う、と。

「っ……、何してんだてめ……」

「んー……」

 にゅるりとした感触に思わず唇を離してしまった。ビビの脆弱な肉茎を扱いているジタンの口が吸い付いているのだ。一人で二本の。何というかこう、ブランクにはそれが酷く淫猥で贅沢でゴージャスで破廉恥な真似に思えて、しかし少しく羨ましく思えた。

 まあいいやと、気持ちいいならいいやと、ビビにキスする。すぐに縋る腕が回されて、し甲斐がある。なあ、俺のこと好き? 俺のこと好き? 好き? そういった、弱い問いに、すごく強く、答えられているかのよう。

 「三人」が生活になった。「三人の生活」に、なったのだ。

「ふにぃ……っ」

 重ねた胸の奥のビビの心臓がリズミカルに弾んだ。その反応があんまりにも愛しくて、ブランクも、恐らくは同じリズムで弾む。

 同じ、大好きな人と、俺とが同じ、随喜の涙を零しそうなほどの感激を覚えるのだ。

「ぷっ……は……」

 噎せたような息をして、ジタンが二人の股間から顔を上げた。顔にたっぷりと精液を纏わせて、その光景は秀も愚もごたごたに混ぜられたもの。

 悪くない、っていうかイイ、だって俺の大切なジタンだもの。

「……すげ……。べとべと」

 ジタンは苦笑いしながら顔を手で拭ってその手を舐めて残った顔のをタオルケットの端で拭いた。精液臭い布団の原因はキサマかっ、とブランクは思い、そのボサボサの頭を撫でてやった。

「なによ」

「なんでもないわよ」

 ひくん、ひくんとすすり泣くビビを起こして、膝の上に載せて抱きしめる。

「もぉ、何で、こんな、朝からできるのぉ……? 朝やるの体に悪いって、お兄ちゃんが言ったんじゃん……」

「んー……、まあ、若いうちは平気だろ。なあ?」

 ブランクはぎゅううううと抱きしめて腹一杯に少年の匂いを嗅いだ。清冽な冬の匂いがする。

「おお、お前らなあ……」

 顔のべとべとを拭い終えたジタンが抱き抱かれの二人の前に仁王立ちになる。

「粗末なモン晒してんじゃねーよ」

「うるせーよ。……ビビ、してくれるよな?」

「……」

 頭を撫でられて、ビビは、まるでそれが自分に与えられた使命であるかのように、仁王立ちになったジタンの仁王立ちになったものの裏を舐め上げた。ブランクが優越感を含んだ声音で指摘したとおり、決して自慢できた類の物ではない、にしても、ビビは両手を添えて、恭しく丁寧に愛しげに、口で施す。

 ブランクからはその後頭部が動く様しか見ることが出来ない、それがちょっと残念で、また独占欲がくすぐられるのだ。しかし、後ろから手を伸ばして、左手でジタンの袋を、右手ではビビの茎を、弄るに止めておいた。お前たちは俺のもんだ、そうでなくても俺のもんだ、まだ覚めない頭の、冷たい部分で、そう呟きながら、指先の温かさを楽しむ。

 下から見上げるジタンの、気持ちよさげな顔は実際かなり悪くない眺めだ。ビビの顔を、眉間に二本皺を寄せた、見様によっては悲しそうにも寂しそうにも見える表情で見下ろしている。時折「あっ……」と目を細めて虚空に視線を投げる。

 イイ顔しちゃってさ。……俺がそうゆう顔にしてやったことを、忘れられて、幸せなことよ。

 三人が、二人と二人と二人の順列組み合わせ的小社会から、「三人」になった過程に、さしたる事件事故が有機的に絡んで運命の鎖がどうなってこうなって、といったことがあった訳ではない。あんまり気にしながらやるのも面倒くさいと、ジタンがブランクを誘い、ビビもそれに応じた、ただそれだけのことだ。

