すぱーきぃ、

 セックスするの、つまんなかったらやらないよね。……破裂しそうなくらい恥ずかしくっても、後始末が大変だったとしても、裸になって大好きな人と肌を重ねて気持ち良くなることが心から「楽しい」って思えるから、したくなるんだ。

 「大好き」ってそういうこと、「愛してる」って、そういうこと。ぼくがライさんのお嫁さんで、リュームのお母さんで居るってことは、つまり、そういうこと。

 

 

 

 

 父として在る、夫として在る、十代半ばを僅かに過ぎたばかりの少年に過ぎなくとも、ライは一家の大黒柱としての責任がある。ルシアンを妻とし、リュームを子とするこの関係を、「家族ゴッコ」などと呼ばせないために、そしてルシアンを自分に委ねることを許してくれたテイラー=ブロンクスに報いるためにも、背筋に一本男気を通して日々を働くのである。従ってライは体調を崩すことはまず許されないし、そうそう昼寝だって出来ない。小さな身体は元々丈夫に出来てはいるが、それ以上に気合の問題だ。だって夜まで凌げば、寝る前に世界で一番甘酸っぱい身体をした二人の「恋人」を抱けるのだから。

 その日は通常のディナーの時間帯が終わった頃になって、「ライさんどうしよう、新しく三名様……」。

「あー……、飯は?」

「まだだって……」

「断っちまえばいーじゃんか、もう遅えし」

 皿洗いを終えて丁度いま、座ったところだった。太腿から膝にかけてじぃんと通る血の酸味を感じる。ただ、あと五秒も座って居たら其れだけで多分、ダメになる。

「いいよ」

 勢いをつけて立ち上がり、んー、と背伸びをする。

「いいのかよ」

 案ずるように見上げるリュームの三白眼に、ニィと微笑んで、

「どうってこたねーさ。……まあ、どうせこんな時間だ、大したメシが出てくるなんて思ってねーだろ? だからそんな手間もかかんねーで、でも一泊二日の金はとれんだ」

 ぐしゅぐしゅ蒼い髪を撫ぜて、

「ルシアンが戻ったら、風呂入れてもらえよ。で、先に寝てろ」

「ライ」

「んー、今夜は『おあずけ』だ、おれもおまえもな」

 菓子のような手触りの強い髪に唇を当てた。くるり背を向けて厨房に入る、この背中がせめて頼もしいものであって欲しい。短からぬ時間を三人で、「家族」の形で過ごしてきたのだ、少しぐらいは身に付いていて欲しい、……父親もどきではなくて、きっと「父親」の自分で在りたい。

 そしてライは、「大したメシ」を出した。材料を一から切り出して、腹を空かせてやっと投宿した行商の家族連れに、値段の割りには豪勢と言えるディナーを披露した。キッチンを片付けて明日の朝の支度をして灯りを消したときには、もう普段は眠る時間に差し掛かっていて、一人で浴室に入りリュームと二人で木を切り出して作った椅子に裸で腰掛けた時には、

「……あー……、疲れた」

 普段は口にしない言葉を、思わず零す。

 ああ、ルシアンと、リュームと、今夜もやりたかったなあ。素直に言えば、そうなる。元々、格好は付けないライであり、自分が二人を困惑させうるほどの変態であることも判っている。格好付けたところで大して美人になるわけでも無いわけだ、美しさ愛らしさは二人に任せて、自分は只の変態で十分だ。

 性欲に関しては、そう決め付けているが他方、日々の生活に在っては幾分違う。格好を付けたいというよりは、付けなければならないと。いつでも元気で「変態」と呼ばれるくらいに性欲旺盛なおれで居なければいけないと、ライは常日頃決めている。

 湯船に浸かると、溜め息が溢れ出た。そういえば一人で風呂に入るなんていつ以来だろう。いつだってルシアンとリュームが一緒に居て、暑い暑いと文句を言うリュームにちゃんと肩まで浸からせることに頭を使うし、三人揃って浸かるためには膝を抱える必要だってある。決して狭い家族風呂ではないにせよ、こんな風に足を伸ばす機会はさほどない。

