もう、諦めたほうがいいのかもしれない。きっと人の嗜好ってやつは、ゴキブリよりも油汚れよりもしぶといものなのだ、そう考えて。
そして、「類は友を呼ぶ」と言う。恐らく俺もご多分に漏れずそうなんだろう、クラウドは考えた。バカの隣にはバカが来るのと同じように、好むと好まざるとの関わらず、ゲイの俺の隣には一日八時間以上、ホモの変態がいる――。
自分のことを単純にゲイだと認めたくない感情が未だに彼の中に存在していた。クラウドには「ゲイか、ノン気か」、その二つの間を分厚い壁が隔てているように思えてならないのだ。間違いなく前者であると自分でも解かってはいるけれど、それでも「そうだ」と認めることは快くなかった。後ろ指を差されるような気がしてならないのだ。そう考えることはもちろん、世間一般ザラに居て、そして決して妙な人間ではない彼らもしくは彼女たち(クラウドの知っている限り――この兵舎に住まう同性愛者は、基本的に良い奴ばかりなのだった)、そして自分の恋人とそれに等しいひとたちに対してのこれ以上無いほどの侮辱だと、解かってはいたのだが、それでもどこかで、自分は違いたいと思う我侭があるのも否めない事実だった。心も身体も、男の恋人に捧げているというのに、この感情はどこから生まれて来るのか――クラウドにはまだ、解からなかった。 バレンタインのチョコ選びの時もそうなのだが、本来女性がやる(と思われる)役回りをしなければいけないのは、かなり負担になっていた。自分は、恋人ザックスと同じ男であり、立場は対等のはずだ。しかし自分のしている事を振り返ると、ベッドの上では少なくとも、クラウドは女性的な役を演じなければならなかった。そして、「恋人同士」のすることはベッドルームから続く廊下にあるのか解らないが、自分が女性にならざるを得なくなる、クラウドは納得の行かないことが多い。バレンタインのチョコだって、「いっせーのせ」で互いに渡しあえばいいじゃないかと思ったりした、ベッドの上では擬似的に男と女かもしれないけれど、日常生活で女扱いされるのは我慢がならない。 と、想いながらも、ザックスの笑顔はクラウドにとって不快なものに、どうしても成り得ない。からかいを含んだ意地の悪い笑顔であっても、それはクラウドからしたらやはり、恋人の笑顔にほかならず、だからその笑顔を見たいと素直な心は思っているのだった。
そう考え、そのささやかな喜びを手にするためにするクラウドの努力は、健気と言ってもいいくらい純粋なものだ。ぶつぶつと文句を言いながらのことが多いにしろ、誰かのために何かをするということを、彼のマゾヒスティックな純情は、ことのほか好んでいた。
鏡に写った自分の姿に、大きく大きく溜め息を吐いた。
「…………」
ナルシスティックな考えを抜きにしても、中途半端に似合っているような気がするのがとても悲しかった。 事の発端は、ザックスのふとした一言だった。
「ああいう制服って、結構イイよなぁ」
先週の今日、場所は繁華街のファミリーレストラン。
タラコとホタテのスパゲッティーをペロリと平らげたザックスは、クラウドにニヤリと笑い「そう思わねえ?」と付け加えて聴いてきた。直接的に「着て欲しい」とは言わなかったものの、遠回しな訴えはクラウドにもすぐ分かった。その時は「興味ないね」と軽く受け流したものの。 この週結局三回もそのレストランに連れて行かれ、「イイよなぁ」を連発されては、根負けも仕方が無い。このあたりが自分の弱いところだろうなと、クラウドはもちろん重々理解してはいたが、この弱さを克服するにはまだまだ時間が要りそうだった。 クラウドは一昨日の昼休みにルーファウスの部屋を訪れて、いいアイディアはないものかと相談した。するとルーファウスは事も無げに、「使った翌日に私の元にその格好で着てくれると約束するなら、一式揃えてお前に贈ろう」と返答した。ルーファウスの元に訪れる必要が出来たとなるとその翌日にはセフィロスの元にも行かなければならない訳で、このあたりもやっぱり自分の弱さだとクラウドは反省するのだった。 そんな訳で、今日帰宅したらルーファウスから「愛を込めて」という便箋付きの荷物が届いた。中身は例のファミレスのウェイトレスの制服、女子社員用ネクタイ、靴、名札、それから女性用の下着に胸パット。
