夫婦の午睡

 ルシアンが可愛い顔をしていることは、幼馴染である以上よく知っていて、リュームと歪な親子の関係となり、夜に朝に恋人同士の在り方をするようになってからは益々その顔の美しさの重要性は増し、今こうして時限的な家族の関係になってみれば、予定調和とまでは言わないが、自然な流れに基づいて今が在ると信じられるライである。リュームも「母親」としてのルシアンを大層気に入っていて、ライに対しては相変わらず反抗的な態度を取り、日頃から衝突の絶えないところ、ルシアンの言うことは素直に聞くし、他の者の目がないところでは、背中にべったりと纏わりついて甘えている。ルシアンも元来の性格上、いちいち律儀にそれに付き合い、母親の自覚こそ永遠に身に付かないとはいえリュームの髪を撫ぜてやるぐらいのことはスムーズに出来るのである。

 昼前に食堂の手伝いの名目で姉と共にやってくる彼は、ランチタイムを乗り切ると、早々と遊びに出かけてしまう姉とは異なり、後片付けまで手伝い、ライが夕食の下ごしらえを済ませたのちは夕刻までの短い時間を小さな家族の一員として過ごす。夕飯時にはまた手伝いをし、後片付けもし、父とメイドが許せばそのまま泊まる。ライの、リュームと眠る為の、さほど広くない布団の端に楚々と収まるが、夫と息子の甘える手によって理性を脱ぎ捨て、朝には大体の場合、二人の間に挟まって目を覚ます。

 ライもリュームもルシアンのことが大好きなのである。ルシアンは、紆余曲折の必要は避けえなかったとはいえ、ライとリュームの関係を容認した。自らもライの手に汚れることで、秘密を共有した。外部から取り込んだ、大事な大事な家族のこと、どこまでも深く愛したいと思うのは自然なことだ。そして、ルシアンも今はライとリュームが大好きだ。それは性欲の充足に伴う稚拙な愛情だったかもしれない。だが、異性愛者のつもりで十余年生きてきて、あっさりと転落したことに今はギコチナサを感じないのなら、一番側に恋人然として居る二人が好きになるのは至極真ッ当なことと信じている。そんな次第で、少年ばかりの三人家族、分析するならば夫と妻と一人息子、誰も認めなくたって僕らで認める、ルシアンは二人を大事に思う。

 朝晩は特に人肌が恋しくなるような季節になった。食堂のメニューにも、季節限定チーズクリームシチューに白菜と大根の辛味漬、鱈の唐辛子鍋などが加わり、窓もよく曇る。こがらし吹く戸外、人々が襟を立て、背中丸めて肩竦め、小さくなって歩く中を、リュームはいつものようにスパッツと二枚だけでひょいひょいと外に遊びに行った。風邪をひいてしまうからともう一枚着せても何処かへ脱いで置いて来てしまう。バカは風邪ひかねーよとライは放っておくが、ルシアンは義務以上に心配する。あの子供は苦い薬も注射も大嫌いなのだ。

「ほっとけよ、どうせ夕方まで帰ってこねーよ」

「何処まで行ったのかな……。危ないところに行ったりしていなければいいけど……」

「さあ? 一昨日はミントねーちゃんとこだったし、先週はアニキんとこだった。まあ、町から出なきゃ何処で何してたっていいさ」

 それでも、竜の児が風の子になって外へ飛び出していくのは週に一度か二度で、即ち家にいた方が楽しいことがあると知っているからだ。

 二人分の紅茶を入れて、ルシアンはライの隣の椅子に座る。ライは帳簿に目を通している最中で、今月も黒字の明朗会計、日々の努力の賜物であるが、最も大きいのは人件費の節減であることは明らかだ。息子であるリュームはもちろん、ルシアンも文句一つ付けずに無償労働、リシェルには僅かだが、渡さないと文句を言うので払っているが、ルシアンは恐縮するばかりだ。

 ぼくは、ライさんの役に立てれば、それでいいから。

 無垢なる目が真っ直ぐに向いて、嘘の一片も無き言葉を受け取り、ライの心は忽ち満ちる。

 帳簿を閉じて棚に仕舞い、湯気の立つカップにライが口をつけるまで、ルシアンは待っていた。「いい奥さん」、ライは気安くルシアンの髪に手を伸ばして、滑らかなひとふさを指に絡めた。ルシアンの頬は紅を一滴落としたように、ほの赤く染まった。その頬が柔らかそうだったから、指の背で撫ぜる。落ち着きを無くした目が愛らしくて仕方が無かったので、眉を指でなぞった。