 それにしても、だ。

 それにしたって、三人で入るほうが気持ちいい。

 あいつらがせめて、「そう思わないこと」を願って、少し、眼を閉じた。十秒か二十秒か、或いはほんの五秒もなかったか、

「……ダメだ、此処で寝ちゃ」

 肩をピクンと震わせて目を開けて、ごしごしと湯で顔を洗う。それから、じ、と自分の性器を見下ろす。性毛を備え、包皮も剥けている。サイズはそう大きいとも思えないが、一応輪郭だけは大人のものになった、自分の。

 どうすっかなあ、と、思うわけだ。

 良い子のルシアンは、リュームをもう寝かせているだろう。「ライさん今日は疲れてるだろうから」と口には出さずに、そしてリュームもあれで十分過ぎるくらいに聡明な子供だから、素直に従って眠るのだろう。ライの眠るスペースをちゃんと確保した上で。

 そんなベッドに、自分もまた素直に潜り込んで、一瞬だけ目を覚ました二人に口付けをして、おとなしく眠る。それがベストだと、判ってはいるのだが。

「……んー……」

 セックスをするのが習慣のようになっている。依存しているのかと言われれば実際、そうかもしれない。元々ライは幼少期より一人で仕事をする時間が長く、夜眠るときも一人であったから、妄想に頭を働かせる時間がずっと多かった。精通しオナニーの快感を知った時期だって早い。いま、心底から愛せる相手二人を傍に置いて、一日に一度、或いはそれ以上のペースでセックスが出来るということはこの身を、生を、充足させるという点においては決して欠くことは出来ない。

 ただ、眠ってしまった二人を起こしてまでするべきではないということも、判っている。仕事量にすればリュームとルシアンはライには及ばないが、その分二人の身体は自分よりも弱いのだ。夜毎のセックスが彼らにとって負担でないはずがない。いくら朝に自分よりも一時間以上はゆっくり寝かせてやっているとしてもだ。

 ……いいや、しちまえ、此処で。

 と、思い決めて、いつの間にかまた閉じてしまっていた眼を開けたところで、浴室の扉の向こう、の洗面所の向こう、の廊下を歩く足音に気付く。宵っ張りの宿泊客かとも思うが、抜き足差し足で洗面所の扉を開けたところで確信する。

 ふ、と頬が綻ぶ。

 からかいたくなるぐらい、純粋で透明な感情なのだとライは思う。僅かな衣擦れの音にさえ神経を使う、悪戯心はいっそ滑稽だ。ライも音を立てないように立ち上がり、浴槽の縁に腰掛ける。そしてふと思い立って、自分のペニスに手をかけた。

 せーの、と声に出さない声さえ、ライの耳は聴いた。

 扉が、開け放たれる。

「わっ……うわわわわっ」

「んなっ、にゃっ、んな、っ!」

 驚かせるつもりだったらしいルシアンとリュームは、浴槽の縁に腰掛けたライを見て、逆に腰を抜かしそうになる。当然だ、ペニスを掴んでオナニーをしている、真ッ最中の恋人と真ッ正面から相対する羽目になったのだから。

「なにやってんだよおまえら、とっとと寝りゃいいだろ」

「なにやってんだよなアンタだ! なにやってんだ!」

「見りゃ判ンだろ、オナニーしてんだ。ってかもう夜おせーんだからでけー声出すな」

「な、な、何でっ……」

 手を止めて、ニィと唇を微笑ませる。左膝に右の足首を乗せて、勃たせた性器を隠すつもりなど毛頭ない。

「風呂にはもう入ったんだろ? 体冷えねーうちに寝りゃいいじゃねーかよ」

 何をする気で此処に来たのか、当然判っているライである。

 要するに、……大黒柱が斯く在る以上、其処に縋って生きる二人も当然そういう影響を色濃く受けてしまう。無論ライは、自分が居ることでそうなる二人に対して責任だって負うわけだ、ならば軽々と背負ってみせる。

