涙一粒













三橋家では、祖父の命令は絶対だった。













そろそろ初夏と言ってもいいという季節。

群馬の祖父からたまには遊びに来いという命令があった。

小さな頃から祖父は唯一人の男孫である廉を特別に可愛がっていたけれど、廉はこの祖父が苦手だった。

可愛がってくれるのは嬉しいし、優しい祖父は好きだけれど三橋の家の跡取りは廉なのだと決まって、廉を膝に乗せて語りかけてくるのが苦手だった。

だから、群馬から埼玉へ戻ってから極力祖父と会う機会を避けてきたけれど、直接の命令では出向かないわけにはいかなかった。

車が三橋の家に近づくたびに心がずしりと重くなるのが判る。

廉は今まで祖父と会う機会を避けていたことを後悔していた。一度でも顔を見せていればきっと、長期休みでもないのに廉を呼ぶことなど祖父もしなかっただろう。






群馬の家に戻ったらきっと、叶と顔を合わせるだろう。

それが、廉の心を重くしていた。








叶と顔を合わせたくない。

いや、合わせられないと思った。この前に叶と顔を合わせたのは五月の練習試合のときでそれ以来、電話とメールを数回交わしただけで直接会うことはなかった。

想いを自覚してからは一度も連絡すら取っていない。…いや、取ろうとしなかった。

今、叶の顔を見てしまえば何を口走ってしまうか判らない。

…会うのが怖い、そう思った。





会いたくない。


逢いたい。


会わない。


逢いたい。


会えない。


…逢いたい。














「廉!」


家に着くなり、向こう隣の家から見慣れた影が飛び出した。

「か、叶く…」

まさか、こんなに早く逢うことになるだなんて思いもせず知らず知らずのうちに動揺して声が裏返る。

しかし叶はそんな三橋の様子に目もくれずにまず、怒鳴った。

「なんで電話にもメールにも返事しないんだよっ!!」

「あ、う、お、ご、ごめ…」

こんなに怒った叶を見るのは久しぶりで、その気迫に思わず涙が滲む。それはもう条件反射のようなもので、涙は目に溜まって零れる。

「っ泣くなよ…」

「ご、ごめ…」

三橋が涙を流した途端、吃驚するくらいに叶の声は穏やかになった。

それでも、零れだした涙はなかなか止まらずに。

「怒ってるんじゃないよ、…ただ寂しかったっつーか、心配だっただけなんだ」

「か、の…くっ」

「泣くなよ」

頼むから、泣くな。そう言って涙の伝う頬を叶の指が撫でる。それでも涙は流れて。



「ごめっ、と、とまらな…」

「廉」

ふいに名を呼ばれて顔を上げた瞬間。

ざらりと、頬を濡れた何かが触れた。

「しょっぱいのな」



そう、笑った叶の台詞で頬を舐められたのだと気付いた。

あまりに驚いて、涙は止まったけれど。

言葉が出ない。











修ちゃん、修ちゃん、修ちゃん。







好きだと、言ってしまいたい。


そう言ったら、修ちゃん。


どんな顔をするんだろう。