M25 ただの物置。

誰がために終業ベルは鳴る



!注意

オリジナルゼロ→←クローンゼロで香る程度にオフィスラブ。
別人かもしれないけど甘さ控えめの微糖仕様。


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日が暮れ、月も中天を過ぎた時間に、オリジナルゼロは自らの執務室を後にした。
ロングコートを羽織、片手でセキュリティカードをドアノブの上にある細いスリットへ通すと、小さな電子音が耳を打つ。
カードを胸元に仕舞いながら、腕時計へと視線を落とす。
何とか日付を跨ぐ前には終わったものの、時計の針は深夜を指していた。

「やれやれ…遅くなってしまったな」

常日頃から仕事が多忙を極めるというのもあるが、今は時期が悪かった。
明日から数週間に掛けて、ネスツの最高責任者であるイグニスのトーナメントの出場が決まっており、連日連夜に会議が詰まっているのだ。
連日の会議資料と報告書の作成に加えて、明日も朝一から会議が予定されている為、
ネスツの中でも相応の地位にいるオリジナルゼロも残業を余儀なくされた。
パソコンの画面と長時間向き合っていたのもあって、目の奥が痛む。

「……先に帰しておいて正解だった」

オリジナルゼロは眉間を親指の腹で押さえながら独り言を漏らす。
己に忠実な黒獅子は、仕事が遅くなりそうだと判断した時点で帰宅を命じておいたのだ。
グルガンは躊躇うように何度も主人を見やっていたが、
笑みを浮かべて形の良い頭を撫でてやると大人しくオリジナルゼロの自宅へと向かっていった。
とぼとぼ、と力なく歩み去る背中に絆されなかったわけではないが、
最近はずっとオリジナルゼロの激務に付き合わせてしまっていたのだ。
疲労している様子を決して見せはしないが、実際は相当疲れているはずである。
きっと今頃は眠気に負けてクッションに身を任せているだろう。
その様子を想像すると如何に黒い獅子だといえど、子猫のようで微笑ましい。
オリジナルゼロは静かに笑気を零すと、自身も疲れているのだから家路に着こうとエレベーターホールへと足を向けた。

「―――」

しかし、歩みは一歩を踏み出す前にその場に留まる。
オリジナルゼロは首を巡らせ、背後に広がる闇へと視線を投げた。
節電モードになっている深夜帯では一部の共有スペース以外の照明は落とされ、補助照明が申し訳程度に光るのみ。
そんな中、煌々と明かりが灯された部屋は一つだけ。
オリジナルゼロは首を傾げる事もせず、ゆったりとした歩みで闇の中へと入っていった。




軽いノックと同時に扉を開くと、想像した通りの人物が、想像以上の書類の山を切り崩しに掛かっていた。
ノックの音にもオリジナルゼロの気配にも気付いているだろうに、
クローンゼロは顔を上げる時間すら惜しむかのように黙々と書類を処理し続けている。
オリジナルゼロは繁々と書類の山を眺め、次いで、クローンゼロへと視線を向けた。
当然、視線は交わることなく、クローンゼロの視線は書類が独占したままだったが、気にせず口を開いた。

「私の分は片付いた。手伝おう」
「いらん。帰れ」

善意の言葉は短い拒絶で叩き落とされる。
何時ものように棘だらけの声ではあるが、何処か勢いがない。
顔を伏せていることで分かり辛いながら、顔色を伺うと僅かに青い。
オリジナルゼロは微かに顔を顰めると、小さく肩を竦めてみせた。

「仕事の速いお前がそこまで溜めるほどの案件など、私は知らんぞ」
「フン。だろうな」

賛辞に対しても棘は健在だ。しかし、オリジナルゼロの言葉に偽りはない。
辛辣な物言いと横柄な態度で小物に見られがちではあるものの、その仕事の速さと正確さはオリジナルゼロに匹敵する。
オリジナルゼロとクローンゼロの双肩によってネスツは支えられていると言っても過言ではない。
それ故に、両者の仕事内容はリンクしていることがしばしばで、互いがどんな案件に携わっているかはリアルタイムで把握していることが常だった。
けれど、オリジナルゼロが把握している限り、クローンゼロが体調不良を推してまで進めねばならない緊急性の高い案件はないはずである。
疑問を問いとして尋ねれば、皮肉そうな笑みを口元に湛えながら、クローンゼロが書類の山を片手で叩く。

