後朝












犬猿の仲だと言っても過言ではない検事と弁護士。

いくら想いの通じ合った恋人同士とはいえ、お互いの立場には変わりなく、だから決め事を作った。



互いの仕事の領域には踏み込まないこと。

仕事の邪魔など決してしないこと。


それがルール。













早朝の日の光が窓に掛かったブラインドから漏れている。うっすらと明るい、けれど微かに夜の雰囲気を残した寝室。

その室内でどんっと存在感を主張したセミダブルのベッド。薄いブルーの寝具の中、この部屋の主と主以外で唯一人、その寝具を使うことを許された者は未だ眠りの中にいた。

ベッドの脇に置かれた小さなラックの上の目覚まし時計が鳴るまでのしばしの静寂。

それはいつも通りの日常風景。




―――が。




それは突然に鳴り響いた軽快なメロディを奏でる電子音によって破られた。

聞きなれたメロディラインは確認するまでもなく成歩堂の携帯の着信音で、設定音量は中レベルであったけれどシーンと静まりきった部屋ではよく響き、持ち主は半ば夢見心地状態でノロノロと鳴り続ける携帯に手を伸ばした。

「…もしもし、成歩堂ですけど…」

携帯を握り、再び布団の中に身を沈めてモゾモゾと動きながら対応をする。そのせいか、隣で情眠を貪っていた御剣を起こしてしまったようだったが、とりあえず電話相手を優先させた。

『なるほどくん!大変だよ!!』

機械越しに聞こえてきた声は真宵のもので何かあったのか、酷く慌てふためいていた。

その真宵の声に驚いて、とりあえずベッドから抜け出ようとしたそのとき。

いきなり背後から伸びてきた腕がそれを阻止しようと成歩堂の身体を抱きすくめて、そのまま再びベッドの中へと引き込まれてしまった。

「わっ!」

『なるほどくん?…どうかしたの?』

「な、なんでもないよ。…ちょっと待っててくれる?」

電話越しの真宵に慌てて取り繕い、こちら側の物音が聞こえてしまわないように通話口をしっかりと押さえつけたことを確認して、己の身体に覆い被さって腹が立つくらいに楽しそうな表情で悪戯を仕掛けようとしている恋人の頭に力いっぱい、思い切り拳固を落とした。

「っぐ!何をする、成歩堂!」

「それはこっちの台詞だ!」

薄っすらと涙を浮かべていかにも自分は被害者だと言わんばかりに抗議をする御剣を無視し再び携帯を耳に当てた。

「ごめんごめん、それで?どうしたの?」

『あ、うん。あのね!大変なの…』

「……っぁ」

突然漏れてしまった己の甘い声に思わず口を押さえる。見れば先ほど頭を抱えて呻いていたはずの恋人がわきわきと、いかにもいやらしい手付きで御剣と比べると幾分薄い成歩堂の胸を弄っていた。

今が電話中でなければ怒鳴りつけて、平手…いや拳の一つや二つ食らわせてやるのに。幸運なのか、それとも不幸と言えるのか。真宵は先ほどの成歩堂の喘ぎ声は聞こえていなかったらしく、トノサマンがどうしたこうしたと捲くし立てている。

…今、ストップをかけるのは恐らく無理だろう。

そうこう考えている間にも御剣は悪戯をどんどんと強い刺激の伴うそれへと変えてゆく。

止めさせようにも右手には携帯、左手は声を漏らすまいと口元に当てられていて、御剣を引き離すこともままならない。

御剣の少々ごついけれど、すらりとした指が身体を這うたびにゾクゾクとした快感が背中をすり抜ける。

「―――っ!」

クスクスと意地の悪い笑みを浮かべて、成歩堂の耳元に唇を寄せて携帯越しの真宵には届かぬような小さな声で囁かれる。

「どうした?電話を続けないのか…?」

邪魔をしているのはどこのどいつだと言おうにも口から漏れるのは甘さを含んだ言葉にもならない音だけで。

せめてのもの抵抗にとキッと睨み付けるが御剣に身体中を撫で回されているせいで上気しほんのりと赤く染まっている頬、大きな瞳にはうっすらと涙が浮かび…そんな表情で見上げるようなソレは今はただ御剣の情欲を煽るだけのものでしかない。

普段は恥ずかしがって見ることは叶わない恋人の扇情的な様に思わずゴクリと生唾を飲み込む。

『なるほどくん?っもうちゃんと聞いてるの?』

「う、うん…」

努めて普段通りの声を出そうとすればするほどに御剣の悪戯は益々エスカレートしていくのでたまったものではない。

これ以上、この状態のままで電話を続けるのは無理だと判断し、まだまだ話し足りないという真宵をなんとか強引に宥めて電話を切り上げる。

「あとで事務所で続きをゆっくり聞くから!」

『っもぉ!絶対だよ?!』

「うん、うん…じゃあ!」

プツッと通話終了ボタンを押すと同時に深い溜息をつくと、電話を切り上げる原因を作り出した御剣はわざとらしい笑顔で、

「別に私に構わず通話を続けてもよかったのだが?」

などどほざいている。法廷でよく見るあのポーズで。法廷で見るよりも数倍腹立たしいのは決して気のせいではないはずだ。

「まぁ邪魔はなくなったことだし、まだ起床までは時間がある…」

そう言って懲りずに成歩堂の身体へと手を伸ばしてきた。

…この男の辞書には反省という言葉も一般常識という言葉も存在しないらしい。





間髪入れずに成歩堂から繰り出された右ストレート。

見事なまでに綺麗に御剣の顔面へと決まり、勢いのまま御剣の身体はガタガタと音を立ててベッドの下へと転げ落ちた。

「一体、なにをする!これが愛しい恋人への態度なのか?!」

「黙れこの変態検事!!電話中にあんな真似をする馬鹿がどこにいる!!」

「馬鹿とはなんだ!失敬なっ!」

「御剣!お前、自分から言い出したことを忘れたのか?!仕事に関しては邪魔をしない、踏み込まないって!」

「今のは真宵君だろう?恋人同士の僅かな時間を邪魔する方が悪いのだ!」

真っ赤にした右頬を押さえ、ベッドの下でシーツに包まりなんとも情けない格好で自分勝手な主張をする。

「…今のは仕事の依頼報告だ!わかった、お前は約束を守れないんだ、そうなんだな?」

普段の情事でさえ恥ずかしがっている成歩堂は真宵には気付かれなかったとはいえ、己のあられもない嬌声を聞かれてしまった…ということに完全に血が上ってしまっている。

ピシャリと言い捨てられたこの言葉にようやく御剣が己の置かれた状況を理解したが時既に遅し。




「出て行けーーーー!!!」




御剣が弁解する間もなく、部屋から追い出されてしまったのはそれから10分も経たぬことだった。辛うじて衣服を身に着ける時間だけを貰えたのは成歩堂の愛…なのかどうかは定かではない。










…その後必死で言い訳と成歩堂の機嫌取りに精を出すも空しく、約1ヶ月夜のお付き合いをオアヅケ食らってしまったのはまた別の話である。




―――自業自得。