春は彼らを包み込み平穏な朝を呼び込む

 ネスティに言わせれば「知能指数が合うのだろう」ということだが、マグナによく懐いた猫を見て、レシィは何とも言えない連帯感を思う。

主の繰る召喚術が獣属性のものであるがゆえに自分は主と出会えたのだ。主の択んだ世界が偶然にしろメイトルパであったことは、祝福されるに足る事実だと思える。

相性の問題と言って言えなくもない。恐らくは、主に欠けたパーツは僕が持っている。

 さて春眠暁を覚えず。睡眠欲というものに対して従順なのがマグナであり、前夜どんなに揺すられようともキチンと起きるのがレシィだ。布団から出る。トイレに言って戻ってきて見れば、隣の温もりが消えたことでマグナは敏感に目覚め、「レシィ」、泣きそうに濁った声を出す。

「……起きられ、ますか?」

 目の下が青い。まるで具合の悪い人の顔だ。しかし、レシィの声を聞いたからか、その目を微笑ませる。レシィを招く。それはもう、いつものパターンとして、ごくスムーズに。レシィは下着姿のまま、温もりの回復手段として、その身を再びベッドに沈める。

 寝坊はネスティに叱られるための最もシンプルな手段だ。

もとより、こうなることを計算して、レシィは毎朝三十分以上早く起きている。余裕のワンクッションを挿んで主がちゃんと覚醒して、然る後一緒に降りていけば、ネスティ、ちらりと時計を一瞥して、何も文句を言わない。そういう計算の出来る自分は賢いが、少し、いや、かなり、いやらしいとレシィは自覚する。

「身体……、もう冷えてる……」

 ぎゅう、と抱き締める。その腕は胸は、困ってしまうくらい温かい。真面目かつ勤勉なレシィをして、眠りへと誘う。

「ご主人さまは、あったかいです」

 野性が在る。五感が人より敏感だ。マグナの匂いを嗅ぐ、息遣いや心音を聞く、そしてその心の動きすら感じ取る。具体的には血の巡りのベクトルを感じ取る。

昨夜もその前の夜も、そして、昨日の朝も一昨日の朝も、同じようなリズム。それは転がって平和な生活となる。

レシィのシャツを、そっと引っ張る。穏和なラインの腹部、指の背で撫ぜる。レシィのそこがかすかに緊張したのを追い掛けるようになぞり、小さく笑う。

「レシィ、可愛いな」

 ごく素直に言う。ごく素直に聞く。差し入れられた言葉は、いくつもいくつもいくつも、レシィの中に堆積し、様々な形で力となる。臆病で自信のない少年はたった一人に強く欲されることにより、自らの存在意義を確かに見出す。臆病で弱い、それは事実であり短い時だけで変えられるものではない。ただ、この一瞬、強くもない自分でも欲してくれる、自分より遥かに強い人の存在が、とりあえず今は今の自分で在ることで、確かな悦びを生むことが出来るのだと認識できる。

 ずれ始めた布団の中、レシィのシャツは大きく捲り上げられ、パンツも太股まで下ろされた。

 徐々に熱を帯び始めた身体を、マグナは飽かず撫ぜ続ける。時折震え、息に声が混じる。レシィのテンションに応じて、マグナの目も確かな意思を持って動くようになる。それに伴う主の指の欲が先鋭化する。ささやかに実る少年の胸の粒を執拗に弄り始めた。

「ふ、……ぅん……、ご、しゅじっ……さまぁ……っ」

 声の漏れぬよう、両手で握り締めた毛布で口許を抑える。そんな様子を見てマグナの心臓は熱くなる。手のひらを乗せたレシィの胸から脈が伝わる、そのスピードに急かされる。ずっと横に寝そべり、左手でレシィの身体を手のひらで愛でていたが、これ以上そんな悠長な姿勢を取り続けることは出来なくなった。

「レシィ」

 布団がずるりとベッドから落ちた。焦ったようなキス、そして、レシィの手から毛布を剥ぎ取り、自分の指が尖らせた粒に吸い付く。激しさを帯び始めた主の在り様、烈しく愛される己が在り様、その何れにも、同様に幸福が募る。果たして自分はこれほど愛されるに足るのかと、わざと不安を投げかけてみたくもなる幸福論。

「レシィ、大好きだ。……すごく、可愛い、レシィ……」

 うわごとのようなマグナの言葉が、時々レシィの意識を飛ばそうとする。視界は淡くなったり色を取り戻したりした。

「ご主人さま、……あっ」

 レシィは知りたいと思う。僕を、どうして好きなのですか。僕の、どこがそんなに可愛いのですか。全部という答えよりも、具体的に理論的に知りたいと思う少年の傲慢さを、レシィも持ち合わせていて、今主が舌先で弾いた未発達な性器にどんな要素があるのですかと、聞きたい。