「定時に上がろうとしたら、あの男が押し付けていった」
「…………」

クローンゼロの忌々しそうな声と言葉に、オリジナルゼロは思わず瞠目した。
直属の上司であり、ネスツの最高責任者を『あの男』呼ばわりした事を嗜めねばならないものの、毒を吐きたい気持ちは良く分かる。
来たるべきトーナメントに備え、膨大な量の書類がイグニスの襲ったのは事実だが、それを丸々部下へ押し付けるのはどうなのか。
他者へ弱みを見せることを嫌い、なおかつ趣味を仕事と言い切るクローンゼロに仕事を与えればどうなるかなど、
イグニスはオリジナルゼロが言わずとも熟知しているだろう。
むしろ、熟知しているからこそクローンゼロに回したのだとも思うのだが、余り褒められた手口ではない。
とりあえず明日出社したら一言進言しなければ、と、心中で呟くと、クローンゼロが酷く面倒くさそうに片手を払った。
それは、傍目から見れば虫を払うように無礼な行動に取れただろうが、
クローンゼロの顔色の悪さを知っているオリジナルゼロからは、声を出すのも辛いのだろうと判断した。

「一人で出来る量じゃないだろう」
「余計な世話だ。さっさと帰れ」
「だが」

更に言葉を続けようとしたオリジナルゼロの声を、クローンゼロの壮絶な視線が遮った。
殺意と敵意を絶妙にブレンドした視線は鋭く、それ以上を口にしたら死闘が幕を開けるだろうと想像がついた。
今まで書類に向いていた顔が上がったことで、クローンゼロの顔色の悪さを改めて感じてしまう。
本当のところ、オリジナルゼロ以上に疲れているだろうに、それを表面化させまいとしている。
その姿に言葉は喉奥で止まってしまった。
クローンゼロは向けられる言葉の全てを悪い方へと取ってしまうが、オリジナルゼロは決して侮辱したいわけでも能力を過小評価しているわけでもない。
心配しているだけ、気に掛けているだけ、という善意や好意を理解出来ない上に、信用していないのだ。
オリジナルゼロは小さく息を吐くと、諦めたように口を開いた。

「―――……一人で出来るのだな?」
「何度も言わせるな」
「……分かった」

オリジナルゼロは短い挨拶を残して退室した。
扉を閉める間際に室内へと視線を投げれば、既にクローンゼロの意識は手元の書類に移っていた。
オリジナルゼロは、それがクローンゼロなのだと理解していながら、その不器用さに肩を竦めた。

「……相変わらず、難儀な男だ……」

室内のクローンゼロを気遣い、声は控えめで、殆ど吐息に近い。
オリジナルゼロは軽く首を振ると、当初の目的地であるエレベーターホールへと足を向けたのだった。




昨日未明から続く頭痛に悩まされながら、それでも諾々と仕事をこなし、漸く目処がたったのは空が薄っすらと白ばむ時間帯だった。
こうなると、正確な時間を確認するのも億劫になってくる。
クローンゼロは眠気覚ましに用意していたコーヒーを喉へと流し込んだ。
一夜をクローンゼロと共に明かしたコーヒーは冷え切っていたが、霞掛かる意識を繋ぎとめることに貢献した。
ギシギシと軋む身体を椅子から持ち上げ、そのまま腕を伸ばすと肩が鳴った。

「―――…チッ」

腹へと落ちるカフェインは眠気に抵抗し、意識を保つことに一役買っているが、同時に頭痛を助長させてもいる。
クローンゼロは眉間に盛大な皺を刻むと、舌を打った。
大股で執務室の扉へと向かい、ポールハンガーに乱雑に掛けている黒いロングコートを羽織るとそのまま扉を潜る。
夜間照明から昼間照明へと移行する時間帯ということもあり、廊下は薄暗く、酷く現実味のない色をしていた。
頭痛と相まって、その不可思議さがクローンゼロの足を僅かにふらつかせた。
しかし、すぐさまそれを叱咤するように頭を振ると、努めてしっかりした歩調でエレベーターホールへと進む。
どうせ誰も居ないのだから、と意識は囁くものの、本能が弱みを晒すことを禁じているのだ。
それはクローンゼロが持つ矜持であり意地だった。
痛みと吐き気で視界が点滅と色彩の混濁を繰り返しながらも、常と同じようにエレベーターをボタン一つで呼び寄せて、エントランスへと降下する。
不調な身には、独特の浮遊感すら毒で、静かに痛苦に彩られた吐息を漏らした。
閉鎖された四角い箱に背を預け、じっと到着を待っているクローンゼロの耳に、鋭いベルの音が届き、無意識に閉じていた瞼を押し上げる。
エレベーターの鉄扉は左右に開き、ガラス張りで高い吹き抜けのエントランスが視界に広がった。
クローンゼロは預けていた背を離し、微かに足音を鳴らしながら真っ直ぐに自動ドアへと歩を進めた。