「ら、ライさん……、お茶が、冷めちゃうよ……?」

 不器用な逃げを認めるのは、掌の上に小動物を弄ぶような愉しみだった。ライは小さく笑って、カップに口をつけて、ごく、ごくと飲み干した。

「飲み終わったらさ、セックスしようぜ」

 ルシアンは紅茶の霧を噴き出した。それから暫く噎せて、……派手なリアクションにもライは落ち着いたもので、布巾を持って来てテーブルを拭くだけだ。息を整えて、どうにか紅茶をもう一口含むルシアンに、

「下痢か便秘じゃなけりゃ出来るだろ」

 今度は確信を持って言う。布巾でもう一度テーブルを拭くことなど、手間とは考えないで。

 もう一杯の余地はある。ライは妻のカップを満たし、頭を撫ぜて撫ぜて、

「たまには二人でするのもいいだろ? おれら、夫婦なんだしさ」

 涙目の顔を覗き込んで言うライの瞳は、ほんの少しだけ大人びる。

 

 

 

 

 ライの部屋の匂いが、鼻にすんなり馴染むようになったのはいつの頃からか。幼い頃から一緒に過ごして、それでも互いの生活領域に漂う匂いには、ほんの少しの違和感を禁じえなかったはずが、今は自分からも等しい匂いのすることが想像出来るルシアンである。

部屋に通し、しっかりと抱き締めて、ライはルシアンの肩に鼻を当てて嗅ぐ。甘い薄荷のような、ルシアンの匂いを見つけて、ライも微笑む。

「……ライさん……」

 さほど背の高くない二人であり、目線の高さはほぼ等しく、ルシアンが羞恥に顔を背ようとしても、ライは幾らだって視線で縛ることが出来た。

「おまえ……、可愛いよなあ」

 しみじみとした口調でライが言えば、ルシアンは真っ赤になって、視線の置き場所を見付けられなくなる。あまり困らせるのは可哀想と判ってはいるのだが、本当に嫌だったら逃げるはずだと甘えてしまう。要するに、甘えたくなってしまうような隙がルシアンには在った。いざ戦いとなればしなやかな身のこなしで相手の剣を受け止め、鋭い反撃を打ち込む抜け目の無さを発揮するが、こうしてみれば、我が侭を二つ並べたなら、二つとも叶えてくれそうな、……ライのようにある程度の数学が出来る人間には、好都合な余白が幾つも在った。

 この子供は、ライのことを尊敬しきっている。父親の、メイドの、庇護の下に在り世間の冷風と真向かいで立ったこともないような自分とは違い、一つだけしか違わない幼馴染はまだ年端も行かぬ頃から一人で宿を切り盛りして来た。自分とはまるで違う目を持っていて当然だろうと思うし、そもそもそんな風に尊敬することすら畏れ多い。故に、ライに対しては無条件降伏の態度で居るのを当然と思い込んでいる。他方、リビエルや姉のリシェルといった辺りには、思考回路の今ひとつ不明瞭な、つかみ所に乏しい春風のような存在と規定されているのだから、角度によってルシアンの輪郭が描き出す像はずいぶんと異なる。

 ともあれ、ライの前においてのルシアンは、気弱で純情で愛らしい、十四歳の少年以上でも以下でもなく、だからこそ妻として娶り、愛する価値のある存在である。

「きゃ」

 顔を寄せて、キスをした。ぴくりと、強張って、怖がって、ぎゅっと目を閉じる。長い睫毛が震えている。

こういう時間、いつもは間にリュームが居る。もちろんあの子供を疎んじるようなことは一切無いが、ライ以上に甘えるのが好きなリュームは、大概、中々ライにルシアンを解放しない。「にーちゃん好き」、べったりと抱きついて、もちろんルシアンは「困る」と口に出しはしないからなし崩し。だが、ルシアンには自分よりも年下のリュームが居ることで張る気の一本や二本があるはずとライは思う。自分の掌も性欲も、半分はリュームへと向かうのだから、彼の身の負担だって軽いはずで。

二人きり、という機会が急に嬉しく思えてきた。かすかな笑い声が、喉で小躍りする。目を開いたルシアンに、「今夜は仕事しなくていい」と宣告する。どうして? と問うた目に、「おまえといっぱいするから。おまえ、大変だろうから」、にぃと唇を微笑ませた。