名札付きというあたり、ルーファウスも相当に凝るタイプなのだとクラウドは再認識した。口には出さないけれど、ザックス以上にルーファウスも、変な趣味を持っていると思う。まともなのはセフィだけだ、そう思いかけて、いやしかしセフィだって何だかんだ言ってこういうカッコ喜びそうだなと気付く。要は、男はみんな変態の素質を秘めているということ。
「……はぁ」
十四歳にはどうしても見えない体というのも災いしている。お蔭様で、普通の男が女装する時に気にすることをほとんど気にしなくても良いのだから。足の毛も髭も剃る必要無し……ちっとも嬉しくない。恐らくはルーファウスの趣味でつめられたのであろう短いスカートから伸びる足も、生まれつきの白さだし、訓練をあれだけ重ねても筋肉が付かない身体は胸パットのせいもあって、自分でも、「これじゃまるで女の子じゃないか……」
と呟いてしまう代物。風がスースー通り抜ける股下も何となく心許ない感じがするし、普段のトランクスよりもずっときつい女性用の下着は妙なカンジだし、胸パットを入れて着けているブラジャーという訳の解からないもののせいで上半身もどこか不自由な気がしてしまう。靴のヒールも高くて歩きにくい。仕方ないから、また溜め息を吐いた。
あとはザックスが帰って来るのを待つばかりなのだが、その後のことにしても気が重い。まずザックスは「うわっ、メッチャ可愛いっ、いいなぁ、やっぱイイ、似合うよお前」と素直なリアクションをし、そして「そんなカッコされたんじゃ、俺だってもう我慢出来ねえ」だのなんだの言って押し倒し、…そして後はもうどんなカッコだろうが関係無い結果になるのだ。
ザックスが嬉しいならそれでいい、…そう思う、その気持ちはとても真剣で、紛れも無い真実の気持ちだ。しかし人間だから、その真面目な想いに同居するいくらか自分勝手な感情も否めない。もっとザックスが変態じゃなかったらいいのに、と不毛な愚痴の一つも零したくなる。 もちろん、これはクラウドに問題があることだ。普通の人間であれば、まずクラウドにとっての「真実の気持ち」を行動に移すことはしない。互いの気持ちに折り合いをつけて、どちらも多少の不満を残しながらも満足という形を探るのが普通だ。あるいは、「不毛な愚痴」の割合がもっと大きくて自然なのだ。ところがクラウドは、二つの相当高いハードルを越えて、今こうしてウェイトレスの姿をしてソファに座っている。 クラウドの悪い癖――「求められたものには答えなければいけない」という勝手に設定してしまった命題――の根底は、そもそもの考え方が非常にバランスの悪いものになってしまっていることにあるのだった。「……はぁ」
そして、出るのは溜め息ばかりなり、だ。自分で自分の首を絞めている、それにすら、どこか喜びを憶えている。
鍵の回る音がした、ザックスが帰ってきたらしい。
クラウドを一目見たザックスのリアクションはと言えば、まさにクラウドの予想通りで、クラウドは正直げんなりした。「うわっ、マジ可愛いっ、……やっぱなぁ、俺の予想は当たるんだよ。絶対似合うって思ってたもん。なぁなぁ、その胸ってパット? パットだよなぁ、男の子だもんなぁ、あはは。でも、似合うなぁスカート、ちょっと短めだな。でもなんてーか、全体のイメージとしたら清純派?みたいな雰囲気あるよなぁ。あー、マジ可愛いんだけど」
一頻り騒いだあと、ザックスはソファにどっかりと座って、目の前にクラウドを立たせて眺める。「ホンット、最高だわ、クラウド……ありがとうな」
「……どういたしまして」