「―――……」

しかし、不意にクローンゼロの歩みが止まる。
首を僅かに巡らせ、エントランス中央から背を向けるように設置された、簡易的な休憩所へと視線を投げた。
一人掛けのソファが幾つか置かれているその場所は、日中ならまだしも、朝日すら昇っていない早朝に腰掛ける者など居るはずもない。

けれど。

「―――…何をしている」

ソファに腰掛け、長い足を組んで座っている後ろ姿は嫌になるほど見慣れたもので、クローンゼロは意識せず低い声で問いかける。
日付変更線よりも前に階下へと下りたはずのオリジナルゼロは、その声に振り返ることなく片手を上げて見せた。
肩越しにチラつかせた長い指で支えるのは、ハードカバーの蔵書だった。

「読書だが」

最初に行動で示され、次いで言葉で念押しされて、クローンゼロの眉間に皺が寄る。
読書をしていたことは事実だろうが、そんなものは自宅でも出来る。
空調すら節電モードになっているエントランスにいてまですることではない。
何より、クローンゼロはもちろん、オリジナルゼロも明日――既に今日だが――も仕事なのだ。
未だ朝日は昇っていないとはいえ、あと数時間もしたら否が応でも出社しなければならない。
そんな場所に留まり続ける酔狂に苛立ち、クローンゼロの声が一層低くなった。

「こんなところでか」
「そうだ」

まるで獰猛な獣の唸り声のような言葉にオリジナルゼロは悪びれた様子もなく、短く返すと本へ栞を挟んだ。
静かすぎるエントランスに、閉じられた本の音が嫌に響いて聞こえる。
苛立ち、壮絶に睨んでいるクローンゼロの視線に気づかないはずはないだろうに、オリジナルゼロの背は平時と同じくピンと伸びている。
柳のように向けられる感情を受け流し、ソファから身を起こすと、そのまま何事も無かったかのように自動ドアへと足を向けた。
その背に盛大な罵倒と、不条理な八つ当たりをぶつけようとクローンゼロが口を開きかける。
しかし、その瞬間を狙っていたかのように、オリジナルゼロが何かを投げて寄越してきた。
振り返りもせずに投げられたそれを、クローンゼロは難なく片手で掴む。
ぱし、と軽い音とともに、僅かな衝撃が掌に伝わる。

「なんだ…?」

訝しげに視線を掌へと下ろして投げられたものを確認する。
それは、クローンゼロが愛飲しているメーカーの缶コーヒーだった。
何を何処まで知っているのか分からないが、流暢な字体で『ノンカフェイン』と描かれている辺りに殺意を覚える。
けれど、殺意を向けるべき相手はさっさと自動ドアを潜って朝にはまだ早いオフィス街へと姿を消していた。
力任せに缶コーヒーを握り締めると、ベコ、と重い音がして硬い缶が歪んだ。

「―――」

掌に伝わる温もりは、購ったばかりの灼けつくような熱さではなく、柔らかな温かさだった。
大方、寒さ対策のカイロ代わりに買ったものなのだろう。
掌で熱を奪い尽くした挙句、わざわざ処理をクローンゼロに押し付けたのだ。
そう、何度も心中で罵倒するものの、缶コーヒーから伝わる温さは、オリジナルゼロの掌と同じなのだと自覚するだけで、頭痛が酷くなる。
腑抜けた甘さだと心底でせせら笑いながら、クローンゼロは脳を苛む苦痛を少しでも和らげようと、温い缶コーヒーを額へと当てた。
緩く熱を持っていたそこは、缶コーヒーの低温を奪い、自らの熱を押し付ける。

「―――…こういう事を恥ずかしげもなくする所が、大嫌いだ」

額に当てた缶コーヒーはクローンゼロの熱のお陰で、先ほどの低温よりもいくらか熱を取り戻す。
それでも、頭痛は治まるところを知らずに、頭蓋骨の中で騒がしく警鐘を鳴り響かせた。



割れるほどの痛みに悩まされながら、クローンゼロは最大の嘆息で爽やかな朝を曇らせたのだった。



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