「……いっぱい……、するの?」

「そんな怖がんなよ、乱暴にしたりしねーからさ。……それとも、嫌か?」

 引く手は在ったにしろ、素直な足が付いてきて、この部屋に今二人で居る以上は、答えの確約された問い、こういうずるさを持つ自分であることは、仕方ないと容認してもらう他ない。目の端に浮かべた寂しさの色さえ、自在に扱える気がした。

「……ライさん、乱暴なんか、しないよ、いっつも」

 ぽつ、ぽつ、言葉は静かに零れ落ちた。

「じゃあさ……、ルシアン、下、脱いで?」

 素直に頷いたルシアンだって、この先にある行為の事を、幸福と呼ぶのだ。

 そろそろと、服を脱ぎ始めたルシアンの姿を、一歩引いたところでライは心の満ちるのを感じながら観察する。羞恥が其処に在り、それに勝る欲と、独善的な言い方を選べば愛が在る。

 服の上から見て辿る少年の体の作りがどことなく円く、滑らかであるのは、要するに少年の体が未だ「少年」以上のものへ転変することを拒み自分の性の定義に惑うからで、ベルトの外されたズボンの、ヒップの辺りを直視するだけで、ライは欲が腹の下土から芽吹くような感じを覚える。するりとズボンを下ろすと、丈の長い上着の下に残るのは、もちろん内側に下着を穿いた白いタイツである。

しなやかな、それはもう「脚線美」と言ってしまっていいであろう足に、どうしてタイツを履くのかとライはもちろん、ルシアンに聞いたことがある。ルシアンは何でもないことのように「足、そのまま出してると寒いから……。これ履いてるだけでずいぶん違うんだよ」、確かに裸足では寒いと思う。リュームがいつでも細い脛を剥き出しにして遊びに行くのは、これからの季節は無防備に過ぎると感じるライにも、それぐらいは判る。だがそれにしたって白いタイツは無いのではないか。視線にあるベクトルの力が働けば、白く薄い布に被われた足が、却って危ういものにさえ映ってしまう。

そのタイツを脱ぐ。脱いだって白く、細い足が顕れる。下半身がしっかりしていないと立派な剣士にはなれないというのが定説で、強い男に憧れるルシアンが自らの細い足を気にしているのかもしれないということを、ライは想像した。傲慢と詰られることを覚悟の上で、鍛える必要なんてないと言いたい。おまえが戦ったりしなくてもいいように、おれがおまえの夫として、立派に守っていってやるからさ。

 上着の裾で核心部分を隠し、羞恥心を塞ぎながら立つ姿が、どうしてもライには愛らしい。リュームだって不必要なほどに可愛らしくライの胸を擽るが、ルシアンはまた違った質の可愛さを持っているように思えた。それはそのまま、リュームを息子として、ルシアンを妻として、見る目を持つことを意識させたが、息子に夜な夜な夜なああいうことをするのはどうかと、疑う目線は持ち合わせていない。

「すっげー可愛い」

 胸を押されたように、言葉が息と一緒に溢れた。ルシアンは服の一枚もまだ脱いでいないライの前にみっともない格好を晒していることに困惑する。ライの目線がルシアンの裸の脚を舐めるように這った。

「タイツ穿いてんのも可愛いけど、穿いてねーのも可愛いな。……どっちもいいなあ……」

「あの……、ライさん?」

「迷ってんだよ……、さっきからさ。脱がせちまってから言うのもアレだけど」

「……穿いていいの……?」

「んー……、どうしよう」

 腕を組んで、ライは知らず、真剣な眼になって考え込んだ。ライの思考を中断させるほどの積極性を持たぬルシアンは困惑したまま立ち尽くすのみだ。やがて、ライはにやりと微笑む。歩み寄って、すべすべの頬にキスをしてから、とん、と肩を押す。あっけなくバランスを崩し、脚を放り出してルシアンはベッドの上に身体を弾ませた。「ライさ」、構わずライは、畳まれたルシアンの下着とタイツを、その脚にするりするりと通し、腰までぐいと押し上げる。

「ライさん?」

 怯えたような声のルシアンに、精一杯優しいはずの顔を見せてやって、もう一度キス、ルシアンには甘く感じてもらえるはずの舌を唇へ差し込んだ。紅茶の残り香のする、生温かい舌を、どっちの方が甘く感じる? 舌の上を滑ってライの口へ、ルシアンの切ないような声が届いた。

「……ちょっと乱暴だったか?」

 唇の端を濡らし、早くも涙目になったルシアンは、ゆるゆると首を横に振る。その表情が、ほんの少しの罪悪感をライに与えた。この子は自分に対してなら、痛いと思っても痛いと言わないはずで、少々のことなら唇を噛んで飲み込んでしまう。もっと気をつけなければと天使が、もうちょっと大丈夫だろうと悪魔が、仲良く綱を引いている。本人の本質が悪魔の側にあるようなライにとっては、単なる書割に過ぎない。

