涙くん彼に告げて










触らぬ織田に祟りなし

それは、三星学園野球部の暗黙の了解だった。













2日前から、織田の機嫌が悪い。

それはもう、過去最低最悪に。全身からどす黒いオーラを発していて同級生の1年はおろか、上級生である2年3年たちですらろくに近づけないくらいに。

そして、それはとは対照的に日々青くなっていく人物が一人。

1年エースの叶だった。

間違いなく、織田の不機嫌の原因は叶にあった。そしてそれに気付かないほど叶は鈍感ではなかったけれど自分の何が悪かったのか判るほどに感がよくもなくて。

ただ、どんどん降下していく織田の機嫌の悪さは只事ではないと必死で記憶を辿ってはみるものの原因は判らない。

寮では二人一部屋、叶と織田は同室で叶はこの二日寮への帰路が憂鬱で仕方なかった。

こんなことになるのなら大人しく自宅通学にしておけばよかったと後悔の嵐である。

それ位に、不機嫌な織田は怖かった。








必死で記憶を辿り、織田の機嫌が急に悪くなったきっかけは思い出せた。

二日前、消灯前部屋でいつものように話してて叶は三橋の話をした。過去のこと、どうして仲良くなったのか、三橋がどれだけ努力してきたのか、三橋がここを去ると知ったときどれ程悲しんだか、今でも戻ってきてほしい気持ちがあることも。

織田なら判ってくれるかもしれない、そう思ったから。

織田なら叶の気持ちを、三橋の本当の凄さを判ってくれるかもしれないそう思ったから。

けれど実際は、違った。

その事実は叶を暗い気持ちにさせる。

ともかく、織田に謝ろうと試みた。

けれど、織田はまるで叶が視界に入っていないかの如く叶を無視した。それはもう、きれいさっぱりと。

教室でも、部活中も。

二人きりになる寮でもそれは同じで、沈黙が痛く叶の心に突き刺さる。

シンと静まり返った部屋ではとても気詰まりで、叶は一体何がいけなかったのだろうかとぐるぐると考えて考えて結局答えは見つからず。





ふいに、涙が零れた。





どうしてこんな風になってしまったのか。

ただ、織田に知ってもらいたかっただけなのに。

どこがいけなかったのか。

判らない、判らない。





ぽたぽたと次から次へと涙が零れて頬を伝う。小さくしゃくり上げて、叶が涙を零す。

「か、叶っ?!」

突然泣き出した叶に驚いて、二日ぶりに織田が叶に声を掛けた。驚愕の表情で、今まで身にまとっていた機嫌の悪さはどこにも感じられない。

「っふ…っぇ」

こんな風に泣き出すなんて恥ずかしい、恥ずかしくて堪らないはずなのに涙が止まらない。

「無視するなよっ…、なんで、こん…っな」

なんとか搾り出した声はそれでも、涙声で掠れて聞き取りにくいものではあったけれど。それは叶の精一杯で。

「泣くなや…っ」

ぽんぽんと頭を撫でられる。

「悪かった、オレが悪かったから頼むから泣かんといて…」

予想外の優しい声に、しゃくり上げながら顔を上げればそこにあった織田は心底困った顔で、怒りはもうどこにも存在しなかった。















叶は知らない。

織田の気持ちを。

叶は知らない。

織田が怒ったのは、これ以上叶の口から三橋のことなど聞きたくなかったからだということを。

叶は知らない。

織田が何よりも叶の涙に弱いのだということを。







叶は気付いていない。

織田の想いを。