 幸せには、なった。

 だが、同時にブランクの中で、最後の砦のように、事あるごとに唱えていた「雪が降るまえに」が、決壊した。

 はじめて三人で絡み合った夜に雪が降ってしまったからである。

 そうしてその夜のビビは、それこそ本当に、雪の精がみっともない「俺の前に舞い下りてきたかのよう」に美しく、神々しく、ブランクの目には映ったのだ。「一緒がいちばんいい」と雪の精が「俺のほっぺたを包み込んで言った」、「一緒が、いちばん、幸せだから、三人一緒が……」一番良い、と雪の精は「俺の唇にキスをして、俺のアソコに触ってきた」。

 ジタンも最早何も言わず、優しい恋人を持った幸福に付帯する酸味に、笑うばかりだった。

「気持ちいいだろ」

「ああ……? ああ……、決まってんだろ」

「気持ちいいってさ、ビビ……。俺の指も気持ちい?」

「ん……」

 っていうか、……ジタンが、ちょっと見悲しそうな、泣きそうな顔でビビを見た。

「出してもいい?」

「……ん、……っ、駄目、まだ……」

「なんでよ」

 ビビはジタンから手を離して、青年の心を撃ち抜く上目遣い。

「俺、まだ一度もいってないんだぜ? お前たちは満足してるかも知れんけど……」

「満足してないよ、僕……、まだ、してもらってないもん……」

 そんな事を言う十三歳の子供は、見た目よりもずっと、淫乱でそして、純粋なのである。

「……入れて欲しいの?」

「……駄目?」

 あくまで純粋で、ご飯が食べたい、お水が飲みたい、そういう欲求と同じだ。

「じゃあ……、お尻慣らしてやろうな、ビビ……」

「ん……」

 膝の裡から立ち上がり、ベッドに、ぺたんと、猫のように、尻を持ち上げて四つんばいになる。半年前は恥ずかしがってしたがらなかったポーズも、何によってか出来るようになったのだ。

「……すげえ、いい眺めだよね」

 ブランクがジタンに囁く。

「今更気付いたんですかあなた」

「まっさか。ずーと前から知ってたですよ。……いや、ね、なんつうか……、うん、やっぱいいよなって」

 そうして屈み込んで、舌で以下略。指で以下略。その瞬間瞬間にブランクの胸に生じて満たしていく感情を書く紙幅はない。そして、それに律義に反応するビビの、泣きたくなるような言葉も。

「……じゃあ、交代」

「あいよ」

「……濡れ濡れじゃん」

「やかまし。早くどけ」

 我慢汁の迸りを笑って、ブランクはビビの顔の方に移動、さっきジタンが味わっていたような満足感を、もらいたかったのだ。

 何を言うまでもなく、両手添えてさっきのものより一回り大きな物を、口に。

 ああ、やっぱ、いいわ……。

「んー、んっ、っ、んんっ」

 ジタンが動きはじめた。

 抱き合って、幸せを感じる度に、ああ俺って駄目だなあ、そんな風に、ブランクは自分を責めずにいられない。共に在ることは俺だけが望んでいることじゃない、それは確かなこと、ビビもジタンも、俺が共に在ることを、望んでくれている。そしてそれが一番幸せな形であるということを俺は知っている。一人よりも二人が良くてそれよりも三人の方がもっといい、な? わかりやすい形。だけどな? だけど……、だけど、なのだよ。

 俺は、幸せになりたかったんだ。

「んんっ」

 ビビの口の中へ、精液を放った。ジタンとビビの終わりと、恐らくは同じタイミングだっただろう。二箇所で繋がれていた三つの身体がほどけると、手をつなぎながら、ベッドに呆然と転がった。そうして、今朝も寒いなと、呟いて、ビビに毛布をかけてやる。ビビは余韻にぽろぽろと涙を零しながら、二人の手をぎゅっと、握り締める。

 窓の外が真っ白い、雪が、降っている。

 

 

 

 