「ふにゃっ……!」

 タイツの上から、ルシアンの股間を掴んだ。肌に密着する二枚の薄布を隔て、ライの指が感じるのは、滑らかな柔らかさと弾力を併せ持った、大層快いもので、子供の手遊みのようにいつまでもいつまでも揉んで弄って遊んで居たいような気にさせられた。見れば、薄い生地ゆえくっきりと、ルシアンの性器の輪郭は浮かび上がっている。鼻を寄せれば、ルシアンの体のかすかな匂いすら、感じ取ることが可能だった。そのまま、小さな性器にキスをする。

「や、やだよぅ」

 内腿を緊張させたルシアンの声が、もう少しでも批難がましく聴こえたならば、この手を止める力になりえたであろうものを、……意地悪して欲しいんだろ? そう聞き取る耳のある以前に、そう聞き取らせる声があるとライは思う。

「ルシアン、皮さ、剥きっぱなしにしとかねーと慣れねーぞ?」

 言いながら、凹凸の少ない茎の輪郭を、指で撫ぜた。つい先日に剥けたばかり、そういった状況下での直接的な愛撫がどれほどの破壊力を持つかは知っている。今でこそ三人家族の中で唯一偉そうに亀頭を晒すライだって、油断をすれば皮が戻るし、剥けて間もない頃の危うい感じというのは記憶に新しい。それでいて、思い切り粘膜を虐めてルシアンを泣かせてみたいなどと、思う部分の在る事が自覚できる。

「それに……、ナカの方が気持ちいーんじゃねえ?」

 くるり、くるり、薄い生地がフィットする場所、指で幾重にも円を描く。はぁ……っ、とルシアンが息を震わせた。

「一人んとき、ちゃんと剥いて洗ってるか?」

 其処に血液の集まり始める音を聞き取ることは出来なくとも、指の下布の向こう側で、かすかに熱を帯びて膨らみ始めたのを感じる。ルシアンはふるふると首を振り、意思では止めることの出来ない体の変化から逃れる為に、顔を覆った。やがて完全に勃起した性器に生暖かなキスを落として、ライは、ルシアンが泣いていないかを確かめたくて、顔を塞ぐ腕を退けた。睫毛まで濡らしていたが、頬はまだ乾いていた。

「……嫌? こういうの」

 思っても、そうは言えない。

「まあ、……なんだ、最終的にはさ、必ず、気持ち良くしてやる、幸せにしてやるからさ」

 じ、と見詰める目に嘘がないと、信じてもらうほかない。眼の底まで覗かれたって、この悪意が愛情の一種でしかないことを、否定する材料は一つだって出てこないのだ。ルシアンに向かう性欲が、どれだけ醜く見えたところで、一皮剥けばライが声を掠れさせて、本当だと信じて、言う「愛してる」ぐらいしか入っていないように。

 こく、とルシアンが頷いた拍子に零れたものを、唇でちゃんと掬い取ったのだから、涙ではない、泣かせていない。

 ライは、ルシアンの股間に手を戻す。ライが火を灯したルシアンの欲は、タイツの中で窮屈そうに行き詰まって震えている。……このままいかせちまいたいな……、そんなことを思いついた。タイツの前を精液で濡らして、……それは多分、めちゃくちゃエロいしみっともねー格好だろう……。

 でも、それは、やめた。欲を擦りつけるためにセックスがしたいのではないと、十五歳なりに言い張りたいし、洗濯をするのは自分だ。

 くいと引っ張って、太股までタイツと下着を下ろした。

「ライさん……っ、……やだぁっ、恥ずかしいよぅ」

 布越しで捉えていた輪郭よりも、生々しいが、いやらしさは軽減する。ルシアンの性器は引き絞った弓のような、凛とした緊張感を湛えて、まだ無垢だった。ライは目と鼻の先に、逃げることも隠れることも出来ず震えるばかりのルシアンの性器を見て、何とも言えない愉悦が喉まで満ちるのを覚える。その欲は大層青臭く、苦く、しかし十五歳の少年にしてはおっさんくさいかもしれないと自覚するが、思い人のそんな在り様を見て平常心で居られるはずも無い。隠したかったら隠せばいい、そしたら改めて腕を退かすから。ルシアンはシーツを握り、その手の中にせめて心を隠しているつもり。