「ぅん、っ、……んん、……んゃあっ」

 この声に、この心に。

 マグナの指、レシィの、脆弱ながら精一杯の硬さと熱を帯びた性器の皮を剥き下ろした。生甘いような色の先端、亀裂にじわりと浮く滴を指でそっと掬い取る。もちろん普段は包皮の被った先端であり、粘膜に覆われた敏感な場所である。ほんのかすかに指先が触れるだけで、レシィは尿道に沁みるような感覚に震える。

「気持ちいい?ちゃんと……教えて」

 主の熱い息が、袋を太股を撫ぜる。

「……っもち、い、ですっ……」

「ん……。レシィのここ可愛いな……、いい匂い」

 笑みを含んだ声は伴う興奮を孕む。舌先は欲に忠実に動く。細く幼い性器は射精を待ちわびて震えている。それをじっと見つめて、悪戯っぽく突付く。

「でも、まだダメ」

「……え……?」

「だって、俺まだ全然なんだもん……。もしいっちゃったらレシィ大丈夫になるまで俺ずっと待たされちゃうよ」

「そ……そんなぁ……」

 泣きそうな顔になるレシィの頬を撫ぜて、口付ける。その目の潤みのかすかな揺れがそのままマグナの胸を揺さぶる。

 決して性格の悪いことはないマグナが、レシィに対してこんな意地悪をしたくなる気持ちは、多くの共感を得ることができるだろう。柔らかく甘い体、優しく愛情に満ちた少年が「護衛獣」として、側に在り続けてくれる自分は、恵まれすぎている。

 ほんのかすかながら成長を始めた。それでも逆様に腹の上に乗せたとき、まだほんの小さな身体、尻。両手でそっと開くと、緑色の尻尾がささやかに震えた。

「舐めて、レシィ。俺も舐めるから」

 言葉尻に舌を伸ばして、何にも遮られることなく放射状の皺を晒すレシィの入口を舐めた。マグナの性器を下着から出す、その瞬間にもう、手が覚束ない。

「……ほら、レシィ、ね?」

 息を震わせながら、やっと、その先端に吸い付く。冷静にすら感じられる主が、ちゃんと先端まで熱く染めてくれていることが嬉しい。根元を覆う性毛を指で潜り、優しく掴む。亀裂からかすかに潮の味が滲み出る。自分ばかり快くなってしまったことを申し訳なく思い、レシィは懸命に口淫をする。

手で扱きながら舌を這わせ、吸う。何気なくしているようで、初めての時とは比べ物にならないほど上達した。主へのひたむきな愛情がそうさせるのは言うまでもない。身体の中を開かれる痛みにも、力を抜くことはない。我慢強くもないが、決して早漏でもないマグナが息を飲み、その手に焦りが帯びるほど、快感の温度が上がっていく。

「……もういいよ」

 レシィの身体を、ころりと寝かせる。和やかなラインで描かれた体を改めて見下ろすに、何と魅力的なことだろうとマグナは胸を打たれる。所謂美少年ではない。優しさの滲み出る目は、誰かには臆病そのものと受け取られる。それでもマグナはレシィを可愛いと言う。答えを言えば、理屈などではないのだ。

 朝の青に包まれていた部屋に、ようやく光の筋が差し込み、マグナの背中を通り過ぎて反対の壁を照らす。この季節においては間もなく七時を意味する。遅くとも三十分には、階下へ降り、朝食の支度を始めなければならない。寝そべったレシィが目を壁に向けた。

「大丈夫だよ」

 数々の意味を内包する言葉を貰い、レシィは安心したように、微笑んで頷いた。肌を重ね合い、レシィの中に、生き物が重なる。

「……っ、ん!」

 寒い朝に、最早布団も入らない。互いに裸の肌が一番温かい。その熱は気を抜けば再びの眠気にも繋がってしまいそうな心地良さで、ただ繋がっている場所は汗を伴うほど熱い。動くよと小さな声で告げて、マグナは動き始める。

