キミトハツコイ

 楽しくなければしていないはずで、あれからもう、数えるのが面倒な回数、繰り返して今に至るならば、やっぱり楽しんでいるのだ。――エンジョイ、快楽は呼び続ける――愛してるって、触ると指先に瑞々しい感触を与え微笑みたくなるような頬に、舌を這わして言ったっていいような気もしているが、「かぐな!」、ちんちんの匂い嗅いだだけじゃねえかと、ライはいつもながら素直ではないリュームに、中々そう、言えないで今日も居る。

「……かぐなって……っ、バカ! ヘンタイッ」

 知ってるよ。ライは喉元で殺した笑みを息に変換する。指で摘んで下ろした皮の、中から顔を出す生っぽい色の粘膜に、吹きかけて、「んああっ」、銀髪をぎゅっと握って、太股をひくひくさせるリュームは、悪趣味と言われようと、思い切り可愛がってやりたい。「かがれて感じてるおまえだってヘンタイだろうがよ」、笑って言ってやって、かぷんと咥え込んだ。

 こういうことをする。こういうことをしている。日々を大いに楽しみながら。保護者の自覚無いでは無いが、互い中味まで晒しあったら、相手におれに行き交う思いを、形にせずにはいられない。踏み外した道の高いこと、今居る此の場の低いこと、較べてみても詮無いこと、気にせず荒ぶるままの鼓動。

 リュームの身体から、匂いがする。さっき隅々まで洗ってやった、揃いの石鹸の匂いのはずが、薄皮剥いた一枚下に、リュームそのものの匂いがある。鼻先のその場から滲み出て、ライの鼻腔を擽った。タオルケットの角よりも胸がちりりと痛む、悪質ないい匂いだ。こういう嗜好を「ヘンタイ」以外の何とも呼べない自覚を持ちながら、十五歳にして自分の生きる道、在る形、現在から繋がる未来を規定する。コイツがこんなに可愛いんなら、おれは何と呼ばれたって別にいいや。

 もう少し嗅いでいたい気を抑えて身を起こし、痩せているくせに生甘い円みを帯びた腹を下から舐めて上がり、薄い胸板の、大切な心臓を護る骨が描く輪郭を歩いて、苺の果汁を零した染みの色をした乳首を吸った、ちょっと、噛んだ。

「ふぎ……っ」

 強張らせたのを、舐めて謝る。ライの舌先でつんと尖った胸の飾り、甘く感じるのを錯覚と片付けるのは勿体無いと、幾度も幾度も、舌を巡らせた。すぐ傍で、鼓動が弾む。「ん、っ、そこ、……っ、それっ、ばっか、すんなぁっ」、……可愛くなくても、可愛いな。

 性欲の虜、或いは、この竜の子の虜になっている。この子の身体に不相応な知識と欲が宿っているのを好都合と、興味と性欲本意の舌があり、指がある。だが、さすがによくないかと数日控えていたら、リュームは布団の中で、ライのパジャマをぐいと引っ張って、「もう、しねえ、のかよ」、無理矢理に強気を装った為に、上手く繋がらない言葉を並べた。

 相変わらず素直ではない、可愛げが在るかと問われれば、可愛げが皆無で側に置いているはずもないとは思う一方で、昼間憎まれ口ばかり叩くリュームの一体何処が可愛いと言うのかと、ライは夜の自分に問い質したくなるような気になる。翻ってこの時間、ライは只管にリュームが可愛い。リュームの可愛くなさまでが、可愛い。ライの胸を腹を満たすのは、甘味ばかりではなくとも、だからこそいいのだと料理人の舌が断じる。この感覚を恋と呼ぶ。

 キスをする前に一つ、息を呑む。唇を重ねた。経験が物を言う、まだ上手には、出来ない。おずおずとライの伸ばした舌にリュームが縋る。互いによく濡れた舌が絡み合って、口の中が同じ味になる頃には、世界にたった一人しかいるはずもない相手の、当たり前に持っている唯一性が、有難くって仕方がない。「っん……、はぁっ……んっ、んっ」、ちゅ、ちゅ、と零れる音にライの耳下腺が熱を帯びた。舌を伝ってリュームの口中へ、流れ込む自分の唾液、今日まで何度もその身体の中へ注ぎ込んできた精液、コイツがおれを飲み込んでゆく、幻想に身を委ねたら、涙さえ浮かべて「愛してる」と叫んだっていいような気がする。

