桃色両想い。 2












その日廉はいつもよりも早起きをした。

いつもなら母親に叩き起こされるまで決して目覚めずに惰眠を貪っている、というのに。

セットした目覚ましを二つ止めて、アラームを鳴らし続ける携帯を止めて時間を確認する。

今日は待ちに待った叶とのデートの約束の日だった。

今日だけは何が何でも寝坊するわけにはいかない、と昨夜は10時に就寝して寝る前に普段は部屋のオブジェと化してしまっている目覚ましを二つもセットして念には念を入れて携帯のアラームをセットした。

とてもつもなく寝汚い廉だったが流石に三つの音の大洪水に目を覚まさないわけはなかった。





眠気覚ましにシャワーを浴びて、先日ルリがコーディネートしてくれた服に袖を通す。

いつもはぴょこぴょことはねるままにして置いている髪の毛も念入りにブローをして、滅多につけないヘアワックスを付けて整えて、少し早めの誕生日プレゼントだとルリが贈ってくれたピンをつける。小さな飾りのついたそれは、廉の髪の色に合って、よく映えた。

そしてどきどきしながら引き出しからリップを取り出して唇に塗った。普段は化粧など一切しないけれど、一本だけ持っているリップ。それは色つきだか、グロス入りだかで艶々と輝いた唇に廉は少し恥ずかしさを感じながらも修ちゃんはどう思うかな、なんて可愛いことを考える。

お洒落にまるで関心のない廉がこんなことをするのは叶のためだけ。

叶に少しでも可愛いと思われたい、その一心だった。









待ち合わせた場所へ約束の時間よりも10分ちょっと早く着いた。二人で決めた時間は叶が乗る予定の快速電車の停車時間の直後なので当然、叶の姿はまだ見えない。

早く約束の時間にならないかとそわそわしながら待っていると。




「三橋?」




聞きなれた声に名を呼ばれた。振り返ると、阿部と田島。それから、田島の彼女の花井。そして野球部の面々が立っていた。花井以外は皆ユニフォーム姿で、そういえば連休中はずっと練習試合だと花井が言っていたなと思い出す。

「み、みんな…」

「めっずらしー!いつもそんなかっこしてればいいのにっ!」

「いつもは女の子らしいかっこキライって言うのに、どしたの?デート?」

面白がっている田島に、知っているくせに突っ込んでくる花井。どう反応を返していいのか判らずに廉は真っ赤になって質問に答えられずにいると、

「可愛い」

普段、眉間に皺を寄せて不機嫌そうにしてばかりいる阿部がぼそりと呟いた。

「あ、べく…っ」

阿部にはすっかり嫌われてしまっていると思っていた廉は驚いて阿部を見上げる。

「似合う、可愛いよ」

照れくさそうに自分に笑いかけてくる阿部が信じられずに、こんなときにはどんな風に応えればいいんだろうととんちんかんなことを考えていた。


ああでもない、こうでもない、散々考えて、やっぱり『ありがとう』と御礼を言うのが一番正しいのだろうかと口を開きかけた瞬間。






「廉っ!!」

大好きな声に呼ばれて、次の瞬間にどんっと抱き付かれる衝撃に襲われた。


「しゅ、修ちゃん!」

「待たせてごめんっ、久しぶり」

声の主は廉の待ち人、叶修吾だった。

「ひ、久しぶり…っ」





頻繁に電話をしていても、メールをしていてもやっぱり直接逢うのとは違う。久しぶりに恋人と顔を合わせるのは嬉しさと恥ずかしさと。妙な感覚で、照れくさかった。

それは叶も同じようで二人で顔を見合わせながら照れくさそうに笑い合った。




「やっぱデートかぁっ!」

「た、じまくっん…」

田島の声にそういえば、皆がいるのだったと思い出し恥ずかしさに頬を染める。

「あの、その…っ」

「そ、オレらこれからデートなの。なに、お前らはこれから試合?」

真っ赤になってどもってしまう廉の代わりとばかりに叶が田島の質問に答える。

「そ、俺たちは連休の間試合漬けなんだー」

にっしっしと嬉しそうに告げる田島に、興味の話題が逸れたと安心する。そのまま叶を交えた野球部のメンバーと会話を交わしていると電車の時間が迫ったらしくメンバーたちは慌しく去っていった。…よほど監督が怖いらしい。



野球部の面々と一緒に走り去る花井を見送りながら廉は突然「あっ!」と大声を出した。

「廉?」

「阿部くんに御礼、言い忘れちゃった…」

「…なんの御礼?」

「か、かわいいって言ってくれたから…」

お世辞でも御礼は言った方がいいよね。




…そう真顔で言う自分の彼女に叶は脱力してしまい、その場に座り込んでしまいそうになるのを抑えるだけで精一杯だった。

他人事ながら、さすがに阿部に同情の念を覚えたのは内緒の話。







続く。