「んんっ、っ、ん……、ふぅ、ん……」

「隠さないで……、声、塞がないで。レシィの声、聞きたい」

 腕を退かし、その目を真っ向から覗き込む。

「レシィの声好きだ。レシィの顔好きだ。それにそんなとこ隠したって、繋がってるところで判るよ?レシィがすごく気持ちよくなってくれてるの、俺、判るよ」

 だからと言って腕を退かす理由にもならないが、レシィは隠すのをやめた。一番恥ずかしいところが顕になっているのだから、仕方がない。

「あんまり、意地悪、言わないでください……」

 柔らかな頬を赤くして、涙目で言われて、マグナは愛想笑いの一つも出来なくなる。やや性急に「動くよ」とだけ言い、腰を往復させ始めた。

湿っぽく狭いレシィの中で、快感の積み木を重ねていく。絶妙なバランスで、……まだ、崩さぬようにと。レシィの中を一往復する度、一つ、また一つと、高くしていく。ぐらぐらと揺れる。それを、……どうにか、崩さぬように。既に崩れかけているレシィを支えつつ、自分のも何とか守り、同じ瞬間に盛大なる音を立ててやるために。

どうせ夜だって出来るのだ、また明日の朝だって出来るのだ。しかし毎回その積み木の高さを出来るだけ高くしたい出来るだけ派手な音を立てたい、拘るのは、どんな音を立てて鼓膜に刻み付けても、射精直後解けた互いの身体を意識する一過性の切なさを知ってしまっているからだ。

「んっ、あ……は、ぁっ、ん!やんっ……ん!」

 振りかぶって、積み木を崩す準備。いい?レシィに目で訊く、レシィが頷く。いっせーのせで、とびきり大きな音。ぎぃいと、ベッドが鳴いた。二人の耳には劈くほどの快感の音。それは、案外に硬質。レシィの中を自分の精液で一杯にする時、マグナは心地良い疲れと気を失いそうなほどの快さに、陶然となる。それでいてしっかりと開かれた目は、自分の手もないままに射精した愛らしいメトラルの少年の裸を、具に観察している。何て可愛んだろ、何て愛しんだろ、自分が独占している瑞々しい少年の身体の愛しさ、優しく寛容な心の甘さに、俺は何て幸せなんだろ。

 時を感じて、ゆっくりと腰を引いた。レシィの底とはかすかな糸で繋がりが残ったが、それすらもすぐ消えてしまった。急に寂しさが襲う。それでも、この季節はいい。当分は互いにこの裸を晒しあって、風邪はひかない。

「……ひゃ!」

 レシィのへその辺りに散らばった精液を口を付けて吸い取る。歯も磨いていなければ、まだ何も口に入れていない状態でも、食欲がごく素直にそこに向かうから、従ったまでのこと。レシィは困ったように、また目を潤ませて、それでも主のするに任せるほかの選択肢を採ることは出来ない。

「大好き、レシィ」

 本人たちが言い飽きないし聞き飽きないと言うならば、何度でも言うことを許してやればいい。

「僕も……、ご主人さまのこと大好きですよ」

 嬉しいな、と、レシィの身体に頬を寄せる。目に入ったから、

「小っちゃくなっちゃったね」

 レシィのそこを、摘む。

「ちょっ、ちょっとっ、……ご主人さまぁ」

「いいじゃん……、ね、ちょっと触るだけだから。……可愛いんだもんなあ、レシィのここ……。もう食べちゃいたいくらい可愛いよ」

「ふぇ……」

「食べないけどさ。でも、ホントに可愛い。誰にも見せたくない。だから、さ、レシィ、絶対俺以外とお風呂入ったりしちゃダメだよ?」

「……一度もまだ入ったことないですよ……」

「うん、今までもこれからも。レシィの可愛い所見てイイのは俺だけ」

 聞いてみようか、レシィはそう思いつく。ご主人さまは僕のそこがお好きなんですか?きっと満面の笑みで頷いてもらえる。そうしたら、どんなところがお好きなんですか?多分、非常に熱心に教えてくれるだろう。主の性器はもう大人のそれであり、髪と眉と同じ色の性毛に根元を覆われ、皮も剥け、大きさも自分とは比ぶべくもない。ただ、共に同じ「男性器」であるから、対照化したときに主の琴線に触れるのだろうとレシィは想像する。だからつまり、毛の生えていないところが、まだまだ皮の剥けるには時間のかかりそうなところが、そして、小さいところが。そういう嗜好の持ち主を何と呼ぶか知っているし、ネスティにばれたりしたら大変なことになるだろうが、あの純粋なる主の兄弟子は、二人がこれだけベッドを軋ませるような愛し方をしているにも関わらず、二人が日常的に身体を結び合う恋人同士とは思っていないのだ。

 そうだ、そろそろ、起きなくては。朝食の支度がレシィを待っている。

 ただ、マグナにずっと弄られつづけた幼根、再び、力が篭っている。

「……レシィ、もう行っちゃう?」

春は彼らを包み込み平穏な朝を呼び込む。レシィはもちろん頷いたりなどしないで、主が嬉しげに微笑むのを見た。


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