 リュームの裸体の中心で幼茎はぴんと背伸びをして、ライが摘んで少し動かすと、すぐに皮の縁を透明な粘液で濡らした。指に絡めて唇に塗ってから舐ったら、涙に似た味がした。

「んなぁ、すんなよぉっ……、おれ、ばっかぁっ」

 おまえ、我慢できねえだろ? ガキが気ぃ使うなよと、尖った耳を噛んで諭した。多分、その耳には暑苦しい自分の息がかかって、ひょっとしたら鬱陶しく感じられるかもしれない。だが、リュームは両腕でライの首にしがみ付いた。

「ひぅ、っ、……ひゃ……ぅ……っ、……っあ……! っ」

 自分の荒れた指先で、傷つけたりしないように愛撫する動きは、ライが自覚している以上に優しいものだった。それでもリュームの身体の芯はぎゅうっと引き締められるように苦しくなり、膝が震える。……もうすぐ? リュームの到達がすぐそこにあると、指が読み取る。リュームのこめかみに唇を当てて、出来る限り、格好良い声で、「愛してる」。

「んぎ、っ、あっ、ひ、あっ、んぁ! あっ!」

 どうしておまえの声はそんなに可愛いんだろうな、同じ声で、とびきり憎たらしいことを言ってのけるのも、嬉しくて仕方がない今だった。リュームの性器が弾けるように震え、下腹部へ精液を散らしたのを、感動と共に受け止める夜だった。

 ライが手を離しても、リュームの小さな性器は、余韻の液を湧出する。強気一辺倒で在りたいと願っているらしい少年の性器は、臆病そうに震えて泣いているように見えた。ライの手によって粗相をしてしまったように、リュームの理性はこの行為を愛情と欲に基づく必要を訴えるが、あまりに幼いその場所ばかりは、自分のしでかしたことに恥じ入っているように、身を縮ませて隠れたいのに隠れ場所もないというように、困惑気味に赤く染まっていた。

「気持ちよかったか?」

 聞かずもがなの、と口を滑らせてから気付いた。リュームはライから腕を解き、ぶん、と無造作に腕を振るった、「うるせえ!」、その腕で、そのまま顔を隠す、「見んな、バカ!」、昼間の憎まれ口が、カーテンの向こう側にある月を経て、太陽から伝わってライに届いたが、それは何処までも甘ったるく、却ってライの愛したいと思う気持ちに拍車をかけた。

 スイッチが切れて、また入るまでの、ほんの僅かな空白に浮かぶ羞恥心を持て余して、顔を覆ったままのリュームを見て、ライは両の肺にレモン汁を浴びたように、目の潤む自分に気付く。可愛い、可愛い、……やべえマジ可愛い……、こんな顔を見られなくて良かった。

「ひあぁっ」

 粘性の薄まり、リュームの下腹部を好きに垂れ始めた精液を一つずつ、唇で拾い集めながら、……鼻先の肌の、何と細やかな事よ。何年か前のおれも、こんなに綺麗な肌をしてたんだろうか? 肌は若い葡萄の皮のように薄く張り詰めて、艶すら帯びているように見える。水が散れば珠を為すことをライは知っていた。

十五歳の肌は、リュームの肌を前にすると見劣りするように思える。悪いものではない、リュームが凄いというだけだ、そう思っても、溜め息をつきたくなるような美しさが鼻先には在った。

 舌が満足したから、身を起こして、リュームの裸身を見下ろした。泣いてしまっただろうかという懸念が去来したが、リュームは腕を退かすと、思っていたよりも強い目線で睨んで、一言、「ヘンタイ親父」。しっくり来すぎて、申し訳ない。リュームも身を起こすと、ライの勃起しきった性器を見て、唇を歪めて言う。

「……都合、いいよな、調子いいよな」

「ん?」

「……おれの、……おれの気持ち、使って、アンタ、好き勝手出来る……」

 当然、ライはリュームを幸せにしたいと思う同様、リュームから幸福を享受したいと願っている。否定は一切、しなかった。

「お互い、そういう意味では相当ずるいかもしれねーよな」

 くしゃ、と髪を撫ぜた。指と指の隙間で潰れた髪は案外に柔かいことを、もう、よく知っていた。

「おまえが至竜の知識を持ってて、性欲を持ってて、おれをこういうことの相手に選んでくれたって事を、おれは最大限に活用してるし、おまえだっておれがこんな風におまえとすること楽しんでたほうが悪い気しねーだろ」

