010:過去












シュウゴの母は先の国王の二人目の王妃であった。


先代王妃は病ですでに亡く、母は今はもう失い北の国の王族であった。しかし母もまた身体が弱く、シュウゴを産んで間もなく産褥で亡くなった。シュウゴに母の記憶はない。


ただ、乳母と滅多に会うことのなかった父、国王と僅かばかりの側近たち。それだけがシュウゴにとっての家族だった。


そうして幾つもの季節を巡り、シュウゴが五歳の誕生日を迎える頃に、国王は三人目の妃を迎えた。


それがシュウゴの継母となった。


継母は当時の内政大臣の娘で王族出身の母を持ち、身分も家柄も後ろ盾も申し分のない若く美しい王妃となった。

けれどシュウゴは若く、派手な性格の出来立ての継母に懐くことが出来ずに。また王妃も先の王妃の子であるシュウゴを疎ましく思っていた様子であった。

しかし表立っての確執はなく、日々はただ穏やかに。シュウゴは乳母と側近の手によって世継ぎの王子として慈しまれていた。




―――継母が異母弟を産むまでは。




高齢に差し掛かった国王の血を引く、二人目の息子。


最初に動きを見せたのは継母の父である、内政大臣だった。

異母弟が世継ぎとなれば、己の権力が揺るぎないものとなるのは必至。
己の権力のために、内政大臣と継母は事あるごとにシュウゴを廃太子にし異母弟をその座につけようと必死だった。



国王が、高齢のために病の床に付いた頃には宮廷勢力は二分してしまっていた。



既に王太子として立太している第一王子、シュウゴを押すもの。


国王が病に倒れた今、実質政務を取り仕切っている内政大臣の血を受け継ぐ第二王子を押すもの。


日を追うごとに勢力争いが激しさを増していく中で、国王が急逝しシュウゴの生活は一変した。


誰が己を狙っているのか判らぬまま継母との確執は広がる一方で。
可愛がりたかった弟と逢うことも出来ないまま。



そうした日々の中、誰よりもシュウゴに愛を注いで、シュウゴにとっての母だった乳母が死んだ。


シュウゴを庇って、死んだ。





それが全ての始まりで、全ての終わりだった。





父と乳母の死。


それはシュウゴにとって強大な後ろ盾を失うことを意味していた。


父国王は言わずもがな、シュウゴの乳母は父のハトコにあたり、彼女の父は貴族の中でも有数な公爵の一人であったから。
シュウゴが王太子として立てたのも、当時はシュウゴが王の血を引く唯一人の男子だったこと、それからこの二つの後ろ盾が強大だったからこそ。


けれどその二つを失ってしまった今。


祖国はシュウゴにとって安全な場所とは言えなくなった。




シュウゴが信頼できる、僅かな側近の手引きによって人知れず国を出たのはそれからすぐだった。


国を出たとき、シュウゴはまだやっと12になったばかりだった。


まだ幼い子供、しかし己の置かれた状況を冷静に判断出来るだけの力はあった。


今するべきことは父と乳母の死を嘆き悲しむことではなく、己を庇って死んだ乳母のためにも何よりも生きていくこと。


国を離れるしか手段はなくとも今は。





生きること。


何が何でも生き抜くこと。






わずかばかりの側近達は様々な国を渡り歩くうちに一人、また一人と減っていき、数年たつころにはシュウゴは一人だった。


国に戻りたいという気持ちと王太子という立場、それから今の生活のままでもいいという気持ちで揺れていたときにイシュタットを訪れた。



小国ながら己の国とは異なる美しさ、豊かさ、そして何よりも平和な国。




そして、レンと出逢った。




豊かな国の、小さな王女は愛しい存在であった。
己の求めていた、理想の家族としてイシュタット王一家は憧れだった。


イシュタット王一家を見るたびに自分もこうありたいと願っていたのだと気付かされた。
父とも、継母とも、異母弟とも。
こうありたかった。
シュウゴが求めていたものは権力ではなく、ただ普通のありふれた家族としての幸せだったのだ。

まるで妹のようにレンとルリを慈しんで、身分を偽っているのは心苦しかったけれど、もし己の身分が明らかになってしまえばこの国にも迷惑が掛かってしまうかもしれないと思いつつもシュウゴはイシュタットを訪れ続けた。




頭のどこかで理性がやめろと叫んでいたけれど、それでも。


イシュタットを訪れることをやめることが出来なかった。


身分を偽っての一人の旅は辛く、過酷なものであったけれど。それでもレンの笑顔を想えば乗り越えられた。




シュウゴはイシュタットを訪れ続けた。