ミリオンプレジャー

 いつから上達したのか。その時期が曖昧なのは、当たり前の行為としてそれをしていたからで、そもそも上手下手というよりは慣れているかそうでないかの問題に過ぎないだろう。つまりレシィは幼い頃から女に混じって掃除洗濯炊事とこなしていたから、他の男と比べて明らかにそれに割く時間が多かった。必然的にその行為に親しみ、結果、そつなくこなし、マグナをパスタで感動させる結果になる。

 レシィ自身は自分の料理の腕が人より巧と考えたことは無い。ただ嬉しいのは、大好きな主人が自分の作った料理で喜んでくれることであり、そこに確かに篭めた愛情がちゃんと伝わっているということ。たまたま自分と主人の間には料理が愛情の媒質として存在するだけであって、それは恋人同士の数だけ違った形で存在するものだろう。

 マグナにとってもそれは同じ考えで、つまり、レシィを喜ばせるために自分が何を出来るか。あまり出来ることは多くない、そう思い込んでいる彼はそれでも、例えばキスや触れる指でレシィを喜ばすことが出来ていると思っている。確かにレシィは元々感じやすい上に不慣れだから、その効果は簡単に表れるだろうが、それはまた別の事情で、ただレシィが喜んでくれるということが嬉しかった。レシィが作ってくれるご飯のために、綺麗にしてくれた部屋のベッドの上で、レシィを一つでも気持ちよく、幸せに、してあげられたらいい。それこそが自分がレシィのために出来ることと彼は信じている。ともあれレシィは今日も、ギブソン邸に暮らす人々の為の食事を作る。家人の舌を、主人の舌を、喜ばせる食事を作る。例えばみじん切りは彼にとって、真っ直ぐ歩くのと同じくらいに容易いことだった。

「ご、……ごしゅじんさまぁ……っ、僕、もう……っ、ダメです、出ちゃうっ」

「いいよ……、いくとこ見せて、レシィ」

「んんっ……、ふあ、ぁっ、ああ!」

 幼さの残る陰茎が二つ弾んで精液が散った。白っぽい身体に蜜がとろり零れる。その様をマグナは自分の心臓の音が耳にまで達する心持で見下ろす。「可愛い」、一般的に十三歳の少年にそれを言ったら怒られる。けれど、レシィにはそれが一番しっくりくるし、それで喜んでもらえるなら、平気な顔で言おう。

「……レシィ、可愛いよ」

 涙目のレシィは、自分の淫らな姿を評してそう言うマグナを、心底から愛しく思う。主人の肉体を前にして、裸の心を晒すことが出来るのは自分だけしかいないという、罪深いほどの幸せに包まれる。くん、と主人の鎌首が、レシィから抜かれた。

「う……」

 その瞬間痛みや苦しみよりも寂しさ寒さを強く感じる。マグナはレシィの胸に腹に顔を寄せ、散った液を一つひとつ、大切に舐めていく。

舌から喉へ、レシィの甘いような精液の味を覚え、程なくこみ上げる、感情に基づいた肉体の反応。

「レシィ」

 知らず、ぎこちなくなる手で己を扱き、そのままレシィの顔へ散らした。凝縮された思いを浴びて、レシィはただ、それを至福以外のなにものとも受け取らない。

「……レシィ……」

 マグナは、荒い息を吐きつつ、枕元の塵紙でレシィの顔を拭く。レシィはその手をとどめて、頬の一滴を舐めとった。

「大丈夫ですよ、ご主人さま……」

 優しいかどうかを、浮かべた本人は判らない。ただ、マグナはその笑顔に、ぴたりと動きを止めて、つられて笑顔になる。

「……レシィ。……へへ……、ごめんな、かけちゃって」

「大丈夫です。……嬉しい、ですよ? ご主人さまが気持ちよくなってくれたの、わかりますから」

「うん、すごく、すごく気持ちよくなった。……もう限界だったよ、レシィの中、気持ちいいから」

 互いが、他の誰にもきっと見せないような部分を、構わず晒す。

 好きになったのだから、それは却ってエチケットだろう。

「……なあ、ごめん、俺……」

 膨らんでもいない、レシィの胸に口を当て、マグナは声を這わせた。淡く、どこか儚げにも見える乳首は、それでもマグナの口に甘くて、執着するように音を立てて何度も舐めた、吸った。そのたび、律儀とも言えそうな敏感さでひくんひくんと震えてくれるレシィに、愛しさと興奮がまた再興する。

「もう一回したいよ。今度こそレシィの中に出すからさ……」

 恐らく性欲は、愛情を抱えて生きて行くにあたって最も欠かせないものの一つだろう。相手が愛しくて、だから、「欲しい」、そう思わすために、例えば男のペニスの先は、ああまで敏感なのだ。マグナはレシィの中に再び自らを埋めていく時の、レシィがくれる、甘く刺したり噛んだりするような快感に、そう思わないではいられなくなる。

「ごしゅじんさま……!」

 埋められた喜びに直に手で触れるよりもさらにリアルに、自分の直腸が感じる。身体の一番真ん中から、心臓へ繋がって、そこから改めて生まれる衝動的な反応はレシィの全身を支配する。見上げた主人の顔が、他でもない自分を愛することによって美しく歪むその様に蕩ける。

 僕の大好きな大好きな大好きなご主人さま。

 ……が、ネスティやアメルにも見せない、ギブソンもミモザも知らない顔を自分だけに見せる……。

 自分だけに見せてくれる。自分だけが知る。

「ああ……あああ!」

 だから精一杯の愛情で自分も返事をするのだ。自分の精液で括約筋で主人が悦びを得るのならば、いくらだってしてみせるつもりだった。それが自分に与えられた天命だと信じるのだ。どんな神がいなくとも、主人が自分にとって神ならば、その喜びのために身を捧げるのはもはや法悦と言ってよかった。

