天才は病人と踊る
!注意
東方不敗→←トキでトキが結構乙女。
別人、捏造、嘘口調が横行しております。
アミバが物凄く出張ってます。見ようによっては綺麗なアミバ。
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目の前の、焦点すら合わない距離にある拳に、トキの動きが凍る。
空気さえも動きことを憚るような張り詰めた空間で、おもむろに東方不敗の拳が下がった。
知らず、息を詰めていたトキは呼気を漏らした。
「慢心するな。……若造が」
「――――」
しかし、続く東方不敗の言葉は硬質的で、トキは僅かに身を強張らせた。
東方不敗が背を向けたことから今日の手合わせが終わったのだと理解したが、それでもトキは構えを解くことが出来なかった。
声を掛けて、手合わせの続きを願いたいと何処かで思いつつ、それでも突き放すような声と言葉がトキの口を重くさせる。
情けない、と、自戒を込めて眉間に皴を刻み、背を向ける東方不敗に物言いたげな視線を投げるが黙殺された。
「稽古は終わりだ。今日はもう帰れ」
そんなトキを意に介することなく道場から出て行く東方不敗は、退出を促す言葉を続けた。
酷い落胆と焦燥がトキを襲い、喉の奥に言葉を詰まらせる。
東方不敗の背が視界から完全に消えると、トキはようやく構えを解いた。
細身の白い肩を落とす様は傍目にも痛ましかったが、その姿を見る者はいなかった。
(何か、気に障ることをしてしまっただろうか)
トキはトーナメント会場の控え室で座禅を組みながら、そんなことを考えていた。
精神統一の為に始めたにも関わらず、思考はそれだけに埋め尽くされ平常心を乱してくる。
疲れたように呼気を吐き出すが、それでも胸に巣食うモヤモヤは晴れる気配を見せない。
緩々と瞼を下ろし視界を閉ざすと、より一層そのモヤモヤが助長されていくようでトキは肩を落とした。
(何か…したのだろうか…)
思考は堂々巡りを繰り返し、どうしてもそこへと行き着く。
トキの悩みの中心にいるのは、武道家として名高い東方不敗その人だった。
タッグを組んだことで縁が出来、長く良好な関係を続けていた。
それこそ暇さえあれば東方不敗が管理している道場に足を運んで、お互いの技の研磨を絶やさなぬほどに。
年齢は親子ほども離れていたが、そんなことは付き合っていく上では些細なことだし、
そもそも武に生きる者にとって語る拳さえあれば、会話すらも必要としない事も珍しくないのだ。
東方不敗とトキもその例に漏れず、言葉を交え、それ以上に拳を交えて語り合ってきた。
だからこそ、トキの心中は澱む。
先日の手合わせの折に向けられた東方不敗の目が脳に張り付いて忘れられない。
息が詰まるほど、冷たい目だった。否、あれは感情の見えない目というのだろうか。
続けられた言葉も硬質的で、交えた拳も常よりも重かった。
まるで、トキを拒絶するかのように。
「――――」
トキは何度目とも知れない溜息を吐いた。
年上の友の、豹変とも言えるような態度が理解できない。
と、言うよりむしろ、理解したくない。
理解してしまえば、今までの交友が全てなくなってしまいそうな気がするのだ。
折角できた尊敬できる友を失いたくない。
トキは袋小路に迷い込んだ思考を自覚して、肩を落とした。
心を無にする為に始めた座禅は徒にトキを苛むだけで、何の解決にも成りはしない。
身体を動かせば多少は気も紛れるだろうか。と心中で呟くと、不意に室内の空気が動いた。
「お? 珍しいなトキ」
「―――何がだ」
「…何が?ほほぅ、益々珍しい」
ノックも断りもなく扉が開くと同時に声を掛けられ、トキは座禅を組んだまま問い返した。
閉じた目すら開かず会話を続けるなど常のトキらしくもないのだが、相手がアミバなら話は別である。
まるで自らの控え室であるかのように気軽に―――或いは図々しく―――訪ねてくるのも既に日課のようなものだ。
目を開かなくても分かるほど聞きなれたその声は、実験台を見つけたときのように上機嫌なものだった。
僅かに嫌な予感が心中を掠めたが、今は何をするにも億劫だった。
その結果、トキはアミバが勝手に椅子を引き釣り出して腰掛、こちらを無遠慮に眺めてくるのを許す形になってしまった。
トキがこれ見よがしな溜息を零すと、アミバが一層愉快げに笑った気配が伝わってきて、トキは微かに眉間に皴を寄せた。
何処か苛立ったようなトキの顔を繁々と鑑賞すると、アミバは片手で緩む口元を押さえた。
「お前の気配が乱れている。しかもその自覚がない」
笑気が混じる声に指摘され、トキの瞼がピクリと反応を返した。