 三人揃って暖炉の側に座り込んで甘い紅茶を啜る、一緒に迎える最初の冬の幸福だ。アイムア、キングオブなしくずし。膝の上にふわふわのセーターのビビを載せればますます幸福の度合いが高まる。あったかいというのは幸福なのだ。そうして寒いというのはあんまりにも幸福とは言えないのだ。凍えるほど寒くて「ああ幸せ幸せ俺寒いのだぁいすき」なんて言えるか。寒いの好きでも寒いのは嫌な物だ。

 雪が降った後で思えば、自分とは何と、いい加減でダメダメで適当なんだろうと。

 聖人君主でもない俺は結局誰かと一緒にいる事でしか掴めない幸せに縋り付きました。

 だけど……、だけどっ、ブランクは女々しくも思うのだ。やっぱり俺には幸せになる権利があった。俺は我が侭を言ってジタンかビビか、あるいは両方を、自分だけの物にしてしまうことが許されたはずだ。簡単な話。どんな技だって使って。だけど自分はそれをしなかった、それだけで十分、褒められたもので

はないか。十ヶ月くらい散々悩んで、出した答えが結局これなのかということに、やっぱり少しの失望は禁じ得ないが。

 アイムア、キングオブ、なしくずし。俺の後ろに道は出来ない。

 そんな風に自虐する彼ではある。

 が、もうひとつの考え方も提示しない事は彼を自虐のリングに閉じ込める結果しか招かないから、ここに提示する必要があろう。

 ブランクは、彼自身が愛しいと想い、だから何より大切にしたいと、傷つくことなどないようにと祈る、ビビとジタンの幸せを最優先に考えた。考えなかったとしても、仮に、考えたと仮定する。

 ジタンは、ビビほどではなくとも、ブランクの事が愛しい。

 ビビも、ジタンほどではないが、ブランクお兄ちゃんの事を尊敬しているし、大切に思う。

 二人とも、出来ればこの人にいてもらえたらいいと考えていて、これは、全く持って事実に他ならない。ジタンがあのように憎まれ口ばかり叩いていても、結局の所、その言葉を存分に吐ける相手がいるという事を、甘えられる楽しさを、感じているからだ。

 だから、ブランク自身が自虐する「なしくずし」の決断も、決して貶されるべきものではない。雪の季節の到来と時を同じくして、三人で暮らす事の幸せを見つけられたのだから、時間がかからなくって助かったと喜ぶ権利すら、彼にはあるだろう。

 全ての人間が等しく幸せになる権利を有していて、それは誰かの幸せになりたい権利と重なる所があったからといって、叶わぬまま終わるとは限らないのだ。無論、自己中心的思考を肯定するゆえにこの論を振りかざすものではない。だが、自分無しに存在しているように見える幸福が、決してそうとは限らない事があるということ。

 三人の表情が緩みきっている。

「あー」

「んー」

「うー」

 ジタンがごろんと、カーペットに横になった。ぼんやりと炎を見て、それから寝返ってブランクの膝の上であたたまっているビビを見る。

 たいして眠たくなくっても、ごろんっ、てこういう風に寝るのって、幸せな事だよなあ。

 ブランクが膝の上のビビをしっかり抱いて暖めてくれているからこれが出来る。もしビビを抱いたままごろんってなったら、小さな身体を潰してしまう。

 間違っても口には出さないけれど……。

 俺はあんたがいてくれてよかったって思う。

 ブランクがいるからジタンは、あくまでビビを愛することが出来るのだ。それをジタンも大いに自覚している。ブランクはまるで気付いていない。言われたって否定するかもしれない。自分の存在が二人の生活の安定の一助になっている事など想いもよらない。

 自己中心的かもしれないけれど……、ジタンは思う。

 あんたがいてくれるから俺たち二人はとても幸せになる事が出来るのだ。

 一人よりも二人が良い、それよりも、三人、但し「子はかすがい」は削除だ。俺とビビは夫婦じゃないし俺とブランクも、ブランクとビビも。ただこのトライアングルにあるのは愛情のみ。生活のみ。