「ルシアン、可愛い」

 二つの宝珠を収めた袋と、下腹部で反り返る茎の裏を、ライは眼の中に捉えた。自分よりもずっとすべすべと潤った肌を持つルシアンであっても、袋の裏はやっぱりこうなっているんだなあと、しみじみ観察して、指先、そっと当てたら、「ライさんっ……」、ぎゅと目を閉じて、ルシアンは鳴いた。

「……だってさ、可愛いんだ」

 太股で止まったタイツはルシアンの足の自由を、ライには好都合な水準で奪う。笑い声を息までに止めて辿る太股の裏から、怖がるように息を潜める秘蕾まで、顔を寄せて、……見るというよりは、ほとんど観察すると言った方がいい。「そう」であるはずが無い場所が、「そう」思える、

「綺麗だな、ルシアンの此処」

 指先を当てたら、驚いたように窄まった。

「そんっ、なのっ……」

「いや……、ほんとに。綺麗に見える」

 だから、躊躇い無く、舐める事だって出来る。

「ひゃあ……っ、んっ……、らぃ、さんっ」

 腰を丸め込んで、アヌスから蟻の門渡り、更に袋の裏まで、二往復、三往復。ライの耳はルシアンの泣き声が、何処までも甘ったるく、しかし羞恥心に満ちて、肺を掴むのを聞く。……もっと可愛がってやりたい、辱めてやりたい。リュームに対しては抱かぬような思いを抱き、その白い膚に、自分好みの絵を描きたいという粗野な衝動が迸りそうになる。押し止める代わりに、皺の寄る窪みを両の親指で引き広げ、舌を内側へ捩り込んだ。

「ひぅ! っ、んっや……っ、ライさっ、駄目だよぅっ……」

 そんなとこ、汚い、言うルシアンの声が、ライに教える事実は、却って十五歳の性欲に新しい酸素を吹き込む。ああ、知ってるよ、でも、おまえのだったらいいんだ。拒むように収縮する入口の動きが、どうしてか、どうしても、いとおしい。

 ひとしきり、苛めているうちに、ルシアンの声は言葉を失い、甘ったるい音ばかりに変わった。どんな顔してそんなこと言うんだろうな? 知りたくて、タイツを脱がせて足を解放した。右の踵に下着が丸まって引っ掛かった様が、妙に艶かしく映り、また一つ、ライの独占欲を擽る。両足の間では、それを目にするライの方が切なくなるような硬さに勃起した性器が、涙を零して震えていた。ルシアンは頬も唇も逆様の喜悦に濡らし、ライの顔を呆然と見上げる。

 支配欲に駆られる……、「ルシアン、ホントに、……やばい、すっげえ、おまえ、可愛い」、理性と縁遠い言葉を口走りながら、シャツのボタンを全て外して、透明感すら湛えて在るルシアンの肌に唇を当てた。いっそ滑らかと言っていい、瑞々しい肌は、かすかに塩っぱいが、それは転じて「甘い」と表現していいのだとライは信じる。傷のない肌のあちこちに赤い跡をつけるとき、ずいぶんと罪悪感が伴う。しかし、その裸を見下ろせば、「おれの物だ」、所有権は心を満たす。ごく薄い色の乳首はライの唇の先でつんと尖り、隆起して粒を成す。ライはその場所を、大事に、大事に、舐めた。

「ライさっ……んっ、んっ、んぁあっ……、んっ、ぁあ……!」

 ライの指が、舌が、唇が、肌を這うたびに、ルシアンは腰を震わせて喘ぐ。頭の中はほとんど真っ白に近くて、しかし未だ桃色を帯びた羞恥心が去らない。それを手放しさえすれば楽になれるのだと、うすぼんやりと判ってはいるのだが、握り締めた右手は硬直したかのように動かない。

「ルシアン、いきてーか?」

 耳朶を舐めながら、ライが聞いた。ルシアンはこく、こく、と二度頷く。拍子に涙が、ライの頬へ散った。

「そっか。……じゃあ、いかしてやる。ちょっと待たせすぎたな」

 小さく笑って、ライはルシアンの包皮の隙間から零れる腺液を、指で掬い取った。透明な糸は見た目ほど熱くはないが、舌に載せれば確かなルシアンの成分の味が広がる。

「……ルシアン、さ。おれのこと、好き?」

 焦らすように摘んだまま、まだ動かさないで、ライはそんなことを聞いた。指と指の間で、泣きじゃくるように震えるものになお意地悪をすることに、案外、心躍る。リュームの恥ずかしがる様を見るのは好きだという自覚はあったが、こんな風に意地悪をするのが楽しいとは思ってこなかった。……サディストって言うんだろうか。

 こんなおれでも、好きでいてくれるか?