それ以上の反応はないものの、アミバにしてみれば下手な弁論よりも遥かに分かりやすい。
そもそも模倣を得意とするアミバにとって、聖人のように裏のないトキを看破するなど容易いことだった。
くくく、と喉を鳴らしながら、トキの反応を眺める。
そして、口元に添えた掌の中に、正しくは、と前置きを零した。
「……自覚はしているが――――それを認めたくないと言ったところか?」
眉間に皴を刻んだまま、トキの目が開き、アミバを射抜いた。
聖人だの常識人だの言われているトキとて血気盛んな北斗の男。
逆鱗に触れれば破壊力抜群のビームが飛んできかねないが、だからこそ逆鱗に触れず、
そのすぐ傍を引っ掻くような稚戯が楽しくて仕方ない。
まるで細い綱渡りをしているようだ。
命綱なんて無粋なもののない、落ちたらそのまま死ぬような。
そう思いつつも、簡単に落ちる気は更々ないアミバは口角を持ち上げた。
「本当にらしくないなトキ。いつも持ってる余裕は何処へ置いてきた」
茶化すように手を伸ばし、指で皴を寄せる眉間を押した。
皴を伸ばすように弄っていると、素早い動きで手を叩かれた。
乾いた音が室内に響き、アミバは叩かれた手を大げさに振って見せた。
「おお、痛い痛い」
「アミバ。いい加減にしないと、俺とて怒るぞ」
「ほほう? 今はまだ平静を保てているとでも嘯くか?」
ピリピリとした空気が薄ら寒く、険を孕んだ視線が痛い。
同時に感情を隠せていないトキに頬が緩むのが止まらない。
片手で腹を押さえ、俯きながら肩を震わせるアミバに、トキの腕がゆっくりと上がる。
間近で湧き上がる闘気に、ああ、コレはビームがくるな。と気づいたアミバはひらひらと片手を振って見せた。
「くくく…この堅物を色恋に落とすとは、中々見所がある男だ」
アミバから零れた言葉に、ぴたり、とトキの腕が凍りつく。
ん?とアミバが首を傾げると、トキは目を見開いて口を開けていた。
まるで、言われた言葉が理解できないと言わんばかりの顔に、今度はアミバが眉間に皴を寄せて見せた。
「……何だ? お前、それすら気づいていなかったと「何を戯けたことを!!」
呆れたように続く言葉尻はトキの絶叫に阻まれた。
トキには珍しく、狼狽も露に声を荒げてアミバの言葉に反論する。
「俺たちは友人だぞ!」
「だから、どうした」
「い、色恋など…そんな感情では……!」
「お前の自覚が足りんだけだろう」
「だ…第一、同性なんだぞ…っ」
「お前の兄やら弟やらも男と連れ合いになったろうが」
トキの正論を、アミバも正論で切り捨てていく。
言葉を失っていくトキを眺めていると、面白さよりも先に呆れてくる。
アミバは組んだ脚に頬杖をつき、軽い混乱状態にあるトキを見やった。
図星を指されて狼狽するなど、聖人というより思春期の若造だ。
アミバは大げさに肩を竦めて見せると、芝居がかったように片手を開いて見せた。
「否定も拒否も出来んくせにウダウダ抜かすな」
「なッ!?」
飄々と言われた言葉にトキは絶句する。
二の句が告げない様子に、アミバは呼気を吐いた。
根底にあるのが清らかさなのか朴念仁なのかは如何でもいいが、正直言ってこれは度が越している。
いい加減に自己の心中くらい心得て貰わなくては、無自覚の八つ当たりを受け続ける羽目になる。
アミバはこれ見よがしに両手を広げると付き合いきれんとばかりに溜息を吐いた。
「あの男の一挙一動にそこまで気を張っておきながら、何を躊躇う?」
「違…っ!私とマスターはそんな関係ではない…ッ!」
ふ、と。アミバは微笑を漏らす。
まるで鏡のようにトキに似たそれに、トキ自身が頬を引きつらせた。
嫌な予感が身体中を駆け回り、トキは思わずアミバを凝視した。
トキの視線を受け、アミバは殊更笑みを深めると、唇を弧に歪ませる。
「俺は『誰』とは言っとらんが、お前も『誰』とも聞いとらんな」
「――――ッ」
アミバが酷く裏のある笑顔でそう言い放つと、トキの青白い顔が首筋まで朱色に染まる。
露骨なその反応に、狼狽に声も出ない様子など今までに見たことがあっただろうかとアミバが記憶を攫っていると、鋭敏な神経がとある気配を捉えた。
その気配はここ最近トキを探せば高確率で引っかかる慣れた気配で、アミバにしてみればそれが誰なのか悩む
必要すらなかった。
気配は止まったり動いたりを繰り返しながら、遅々とした速度でそれでもトキの控え室へと近づいてきている。
アミバと同じく、その気配に慣れているはずのトキは動揺が過ぎるのか気付いた様子はない。
(…ふん…ご機嫌伺いに来た、と言ったところか?)