不躾な視線が恥ずかしくて、クラウドは眼を反らして応える。ザックスはクラウドと両手を握り、その少し染まった頬を見上げて訊ねた。
「その服どうしたんだ? まさか、自分で買ったの?」
「いや…、ルゥに、買ってもらった。あんたが先週ずっと騒いでたから……相談に行ったら、買ってくれた」
「へぇ……、るーちゃん、太っ腹〜」
「……でも、明日の昼来いって……」
「ってことは明後日の昼はおっさんとこ?」
「……ごめん」
苦笑してザックスは首を振る。彼ら、蜂蜜よりもクラウドに甘い恋人たちも、クラウドの悪いところを増長させる一因だ。
「こんな可愛いのに一人占めしたらバチがあたっちまうよ」
しかもクラウドはザックスのその態度に「嫌だけど、今夜はザックスの為になんでもしてあげよう」という気になってしまう。「……どう、すればいい?」
クラウドは俯いて訊ねた。恥ずかしいから、目は絶対合わせない。繋いだ手だって少し汗ばんでて恥ずかしいから、出来れば解きたい。「……んー、そうだなぁ……」
ザックスはクラウドの手を弄りながらしばらく考えてから、「そうだ!」と声を上げた。「なぁなぁ、そのカッコでさ、ビール注いでくれよ。冷蔵庫の中に入ってるから」
「……何でそんなことして欲しいんだ?」
「いいじゃん。せっかくウェイトレスさんなんだし」
「解かったよ」
「ちゃんと、ウェイトレスさんっぽく、丁寧にな」
「……解かったよ」
クラウドは回れ右して台所へと向かう。その後ろ姿を、ザックスはニヤニヤしながら眺めていた。クラウドのスカートの裾は本当にギリギリだった。ザックスは興味を持って、上体を屈めて覗くと、…淡いブルーのトランクスが覗ける。
(何だ。下着は男物かよ)
ザックスはち、と舌を打った。
クラウド自身はまだスカートというものに不慣れだから、簡単に覗かれてしまうものであるという自覚が無いから、全く気付いていない。対してザックスは、裾から除くトランクスがどうにも気に食わない気がした。
とはいえ盆にグラスと缶ビールを載せて歩いてきた姿には微笑みつつ、ザックスは注文をつけるのを忘れない。
「まず、お客さんの前まで来て。そうそう、そしたら、ごあいさつ」
「……こちら、ビールになります」
「そう。そしたらトレーを置いてグラスにビールを……ダメダメ、片手じゃなくて、両手で注ぐの。そう、OK。それから音を立てないようにグラスを置いて」
これらの注文に正直に答えていくクラウドの心中は、本人すらも「苛立っている」つもりなのだが、しかし穏やかなのだった。「そしたら帰り際に、『ご注文は以上で宜しいですか?』って聞くの」
「……ご注文は以上で宜しいですか?」
「棒読みじゃんか、それじゃあ。もっと丁寧に、笑顔忘れずに」
馬鹿らしい、そう想いつつも、やはりクラウドの内心はどこか、安らか。
「ご注文は以上で宜しいですか?」
よしよし、とザックスは微笑んだ。しかし、首を振る。「……え?」
「あと、……ご注文はお前の身体だっ」
「っ、うわっ」
片手一本で簡単に身体はソファ、ザックスの隣にぽてんと座らされてしまう。
「………ザックス?」
「ザックスじゃない、お客様、だ」
「……お、お、お客様」
ぎこちない唇が可愛らしくて、ザックスはビールを一口含んでウェイトレスに重ね、流し込む。
「……っ」
ビールが苦手のクラウドは少し噎せたが、何とか呑み込む。「すっげぇ、可愛いよ、お前。マジで」
「……ふ、っ」
ペロリと舌で耳元をなぞられ、そのまま囁かれて、クラウドは小さく身を震わせた。
さぁ、始まった……。「お客様にサービス、してくれるか?」
「……は、い」
クラウドは従順に頷いた。「じゃあ、俺のして?」
「……はい」
クラウドはソファから降りてザックスの前に座り、彼のベルトを外して、ジッパーを下ろす。まだ何もしていないのにザックスのそれはトランクスの中で強い力を持っていた。(何でコイツ、男が女の格好してるの見て、こんななってるんだ?)