「なー……」

 むっくりと起き上がってジタンが言い出す。

「ごはん、どうしよっか」

 ビビの頭を理由もなく撫で撫でするブランクが首を傾げた。

「べつに……。ビビ、何が食べたい?」

 愛撫に心地よさげに半分眠っていたビビがぴんと目を開いた。

「……ごはん?」

 ちょっと蕩けたリアクションがあたたかな気持ちにさせる。

「そう、ごはん。何か食べたいものあるか? 何でも作ってやるけど?」

 お腹に回された腕に手を、本当に無意識に、重ねる。

「……なんでもいいや。ってゆうかまだそんなおなか減ってないし」

 青年二人は顔を見合わせた。

「んー……そうなん?」

「じゃあ、いっか……。まあ、考えといてな、何がいいか……」

 こっくり、ビビは肯いて、ふっと思い立ったように自分を抱くブランクを振り返った。

「ね、ちょっといい?」

 見返る顔が、表情が、普段と同じだから、やっぱり可愛く感じられて、ついつい微笑んで尋ねてしまう。

「どうしたん?」

「んー……。オシッコしたいから。トイレ行く」

「あー、行っといれ」

「うわ」

「……。行ってくるね」

「あー寒いわ寒いわ。アホだわこのオヤジやーね」

「黙り給え誰が親父だちんちんの皮も剥けてねえヒヨッ子に言われたくはない」

「へーんだ、残念でした剥けてますー」

「仮性だろどうせ」

 ビビはそそくさとトイレに歩いて消えた。

「馬ッ鹿、仮性の方がオナニーすんの気持ちいんだぞ、本で読んだんだ」

「ってかお前オナニーなんてする暇あんのかよ」

 幸せになるという事は、頑張るという、ただそのひとことに尽きると僕は思う。

 寒いトイレにいながら、二人の罵声が聞こえてくる。

 二人とも、僕の幸せの為に? 頑張ってくれていたんだと、そしていまも、頑張っているんだと、思う。 それはとてもとても、幸せなこと。

 そして、頑張る事が幸せを導くと、願う人の所に必ず、幸せはやってくるものだと僕は思う。だから僕はジタンもお兄ちゃんも幸せにならなかったら嘘だと思っている。って、言葉にすると、すごく自分勝手かなこれは。だけど、ぼくを幸せにしてくれた人たちが幸せになれないなんてそんなの、僕はないと思

う。

 お兄ちゃんはずいぶん、なやんでたみたいだった。ジタンと僕と、いっしょにいることが、悪い事みたいにかんがえていたのかもしれない。だけど、そうじゃないんだ。お兄ちゃんがジタンに、僕に、してくれたように、逆に、僕たちもお兄ちゃんの事を幸せにしなきゃいけない、そうできなかったら嘘だって。

寒々しいトイレからビビがぱたぱたと戻ってくる。何がどうなったのかわからないが、ブランクの股間に屈み込んで愛しげに舌を這わせるジタン。ビビはしばし呆然と立ち尽くすが、ブランクの、ジタンの、熱を帯びた表情を見ると、ひどく単純でだからこそ愛すべきだと自己分析する気持ちが胸に溢れてくるのを感じる。その感情は、本当に一言。

 あったかそう。

 ふかふかのセーターに身を包んでいても一人よりも二人の方が二人よりも三人の方が温かいのだ。

 そういうことを僕は知っていてそれはお兄ちゃんたちが教えてくれた事。

 そう、ビビは少し得意な気持ちになる。

「……いく」

「ん……」

 二人の幸せそうな様子を、じっと見つめていると、本当に良かったと。何が「良かった」のかわからない。ただ三人一緒に居続けられるということは、悪い事ではないように、何故だか信じられるのだ。なしくずしかもしれなくとも。お兄ちゃんがなしくずしてくれたおかげだから、と。