正直このまま居ても面倒くさいことになるだけで、余り面白くはなさそうだった。
アミバにとって重要なのはトキの色恋沙汰ではなく北斗神拳の模倣なのだ。
けれど。
「―――……」
日に何度も受ける胡坐ビームは一切の手心が加えられておらず、一度喰らえば二時間は起き上がれない。
そんなものをトキの内情が落ち着くまで連発されるのは勘弁願いたい。
かといって、トキの独力でどうにかなる類の話にも思えず、
アミバはトキと控え室の扉を見比べたあと、面倒くさそうに首裏を掻いた。
ザワザワと耳につく喧騒の中、東方不敗は目的を持って歩みを進めていた。
目指すのはトキの控え室。目的は先日の礼を欠いた言動を詫びる為。
けれどその歩みは常よりもゆったりとした―――有体に言えば遅い―――速度だった。
「―――…情けない」
トキの元を訪ねると決めたのは己自身だというのに足が鈍るのは、東方不敗の腹に蟠りが
あるからに他ならない。
年の離れた…それこそ、親子といっても差し支えないほどの若者と友人になってから、どうも調子がおかしい。
持病が悪化したような不調ではないのだが、どうも若者――トキと共にいると感情の起伏がおかしくなり、
それに釣られるように体調も移り変わりが激しくなる。
トキが傍らにいるときは、その穏やかな空気に絆されるように気が休まるのだが、一度苦しげな顔をされると
臓腑が捻じ切れるように痛むのだ。
そして、訳も分からない焦燥に襲われ息が苦しくなる。
一友人としてトキの不調を案じて、という理由では説明がつかない事態に、東方不敗自身酷く困惑している。
困惑を表に出さないようにと努めているが、どうも当のトキの前だとそれすら難しいようで、先日の稽古の折も
徒に傷つけてしまったように思う。
あの日に背中に感じた視線に未だジリジリと責め苛まれる。
「……慢心しておるのはどちらだ…」
肺に溜まった息を吐き出しても、気は少しも軽くならない。
東方不敗は軽く頭を振ると、ようやく辿りついたトキの控え室の前に立つ。
きり、と何処かが傷むような気がしたが、取り合わず、意を決して腕を持ち上げた。
と。
―――大体、何を思い悩む必要がある。
―――煩い。お前には関係ないだろう! と、いうかもう出て行け!