 足を広げはしたない格好をし、あらぬ場所で主人を飲み込む。それは生贄の所作だと指摘されれば、寧ろ嬉しいかもしれないとレシィは思う。自分の肉体に全く新しい意味を植え付けた主人には、何をどんな風に捧げてもまだ足りない。

 そんな風にレシィが考えているように、マグナが考えていることを、もちろんレシィは知らず、レシィがそこまで喜んでくれていることなど、マグナも知らない。ただ、精一杯に自分が相手のために出来ることを、信じてしているだけのこと。恐らく最もシンプルに、愛情は愛情と等号で結ばれる。レシィが自分などを無限の愛で包んでくれる、この世で一番美しいと信じられる姿を自分にだけは見せてくれる、マグナはそんなレシィに跪きたい気持ちになる。そして、自分の与えられうる喜び全てを、レシィに捧げたい。

 性行為は自然、二人には崇高なものとなる。

「……レシィ。……レシィ、いくよ……! レシィ……!」

 世界はぐんと狭くなる。

 互いに射精したばかり、微細な針が甘く刺すような感覚にしばらく酔っていたかった。理性を先に取り戻したマグナが、そっとレシィから腰を引く。水面の揺れるような声を漏らし、レシィが涙を零した。マグナは突き動かされるようにレシィに覆い被さり、その涙を吸い、頬に、そして、唇にキスをした。

「愛してる」

 実体の定かでない言葉もはっきりと輪郭を持ち得る空間で、レシィの涙は、少年の流す涙の種類ではありえぬほどのきらめきを持つ。その美しさと潮の味にマグナは言葉を失う。俺が生きることを誰より喜んでくれる命だと自覚し、そして自分も間違いなくレシィが生きることを誰よりも喜んでいると思い、胸が熱くなる。

「……ご主人さま……、愛してます」

 長い、長いキスの後、互いに感情をひとまず引き出しにしまって、まず体を拭かなくちゃとマグナが言う。レシィの胸には彼自身の放った蜜が散らばっていたし、後孔からはマグナの白濁が零れ出していた。塵紙で、最大限に優しく拭いながら、あちこちにキスを落としていく。時折吸って、この夜を止めていく。

「ご主人さま……、……ごめんなさい」

 全て拭き終わって、レシィを抱き起こし抱き締める主人に、謝った。マグナは首を傾げる。

「その……、僕……拭かせてしまって……、自分でしなくちゃいけないのに」

 笑った。マグナは笑って、レシィの髪に鼻を寄せて嗅いだ。少しずつ自分と同じになっていく匂いが、穏やかなぬくもりと共にマグナを和ませた。

「そんなこと気にしたらダメだよ。……そういうのもひっくるめて、レシィとする幸せなセックスだと思ってるし、そもそも俺の汚した分もあるんだし」

 音を立てて、折れた角にキスをして、

「いっちゃった後にぼーっとしてるお前見るのすごく好きだ。可愛くって、どうにかなりそうだ」

 そんなことを言う。レシィは恥ずかしくて、やっぱり赤くなる。

 緩やかに、緩やかに、マグナはレシィを撫でた。そのまま寝てしまってもいい。そうしたら布団に包んで俺が包んで一緒に眠ろう。そして明日の朝優しく目を覚ます。

「……ご主人さま、あの……」

「ん?」

 レシィは少し戸惑ったような声を出した。

「……えっと……、ぼ、僕……、太ったでしょうか」

「は?」

 マグナは聞き返した。何か、レシィから珍しく把握しきれないような言葉を受け取ったと感じたから。

「あの……、だからその……」

「誰かにそう言われたの?」

「……いえ……。でもあの……、太ったのかなって……」

「ズボンきついとか?」

「……はい」

 マグナはじーと、レシィの体を見回した。改めて見てみる。

 これを「太った」と言うのかどうかは微妙だがと前置きして、その変化に気付く。確かに、多少体重は増えているのかもしれない。だが、それは幅の問題ではないように感じる。そして。

「ひゃん!」

 レシィの、今はくたりと寝るペニスを手で包んだ。

「ご、ごしゅじんさま……?」

 マグナはくすっと笑って、先端まで砲身を包む皮を、少し引っ張った。

「や、やですよぉ、……ごしゅじんさまあ」

「そのうち、剥けるようになるかもしれないね」

「え……?」

「毛も生えてきちゃうのかな。……ここは今のままが可愛くっていいなあ。……ね、レシィのここ、可愛くって俺好きだよ。つるつるで……ぷにぷにしてて、さわりごこちいい」

「……ごしゅじんさまぁ……」

 マグナは、くすぐったいような、寂しいような、そんな気持ちになって、何だかもう一度でも二度でも、レシィとつながりたくなった。

「あ……、あっ、だっ、ダメですよぉ……っ」

 指で、優しく扱く。レシィの耳に舌を入れながら。簡単に、また愛が始まる。

「大好きだよ、本当に大好きだよ。レシィ、ずーっと……大好き」

 この広い世界で出会え、この世界の広さを変え、愛し合い互いを尊重し合い生きていくことの喜びを論理的に説明することなど出来なくとも、また非合理的ゆえ誰かの誤解を招いても、マグナとレシィはこうして生きていくことをとっくの昔に決めていた。善人が多いと信じられるこの世界で飛び切りの善人、それこそ神格化にも耐え得るようなと信じ切ることが出来る相手と、こうして時間を濡らしあって生きていくのだ。

 喜びそれ自体が、喜びであり、幸せそれ自体が幸せ。


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