 だからお互い卑怯者だ。ライは笑って言った。お互いに恋心を人質に取り合って、喉元にナイフを突きつけるように怯えながら、でも心の底から好きだと思う。

「おれはおまえとつがいになれて、良かったと思ってるし」

 「つがい」、リュームが最初に使った単語を、舌に載せた。とても特殊な味がした。

「おまえの保護者で、おまえの相手でいる以上は、おまえの良いようにって思う。おまえの良いように、つまりは、おれにも都合の良いように」

 暫く、蒼い目と真っ直ぐにぶつかった。挑みかかるような目を、ライは物理以上の広さで受け止める。この胸に抱いて眠る夜、この竜の児は、とても穏やかな寝息を立てる。一人の夜に、枕を抱えて唇尖らせて、「いれろよ」、布団に侵入してくる時の在るのだ、この胸は常にこいつのために空けておいてやろうと決めている。そういう気持ちの羅列を、愛と読んだっていいように十五歳は思っている。

 秘密が不可欠な関係であることを、後ろめたく思ったりもしない。寧ろ秘密はリュームと繋ぐ手の力になったし、リュームを傷から庇うための強さにもなる。まだ、誰にも言えない、そして多分これから先も、二人で夜を抱えていく。昼間は当たり前の親子のように、ぎこちなく言い争いをして、喧嘩をして、時折不幸なルシアンを巻き添えにしたりなどしながらも、夜はこうして、一層のぎこちなさと、未熟な物思いの産物の掠れた声とを、擦れ合う音と一緒に遣り取りしあう。

「リューム」

 頬に指を当て、耳から髪へ角へ、辿る。導く力を篭めることなく、リュームはライの股間へ顔を近づけた。リュームは乱暴なふりでトランクスを引き摺り下ろすと、手を添えて、本人の工夫ではどうにも出来ないほど甘ったるいキスをし、濡れた唇の隙間から赤い舌を出して、ライの白い性器に這わせ始める。至竜の知識が舌へ伝い、幼さとは裏腹の技術を持ち得て、絡み、舐る舌に、ライの唇から浅い息が一つ、漏れた。ライの、彼自身以外にはリュームしか触れた事のない場所は、赤らんだ灰色を帯びて、幼い舌の先で震える。ライから生じる熱を得て、リュームが深々と咥え込んだ。竿に纏う滑らかな舌の動きは淫らだが、見下ろす顔の端々に存在するあどけなさとはあまりに縁遠いもので、不可思議な困惑を呼ぶ。「……ん、はぁ……」、息を継ぐために口を外し、薄い性毛の生え揃う根元を指で潜り、下がる袋から舐め上がって、蛞蝓の這ったような跡を残しながら、入り組んだ鎌の陰、裏も、表も、丹念に、唾液を伝えていく。凛々しい眉に、指を伸ばした。片目を瞑って、咎めるように睨み上げられた。憮然とした表情で、しかし、舌も唇も器用に動かすことは止めない。リュームは身に帯びた知識と性欲と愛情を総動員して、ライの鼓動を早めた。

「……いく、ぞ」

 声はどうしようもなく掠れた。唾液でびしょびしょに濡れた茎を掴むと、ぎりぎり乱暴でない速さで扱きながら、下品な音を立てて吸う。それはほとんど、その行為に慣れきった者の所作で、……どう処理したらいいんだろうな? そういうおまえを、……しかし、ライは少しも持て余すことはない。あどけない顔をしているのも、いやらしいことを知っているのも、リュームが選んだことではないし、そういうリュームを側に置くことだって、そもそもライが決めたことではない。おれが持ちきれなくたっていいはずだ、受け止められるだけ受け止めていれば、それでいいはずだ。

 そんなことを考えながら、リュームの顔を見下ろし、射精した。びく、と一瞬頭を強張らせたが、零さないように、器用に、頭を引く。俯いて、こく、と呑み込んで、それから上げた顔は、勝ち誇ったように笑っていた。

「へんだ、アンタだっていってんじゃねーか」

 尖った歯の裏にだって、まだ糸のように絡みつく青い臭いのあるはずなのに、そんな風に笑った顔は、どこにも穢れたところのない、外で遊んではどこかに傷を作って帰ってくる少年のものだった。気道が少し、狭くなったような気になって、ライが言葉を捜していると、何とも生意気な響きで、「気持ちよかったか?」と訊いた。

