恋々

 言うなれば一挙両得の歓びとの日々、十七歳だとか十八歳だとかそういう時間なら、性欲の捌け口となる上に爽やかで伸びやかな昼を過ごすに足る相手を側に置けるのは十割の幸福。

性欲の捌け口? そう言えばレシィは泣く?

 天才だとマグナは思う。時には大胆時には繊細ドキっとさすことにかけたらホントに。いつもならそうまで色っぽいと感じないはずのちょっとばかり濡れた目でhole me tight言う瞬間、全身を循環していた血液は下半身に集中。そして裸に剥いて、抱擁という形で欲を満たしてやる。

 春は彼らを包み込み平凡な朝を呼び込む。夏なら淫らも許されるか。けったいな熱帯夜、ベタかもしれないけど前置きで同じ汗をかくならば、いっそ二人で絡まってもっとベタベタ。し終わった後の布団は何処も彼処も湿っぽく、フェロモン漂う発情臭。白状する、「俺このままいたら絶対またしちゃう」、マグナはシーツをくしゃくしゃ丸めて部屋の隅に放り、朦朧としたレシィを抱き上げて、月の下の水浴びに誘った。

「ちょっ……、ちょっと、ご主人さま、そんなカッコで……」

「大丈夫だよみんな寝てる。……ほらもう日付変わってる」

 タオル一枚巻いただけでもマグナは大股、レシィは裸のまま、室内よりは風の動く分多少は涼しい外で案外明るい空を見上げる、満月よ満足か、俺の恋人綺麗だろう、降り注ぐ月の舌に存分に舐めさせてやって、そんな感傷知らず、見つかったらどうしよう怒られちゃうっていうか僕裸だし。

 井戸から冷え切った水を汲み上げる。桶に入れ替えて、腰に巻いてきたタオルを浸し、よく搾る。裸で不安げ、心なしか内股で、裸足青い草の上、拭おうとしたのを、止めて、改めてその裸をじっと見る。

「俺はさ、レシィ。初めてレシィと会ったとき、ここまでレシィのこと好きになるなんて思いもしなかったんだよ」

 卑屈な少年の身体のパーツの幾つか、触れれば軟いことなど知らなかった。こんなに自分の思い通りになってくれる子だとは思わなかった。

 身体の後ろで尻尾が垂れている。マグナ以外の誰も見てはいないのに、律儀に性器を手で隠す。Rの大きいカーブで描かれた身体、ずっと見ているそれだけで、理性を制御できなくなることもままある。

「今じゃこんなに側にいるのに、もっともっと側に寄せたい、つながりたいし、つながったらもう解けなきゃいいって思うくらい好き」

 身体の一ミリ離れた瞬間からもう距離を感じるそれはまさに「恋しい」という、宿っては困らす種類の感情。

「……僕、も、あの……、好きです、よ?」

 うん、とマグナは微笑んで頷く。その笑顔優しくワンショット、レシィの心はとろけて濡れる。

「ご主人さまは……、すごく、優しいし……、僕を……、こんなふうに幸せにしてくださるの、ご主人さまだけですから……」

 ここにある裸が俺のものだ。

夜色が肌に潜む赤味を奪う。

「正直に言うとさ、あのね、俺は本当にレシィの裸が可愛いなって思う。可愛いって言うか、……可愛いんだけどそれ以上に、レシィの裸はえっちだな。すごくえっちだと思う。レシィは自分で思ってるよりもずっとずっと色っぽい。レシィみたいな子が側で俺のこと愛してくれて、俺の性欲に応えてくれるっていうのが、俺はもう、どうしたらいいか判んなくなる」

 右手には絞られたタオル、それを、まだ持ったままで、マグナはそんなことを言う。もちろんレシィは困惑し、ああこの子には『困惑』って表情がまた一段と似合うなあ、そんなことをマグナに思わせる。

「レシィは俺とセックスするのって好き?」

 何しに出てきたんだろう。

 正直に言えば、レシィは主のこういうところに、困惑以外の思いをなかなか抱けない。しばしば転倒する目的と手段、いつだってレシィは巻き込まれる。

「……あの、答えなきゃ……、ダメなんですか?」

「答えて欲しいな。セックスの最中に頭真っ白になってるレシィに言われるのも嬉しいけど、普段はあんまり聞かないだろ?」

「当たり前です……、昼日中にそんなこと聞かないで下さい」

「うん、だから、今ならいいかなって。レシィは俺とセックスするの好きかい? ……俺は大好きだよ。暇さえあればレシィとしてたいし、昼日中だってレシィのことこうやって裸にしていたい。ね、身体の見た目はそんなに変わらないけど、裸で側にいてくれるってそれだけで、頭の中はもう真っ赤だよ」

 マグナの笑顔はとても爽やかだが、「そうなんだろうな」とレシィは思う。

 このメリハリのない体の何処に何が在る? 同性愛の渦の真ん中に在り、主と肌を重ねあっても、遠すぎる結論。そうこうしているうちに大人になってしまいそうなのが、少し、怖くもある。「レシィとセックスしたい」と言われたとき、この少年は「セックス」という単語の意味をよく理解していなかった。くすぐったいキスを何度もされて、「裸になって」と言われれば少し恥ずかしがりながら下着一枚の姿になり、顔や手以外の場所に始めてキスをされた、「セックスを始めるよ」、マグナが言って、その下着の中へ手を入れた。「あんだけキスしたんだからちょっとくらい硬くしててくれよ」、苦笑交じりの言葉で耳をくすぐられた。