扉を隔てた向こうの声が漏れ、トキに良く似た声と、声を荒げたトキ本人の声が東方不敗の耳を打った。
前者は何かとトキにくっついているアミバのものか、と当たりをつけながら、珍しいこともあるものだと心中で呟く。
アミバがトキを訪ねていくのはよくあることと聞いていたが、この二者間に余り会話は成立しないとも聞いていたからだ。
そう思うと、その会話を遮るのも憚られて、ノックするために上げた手が所帯無さげに不動を保つ。
―――安心しろ。お前が考えてるほど事態は難しくはない。
―――何を知ったようなことを…ッ
苛立つような声に、トキもそんな声を出すのか、と心中で驚いた。
そして、トキの年齢であるならば、そんな風に苛立つこともあるだろうと思い至る。
年齢以上に落ち着いているように見えようが、トキは正しく『若者』なのだ。
それをこういった形で気付かされた東方不敗は、腹の蟠りがのそり、と動いたような感覚に見舞われた。
東方不敗がその感覚は何なのか見極めようとしている間にも、室内の声は止まらず紡がれる。
―――ぅん?トキ、お前もさっき言ってたろう? お前たちは『同性』の『友人』だ。
―――……そう、だ。
アミバの問いと、それに同意するトキの声。
トキの声に、僅かの躊躇があるように聞こえるのは気のせいだろうか。
―――だろう? なら……『同性』の、『友人』に妙な気持ちを持つお前がおかしい。
―――………ッ
一体誰のことを話しているのか。
トキがここまで食い下がるのも珍しいが、そもそも二人が『何処かの誰か』の話で盛り上がっているのも珍しい。
東方不敗はそこまで考えて、ハッと我に返る。
これではまるで―――正しく盗み聞きではないか、と。
友人に詫びる為に来たというのに、これ以上不義理をしてどうする、と己自身を叱咤して、東方不敗はドアノブに手を掛ける。
何時までも呆けているわけにもいかないのだから、早く詫びてしまいたかった。
本音を言えばこれ以上『誰か』の話に必死になっているトキの声を聞いていたくなかった。
その感情が、『友人として』だと言い聞かせていると、沈黙が満ちる室内から再び声が漏れてきた。
―――案外、東方不敗もお前を嫌っているのではないか?
その声を聞いた瞬間、東方不敗の中で何かが切れ、気付いた時には控え室の扉を蹴破っていた。
足音荒く退場していった見慣れた白とお下げ髪を見送ると、アミバは身体から力を抜いた。
この界隈では常識人枠に収まってる東方不敗が、ダウンをとった相手に殴る蹴るの暴行を加えるはずもないのだが、
予想以上に怒り狂った姿を見てしまった手前、身構えずには居られなかったのだ。
その証拠のように、アミバの視界の端には、アミバ自身を吹っ飛ばして粉々に粉砕された扉の残骸だったものが映っている。
例え控え室の扉だとはいえ、耐神設計と名高いトーナメント会場の一部を再生困難になるほど破壊するとは、
なかなか激しい男である。
「―――…くく…ッ」
アミバの言葉に傷ついたのか、眼に薄く涙を張ったトキやら、殺気を隠さず向けてくる東方不敗を思い出すと
溜息よりも笑気が漏れた。
けれど弱った身体にはそれすら毒で、呼気が喉に絡まり軽く噎せ返った。
もともと試合後の本調子ではない身に加え、扉のダイレクトアタックを受けたのだ。
そう簡単には起き上がれない。
アミバは冷たい床にひっくり返った状態のまま視線を天井へと向ける。
「……まったく……」
何かにつけてアミバがトキへとちょっかいを掛けている、というのは衆目の知るところであり、
トキは一方的な被害者だと思われがちだが、トキとてしっかりと報復はしている。
アミバのちょっかいが度を越しているというのもあるのだが、ほとんどの場合が問答無用の胡坐ビームである。
先刻の手酷い言葉とて、東方不敗の乱入がなければ胡坐ビームが飛んできたことだろう。
熱した石に落ちた雫の如くゲージが蒸発したことなど、数えるのも億劫になるほどだ。
アミバの性格とトキの性格から、あまり気付かれることはないが、よくよく見ていればアミバに対する手加減が一切ないのが分かるはずだ。
腐れ縁といえるほど長い付き合いだからか、はたまた遠慮を捨てたのか、『聖人』とも思えないその態度はアミバにとって既に慣れたものだ。
一切の手加減のない技も、突き放すような物言いも。
全ての裏を返せば、アミバは聖人と呼ばれるトキの酷く人間らしい――若しくは若者らしい――感情をぶつけられる相手だということ。
それを別段、嬉しいとも鬱陶しいとも思わないが、トキも人間なのだな、とは思う。
「―――あれで…」
その、アミバだからこそ分かる。
如何に、トキが東方不敗を想っているか。
聖人らしからぬ世俗の色恋に惑っているか。
そして、東方不敗をみて分かった。
如何に、東方不敗がトキに心を砕いているか。
常識人と言われるあの男が、扉を蹴破るほどの暴挙が何に付随するものなのか。
「―――あれで、無自覚だと抜かすなら、よっぽどだぞ」
呆れを多分に含んだ声は、それでもアミバらしく茶化すように弾んでいた。