訝しく思ったが、しかしクラウドはその事に、微かだが感じて、手を添え先端をそっと口に入れた。仕事帰りで着替えてもいなければシャワーも浴びていないザックスのそれは汗のような匂いがしたが、そのことは何気なく、一層クラウドをその気にさせた。ザックスが欲しがったカッコをしてこういうことをしている、ザックスはこれもまた望んでいたのだろうから。
「んん、……いいぞ。もっと、根本の方まで、して」
言葉に従い、喉の奥までザックスを咥え込む。
(……俺なんでこんなことしてるんだろう)
などと考えてはいけない。理由は、ザックスのため、マゾヒストな自分のため。「……んっ…、っ、イイ……、いくから……、全部残さず飲めよ」
頬を窄めて吸いながらクラウドはこくんと頷く。深々と男性器を咥え込む淫乱なウェイトレスの格好をした自分の恋人に、ザックスは胸の奥が完全に痺れきったのを悟り、引き金を引いた。生暖かい口の中で激しく震わせて弾き飛ばした。普段はどちらかといえば棘のある口もこんな風に従順すぎるくらいになるのだと、ザックスは内心で優越感を覚える。
「……飲んだな。…偉いぜ、ウェイトレスさん。…ちゃんと拭いて、おしぼりで」
生臭い口の中を気にしながらも、クラウドは床にへたり込み、要求通り、口にしていたザックスを拭うしかなかった。
けれど……。これでとりあえず、ザックスの要求には応えた…。妙に満足している自分が不思議だった。
しかしザックスの目には、そのへたり込んだ姿が非常に興味を引くのだった。抜いたばかりにも関わらず。 まだスカートというものがどういう性質なのか解かっていない。正座が崩れたような格好、尻を付き、膝から下は外側に広げてある。艶めかしい太股が覗ける、幸運なことに、ギリギリのところでトランクスの裾は見えない。
「……ねぇ、ウェイトレスさん?」
「……はい?」
「……スカートの中、見せてくんない?」
ザックスが変態だということを、クラウドはもちろん十分理解しているつもりだった。だからこれくらいの事でいちいちムキになっていてもキリがないのだけれど、
「今してやったのに、……なんだそれ」
と、言ってしまう。到達前のザックスの興奮が冷めたのと同じく自分も冷めたのだ。もっともザックスは太股効果で、またすぐ臨戦態勢に入りつつあったのだが。ザックスはクラウドの言葉を全く気に留めずに、「あれぇ? サービス第一じゃないの?」
さらりと言って退ける。一瞬の躊躇がそのまま白旗のサインだ、クラウドは悔しそうに唇を噛み締めて、立ち上がる。「自分で捲れよ。お客様の手ぇ煩わしちゃいけないだろー」
「ヘンタイ」
「お客様にあんまシツレーなこと言うなよ」
クラウドは言い返せないまま、はぁ、と溜め息を吐き、片手でスカートを捲り上げた。色気の欠片もない。トランクスに、ザックスは大袈裟な溜め息を吐いた。
「お前なぁ、せっかく可愛いカッコしてんのに、その下着はねーだろぉ。るーちゃん、女の子の下着くれなかったのか?」
クラウドはそっぽを向いて、一言。
「くれなかった」
「嘘付け。るーちゃん、こういう事すっげぇこだわるからな。それに、明日『同じカッコで来い』って言われてんだろ?貰ってねぇハズがねぇよ。素直に出しな。出さねぇと……」
完全に読みが当たっているザックスに、しかし表情を変えないように努めていたクラウドだったが、
「……わかったよ」
と答えた。自分のことはしょうがない、今は二の次だ。今日はザックスのためにこの格好をしているのだから。
クロゼットから、クラウドが持ってきた下着は、薄いピンク色の、割合にオーソドックスな下着だった。ルーファウスはこういう所もこだわがあるらしい、普通のファミリーレストランのウェイトレスがそんな過激な物を穿いているハズが無いという推測に基づいている。「おお、可愛いじゃん。絶対お前これ似合うって」
「うるさい」
「んじゃぁ、これ、穿いてよ。な? ……せっかくるーちゃんにもらったんだし、いいだろ?」
「……俺、さっき口でしたじゃないか。…それで終わったって… 」
クラウドは不機嫌な瞳でザックスを睨む。その目は当然の如く「この変態……」という怒りが篭っている。だけど自覚しているからザックスは痛くも痒くもない。「穿け。それで俺が感じるかどうか、したくなるかどうか、解かんないだろ? 今は単純に、お前が女の子のカッコしてるのが見たいんだって」
