004:求婚者








目覚めの時刻を告げる女官の声に意識を向けてゆっくりと覚醒する。懐かしい夢を見た気がするけれど次の瞬間にはどんな夢だったか忘れてしまった。

朝に弱いレンが覚醒しきっていない頭でぼうっとしながら身を起こすと室内ではレン付きの女官たちが慌しくさわさわと動いていた。



「姫様16歳のお誕生日、おめでとう存じます。」


常ならば、目覚めの挨拶とともに身支度を整えることを口にする女官達だが今日は違った。

まだまだぼうっとしているレンに対し礼を取り、祝いの言葉を口にする。


今日は王女レンの16歳の誕生日だった。




***




高貴な身分の女性において、16の誕生日とは特別な意味を持つものだった。

大陸の、ある程度の階級以上の貴族諸侯、そして王族に属する女性達は16になるのと共に婚姻するか、婚約をする。

身分が高ければ高いほど、それはしきたりとして古より固く守られてきた伝統であった。イシュタットにおいてもそれは例外ではなく。

本日で16歳となったレンのために朝から王宮へ、国内はもちろんのこと近隣諸国から大勢の求婚者やその使者たちが城門の外まで長い列を成していた。


慣例により、レンはその一人一人と対面し己の伴侶を決めるため朝から謁見の間に詰めていた。



シュウゴを探しながら。


今日はあの日、シュウゴと約束をした日だった。

レンはあの約束を忘れたことなどなく、3年間ずっとシュウゴがイシュタットを訪れるのを待っていた。

あの日以来、シュウゴは一度も王宮どこかイシュタットに訪れることなく、手紙すら届けられることもなく。レンはその間不安に押しつぶされそうになっていた。


けれど今日は。


きっと今日こそ、シュウゴはやって来てくれる。迎えにきてくれる。

そう思い、騎士シュウゴかその使者が来ていないかとたくさんの求婚者たちを一人一人具に観察していた。


けれど。


日暮れになり、最後の求婚者と対面を終えても。


シュウゴも、その使者も王宮に訪れることはなかった。


待ち人は、シュウゴは来なかった。






哀しくない、と言えばそれは嘘だ。
けれどイシュタットの総領姫として、レンは決断せねばならぬことを判っていた。


レンは選んだ。


強大な隣国、アスガルト王を夫とすることを。

アスガルト王からの求婚、それはイシュタットにとっては願ってもない良縁だ。イシュタットは豊かで平和な王国ではあるけれど、所詮南の小国にすぎない。

強大なアスガルト王家と婚姻関係を結び、同盟をより一層強固なものにするためにもこの縁談は決して断れない。

己の感情よりも、何よりも。

レンは国を守ることを選んだ。


アスガルト王は年若く、戦術と才に長けた名君の誉れ高い人物であった。そして未だ正妃も側室すら娶っていない独身王であり、年頃の娘を持つ近隣諸国の王侯貴族にとってアスガルト王は格好のターゲットであった。わざわざこんなちっぽけな国の王女など選ばなくとも、政治的にもっとも相応しい伴侶を選ぶことが可能なはず。
そんな人物が田舎の小国の姫など、何故選んだのかレンにはその真意を計り知ることは出来なかったけれどこの求婚を受けることで国を、国民を守ることが出来るということは判っていた。


優しい父王は己の思うとおりにすればいいと言ってくれた。妹姫も、乳母も女官たちも国のために犠牲になることはないと言ってくれた。


その気持ちだけで充分だ、そう思った。


周囲のものにこんなにも想われて、叶わなかったけれど恋を知ることも出来た。王子ならばいざ知らず、王女など政略結婚を強要されるのが世の常とされる中で、自分はなんと幸せなのだろう。そう思った。


まっすぐに前を見詰めて、父王の元に跪きながらレンは言った。


「アスガルト王の元へ参ります。…王位はどうかルリに、ルリならきっと豊かに平和に国を治めるいい女王に、なると思います。」


毅然とした態度で言ったレンに父王は今にも泣き出してしまいそうな表情で、一言「すまない」と謝った。








イシュタット王から隣国へ早馬が出されたのはその翌日のことだった。