 甘い記憶、美しき今。ポスト恋愛時代のはずが引き摺ってまるで新婚恋女房。

「……僕、も……、好きですよ、ご主人さまがして下さるんでしたら……」

「俺以外とは?」

「怖くて出来ないと思います」

 無邪気に、嬉しそうに、あははとマグナは笑った。

「身体拭いてあげよう。腕上げて」

 自分は水を被って済ませるつもりで、丹念に拭き清める間、一番近くのレシィの耳元へ語る。

「俺は」

 あまり擦れば痛がる。優しさを心がける。

「性欲に駆られる部分が凄くある。レシィを愛してるって言う時にレシィとセックスしたいセックスしたいって気が凄くある。多分、半分、もうちょっと、半分以上は」

 答えの出ている問いを投げかけられることは、レシィにとって実は、ちっとも苦痛ではない。

「今もそう。レシィ、俺はお前が裸を見せてくれるのが嬉しいんであって、それ以外にないのかもしれない。こんな俺よりもいい男は一杯いるし、女の人だってもちろん」

 レシィはそんな主人を「普通の生き物」と定義する。普通を普通と決めるのはほかでもないレシィ自身である。特別なところを変に持ってその辺を意識しなければいけないなら厄介だとも思っている。

「僕の裸、そんなにいいものですか?」

 性器は隠れていない。主が触れようと思えばいつでも触れられるところに、淑やかと言っていいような在り方をしている。

 主人が頷いたのを見て、

「じゃあ、それで僕は幸せなので、いいです」

 柔らかな頬が描けるのは柔らかな表情、僕はご主人さまのことが大好きです、心の底から大好きです、そう表すための記号ばかり。そしてこの場借り、ノリに乗り懲りもせず、ただ言う、「愛し合いたい」。

 レシィはマグナの頭を抱き締める。あまり習慣にない行動に、腕もぎこちない。

「僕はご主人さまのことが大好きです、僕が、恋をしているので、ご主人さまがセックスをしたいって、僕の身体にそう求めてくださるなら、僕はもう、ご主人さまが側にいてくれるだけで幸せですから、罰が下るくらい幸せになれます」

 夜だから? マグナはそう訝った。月の光の下だから? レシィがすごくすごくすごくすごくすごくすごく色っぽい、平たい胸から顔を上げた。

「大好きです。僕、ご主人さまに恋してます」

 笑顔の種類のまだあまり多くない子供の、しかし一番愛らしく本当の笑顔だとマグナは確信する。

「初めてご主人さまが『セックス』っていうのを教えてくださったときから僕、ご主人さまに恋をしたんだと思います。それまではただご主人さまのこと『好き』っていう気持ちだけで、それがどういうものかも、何が欲しいかも、わかっていないで、闇雲にそう思っているだけでした。でも今は僕、何が欲しいか判ってます」

 主の手に手を重ねた。ここで思いが伝わらなかったら嘘。

「僕はご主人さまに、さっきみたいにされたいんです」

 マグナは重なった手を握る。許しを請う罪人のような目で、……時々この人はこういう顔をするんだ、でも僕以外の人には見せない。大丈夫僕はご主人さまのことを責めたりはしません、「あまりあいつを甘やかさないで欲しいな」、ネスティさんにはそう言われたけど、無理です、僕はご主人さまにはご主人さまの思うままにして欲しい。

「……僕も、男ですから」

 レシィは、そう言い切る。

「僕も男ですから、ご主人さまとセックス出来ることは凄く重要ですよ」

 マグナはレシィの目に吸い込まれる。七つの色の光集まるその眼の中、溺れたように息が出来なくなる。裸体を晒しながらも、今は恥を遠くに忘れる。僕の身体の何処に何が在るか、僕は知らなくてもご主人さまがご存知ならそれで嬉しいです。

「……ねえ、ご主人さま? お部屋に戻りましょう。汗かきましょう、愛し合いましょう」

 一糸纏わぬ主の姿態、どうしてこの人、こんなに格好いいんだろ、それでいて裸を、僕にこんなに見せてくれるんだろう。

 感じるなというのが無理な相談だ、そうなんだ、盗難だ。

 レシィの心はマグナに攫われ、今より深い関係性にどうにかして発展させることは出来ないか、主を受け容れながらそう思う。互い思い合うが故、互いが同一でない事実に葛藤する。どうにかして、と思う。擬似的にでも一つになれるからセックスを求めるに違いないと思い、妥協点を見つけた気になって、レシィは今日も主に抱かれ、マグナは今日も少年を愛する。

 夜の終わり朝の始まり、白い外を見て、何でこんな時間に目が醒めたんだろう、ああ……、そっか、おしっこ行きたい……。寝る前に行かなかった、行けなかったのが本当か。左の後頭部が少し疼いた。目を擦って、フラフラと、裸の自分に気付いて、床に落ちていたタオルを一枚引っ張り出して腰に巻く。水蒸気が光線を吸い込み、白い光に満ちた窓外を見詰め、その美しさにぼんやりした。ご主人さまにも見せてあげたい、でも起こすのは可哀想、だから後でお話しよう。どんな顔をしてくれるか、どんなことを言ってくれるか。

 「会いたい」、何で? さっきまで一緒にいたのに、もう。根幹にある恋しいという気持ち、トイレに入ってから気付く、朝だ、うん……、だけどさ、あれだけしてもらったのに、どうしてここまで恋しがってるのかなあ?


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