結果は一つしかないと、目に見えていた。「……あ、あんまりジロジロ見るなよっ」
クラウドはくるりと後ろを向き、トランクスをするりと降ろした。露になった白い尻にザックスはニヤリと笑う。クラウドはトランクスから足を抜き、続いてピンク色の下着に、少し躊躇ってから、前後を確認して、足を通した。ぴったりと身体に密着する下着に覆われた尻に、ザックスは普段とはまた違う欲求を覚えていた。
クラウドはザックスに向き直り、裾を抑えた。十二の年からトランクスしか穿いてこなかったクラウドはやはり、そのピンク色を本番で穿く気にはなれなかったのだ。だからトランクスに穿き替えていたのに、ザックスは……。
「捲れってば。隠してたら意味ないじゃん」
「……馬鹿」
クラウドは目を逸らして、さっきとは違いそろそろとスカートの裾を、両手で持ち上げた。もちろん恥ずかしいから時間がかかってしまうのだが、ザックスは焦らされているような気がして、悪くないと思った。
「んー? ちょっと立ってないか?」
「た、立ってないっ」
「嘘つけ。女物ってピッタリしてるからすぐ解かるんだよな〜」
そう言ってザックスは手を伸ばし、下着ごしになぞる。
「嫌……っ」
「イヤじゃない。熱いな……。女の子のパンツ穿いて感じてるんだ?」
嘲笑しつつ、もう片方の手を股の下に滑らせる。布ごしに肛門を刺激されて、クラウドは何処か不満気な喘ぎを漏らす。「……い……やあぁ」
「下着の上からでも解かるな。ケツの穴、俺のこと欲しがってる」ザックスのイヤラシイ科白に、ふるふると首を振り、
「……やだ、こんなの……やだ」
と言いつつもしかし、気持ちいいものは気持ち良い。クラウドの声が十分に色っぽくなったのを確認して、ザックスは指をクラウドの茎の裏側に往復させた。既に先端の部分から滲み出ている蜜が小さな染みを作っている。女性物の下着、本来有り得ないところに出来た染みがザックスを妙に楽しませた。
「はぁあ、ぁんんっ」
クラウドは、「このままイッたらいけない」と思いつつも、ザックスが与えてくれる緩やかな感触に呑み込まれつつあった。両手で、持ち上げたスカートの裾をぎゅっと握り、股の下を弄るザックスの指を内股になって貪欲に欲する。「いけない」、そう解かっているのに、波を止められない。女性用の少しきつい下着もまた、性器に快感を与えていた、どこか、締め付けられているようで。
「ウェイトレスさん、俺の隣においで。……四つん這いになって…そう、で、お尻高く上げて?」
震えながらも、従順なクラウドは、尻尾の根本にちょっかいを出された猫のように尻を高く上げた。身体に密着する下着のラインは、クラウドの尻の描く魅力的な輪郭をそのまま表現していた。ザックスはやはり下着の上から、肛門を探り当て、指で擦った。
「あ……ぁっ」
ぎゅっと締め付けても、布の上からだから意味の無い動きだ。これほどまでに自分を求めるクラウドが、ザックスは嬉しかった。やっぱりコイツ、俺のこと愛してんだなぁ……、そう思うと、ぎゅっと抱きしめてメチャメチャにキスしてやりたいような、そんな優しい気持ちが溢れる。
しかし同時に、攻撃的な心がまた少し勢いづくのも事実だった。今度は布の上から肛門を舐める。細かい繊維が舌に付くけどその辺は我慢だ。クラウドの肛門から袋の裏側にかけて、丹念に舐め、下着を濡らしていく。この中途半端な快感にクラウドが音を上げるのを待っているのだ。 やがてザックスの期待通り、クラウドは自分から尻をふりふりと揺らし、切なげな声で求めてきた。「も、やだ……、そんなの、やぁ……」
「んー? ……お前にこれ似合ってるから、勿体無いような気がしたんだけど。……それとも何、いっつも、舐めると怒るくせに、今日はしてほしいわけ?」
「い、いじわるしないで……、ザックス……、直接が、……いい」
濡れた声で懇願されて、ザックスは「はいよ」とすんなり受け容れる。下着を指でずらして、欲しがっていた所に欲しがっていたものを。「あ、あっ、んっ、ふぅ」
ザックスの舌を求めて、クラウドの括約筋は震え、触れるたびにきゅうっと締め付ける動きを見せる。そこにさらに指を押し入れ、周囲を舐められ、クラウドは思う存分鳴き始めた。