「っき……、すき、らいさん、好きっ……、好き……っ」

 嬉しいぜ、と、耳を噛んだ。皮の上から摘んだ性器を、扱いた。

「ふぁっ、あ……あ、あああっ」

 ライの指がルシアンの強張った指先が解くまでに、二秒とかからなかった。精液は、細い芯が強張り弾むたびに鈴口から噴出し、ルシアン自身の胸に、腹に、重たげな輪郭で散らばる。噴射の勢いの止んだ性器を動かすたびに、くちゅ、くちゅ、くちゅ、と粘っこい音が立つ。青い匂いを発する精液が指に付着して、……自分のならばすぐに拭うところ、ルシアンのであれば構わないと、射精し終えた幼茎に、余韻というよりは、新しい熱を吹き込むことに神経を傾ける。

「……すげえな、ルシアン。こんなに濃いのたくさん出して……、溜まってたのかよ」

 左の乳首のすぐ側に散ったものを絡めた指を、淡い呼吸を繰り返す唇に塗り付けてから、キスをした。「……味も濃い」、言って、ルシアンの頬の色の変化を見る。同じ赤味でも、一際鮮やかに火照ったように見えるのは、ルシアンが手放していた理性を再び掴みなおしたからだろうか。

「んっ……、やぁっ……」

 炸裂した羞恥心に、顔を隠そうとするのを、許さなかった。

「好き、好き、ルシアン、好き、好き」

 耳元で、ルシアンの言葉をなぞって、キスをした。「ホントに好き」、くすくすと笑いながら、ルシアンが無節操に散らした精液を、一つずつ、喉に引っ掛かることすら愉しく思いながら拾い集めて飲み込んだ。好き、好き、ルシアン、ホントに、好き、好き。

「……乱暴は、してねーよな? 意地悪はしたけど」

 致命的に素直で、またライのことを尊敬しきっている十四歳の少年は、ライを責めることなど考えつきもしない。淫性そのもののような性器を、慌てて伸ばした下着に収めながら真っ赤な顔でこっくりと頷いて、「おれのこと、好き?」、また聞かれて、こっくり。

「したら……さ、ルシアン」

 ベッドの上に立ち上がり、反り立った肉茎を取り出した。

「フェラしてよ、……おまえの舌、上手だからさ」

 露茎を目の前に晒されて、ルシアンの意識が再び身体から切り離されかける。同性の性器を口に咥え、そのまま舌の上での射精へと導く行為は、合理的な考えと近しくしていては到底出来ない。

果てない分析を試みれば、目の前にある「それ」は、ただの肉ではない。性器であると同時に泌尿器であり、ライの身体の各所の中で、恐らくは最も汚れている場所だ。鼻を近づければ、形容しがたい、乾いた潮の匂いが鼻腔の奥へ潜る。

 要約すれば、合理的思考よりも重要と感じるから、ルシアンはライの性器に唇を当てるのだ。ルシアンとの年齢差は一つ、その、ちょうど一つ分の差が、性器のフォルムにも現れていた。まだ剥き慣れていないルシアンとは違う。晒すのに何の躊躇いもないと言わんばかりの先端に、ルシアンが舌の先を当てても、ライはルシアンのように声を溢れさせるようなことはない。ただ、ルシアンの髪に置いた指を、かすかに震わせた。

「……よく、舐めて、……な?」

 心の底から尊敬しきっている相手の身体だと思えば、その身体の何処であれ、舌を這わせることに消極的になる理由はないような気さえした。ただ、その舌の先から遠く離れた体の局所が、ちりりと刺戟を訴えて、ルシアンを強張らせた。

「……あの、……ライさん……」

 顔のすぐ側に性器が在って、見上げる目線はどうにも無垢、大多数の男同様、ライも、ルシアンやリュームがフェラチオをする顔を見下ろすのは好きだった。その身体のみならず、心の表皮を覆う諸々の薄皮を剥がす権限すらも、得たような気になれる。ルシアンの、鳶色の眼を落ち着かなげに揺らす様は、ライを大いに満足させた。