 ジタンが顔を上げて、ビビを見た。

「……なにしてんの、ふたりとも……」

「んー……んー。いや、あのさ、仮性とずる剥け、ビビはどっちのが好き?」

「ビビは剥けてるほうがいいだろ」

「いや仮性の方が好きだろ? だってビビ真性だもん」

「ビビのつるっつるの真性は可愛気があるけどお前の縮れ毛に仮性はださい」

「てな訳でな、どっちの方がいいか……。ビビ、怒ってる?」

 はー……。

 俯いて溜め息を吐く、弟を恋人を、二人は心配げに覗き込んだ。

「……さむいよ……二人とも」

「馬鹿おやじ、ビビ怒っちゃったじゃないかあんたが俺の方が立派だなんてパンツ降ろすからいけないんだ」

「何だとクソガキてめえが勝手に咥えてきたんだろうが」

「ビビ、俺は悪くないぞ悪いのは全部このオヤジだからな」

「テメ、ずるいぞ。違うんだぞビビ悪いのはこの仮性のチンカス野郎なんだからな」

 つい今し方まであれだけ愛し合っていたように見えたのに、掌を返したようなこの態度だ。もちろん、ブランクもジタンも、これが自分たちだけの共通言語であることは諒解済みのことで、ビビもそれにはもう慣れている。

 仲良き事は美しき哉、なのである。

 ビビは、むっとしたような顔を上げた。

「寒いっ、二人ともすっごいさむいよっ」

「だから……、ごめんて」

「ほれもっと謝れ手を付いて謝れ土下座して謝れ」

「なんで俺ばっかなんだよ」

「二人だけでやるなんて、ずるいよ寒いよ、それってすごい、寒いよ」

 子供らしく、二人に突撃した。体当たりしてジタンはすっ転びブランクは仰向けに。

「……あったかい」

「う……」

「ぐえ」

「……ねえ、三人一緒がいちばん、いいよ……。ジタン、お兄ちゃん……」

 俺の手にした幸せを誰が何と言おうと俺は手放したりするものか。さっきからずっと痺れっぱなしの両腕だがジタンはもう気にはしない。特にブランクの頭が無遠慮に載せられた左腕の痺れはもはや致命的なものになりつつあり、ブランクもそれを十分理解した上でなおも頭をどかさないから、放って置くことにした。この二つの大切な頭を俺は手放したりはするものか。右腕でビビがすうすうと柔らかなうたたねに入ってしまった事も、肉体の痺れではなく、精神の痺れを催させるだけのもの。

 アイムアキングオブ、なしくずし。ただ、愛しいと思う気持ちが俺の中にもビビの中にもブランクの中にもちゃんとあってそれがとても柔らかい三角形、角がどんどん削れていって、「輪」になっていくのであれば、なしくずしの「崩し」はその角を削るサンドペーパーの事だ。

 季節が巡った。

 一度、三人で過ごしたのならば二度目も三度目もあるだろう。ブランクはもうきっと、自分たちとずっと、たぶん、もしかしたら、ぜったい一緒。

 自分とビビとの幸せを支えてくれる。

 そうである以上は自分もブランクを愛そう。無論のこと。

 人間が、自分を幸せにしてくれる誰かを、幸せにしたいと願うのは当然の事。もちろん、ガイアに生きる全ての命が幸せに暮らせる事が一番望ましい。だから、そうであることを願いはする。だけど実際出来ることといえば、自分の回りにいる人たちが、幸せに暮らせるようにと、頑張る事に限られて来るのも仕方ない事。 遠い故郷の友達はどうしているだろうかな……。

 マーカスとかシナとか元気かな。時折来る手紙では、みんな変わっていなさそう。またマーカスが猫に懐かれたとか、シナがこっちのコーヒーを送って欲しがってるとか。会いたがっている、なんて恥ずかしそうな筆跡。

「なー……」

「んー……」

「……あんた、帰れよ」

「……どこに」

「リンドブルム」

「……別に構わんけど」

「俺らも……、ついてくからさ」

「あー……、いいよ一人で」

「ついてくからさ」

「……」

「ついてくからさ。行こうぜ」

 感覚を失っていた左腕から重さが消えた。途端、ありえぬほどに痺れていた事に気づき、ジタンは顔を顰めた。

 ブランクの目が唇をじっと見詰めている。

「……あったかくなったら……。春になったら」


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