ザックスは、こんな風に狂ってしまうクラウドが好きだった。別に女装してなくてもよかったのだが、今日はまた、違うバージョンということでいい。とにかく、自分のことをこんな風に、壊れてしまうほど欲しがっているクラウドを見ると、ザックスは幸せになった。
(こうでもしなきゃコイツ、俺のこと欲しがってくんねぇもんなぁ。この浮気症)
ザックスは内心で小さく溜め息を吐きつつ、クラウドの後孔に施し続ける。理性の殻の中に、裸になって自分を求めてくれるクラウドがいることを知っていたから、ザックスはクラウドをこういう風に狂わせたがる。
しかし実際には逆だ。クラウドの中にももちろん、十四歳なりにセックスの快感を欲しがる部分はあった。だが一番欲しいのは、単純にザックス、そしてセフィロスたちと、何となく一緒にいて、食事をしたり、テレビを見たり、笑いあったりする、穏やかな時間なのだ。セックスはそのうちの一要素だけでいい。そういう時間が楽しくて、そういう時間を楽しくしてくれるザックスのことこそ、好きなのだ。言葉には、出せないけれど。いつも「愛してる?」と問われれば「愛してない、馬鹿」と憎まれ口を叩いてしまうのはもちろん嘘なのだが、セックスしている最中に、何の理性もなく「愛してる」と言うのもリアリティに乏しい気がする。
ザックスにとっては、どんな形であれ「愛してる」というクラウドの口から溢れる事実が、重要だった。
今日も、言ってもらおう。
ザックスの右手が、前に回る。
「あっ、やだ」
クラウドは思わず身を捩った。
「なんで」
「……パンツ……、汚れちゃう、から」
「……もうイキそう?」
「いき……そう。……だから脱いでから……」
クラウドの言葉に、ザックスは動じなかった。「どうせもう、ガマン汁が染みちゃってるよ」
「っ……だったら、もう、汚したくないから……」
「だーめ。……いきたくないなら、もういかせてやらないぜ」
「……ざ、っくすぅ……」
泣きそうな声で言うクラウドに、「愛してるよ」とヒトコト。
再び、愛撫を再開する。左手で尻の中をぐりぐりと擦りながら、右手では下着の上から茎の裏側を撫でた。クラウドの性器はピクンピクンと激しく震え、甘い声を上げると、そのままザックスの指を締め付けて、下着の中に射精してしまった。
「あぁぁ、ぁっ……」
クラウドはくったりと状態をソファに寝かせ、はぁはぁと甘い息。ザックスが指を抜くと、ふるっとまたひとつ身体をひく付かせた。自分で股に手を伸ばす。じっとりと濡れた感触、下着の前にベタベタする染みが。
ザックスに仰向けにされ、隠した手を退かされる。
「やだ……、見るなよっ」
「…お漏らししたみたい、なんか、ちょっと犯罪的なエロさあるんだけど」
からかい口調でザックスが言う。
「嫌だ、言うな、そんな」
「言い訳すんなよ。パンツ脱ぐの間に合わなかったくらいによかったんだろ? 俺もそんなキチクじゃねぇし、もうちょっとガマン出来たら脱がせてやるつもりだったのにな。恥ずかしいウェイトレスだなぁ……、クラウド?」
放たれた熱い蜜は下着の中で自分の茎に纏わり付く。また、べったりと濡れた下着の染みは中で精液が垂れたせいで、陰嚢のあたりまでに広がってしまった。股下も、先程ザックスの舌で濡らされているし、本当に失禁してしまったかのような恥ずかしさを覚える。
「ほら、パンツ脱がなきゃ。いつまでもそんなカッコ……いや、してたいならしててもいいけど」
クラウドはザックスの悪趣味な言葉に、自分から下着を下ろした。普段は頼んでも自分から下半身の裸を見せてくれるようなことは滅多に無いのに、今日はこれで二回目だ。クラウドの幼いながらも激しく大人を主張するそこは下着よりもピンク色で、白い粘液をたっぷりと絡ませ、小刻みに震えていた。
「じゃあ……どうしようかな。俺もお前にしてるうちに、またしたくなってきたよ。……お前が悪いんだからな? そんな、可愛いカッコするから」
クラウドが嫌いな卑らしい科白を言って屈み込み、精液に塗れたクラウドをひと舐め。反抗される前に覆い被さり、今度は唇を舐め、隙間にそのままねじ込む。そして、深いキスを。自分の味にクラウドは抗おうとしたが、ザックスの右手が濡れた性器に絡み付いたため、それは一瞬手を相手の額に当てただけで終わった。ザックスの唾液が、自分の精液に混じって口の中に流れて来る、余裕が無くなってそれを呑み込む、一瞬苦しい、けれど、それは快感。下半身でゆるゆると刺激されて、クラウドは再び感じ始め、ザックスの手が停まると自分から腰を動かして感じようとする。