「んー? まだ全然だぞ、ルシアン」

「あの……、あのね、……その、僕」

 下着の上から、ぎゅっと、ルシアンが局部を握るのを見て、「何だよ、またされたくなっちゃったのか?」、軽口を叩いたら、涙目で首を横に振って、

「……おしっこ、……行きたい。おトイレ、行って来ても、いい?」

「は?」

「……お茶が……、効いた、みたい……。二杯も飲んじゃったから……」

 保とうとする冷静さと体面の端々から、どうしようもなく覗く焦燥が在る。暫し、口をぽかんと開けたまま見下ろしていたライは、唇をニィと曲げて、

「ダメだ」

 無慈悲に言い放った。

「おれにだって、溜まってるもんがあるのに、おまえばっかり二度も出すのはズルいと思わねーか?」

「で、でもっ、……でもっ」

「でもじゃねーだろ。順番が違うって言ってるだけだ、おれ何か間違ってるか?」

 くいくい、と鼻先にペニスを揺らして見せた、「おれのこれを、おまえがちゃんと満足させてくれたら行かせてやるよ」。

 泣きそうな顔が、単に痛々しく可哀想と思えるものであったならば、こんなこと、思いもしないし言いもしない、……おまえ、ズルいよ、どうしたらそんな風に、……可愛い。ライは、観念したように手を添えて自分の性器の先端を口に含んだルシアンの顔を見下ろして、思う。

 おまえを可愛がる為に汚れんのは別に怖かねーや。

 リュームを抱き締めるときにも、同じことを思った。

「そう、……いいぜ、よーく舐めろよ」

 眉間に一つ、皺が寄る。腰はもどかしく落ち着かず、左手は下着の前をぎゅっと握り、下腹部が疼くように、かすかに震えている。

「ライさ……っ、もう……おしっこ、……っ」

「言ったろ? おれがいくまではダメだって。漏らしたくなかったら上手にすりゃいいんだ」

 別に漏らしたって構わない、可愛いだけのことさと嘯く。

 ルシアンの舌の動きが次第にぎこちなくなる。膀胱と括約筋の限界が近いのだということは、ライにも伝わる。射精まではまだ十分な距離を計る事が出来たし、震えるほどまで極っていれば、最早今から解放したところで間に合わないだろう。

「っあ……!」

 ルシアンの唇から、熱い息の塊が溢れ、ライの亀頭に纏わりついた。刹那に、ルシアンの身が、緊張と弛緩の分岐で転ぶ。

「っだ、っ、めっ……っ、っあっ、……ぅあっ、あっ」

 強く握られた左手の中から、隠せない音が滲み出て、ライの耳朶を潤す。ルシアンの手の、指の隙間から、じわじわと白い下着が濡れ、汚れて行くのを見て、ライは笑った。

「いやぁ……っ、ライさん、見ないで……っ、お願い……っ」

ライの眼線は其処に留まって鎖のように外れない。ルシアンは両目から大粒の涙をぽろぽろと頬に散らして、もう無様な自分の姿を隠すことすら出来ない。

もう十四歳なのに。

もう十四歳なのに。

もう。

……生温かい下半身は、彼に一片のプライドすら持つことを許さない。

「あーあ、ビショビショじゃねーか……、お前なあ」

 責める口調でありながら大いに楽しげなライの口調に、心を右へ左へ嬲られて、ルシアンは声も無い。彼の尻を落としたベッドの上には甘酸っぱさも含んだ潮の匂いを放つ水溜まりが今更どう消すことも出来ない形でくっきりと染みを刻んでいく。

「全く、……ほら、いつまでもそんなの穿いてんなよ」

 強張った体を、水溜まりの脇に仰向けに寝かせ、水を含んだ下着をルシアンの足から抜き取る。可哀想なほどに縮こまった性器は、ほんの数分前に射精して見せたことなど、まるで信じられない。今ならリュームの方が大きいかもなと、言ってやろうかという気になった。ルシアンは羞恥の赤と絶望の白が入り混じった顔色で、ライのことを涙目で見上げている。……そういう眼すんなって。胸が、また捩れた。性器に絡みついたルシアンの唾液もまだ乾いていない、射精もまだ、していない。

「らいさっ……!」

「んー……、意外としょっぱいもんだな……」

 まるで何も特別なことではないとでも言うように、ライは濡れたルシアンの下肢を舐め上げた。濡れた下着の絡んだ踵から、脹脛、膝の裏、細いくせに名前だけは太腿、そして、尻まで。それの匂いが気にならないとは言わない。だが、意識してみせればみせるほど、掌の上に載せたルシアンの心が震えるのが楽しくて仕方が無い。そして何より、口がダメだったのだ、とりあえずその中に、入りたい。