 心臓が、少し、くすぐったい。

「嬉しいのか?」

「べつに」

 ぷい、と顔を背け、濡れた手を太股で擦って、尻を布団に落す。

「おれは嬉しかったぜ、おまえ、上手だ。おれもおまえくらい上手だったらよかったな」

 ぐしゃぐしゃと髪を撫ぜて、うるさそうに首を竦めるのを、そのまま抱き締めた。

「勃ってんじゃん」

「……たってねー」

「勃ってんだろ、ほら」

 手の中に収めた熱に、解き放って何処かへやったはずの性欲は、飼い主の下へと、あっさり戻ってきた。

「ひ」

 耳を、舐めた。猫のように、ぴっと一つ、動いた。唇を当てて、息で紡いだ言葉に、耳の先を染める、それでも自尊心、唇を尖らせて、「しらねえ……」。

 知らなくて、いい。おれは知っている。だから鼓動の請うまま、

「愛してる」

 十五歳の定義付けた言葉を。

「するぞ」

 ライの言葉に暫く身を強張らせていたリュームは、その声に溶けた。ライはリュームの足と足の間に下がった場所に指を這わせた。ふにふにする、指先が笑う、袋を撫ぜて、奥の蕾に触れた。

「……したかったら、しろよ、そんなん、勝手に……、ひぎゃ」

「ああ。おれがしたいからするんだ」

 黒っぽい笑いの底に、生温かく薄い血液が、脈動に呼ばれて流れる。「おれが、おまえのこと抱きたくってしょうがねえから、……そういう欲をどうにかするために、抱くんだ」、愛の在るやり方かどうかは知らない、単に他のやり方を知らない、自分がこうやりたいと思うだけの、低級な方法かも知れない。

 しかしリュームは、促がされるままにライの前に足を開き、舌と指とで開かれる間、不平の声は上げない。寧ろその声が甘ったるさを増して、蜂蜜のように二人の身を重ねるシーツの上を這い、じっとりと濡らし、緩慢なスピードで吸われ、やがてこの上なく淫らでみっともない人型の染みを為すようだ。濡れることも緩むこともない場所を、濡らし、解し、互い、繋がるときにほんの少しの痛みも味わうことのないようにと努める時の自分は、リュームを愛するのか、自分を愛するのか、説明出来ないで、しかし第三者の目にはきっと、この竜の児を愛していると映るに違いないと、願望も含めて思う。

 鏡が欲しい、と思った。リュームと自分の間にあるものが、ちゃんと愛だと、おれたち、これで、愛し合ってんだ、確かめるための。

 勃起して、痛いくらいの性器をリュームの肛門に宛がって、先が触れた。十分に解したリュームのその場所が、未だ臆病にひくりと震えるのを感じて、縋りつくようにライは言った。

「……愛してるぞ、リューム、愛してんだ、……愛してる」

「……うっせえバーカ……」

 リュームは蒼い目を逸らして言い放った。裏腹な右手が、ライの手首を掴む。

本当に、鏡が在ったらいいのに。おまえと一緒に覗き込んで見るのに。

「……っあ……、……んくっ……、ぅう……」

 痛いか? とは聞かない。痛くないはずはないし、ぎこちなくないはずもないし。それでも始まりの夜に、自分から痛みに身を躍らせて、嬉しいと笑った。あのとき全てかなぐり捨てて、内側に温かく、ぼんやりとした光を孕み、おれを温めてくれたものこそが、リュームの隠す真実だと、ライは知っているつもりだ。

「……すっげえ……、おまえの中……」

 下卑た声に笑いを混ぜて、穢れない耳に差し込んだ。

「おれのを、……握ってる、みてえに、……なあ? 掴んで、離さねーって・・…」

 嬉しいよ? こんな言い方を選んで言う相手がいて良かった。

「うっせえ、……バカ……っ」

 誉め言葉として、受け取っておく。宝物の入るための引き出しに、大事にしまっておく。信じられる気持ちの憑いたこの肉体、備わった全ての力、愛に替えて、命を賭けて、おまえに、「愛してる」。

 全く、こんな行為に此処まで没頭して、抱き締める腕に力を篭め、抱き締め返される力を感じて涙さえ目に浮かべる、十五歳だからだろうか? やがて消えてしまう思いなのだろうか? ライはリュームの声が耳元で弾け、陰茎を潰すほどに握り締めて射精へ追い詰めるのを感じながら、……それでも、永遠に消えなきゃいい、解けなきゃいい。コイツと永劫一緒にいるためなら、自分には不似合いな「父親」にだって何だってなってやらあと。

 


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