005:決意









レンの誕生日から一週間後、正式にレンとアスガルト王の婚約が発表された。


天文学士に良い日取りを選ばせ、式は半年後。

レンもイシュタットの第一王女であるために式はイシュタット王家の慣例に従ってのものと、アスガルト王家の慣例に従ってのものと二度に渡って行われることになった。


結婚衣装もそれぞれの国の伝統に法った王家の婚姻に相応しいものを作られることになり、式の準備に向けてレンの周囲は慌しくなった。


アスガルト王から派遣された女官たちに王家の細かなしきたりについて学び、学士から王国の歴史を学び、その合間に様々な儀式や衣装合わせをこなす。

毎日があっという間で、息をつく暇もない。

そんな姉姫の様子をルリは哀しそうに、苦々しい気持ちで見詰めていた。



ルリはレンとシュウゴの交わした約束を知っていたから。

本当に幸せそうな、嬉しそうな表情でシュウゴへの想いをこっそり教えてくれたレンの心情を思うとやり切れない。けれどこればっかりは己にはどうすることも出来ないと、そう思うと自分の無力さが情けなくて仕方なかった。





***





婚礼の式まで残り2ヶ月を過ぎた頃。

イシュタットでの式の衣装が完成した。

本来ならばもっと時間がかかるはずのそれは、通常の倍の人数の針子たちを使い短期間で、けれどとても素晴らしい出来となった。

イシュタット産の貴重な「人魚の涙」をふんだんに散りばめられた、真っ白なドレス。

一枚一枚は薄いものだけれど幾重にも重なった布地は白波を彷彿とさせて銀糸で縫いこまれた刺繍が光にあたると人魚の涙と共にキラキラと輝いて見える。

絹の薄絹と白百合をあしらったベールにも刺繍が施され、こちらもやはりドレスほどではなかったけれど人魚の涙がところどころに縫い取られてある。

「まぁ、姫様によくお似合いですこと…。」
「本当に…きっとアスガルト王も見惚れてしまわれるでしょう!」


贅を凝らした見事な支度に女官たちはうっとりとしたような口調で口々にそう言葉にした。
レンは儚げな、曖昧な表情で衣装を見詰めルリはそんなレンを見て、眩いばかりの衣装を憎らしげに睨んだ。


そして女官たちが離れた隙にレンに詰め寄る。

「…本当にいいのっ?レンレンが犠牲になることなんてないんだよ?」
「ル、リ…。」
「今ならまだ間に合うよ!」


レンは焦ったように問いかけてくる妹姫が本当に愛おしいと思った。
自分のためにこんなに一生懸命になってくれる。
嬉しくて、愛おしくて堪らなかった。その気持ちが嬉しい。


「父君と母君をよろしくね、ルリならきっといい女王になれる、よ。」
「総領姫はレンレンじゃない…っ!」


今にも泣き出しそうな目でそう言うルリを優しく抱き締めて、レンは言葉を紡ぐ。


「…本当はね、逃げちゃおうと思ったの。全部捨ててシュウちゃんを探しに行こうって。そんなことできっこないのに、ね。…国を捨ててもいい、なんて本気で思ったの。そんなこと考えた時点でもう総領姫失格なんだよ、きっとルリはいい女王になれる、よ…。」
「レンレン…っ!」


だからよろしくね。

そう笑う姉姫にルリはもう何もいうことが出来なかった。



そうして、半年はあっという間に過ぎ去った。


シュウゴからの連絡も、使いのものも来ないうちにとうとう結婚式当日がやってきてしまったのだ。

ルリは前夜からずっと泣き通しで、父王も母も国のために嫁ぐことを決意した可愛い娘の心情を思って泣いてくれた。それでも母は泣きながらも嫁ぐのならば幸せになれるよう、最大限の努力をしなさいと言った。


愛のない結婚生活は女として辛い。

だから、せめて。

愛して結婚を望んだのではなくとも幸せな結婚生活を送れるように。

アスガルト王を愛するよう最大限の努力をするように。


「幸せになりなさい。」


そう言った。


レンも控え目ながら頷くのを確認して、両親はレンを王の元へと送り出した。