「し終わったら風呂入ろな。……その前に洗濯が先か」

 腰を丸めて、跨央に息を潜める蕾をぺろりと舐めた。

「だ、めぇっ、そんなの、したらっ、だめぇえっ」

「と、言いつつ勃ってんだからなあ、お前は」

 袋の裏から先端へ、指でなぞって弾いた、「……案外、楽しんでくれてるんじゃないのか?」、自己都合で、だったら有難いです。

「お前の身体、こんな風に汚れてても汚いって思えねーんだ。単純にさ、何割か増しで可愛く思えるばっかりで、……なあ?」

 こんな風な俺でも「変態」と詰ったりしないはずと、ライはルシアンの内側を完全に読み切っていた。実際、ルシアンはライにどんなことをされても、それに異議申し立てを出来るような自分とは思っていない上に、「……可愛い」、こんなみっともない姿の自分を理由に熱い息を吐き、勃起した性器を見せるような相手で居てくれることを、嬉しくすら思っている。彼はライの妻の自意識があり、それ以前に、やっぱりライを尊敬している。

 ライの性器が、ルシアンの孔へ宛がわれた。

「入れるぞ?」

 ライは、ルシアンを理性も羞恥心も届かぬ場所へと導いた。

 ――この人は、こんなにみっともない僕で――

 理由など、何処にあっても良い。身体が縦に真っ二つに裂けそうな痛み抜きには語れない性交に、しかし、ルシアンは意義を見出した気になる。

 ライは、手の中のルシアンの性器が勃起したままであるのを確かめながら、ゆっくりと腰を進める。緩く握って動かしてやりながら、ルシアンの唇から溢れる声が今日一番の甘さを伴うようになったことに、何よりもの喜びを得る。油断したところに、ルシアンの孔路がぎゅうっとライの男芯を締め付けた。

「……るしア、……っ、もっと力、抜けよ……!」

 ピクンと手の中で、性器が熱を行き詰まらせたように一つ、震えた、「ライさん……っ、っら、いさ、っ、んっ」、本当なら、そのピンク色の乳首だってもっと苛めてやるつもりだった、耳を擽って、言葉で弄んでやるつもりもあった、しかし、ルシアンはそれを許してくれそうに無い。

「ルシアンッ……、いく、……でるっ、俺、もうっ」

「っあ、あっ、ん! んやあっ、あああっ」

 嬌声二つ重なった。そのまま身体を重ねたまま、ベッドに落ちて、互いに震える身体を受け止め合って、繰り返し、繰り返し、キス。

「……ひどいよ、ライさん……」

 その合間に、ルシアンが泣き声を出した。喉元で少し笑って、柔らかな頬にキスを落す。

「可愛いから。……いや、その理由は最悪かも知れねーけど、でも、実際お前、可愛いから」

 よいしょと起き上がり、ルシアンのことも抱き起こす。改めて抱き締めて、不器用なりの「愛してる」言葉に、応じてルシアンが抱き締め返してくれたから、こんな午後も丸く収めれば良い。

「したら……、うん、お前は休んでていいぞ。俺は洗濯して、風呂沸かしてくるからさ」

「……はい」

「パンツの替えは、俺の貸してやる。サイズ同じだから大丈夫だろ」

「……ん」

 そんな顔すんない、髪をくしゃくしゃ、「おもらしぐらい、あのガキだってしてんだからさ。守護竜の知識持つ『リューム様』も、さ」。リュームが涙目で「ぜってぇに誰にも言うんじゃねーぞ!」と甲高い声で言ったことを、こうしてライは平気でルシアンにバラす。つまり、僕の失態だってどこまで秘密にしてもらえるだろうかと、考えてルシアンは暗澹たる気持ちにならざるを得ない。しかし、手際よく濡れた布団を纏めて行くライの姿を見ていると、決して腹も立たない。この人は究極的に僕を不幸にすることは無いだろう、少なくとも秘密を外の世界へ解き放つようなことはしないはずだ。

「……ライさん?」

 ん? と、服を着て、布団を抱えて立ち上がったライが振り返った。

「その……、僕は、ライさんのこと、あの、愛してる、よ?」

 に、とライが笑った。

「愛してるぜ、俺の大事な奥さん」

 未だ全裸でシーツの上、そんなことを言われてルシアンは、腰にジリリと熱を帯びた静電気が走ったような気になる。こんな形の人間を愛すると、本気の眼で言う人が居る。ルシアンは遠いような気になって、一人置き去りのベッドの上、溜まらない寂しさが募る。……お風呂、きっと、一緒に入らせてくれるんだよね? 思いながら、両手でそっと、局部を包んだ。


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