想いのカタチ










電話は極力しない。



本当はしたくてたまらないけれど、極力しないと決めた。


声を聞きたい、そうしょっちゅう逢えるというわけではないからせめて声だけでも。

そうは思うけれど、我慢をする。

だって、声を聞いてしまったら逢いたくて逢いたくてたまらなくなってしまうから。

声を聞いたらきっと。

逢いたくて、我慢出来ずに逢いにいってしまいそうで。そんなことはしないと、胸を張って言い切れる自信がなくて。

だから、電話はしないと決めた。

電話の代わりに、メールは毎日毎日山ほど送るけれど。それこそ「おはよう」から「おやすみ」まで電話の代わりにメールで言葉を交わす。

それにメールでなら廉の言葉が形で残るから。

逢えない時間、逢いたくてたまらないときに廉の言葉を、想いを読み返してじっと我慢をする。

逢いたくてたまらない、だけど簡単に逢えるわけじゃない。簡単に逢いに行ける距離じゃない。






だから。






毎日、毎日たくさんの言葉を。たくさんの想いを交わして。

想いを募らせてじっと我慢をする。

文字に想いを託して。







だから、どうしても声を聞きたくて我慢が出来なくなってしまったときだけ電話をする。

久しぶりだから、廉も物凄く嬉しそうな声で電話に出る。

嬉しそうな弾んだ廉の声を聞くのはオレも嬉しくて、廉の声聞くだけ暖かな気持ちになれる。

たまに、のことだから嬉しさは倍増で。

だからオレたちは電話は極力しない。








想いをより深く確認したくて、その嬉しさを感じたくて。


だからオレたちは電話は極力しないんだ。