「んで? おまえらは何しに来たんだ?」

 二人の眼が、勃起したペニスに釘付けになっている。二人のその場所はもちろんまだ小さいに決まっているが、ルシアンのそれの詳細はタオルが巻かれているから判らない。……今更隠すようなもんでもねーだろうに、ライは思う。ルシアンとリュームのペニスの、似て比なる点、明確な特徴の違い、柔らかい状態でこそはっきりと判るその差違を間近で観察するのがライは好きだ。

「ら、ライさんが」

 ぐい、と視線をライの眼に固定してルシアンが言う。ぽうっと紅くなった頬で、

「ひとりで、お風呂、じゃ、寂しいだろうからって、リュームが言って、……だ、だから、二人で背中流してあげたらライさん、きっと嬉しい、からって、ぼくが」

 おれのちんこは磁石か。ルシアンが必死に上げた視線は、油断するとすぐライの股間にぽとりと落ちる。それをまたぐいいと持ち上げて、しかしまた、すとん。

「それはそれは……、殊勝なこって。いい嫁と息子を持つって本当に幸せなことだねえ」

 動機は確かに其処に在ったのかもしれない。しかし、言い出したリュームと、応じたルシアンと、どちらもが性欲を持つ男であることが事実なら、並存する性欲だって美しい愛情と同じくらい、素敵なものだとライは思う。

「ただな、生憎身体はもう洗っちまったしなあ」

 でも、と足を崩して、ライは笑う。

「いいんだぜ? おまえらがしてくれるってーんなら、おれの、これをさ、おまえらがゴシゴシ洗ってくれてもおれとしては全然困ンねーし」

 リュームの小さな陰茎に、一目しただけでは判らないほどの微かな変化が起きていることに、ライだから気付ける。恐らくルシアンももう、気付ける領域にまで来ているはずだ。

「ルシアン、リューム」

 ペニスを摘んで、左右に軽く動かした。二人の眼が明らかにそれを追ってしまうことを、二人が気付いていないからこそ、其れはライの欲を昂ぶらせる純性を表現する。どっぷりと甘い蜜の壷にはまりこんでしまっているような現状であっても、二人は決定的に穢れない。

 そして多分―絶対的な愛情に支配されている以上は―おれも。

「……バカ、変態、エロおやじ」

 ぶつぶつ、紅くなって言いながらもリュームは、ライの前にひざまずく。ルシアンのタオルを巻いて秘匿された場所は、タオルがあるから余計に卑猥に見えるような状態になっていた。二人揃って股間から見上げて、困惑した顔を見せるから、

「愛してるよ、おまえら、ほんとに可愛い」

 さらりと乾いた髪を撫ぜた。

 はぷ、とリュームが先端を口の中に収める。ルシアンは顔を傾け、ライの陰嚢を口に含む。二人が二人とも、淫らさのスイッチが入ってしまえば何処までも転がり落ちていくような性質であるものだから、ライにとっては好ましいし、此処まで導いてきた身としてはやはり責任を強く感じる。

 ありがとうな、と思いながら、何度も髪を撫ぜる。おまえらのことは本当にちゃんと、幸せにしてやるから。

「……ライさん……?」

 ルシアンの唾液を纏った紅い舌が、袋の中に納まった左の珠を掬う。太腿に当てられた指の動きも、本人が意識する以上に淫らだ。

「……お風呂、で、……ひとりで、するつもりだったの?」

「んー……、おまえら起こすのもアレだしな」

 リュームがぴくり、一瞬だけ顔を止めた。

「……どうして、そんな遠慮なんてするの? ぼくら……」

 意地になったようにリュームは舌を動かす。さすがに経験というものがあって、ライが裏筋を執拗に舐められるのが好きだということを少年は学んでいる。口を外し、舌先で弾くように幾度も幾度も、小刻みに動かして舐める。

「そりゃあ、……なあ」

 鈴口に浮かんだ蜜と亀頭に艶となって光るリュームの唾液をルシアンは舐めて、人差し指でヌルヌルと撫ぜながら、

「ぼくらだって、……寂しい」

 リュームはその「ぼくら」に含まれていないと言い張るように、竿を扱きながら陰嚢を吸う。その掌に脈を刻み教えてやりながら、ライは少し無理をして笑った。

「判ってるけどさ、……そりゃあ、おれだってさ、つまんねーよ、一人ですんのはさ。でも、おれが本気になったらまたおまえらに寝不足でしんどい思いさせなきゃなんなくなる。それは正直、おれだって考えるさ」

