言葉にできない







肩に届くか届かないかの長さ。
無造作に伸ばされた髪の毛は、これまた無造作に結ばれている。
耳の後ろ、ほんの少し高い位置でのツインテールは微妙に高さがずれていて、首筋には纏めるときに指から零れたのだろう髪が幾筋か見えている。

「吾子ちゃん、髪いじってもいい?」

そう言うなり、寿也は返事も聞かずに吾子の髪に触れる。飾り気のない茶色のゴムを丁寧に解いて髪を下ろして、どこから取り出したのかブラシでこれまた丁寧に梳き始める。

「…俺、まだいいって言ってねぇぞ」
「うん」

無駄なことだとはわかってはいるものの声をかける。
返された言葉はなんともどうでもよさげな返事で、動く手を止める気配は欠片も見えない。小さくため息をついて、それからぶっきらぼうに勝手にしろと呟くとなんとも嬉しそうな声でうんと返ってきた。

数年ぶりに再会した幼なじみは吾子の知っている寿也ではなかった。
再会するまでの間に何があったのか、吾子に知りえることはできないけれど何かがあったのだろうということはわかった。それくらいに寿也は変わってしまっていた。
人当たりのいい笑顔は変わらない、けれどその笑顔の底にあるものは計り知れないと感じた。
けれど変わらずに野球を続けているのは間違いなく幼なじみの寿也で、何だか妙にほっとしたことを覚えている。

けれどやはり寿也は変わった、と思う。
昔は一緒に野球をやって、遊んで、本当に友達だったのに。
今、寿也は決して友達として吾子を見ない。
どこか熱っぽい目で吾子を見つめて、その視線が時折怖いと感じる。
怖い、と素直に口にすれば困ったように目を細めてごめんね、と囁くのだ。
寿也の謝罪の理由が吾子にはわからずに、今度は吾子が困ったような表情になればそのままそっと指先を吾子の指に絡めて弄ぶ。

無造作に伸ばされた、ろくに手入れもしていない髪の毛はお世辞にも綺麗な、とは言い難く枝毛だらけでパサパサに乾燥している。
そんな髪を寿也はまるで大切なもののように殊更丁寧に扱う。
髪を梳くときも、吾子では100年かかっても出来ないような凝ったヘアスタイルを作り出すときも、ただ指先に絡めるときでさえ。
心底楽しそうに、けれど丁寧に。

ただ髪を絡めているだけなのに、寿也の仕草は吾子の目に酷く厭らしく見えて恥ずかしい。

こんな恥ずかしさ、昔は感じたことなどなかったのに。
寿也の指先が触れるたびに、寿也の視線を感じるたびに、どくんと胸が高鳴るのがわかる。
こんな感情、昔は知らなかった。
吾子の世界はただ白球と、僅かばかりの大切な人たちで構成されていた。
寿也も、その数少ない一人だった。
けれど今、寿也へ向けられている感情は。
寿也から向けられている感情は。
昔とは明らかに異なる、モノ。




「吾子ちゃん、キスしてもいい?」
にっこりと嬉しそうに問いかける寿也の笑顔はうっとりする優しい。
そうして吾子の返事を待つことなく優しく口唇に触れてくる寿也を拒まない。拒めない。

触れる口唇は優しくて、暖かくて。
そして激しい。

寿也のキスはいつだって、気持ちの全てをぶつけくる。
真っすぐに、想いの全てをぶつけてくるのだ。




「好きだよ」



臆することなく、想いを口にして笑顔をくれる。
そんな寿也のことが、吾子も誰より愛しいと思う。




…悔しいから、決して言葉にはしないけれど。