「クラウド」
ザックスは苦笑いして、無意識の運動をしているクラウドの頬を、左手でそっと撫でる。流れた汗と、涙で濡れているそこを優しく拭う。「クラウド、俺のこと欲しいって言って?」
「なんで……」
「いいじゃん。……理由はない。聞きたいんだ、言ってよ」
ザックスはクラウドが摺り寄せる手を退かした。快感を失って、クラウドは思わず素直に、言った。その瞳に宿っていたのは、愛情というよりは、欲情。ザックスはそれで十分だったが。クラウドの中にはもう、ザックスの為のこととか、愛してるとか、恋愛方法の悪癖とか、そんなことは存在していなかった。再び立ち上がってしまった自分を思いきり扱いて欲しい、肛門の中を同じもので掻き回して欲しいという欲求の方が高まっていた。 それが転じて「愛してる」になっても実際には構わない、ザックスはそう考える。「欲しい。……ザックスが欲しい」
再び、手をクラウドにかける。「俺もクラウドのことが欲しいよ。俺のこと好き?」
「……好き……」
「そうか。じゃあ、一緒になろ。な?」
「……ん」
ザックスは耳の奥ではっきりと、心臓が踊る音を聞いた。
汚れた下着を脱がせ、足を広げさせる。腰を進めて、入口に押し当てた。クラウドがか細い声で鳴いた。「……なーんか、すっごい興奮するなぁ。スカートで、ちゃーんと胸があってさ、でも思いっきり勃起してるモノがあるし。……最高」
クククと笑って、ザックスはその細い体を穿った。「んっ……」
「どぉ? クラウド、俺の、どうよ」
膝立ちでクラウドの背中を持ち上げて、重力にも頼んでクラウドを抱く。クラウドはしがみついて、ザックスの耳元、掠れた甘い声で呟く。「いい……、ザックス…の、気持ちい……」
「そっか。俺のこと愛してる?」
「……あい、してる」
自分の抱いている感情からすれば、言葉は何の意味も持たないまやかしだと互いに感付いてはいる。けれど欲しいという気持ちは「愛しているから」という理由が付かなくもない、クラウドはザックスを、セフィロスを、ルーファウスを、ザックスはクラウドを、間違いなく愛している。そこにある自分と相手の度合いを、ほんの少し間違えているだけ。普段はふたりとも、とても優秀な恋人だ。たまにこうなってしまうというだけ。 今は何も考える必要はないと思われた。「あ……、っ、あっ」
クラウドは再びベッドに横たえさせられると、自ら右手で性器を握り、扱き始めた。ザックスも、ひとつ息を吐くと、ぐっと腰を引き一気に突く、往復運動を開始した。クラウドの扱く所と、接合点から漏れ聞こえる粘っこい音に恥ずかしさではないものを感じ始めた時、そこにあるのは何かと問われれば、自然と口から溢れて来る。
「あ……いしてるっ、……ザックス、あいしてるぅ……」
「俺も……。お前のこと、だれより、一番……愛してる。好きだぜ……クラウド……ッ」
空いた左手をクラウドがおずおずと伸ばす。ザックスが右手を差し出し、指を絡ませる。 愛、は言い訳。 けれど言い訳でも成立するのであればそれは確かな価値を持つもの。とりあえず、それが最大の原因で、それなりに「強い」ザックスがクラウドと同じ程度の速さで到達出来る程の。
「いっ、い……あぁんっ」
「ッ……ッ。あっ」
「ベタベタになっちまったなぁ、制服。お前明日、そのカッコでるーちゃんトコ行くの?」
「……しょうがないだろ、約束しちゃったんだから」
「……んー……。でも、あれだな、そういう匂いした方が、るーちゃんもコーフンするかも知れんしな」
「……パンツだけは洗わないと……」
「あー。あとで俺が洗っといてやるよ。お前寝てていいから」
ザックスはクラウドからまだ何となく湿っぽい下着を受け取り、湯を張った洗面器に浸けた。手でゴシゴシやりゃオチルだろーと思って。
「これ、俺の思い違いだったらゴメンな」
そう前置きをして、ザックスはクラウドに新しい(ちゃんと男物の)下着を渡して、聞いた。
「今日、お前さ、なんかいつもより素直じゃなかったか? ……いっつも、もっとすごいじゃん、蹴っ飛ばしたりするじゃん。何かあった?」
