照れる夕陽にならぶ影 部室のドアをゆっくりと開けると中にいたのたった一人。 明らかに練習以外で、故意に汚されたものだと判るユニフォームを着て部室の隅に蹲って、声を押し殺して泣いていた。 わざとぱたりと音を立ててドアを閉めると、廉はびくりと背中を震わせてゆっくりと振り向いた。 「かの、く…」 「廉」 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で、廉は叶を見上げた。 ユニフォームは汚れて、床の上には鞄の中身がぶちまけられている。部員の中の誰かの仕業だろう。 「…オレももう帰るから、一緒に帰ろう」 叶は何も聞かずに、跪き教科書やノートを拾い集める。それらはラクガキされていたり、破られていたりと酷い状態だった。 「じ、自分でやるから…いいよ…っ」 「いいから、早く着替えちゃえよ」 着替えの遅い廉よりも自分がやった方が早いからとさっさと手を動かして、廉に着替えるように促すと廉は諦めたかのようにのろのろと着替えを始めた。 廉にとって、こんな嫌がらせは日常茶飯事だった。 どんなに嫌がらせを受けようと、どんなに周りに詰られようと、マウンドを譲らない廉に対しての嫌がらせは日を追うごとにエスカレートしていく。 こんな風に。 一人で泣く廉を見るのは初めてではなかった。 それは大抵部活の後、皆が帰った部室で。 そして、そんな廉に叶は大抵声を掛けて一緒に帰ろうと誘うのが常だった。 「廉、帰ろう」 着替えを終えたのを見計らって、もう一度声を掛ける。今度は手を差し出しながら。 廉はじっと差し出された手を見詰めて、俯いて、それからゆっくり、おずおずと差し出された手に己の手を重ねた。 外に出ると既に空は暮れかけて、茜色に染まり始めていた。 どちらも、何を話すでもなく歩く。 繋いだ手が、熱い。 叶の手は熱く、熱を持っていて廉と繋がっている掌はじんわりと汗ばんでいた。 対照的に、廉の手は酷く冷たかった。 いつの頃からか、手を繋いでみると廉の手は酷く冷たいものになっていた。 それは廉が緊張しているのだと叶に伝えた、何故自分相手に緊張なんてするのか。 そう問い質したい衝動に駆られたけれど、それは廉を追い詰めることになるだろうと考え、叶は手を繋ぐたびに感じる廉の冷たい掌に胸を締め付けられそうに感じても、その衝動を必死で抑えていた。 そうしている内に、いつしか距離が出来た。 埋まることのない、距離。 こうして何度も手を繋いで二人、夕陽の中、影は伸びる。 伸びる影は二人寄りそって、長く長く。 昔と同じ。 けれど、昔とは異なる心の距離。 夕陽にさらされたならぶ影は昔と同じ、けれど。 心の距離は遠く、遠く。 冷たい掌がその距離を物語っていた。 |