そのままの君でいて









コツン

コツン



と。窓に何かが当たっているような小さな音が聞こえた気がして不振に思い、そっと窓の外を覗いてみるとじっとこちらを見上げている叶がいた。

驚いて窓を開けると小さく手招きをされる。どうやら、外に出てこいという合図のようで、慌ててそれに従う。












「叶君!」



夜も更けてそろそろ真夜中に差し掛かろうという時刻であることを考えて小さく声を掛けると、叶が笑った。

―――その笑顔に何故だか、奇妙な違和感を覚えた。理由なんて判らないけれど。

「廉」

呼ばれて、ドキッと心臓が跳ね上がるのを感じた。それは久しぶりに呼ばれた、懐かしい呼び名。

昔とは違う、耳に馴染まない少し低めの音で呼ばれたそれは、まるで知らない人に呼ばれているような錯覚を感じさせ、心臓が逸るのを止められない。

「叶君…?」

どんな反応を返したらいいのか判らずに、再び彼の名を呼ぶ。すると、見ているこちらが切なくなるような哀しい、心が痛くなるような表情でまた笑ってもう一度。

「廉」

名を呼ばれた。

―――落ち着かない。心がザワザワとして、落ち着かない。今度こそどんな反応を返していいのか判らずに困ってしまい黙っていると、するりと手を引かれた。

とても自然な仕草で手を引かれて二人、並んでゆっくりと歩き出す。

互いにただ黙って、歩く。

落ち着かない奇妙さを感じるのは確かだけれど、それ以上に懐かしさを強く、感じる。


まるで昔のようだと。


―――ふいに、叶が立ち止まった。

くるりとこちらを振り向いて、真正面から見つめられる。

「廉―――…」

三度、名を呼ばれた。
間違いない、何か大事な話があるのだと、そう思った。

「な、なに?叶君」

「…もう昔みたいにオレのこと修ちゃんって呼ばないのな」

「え…っ?」

言われた言葉の意味を理解出来ずに、思わず聞き返す。彼は、叶は一体何を言いたいのか、何を言っているのか。

「なぁ廉…戻ってこいよ。オレの隣に戻ってこいよ。オレの隣で、昔みたいに修ちゃんって…なぁ、廉…」



反則だ、そう思った。

縋るように、寝間着代わりのシャツの胸を鷲掴みにされてそんな顔で言われたら。

――戻りたい、戻れるのならば三星に戻って皆と叶と一緒に野球をしたい。

だけど。

「もどれ、ない。戻らない、よ」

だって。

「もう、オレの居場所は西浦だから…だから、戻らない」

「…だからもう、オレはいらないんだ?」

「えっ?」

「…なぁ、廉もう一回。もう一回だけでいいから修ちゃんって呼んでよ、昔みたいに」

「か、かの…くん…?」

「頼むから…っ!」




搾り出すような、叫びのような。




「修ちゃん…?」

三橋の肩口に顔を埋めてまるで泣いているように見えて、自然に手が伸びた。

包み込むように、抱きしめる。

「れ、ん…?」

「…オレはどこにもい、かないよ…。ずっと一緒だよ?野球を続けてる限り、修ちゃんと一緒にいる。それは変わらない」

言った直後に自分の言った台詞が恥ずかしくなって思わずそのままぎゅっと叶の頭を抱え込んだ。それは、次の瞬間に立場が変わった。

力強く、しっかりと叶の胸の中に抱きしめられた。
















「廉、廉、れん…っ」

「…また、会いにくるね。また試合してね。いいでしょう?」

最後の問いには答えずに、ひたすら名を呼ばれて抱きしめられ続けた。けれど、きっとそれは肯定の意味。