どうしても会いたい。












あとすこし、もうすこし












年の瀬も迫った暮れ。

三星学園野球部の面々は浮かれ立っていた。それもそのはず、普段は滅多に部活が休みになることなどないけれど年末ということもあり、今年の練習は今日が最後だった。

クリスマスも関係なく練習に明け暮れていたがやはり休みとなれば嬉しいと思うのは当然で、練習後の部室では年始年末の休日をどう過ごそうかとそれぞれが楽しそうに口にしていた。

「なぁ、叶はどうするん?」

織田が己のロッカーの後ろを振り返り問いかけると叶は既に着替えを終えていた。

「わりっ、オレもう行くからお疲れ!」

叶は織田の問いかけに応えることなく、早口でそれだけ言うと慌しく部室から飛び出した。

「…なんやの、あれは」

あとに残された織田の呟きは誰に聞かれることもなく、部室の喧騒のなかへと消えていった。










重たいスポーツバッグを部屋に投げるようにして置いて、着替えもせずにそのまま家を飛び出した。背後では母親がどこへ行くのかと尋ねていたような気がするけれど、少しでも時間を取られるのが惜しくて返事をしないまま駅へと急ぐ。

群馬から埼玉へは快速をつかっても二時間弱は掛かる。今から急げばなんとか夕方までには埼玉に着くだろう。

突然行っても困るだろうからと電話なり、メールなりで連絡を取ろうと試みたものの電話は圏外なのか電池が切れているのか通じず、メールの返信もない。

仕方がない、突然行って驚かすのも面白いかもしれない。叶の中には会いに行かないという選択肢はなかった。





会いたかった。

廉に、会いたくて会いたくて仕方なかった。

もう何日もしないうちに群馬に来るということは判っていたけれど、少しでも早く廉に会いたくて堪らなくて衝動的に。

電車から少しずつ埼玉へ、廉へと近づく。早く着かないかと、落ち着かなかったけれどもうすぐ会えるんだと思うとそれだけで自然と頬が緩み、暖かな気持ちになっていく。

あと三駅、あと二駅、あと一駅、もうすぐ、もうすぐ…。


ホームに電車が入って、停車してドアが開くまでの時間がこんなに長く、もどかしく感じたことはない。

ドアが開くのと同時に走り出した。

早く、早く。



会いたい。



走って、走って。

日頃の練習の賜物か、それでもさして疲れることもなく西浦高校へ到着した。私服姿の生徒が多い中、ただでさえ目立ちやすい三星学園の制服は注目を集めたが叶はそんなこと気にも留めずにグラウンドへと足を向けた。

どうやら練習はもう終わっているらしく、グラウンドの端に部員たちが何人か集まっているだけだった。その輪の中に廉の姿はなく、辺りを見回しても廉の姿はなかった。

「あれ、三星の投手じゃねぇ?」

唐突に声がして振り向くと、名前は思い出せないけれど4番だった打者がいた。

「ちぃーっす!もしかして、三橋に用事?」

「あ、ちっす…あの、れ…三橋は?」

ペコリと頭を軽く下げて尋ねる。


「いねぇーよ」

返答はその選手ではなく、そのすぐ後ろにいた選手から発せられた。

きつい視線を向けられ、不快感を覚えた。こんな風に睨み付けられる覚えなどない。けれどこの視線には覚えがある。

そこまで考えて思い当たった。

5月の試合の後に廉の後ろからこんな風にキツイ視線を向けてきた捕手だと。

「もう帰ったとか?」

「しんねぇよ」

「おい、阿部…っ!」

阿部にあまりな物言いに、隣にいた坊主頭の選手は慌てたが、時既に遅し。

二人は臨戦態勢に入っている。



「なんで群馬県民がここにいるんだよ」

「廉に会いにきたんだよ、決まってるだろあったまワリィな」

「気安く三橋を名前で呼ぶんじゃねぇよ」

生憎オレと廉はそんな他人行儀な呼び方するような間柄じゃねぇんだよ、お前と違って」



どちらも喧嘩っ早い性格のせいだろうか、口論はどんどんヒートアップしていく。

と、突然けたたましく携帯の着信音が鳴った。叶は慣れた動作でポケットから取り出すと勇みだった口調のまま、着信相手も確認せずに通話ボタンを押す。

「っんだよ、誰だよ!」

『あ、叶? オレ』

「んだよ、畠っ!」

『今隣に三橋いんだけど』

「…っ?!」

『くっくっくっく』

「なに笑ってんだよ畠! マジそこに三橋いんの?!」

『あぁ、で?お前はもしかして?』

「…埼玉だよ、今西浦にいる。三橋に会いにきたんだ」

『やっぱりな』

「いっくらかけてもでねーから」

『…充電、切れてんだと』

「三橋にかわって」

『…これオレの携帯』

「かわれよっ!」

しばらくの沈黙、けれど携帯の向こう側では廉が出る気配はなく、代わりに泣いているような気配が感じられた。

「畠!三橋を泣かすんじゃねー!!」

「おいっ三橋泣いてんのかよっ!」

叶が叫ぶと横から携帯を奪い取らんばかりに阿部も叫ぶ。

『で、どうするんだ叶』

突然問われて、思わず口を閉じる。畠が聞いているのはこのまま三橋を埼玉へ帰らせるか、それとも叶自身が群馬に戻るかということだろう。

西浦はどうやら明日も練習があるようだし、本来なら廉を埼玉へ帰らせるのが一番いいのかもしれない。

けれど。

ちらりと己の横で今にも阿部を一瞥して口を開く。

「二時間」

『?』

「今からそこいく!待っててくれ!」

叶がそう言うとやはり阿部が横から叫ぶ。

「即行、帰ってこい三橋っっ!!」

他にも叫ぼうとしていたけれど、通話終了ボタンを押して先ほどきたばかりの道を戻ろうと駆け出す。

「てめぇ、三橋を泣かすんじゃねぇ!」

「泣かさねぇよ!」

後ろから聞こえた叫びに振り返りもせずに叫び返すと一目散に駆け抜けた。







廉に会える。

廉が会いにきてくれた。

会える。






練習後で身体は疲れているはずなのに、叶はそんなことを感じさせないくらいの速さで走った。

廉が待っている、そう思うと行きよりも電車の進むスピードが遅く感じられてひどくもどかしい。






早く、早く。


もうすぐ、会える。












階段を一気に駆け上がると、改札の先に見慣れた色素の薄い髪が目に入った。ちらちらとあちらこちらへ視線を泳がせていて、叶にはまだ気付いていない様子だったけれど。





話したいことが山ほどある。

伝えたいことが山ほどある。

でも、それよりも今は早く。




廉を抱きしめて、キスをして、笑顔を見たい。















「廉っ!」











FIN





万願堂の九江さまへ勝手に捧げます。
いえ、こちらのサイトにあります「まっすぐ前へ。」
という素敵な文章にあまりも萌えてしまって思わず
書いてしまいました…。
いきなり押し付けてしまい大変失礼致しました。