クラウドは答えない。するりとトランクスを穿いて、ひんやりした布団の中に滑り込む。
「……クラウド?」
「……あんたがして欲しいって言ってたカッコしたからだよ」
クラウドは向こうを向いて、少しいじけたように言った。
「どーゆーこと?」
ザックスは首を傾げた。
「今日はあんたの言うこと聴いてやろうって思ったんだよ。明日はルゥのとこ、明後日はセフィのとこ行くし……、最近、あんたのこと蔑ろに、してたから」
「ないがしろ? されてたっけ?」
「……そう思ってないなら助かるけど」
セフィロス、ルーファウスという新しい恋人もどきが出来てから、明らかにザックスとふたりでいる時間は減った。以前は朝から晩までずっとザックスと共に(望まずとも)いたクラウドだったが、最近は昼休み必ずルーファウスの部屋に行き昼食をとることにしていたし、訓練が終わるとまずセフィロスの部屋に行き、そこでシャワーを浴びてしばらく休んでから、帰宅するという生活。三人の「好き」という気持ちに均等に応えなければいけないと信じ込んでいたからこういう形になったわけだが、その肉体にかかる負担は大きかった。ルーファウスは毎週月曜日と金曜日、必ずクラウドを欲しがるし、セフィロスも十日に一度はクラウドを抱きたがった。それに加えて毎夜の如く身体に触れて来るザックスと同居しているわけで、それはかなりの苦労だ。しかたなく、夜のザックスにはなんとか我慢してもらい、その分、一緒にいる時間の割合がザックスに比べて少ないふたりの要求にはできるだけ応えるようにしていたクラウドだ。
「ああ、そうか。でも俺は他のふたりの見らんない、お前の寝顔とか見てるからいいや。お前に手料理食わせたりとか、アイツらにゃ出来ねーだろ?それに、お前が本気でキレるの、俺に対してだけだしな」
汚いやりかただと思いつつも、クラウドがそうやって努力するのをやっぱり停められないザックスだった。そんな自分が一番、キタナイ。るーちゃんと旦那よりも愛してるって言われたい。その本音は本音として、ここにある。この体が信じられないほど強くクラウドを求めることで証明出来る。その気持ちが嘘でなければ、構わないと思う。
「オツカレサマ。今日はありがとな」「……別に」
「じゃあ、パンツ洗ってきてやるからさ。……おやすみ」
あっち向きの頬に口付け。これだって、俺にしか出来ない。
翌朝のダルイ感じ、何となく訓練をサボりたくなる気持ち、人間より布団に恋をしている朝の数十分、ザックスが洗って乾かしてある女物の下着、頭が痛くなる。「よぉ。メシ、出来てる」
半身を起こしたクラウドに、朝刊のスポーツ欄を熟読していたザックスが声をかける。
「るーちゃんトコ行かなきゃいけないんだから、ちゃんと食ってけよ」
「それでいい」と思っているザックスとルーファウスと自分を「それでいい」と思うことは意外に簡単。好きという気持ちがあれば、恋人にしてしまうのは、とっても簡単。
「なぁ……、るーちゃんとセフィロスが済んでも、あの制服捨てたりすんなよな」
「……ああ?」
「……またいつか、着てよ、あれ。気に入っちゃったよ、すっげぇ可愛いんだもん」
「……うるさい」
下半身が疲れてる。 人の思考は解からないし、人の嗜好は変わらない。ザックスの好みを永遠に解れないクラウドは、しかしやっぱりたまに、昨日のように、欲しいというモノを全てあげたくなってしまう、短絡的な思考の持ち主。言葉をうまく言えないからと実力行使、自己犠牲と言えば聞こえはいいが、実際かなりの面倒くさがり。
「……まぁ、いつか、な。覚えてたら」
鞄に入れる、少し汗臭い制服、浮気症の自分を肯定するもうふたりのために、また少し身体をいじめる自分。そして、傷付かない恋人たち。 自分の嗜好も、よく解からない。
ホモだろうが何だろうが、恋人が居て、その恋人が自分の女装した姿を見たいというのであれば、それは何でもいいくらい簡単な、愛、だ。
それに、冷静になって考えてみれば、ザックスに女装させるより、こっちのがまだマシだとも思うし……。元々平等なんかじゃなかったんだ、そう考えれば気も楽だ。
俺はザックスと、セフィとルゥの――女。
ちょっといや、でもイイ。そういう嗜好を認めよう。