「……変態が気ィ使ってんじゃねーや」

 むい、と唇を尖らせてリュームは言う。

「おれは、変態か?」

「ああ、アンタは変態だ。人のちんちん外で見せびらかすのが好きなド変態だ」

「うん、まあ、そうだな、確かに変態かもしれない。ただ、おまえは其の……、『此の』ド変態の息子なんだってこと忘れんなよ。どうだ、嬉しいだろ」

 足の指先で、つん、とリュームの勃起して震える幼茎をツンと突いた。リュームは悔しそうに顔を顰め、ルシアンが指で撫ぜる亀頭に、ルシアンの指ごと咥え込んだ。

「……っん!」

 指を舐められて、敏感にルシアンが首を竦める。慌てて指を引いて、意地になるリュームを観て、小さく、優しく、微笑んだ。表情は母のものであり、妻のものであり、しかし下半身ではタオルを持ち上げて性器が勃ち上がっている、つまりは男の子のものだ。

「……リューム、ぼくもいい?」

 リュームは素直に、顔を引く。二人して舌を伸ばし、亀頭を左右から均等に舐める。時折互いの舌を絡ませ合うとき、ライの目には自分の尿道口から滲んだ液体と二人の唾液が薄くか細い糸を引くさまが見える。

「……おまえらもう、風呂、ちゃんと入ったんだよな? 髪も洗って、身体も洗って」

「……ん。……でも、気にしなくて、いい……、ライさんの、したいようにして、いいんだ。また、何度だってお風呂に入れば、……それで」

 ルシアンが健気に言う、其れはこの夜の貴重な時間の使い方を定義する言葉だ。

 ……そういう訳には行くかよ、とライは思う。

 ルシアンとリュームの身体を汚して手間を作りたくないからではない、寧ろ、もっと違う、ああしたいこうしたい、これが終わったらあれをやって、ついでに、……そういうことを考えたら、今二人の身体を汚して再び風呂に入らせるわけには行かないのだ。

「……どっちかの口に、出すぞ。……どっちが飲みたい?」

 リュームが、むっとした顔で、引く。それを見たルシアンが、「リューム」、頬に手を当てて、「いいよ、してあげて、ライさんの……」。リュームの視線はルシアンと、ライのペニスとの間をしばし行き来する。おまえはいっつもそんな意地ばっか張って疲れねーか? ライが思っていたら、やがて「渋々」の縁起をしながら、正面からライの足の間に入り、咥え込んだ。後はもう、意地になったように、激しく頭を動かし始める。乱暴なやり方のようで居て、その実とんでもなく優しいやり方での口撫はライに「三人家族」で在ることの幸せを思わせるには十分すぎる。

「リューム、ライさんのおちんちん、美味しい?」

 髪を撫ぜながら、ルシアンは訊く。「……ん」と、リュームは咥えたまま答えた。ライには一々歯向かうが、ルシアンに対しては何処までも素直なのだ。

 母親と認めているからか、とライは思う。それでいい、それこそが、最高に幸せな形だ。

「……っくぞ……、リューム……、出すぞ」

 そして、恋人なのだ。言っても、リュームは口を外さない。そのまま、口を使ったピストンを繰り返す。ライはその髪を―ルシアンより上手にすることは能わなくとも―優しく優しく優しく撫ぜて、微かに指を震わせて、射精した。亀頭の裏を這う不器用なはずの舌が、最後の最後まで心地よ過ぎた。

 零さぬように口から抜いて、……もちろん、すぐには飲み込まない。ルシアンが何かを言うより先に、リュームは彼にキスをする。口の中に零されたライの精液を分け与えることで、幸せを遣り取りし合う。ルシアンの性器が持ち上げるタオルの前にはぽつんと染みが出来ていたし、リュームの包茎の縁だって濡れていた。呼吸を整えながらキスをする二人の髪をまた何度だって撫ぜながら、疲れが抜けたような気になるのは、あくまで錯覚の域か。


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